「はじめに」
千葉大学文学部行動科学科社会学研究室
『障害者という場所――自立生活から社会を見る』
last update: 20151221
はじめに
私たち千葉大学文学部社会学研究室では,社会学の実証的研究として,また社会調査実習という授業科目として,毎年3年生が社会調査を行っています。
1993年度は,それまで親元や施設で暮らしていた障害者が,そこを出て,地域の中で自分たちで生活を始めようとする運動――「自立生活運動」――を中心に,障害を持つ人々を対象として調査を行いました。
『障害者という場所』――障害者の暮らす場所は,もちろん私たちがつくっているこの「社会」の中にあります。私たちは,この調査で,障害者の「いま」を知るだけではなく,その場所から私たちの「社会」の「いま」を見直したいと考えました。こうしたふたつの意味が,この報告書のタイトルには込められています。
この調査では,7月14〜17日の本調査でお世話になった八王子ヒューマンケア協会,町田ヒューマンネットワーク,自立生活センター立川のスタッフ及び会員の皆さまをはじめ,先行調査,個別調査にわたって,多くの方々にご協力を頂きました。
私たち学生も,なにぶん社会調査は初めてであり,また勉強不足も重なって,不備な点やご迷惑をおかけしたことも多々ありました。皆さまのご理解,ご支援がなければ,この報告書が完成をすることはなかったと思います。
ここに,報告書が完成したことをお知らせするとともに,この場を借りてお礼を申し上げます。いささかなりとも,皆さま方のお役に立てれば幸いに存じます。
最後に,これを読まれる全ての人にとって,この報告書が意味をもつことを祈って。
千葉大学文学部行動科学科社会学研究室
1993年度社会調査実習団長 上條 達雄
謝 辞
この調査には,多くの方々のご助力をいただきました。心から感謝申し上げます。
調査全般にわたってご協力いただいたJIL事務局の斉藤明子さん。調査のコーディネ
イトをしていただき,インタビューにも答えて下さって私たちにさまざまなことを教えて
下さったヒューマンケア協会の柏木雅枝さん,町田ヒューマンネットワークの木下洋二さ
ん,CIL立川の高橋修さん,野口俊彦さん,菊池洋子さん。
学校まで来ていただき,その後も調査にご協力いただいた山本明さん,杉井和男さん,
宮尾修さんほか船橋障害者自立生活センターのみなさん。同じく来校していただいてお話
を伺ったNHKディレクターの田中美利さん。お話を伺っただけでなく,授業観察や共同作業の機会を与えて下さった3つの養護学校と1つの小学校の先生方。障害児教育について教えて下さった千葉大学教育学部の小出進先生。
視覚障害について貴重なお話と資料を与えて下さった千葉大学文学部の小島純郎先生。
小島先生が主宰される「盲聾者セミナー」参加者のみなさん。千葉大学点字サークルのみ
なさん。町田市立中央図書館の田中文人さん。“ギャラリー・TOM”のみなさん。
知的障害者についての資料をご提供下さった『福祉労働』編集部の小林律子さん。浜名
湖畔での会議で便宜をはかって下さった石毛えい子さん,大賀重太郎さんほか国際会議旅
行団のみなさん。障害者の意識について貴重なデータを提供して下さった谷口明広さん。頻繁な資料請求に応じて下さった障害者総合情報ネットワーク事務局の鎌田真和さん。
「パートナードッグを育てる会」代表の千葉れい子さん。障害者とマスメディアについ
てのアンケートに答えて下さった千葉大学ほかの学生のみなさん。
交通と旅行についてアンケート調査をお許し下さった勝矢光信さんはじめ「障害者情報
いきいきセンター」の参加者のみなさん。伊藤正章さんはじめ「わかこま自立情報室・旅
行のソフト化をすすめる会」のみなさん。日本交通公社の草薙威一郎さん。
登録ヘルパー制度その他についてお話し下さった「自立生活企画」代表の益留俊樹さん。電話による質問に丁寧にお答え下さった八王子市,町田市,立川市,北海道,札幌市,埼玉県,川口市,春日部市をはじめとする各自治体の担当者の方々。
CILの現状についての郵送調査にお答え下さった各地のCIL事務局のみなさん。
そして,私達の長時間のインタビューに応じていただき,貴重なお話を聞かせて下さった,安積純子さん,阿部司さん,天沼臨さん,天沼香椎さん,飯田裕幸さん,伊沢博さん,井元弘子さん,大沢豊さん,大島重道さん,大須賀郁夫さん,加藤定子さん,岸孝子さん,木村真希さん,小山秀樹さん,境屋純子さん,佐藤初吉さん,佐場武雄さん,佐野あきらさん,高沢明美さん,田畑朝子さん,田村和久さん,土屋純子さん,鶴丸高史さん,中平順子さん,野中君江さん,高橋忍さん,伏見和久さん,松木完之さん,丸山武司さん,宮平泰次さん,箭子稔さん,八幡孝雄さん,吉沢孝行さん,米沢侑里さん,渡辺恵さん。
みなさん,ほんとうにありがとうございました。
さいごに,社会学研究室の教務補佐員・佐竹公子さん。佐竹さんは,事務的なことはもちろん,精神的にも私たちを支えて下さいました。ほんとうにありがとうございました。
1993年度社会調査実習 学生・教員一同
◇◆目 次◆◇
はじめに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1
謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
序 章 調査の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・奥村 隆 8
・ ◇第T部◇
◆組織を作る――CILとは何か・
第1章 自立生活センターとは何か――理念・運営・活動・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・立岩真也・石井雅章・増田智子・渡邉和宏 26
第2章 CILの現状――質問紙による調査から・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石井雅章・井上智紀・寺本晃久 39
第3章 3つのCIL・・・・・・・・・・・・・・・・・小山雄一郎・石井雅章 59
・ ◆システムを変える――行政との新しい関係
第4章 介助者をどこに求めるか――ホームヘルプサービスとの比較・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・金山信一 74
第5章 公的介助保障の現状と展望・・・・・・・・・・・・・・・・小山雄一郎 93
第6章 自立生活センターに対する行政の支援体制・・・・・梁井健史・原田康行 107
・ ◇第U部◇
◆学ぶ――障害者と学校教育・
第7章 「養護学校」ってなんだろう?――教育をする側と受ける側からみた現状
と問題点・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・浅倉優香・松丸紀子 122
