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『教育長は自らの職権を放棄しないで下さい!!ーー心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭に関して(京都府教育委員会教育長・安原道夫,京都市教育委員会教育長・崎野隆宛 1997年12月21日)』

大葉 利夫 1997

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last update: 20200320


大葉利夫,1997i,『教育長は自らの職権を放棄しないで下さい!!ーー心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭に関して(京都府教育委員会教育長・安原道夫,京都市教育委員会教育長・崎野隆宛 1997年12月21日)』.

1997年12月21日
京都府教育委員会教育長 安原道夫 殿
京都市教育委員会教育長 崎野 隆 殿
              あらゆる差別を無くし生きる!!
              「差無生」運動推進協議会会長
              「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表
               大葉 利夫(都立小金井北高等学校教諭)

       教育長は自らの職権を
       放棄しないで下さい!!
−− 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校・辻範子教諭に関して −−

 私達が、なぜ教育長に会わざるを得ないかという行動について、教育長は未だに理解出来ないのでしょうか。或は、私達の行動を妨害する教育委員会の中の別の思惑が存在するのでしょうか。繰り返し述べますが、既に今回の問題は、本来の担当者に当っている方に古くて新しい私達の立場の問題解決を処理出来る能力もなければ、これまで私達に対して全体論、並びに辻範子教諭個人の問題解決に当面当っていた方の能力の限界を超えてしまい、なおかつ本来の担当者の本年7月までの親切で誠意ある当該や私達に対する個人的なよき人格が奪われてしまったかのように変質・変貌してしまった現実において、これ以上は本来の担当者であり、今までの担当者では、障碍を持つ教師の当該の問題解決を果たせない事を考えた上で、新しい事態に対して、大局的かつ古い現行制度のしがらみに縛られる事なく、公務に当る事が出来る事が職責の教育長への直接の話し入れを、私達は望んでいる者であります。それを十分承知の今日において、既に問題解決処理能力のない既存の本来の担当者・薮田氏が割り込んで来る行為は許せません。万が一、それが教育長の指示であったとすれば、教育長の職責放棄と言え、教育長の資格を問われる動きであると断言出来ます。加えて言うならば、国際世論に16年も遅れ、更に他の都道府県にも遅れ、前にも述べたように授業の持ち時間を減らす事すら、京都の教育委員会が医師の診断書があっても、同僚の負担や生徒への影響を引き起こしても、当該にこれだけの負担と不利益を押し付けた現状があればこそ、本来の担当者にこの問題を委ねたまま、この12月22日〜24日に至ってまで、教育長が私達の申し入れを受ける事なく、直接の問題解決のために、もし本当に乗り出そうと言う考えもないのであれば、教育長の資格はないと私達は言っているのです。教育長自ら直接の情報を、本来の担当者からだけでなく、当該や私達から直接聴き、時代遅れの京都をせめて他の都道府県並みに追い付かせる事が、その職責を果たす事になる事は、誰でも正しいと判断出来る行動であります。
 従って、12月19日付の市教委・薮他、稲田両氏作成の文書は京都の教育委員会の立場でこの後に及んでまで、私のもとにFAXで送付されて来た事は、余りにも状況判断を逸脱し、人を愚弄する行為であり、憤慨と遺憾の念に耐えません。更に22日9時に両氏に対して連絡を入れてくれとの申し出まで書かれていましたが、とんでもない申し出であり、教育長本人にこそ連絡する事があったとしても、両氏に対して連絡をする気もなければ、教育長自らの連絡を頂くものでなければ、たとえ両氏からの連絡が私の方に入っても連絡を受ける事は致しかねます。
 とにかく事態は障持者排除の典型的過程に突入したままであり、当該の職業、生活が損なわれ、職業的身分さえ失われようとしている、非常に危険で異常な事態となっております。教育長は、給与を止められる等、この弱い立場を自分に置き換えた場合、どういうふうに感じられますか。想像した事がありますか。このまま本来の担当者によって事態を掌握されたままであれば、結果は火を見るより明らかであります。それは、薮田氏のよき人格さえ失われ、私達から見ても、あまりにも気の毒な状況に追いやられているとしか見えません。
 小林あきろう議員に対して、角川氏は「制度を作る必要はない」とまで言明している事実は、反社会的姿勢を明らかにしています。文部省が遅ればせながらも、障持者の雇用の確保を前進させる事を指導・通達している事にも反しています。更に角川氏やきょうと教組の野崎委員長は「人工透析者には対応出来ている」と強調された言動も、単にその場しのぎによる同僚への負担転嫁や当該の負担や不公平感を招いているだけで、本質的な解決が出来ていない事実に気が付いていない事も、ひどすぎる話であります。また、私達は8月28日、文部省教育助成局の事例「福井県の病欠の運用」を引っ提げて、給与の支払側にある府教委・中島氏を訪ね、当該の辻範子教諭の今の問題解決のために「見通しのある柔軟な暫定的対応」の実現の可能性を打診、「文部省の事例にもあるならば」と前向きの回答に対して、任命者側の市教委にその朗報を私達はもたらしたものの、なぜか支払者側と任命者側との間で原則的な立場だけのやりとりがあったらしいが、その実現を見る事はなかった。支払側と任命側の対立観のみが、その双方から私達に伝わって来るばかりであり、当該の問題解決をこれまた遅くしてしまった要因である事は間違いない。
