HOME > 全文掲載 >

「要望書(京都市教育委員会教育長 崎野隆宛 1998年2月15日)」

辻 範子 1998

Tweet
last update: 20200320


辻範子,1998,「要望書(京都市教育委員会教育長 崎野隆宛 1998年2月15日)」.

1998年2月15日

京都市教育委員会
教育長 崎野 隆 殿
                         京都市立松原中学校
                           教諭 辻 範子

             要望書

 私は、昨年7月2日より学校での勤務が不可能な状況に追い込まれました。また自宅での生活も安心して送る事が出来ない状況に追い込まれました。その事については直接の上司に当る永田紀彦学校長に宛てた手紙、「私は教師を続けたい!!」に述べた通りであります。私はこの間何度となく永田学校長に転地先を知らせると共に、私が学校での勤務が可能になる環境と自宅での生活権の回復を求めて来続けました。勿論、大事な事ゆえ、普通郵便のみだけではなく配達証明郵便で、確実に転地先での連絡方法と改善要求を学校長に対して行なって来ました。しかしながら、一度も私の手元には学校長から心ある連絡を頂く事がありませんでした。それどころか、無断で私の給与の停止が昨年8月から6か月に渡り一方的に停止され続けたままであります。そればかりではなく、貴教委の稲田氏は、私の友人であり市民団体を担っている納さんに対して、昨年12月26日「市議会議員から早く免職にしてしまえと言われて、その決断をせざるを得なくなっている」と電話で回答している事実を知り、不安を抱くばかりであります。学校長が直接の上司として私との連絡等で誠意ある最善の努力をして頂けないばかりか、市教委そのものが市議会議員の圧力に負けてしまう主体性を失ってしまう状況は、心臓に障碍を持つ私の立場が有る無しに拘らず、あまりにもひどい事だと私は考えます。教育長も同感して頂けると私は信じたい。
 思えば、昨年4月1日松原中の校長室において、薮田課長、稲田係長、永田校長、土佐教頭、会の大葉会長・代表、栗川事務局長と私との四者会議の時に、私が「部屋が寒くて心臓の発作につながる」と訴えた際、学校長が冷たく「ストーブは無い」と言ってのけるだけで、暖を採る最善の努力を全くしようとしない態度。障碍を持つ者の理解と啓蒙を求める教育上大切な私の行為に対して、昨年6月30日授業準備中の私を荒々しく校長室に一人呼び出し、「授業準備なんてしなくていい。二度と同じ行為をしないと約束しなければ、毎時間授業について行く。」と高圧的に声高に言い放ち、私の精神的・肉体的ダメージを考えない冷酷な学校長の恐怖を感じる行動。その日は薮田課長が私の持ち時間を減らすために会の人に促されて初めて府教委に別枠予算の要求に行く日であり、私への不用意な弾圧的な行動は会と市教委との間で凍結する約束になっており、安心していた私の受けたショックはあまりにも大きいものでありました。会からのアドバイスを無視して行なった結果、市教委は府教委から別枠予算を引き出す事に失敗し、私を休ませるしか方法がなくなり、学校長にその役割を命じたため、私は予想される荒々しい学校長の行動を再び受ける事を避けるため、年次休暇を取らざるを得なくなりました。その自宅の留守番電話に学校長は高飛車で高圧的な口調で「職場放棄だ」と日に何度も繰り返し、掛けて来る行動は、女性一人で自宅にいる私には恐ろしい以外何ものでもありませんでした。自宅に居たら次は柳池中学校の岡田校長と同様に押しかけて来て、岡田校長以上の行動を取る事を考えただけでも恐ろしく、自宅を離れる以外に方法など見い出しようもありませんでした。
 結局この間、自宅に居られない私に対して、「私は教師を続けたい!!」を読んだ学校長からの連絡も無く、給与停止の理由も知らされず、市議会議員の圧力に屈しそうな市教委の言動が入って来るだけであります。直接の上司である学校長を立場上尊重して参りましたが、今日のこの時期まで至ってしまった現在、私は学校での勤務再開と給与の回復を崎野隆教育長に現行のシステムを超えて直接お願いするしかありません。どうか下記へご連絡下さい。

 東京都府中市朝日町1−15−26 大葉利夫方 辻範子




*作成:安田 智博
UP: 20200320 REV:
障害学 全文掲載
TOP HOME (http://www.arsvi.com)