・ ◆働く――障害者の就労
第8章 働く「声」を聞く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・石政信一郎 144
第9章 障害者の就労に関する制度はどうあるべきか・・・・・雨宮健人・呉小萍 156
第10章 就労の場としてのCIL・・・・・・・・・・・・・・・・・・石井雅章 172
・ ◆自分で決める――自己決定への運動
第11章 知的障害者の自立のために:序説・・・・・・・・・・・・・・寺本晃久 188
・ ◆外に出る――旅行と交通アクセス・
第12章 障害者と旅行・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・國分夏子 200
第13章 交通アクセス問題をめぐる経過と現状・・・・・・・・・・・・上條達雄 208
・ ◆情報を得る――視覚障害と情報・
第14章 見える世界で生きていく――視覚障害者の現状と問題・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・曲淵優子・宮崎理絵 224
第15章 見えない世界で生きていく――視覚障害者の意識と感覚・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・曲淵優子・宮崎理絵 234
・ ◆伝える――マスコミと障害者・
第16章 見る・見られる――メディアを通して・・・・・・・・・・・石川佳代子 242
・ ◇第V部◇
◆介助者とつきあう――介助者との関係・
第17章 障害者と介助者の関係・・・・・・・・・・・・・・・・・・大石由美子 258
第18章 介助者と「自立生活」――健常者社会のなかで・・・・・・・大塚佳代子 266
・ ◆関係を開く――ネットワークとコミュニケーション・
第19章 「閉ざされた場」からの解放――障害者のネットワーキングへの提案・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・加藤展子 278
第20章 社会的経験の特異性とコミュニケーション・・・・・・・・・・渡邊和宏 291
・ ◆障害を受け入れる――障害者の意識の変容
第21章 ピアな関係とは――障害者から障害者への視線を通して・・・・松本 暁 310
第22章 等身大の自分探し――自分の一部としての障害・・・・・・・・増田智子 319
終 章 座談会――調査を終えて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 340
1993年度社会調査実習参加者一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 354
・ ◇資料・
資料T 本調査でのフェイス・シートおよびインタビュー・マニュアル・・・・・ 356
資料U CIL調査質問紙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 359
資料V 全国自立生活センター協議会(JIL)加盟団体一覧・・・・・・・・・ 366
参考文献一覧・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 368
編集後記・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 375
◇凡 例◇
1.参照した文献は,本文中あるいは各章末の注に「著者[発表年:参照頁数]」
という形で指示した。
特に署名のない雑誌や新聞の記事については,「『雑誌名』号(年):頁数」
という形で表示した。
これらの文献は,巻末の「参考文献一覧」に一括して掲げてある。
2.この調査で行ったインタビューの引用は,ほぼテープ起こしされた通りに行わ
れている。
ただし,不必要な部分を省略している箇所は「……」または「(中略)」で示
してある。
また,プライバシーの問題上,発言者を発言順にAさん,Bさん,…と表記す
るなど,人物名については書きかえを行った箇所もある。序 章
調査の概要
Okumura, Takashi
奥 村 隆
この『障害者という場所――自立生活から社会を見る』と題した報告書は,千葉大学文学部行動科学科社会学研究室が1993年4月から1994年3月にかけて行った社会調査実習の記録である。
私たちの社会学研究室では,3年次の必修科目として「社会調査実習」の履修を課している。今年度の調査実習には社会学専攻の3年生23人が参加し,全員がこの報告書のためのレポートを提出した。
報告書の本篇,すなわち,学生たちによる個々の報告を読んでいただく前に,この調査
の概要を記しておくことにしよう。3つのことを述べようと思う。第1に,私たちがどう
して「障害者」を調査対象に選び,この調査がなにをねらいにしているか,である。ここでは,障害者の「自立生活」という,読者のなかにはご存じない方がいるかもしれない事柄の概略も含めて,テーマ設定の理由を説明しておきたい。第2に,1年間の調査の経過について触れておこう。私たちの調査実習は,7月に3年生と研究室の教員全員が参加して行われる1週間ほどの合宿調査をメインとし(以下「本調査」と呼ぶ),いくつかのサブ調査を合わせて組み立てられている。ここでは「本調査」を中心に実習全体の経過と調査の方法について述べることにする。そして,第3に,この報告書の本篇の構成をあらかじめ紹介しておきたい。学生たちの個々の報告は,それぞれ個別・独自に行ったサブ調査の結果も踏まえており,その内容は多様である。その全体をまえもってたどっておけば,本篇が少しでも読みやすくなるだろうと考えるからである。
T テーマの設定
1 調査のねらい
私たちは,今回の調査実習のテーマをどのように選んだのか。テーマそのものの説明を
するまえに,まず,この実習を進めるにあたっての私たちの考え方,ねらいを簡単に述べ
ておきたい。その方が,テーマ設定の理由を理解しやすくなるだろう。
社会学を専攻する大学3年生が行う社会調査実習とは,どんなものであるべきなのか?
今年度の社会調査実習は,主担当として調査を指導する役割の奥村(社会学研究室講師)と,より密接に学生と接して調査の実務をとりしきる役割の立岩(社会学研究室助手)が,このことを議論するところから始まった。なにをこの「社会調査実習」に期待し,「社会学専攻の大学3年生」になにを要求すればよいのだろうか。
2つのことができればよいだろう,と私たちは考えた。第1に,調査をする側(すなわ
ち,学生)にとって,発見や変化があること。これは「調査実習」が大学教育の一環であ
るのだから,当然期待するべきことであろう。しかし,それは,調査したある「対象」に
ついてひとつ知識が付け加わった,という意味の発見だけに終わる必要はない。「対象」
