第12章
障害者と旅行
Kokubun, Natsuko
國分 夏子
last update: 20151221
はじめに
「いや、本当に余暇や遊びっていうものは、ものすごく人間をプラスにするんだよね。そこから人間関係ってできるしさ、いろんなことも覚えるし、お金の使い方とかも覚えるしね。悪いことも覚えるかもしれないけどさ(笑)。でもそれはその人間を成長させる糧になるわけ。それが本当に(障害者には)抜けてるんだよね。」(Aさん・脊椎損傷・車椅子利用)
障害者の余暇活動というと、手工芸や鑑賞などが一般的であったが、最近ではパソコン通信を利用して仲間を作ったり、情報交換することも普及してきている。これらは室内でするものであるが、旅行を楽しむ障害者も増加している。ある航空会社のここ5年間での利用者数は、全体では 1.6倍の伸びだったが、障害者の利用は3倍にも伸びている。1)初めての旅行のきっかけは、障害者団体や旅行経験者に誘いを受けてと答える人が多く、また海外旅行を志す障害者も意外に多い。そして今回調査に協力してくれた、旅行を楽しむ障害者たちはすごく生き生きしている印象を受けた。
彼らは日本各地、世界各地に飛び回り、旅を楽しんでいるが、今のところはまだ少数派だと思われる。なぜなら屋外で出会う障害者が本当に少ないからである。統計では「旅行に行きたい」と思っている障害者は全体の80%にのぼる。2)しかしそう思っても何らかの理由で出来ない障害者は多いであろう。その理由に「体力に自信がない」「健康上の理由」がありその下に「経済的理由」が続く。3)考えてみると、比較的体に不自由がない人は、時間とある程度のお金があれば、いろいろな所へ行けるし、それは当たり前のことだと思っているであろうが、身体に障害がある人はどうすればいいのかということはあまり大きな話題にならないし、重要なことと思われていないような気がする。
最近、障害者の旅行の必要性の高さを説く人がいる。これには、障害者にとって旅行は特有の効能があるためのようだが、その効能とはいったい何なのだろうか。そして旅行が障害者にとって、もっと身近なものになるには何が必要か、不足なのかを探っていきたい。
T 障害者にとっての旅行
1 「旅行は障害者にとってリハビリになる」
1では、障害者にとって旅行とは何を意味するのか、旅行が何をもたらすのかをみてみたい。ある男性の実例をもとに、障害者が旅行にでかけるまでの段階を追ってみよう。
都営新宿線一之江駅近くに住むBさん(男性47歳・筋萎縮症・車椅子利用)は都営新宿線の各駅のホームへ向かうエスカレーターが設置されるまで、一歩も外に出たことがないに近い状態であった。筋萎縮症の彼は常に車椅子を必要とする。日曜日には毎週のように都営新宿線の終点である新宿へ行き(その以前から車椅子で行くことが出来たので)、町を徘徊するばかりだったと言う。しかしエスカレーター設置後、彼の行動範囲は数倍に広がった。その時彼は37歳である。地下鉄の路線を駆使し、エスカレーター、エレベーターの設置された駅をたどって、ある時は遠回りをしながら、全て自分の行動によって、いろんな町へ行けることを知った。駅員さんにエスカレーター、エレベーターの設置された駅を尋ねても知らない場合があり、また障害者のためのアクセスブックもないため、全て自分の試行錯誤が頼りなのである。彼は東京駅にも一人で行けることを最近やっと知った。
友人に誘われ、学生のボランティアと一緒に仙台に行ったのが、Bさんの最初の旅行である。当時は1年に1回ほどの旅行であったが、ここ5年くらいは、月に1度の間隔で旅行にでかけている。今年1994年の3月にはカナダ旅行を計画している。彼の生活が変わって10年になる。彼いわく「人生が楽しいことをこの10年で知った。一人でも多くの人を旅行に連れ出したい。人生の楽しみ方を教えたい。」彼の理想は冒険家植村直巳だそうだ。
Bさんは、旅行は障害者のリハビリとして有効だと言う。例えば何らかのきっかけで身体に障害を持ち、療養した後、社会復帰するまでのワンクッションが未だ空白らしい。このワンクッションとは社会復帰するための方法であったり、自信であったりする。その自信をつけ、生活のめりはりを付けるには、旅行が有効だというわけである。
