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『我々の運動に関する要望書ーー心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校 辻範子教諭に引続きご支援を(京都市議会議員 小林あきろう宛 1997年11月23日)』

大葉 利夫 1997

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last update: 20200320


大葉利夫,1997d,『我々の運動に関する要望書ーー心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校 辻範子教諭に引続きご支援を(京都市議会議員 小林あきろう宛 1997年11月23日)』.

1997年11月23日

京都市議会議員
小林あきろう 殿
                「差無生」運動推進協議会会長
                「障碍」を持つ教師と共に・連絡協議会代表
                  大葉利夫(都立小金井北高等学校教諭)

我々の運動に関する要望書
        −− 心臓に障碍を持つ京都市立松原中学校
           辻範子教諭に引続きご支援を −−

 今年も残すところ、あと一か月となりました。たった30日という日数が、今年ほど重く重大で息苦しく感じた経験は、私の人生においてほとんどなかったように思います。先生には95年に都議会議員の紹介により出会う事になりました。当時、辻教諭は前の主治医のくにともクリニック医院長が市教委のゆさぶりにより、95年7月職場復帰に必要な主治医による診断書の内容を「軽減が必要から、通常勤務可能」に記載内容の改竄を迫られ、それに応じてしまうという主治医の医師としてのモラルを欠いた不可解で社会的信用を失う失墜行為が起こり、そのため「真因的心臓の発作」から「生命の危機」に陥ってしまう患者であり当該者である障持者の教師が、私達の支援のある中で、身動きが取れない誠に危険で困難な状況にありました。市教委は追い打ちをかけるように、当時の所属長・柳池中学校岡田校長や多那瀬教頭を自宅に行かせ、チェーンのかかった玄関のドアを強引に開けさせて、当日、女性一人で弱い立場であった障持者の当該の家の中に不謹慎にも入り込み、自らの「職務の遂行」を非常識にも行なう事のみを考え、個人の家ならびに女性一人の所に押し入る権利もなければ、破廉恥な行為である事も考えられず、当該と接触する事のみを自らの「職務と職責の遂行」が行なえるとしか認識が出来ない浅薄で強引な行為を95年8月行なわせました。更に同月、自転車で食事のための買物をしている当該を路上で、やはり先の管理職二人は自転車を止めさせ、その場を逃れようとする当該を二人で捕らえたまま強引に「職務と職責の遂行」を公衆の面前の道端で行なおうとする「拉致的」行為さえ行なっております。とにかく「通常勤務という記載が診断書に明記されていなければ復職はさせない」という障持者の職務継続を不可能にし、障持者を排除してしまうという現行の差別制度を強引に押し付けるという、世界の人権・国連世論には到底通用しないやり方と考え方を、日本の京都が断行しようとしていた事は、95年11月に初めてお会いした時に最初にお話しした事であります。その11月の段階においては「改竄した診断書」を提出しない当該に対し、市教委の指定した医師への思惟的な診断書作成のための受診命令が出されました。その命令に背く事は懲戒事由に当るとし、当該に対して市教委が持っている「地位と権力」を濫用する行為でありました。障持者に対して差別的な現行制度を見直し、現行制度の遅れを認め、現行制度を超えて国際世論や日本の常識的な世論に適合した正しい対応をしようとしない「京都の異常」は、当時でさえ許されるべきものではありませんでした。しかし、現行の差別的行為に則った「地位と権力」による「障持者排除」を実行している意識を持てない京都の教育界の不正を問いただし、正しいやり方を要求、実現する事が私達の本来の運動のあり方であった事は、今更言うまでもありません。ただ、新制度策定までの暫定期間においては、本来の正しさだけを今すぐ実現させようとすれば、現行制度にしがみつく官僚を初めとする多くの者達により、「現行制度に裏打ちされた間違った地位と権力の行使」により、今いる当該が排斥・排除されてしまう犠牲を生む事は、避ける立場を取っている事を、先生には十分ご理解頂いていると考えています。