と向き合うことで,自分のこれまでのものの見方,「社会」への考え方が問い直され,揺
すぶられ,さらには組みかえを迫られる,という意味での発見・変化があるべきではない
だろうか。「社会学」とは「社会」の成り立ちを研究する学問である。そして,「社会」
をいまあるように成り立たせている最も重要な要素のひとつは,私たち自身が日頃「あた
りまえ」に考え,行っていることであろう。とすれば,「社会学」は,私たちがふだん問
わない自分自身の「あたりまえ」を問い返し,明るみに出し,ときには破壊する作業であ
り,「社会学」の重要な手法である「社会調査」は,こうした意味での「社会学的」な経
験に満ちたものであるべきだろう。自分にはなんの変化もない安全な場所から距離をおい
て「対象」を調査するのではなく,その「対象」を突きつけられてのっぴきならず自分の
なかの「あたりまえ」に目を向けざるをえないという経験――これを調査者に可能にする
ような対象の設定,方法の設計を私たちは考えなければならない。
第2に,調査される側にとって,その調査が意味をもつこと。社会調査は,被調査者の
協力なしには成り立たない。いいかえれば,調査を受ける側に大きな負担をかけることを
前提にして成り立つ行為である。とすれば,調査する側は,被調査者の「調査を受ける行
為」のコスト・パフォーマンスをつねに考慮しなければならないだろう。端的にいって,
「社会」のなかのひとつの行為・実践である社会調査は,「社会」にとって意味をもたね
ばならない。そのアウトプットを,被調査者に,広く「社会」にフィードバックし,彼ら
にとって意味のある(少なくとも調査を受けるコストに見合う以上の)結果を出さねばな
らない。私たちは,「学生」の「実習」といえどもこのことを要求すべきであろうし,む
しろ「社会学専攻の大学3年生」にはそれだけの成果を十分期待してよい,と考えた。そ
れは,学生に,別の意味での「のっぴきならなさ」を,つまり調査主体としての「責任」
を感じさせるという効果も生むだろう。私たちは社会的実践として意味のある調査をし,
その結果を被調査者へ,「社会」へとフィードバックしなければならない。
それでは,この2つのねらいから考えて,私たちふたりが学生に提供できる最良のテー
マはなんだろうか? いくつか候補をあげて議論したのち,私たちは「『障害者』の位置
から『社会』を見る――とくに『自立生活運動』を中心にして――」というテーマを学生
に提案することにした。その内容的な理由は,2で述べよう。より卑近な事情を先に明か
しておくと,まず立岩は,1986年以降「自立生活運動」の調査に携わっていて(その結果
は,安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也 1990 『生の技法――家と施設を出て暮ら
す障害者の社会学――』藤原書店,として公刊されている),多くの資料・情報をもち,
インフォーマント(情報提供者)を数多く知っていた。また奥村も,学生時代ボランティ
アとして障害者に接した経験があってある程度の知識はもっており,前年度の担当講義(コミュニケーション論)で「自立生活プログラム」(後述)を紹介したりもしている。こうした事情もあって,私たちはこのテーマを選択してはどうかと考えたのである。
2 障害者の「自立生活」
ここで,障害者の「自立生活」という事柄について,ごく簡単に触れておいた方がよいだろう。
障害をもつ人々は,どこで暮らしているのか?――身体に重度の障害をもつ人々は,そ
の多くが,家族が生活の面倒をみる家庭か専門の職員がいる施設のなかで暮らしている,こういってまちがいなかろう。しかし,「健常者」のある割合が,ある年齢になると親元を離れて生活したいと思うようになり,ひとりで生活を始めるのと同じように(もちろんまったく同じではないが),障害をもつ人々のなかにも,親元を離れてあるいは施設を出て生活したいと思い,ひとりでの生活を始める人々もいる。結婚したり仲間との共同生活を始める人々もいるだろう。親元でも施設でもなく,自分たちだけで始める生活,それを彼らは「自立生活」と呼ぶ。
この生活は,しかし,多くの難問を抱えている。家族や施設職員がいない場所で,日常
生活にどうしても必要な介助をどうやって確保するのか。ひとりで暮らすためには街に出
ていくことも必要になる,しかし,どうやって買い物をするのか,電車に乗るのかさえ,
これまで街に出た経験がほとんどない彼らにはわからないかもしれない。家のなかのこま
ごましたことも同様だ。そうした多くの難問に直面して自信を失ったり,そもそも障害を
もつ自分に自信がもてなくて,精神的につらい日々を過ごすことになるかもしれない。
こういった「自立生活」の抱える課題の解決を障害者ひとりひとりに委ねるのではなく,解決のための組織を自分たちで,つまり障害者自身が運営主体=組織のスタッフとなって,作っていく動きがある。たとえば,健常者を募集して有償の介助者として登録し,会員となっている障害者のもとに派遣する仕組みを作る(「介助サービス」)。自立生活に必要な生活上の技術をプログラム化し,会員にそれを習得する機会を設ける(「自立生活プログラム」)。自立生活を始めた(あるいは自立生活を考えている)障害者が,カウンセラーとしての訓練を受けた同じ障害者に,カウンセリングを受ける機会を設ける(「ピア(=仲間同士の)・カウンセリング」)。
1970年代のアメリカに始まった,障害者自身が作るこうした組織が「自立生活センター Center for Independent Living(CIL)」である。この動きは,日本ではまず東京・三多摩地域で広がりを見せ,私たちの調査が主な調査対象とした3つのCIL,ヒューマンケア協会(八王子市)は1986年6月,町田ヒューマンネットワーク(町田市)は1989年12月,自立生活センター立川(立川市)は1990年12月に設立され,そのどれもがいまあげた3つの活動(介助サービス,自立生活プログラム,ピア・カウンセリング)を行っている。また,私たちが「本調査」を準備する段階でお世話になった,船橋障害者自立生活センター(船橋市)は,1991年6月に設立されている。こうした各地のCILが加盟する全国規模の団体が「全国自立生活センター協議会(JIL)」(1991年11月設立)であり,既存のCIL間の情報交換や要求運動,調査・研究活動などを行うほか,CILを設立しようとする各地の動きに対して設立のためのノウハウを提供するなどの支援活動を行っている。JILに加盟しているCILは1994年2月現在で40団体(正会員,準会員,未来会員を含む),調査期間の1年間(1993年4月以降)でも8団体増加している。
さて,私たちの調査のテーマ設定にもどろう。私たちは,先の2つのねらいから,「自
立生活運動」を中心に障害をもつ人々を調査の対象にしようと考えた。それはなぜか?