2 日本よりも海外がいい
「障害者はハワイ、サイパンのような南の温暖な外国に好んで行く」とBさんは話す。なぜ比較的手軽な国内ではなく、海外へ行こうとするのだろう。特に車椅子に乗る人は、寒い気候が苦手で、極端に言えば狭く暗いところには行きたがらないのだ、と言う障害者もいた。しかし、そのような身体上の理由だけではないようだ。
「日本の社会は、男性が優位だし、会社に行ってる人が優位だし、それから全ての面で健常者が優位なんですよね。それが海外に行くことによって、平等な立場に立たされる。言葉の面でも、言語障害の人も同じレベルに立てるっていう。(中略)あと広いスペースに行くと、車椅子でも自分の障害を忘れちゃうくらい広く行動出来る。あとカルチャーショックですね。カルチャーショックっていうのはひとつの治療行為だと思うんですね。それによってすごく生き生きしてきますね。自分だけが不幸じゃないっていうか。障害って資格だと思うんですね。人間は空飛べないとか、羽根がないってことを劣等感に思わないでしょ。それと同じである程度障害があっても、日本社会で底辺層に置かれてれば劣等感かもしれないけど、海外でいろんな体験すれば、自分でも出来ることとか(分かったり)、いつも人から注目される存在じゃない、人からかわいそうだと思われる存在じゃなくて、一個の、一人としての存在としてかな、そういうところですごい自信がつくんじゃないかな。」(Bさん)
障害者だから感じることができる、特別な海外旅行の意味が見えてくる。驚きと同時に、障害者にとって日本はそんなに暮らしにくい所なのだろうかという気持ちにもなる。日本の中で障害者がもっと自由に外に出て、思い通りに移動できたら、旅行は障害者にとってより身近なものになるに違いない。なぜなら安い経費と、短い時間で旅行を楽しめるのは、温泉旅行のような国内旅行だからである。
U 障害者の旅行には何が足りないのか
前節で障害者が旅行するには多くの不備な所があることが分かった。それでは実際に何が足りないのだろうか。
「まずお金がない、年金とか生活保護だけで暮らしているっていう人はギリギリの生活なわけですから、それを生活に振り向ける余裕がないと。もうひとつは交通とかのアクセスの問題ですよね。ただ町を歩くだけでも、例えばトイレがないとかね、階段があるとか、段差があるということで入れなかったり、使えなかったりする。例えばありとあらゆる所にありますね。旅行なんかに行こうとしたら、まずもう電車がだめ、バスもだめ、ええタクシーでまさか旅行に行けないし、いろんな障害があるわけですよね。それからホテルなんか使えなかったりするのがほとんどだから。それにもう一つは観光地に行ったところでね、車椅子に乗ったままで行ける所はどういう所があるか考えると、これもまず分からないわけですよ。障害を持っている人が実際に行って、ここは行けるけどここは行けない、ここは面白いとか、ここは車椅子で行ってもつまらないとか、そういう情報もないわけですよ。」(Cさん・男性・車椅子利用)
障害者が外出し、旅行する環境には、かなり不備な所が多いようだ。情報の不足、交通アクセスの不備、観光地の設備の不備などがそれである。そこでここでは主に障害者の旅行にかかわるハード面の問題を述べていきたいと思う。
1 旅行情報の不足
私達が普通旅行しようとする場合に必要な情報は、交通手段、宿泊先、観光地、経費などであろう。ところが障害者が旅行する場合にはこれ以上の情報が必要である。例えば以下のようなことである。4)
交通手段の設備状況:乗り降りする駅や空港の設備(スロープ、エレベーター、エスカレーターの有無/車椅子用のシートの有無
宿泊先の設備状況:エレベーター、エスカレーターの有無/専用トイレ、スロープや手すりの付いた浴室の設備/食事の形態(食事を各部屋で取れるか、バイキング形式か)
観光先:どれくらい車椅子のまま見物できるか/点字のパンフレットや音声の説明があるか/車椅子用のトイレがあるか/段差がどれほどあるか、スロープの有無
上に挙げたものの他に、もっと多くの細かい情報が、障害者にとって必要なこともある。多くの人が旅行に快適さを求める今、前以て必要な情報がでてくるが、それでも障害者にとってはこれらの情報は全てにおいてと言ってよいほど少ないのが現実である。
