第5章「公的介助保障の現状と展望」
last update: 20151221
第5章
公的介助保障の現状と展望
Koyama, Yuichiro
小山 雄一郎
T はじめに
障害者の中には心身に何らかの障害を持っているためにすべての行為を自ら行なうことが不可能な者もいる。そこで彼らの多くが何らかの形で他者による介助を受けて生活している。さらにもし彼らが自立生活1)を頭の中に描いた場合,家族,収容施設の職員による介助を受けることはおそらく拒否されるであろう。なぜならそれは自立生活を志向する彼らの自律性を侵害する危険を多く含んでいるからである。また,特に自立生活を志していなくても家族,施設以外の日常的な介助を必要としている障害者は大勢いるはずである。さらに,現在,日常生活を送る上で介助をまったく必要としない人でも,病気,けが,あるいは老齢化によって,将来介助が必要になる可能性は十分にあると言える。
この,介助を受けることを人間が生きていく上での基本的な権利と見なし,社会=行政がその保障をするべきであるとする考え方がある。これは先に述べた,誰でも介助が必要となる将来的可能性を持っていることから考えても誤っているとは言えないだろう。しかし実際にはそれを実現するような公的介助保障制度は十分には整備されてこなかった。それには,行政側の介助供給を担う人材確保が難しかったこと,介助利用者の立場,実情を理解した上での制度づくりをするという面が欠けていたことなどの理由があげられる。こうした公的介助保障制度の欠点を埋める形で,「シルバー産業」を始めとする民間サービス組織が介助サービスをその事業の一環として行なうようになる。民間組織は介助利用者を「消費者」として扱うため,消費者の要求に合った柔軟なサービスを提供することができた。しかしこのような民間組織は決して介助を「保障」してくれるわけではない。介助を受けるための費用を負担できない者はこのサービスを利用することができないからである。そこで「金のない者は人間としての生活をあきらめろと言うのか」という声が上がる。介助を必要としている障害者の中で,民間サービスを受けるための費用を負担できるだけの安定した収入がある者はそれほど多くない2)。
結局,民間組織から介助を「買う」ことのできない者は公に頼らざるを得なくなる。だが,公的な制度の不備が民間サービスの出現を促したことを忘れてはならない。公的な制度はやはり利用しづらいのである。こうして介助の供給は,保障はされるが利用しづらい公的な制度と,サービスの質は高いが経済力によって利用を制限される民間組織のサービスという全く異質に見える二者の下に委ねられ,利用者は両者の併用,または選択という形で介助を受けてきたのだ。
しかしここで新たな考え方が生まれてくる。公/民間という二項対立の枠組みを越えた,両者のサービスの利点を合わせ持つような,新しい公的介助保障制度の可能性が浮かび上がったのである。それはある一つの画期的な発想に基づくものだ。つまり,介助供給という事業のための財源を確保する主体と,介助そのものを供給する主体を分離させるということである。これによって例えば,公の財源を利用して民間組織が質の高いサービスを供給するというようなことも可能となる。公の財源を使うということで,公的制度として整備されれば,言うまでもなくそれは「公的介助保障制度」となるはずである。
では,先の,財源/供給の分離という発想に沿って考えると,具体的に,いかにして利用者は介助者を得ることになるのだろうか。現在ボランティアによる無償の介助を受けている人も多いが,介助保障という点から考えると不確実な面が多い3)ため,この形態を例外と見なすことにし,理念的には次のような,介助者を獲得するパターンが考えられる。@公の財源によって,公から介助者を得る形,A公の財源によって,民間から(私的に)介助者を得る形,B私的な財源によって,公から介助者を得る形,C私的な財源によって,民間から(私的な)介助者を得る形である。@の例としては全国的な介助保障制度としては唯一のものと言ってもよい「ホームヘルプサービス事業」,各地の自治体で独自に行なわれている「介護人派遣事業」などがある。Aでは「生活保護他人介護加算」を利用した個人契約の有償介助者の雇用,自立生活センターのような機関の媒介による有償(無償)の介助者の獲得などがあげられる。ただ,自立生活センター等の機関を利用しての介助者の獲得については,実際にはCの形態をとっている人も多い。ちなみにBはあくまで理念型であって,現時点では実際には存在しない。ここで留意しなければならないのは,これらのパターンのどれかを選択しなければならないというわけではないということである。実際,多くの場合これらは併用されている。
