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第15章「見えない世界で生きていく――視覚障害者の意識と感覚」

曲淵 優子・宮崎 理絵

last update: 20151222


第15章

見えない世界で生きていく
――視覚障害者の意識と感覚――

                       Magaribuchi,Yuko Miyazaki,Rie
                         曲淵 優子  宮崎 理絵

 「目が見えない感覚」とはいかなるものかと,誰でも一度は考えたことがあるだろう。「目が見えない」つまり「○○できない」という感覚から,視覚のない世界というのは,晴眼者の世界から「視覚」でとらえられるべきすべてのモノが欠落した世界だと認識されているのではないだろうか。しかし,欠落したままの空虚を抱えて,どうして社会生活を営むことができるだろうか。何かが形をもってその空虚を埋めているに違いないとは考えられないだろうか。

Ⅰ 感覚が生み出すもう一つのイメージ

 「遠近感覚というのが,どうしてもわからないんです。」とBさん。口では説明できるが,イメージとしてわいてこない。普段は豊かな想像力で様々な情報を内面化していくBさんも「遠くにあるものが小さく見えて,それが近づくにつれ大きくなっていく」のには不思議な気がするそうだ。5歳半で完全に失明したBさんはその後の人生を「見えないのが当たり前」の世界で生きてきたので,「見えることへの羨望はないが不便ではある。」そのBさんがもう一つイメージできないのが「美人」という感覚。「みな違う顔をしているんでしょう? だったらどうしてどちらが良いなんて言えるんでしょう。」確かに,言われてみればその通り。けれども,盲人の世界でも,「声の美しい人」を略して「美人」と称しているので同じだ。
 ひとつ,わかりきった質問をしてみた。「見なければどうしてもわからないものをどのように知るのですか。」
 Aさんは「聴覚・触覚・嗅覚・味覚を使って可能なかぎりの情報を集める。さらにそれについて書かれたものを読むとか晴眼者から情報を得るとか。そして,それでも実態がつかめなければ後は想像する。」Bさんもほぼ同じような答えだった。そこで「そうして思い描くイメージが実際のそれ(晴眼者の目に映るもの)とは違うことがあると思うが,その時はどうするのか」と尋ねると,Aさんは「それはそれでいいと思う。あらゆる手を尽くして自分の内に出来上がったものを,晴眼者のそれとは違うからという理由で放棄する必要はない。そう考えなければ,どちらかが正しくてどちらかが間違っていることになる。どちらかが妥協しなくてはならないことになる。その必要はないだろう。一つの対象に対する二つ(以上)の認識の仕方があるというだけ。『そういう見方もあるんだ』と互いに相手の感覚を尊重し合えばよい。欠けた部分を補おう,晴眼者に近づこうとする向きがあるが,その必要はないと思う。」という返事が返ってきた。
 「視覚」というのは情報を迅速に取り入れることのできる感覚である。だから晴眼者は視覚に頼ってしまいがちだ。しかし,目で見たものだけが本物であるという根拠はどこにもない。

