HOME > 全文掲載

人 徳島で視覚障害教師の全国集会を開いた板野養護学校教諭 中村雅也さん

徳島新聞 1999 徳島新聞(1999.8.29 朝刊3面).


Tweet
last update:20210430


■徳島で視覚障害教師の全国集会を開いた板野養護学校教諭 中村雅也さん

一九八一(昭和五十六)年に発足した「全国視覚障害教師の会」の四国でただ一人の会員。視覚障害教師の現状と同会の活動を広くアピールするため、同会が徳島市内で開いた二十二日の公開シンポジウムでは、現地事務局を務めた。

「来場者には分かってもらえたと思う。目が見えなくても教師はできるということ、そして学校にも障害のある教師がいて当然、という視点ですね」

視覚障害を持ちながら教師を続けている。年齢とともに視力が落ちる進行性の網膜色素変性症という難病に加え、重度の視野狭さく。矯正視力で右は0.2、左は0.01しかない。

東大阪市に生まれ、大学卒業後の二年間は大阪府立高校で国語の臨時教員として教壇に立っていた。徳島に縁はなかったが、複数受験した府県の中で、徳島県公立学校教員に合格。九二年春、徳島県立盲学校に赴任し、同校に届いていた「全国視覚障害教師の会」の夏季研修会の案内文が目にとまった。

視覚障害のある教師の採用や復職は厳しい。「採用試験時の健康診断書もこわごわ出した」という経験から「同じような境遇にある教員志望の学生を少しでも助けられたら」と考えた。入会して八年になる。

仲間との連携は、視覚障害者だけにこだわらない。「聴覚障害、内部障害、肢体不自由などを抱えていながらも、一生懸命に先生をしている人が県内にたくさんいる。初めは、連絡を取り合い、励まし合うだけでいい。そんな教師が学校で力を発揮できる活動につなげていきたい」

九六年、県立板野養護学校に移り、現在は小学部で主に養護訓練を担当している。今回のシンポジウムの開催準備には盲学校時代の仲間も含め、会員でない職場の同僚がボランティアで支えてくれた。

「県外から来た会員に言われましたよ。『お前は恵まれてる』って」と屈託なく笑う。気さくな人柄と強い信念が魅力だ。板野郡板野町大寺で一人暮らし。三十四歳。



*作成:安田 智博
UP: 20210430 REV:
障害学生支援(障害者と高等教育・大学)  ◇障害者と教育  ◇全文掲載

TOP HOME (http://www.arsvi.com)