「こういう所は行けるけど、こういう所はだめだというそういう情報すらないですよ。そういうのはやはり障害者の人が実際に行って、情報作って来ないとね。一般の人がいくら行っても分からないですからね。」(Dさん・男性・車椅子利用)
このような状況の中で、民間で情報の発信地作りを進めている団体がある。八王子市を中心に活動している障害者団体「若駒の家」内の自立情報室に開設された「旅行のソフト化をすすめる会」である。旅行会社に協力を受けながら、旅行、交通アクセスなどの情報を収集し、障害者が旅行に必要な情報を提供する場を作っている。ここでは1993年12月現在までに『アクセシブル旅行ガイド鉄道・宿泊編』、『同航空・船舶・道路編』、『同ド宿泊施設編改訂版』の3冊を発行している。市販はされていないが、障害者に対応できるできないにかかわらず、全国の施設の情報を集めたものである。内容は主に障害者の受け入れ体制はどうか、車椅子専用トイレの有無などの大まかなものだが、収められた件数は豊富である。当会に申し込むと、有料で郵送されるシステムになっている。またこの情報をパソコン通信を通して得られるようなサービスの設置へと動いている。また同センターでは1993年夏から年4回発行予定の『アクセシブルインフォメーション』を発刊し、希望者に送付している。これは前の3冊に対して、読者からの読み物的なものの要望や、例えばエスカレーターの有無、浴室の設備状況などのもっときめ細かい情報の要求に応えたものである。障害者や介助者の旅行の体験記が主に掲載され、行った先々の整備状況を詳細に知ることができる。前述した通り、どこが利用しやすいかしづらいのかということは障害者の体験によって明らかになることが多い状況であるから、『アクセシブルインフォメーション』のような情報を障害者同士で持ち寄り、形にする方法は当分の間有効である。
最近では、市販される旅行ガイドブックにも障害者マークの入った障害者向けのものが出始めている。JR北海道で発行している時刻表は、車椅子で利用できる駅の一覧を掲載している。またJTBでは1994年3月に『宿泊情報東日本編・西日本編、春−夏号』(年2回発行)で初めて「人に優しい宿」を特集し、その中で「車椅子で泊まれる宿94軒」の一覧表を掲載している。その他にも地方自治体や障害者団体の単位で車椅子マップを作成する所がわずかではあるが増加している。しかしその多くはその地域内で配布されるのみであったり、どこで入手できるか、もしくはその町に車椅子マップがあることも知ることができない場合もあるため、作成後にどのように配布するのが最も効率的で、より多くの障害者の手に入りやすいか、もっと考慮される必要があると思われる。またこれらのそれぞれのマップによって、記号、マークの不一致が目立ち、同じマークが使用不可能だったり、可能だったりすることがあり、併用するような場合に混乱を招く可能性があるため、マークの統一が必要だ、という自立情報室の職員の話もあった。
2 交通手段、観光地
インタビューから言えることは、交通手段の中で比較的障害者への対応が進んでいるのは航空、つぎに新幹線、他の列車や駅の設備で、バスなどはまだ問題が多々あるということである。特に列車の利用は日常でも利用頻度が高いので、改善の必要性は高い。現在、駅にエレベーター、エスカレーターを設置する条件は、一日の平均乗客数5千人以上、階段の高低差5メートル以上の駅となっている。5)当てはまる駅のうち何割設置されているか、それ以外の駅は必要ではないのかといった疑問がある。また地方自治体の働きかけと、何割かの工事費負担などの協力がないと、具体化されないという問題がある。
