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処遇困難患者対策に関する中間意見

公衆衛生審議会 1991/07/15

last update:20110801

平成三年七月十五日

はじめに
 精神障害者の人権の擁護と社会復帰の促進を柱にした精神保健法が去る昭和六十三年七月に施行され・新たに設けられた人権確保や社会復帰促進のための諸制度がこれまで展開されている。
 しかしながら、その病状や問題行動により病院内における治療活動に著しい困難がもたらされる、いわゆる処遇困難患者については、長期間保護室で処遇され必ずしも十分な治療が受けられる状況になかったり、また、他の患者と同じ病棟内で処遇されることにより一般の患者が開放的な環境でより良い治療を受けることを防げている要因となっている。
 本審議会は、このような状況を解消し、処遇困難者を病院内でできる限り閉鎖性の少ない環境において十分な治療を行うとともに、一般の患者を開放的な環境において治療を行うための方策について、精神保健部会に処遇困難者に関する専門委員会を設置して、平成元年十月から海外の例も参考にしつつ鋭意検討を重ねてきた。その結果、処遇困難者の判定基準の問題、治療体系の問題、十分な治療を行うための施設の問題、施設を運営するための財源の問題、専門的な治療を行うための人材養成・確保の問題等、様々な問題が浮かび上がってきた。
 これらの問題については、引き続き具体的に検討を進めることが必要となるものもあるが、我が国の精神科医療の一層の充実を図る上で、処遇困難患者の処遇の改善が喫緊の課題となっている状況に鑑み、処遇困難患者を専門的に治療するための病棟を試行的に整備する必要があるとの結論を得、以下のとおり意見をとりまとめた。
1 処遇困難患者の現状
 昭和六十三年度厚生科学研究(精神科医療領域における他害と処遇困難性に関する研究)によれば、精神病院に入院中の患者で、その者の示す様々な病状や問題行動のために、病院内での治療活動に著しい困難がもたらされる患者(以下「処遇困難患者」という。)の現状は次のとおりとなっている。
(1)処遇困難患者
 処遇困難患者の数は、精神病院の入院患者三十四万二千八百六十人(昭和六十三年一月三十一日現在)のうち千九百七十一人(〇・五七パーセント)と推定される。
 処遇困難の程度についてみると、一般の精神病院で処遇可能な軽度の処遇困難性を有する者は約九百人、一般の精神病院でも設備、マンパワーが整っていれば処遇可能な中度の処遇困難性を有する者は約七百人、設備、マンパワーが整っていても一般の精神病院では処遇困難な重度の処遇困難性を有する者は約四百人と推定される。
 性別でみると、男性が七四パーセント、女性が二六パーセントとなっており、年齢についてみると、男女とも三十歳代から四十歳代に集中しており、平均年齢は、男性が四十一歳、女性が四十二歳となっている。
 診断名についてみると、精神分裂病が圧倒的に多い。入院中の問題行動についてみると、暴力行為、脅迫行為、自殺自傷、器物破損等となっている。入院経路については、家族の依頼によるものが三八・二パーセントと多く、次に他の精神病院や精神科診療所等からの紹介が二〇・二パーセント、精神保健法第二四条による警察官通報が一一・八パーセントとなっている。
(2)処遇の現状
 処遇困難患者の病院内での生活状況についてみると、ほとんど保護室生活が一三・五パーセント、主として保護室が一三・一パーセント、一般の患者と同一の閉鎖病棟(一日二十四時間出入口が施錠されている病棟をいう。以下同じ。)で処遇が六二・五パーセント。一般の患者と同一の開放病棟で処遇が九・七パーセント、その他が一・二パーセントとなっている。
 保護室生活をしている患者についてみると、保護室での生活期間が一年以内が三一・九パーセント、一年から五年が三四・九パーセント、六年から十年が一四・七パーセント。十年を超える者が一八・五パーセントとなっている。
 さらに、入院している精神病院の看護婦等の数について基準看護からみると、特一又は特二(概ね看護婦等一人当たりの患者数が三人以下)が一八・〇パーセント、一類(概ね看護婦等一人当たりの患者数が四人以下)が二〇・九パーセント、二類又は三類(概ね看護婦等一人当たりの患者数が六人以下)が二四・二パーセント、基準看護に満たないもの(看護婦等一人当たりの患者数が六人超又は六人以下であるが看護婦・准看護婦の比率が基準に達しないもの)が三六・九パーセントとなっている。
2 問題点
 このような処遇困難患者の現状については、次の問題点を指摘することができる。
(1)処遇困難患者のうち、ほとんど保護室生活や保護室生活が主である患者が五百人以上いるが、これらの者については、必ずしもその病状に応じた十分な医療が受けられない状況にあり、また、人権確保の観点からみても問題がないとはいえない状況にあることから、できる限り閉鎖性の少ない環境で処遇するための方策が求められる。
(2)処遇困難患者の七二・二パーセントが一般の患者と同じ病棟内で処遇されている。精神病院のうち、六一パーセントが閉鎖病棟であるが(昭和六一年十二月一日現在)、一般の患者と処遇困難患者が同じ病棟内で処遇されていることが、閉鎖病棟から開放病棟への転換を遅らせるとともに、一般の患者の開放的な環境での治療を遅らせている要因となっている。
(3)処遇困難患者の多くは、比較的看護職員数の少ない病院において処遇されている。看護職員の少ない状況での処遇は、より閉鎖的な環境での処遇をもたらすものとみられ、処遇困難患者を病院内でできる限り閉鎖性の少ない環境で処遇し、より良い治療を行うためには、看護職員等の従事者の数を通常の場合よりも増やす必要がある。
(4)処遇困難患者を治療するに当たっては、一般の患者と比べ極めて多くのマンパワーと濃密な医療が必要であるにもかかわらず、診療報酬等の面においても一般の患者と同じ取扱いになっている。このため、精神病院においては、処遇困難患者の入院を拒否したり、問題が起きる前に未治癒のまま退院させるケースもあるといわれている。
(5)処遇困難患者をできる限り閉鎖性の少ない環境で効果的に治療するためには、治療方法や処遇方法等に関する研究や人材を養成するための研修が不可欠であるが、現在、このような機関が存在しない。