 従って、95年11月先生にお会いした時点においては、市教委の要求する診断書ではなく、当該の立場に立てる新たな信頼出来る主治医を探した上での復職への診断書作り、それを市教委に認めさせ「一定の軽減」の条件の下に当該を復職させる事に目標を絞り込んでいました。その目標達成のために「先生による並々ならぬご協力の依頼」を、初対面の時点より遠慮なくさせて頂きました。その結果は、先生の直接のご尽力により、安心出来る新しい主治医の紹介、その方の作成された診断書を市教委が受理。96年2月、当該の柳池中学校への復職と見事な成果を得る事が出来、目標が達成され、弱い立場の障持者である当該が救われました。連絡ミスの関係か、南病院のある医師から私はくにとも医師以上の東京では経験した事のない不躾な言動行為を受ける事があったのには驚かずにはいられませんでしたが、更なる先生のご尽力により、その事も無事解消された事も鮮烈に記憶に残っております。とにかく、京都における新しい一歩が先生のご尽力により示された事は事実でありました。「異常な京都から正常な京都」へ、私達の運動の第一歩がようやくスタート出来たと実感したものです。
 私達は、社会的な弱者であり、少数派であり、なおかつ学校現場で分断・分散されており、多くの公害問題に見られるような力の結集が誠に困難な立場にあります。私達の主張が先生の言われるように正当な主張であっても、あまりにもその主張の集団が小さすぎ、誰にも気づかれない存在です。国際障持者年があったとしても、個々の教育現場で働く障持者は、塵としてさえ認識されない超微小な存在です。エイズ、水俣病をはじめとする問題が「なぜ公害として、社会問題として注目され、また一定の解決に到るのか」を見ればわかります。もちろん、それらの問題も初期は個人個人が「正当な訴え」を行なっていました。しかし、その数が尋常な数でなく、悲惨な結果をもあまりにも生む事が「隠蔽」出来なくなったからであります。積極的に社会、マスコミ、行政等が「正当な訴え」を真摯に受け止めて、初期の段階からその解決に当っていない事は明らかであります。「無視・放置」して「隠蔽」出来ない時になって、やむなくその解決に動き出すのが、日本の特徴的な許されない悪しき体質であります。それ以外の私達を含めた「正当な主張」と「正当な訴え」は、自ら力尽き、この日本社会の中から人工的に抹殺されてしまいます。
 やはり、「正当な主張や訴え」は、不備な現行制度ではカバー出来ない事だらけであります。今述べたように、どうにもならなくなってから、悲惨な被害を大きくしてからしか、その「正当な主張と訴え」を不備な現行制度の誤りを認め、現行制度を超えてしか解決に当れないのが日本の現状です。そのような日本の現状を一早く「環境エネルギー問題」のように何十年も先を見越し、その対策に今日の時点から乗り出して動くような日本人はまず存在しません。今すぐの見返りしか考えない日本にあっては、残念ながらそのような人間が存在しません。小林先生のように、いつその成果が認められるか明確でない時期から、自らの議員生命を懸けてまで臨まれる方はほとんどありません。しかし、人間の知性は先生と同様に、問題が無視・放置出来ない段階に到らなければ何も出来ないというものではなく、先を見越した正当な考えを持つ事が出来るように、生を受けた時から与えられているはずです。私は95年11月に先生にお会いし、私達の「正当な主張や訴え」を先生に聴いて頂き、その問題がこれ以上大きくならない段階において「出来る事」をやって頂ける方にお会い出来たと直感しました。また、その直感通りに、事態は96年2月復職へと先生のご尽力を以て動きました。