第2のねらい(被調査者や「社会」にとっての意味)から述べよう。これまで述べてき
たように,「自立生活」は障害者にとって生まれつつある新しい選択肢であり,それを実
行している人々は障害者全体のなかでは少数派であるといってよいだろう。その実態がい
かなるものであるのか(たとえば『生の技法』のような前例があるにしろ),まだ十分な
調査がされているとはいいがたい。簡単にいって,まだ情報が整備されていないのだ。一
方,この「生活」を知りたいと思っている人は数多く存在する。親元や施設から出たいと
思っている障害者にとって,その実態,生活の方法を知ることは大きな意味をもつだろう。障害者の生活にかかわる人々(家族,ボランティア,施設職員,福祉行政担当者など)も,この新しい動きを知る必要を感じている。また,運動の当事者,生活の当事者(CILのスタッフや自立生活をする障害者)自身,(「調査されること」によってかどうかは別にして)自分たちの運動や生活の実態を対自化し,改めて自分たちで知ることを,また運動・生活についての情報を外に対してオープンにし,さまざまな人々に知らせることを,必要だと感じているようだ。自立生活をする障害者の調査をすることは,調査される側やその周辺にいる人々にとって決して無意味ではあるまい。
そして,この調査は「社会」にとっても無意味ではなかろう。「自立生活をする障害者」に限ることはない,「障害者」の生活について「社会」は,健常者の「社会」は,どれだけのことを知っているのだろうか。「社会学」はこれまでどれだけの調査をしているのだろうか。障害者自身が語る言葉を「社会」や「社会学」はこれまでどれだけ聞いてきただろうか。あとで述べるように,この調査は比較的長時間のインタビューを主な調査方法とし,本篇の報告はそのいくつかがインタビューの内容を「そのまま」載せたものとなっている。もちろん,インタビューの対象は,「自立生活」をする障害者が中心であり,その運動の現状からいって身体に障害をもつ人々が大部分である(知的障害者と視覚障害者については,7月の「本調査」とは別の学生独自の調査によって3つの章で触れることができたが,たとえば聴覚障害者についてはまったく触れられていない)。しかし,一部とはいえ障害者自身の言葉を,生活の実態を,記録して「社会」にフィードバックすることは,「社会学」にとっても「社会」にとっても(そのなかにいる健常者にとっても障害者にとっても)重要であることにまちがいはない。
第1のねらい(調査者の側の発見・変化)に少しずつ視点をずらしながら論じよう。そ
れでは,彼らの言葉はなにを語るのだろうか。もちろん,それは「障害者」の生活を語る
ものである。彼らがかつていた施設や養護学校など,障害者「特有」の世界について調査
者=学生は(おそらくはじめて)知ることができる。しかし,彼らが語るのはそれだけで
はない。彼らは,そうした「特有」の世界を出て,健常者がするようにアパートを借りて
暮らし,仕事をし,街に出かけている。健常者と同じ世界に住み,調査をする学生が知る
のと同じ「社会」を知っているのだ。しかしながら,その「同じ」社会は,学生が知って
いるのとは大きく「異なる」姿で語られるだろう。暮らすこと,仕事をすること,外に出
ること――たとえば,こういったことを学生たちが「あたりまえ」に行う「社会」が,彼
らにはそれを行うにもいくつもの問題を抱えたものとして見えている。「同じ」社会の「異なる」姿を語る言葉は,おそらく調査者にとって「社会」についての考え方の変更を,
すくなくとも深化を,迫るものだろう。自立生活をする障害者は「彼らだけ」の世界を語
るのではない,調査者自身の「私たち」の世界を,別の角度から語るのだ。
制度論的にも論じておこう。障害者の自立生活運動,その組織体であるCIL。学生た
ちは「社会」を作るものとして,たとえば「家族」を知っている。また,市場原理で動く
「企業」があることを知っている。税金によって再分配機能を果たす「政府」「自治体」
という公共セクターがあることも知っている。「友人」や「ボランティア」という,「家
族」と同様にお金が絡まない「友愛」のようなもので結ばれた関係が「社会」を作ってい
ることもよく知っている。しかし,CILはどれでもない。市場原理や利潤追求で動くも
のでもないし,民間団体であって公共セクターではない。介助者を有償で雇っているので,家族や友人や無償ボランティアのような金銭ぬきの関係でもない。これは一体なんなのだろうか。こうしたものが,なぜ新しく必要とされ,設立されたのだろうか。学生たちは,「社会」の作り方について基本的に考えざるをえない――いままで知らなかった,こんな「社会」の作り方があるのか。そして,それまで「あたりまえ」に知っていた「社会」の作り方を問わざるをえない――「企業」とは,「政府」「自治体」とは,あるいは「友人」とは「家族」とは,一体どういうものなのか。
しかし,第1のねらいに関してはもっと率直に述べておいたほうがよいだろう。学生のなかで障害者に接した経験があるものはほとんどいない(それは,U−1で述べる調査開始時のアンケートで確かめられた)。まして「自立生活」という暮らし方についてはまったく知らず,「障害者」についてはある漠然としたイメージをもつにすぎない。その彼らが,調査者として障害をもつ人と向かい合い,話を聞き,その生活を知ること,障害をもつ人々と同じ「社会」に暮らし,同じ「社会」をともに作っていることを知ること,これは,彼らにとってなんらかの意味ある経験となるであろう。私たちが作る「社会」を考えるきっかけ,自らの「あたりまえ」の生き方を考えるきっかけ,先に述べた「社会学的経験」に通じるきっかけとなればよい,そうでなくても,学生それぞれが「なにか」を考えるきっかけには少なくともなるであろう。最も率直にいうならば,私たちは,学生たちが障害をもつ人々と「出会う場」を設けることが,調査者=学生たちにとってなにかの意味をもつだろう,そう考えていたのである。
私たちふたりは,議論するなかで,このような2つの狙いを考えていた。そして,このテーマを,学生たちに提案することにしたのである。
U 調査の経過
1 「出発点」の確認
私たちの社会調査実習は,学期中は木曜の3・4時限を使って行われる。1回目(4月
22日)の授業時間にT−1で述べた調査実習の2つのねらいを奥村が話したあと,2回目
(5月6日)の授業でこのテーマを学生たちにはじめて提案し,その理由を(T−2で述
べたよりはるかに簡単に,だが)説明した。そして,「障害者」や「自立生活」について
ほとんど情報を与えないまま,学生に対して簡単なアンケートを行った。「いま,調査テ
ーマが『障害者』といわれてどう感じているか/『障害者』というテーマについて何を知
っているか/『障害者』についてどのようなイメージをもっているか」――これについて
学生に自由に(無記名で)書かせる,というアンケートである。
調査者として,ではなく,被調査者として,ごくふつうの社会の一員が「障害者」につ