このように,介助が供給される形態には様々なものがあるが,介助保障の問題について重要なのは,繰り返しになるが,健常者/障害者に関わらず,誰でも介助(介護)が必要な状態になる可能性を持っているということである。したがって社会が必要な人間に介助を保障することは認められるべきであろう。ところが,これまでの日本社会では介助を主に家族が担ってきた。そして家族の手に負えない場合には施設にそれを委ねることが多かった。このような実情が介助の位置付けを曖昧なものにし,個人が社会に介助を保障されるという権利を隠蔽してきたのだ4)。では,在宅福祉の重要性が増している今日,実質的に社会による介助保障を指す公的介助保障はどうなっているのか。前に「利用しづらい」と述べたが,具体的には何が問題点なのか。また,これからの公的介助保障制度はどうなっていく(べきな)のか。本稿では,主に公的介助保障の現状,またその展望を公以外の介助に関わる機関とも関連付けながら見ていきたい。
U ホームヘルプ事業
公的な介助保障制度の最も代表的なものとしてあげられるのが「身体障害者(児)家庭奉仕員派遣事業」である。これはいわゆる「ホームヘルプ事業」と呼ばれているもので,1967年に創設された「身体障害者家庭奉仕員派遣事業」が基になっている5)。この制度はその名の通り,家庭奉仕員,つまりホームヘルパーを障害者のところに派遣するという事業である。この事業に対する財源については国が 1/2,県が 1/4,市町村が 1/4を負担している。実施主体は市町村ということになっているが,サービスの提供を社会福祉協議会などの団体に委託することも許されている6)。実際にこのような委託の形態をとっている市町村も多い。
派遣回数,時間などについて,厚生省では1982年に社老99号通知「家庭奉仕員派遣事業の改正点及び実施手続き等の留意事項について」において派遣体制の整備の指針を,「家庭奉仕員の派遣は原則として,1日4時間,1週当たり6日間,1週当たり延べ18時間を上限としてサービス量を調整し,これに対応できる派遣体制の整備を行なうようにすること」と示している。しかしこの規定を盾にとって派遣体制の整備を進めない自治体が多くみられたこともあって,1992年に出された「ホームヘルプ事業運営の手引き」において厚生省は先の規定を,「あくまで派遣体制の整備の目安」,「ヘルパーの活動時間の上限でもなく,また,対象者に対するサービス量を規定したものでもない。」と位置づけ,事実上,1週当たり18時間という派遣時間の上限を撤廃した。よって,自治体の決定次第で18時間以上派遣することが可能となったのだ。それにもかかわらず,派遣体制をなかなか整備しない自治体の方が多いというのが現実のようだ。
具体的なサービスの内容は家事援助と身体介護ということになっている。障害者の実情から言えば身体介護の充実が望まれているところである。
前述の通り,ホームヘルプ事業は各自治体から介助者を派遣するという形をとっている。自治体が週18時間という枠を外して派遣体制を整えたとすれば,行政が介助者を派遣する(責任を持つ)制度としては最も平等な全国的サービスとして期待できそうだ。だが実際には問題点の方が多い。
まず派遣が行なわれる時間帯である。平日の9時から5時までの派遣時間帯,また,祝祭日や日曜日を除くという条件はわれわれの日常生活から考えても不自由なことが多すぎる。実情的には早朝や夜の方が,特に身体介護の面でのニーズは多いはずだ。また,利用者本人が不在であると派遣が行なわれないというのも,実に不便である。
次に介助者の選択権という問題。ホームヘルプ事業では介助者を障害者側が選ぶことは基本的にできない。ただ自治体から,またはその委託団体から送られてくるヘルパーを受け入れる他ない。
第三にヘルパーの質の問題だ。今日では先に述べた委託形態をとっている自治体の方が多い。この他団体への委託は,ヘルパーの数的不足を解決する手段としては役立つが,派遣するヘルパーに対する責任の所在がはっきりしなくなるという欠点も持っている。実際に,利用者からヘルパーについての苦情が出た場合,行政は委託団体に,委託団体は行政に責任を押し付けようとするケースが少なくない。委託という形態が生み出すこのような責任の不明確性は,ヘルパーの管理体制に影響を与える。つまり,各々のヘルパーがしっかりとした水準のサービスを提供しているかをチェックする機構がうまく働かないのである。その結果,ひどいヘルパーがいてもそれが野放しのままにされてしまう場合が起こってくる。このような事情のために,派遣されるヘルパーによってサービスの質にかなりの差が生まれてしまうのである。
第四に,ヘルパーが障害者の生活様式にまで介入し,彼らの自律性を侵害するケースが出てきたことがあげられる。自治体で勝手に選んだ者がやって来るのであれば,その人間が障害者側の自律性を理解しているかどうかはヘルパーが実際に来てみるまでわからないのだ。
そして第五の問題点はヘルパーの性別の偏りである。現在のヘルパーのほとんどが女性であり,また比較的高齢であること。これについては自治体から家政婦協会へ委託するケースが多いことが背景としてあるが,これによって主に男性の障害者の身体介護が敬遠されてしまうことがある。
ヘルパーの数を増やすという面においては委託という形態は都合のよいものではあるが,これらのような様々な質的偏りを生み出してしまう。また,実施主体が市町村であるために著しい地域格差が見られるのも事実である。しかし(在宅の)障害者に介助を供給する全国的な制度としては唯一のものといってもよいので,公的な介助保障制度の整備はまずこの制度を主眼において行なっていくべきではなかろうか。
V 各地の介護人派遣事業