何が不便なのかは障害者の人が経験しないと分からないということは実に多い。例えば、ホテルでのバイキング形式の食事では視覚障害の人は一人で食事ができない。車椅子の場合、段差に弱く、通路が狭いと自由に動き回れない。また肢体障害の人が入浴する場合、手すりが設置されていても、その高さや位置が無意味な所であったり、取り外し式のシャワーや蛇口が肢体障害の人が手の届かないところにある場合がある。また障害の種類によって必要とするものが違ってくるために、設備の整備にも限界が生じる可能性があるかもしれない。そのぎりぎりのところで障害者に優しい設備とは何かをもっと考え、その先に、建築基準や障害者に対応出来る設備基準といった制度が整えられることが必要であろう。また「決める会議があったら障害者が参加する必要がありますね」という障害者もいた。現在のところ、設備の改善は経営者側の取り組みに委ねられた状態である。また設備を整える際での財政的問題がある。費用の何割かは行政が補助する仕組みができ、かつ奨励するような形になれば、改善が早く進むだろう。
3 介助者
障害者が旅行出来ないと答える理由の一つに「介助者が見つからない」ことが挙げられる。家族と同居していて家族の同行が可能な場合は問題はないが、一人暮らしの場合などの介助者探しには苦労がある。数日間の旅行となると、友人なども仕事や学校でなかなか時間を割いてもらえないことや「仲間としての負担度があまりに大きくなると障害者の方から遠慮してしまう」(Bさん)ことがあるためである。こんなこともあった。介助者が見つかり、ツアーに参加すると、途中で介助者がもっと観光したくなり、添乗員に障害者を任せて勝手に行動してしまったという件である。
また介助者を同行する場合、金銭面の負担で問題が出てくる。「何割を障害者が負担するか、 100%ボランティアにしてもらうか、で戸惑いが生じることもある。」というBさんの話もあった。
この中で現在は、旅行先で介助者を派遣してくれる事業がある。山口県身体障害者ガイドセンターでは、現地での介助をしてくれるガイドヘルパーを派遣してくれる。6)介助と旅行ガイドが一体となったサービスである。目的地まで単独で向かい、現地に到着してからガイドヘルパーが同行するシステムになっている。出発時から介助者と同行する場合と比較すると、現地への往復の交通費に介助者の分を障害者が負担している場合に、それがいらなくなるというメリットがある。またガイドヘルパーは、現地で障害者が行動しやすい場所を知っていることもあり、このガイドヘルパーの方法は有効である。従来の介助はホームヘルプサービスと呼ばれ、食事、入浴、着替え、掃除などの室内を中心とした、狭い範囲内でのものであり、旅行などの遠出をするような介助は例外と考えられている向きがある。行政、民間の介助者派遣事業の中でもっと広範囲に介助が可能になれば、障害者や高齢者がもっと外出しやすくなる助けの一つになれるのではないだろうか。
4 旅行会社の受け入れ体制
特に海外旅行する場合、旅行代理店のパッケージツアーを利用する場合が多くなる。これは障害者でも変わらない。ここでは、JTB(日本交通公社)と障害者(障害者団体)との間の、あるトラブルを紹介したいと思う。
1993年の初め、JTBでは、海外のパッケージツアーに参加する障害者や高齢者に対し、障害者手帳のコピーや健康状態のアンケート、さらに同伴者が介助に責任を持つことを明記した文書の提出を求めることを決めた。これは国内の旅行会社では初めての試みで、障害者団体、その他多くの人々の関心を集めたが、その中には反感の声が多かった。いくつかの障害者団体とJTBとの話し合いが持たれた結果、JTB側はこれらの方法が最善ではないことを認め、確認書と障害者手帳のコピーの請求を中止し、「お伺い書」として必要な情報を報告してもらうことになった。以上がこのトラブルの経緯であるが、ここからはJTBと障害者それぞれの立場に分けてとらえることにする。
まず、JTB側では、アンケートと確認書の請求を決定した理由として大きく分けて2つを挙げている。一つは、JTBでは1991年度にパッケージツアーに 150名ほどの障害者を受け付けたが、そのうち障害者、そのほかの参加者から3分の1程度の「旅行が楽しめなかった」との苦情があったためとしている。その苦情の主な内容は以下の通りである。
(例1)自閉症の子供を含めて家族4人で欧州ツアーに参加。家族の介助があるので会社側は受け入れた。ところが自閉症は環境が変わると大変興奮するらしく、機内で叫び続け、現地に到着しバスに乗った後、自分の手をかみ切ってしまった。運転手が止めに入ったため、バスの運転が不可能になった。同行した参加者から「仕事、家事、ストレスからも解放されるはずだった。しかし、皆息をひそめている感じだった。期待が半減。」