いてどう思っているのかを調べるアンケートに答えるつもりで書いてほしい,という私たちの要求で,23のかなり率直な回答が寄せられた。回答結果をみる限り,障害者の介助の経験がある学生が1名,親がボランティアなどをしていて障害者を身近に知っていると書いたのが3名。他に障害者と接した体験を書いたのは,街で車椅子の男性を見かけて傘をさしかけるかどうか迷ったという体験を書いた1名,小学生のとき養護学校に交流会に行った体験を書いた1名,少年のころ障害者に幾度か接して「コワかった」体験を書いた1名だけであり,残りは「接したことがない」「身近ではない」「なにも知らない」「関心をもったことがない」「別の世界の人々」という感じ方を記している。
「障害者」のイメージについては,多くが「障害者」をとりまく状況について書いてお
り,「障害者」そのものへのイメージは必ずしも鮮明ではない。「つい可哀相とか思って
しまう」「保護しなければ……優しくしなければ」というイメージをもっているがそうした「同情」はきっとよくないのだろう,という考えを書いたものが2名。障害者と接して「コワかった」という体験を書いた学生は「正直『関わりたくない』と思った,今もそうだ」と述べ,「見ていてつらくなるのであまり目を向けたくないというのが本心」という学生も1名いる。小学生のときの交流会について書いた学生は「違和感を感じたのを思い出した」と述べ,2名の学生は「障害者というものに偏見がある」「障害者に対する私のイメージははっきりいって悪いです」と述べている。
「障害者」を調査実習のテーマにすることにかんしては,多くが「かなり大変そうな気
がする」「不安もけっこう大きい」けれど「それだけ見えてくるものも大きいのではない
か」「なかなかおもしろそうなテーマだと思う」という感想を書いている。ある学生は「特に興味はもっていない」けれど「結構普段健康に暮らしている自分には見えないものが見えておもしろいかもしれない」といい,先の「関わりたくない」と書いた学生もなぜこうした「排斥心理が働いてしまうのか?……よくわからないので,このテーマをやる意義はあると思います」と述べている。これに対して,障害者の介助を行っている学生は「その人たちを“調査対象”として見ることについて少し戸惑いがあります」と述べる。また,ある学生は「調査実習の対象としては適切だと思います」といいながら「その結果を出したあと,果して得るものがあったといえるかどうかは自信がない」「興味がないというか……無理にやらされていると感じる」と述べ,「障害者というものに偏見がある」
と書いた学生は「このテーマ設定も偏見がないといいきれない」「特殊なものの普遍性と
いう見方はすごくおもしろいと思う,しかし,その特殊性を障害者に求めてしまってよい
のだろうか」と,テーマ設定のしかた自体を厳しく批判している。
これが,この調査を始めるにあたっての,学生たちの「出発点」である。私たちは3回
目(5月13日)の授業時に,このアンケートの内容をまとめたものを学生に配布し,自分
たちがいまどこにいるかを確認するところから,作業を始めることにした。
2 「本調査」まで
この「出発点」から6月下旬までの調査実習の授業は,3つの作業を中心としている。
第1に,調査者=学生がこのテーマに関する知識を増やし,今後の調査の土台づくりをすることである。このために,立岩から「自立生活運動」および障害者をとりまく状況の概要についてのレクチャーが数度にわたって行われ(2回目の授業時間・アンケート実施後に第1回のレクチャーを行った),知識の共有がはかられた。また,(レクチャーのおりにも『生の技法』をはじめとする文献・資料が紹介・配布されたが)立岩が既に蒐集してある文献・資料が学生に開放された。学生はこのテーマについての文献的調査を各自自由に立岩研究室で行うことになる。
第2に,文献的な知識を得るだけでなく,調査の現場となる「障害者」の生活や「自立
生活運動」に学生が接する場面を少しずつ設定し,その雰囲気を肌で知る機会を開くこと
である。まず,5月27日に,NHKディレクターの田中美利氏を研究室に招いて,『あす
の福祉』(NHK教育テレビ)の田中氏が制作した回のビデオを見てからお話を伺った。
お話はこの番組の制作についての質疑応答に始まって,障害者の抱える問題についての解
説,彼らに「取材」するときの方法・姿勢・心構えに関するアドバイスにまで及んだ。
6月10日には,船橋障害者自立生活センター(FIL)にお願いして,センターのスタッフ・利用者・介助者の計6名の方を研究室に招いてお話を伺った。スタッフの宮尾修氏から,FILの設立までの経緯などをお話しいただき,その後学生からの質問に答えていただくという形で会は進められた。
また,6月12,13日に開かれたJILの総会に,賛助会員として出席した立岩とともに学生4名と奥村も出席し,総会の内容や雰囲気が6月17日の授業で報告された。学生4名は会に出席するだけでなく,会場係のボランティアとして働き,うち3名は遠隔地からの参加者の宿泊介助を行うという経験もした。
第3に,調査者各自が自分の問題意識を形成していく作業である。T−1で述べた第1
のねらいから,この調査実習では,調査の細かな設計まで教員が決定する必要はなかろう,むしろ決定してはならない,と私たちは考えた。教員がするのは,とりあえず調査対象の設定までで,その調査対象に接して,なにを問題だと思い,どのテーマをより詳しく調べたいと思うかは学生の自由に任せるべきである。自分自身の問題を明確にする過程こそが先に述べた「発見」の重要な一部であり,この実習では,各学生が全体のテーマのなかのどこを自分の問題=テーマとするのかを自分の力で決めなければならないのだ。
3回目(5月13日)の授業時に,いまの時点で自分は障害者にかかわるなにを調査したいと思うのか,各学生が報告する機会が設けられた。6月上旬には,調べたい問題が共通する何名かずつでグループを編成し,以後グループ単位で調査を進めていくことになる。本調査までの期間,個別のテーマについて少人数の「班」で協力しながら文献調べをして知識レベルを引き上げ,同時にグループ内部で討論してひとりひとりの問題意識を明確にするためである。
このグループは,当初,行政班(3名),教育・就労班(6名),マス・メディア班(5名),イメージ班(5名),自立班(4名)に分かれていた。6月から7月上旬の授業時間に班単位で文献調べと討論を繰り返すうちに,本調査前には,行政班(5名),教育班(3名),就労班(3名),メディア班(6名),意識班(5名),社会運動班(1名)という組み替えがなされた(本調査時の各学生の班所属は巻末に掲げてある)。
このことからもわかるように,学生たちの問題意識は,本調査の時点でも全員が明確であったわけではない。私たちは,それは仕方のない,むしろ好ましいことであろうと考えていた。調査対象者に会う前にあまりに明確な問題意識や「仮説」が組み立てられているとき,その調査は,はじめからある程度結果が決まっている「発見」のない調査になるかもしれない。学生たちはきっと,調査対象者に会ってはじめてなにかを「発見」し,問題意識を鮮明にしていくであろう。そのあとで,問題を立て直し,調査の方法を練り直せばよい。あらかじめある「仮説」を「検証」するというより,調査のなかで「問題」を「発見」する――私たちは,今回の「本調査」はそうした位置づけであると考え,学生にも繰り返しそのように強調して,「本調査」の準備を進めることにした。