ホームヘルプ事業は実施主体が各市町村ではあったが,もともとは厚生省の責任における制度であった。それに対して各地方自治体が責任を持って介助保障を行なっている制度として,この各地における「介護人派遣事業」がある。具体的には東京都,大阪市,札幌市などでそれぞれ実施されている7)。介助者を障害者に供給するという側面ではホームヘルプ制度とそれほど変わるものではないが,この制度の特徴は次のような点にある。
先ず第一に介助者の決定権が障害者側にあるということ。この制度では利用者の推薦によって介助者が登録される。利用者は市町村に必要な書類を提出し,資格審査を受けることになるが,それほど厳しいものではないらしい。ただしこの手続きは毎年必要である。審査を通ってしまえば後は自分の推薦した介助者が来てくれることになる。さらに介助の内容も利用者と介助者の間で決められる。このように,障害者自身に決定できる領域が多いのがホームヘルプ事業と比較した場合の利点である。
第二の特徴としてあげられるのが介助手当の支払い方法についてである。区市町村がまとまった期間分の介護(助)券をその都度発行し,利用者に交付する。利用者は介助者に介助の都度,介護(助)券に必要事項を記入して渡す。介助者はそれをある一定期間(たいていは一ヵ月)分まとめて区市町村長に提出して,手当を受け取ることになる。これらの特徴をまとめると,障害者側に介助者,介助内容の決定ができ,行政側は障害者が選んだ介助者に対して安心して手当を支払えるしくみになっていると言えよう。
しかしこの制度にもやはり問題点が浮かび上がってくる。まず,介助者への支給額の問題である。各地方によって額面は異なっているが,概してこの制度の時間当たりの介助者への支給額はホームヘルパーのそれに満たないものになっている。このホームヘルプ制度との支給額の格差は大きな問題点の一つとして早急に解決されるべきであろう。次に考えられるのが介助者の活動時間である。これもやはり実施している自治体によって異なる部分が出てくるが,「東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」を例にとってみると,「一回の介護(助)は一日を単位とする」というようにかなり曖昧になっている。これを24時間と解釈するのか,それとも8時間労働と解釈するのか,はっきりとした位置付けがなされていない。ホームヘルプ事業に関しては障害者にとっての問題点が指摘されるところであったのに対して,各地の介護人派遣事業のこれらの問題点は介助者の身分保障に関する点で問題が生じてくるのである。さらにホームヘルプ事業の中でも見られた地方格差の問題がここでも浮かび上がらざるを得ない。この制度は完全に各地方自治体の責任において実施されるからである。
W 登録ヘルパー制度
さて,これまで述べてきた二つの代表的な公的介助保障制度の利点を組み合わせたような制度が現在考えられつつある。また,実際にすでにそれを実施している地域も見受けられる。それは次のようなものだ。障害者が,国によってホームヘルプ事業が委託されている団体,例えば家政婦協会などに自分の選んだ介助者をヘルパーとして登録させる。そしてそのヘルパーにホームヘルプサービスの派遣という形で介助に来てもらう。このようにすれば国のホームヘルプ事業を「利用者が介護(助)人を選ぶ」制度として使うことができるのである。これは当事者団体を中心に「登録ヘルパー制度」と呼ばれている。この登録ヘルパー制度は利用者側と行政側のそれぞれに対して次のような利点を持っている。まず利用者側としては@当事者が介護(助)人を選べることと,A派遣時間数を簡単にアップできることがあげられよう。Aについては,介護人派遣事業がある自治体であれば,それとの併用で24時間介護体制も可能となる。現に東京都の田無市ではそれがほぼ実現している8)。次に行政側の利点では,高齢化社会を迎えるに当たって不安材料の一つであったヘルパーの数の確保の問題解決の糸口になり得るということである。1989年に打ち出された「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」の中で,厚生省では1999年度末までの在宅福祉事業における整備目標の一つとして,ホームヘルパーの数を10万人にすることをあげている。登録ヘルパー制度の人材確保に関する利点は,この目標を実現するための一つの手掛かりとなるだろう。
この登録ヘルパー制度については「全国公的介護保障要求者組合」9)を中心に厚生省に対して交渉が進められていたが,ヘルパーとしての職員の採用,サービス内容について国が市町村への介入ができないことを理由に,厚生省がヘルパー制度の要綱改正を見送る見解を出したため,全国規模の制度としての実現は先送りとなってしまった。しかし市町村レベルで登録ヘルパー制度を取り入れることは厚生省も認めているので,採用される市町村にとっては期待が持たれるところである。
ただしこの制度に関しても何の問題もなく万能というわけではなく,行政側の,介護時間数のアップに伴なう財源確保や,障害者が,ヘルパーとして登録する介助者をどのようにして探してくるかといった問題があるのも事実であり,従来の制度に代わる新しい制度として確立させるためには不安な部分がまだ多い。