Ⅱ 視覚と触覚・手で見る“ギャラリー・TOM”・

 そこで昨年の暮れ,私たちは東京都・渋谷区の松涛にある,作品に触れて鑑賞できる美術館“ギャラリー・TOM”を訪れた。「触って知る」とはどういうことなのかを体験してみるためだ。この美術館は,「ぼくたち盲人もロダンを見るけんりがある」という主張のもとに,1984年に開かれた。開館のきっかけはこのように,視覚障害者も美術作品を鑑賞できるようにということではあったが,作品に手を触れる機会がめったに与えられていない晴眼者にとっても「触覚」というものを見つめ直す良い手がかりとなるように,との希望も込められている。「見えないとはどういうことなのか。視覚障害者の世界に少しは近づくことができるかも。」私たちはそう思い,行ってみることにした。「目をつぶって行動したことがそのまま視覚障害者の世界だとは思わないでほしい」というBさんの言葉を心に留めながら。
 TOMでの体験は非常に興味深く,貴重だった。そこでの体験について少し触れておきたい。
 館内は2階建てになっていて,作品は一定期間ごとに新しいものに取り替えられる。こじんまりとしたギャラリー内に,30点弱とちょっと少なめのオブジェ。しかし,触れることで鑑賞するならば(もちろん目で鑑賞したってかまわないのだが)一作品にかける時間が結構長くかかる。それを考慮すればちょうど良い数だ。1階にはプロの芸術家の作品,2階には盲学校の生徒の優秀な作品が展示されており,プロの作品となると,形だけでなく素材を楽しむ工夫がされているなどいろいろである。1階では宮崎が目をつぶって作品を鑑賞し,私,曲淵が案内役をした。鑑賞する方が,その作品の素材やタイトルが何かを当て,案内役はヒントを出す。「これ何だかわかる?」私は,それほど抽象度の高くない,上を向いた人の顔の作品に触らせた(ちなみにその素材はブロンズだった)。彼女は「魚?」と答えた。私が「もっと,大きく触らないと」とアドバイスしたが,やはり「上向き」のせいか「顔?」と答えるまでに結構時間がかかった。私はヒントとして,鼻の穴に触れさせてあげたのだが(小さい穴が2つ並んでいれば,鼻だとわかるかと思ったのに)彼女は「こんなの全然ヒントじゃない!」と言っていた。
 1階を一通り見て,2階へ。今度は私が作品に触れる番だ。ある作品に触ったとき,私はすぐに「ロケット?」と答えた。宮崎は「一見してロケットには見えないなぁ。これ作った人は先天の盲人だから,ロケットを見たことはないよね。タイトルを当ててみてよ。『○○な気持ち』って言うタイトルだよ。」と言うので,「じゃあ『飛びたい気持ち』?」と答えたら正解だった。目を開けてみると本当にロケットには見えない。立体的なヒトデという感じだった。その作品が実際ロケットだったのかどうかはわからないが,作品に触れてみて,作者の意図するものが読めたのかと思うと不思議な気がした。逆に,触ってみて,「象」だとばかり思っていた作品が,目を開けてみるとどうしたって「蝶」にしか見えないということもあった。先天性の盲人がその作品を作ったのだと思うと,それはそれでまた不思議である。
 晴眼者は,つい「見る=わかる」と思ってしまいがちだ。だから視覚障害者の気持ちも,彼らの作品を「見ればわかる」と錯覚してしまう。知った気分になってしまう。触らなければダメなのだ。彼らを見ているだけでは絶対にわからない。視覚を持たない世界に生きる人間を本当にわかろうとするならば,まず触れてみることだ。視覚は万能だと思ってはいけない。それは思い上がりである。彼らの世界を知りたければ,彼らと同じようにしなければならない。そうして彼とは絶対に同じようにはなり得ないのだと知ることだ。
 “ギャラリー・TOM”には,一般客は週に2,3人しか来ないそうだ。盲学校の生徒が,修学旅行で来たりはするが,視覚障害者の人はなかなか1人では来られないし,やはり美術に興味のある人ない人様々なので,そんなに大勢訪れるわけではない。けれども,盲学校の美術教育の活発化を促すため『TOM賞』を設け,2年に1回全国の盲学校から作品を募って展覧会を催したり,創造的な音楽教育を根づけたいとの願いから音楽のワークショップやコンサートを試みるなど,このギャラリーが,視覚障害者の趣味活動の一端を担う場となっていることは確かである1)。