ひとこと付け加えておこう。7月の合宿で行われた「本調査」の他に,この調査実習は
いくつかのサブ調査によって成り立っている,とはじめに述べた。その多くは,いま述べ
たことでもわかるように,「本調査」後に各学生が自分の問題意識に従って個別・独自に計画する「追調査」として行われた。ただし,「本調査」に次いで重要なサブ調査がすでに5月から企画され,準備が進められていた。それをここでは「質問紙調査」と呼んでおく。以下,まず「本調査」の,ついでこの「質問紙調査」の概要について述べることにしよう。
3 「本調査」の方法と対象
「本調査」は,7月14日(水)から17日(土)まで,東京都八王子市の大学セミナーハ
ウスに3年生全員と教員が合宿して行われた。ここでは,その方法の詳細と調査対象者の
属性について,説明しておきたい。
「本調査」は,質問紙によるアンケート調査ではなく,かなり自由で長時間にわたるインタビュー調査という方法をとっている。いま述べたように,まえもってある「仮説」を「検証」するというより,調査することによって「問題」を「発見」しようというこの実習では,「仮説」によって組み立てられ,それから外れたことを発見しにくい質問紙調査より,その場で自由に話してもらい新たに登場した話題をさらに質問していくインタビュー調査の方が適していると思われたからである。それゆえ,調査対象者もランダム・サンプリングで選んだものではない。各調査者のテーマにとって最も多くの発見があると予想される何人かの対象者を選び,そこにインタビューに行く,という形をとっている。
本調査への準備として6月下旬から2つの作業が繰り返された。ひとつは,各班ごとに,どんなテーマを調べるために・どんな対象者を選んで・どんな質問をするのか,という指針を作る作業。もうひとつは,調査者全員で,各班から提出された指針を批判・検討し,インタビューのプランとして使用に堪えるものに練り上げる作業。この2つの作業が繰り返されたのち,調査対象者全員に基本的な属性を問う「フェイス・シート」,それを含む「インタビュー・マニュアル」が作成された。マニュアルといっても,フェイス・シートの項目を聞き終わったら自分の班のテーマに絞って話を展開していく,自分たちのテーマと関係あるフェイス項目が出たらそこでそれを深く質問しそれが終わったら次のフェイス項目に移る,といった程度のごく大雑把なものであり,実際のインタビューも学生がその都度流れを組み立てる,かなり自由な方式で行われた(フェイス・シートおよびインタビュー・マニュアルは,巻末に資料Tとして載せてある)。
調査対象者は,ヒューマンケア協会,町田ヒューマンネットワーク,CIL立川の各事
務局に協力をお願いして,以下の手順で選ばれた。まず,各班が自分たちのテーマにとっ
てインタビューしたい対象者の希望を出す(たとえば,教育班なら養護学校に就学した人
・普通学校に就学した人両方に話を聞きたい,意識班ならピアカウンセリングを受けた人
・受けていない人・ピアカウンセラーそれぞれに話を聞きたい,など)。その希望を各事
務局に伝え,該当する方を紹介していただいて,調査可能な日時を学生が問い合わせてア
ポイントメントをとる(事務局が日時までセッティングして下さった方も多い)。
こうして選ばれた調査対象者は,CILスタッフ20名(障害者14名,健常者6名),C
IL利用会員(障害者)18名であり,他に,CIL会員ではないが調査期間中に紹介があ
りアポイントメントがとれた障害者3名,障害者の親(健常者)1名にもインタビューを
行った。「本調査」でのインタビュー対象者は,合計で42名である。
このうち,障害をもつ対象者(CILスタッフ,会員,非会員を含めて)について,フ
ェイス項目への回答からその基本的な属性を記しておくことにしよう。合計35名のうち,
性別:男性=21名/女性=14名
年齢:10代=1名/20代=7名/30代=17名/40代=9名/50代=1名
障害の種類:脳性麻痺=15名/脊髄損傷=6名(うち頚髄損傷=4名)/筋ジストロフ ィー=2名/小児麻痺=2名/その他の身体障害=6名(それぞれ1名ずつ)/ 視覚障害=3名/不明=1名
居住形態:独立(既婚も含む)=28名(うち2名は結婚後障害を負った)/親元=7名
独立期間(独立している人のうち,結婚後障害を負った人を除く26名について):
1年未満=4名/〜2年以下=4名/〜5年以下=6名/〜10年以下=2名/
10年以上=5名/不明=5名
身体に障害をもつ対象者の障害の等級は(何名か確認できなかったケースがあるが),
ほとんどが1種1級であった。
学生は,自分の班の希望で選ばれた対象者に班員全員でインタビューに行った。ただし,その班が希望する対象者の聞き取りが同じ時間に複数入る場合には班員が分かれて担当した。また,複数の班の希望に該当する対象者(たとえば,普通学校の経験があり・ピアカウンセリングを受けている,という教育班も意識班も話を聞きたい対象者)の場合には各班から何人かずつ参加してそれぞれ自分の班のテーマについて質問をした。すべてのインタビューに2名以上の学生が参加しており,いくつかのインタビューには教員が同行している。
それぞれのインタビューは,CILの事務局,対象者の自宅・職場,喫茶店その他の場
所で1時間から2時間をかけて行われ,その内容は,許可をとったうえでカセット・テー
プに収録された(録音機の不調などの例外を除いて,すべてのインタビューが録音されて
いる)。これは,夏休み中に学生によってテープ起こしされ,内部資料として社会学研究
室に保管されている。テープ起こしは,ほぼ逐語的に文字化するという原則で行われた。
また,インタビューを収録したカセット・テープは,立岩研究室に保管されている。
4 「本調査」以降
4日間の「本調査」終了後,夏休み中に2つの作業が行われた。ひとつは,いま述べたテープ起こし。もうひとつは,各自が「本調査」で「発見」した「問題」を整理し,秋以降自分が調査していくテーマ,問題意識を明確にすること。つまり「障害者の教育」「CILと行政」「自立生活をする障害者の意識」といったまだ大きすぎるテーマから,各自が報告書に載せる原稿を書けるようなより限定されたテーマへと,自分の問題意識を絞り込む作業である。
しかし,夏休み明けに学生が発表したテーマをみると,最終的な報告書の原稿と同じテーマにまで既に絞り込めているものもあるが,まだ漠然としているもの,この時点から報告書原稿の執筆までにテーマが変わったものも数多くある。多くの学生はその後の作業を進めながら,徐々に自分の問題意識を明確にしていったようだ。
9月以降の作業は,より大きなテーマを共有する「班」単位から,各自の原稿を準備するための個人単位の調査へと移っていく(ただし,原稿執筆段階までテーマを共有したグループもある)。多くの学生は「追調査」を行った。すなわち,新たに明確になった各自の問題意識・テーマに沿って,学生が独自に資料・情報を蒐集したり,インタビュー調査を実施したりしていく作業である。このそれぞれの方法については,本篇の各報告にも書かれているし,むしろ,各報告の内容を紹介するVで触れたほうがよいだろう。