X 生活保護他人介護加算
これまであげてきた諸制度は,介助保障が介助そのものが利用者に供給されることでなされるものであった。公的介助保障としてこれらのように介助をそのまま供給するのではなく,他人を介助者として雇うための金を支給するという形をとっている全国規模の制度が生活保護の他人介護加算である。この制度にはさらに特別基準というものが存在し,審査に通ればさらに支給額が上乗せされる10)。
だが,言うまでもなく,この他人介護加算の支給は生活保護を受けていることが前提となる。よって生活保護を受けていない,または受けなくてもよい人間はこの制度を利用することができないというデメリットを持っている。生活保護を受けると生活の様々な部分で制約が生じるために積極的に受けたがる人が少ないという実情を見ると,この制度を一般的な公的介助保障制度として考えるのは極めて難しい。だが,利用者に介助費用を支給するという形態はこれからの介助保障を考えていく上でとても参考になる一面を示唆してくれる。
以上が現在行なわれている公的介助保障の主なものである。この他にも特色ある制度が実施されている地方自治体もあるが,これからの公的介助保障を展望するに際して参考になる主な形態ということでこの4種類に絞ってみた。次にこれらの現状に現れている問題点を整理し,その解決策となる形態を探ってみたい。
Y 問題点の整理
これまで見てきた諸制度から,現在の公的介助保障制度の問題点を,利用者に介助を供給する形態と,介助料を支給する形態に分けて見ていくことにする。
1 介助を供給する形態における問題点
先にあげた3つの形態の中で全国的な制度は「ホームヘルプサービス事業」だけである。しかし時間的な融通がきかない,介助者に対する選択権が利用者側にない等の欠点を持つ。これらの欠点を,「介護人派遣事業」,「登録ヘルパー制度」が存在する地方ではそれらによって埋めることができる。しかし問題はこれらのような各地方自治体の責任における制度が存在しない地域である。介助保障の問題に限らず,福祉事業の整備に関しては各地方自治体間で著しい格差があるのが現実である。こうして,問題点の一つとして,利用者の介助者を選択でき,かつ時間的融通のきく全国的制度がないことがあげられる。
また,各地の「介護人派遣事業」に限らず,介助者として派遣される人間に対する,賃金を始めとする身分的保障は不十分である。そしてそれが介助者の絶対的不足を招く原因の一端となっているのも事実である。
2 介助料を支給する形態(生活保護他人介護加算)における問題点
介助を利用する者に介助料を支給する形態をとっている全国的制度としては「生活保護他人介護加算」が唯一のものである。この制度の問題点の一つは,言うまでもなく介助料の支給が生活保護を受けている者のみに制限されるという点だ。
また,この形態は,介助者をいかにして探してくるかという問題も孕むことになる。介助料を支給されても,それを払う相手の介助者がいなければしょうがないのである。
さらに,これら1・2の形態に共通する課題もあげておくことにする。それは介助保障制度のための財源をいかにして確保するかという問題である。先にも述べた介助者の身分保障を確立するためにも,十分な財源確保は不可避的な問題であると言えよう。
では,これらの問題を克服するような形態がありえるのだろうか。とりあえずはいくつかの可能と思われる形態をあげてみて,その各形態を考察してみることにする。ちなみに,ここで考えていく様々な形態は,先に述べた,介助保障にかかる財源を確保する主体と介助を供給する主体を分離するという概念に基づいた,公/民間融合型の公的制度である。サービスの提供の面で見れば既に多くの自治体で委託形態をとったホームヘルプ事業も導入されており,財源確保/サービス供給における主体の分離を利用した,公/民間融合型の公的介助保障制度はこれからもますます増加する傾向にある。このような傾向は決して望ましくないものではないし,介助保障がそれによって強化されるならばむしろ推進されるべきである。加えて,先の問題点との関連から,ここであげる形態は全て全国的制度であることも前提とする。
Z 公的介助保障制度の諸形態
ここでもYと同様,介助供給型形態と介助料支給型形態に分けて話を進めていこうと思う。だが最初に,それらが共通して持っていた財源確保の問題について,これを解決する一つの案を,私がこれからあげていく公的介助保障制度の諸形態の前提として述べておきたい。それは保険制度(医療保険型/年金保険型),税金制度などによって国民からの財源徴収を行なうというものである。誰にでも介助を受ける状況になる可能性があるという論理から,介助を受けることを社会的な権利とするならば,その権利を遂行するための義務として,国民からその財源を徴収することは認められるべきである。これに関連した動きとして,厚生省が昨年(1993年)の7月に老人介護のための独立した保険制度の新設を目的に「高齢者自立支援保険制度」の検討を始めている。この制度による保険料は将来の在宅サービス/施設サービスにかかる費用に充てられる予定である11)。
それでは,財源確保について以上のことを前提とした上で,具体的にどのような形態がありえるのだろうか。
