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声明・精神保健法案を弾劾する

精神衛生法撤廃全国連絡会議 1987/06


 本年三月、第一〇八国会において、政府・厚生省は精神衛生法の「改正」であるとして、精神保健法案を国会上程した。だが、この上程は、「精神障害者」に対する敵対である。
 精神保健法案の国会上程にいたるすべての過程は、「精神障害者」の意見を排除したまますすめられた。また、法案の内容はまさに、精神衛生法の保安処分としての純化であり、「精神障害者」に対する敵対以外のなにものでもない。
 われわれは、ここに、満腔の怒りを込めて、厚生省を糾弾し、精神保健法案を弾劾するものである。
「精神障害者」の声を排除して、なにが人権か!
 そもそも、厚生省が精神衛生法の「改正」作業に手をかけたのは、宇都宮病院における患者虐殺事件が明るみになったのに端を発し、日本の精神衛生行政が内外から非難をあびたのをきっかけとした
ことは周知の事実である。だが、厚生省は、一昨年来、二十四団体に「改正」についての意見を聴いたのを手始めに、十一人の「有職者」からなる「精神保健の基本問題に関する懇談金」を開催し、その懇談の内容をもとに公衆衡生審議会に諮り、同審議会の「中間メモ」を土台として精神保健法案を立案した。このすべての過程において、厚生省は「精神障害者」の意見を排除したまま、作業をおしすすめたのである。
 これは、精神衛生法改正にあたっては「精神病」者団体を含めた臨時審議会を開いて審議すべきであるとした、ICJ(国際法律家委員会)の勧告にも反する態度であり、ここにおいて、すでに厚生省の「精神障害者」への敵対は明白であった。精神衛生法は、優性思想にもとづいて、「精神障害者」を「危険」な存在であるとし、社会から排除し、強制医療を加えることによって、社会を防衛しようとする治安法である。いわば、現行の保安処分である。
 昨年五月、厚生省が発した通知「医療中断者に対する訪問指導」は、「脱院者に迅速な手配を」との警察庁の要請に応じたものであった。すなわち、「精神障害者」は自らの医師、医療に対する選択権、拒否権も奪われ、地域においても、監視・管理の対象にほかならないとされているのである。精神衛生法「改正」作業において、このような「精神障害者」観は一貫していた。
 同時に留意しなければならないのは、この「改正」作業は、一方で進行していた刑法「改正」・保安処分新設策謀とも連動していたことである。すでに一昨年十一月、自民党「刑法改正に関する調査会」は、刑法全面「改正」作業において最も重要な意義を有するのは保安処分制度の新設であるとしたうえ、保安処分については、精神衛生法「改正」の動向も見守りながら、制度の新設を図ることが適当であろうとしていた。
 したがって、「精神障害者」の声は、「改正」作業のすべての過程から排除されてきたのである。
この過程を通して生みだされたものが、精神保健法案にほかならない。われわれは、この過程そのものからして認めることはできない。
 なにが「人権に配慮した改正」であるのか!
 精神保健法案は、厚生省のいう「人権に配慮した改正」どころか、治安法としての精神衛生法を、より近代化、緻密化したものにほかならない。
 法案の内容は全面的に問題である。自由入院はなくなり、「任意入院」となって七十二時間もの退院制限が可能とされる。同意入院は「医療保護入院」と名を変えて強制入院として残されただけでなく、「精神医療審査会」による退院チェック、退院届けの義務化が規定され、措置入院化している。措置入院の場合は、措置の解除や仮退院は「指定医の判断」によらなければならないとされ、また、精神衛生法で四十八時間までであった緊急措置入院は七十二時間までとなっている。全体に強制性は強められているのである。
 あるいは、「応急入院」制度の新設も特筆すべきであろう。緊急措置入院の「自傷他害のおそれ」(これ自体もきわめて不明確な規定であるが)の要件さえもなく、七十二時間もの強制入院がなされるというものである。これは、戦前の行政執行法による保護検束にほかならず、現状以上に地域での「精神障害者」の狩り込みを容易にさせるものである。
 さらに、入院者に対する行動制限は、「信書の発受ほか厚生大臣が定める基準によるもの」以外は、「指定医」が認めればいくらでも可能である。だが、これで鍵と鉄格子がなくなるのであろうか。基準は「公衆衛生審議会の意見を聴いて」定められる。ところで、公衆衛生審婆会は、精神保健法案策定作業に基本的な役割りを果たしているのである。
 われわれは、同時に、宇都宮病院事件以後、精神衛生行政の問題点を糊塗するために制定された「通信・面会のガイドライン」を想起せざるをえない。ガイドラインは、当初、作業療法、保護室使用についても触れるはずだったが、営利団体である日本精神病院協会の意向により、それらを除外した。現実には、閉鎖病棟に赤電話を設置しても、入院者に十円玉を渡さなかったのが、宇都宮病院ほかの実態である。
 強制入院およびその退院の決定後、行動制限の決定権など、「精神病者」に対して検察官であり、裁判官であるという絶対的な権限をもつ「指定医」の問題も重要である。「指定医」は患者と主治医の信頼関係を破壊し、医療を成り立たせないだけではない。「指定医」の資格は、厚生大臣が授与し、剥奪する。すなわち、精神科医は「指定医」制度のもとで、厚生省に完全に管理統制されることになるのである。
 精神保健法案のもう一つの謳い文句は、「精神障害者」の「社会復帰」である。法案は、「精神障害者生活訓練施設」、「精神障害者授産施設」を設けて「社会復帰」の促進を図るとしている。だが、これらは、医療抜きの安上がり「収容所」にほかならない。厚生省は、本年一月十四日、「国民医療費総合対策本部」を設置し、医療費抑制を検討しているが、そこでは全科的に長期入院患者を病院からたたき出すことを議論している。「自分の責任で病気になったものは自分の金で治せ!金のない奴は殺せ!」というのである。精神科病床の十万床削減は厚生省のかねての懸案であったが、この流れに沿ったものである。いうところの「社会復帰」とは、福祉切り捨ての一環でもある。
 精神保健法案は、その内容がまさに「精神障害者」に対する敵対であり、とうてい認めることはできない。