 大体、教育委員会は生徒のいじめやO−157等に見られるような新しい事態に対しては、その事態が大きくなれば、すぐに現行の制度を修正、或は作り直して、新制度での対応を行なう事が出来るのに対し、なぜか世界や他の都道府県に見られる障碍を持つ教師に対する対応に対して、これほどいい加減で、新システムを作ろうという意欲を見せる事をしないのか、矛盾だらけで理解出来ません。
 今回のような明白な障碍を持つ教師に対する新しい対応制度が必要な場合、京都の教育委員会では、誰がどこまで責任を持って、その実現に当るのか、はっきり明言して頂く必要がある。
 新システム確立までの暫定期間のあり方についても同様に、いつ、どこで、誰が、どのように、するようになっているのかもお答え頂く必要がある。これらの点が不明瞭なため、結局1994年9月以来3年を経過しても、いつになったら新しい他の都道府県並みのシステムが作られるか、未だに明確にならないままでいるではないか。本来の担当者の薮田氏が相当の動きをして来たにも拘らず、現状はこのひどい有様になっているではないか。苦しまぎれに持ち時間を減らすために行なった、96年の異動において、当該は退職さえ決意せざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったではないか。学校体制の不十分さを薮田氏本人が認めていても、どうにもならない事態に至ったではないか。それを当該の自己努力で乗り切らせようとする思いもよらない、再度退職へつながる提案がなされたのも、あまりにも苦しい現実回避の提案以外の何物でもなかったと言える。結局、当該の退職への危機と生徒を含めた学校現場の混乱を回避させるため、消極的な方法ではあるが、当時としてはやむを得ぬ方法として、私は次のような提案をし、思いもよらぬ提案に対して、動揺を感じる管理職側の反応もあったが、その提案は合意形成された。その提案とは、97年春の異動の時期まで、当該を長期休養させ、その代わり、通勤・学校環境・持ち時間数が当該の希望に沿う該当校に勤務させる事。長休に関しては、長休を提案した主たる理由は、薮田氏によれば、賃金的・身分的不利益がない事と、当時の勤務校における3学年生徒の突出した問題行動とその行動による当該へのダメージの回避が可能になると判断したからである。無論、当時の勤務校において生徒をはじめとする学校環境が現任校段階であれば、長休という方法を用いて当該の持ち時間数を減らし、勤務を継続させる事が妥当であり、ましてや文部省もそれに近い事例を奨励している今日の事実であれば。  いずれにしても、96年の私の唐突な提案に見られるように、新システムの確立や今ある当該の危険を回避するためには、一定のめどが立つまでの「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」が必要である。私の提案に反して、市教委の本年7月からの提案はひたすら、生徒の不利益を回避するために、当該の年次休暇が多い事を理由に「見通しを持てない単なる現実からの回避」であった。私達は「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」を当該のため、学校教育現場のため、最大限に考えながら、運動を推進し、新制度確立を志している民主的な団体である事は、十分にこの3年間の間におわかり頂いていたと信じておりました。
 しかし、なぜか、97年度、現任校に当該が異動してからは、必ずしも、そうは思われていない事実を、永田学校長から感じざるを得ないものがありました。4月1日のいわゆる四者会談の当日、心臓の発作の予兆を感じる当該が「寒い」と訴えたのに対し、学校長は「暖を取るストーブはない」と簡単に言ってのけた言動は、当該をいかに現任校で勤務可能にさせるかを話し合っていた場には、あまりにも異質であった。いわゆる辞書事件において、転任したばかりであり、なおかつ心因性の発作回避のためには極力避けられる負担は避ける必要がある当該に対して、保護者の家庭にまで行かせようという事を考えたり、またそれを拒否すれば「松原中は松原中のやり方をするのだ」と当該に言い切ったり、私達にFAX文書まで送り付けて来て、「外部からの干渉」を明らかに拒絶する温かみを感じない文面。医師も勧める精神的リハビリのため、東京に来ている当該への必要文書がいきなり送信状もなく私の自宅に送られて来る事等は、私は経験した事はなかった。当該を校長室に連れ込んでの言動行動、等々。
 とにもかくにも、私達は「見通しの持てる柔軟な暫定的対応」を求めて活動している民主的団体でありますが、それらを理解せず、また他の都道府県レベルに到達しようともしない、実権を握っている京都の教育委員会の現在の担当者を通した今の拒絶的で破廉恥なやり方はあまりにも常識を超えており、その実権を握る者との話をする事は、何の意味もありません。だからこそ教育長しかいないのです。教育長の職責を忘れず、私達をお待ち下さい。




*作成:安田 智博
UP: 20200320 REV:
障害学 全文掲載
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