1 「介助」を供給する
(1) 一つの形態としては各地の介護人派遣事業を全国的制度にしたもの(登録ヘルパー制度にもかなり近いもの)が考えられるだろう。つまり介助の利用者が自分で選んだ介助者を各地方自治体,または自治体によって委託された団体に登録して派遣してもらい,介助料は公から介助者に支払われるというものである。
この形態の問題点は利用者が介助者をいかにして見つけてくるかということである。先に述べた通り,個人で介助者を探し出すのはとても困難なことだ。そこで,介助を必要としている人間と介助者を媒介する機関を考えてみる。これには現在の自立生活センターのような組織が最もよく当てはまっているように思える。さて,仮に利用者が介助者をその自立生活センターを通じて得る場合,当然そのコーディネイト料(紹介料)が利用者にはかかってくる。そのコーディネイト料を利用者が自ら負担するのか,それとも公が保障するのかという問題が出てくる。この問題は次のように集約されるであろう。つまり,自立生活センターのような組織を公的介助保障制度の枠組みの中に組み込むか,あくまで無関係の民間団体としてみなすかということ,これである。もし公側がこのような組織を無関係のものとした場合,必然的に公的制度の中に登録される介助者の数は少なくなることが予想される。よって介助者(ヘルパー)の増加という行政側のメリットを考慮に入れると,自立生活センターのような組織を何らかの形で制度内に組み込む可能性の方が大きいのではないだろうか。
では,どのようにして組み込まれるのか。予想しえる2つの場合をあげてみよう。
a:行政が認可した介助者の登録機関として組み込む形。現在の家政婦協会のような登録団体として,行政が自立生活センターのような民間組織に業務を委託して,その組織の活動に対して何らかの金銭的援助を行なう。この場合,利用者は介助者を探さずに済み,その組織に登録されている介助者の中から自分の選んだ介助者を行政の制度によって派遣してもらうことが可能になる。この形態は先のTで述べたAの形,つまり公の財源を利用した民間組織からの介助供給というものになっている。だが,サービス内容に関して行政側が課す制約の度合いによっては@に近いものになるとも言える(図1)。
実際,民間組織側にしてみると,自分たちの活動の大部分が行政の傘下に入ってしまうことになり,活動に大幅な制約が課されることもありえる。何よりも,行政の介助サービスの欠点を埋める形でその活動の意味をあらしめていたこのような組織が,行政の委託機関になることで活動の制約を受け,その欠点を受け継ぐ結果になるという大きな危険がある。したがって自立生活センターのような組織の存在意義を考えると,この形態への移行はあまりスムーズには進行しそうにない。
b:もう一つは,行政が自立生活センターのような民間組織を,介助者を利用者が登録する過程における媒介組織としてのみ認め,そのコーディネイトに対する助成を行なっていくという形。この形態においては組織の活動の自由がかなり保障されることになる。またコーディネイト料として行政から助成されたお金が,利用者の介助者獲得を保障するものとして働く,つまり利用者の自己負担なしで(あるいはわずかな負担で)介助者の獲得が可能になるとすれば,かなり利用しやすいものになるだろう。この行政のサービスとの間のパイプライン的役割は,その民間組織自身の介助派遣事業を活性化させるようにも働くのではないだろうか。この形は,自立生活センターのような民間組織が,行政の委託団体との媒介という面でしか制度に関わらないことから,実際の介助供給が行政自身によって行なわれる形とそれほど変わらない。よってTで述べた@に当てはまるだろう。しかし民間組織の,媒介役割を考慮に入れるならば,厳密には,少々Aの性質を帯びた@といった方がよいかもしれない(図2)。
この形態の問題点としては,ある意味で非常に曖昧なコーディネイトという事業のみに対して行政側が充分な助成をするかどうかという点があげられる12)。これは利用者に介助者の獲得がしっかりと保障されるかどうかという問題を意味する。
(2) 介助を供給することで保障を行なう形態として,次のようなものも考えられる。まずその介助保障制度の財源を医療保険のようなものにし,介助の利用者はその保険に適合する,つまり認可された複数の介助供給組織の中から自由に組織,介助者を選ぶことができるというものである。この際,介助を供給する組織は公/民間を問わない。現在の医療保険制度がそうであるように。この形態が医療制度に近い形で整備されるならば,先の(1)−aよりも純粋にTで述べたAの性質を持ったものになるはずだ。サービス内容について,介助を供給する組織に任される領域が(1)−aに比べて広くなることが予想されるからである(図3)。
この制度のメリットは,利用者の選択性の高さにある。また,それによってサービスの質を巡って競争が起これば,サービスの質が全体として向上することも予想できる。この形態は公と民間が同じ条件で共存するという点で,(1)のようなホームヘルプ事業の発展した形とはまったく異なった制度になっている。だがこの形態がうまく機能するためにはその自治体に充分な数の介助を供給する団体が必要となる。東京のような民間団体の多い地域ならばともかく,地方ではなかなか難しいところであろう。