 日本は法治国家である事は言うまでもありません。市民や国民のよりよい人生を保障するために、三権分立の原則を基にした本来法治国家であります。問題が大きい、小さい、無視出来ないという利害損得が優先する今日の日本は「放置国家」とののしられても返す言葉が昨今では見あたらないのではないでしょうか。市民・国民のために、その税金により雇用された立場である官僚や議員は、市民や国民に対して「サービスをする立場」である意識を忘れた者が日本ではあまりにも多すぎます。また、その事を市民・国民も追求する事を忘れているのが日本の悲惨な現状を助長しております。私達は、官僚や議員が本当に市民・国民のために尽力する事を「本来の職務と職責の遂行」である事を、市民・国民や官僚・議員、双方に対して気づかせていく事を「運動の中心柱としなければならない」と再認識し、その実践にひたすら邁進する事に致しました。
 今回の辻範子教諭の「京都の異常なやり方」は、その我々の認識をより高めるものであります。細かい経緯はここでは省略致しますが、当該が7月2日以降、管理職の電話攻撃や職場での高圧的な対応により自宅での生活が出来なくなった事と職場で勤務出来なくなった事の原因と理由を考えようとせず、当該の「職場放棄、服務違反」と決めつけ、97年8月、9月、10月、11月の一方的な給与の停止による生活費を奪われる生きる権利の剥奪ばかりか、教師の身分剥奪を断行されようとしている今の危機は、やはり異常です。それに私達は出来る事として、文部省の通達・指導に基づく他の都道府県の事例を探すばかりか、その方法を京都の教育委員会に教えているにも拘らず、私達を塵のように考え、小さい問題として無視・排除しようとしております。障持者は弱い者であります。私達が差別のない新制度以前の暫定段階として具体的に出来る事例まで示す「正当な主張と訴え」までを排斥する事が京都の教育委員会によって今現実に行なわれています。危急の問題として、9月12日本能寺会館で出来る事例を基にして今の危険の回避に先生のご協力をお願いいたしました。多忙な先生からは、それから約一か月、具体的な危険回避の朗報を頂く事が出来ず、意外と思いつつも先生の多忙さを考え、10月・11月自らの重ねての行動を京都に対して行なう事に致しました。しかし、もう限界です。私達の解決への具体的な事例をも含めた「正当な主張と訴え」が、いかに塵のように小さな問題として今京都の中であしらわれようとしているかは明白であります。問題が隠蔽出来なくなるまで大きくならなければ、動きを取らない悪しき許されない日本人の体質は京都からその源を発していると考えざるを得ない毎日であります。
 しかし、京都には問題が大きくならない内にその問題を捉え、その問題解決のために動く市議会議員の小林あきろう先生がおります。私達の現在における主張が先生にどのように認識されているのでしょうか。私達は95年11月の出会いの時に直感した先生の印象と、多くの人達が認めようとしていない現時点において恒久的なエネルギー問題解決に意欲的に取り組まれる正当な立場に立たれる小林先生を信じるしかありません。私達は出来ない話ではなく、出来る話として、その実行に京都の教育委員会が踏み切る事を主張しております。その事が先生にはご理解頂けると考えてきました。私達の教育委員会に対する怒りは、とっくにその限界を超えています。正当な者を無視・排除する教育委員会に対する小林先生の冷静な、しかも熱い怒りに伴う行動を期待しております。既に議長には議会での特別アピールの申し入れ書、またあるいは私達に代わっての小林あきろう先生のアピールが実現する事も臨んでいます。市長・知事には、問題解決への12月の国際会議を控えての正常な京都への取り組み申し入れ書を提出して参りました。それに関しても小林あきろう先生から補助説明を市長・知事にして頂ける事を望んでいます。はっきり言います。今の事態の命運は小林あきろう先生の動きにかかっています。あの天下分け目の関ヶ原における小早川秀明の動きが、その後の天下を決めてしまった時のごとく、私達は捉えています。とにもかくにも、要となるのは市民・国民のためにある制度の歪みを埋めて動ける議員、しかも少数であっても正当な主張と訴えを受け止めて頂ける議員の存在がいつの日も不可欠であります。我々も京都全域、また日本中に今回の問題解決の依頼を署名等を含めて展開してまいります。小林あきろう先生に私達の主張を正当な訴えと受け止めて頂き、行動して頂ける事を願うものであります。




*作成:安田 智博
UP: 20200320 REV:
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