3 今後の取組み
 処遇困難患者の処遇の改善を図ることは、我が国の精神科医療を一層充実させ、また、精神障害者がより良い環境の下で治療を受けられるようにするために、避けては通れない重要な課題となっている。本件については、今後とも引き続き具体的に検討していかねばならない問題があり、また、将来的には、処遇困難性の極めて高い患者を対象とした専門病院についても検討を加えることが必要となる可能性もあるが、その重要性及び緊急性に鑑み、国又は都道府県が設置する精神病院において、以下の方針に基づいて試行的に処遇困難患者を専門に治療するための病棟を整備する必要がある。
(1)基本的考え方
ア 処遇困難患者については、マンパワーの充実等によって、患者の人権に十分配慮し、病状に応じた個別的治療計画の下で専門的な医療を行う。
イ 処遇困難患者をその病状や処遇困難性の程度に応じて、病院内でできる限り閉鎖性の少ない環境において処遇するとともに、一般の患者の開放的な環境での処遇を一層推進する。
ウ 精神障害者については、地域において治療から社会復帰まで行うことが必要である。処遇困難患者についても、病院内で長期間処遇することを目的とするのではなく、社会復帰を最終目的とする。
(2)判定基準
 処遇困難患者の処遇のあり方を検討するに当たっては、処遇困難患者の判定基準を明確にする必要がある。これについては、処遇困難患者という呼称の是非を含め、今後引き続き検討を加える必要があるが、試行的実施に当たっては、前記厚生科学研究のように、「その者が示す様々な病状や問題行動のために、一般の精神病院内での治療活動に著しい困難がもたらされる患者」とする。
これに具体的に該当するかどうかについては、患者の病状が、現在の治療水準において治療抵抗性が強く、本人に対し十分な治療を行う上で、また、一般の患者を開放的な環境で治療していく上で、それらを著しく阻害する状態にあるか否かにより判定するものとする。また、処遇困難患者であるかどうかの判定の手続きについては、評価委員会を設置すること等により適正を期することが必要である。その対象としては、措置入院患者であってこのような症例に相当するもの(重症の措置入院患者)とすることが適当である。
(3)治療方針
 処遇困難患者は、その病状、問題行動、疾病の特性に伴い、処遇困難性の程度、内容等が様々であるため、それぞれの患者の特性に応じた個別の治療計画に基づき治療を行うようにすることが望ましい。
 治療に当たっては、患者をできる限り閉鎖性の少ない環境に置くことを基本とし、保護室については、一時的かつ緊急的な場合等に利用する施設として位置づけ、患者が保護室で常時生活することのないようにする必要がある。
 マンパワーについては、医師、看護職員、臨床心理技術者、精神科ソーシャルワーカー、作業療法士等を配置して、手厚い看護を行うとともに、これらの専門職員によるチーム医療の促進を図る等患者に十分な治療を行うことができる体制を整えることが重要である。
 施設については、患者ができる限り閉鎖性の少ない環境で、疾病等の特性に応じて十分な治療を受けることができるよう適当なスペースを確保するとともに、デイルーム、作業療法室等の必要な施設や設備を設けることが適当である。
(4)研修及び研究の推進
 処遇困難患者の処遇に当たる医療スタッフ(医師、看護職員、コメディカル等)については、患者の特性や処遇方法等に関する専門的な知識が必要とされるため、これらのスタッフの養成のための研修が不可欠となる。また、精神医学的、法的観点からの障害の特性の評価、治療方法、処遇のあり方、社会復帰促進のための方法等処遇困難患者に関する様々な研究を進めることも重要であり、そのために必要な研究費の確保に配慮すべきである。なお、このような研修及び研究については、本来、国が中心となって進めることが適当であることから、国として必要な体制の整備を図ることが望まれる。
(5)社会復帰の体制整備
 社会復帰については、現在、精神障害者全般の対策が発展途上にあって、まだ十分とはいえない状況にあるが、処遇困難患者のための社会復帰の体制整備についても検討していく必要がある。当面は、精神障害者社会復帰施設の整備、保健所等による訪問指導の充実等既存の社会復帰対策の充実に努め、その上に立って、病状の改善した患者を居住地域に近接する精神病院に移し、フォローアップや社会復帰活動を継続することが望まれる。


*再録:桐原 尚之
UP: 20110818 REV:
精神障害/精神医療  ◇精神医学医療批判・改革  ◇反保安処分闘争  ◇全文掲載 
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