また,「本調査」でのインタビュー記録の洗い直し・読み込みも行われた。すなわち,
テープ起こしされたインタビュー記録に各学生が目を通し,自分の関心に従って必要な事
項を抜き書きし,何が読み取れるのかを考えていく作業である。あとで述べるように,障害者の意識について原稿を書こうとした学生はこの作業を中心にし,制度論的なアプローチをとる学生は「追調査」に力を入れている。もちろん,大部分の学生がこの2つの作業を両方とも行っている。
10月,11月の月末の授業時に,各自の調査作業の進行状況が報告されたあと,学生は原稿の執筆を始めた。12月16日に1回目の,2月21,22日には2回目の原稿内容の報告会が催され,討論がなされた。そして,3月15日に第1次の,28日に第2次の原稿締切りが設けられ,提出された原稿に編集委員(学生6名)と教員による編集作業が加えられたのち,報告書本篇がここに見られるような形になったわけである。
5 「質問紙調査」の概要
さて,報告書本篇の内容に触れるVに移るまえに,2で述べた「質問紙調査」の概略を説明しておくことにしよう。
私たちの調査実習で「本調査」に次いで重要な位置を占める「質問紙調査」は,5月の段階で立岩から提案されたものである。T−2で述べたように,ごく新しい動きである障害者の「自立生活」,それを支えるCILについては,まだ十分な調査がなされておらず,
ごく基本的な情報すら未整理の状態である。それぞれのCILがどういうサービスを行っ
ているのか,利用会員は何名で,介助料はいくらか,こういった基礎データを集約するこ
とは,当事者にとってもきわめて有用であろう。こうした基本的なデータを質問紙で調査してはどうか,という立岩の提案に,4名の学生が協力することになった。
行われた作業は2つである。第1に,準備作業として,これまでわかっているデータを
洗い直すことである。各CILの機関誌やJILや各CILなどが発行した既存の報告書
から,こうした基本的なデータがピックアップされた。
そして,第2に,全国各地のCIL事務局への質問紙調査である。「本調査」後,立岩
と学生によって各CILの現状を問う質問紙が作成され(この際,JIL事務局にご協力をいただいた),11月20日に計28団体に郵送された。締切りの12月6日までに16団体から返送があり(その後,追加して質問紙を郵送したところ2団体から返送があった),その結果を1月から3月にかけて学生が集計していった。回答があったのは,以下の18団体である(順不同)。
札幌いちご会(札幌市) オフィスIL準備室(郡山市) 自立生活センター立川(立
川市) 生活援助為センター(保谷市) HANDS世田谷(世田谷区) ヒューマン
ケア協会(八王子市) 町田ヒューマンネットワーク(町田市) 静岡障害者自立生活
センター(静岡市) AJU車椅子センター(名古屋市) 第一若駒の家(八王子市)
ホットハートしみず(清水市) ヒューマンネットワーク熊本(熊本市) 大阪中部障
害者解放センター(大阪市) 広島レモンの会(広島市) 土の会生活訓練所(山口県
熊毛町) セルフ社(大阪市) 自立生活企画(田無市) 北九州自立生活推進センタ
ー(北九州市)
回答された質問紙は,社会学研究室に保管されている(質問紙原表は巻末・資料Uの通
り)。この「質問紙調査」を集計した結果は,この報告書の何箇所かで用いられているが,
とくに第2章にまとめられている。
さて,以上で,調査の方法,対象,経過のおおよそが明らかになったことと思われる。
それでは,本篇の内容を紹介するVに移ることにしよう。
V 報告書の構成
この報告書の本篇は,学生が執筆した22篇の報告からなる(議論の展開上,立岩が追加
執筆した部分があるが,それはその箇所に明示してある。また,共同執筆が8篇あるが,
執筆分担が明示されていない7,14,15章は,執筆した2名の学生の完全な共同作業の成果である)。これまで述べてきたように,各報告は学生各自の問題意識に従っており,個々のテーマは多様である。しかしながら,全体を,大きく3部に分けることができる。その構成を,各学生が行った「追調査」の方法にも触れながら,簡単に紹介していくことにしよう。
第T部は,障害者の自立生活を支えるCILの組織・サービスとその行政との関係をマ
クロに把握し,自立生活のハードな基盤を制度論的に考察しようとした部分である。この
部分は,2つに分かれている。
<組織を作る> と題した前半では,先にT−2でごく簡単に触れた「自立生活運動」に
ついてのより詳しい紹介もかねながら,「質問紙調査」の結果に基づいてCILの現状と課題が述べられる。まず,第1章では,CILとはなにかを,理念,サービス(介助,自立生活プログラム,ピア・カウンセリング),運営主体と組織形態から説明し,その全国組織であるJILについても概説する。次いで,第2章では,CILの現状を「質問紙調査」に基づいて把握しようと試みる。全国の各CILでの,いまあげた3つのサービスの実施状況,組織運営の現状を,今回新しく調べられた数値から読み取ることができるだろう。そして,第3章では,この調査が主な対象とした3つのCILについて述べられる。ここでは,その歴史的な経緯,活動の現状などの紹介にとどまらず,3つのCILを比較対照することから,CILの今後について考察を加える試みも行われている。
<システムを変える> と題した後半では,介助サービスの供給やCILへの助成金をめぐって,CILと行政との関係が描かれることになる。第4章では,介助を受ける障害者の側から,CILの介助サービスと行政が供給する介助サービスがどのように評価されているかを述べるとともに,「本調査」のフェイス項目の回答をもとに,障害者がいくつかの種類の介助サービスを主体的に選択し組み合わせて利用している姿が描き出される。第5章では,行政が介助サービスを供給する(あるいは介助の供給を助成金で支援する)いくつかの方式を分類して考察し,現状での問題点を指摘するとともに,今後の望ましい展望を見通す理論的な考察を行っている。第6章では,まず,東京都内のCILの設立・運営にあたっての行政からの助成金の重要性が数量的に示される。そして,こうした助成金が他地域ではCILにほとんど支払われていない事実を指摘し,それがなぜなのかを法律・条例などの分析と各自治体の担当部局への電話での聞き取り調査を中心に明らかにしている。
第U部は,障害をもつ人々をとりまく状況について,学生各自が関心をもったトピック
スを個々に論じた部分である。そこでは,教育・就労・交通・情報などのテーマが,独立
した問題意識のもとに取り上げられることになる。
<学ぶ> では,障害者の学校教育が取り上げられる。第7章の報告は,まず,調査者自
ら養護学校3校と小学校1校を訪れて,授業を見学し何人かの教師にインタビューした結
果をもとに,養護学校がどういうところなのか,普通学校とどうちがうのかをレポートす
る。次いで,「本調査」で学校体験を語ってくれたインタビュー記録を中心に,障害者自
身からみて,養護学校とは,普通学校とは,どのようなところなのかを再構成していく。