Ⅲ 部分から全体へ

 視覚障害者にとっての情報の形とはどのようなものだろうか。
 人は,対象を突然ポツンと差し出されてそれをマルとするかバツとするかと問われてもなかなか答えを出せない。そこで,あるモノを見極めようとするとき,それは大抵意識的にせよ無意識にせよ,他のモノとの比較の上で語られる。頭のなかで一瞬の比較が行なわれている場合が多いのである。
 「見えている」ということは視覚によって「比較ができる」ということだ。視覚障害者には,この「視覚による比較」という手段がない。
 あなたが晴眼者なら,眼をつぶって何か未知のものに触れるという経験をしてみてほしい。それが何であるかを当てることが意外なほど難しいことに気づくだろう。対象が大きくなればなる程,それは困難になる。何故なら,触覚は一瞬の感覚であり,対象から手を離せばそこであやふやになってしまうからだ。全体を把握するためには触れた部分の感覚を記憶し,つなぎ合わせなければならないが,訓練していない者にとってこれは不可能に近い。
 視覚に頼ることなく「全体」をとらえるのは難しい。視覚障害を持つ人々はある情報のもつ様々な側面を分割して取り込んでいかなければならない。そして自らの中でそれを再び組み立てる作業が必要になる。だから,晴眼者と同じだけの情報を得ようとすれば何倍もの時間がかかるし,まず不可能と言っていい。他人からの説明ではどうしても主観が入ってくるし,言葉や音ではどうしても説明できないものもある。だから最終的には自分が作り出して判断を下すしかない。当然,狂いも大きい。何か問題がもちあがっても,人の話からのみ状況を判断するしかなく,その状況を的確に判断する時間が与えられないために,現実的でないことを言ってしまうことも多い。
 視覚によってなら簡単に捉えられる「全体のイメージ」は,視覚障害者にとっては「本質」を知る以上に大変なことなのだ。

Ⅳ 情報の形・「点」の情報・ 

 触覚の記憶は視覚の記憶とどのように違うのだろうと思い,Aさんに聞いてみた。

「触った感触の記憶は当然時間が経つにつれて薄れていくものだけれど,好ましいもの,インパクトの強いものはよく覚えている。関心の度合いによって段階がある。そこは晴眼者と同じだね。」

 Aさんは4歳になるまで目が見えていた。大好きだった電車の形や色,その電車から見た川の様子などを今でも覚えているという。そういった記憶はその後もイメージを生み出す際の手掛かりとなっているのではないかと思い,尋ねてみると,「そうですね。丸や四角も見たことがあるし。先天性の人とはやはりイメージの仕方が違うでしょうね。」
 しかし,触覚だけで情報を得ることにはどうしても限界がある。
 晴眼者が町中を 100メートル歩けば,店やその看板,通行人やその服装,車の数や種類,空模様から道端の石ころに至るまで,それはそれは多くの,言葉にするにはおよそ不可能なほど大量の情報が目に飛び込んでくる。では,視覚障害を持つ人はどうであろうか。

「インタヴューの間ずっと考えていたんです。私達の世界はどういった世界なのか。私はね,『点の世界』なんじゃないかと思うんですよ。」

 彼らが得るのは白杖をついているところの情報だけである。これをBさんは「点の世界」と表現する。情報の内容以前に,与えられる情報の姿が「点」なのだ。人を判断するのも声からだけ。音声も一瞬響くだけの「点」である。匂いも点。鼻がその匂いに慣れてしまうともうわからなくなる。そうした一点の(あるいは一瞬の)情報を晴眼者の世界で通用するよう膨らませなければならないのだ。
 視覚障害者を対象に,音声化されるワープロの講習を開いているBさんはそれを痛感する。彼らにとってはカーソルを一つ移動させるのも大仕事。音声化されていてもそれは一文字一文字でしかない。晴眼者ならば画面全体を一瞬にして把握できるが,視覚障害者の場合は部分しか捉えられないのだ。彼らがワープロを使いこなせるようになるためには,頭で画面をイメージできるようにならなければいけない。これは想像以上に難しいことだとBさんは言う。「情報障害」は,単に情報の量や質の問題だけでなく,得られる情報の姿が違うというところから始まっているといえるだろう。