このように,介助を供給する保障形態をいろいろと考えてきたが,これらに尽きるというわけではないだろう。まだ様々な形態が考えられていいはずである。ところでこれらの形態については,自立生活センターのような組織のない地域はどうすればよいのかという議論が出てこよう。私としては介助を供給する組織は必ずしも自立生活センターのような形でなくてもよいと考えている。例えば「農協」や「生活クラブ生協」のような地域に根差した組織がその役割を果たすことも可能なのではないだろうか。実際に川崎市では農協がホームヘルパーの養成,派遣を始めている。このような活動に対して川崎市高齢者福祉計画課もホームヘルパーの人員確保の手段として「農協組織の活用」を明記しており,自立生活センターのような,初めから介助供給を目的の一つとする組織でなくても活用は可能であるというよい例を示している。しかし,障害を持つ当事者たちによる組織でなければサービスの質に問題が生じてくる危険があるというのも事実であり,地域に根ざした組織ならば全てがよいというわけでもないのである。
2 「介助料」を支給する
介助の供給による保障同様,財源を何らかの形での国民からの徴収に求めるとすれば,介助の利用者に介助料という現金が支給されるこの形態は年金制度に似たものと言える。この介助費用の支給は先の生活保護他人介護加算に近いものになるが,生活保護のような生活への様々な制約がない点で大きく異なる。
しかし実際に介助費用を支給されてもそれを使って個人が独自で自分に必要な介助を得ることは極めて難しい。ここでもやはり利用者と介助者の媒介となるものが必要だ。自立生活センターのような組織はこの場合直接介助を供給する役割を担うことになるだろう。つまり次のような仕組みになると思われる。行政から介助料を支給された者は,そのお金を使って,行政に認可されている複数の介助を供給する組織(恐らく公のものも民間のものも共在するだろう)の中から自分の好きな組織,介助者を選んで派遣をしてもらう。この形態は1―(2)の形に極めて近いものであるので,同様にTにおけるAに当てはまるとみなすことができる(図4)。
既に述べたように,この仕組みは介助を供給する形態の(2)で述べた形とかなり似たものである。利用者の選択性が非常に高くなり,サービスの質も向上しやすく見えるが,うまく機能するかどうかは介助を供給する組織の数に左右されるという一面も持っている。また,現金の支給は,そのお金を何に使用したかが不透明になりやすいという問題も孕んでいる。
(図1) (図2)
行政 行政
委 助 助成 委託
託 成 介助料
民間 介助料 民間 依託
団体 団体 登録 団体
介助
介助
利用者 介助者 利用者 介助者
(図3) (図4)
行政 介 行政
助
活動の x y 費 活動の認可
認可 用
民間 民間 民間 民間
団体 団体 団体 団体
選 選
択 択
介助 介助
利用者 介助者 利用者 介助者
x:民間組織に対して,介助にかかった費用が一括して支給され,そこから介助料が 介助者に支給される場合
y:介助料が直接介助者に支給される場合
[ 「主体分離」再考
こうして,Zでは公/民間による財源確保/サービス供給における主体の分離という概念を軸に,可能的な公的介助保障制度の形態を考えてきた。具体的には,全て,利用者が公の財源によって民間から(私的に)介助者を得る形のものである。ところで,前述のような主体分離(公=財源確保/民間=サービス供給)をその制度の前提とするならば,いかなる形態であれ,次のような問題が出てこよう。それは,主体分離の具体的な内容に関するものである。もし,仮に財源確保/サービス供給における主体の完全な分離を想定するならば,それは事実上前者に当たる行政側が後者,つまりサービス供給を行う組織に対して何の制約も課さないことを意味するだろう。しかし現実的にそのようなことはあまり起こりそうもない。なぜなら,公的な制度としてサービスが提供される以上,その責任を行政側が何らかの形で負うことが予想されるからである。とすれば,行政側は供給されるサービスの内容にある程度介入することを望むはずである。だが,そもそもこの主体分離の概念は,公と民間組織がそれぞれ持つ長所の融合を実現するものとして位置づけられる。具体的には,公の制度の,安定性や,民間組織よりも比較的財源確保がし易いという特徴と,人材確保の充実,利用者のニーズの細かい把握といった民間組織のサービスの特徴がそれに当たる。行政の介入によって,これらのそれぞれの長所が十分に生かされなくなれば,この概念を取り入れる意義が半減してしまう。では,Zで述べてきた諸形態の前提となるような,両者の長所を生かすことができる理想的な関係とは,いかにして可能なのか。