<働く> では,障害者の就労が扱われる。第8章は,障害者にとって働く意味とはなん
なのかという問題意識のもと,「本調査」でのインタビューをそのまま抜き出して,「働
く」という経験の本質に迫ろうとする報告である。第9章は,その背後にある,能力や生
産性を重視する社会の存在を踏まえて,通常の意味での「生産性」がけっして高くない障
害者が働くということについて考え,新しい考え方である「保護雇用」についても議論し
ようとしている。また,第10章は,CILを障害者にとっての新しい就労の場ととらえ,
「質問紙調査」をもとにその現状を描くとともに,CILが有給の職場となることのもつ意味を「本調査」でのインタビューを再現しながら明らかにしようとした論考である。
<自分で決める> では,知的障害者の自立が論じられる。第11章の報告は,調査の途中
で知的障害者について興味をもった調査者が,独自に文献・資料を調査し,インタビュー
を行い,知的障害者の自立に関する会議に参加して,まとめたものである。この報告書のなかで唯一知的障害者に触れ,その新しい動きを紹介するこの論考は,障害者にとっての「自立」とはなにかを考えるためのひとつの理論的な試みともなっている。
<外に出る> では,障害者の旅行と交通アクセスが扱われる。第12章では,障害者が旅
行する機会が増えつつある現状から,旅行が彼らにとってもつ意味をインタビュー記録を
中心に抜き出すとともに,旅行情報の不足,旅行会社の対応などの問題点を指摘している。
第13章は,障害者の交通アクセスという問題を,駅舎のエレベーターとリフト付きバスの
運行を中心に調べ,行政の対応,当事者の運動,アメリカでの動きなどを多角的に論じた
報告である。この2章は,江戸川区内で障害者を対象に行った独自のアンケート調査をも
とにしているほか,旅行会社などへの聞き取りも行っている。
<情報を得る> は,本報告書で唯一視覚障害者を対象とした部分であり,彼らが「情報」をどのように得ているかという視点から2つの論考が書かれている。第14章では,点字や朗読サービスなど視覚障害者が情報を得る手段の現状と課題が論じられ,第15章では,視覚障害者へのインタビューと作品に触れる美術館“ギャラリー・TOM”での調査者自身の体験をもとに,「見えない」という感覚,視覚障害者が経験する独自の世界を描き出そうと試みている。この2章は,町田市立中央図書館での聞き取り,千葉大学「盲聾者セミナー」の参加者への聞き取りからも,多くの資料を得ている。
<伝える> では,マス・メディアと障害者の関係の一端が論じられる。第16章の報告は,まず,「本調査」でのインタビューでマスコミの取材を受けた経験が語られた部分を中心にして,メディアの報道姿勢の問題点が指摘される。次いで,障害者をテーマにしたTVドキュメンタリーを何名かの学生に見せ感想を書いてもらうという独自の調査をもとに,メディアが伝える障害者像を視聴者がどう受けとめるかが描き出されている。
第V部では,自立生活をする障害者の意識や彼らのもつ人間関係が,きわめてミクロに
描かれる。ここでの報告は「本調査」でのインタビュー記録を中心として構成されている
が,その後再インタビューを行ったり,ピアカウンセラーや障害者の意識を研究する研究
者にインタビューする「追調査」も行っており,その記録も利用されている。
<介助者とつきあう> と題する部分では,文字通り障害者と介助者の関係に焦点が当て
られている。第17章では,インタビュー記録を通して,障害者と介助者の間に「友人」と
いう関係を望むかどうか,無償介助と有償介助で関係がどう違うのか,などが論じられる。第18章では,調査者自身の介助体験なども踏まえながら,むしろ介助者の立場から,介助の場面にどのような問題があり,どのような関係が望ましいか,が論じられている。
<関係を開く> では,障害者の人間関係について,2つの異なったアプローチがなされ
ている。第19章は,障害者が,健常者の友人,障害者の友人それぞれを得る「場」につい
て,介助での関係とCILの「交流会」を中心に論じられ,より開かれたネットワークを
作るにはどうするか,という提言がなされている。これに対し第20章は,さらにミクロな
障害者のコミュニケーション技術を取り上げて,障害者のこれまでの社会的経験がきわめ
て限られた世界のなかでなされたものであるがゆえに,彼らのコミュニケーションにはあ
る種の「特異性」がみられるのではないか,と豊富な事例をあげながら論じている。
さいごの <障害を受け入れる> は,障害をもって生きること,彼らの意識それ自体に接
近しようとする部分である。第21章は,障害の軽重,中途障害かどうか,自立生活をして
いるかどうか,などの違いによって障害者同士の関係がどう異なるのかを論じながら,そ
のピア(=対等)な関係について考え,障害を理解すること,受け入れることがもつ可能
性に論及している。そして,第22章は,17歳で障害を負ったひとりの障害者のインタビュ
ー記録を中心に,自立生活プログラムやピア・カウンセリンクの役割にも触れながら,彼
女がどのように自分の障害とつきあってきたか,障害をどう受け入れてきたのかをていね
いに描こうとしたレポートである。
本篇を読んでいただくまえに,簡単に振り返っておきたい。――私たちの調査には2つ
のねらいがあった。この調査はそれを達成できたのだろうか?
第1のねらい――調査者,つまり学生にとっての発見・変化――については,学生たち
自身に尋ねてみるしかない。幸い,学生たちが企画して,原稿が出され編集作業を行なっている時期(4月4日)に調査実習を総括する座談会が開催された。この報告書の本篇のあとに「終章」として収録されているので,興味のある方はご参照いただきたい。
第2のねらい――被調査者,および「社会」にとっての意味――については,もちろん,この報告書を手にされた,調査にご協力下さった方々をはじめ,読者の方々に判断をお任せするしかない。これまでも述べたように,この報告書は障害者の抱える問題を一通りカヴァーするものではないし(たとえば,聴覚障害者については触れていない),障害者の「自立生活」に関しても,それをとりまくすべての問題を扱ってはいない(たとえば,所得保障,住宅,生活機器の問題にはほとんど触れていない)。しかし,それぞれの報告は,執筆した学生個々の問題意識を反映しながら,従来述べられたことのない論点に迫っているようにも,私たちには思われる。読者はどう判断されるだろうか。ぜひ,各報告の内容について,お読みになったご感想・ご批判を私たちの研究室にお寄せいただきたい。
そしてまた,第1のねらいについても,むしろ,学生の1本1本の報告をお読みいただ
いたほうがよいのかもしれない。調査当初の「出発点」のアンケートに,先に述べたよう
な回答を寄せた学生たちが約1年後に書いた文章をお読みいただけば,学生たちにどのよ
うな発見や変化があったのか,おのずからおわかりいただけるものと思う。
それでは,本篇に移ることにしよう。学生たちの報告ひとつひとつを,どうぞ,読み進んでいっていただきたい。
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