(例2)視覚障害者の代理が、旅行代理店に申し込み、視力は弱くても旅行経験があるとのことで受け入れた。ところが実際では一人ではおぼつかないことが多く、ほとんど介助が必要な状態で、添乗員がつきっきりになった。これには参加者から「大変不愉快な思いをした。添乗員が障害者に付き添うため、時間がスローになる。全員が気を使う。皆より楽しい旅行を望んでいるのに、どういうことでしょう。」7)
2つの例から、苦情の中に、精神的安息を阻害された、時間がスローになる、という旅行本来の目的が達成されなくなってしまったというものと、障害者がいるために気を使ってしまい心から旅行を楽しめなかった、という2タイプが見られる。前者の「精神的安息」は誰もがもつ権利と言え、これを求めるのを邪魔をすることはできない。しかし後者の場合、もし参加者の中に障害者がいること自体に不快を感じているのであれば、参加者の意識の中に、障害者への差別があり、これは参加者の努力でなくなるものではないだろうか。
もう一つは、上記の苦情の例からも読み取れるが、障害者が旅行代理店での申し込みの段階で、正確に身体の状態を報告しないために、会社側でそれにあった準備が出来ず、添乗員が介助につきっきりになってしまうというケースが幾つかあったためとしている。ツアーは少数の添乗員が何十人の客を限られた時間の中で引率しながら行われる。旅行客全員が満足できるよう添乗員は努力するため、一人の客のために多くの時間を割くと、スケジュールの運行が遅れるなどの影響が出るのである。旅行会社が現段階で、介助者なしの障害を持った旅行者に 100%のサービスを与えることは出来ないのだ。
一方、障害者側の立場はどうだろうか。まず、アンケートと確認書の請求に対する反感の内容は以下のようなものである。「その文章の内容が『できれば参加しないでくれ』と言っているようなものであり、障害者への偏見をなくすためには、ある程度のトラブルを覚悟しながらもどしどし社会参加しているという時代の流れに逆行しているのではないか」「障害者に限らず健常者も急病になったり、泥酔したりすることもあるのだから、健康状態のアンケートや確認書は、誰にでも必要なのではないか」「ますます介助者が見つからなくなるのではないか」8)また、障害を正確に報告しない理由として、障害を正直に報告してしまうと、旅行代理店の窓口で参加を断られてしまうのでは、という思いが障害者にはあるのである。実際に申し込みのときに旅行会社に断られてしまった人もいる。そして、旅行会社側が障害者も一人の客としてある程度の責任を持ってほしいと考えているのに対し、障害者は社会参加のためにもある程度は大目に見てほしいと考えているところもある。
障害者側は今回JTBが行ったルール作りを批判的に見ているが、私は、内容は別として、このようなルール作りを行ったこと自体はもっと評価されるべきである、と考える。障害者がツアーに参加した場合、旅行会社が何でも面倒を見なくてはいけないということはないはずである。ここでもう一度、JTBと障害者側の立場を見直してみよう。JTBはツアーに参加する障害者についての正確な情報を必要としており、また、障害者に対して介助を含めて全面的な責任を負うことは出来ない。障害者はツアーへの参加を断られることを恐れている。確かに、障害者の身体の状態によっては特別な配慮が必要な場合がどうしても出てくるが、手配できる添乗員とコストの関係を考慮すると、旅行会社にも限界がある。反対に参加する障害者もたとえ介助者の同行があったとしても、行程中一人の介助者で全ての介助をまかなえるわけではない。例えば、車椅子に乗った人が階段を上下する場合などどうしても複数の介助者が必要となるのである。だとすれば、これにどこまで旅行会社がケアするかのラインが必要である。旅行会社は、単に障害についての報告を求めるだけでなく、障害者のツアー参加を断らないことを前提として、「ここまで出来るが、これ以上はそちらでしてほしい」ということを明文化し、その上で障害についての報告を求めるようにすれば、もっと多くの障害者を旅行に招くための第一歩になるはずである。障害者も料金を払えばきちんとした客であり、旅行会社は障害者の旅行参加を断ることはできない。そして、断わられないことがはっきりしていれば障害者の側でも自分の身体の状態を安心して正確に報告するはずである。