Ⅴ 二つの世界の葛藤

 障害を「個性」として受け止めようという考え方がある。ひとつの個性と考えることで本人も健常者も障害を意識することなくつき合えるというのだ。Bさんも「個性」という言葉を選んで使っていた。
 しかし「見えないという事実を個性としてしまうことには抵抗を感じる。」とAさんは言う。「見えないことはやはりマイナスだ。それを個性としてしまうことこそ障害者を健常者の世界に無理にはめ込んでしまうことになるのではないか。」
 個性は誰もが持っているものだが,病気や障害は違う。障害はマイナスなのだからそれを認めて協調すべき,そうAさんは言っているのだ。
 Aさんは続ける。障害者にとってなぜ「僕らの世界でいいんだ」と割り切ることが難しいのかというと,それはどこかで健常者に近づこうとしているからなのではないだろうか。その方が今の世界では受け入れられやすいから。嫌われるのが恐いから。介助してもらうことにどうしても「申しわけない」という意識がつきまとうから。
 漢点字(点字による漢字)が使えれば点字ワープロが使える。だから視覚障害者はそれを覚えようとする。しかしこれに対してもAさんは辛辣だ。そこには「墨字が書けないとダメなんだ」という意識があるのだと彼は考える。何故,障害者の側ばかりが健常者に合わせようとしなければならないのか。健常者が点字を覚えればいいのではないか。しかし,ここは健常者の世界である。彼らに合わせて,そして介助を得なければ生きていけない。その方が独自の路線をいくよりずっと生きやすい。
 「独自の世界」という言葉をAさんは使っている。そしてそれを放棄したくないと思っている。「独自の世界」とはもちろん「見えない世界」である。これを放棄することは健常者の世界を認めて,自らの世界を否定することになってしまう。「見えない」というたまたま与えられた環境の中で,自分が過ごしやすい,楽なものを作っていかなくてはならない。そのためには絶対に「独自の世界」を放棄したくない。
 Aさんは視覚障害者が何かを知らないとすれば,それは見えないからではなくて,健常者の世界から隔離されているからだと言う。彼らは絶対数が少ないし,その中だけの考え方しか知らない。今はそうした2つに分かれた世界が作られてしまっているから,少数の世界から出たいという意識がわいてしまう。同時に,自分のやっていることに自信が持てない。弱みを握られているような感覚がある。
 健常者と共に障害者の意識改革も重要な課題である。今は障害者が独自の世界を主張して生きていくよりも,新しいシステムに慣れてしまう方が生きやすい。自動改札の不便さを訴えることに心を砕くよりも,自分がそれを使いこなすようになるほうがずっと楽なのだ。見えるような状況にもっていかなければならないという意識がそれを後押しする。遅いことがいけないことのような感覚にとらわれる。なぜなら,現代社会では,より早く,よりたくさんの情報を集めたり伝えたりできることがよいとされているからだ。自分はこれだけやりたい,でも眼がついていかない,ゆっくりやればできるんだけど……そんな時どうしようもなく情けない,とAさんは言う。時間をかけて情報を集めることが許されれば,その中身・本質・背景についてもじっくり考えることが出来るのに,本当は感じなくていい劣等感をこの世界では感じてしまうのだ。
 触覚や聴覚などで作り上げていく「独自の世界」があるはずだ。だが,ここにあるのは「独自の世界」を作り上げる,あるいは守っていくことを許さない環境である。なぜなら「独自の世界」とは,大抵お金にならないことや,価値観が認められないことで出来上がっている世界だからだ。認められない。自信が持てない。だから健常者に近づいてしまう。そしてそれは常に自分たちが遅れているような錯覚を起こさせる。一目見ればわかることもひとつひとつ説明してもらわなければならないし,たとえそうしたとしても絶対に健常者の世界と重なることはないのだ。
 だからこそ,絶対に放棄してはいけないものだとAさんは考える。それは「足りない」のではなく「独自の世界」と肯定するべきだ。「ここまでしかできない」のではなく「ここまでできる」のだ。効率を重視した世界ではやっていけないことから,視覚障害を諦めと捉えてしまう人がいる。しかし,世界は一つのフォルムしか持たないと誰が決めたのだろうか。2つ,あるいはそれ以上の数の世界があるということを両者に認めて欲しい。 「眼」は必要だ。それを考えれば見えないことは確かにマイナスだろう。でも,共に生き始めたときに,それぞれの持つ独自の世界を互いに認め合うことは大切だ。そうできることが理想なのだ。
 「そう思っていてもね,見えるようになりたいとも思うんです。」独自の世界について力説した後,Aさんは正直に言う。見えるようになるなら,見えるようになりたいと思ってしまう。そんな矛盾した思いが常に自分のどこかにあると。なぜなら,見えないことで得られないものがあるから。自分についてだけ述べるなら,見えなくても見える人と同じように生きていくことができるならば,今ほど見えるようになりたいとは思わなくなるのではないか。Aさんの中ではこの二つの世界をめぐり常に葛藤が存在するのだ。