結論から言ってしまえば,その制度の前提として次のようなシステムが実現されればよい。行政側が,民間組織の活動に関する主体性を十分に保証した上で介助保障制度の財源を確保するもの,かつ,その制度における様々な責任が,行政/サービス供給組織/利用者のいずれに帰属するかが明確にされているもの,これである。前者は民間組織の持つ長所を生かすために必要なことであるし,何よりも,組織の主体性が保証されなければ,彼らは積極的には公的制度に参入しようとしないだろう。そうなれば行政側も人材確保という大きな問題を解決する糸口を失うことにもなりかねない。後者については,公的制度であるからといってその責任を全て行政側に押しつけるべきではないし,だからといって,現在の委託型のホームヘルプ制度のように責任の所在が不明確であっては困る。責任の所在がしっかりと体系化されてしまえば,行政のサービス内容への介入も最低限のものだけで済むのではなかろうか。
では,このようなシステムにおいて,行政側と民間組織との関係は,具体的には何によってつなぎ留められるのであろうか。予想できるのは,制度を成り立たせるために必要な最低限の義務の相互遂行のようなものである。例えばそれは,民間組織からの活動報告に対して,行政側が財源供給を行うといった形で現れることになるだろう13)。 このような関係は,活動内容に介入できることで,行政側が優位に立つものとは違い,ある程度両者が対等な立場にいるものと考えられる。
このように,Zで述べた諸形態の前提となる,財源確保/サービス供給における主体の分離とは,具体的にはここで述べたような行政側と民間組織の関係を,制度の中に盛り込むことを意味し,いずれの形態も,それによって初めて両者の長所を生かしながら機能できることになる。ちなみに,Zで述べた各形態を考えてみると,介助そのものを利用者に供給する形態のものよりも,介助料を支給する形態のもの,つまり2の形態の方が,ここで述べた行政/民間組織間の関係を,より完全に近い形で成立させられるのではないかと考えられる。これは,行政側が確保した財源が,そのまま民間組織に供給されるのではなく,介助料の支給という形で利用者を媒介されるため,行政側が民間組織への財源供給を盾に,活動内容に介入することが難しいと思われるからである。さらに,この形態は,利用者が自ら金を使って介助を受けることになるため,介助供給型の形態よりも利用者の消費者としての主体性が現れやすいという長所も持っている。
\ 結論
以上のように,可能的な公的介助保障制度の諸形態をあげ,さらにその制度の前提となる行政/民間組織間の関係,つまり財源確保/サービス供給における主体分離の具体的な内容について述べてきた。[で記したように介助料支給型の形態は多くのメリットを持つが,本稿であげたどの形態のものが最も適当かについては,これ以外の可能的な形態や地域格差を念頭に置いた厳密な議論が必要である。ただ,これらの中のほとんどの形態が現在の公的介助保障の持つ問題点を多く解決することは確かである(ただし国民からの財源徴収が実現することで介助者の身分,もしくは利用者への充分な介助料が保障されることが前提だが)。24時間の介助体制も,利用者の選択性が高まり,サービスの質の向上を促すことで実現される可能性も充分にある。
私なりの考えでは,介助の供給による形態と介助料を支給する形態をうまく並存させることもできるのではないかと考えている。具体的には,二つの形態を,その地域やそこに住む利用者の実情に合わせて選択できるようにすることをイメージしている。もっと突き詰めれば,介助を必要としている者一人一人が二つの形態を自由に選択できる(または両方とも選択できる)ように制度が整備されればよいのではないだろうか。
注
1) 自立生活の概略については,本報告書の序章で奥村が述べているのでそれを参照。
2) 日常的に介助が必要な障害者は,職業に就く際に健常者よりも,その選択の幅を制限 されることが多い。よって結果として収入自体が制限されてしまう。
3) 「無償のボランティアの意義を否定するのではない。しかし,まず,量の必要を無償 のボランティアで賄うことは到底不可能…」(ヒューマンケア協会[1994])という認 識を私も共有する。
4) 「家族による介助」が問題なのではなく,「家族であるがゆえに介助に対する対価が 払われてこなかった」ことが問題なのである。
5) 「ホームヘルプサービス事業」の歴史的変遷については岡本[1987],1992年版『国 民の福祉の動向』pp.158-159などを参照。
6) 依託先として認められているのは,「市町村社会福祉協議会,特別養護老人ホーム等 を経営する社会福祉法人,『在宅介護サービスガイドライン』の内容を満たす民間事業 者等,行政関与型有償福祉サービスの提供を行う公益法人,在宅介護支援センターを併 設する特別養護老人ホーム,老人保健施設,病院等」となっている。
7) 正式名称は,東京都が「東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業」,大阪市が「大阪 市全身性障害者介護人派遣事業」,札幌市が「札幌全身性重度障害者介護料助成試行事 業」となっている。それぞれの制度の細かい内容は全国公的介護保障要求者組合[1992] の付録である「全国各地の介護人派遣事業実施状況」を参照。また東京都の制度につい て立岩[1993b]。他に横須賀[1993]。下の表を作るのに左記の2文献を用いた。
表 4つの自治体の介護人派遣事業の推移
東京都 大阪市 札幌市 神戸市
年 月 1 月 月 時 月 月 時 月 月 時 月