 精神保健法案を廃棄にせよ!精神衛生法を撤廃せよ!
 厚生省小林精神保健課長は、名古屋大学精神科拡大医局会議において、精神医療の今日の荒廃の原因、厚生省の責任について追及され、「厚生省は医療の荒廃の原因を考えたことはない」と開き直っている。宇都宮病院ほかにみる実態を生みだした厚生省の精神衛生行政をなんら自己批判せず、精神衛生法をどのように「改正」しようというのか。
 小林は、さらに次のように述べている。
「精神保健法をきちっと運用すれば治療処分を不要とする。刑法犯を医療で診ていく」
「任意入院患者が刑事事件を起こしても主治医に責任はない。但し、報告は求める。仮退院、措置解除の患者が刑事事件を起こしたときは診察した指定医の資格が問われる」
 ここに、精神保健法案のねらいは明白である。それは、患者の人権への配慮ではない。それはまさに、精神衛生法の保安処分としての純化にほかならない。宇都宮病院患者虐殺事件発覚以後の内外の精神衛生行政に対する批判に応えるべく立案されたものでもない。もともとからの意図を実現するために、その批判を利用しただけである。
 われわれは、このような精神衛生法「改正」を、断じて許すことはできない。われわれは、いまここに、「精神障害者」と共に生き、共に闘うなかで、精神保健法の成立を阻止し、精神衛生法を撤廃させるまで闘い抜く決意であることを表明する。

一九八七年六月     精神衛生法撤廃全国連絡会議

連絡先 港区新橋二−八−一六 救援連絡センター TEL 591−1301


*再録:桐原 尚之
UP: 20110818 REV:
精神障害/精神医療  ◇精神医学医療批判・改革  ◇反保安処分闘争  ◇全文掲載 
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