Ⅵ 「違い」の認識

 「見える人が見えない状態を体験することはできるけど,見えない人が見えるようにはならないんだからね。その違いをよく考えておかなければいけないよ。」
 Aさんが最後のインタヴューで教えて下さった。その通りである。見える人と見えない人。それぞれの役割があるはずだが,それを探すのは見える人がやるべきだ。負担の軽いほうがやるべきなのだ。
 「眼」は必要だ。それは感覚の中で最も優れたものの一つである。「その証拠にそれは退化せずに2つも残っている」とBさんは言う。私達の調査は「違い」を求めて行なわれた。見える世界と見えない世界の違いである。しかし,調査が始まる前には,実はそれほどの差はないのかもしれないという不安が常につきまとっていた。ところが,調査を終えて今思うことは,見える人と見えない人では,やはり生きている世界が違うということだ。それはある種の驚きとして今も残っている。
 調査を進めていくほどに2つの世界の差は拡がっていった。それは,全く違う人間として感じられるものではなく,どちらかというと「立場」の違いに似たものであった。「見える立場」と「見えない立場」,この2つが逆転したり,あるいは同化したりすることはほとんど不可能に思われるのだ。それはあまりにも当たり前すぎる結末ではあるのだが,しかし,これほど鮮明にその差を突きつけられることはなかったのである。
 『盲と目あき社会』(藤田[1982])という本の中に,マザー・テレサの言葉が引用されているのだが,それは「弱い者が最も欲しているのは,聞いてもらうということだ」という内容の台詞である。これは簡単そうで難しく,私たちはついその大切さを忘れてしまいがちだ。だが,その人しか語れない体験を聞くことで,問題に対する新しいアプローチの仕方を学ぶことができるのだ。
 視覚障害者はどう頑張っても弱い存在である。彼らには伝えたいことがたくさんある。なのに,不思議なことに人間という生きものは,人の言いたがらないことを聞き出すのには積極的であるのに,その人が聞いてもらいたがっていることに関してはあまり興味を示さない,という傾向があるようだ。しかし,私たちが人間として生きていく以上,こうした習性を断ち切ってでも耳を傾けなければならないのだ。
 「同じ」になることは絶対にできないのだから,そうした不毛とも言える活動にエネルギーを注ぐのをやめて,「違うもの」として認め合うことにそのエネルギーを利用するべきである。違いは欠陥でも欠点でもない,しかし個性と呼んでしまうには重すぎる,単なる「違い」なのである。

最後に

 視覚障害者の世界を考えたとき,おそらく世間一般には「晴眼者の世界から何かが欠如した世界」と認識されているのではないだろうか。しかし私たちは「そうではなく,見えないことによって晴眼者とはまた違った世界が構築されている。そういう考え方をしても良いのではないか。だって,晴眼者と一緒に仕事をしたり勉強をしたりしている人もいるんだし。」と考えた。見えないからといって彼らの世界の大部分が空白なわけではないのだ。たしかに「見えない」という事実は克服できない。が,そのことから「理解できない」「何もできない」と決めつけてしまうのは間違いである。そもそも「視覚障害者は何もできない」という偏見は,「視覚障害者の世界は欠如した世界」という認識から来ているのではないだろうか。しかし,目以外から情報を得ることによっていろいろなことが可能になるのだ。そこで,第14章で取り上げた,点字や音声案内など,情報伝達手段の充実が必要となるのだ。それらを用いて,晴眼者と視覚障害者が歩み寄ることは必須である。しかしそれは,2つの世界を「同じ」ものにしてしまうことではない。むしろ,「違い」を認め,尊重し合うことなのだ。



1) “ギャラリーTOM”の所在地
  〒 150 東京都渋谷区松涛2‐11‐1 区立松涛美術館より西へ 150m左角
  Tel:03(3647)8102


  cf.
  ◆障害者とアート

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