度 回 回 単 額 時 間 単 額 時 間 単 額 時 間 単 額
数 価 間 価 間 価 間 価
74 4 1750 7000
75 4 2200 8800
76 5 2550 12750
77 5 2750 13750
78 5 2930 14650
79 6 3000 18000
80 8 3090 22630
81 8 3210 25680
82 9 3360 30240
83 10 3510 35100
84 10 3580 35800
85 11 3810 41910
86 12 4000 48000 12 650 7800
87 13 4100 53300 24 950 15600
88 14 4200 58800 48 670 32160
89 17 4300 73100 48 1000 48000
90 20 4430 88600 75 1150 86250 48 700 33600
91 23 4770 102810 105 1195 125475 48 700 33600
92 26 5270 137020 126 1290 162540 48 700 33600
93 31 5920 183520 144 1330 191520 48 700 33600 64 1330 85120
8) 登録ヘルパー制度,東京都重度脳性麻痺者等介護人派遣事業の他,生活保護他人介護 加算(特別基準)を利用した介助者派遣など,複数の制度の様々な組み合わせが考えら れる。具体的な組み合わせのパターンについては『要求者組合通信』29を参照。
9) ホームヘルパー制度,生活保護介護加算等,介助保障の充実を求めて1988年9月に 結成された全国組織。機関誌として『要求者組合通信』がある(立岩[1990c:259])。今回調査した3団体では自立生活センター・立川のスタッフが積極的に参加している。
10) 生活保護他人介護加算特別基準の詳しい内容,受給方法などについては,公的介護保 障要求者組合[1992]。他に立岩[1993c]。
表 生活保護障害者関係の加算額の推移
年 障害者加算 重度 特別介護料
度 1・2級 3級 障害者 他人介護加算 家族
加算 特別基準 一般 介護
75 11300 7500 48000 18000 6340
76 13000 8500 4000 54000 26000 6340
77 14600 9700 5000 60000 28000 6340
78 16200 10800 5500 66000 29000 6340
79 17600 11700 6250 72000 30000 6340
80 18900 12600 8000 78000 30900 6340
81 20300 13500 9250 82000 32100 6340
82 21500 14300 10000 86000 33600 6660
83 21900 14600 10550 90000 33600 6660
84 22200 14800 10550 94000 35800 6660
85 22700 15100 10800 97000 36500 6630
86 23000 21900 15300 14600 11250 100000 37400 6660
87 23030 21900 15350 14600 11550 102000 38200 9250
88 23210 21900 15470 14600 11650 103200 38600 9250
89 23670 22160 15780 14780 11700 105400 39400 9250
90 24050 22160 16030 14780 12100 108400 40500 10380
91 24620 22160 16410 14780 12380 162600 94500 63000 10380
92 25190 22160 16790 14780 12750 168800 98100 65400 10700
93 25710 22160 22160 14780 13180 173800 101030 67350 11050
※障害者加算の左は居宅の場合,右は入院・入所の場合
※重度障害者加算は1985年まで介護加算となっている。
※1991年度以降の他人介護加算の左は厚生大臣承認,右は知事承認
※1992年度の額は4月1日現在 7月1日から重度障害者加算13,180円, 家族介護加算11,050円 (立岩[1993c:120]より)
11) 三好[1993:105]
12) 現在,自立生活センター等の組織の介助者コーディネイト事業に対して助成金の支給 を行なっている地方自治体も存在する(→第6章:梁井・原田)。しかし,言うまでも なくそれらは全国的な公的介助保障制度の一環として行なわれているわけではない。
13) 現在,このような形で地方自治体から助成金を受け,介助派遣事業を行っている自立 生活センターも存在するが,12) 同様,全国的な制度に組み込まれたものではない。
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