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在宅医療に新しい波が・6

─従来の発想を創造的にひっくり返しユーモアで─

大熊由紀子
『メディカルダイジェスト』1993-9



「障害者自立生活・介護制度相談センター」の機関誌から転載

朝日新聞論説委員
大熊 由紀子

当事者団体がヘルパーの研修も

 人工呼吸器をつけるような重症の患者も、自宅で「ふつう」に暮らせる。外出も
楽しめる。それは介助者が公的な費用で必要な時間だけ来てくれるから。しかも、
相性のいい介助者を自分で選べる(写真1)−これが、前回、ご紹介した「オーフ
ス方式」です。
 患者の人生の質(QOL)と選択を大切にするこうした在宅医療の方式はスウェ
ーデンやフィンランド、オランダ、アイルランド、米国の一部に広がっていますが、
その源をたどっていくとデンマーク・オーフス市に住む”仕掛け人”、エーバルト・
クロー氏にゆきつきます。そのクローさんを、この5月に訪ねました。
 オーフスの郊外にある一戸建ての家のベルを押すと、小学校の低学年生くらいの
体を電動車いすに乗せたクローさんが現れました。背丈は小さくても面差しは49
歳という実年齢以上に貫禄があります。加えて、誰もが魅きつけられてしまう笑顔。

 写真1 介助する側される側の息が実にピッタリあっている。小道具も威力。

 彼は、デンマーク筋ジストロフィー協会の創始者で、現在も会長をつとめていま
す。この協会には、筋ジストロフィーだけでなく筋萎縮性側索硬化症などよく似た
ハンディをもった人々も加わっており、会員は約2,000人。それにボランティ
アが1,000人ほど登録しています。デンマークの人口は日本の20分の1です
から、かなりの組織率です。ボランティアは、イベントなどがあるたびに馳せ参じ
ます。
 国からも1億4,000万円の補助金が出ており、当事者ならではの総合的な相
談業務を行っています。この病気の人の身の回りの世話についてヘルパーに教育し
たり、ヘルパーを登録して紹介する仕事もしています。
 クローさんは生後間もなく専門医から「生きても、せいぜい4歳まで」と宣告さ
れました。「ダブリンの国際会議に出席したときにはドイツの専門家が『このタイ
プのジストロフィーは42歳が限度』と断定しました。でも、そのとき、僕は46
歳だったんですよ」

写真2 クロー氏の寝室。上下するベッド。壁には好みの絵が。
    雑居の病室では考えられない図柄だ。
写真3 自宅の外に広がる緑。近所の人々とも親密につきあう。

泣き言で世の中は変えられない

 「オーフス方式」といった思いきった方法を実現したクローさん(写真2、3)
に、人々の心を、そして社会を変える戦略を明かしてもらいました。それは、
 その1 泣き言やぐちでは世の中は変えられない。ポジティブな、楽観的なメッ
セージを。
 その2 従来の発想を創造的にひっくり返し、しかも、説得力ある提言を。
 その3 市町村どおしの競争心をかきたてること。
 その4 提言は、ユーモアに包んで差し出すこと。
 例えば、「障害をもっている人々が施設にいればかかる経費を全部本人に渡し、
その費用でヘルパーを雇ってみてはどうか」といった提言です。
 ユーモアに包んで、という実例は、前回、登場の人工呼吸器をつけた筋ジストロ
フィー患者、クラウスに話してもらうことにします。

ユーモアで包んで提言する

 それは、デンマーク・筋ジストロフィー協会が一般の人に「在宅医療」の重要さ
を知ってもらうために開く路上劇です。今年の出し物『タイヤの王子』は、台本、
演出が、クラウス、出演も女性一人を除いて、協会会員の患者です。
 まず、おへそを出した美人(この人だけが非会員)が登場してベリーダンスを5
分ほど踊ります。これは、人寄せも兼ねています。お客が身を乗り出したところで、
車いすに乗った王子様が登場し、二人はたちまち恋に落ち、結婚の許しを得るため
に、王子の国へと旅立ちます。

写真 オーフス方式は、隣のスウェーデンへ、そしてフィンランドへ。
   右は筋ジストロフィーで呼吸装置も使うヘルシンキ市議、キョンキョラ氏。

写真 在宅への切実な願いを人々に知らせる

 でも、王子の国は、病気や障害をもっているのが「あたりまえ」の国ですから、
王様も王妃様も車いす。「ベリーダンスができるような女性は、”国風”に合わな
い」と二人は仲を割かれそうになります。
 車いすに乗った医師が登場して、膝蓋腱反射など、様々な検査を繰り返しますが、
「健康」を裏付ける結果ばかり。しおれる若い二人。でも、最後に健康そのものに
みえる彼女が色盲であることが分かってめでたしめでたし。
 王様は二人に、こう申し渡します。「良い結果が出たので結婚は許そう。しかし、
もしも、生まれた子に異常がなかったりすれば、施設か病院で一生過ごさせるのだ
ぞ。」医師が出てきて「そんなことにならないよう、遺伝子操作を駆使して、お手
伝いします。」
 観客は、笑い転げているうちに、施設や病院から離れられぬ人生の悲しみや恐ろ
しさに気づくのです。(終わり)

オーフス制度についてくわしくは、
5月17日に合わせ、ぶどう社より出版される本
『クローさんの愉快な苦労話−デンマーク式自立生活―』
を買ってください。内容:エーバルト・クロー氏の自伝+オーフス制度のくわしい
説明、制度を作り出して来た当事者交渉の歴史など。



デンマーク  ◇全文掲載
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