ただ、旅行会社も「こちらはここまで出来る」の境界線を広げる努力はこれからも必要であろう。そのためにも旅行会社のような受け入れ側が、障害の種類、程度、症状といった基本的なことから学び、障害者への対応の的確な方法を探すことが大切である。旅行会社側では行程先によって、どこでどんな介助が必要になるかという予備知識がいることになる。場合によっては添乗員を増やしたり、可能ならば障害者に介助者を探してもらったりすることになるかも知れない。また、障害者の側でも事前に自分自身にどの程度の介助が必要かある程度正確に把握しておく必要がある。前述にあったように、急病になったりするのは障害者ばかりではないはずだという、障害者の意見から、JTBが行ったような健康状態のアンケートは参加者全員に義務とするのも一つの手である。事前の両者の話し合いで、満足した旅行が出来た障害者の例を次に挙げる。
(例)聴覚障害者の3人がツアーに申し込みをした。窓口が急な場合の連絡方法を尋ねたところ、大きな紙に連絡事項を書いて、ホテルの部屋のドアの下の隙間から入れてもらう、スペアキーがあれば、添乗員に預けて、いざというときには、添乗員がドアを開けることを3人が願い、それを合意の上で参加することになった。旅行後、この3人は旅行会社に感謝の報告をした。
これは比較的簡単に対策が出来たものかも知れないが、このように必要な補助をあらかじめ願い出ておくと、旅行会社側も事前に準備でき、障害者も安心して参加できることから、有効である。
旅行前の障害者と旅行会社の相互確認のためにも、障害者や高齢者に対する旅行会社の受け入れのルール作りは必要である。それは障害者を旅行から締め出すためのものではなく、より多くの障害者を旅行に受け入れるために役立ち、また不当に参加を断られることがなくなるためのものだからである。これから旅行会社などの受け入れ側も、障害の種類から、いったいどこが不自由で、どんな介助がどんなときに必要なのかを学ぶ必要がある。
そのような中、旅行会社業界内で対策委員会が発足するような動きがある。9)まず受け入れ側が障害の種類や症状といった基本的な事から学び、対処の最善の方法を考え出すときにきているからである。また旅行代理店で、障害者、高齢者のための旅行相談センターを開設する予定もある。日本航空では専用窓口として「プライオリティ・ゲスト予約センター」を開設し、年中無休で専属スタッフが対応し、車椅子の手配、ストレッチャーの準備、機内食の用意、海外空港での受け入れ体制の問い合わせなどを業務としている。10)
おわりに
多くの人々が日々の生活の物質的充足ばかりでなく、精神的充足を大切にしているように、障害者も同じことを求めている。旅行によって障害者が心をリフレッシュさせたり、自信をつけることができるのなら、もっと障害者にとって優しい町並みや交通、宿泊などの設備が必要である。障害者にとって使いやすい、優しいということは、他の高齢者、怪我人、妊婦などにとっても使いやすく、優しいということにもなるのである。
そして、「外へ出ること、それ自体が障害者を認めてもらう運動になる」と答えてくれた人もいた。実にその通りではないだろうか。
注
1) 『朝日新聞』1994.2.28.朝刊:13
2) 3) 日本観光協会[1993]
4) わかこま自立情報室の職員伊藤正章氏の話をまとめたもの
5) 鉄道局「鉄道駅におけるエレベーター整備指針について」(1993.8.5.)より
6) 『アクセシブル・インフォメーション』1993年夏号、秋号から抜粋
7) 日本交通公社主任研究員草薙威一郎氏の話をまとめたもの
8) 『朝日新聞』1993.2.16.朝刊、『障害の地平』76 (1993.7.)
9) 草薙威一郎氏の話をまとめたもの
10) 『朝日新聞』1994.2.28.朝刊:13
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