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日本精神神経学会評議委員会「宇都宮病院事件問題についての見解――精神障害者の人権擁護のために 1984(昭和59)年05月22日




 「いま、わが国で全社会的な問題となっている宇都宮病院事件は、精神障害者差別にもとづく悲惨な人権蹂躙行為が、精神医療の名において大規模に合理化されて存在し続けてきたことを語っている。たしかにこれは、極端な事例であるが、残念ながらわが国の精神医療の現状では決して偶発事とはいえないものである。
 われわれはここに、宇都宮病院問題の根本的解決を求め続けると同時に、これを契機にこのような人権蹂躙を生み出す土壌を、精神医療から徹底的に駆逐してゆかなくてはならないと考える。
1 報徳会宇都宮病院における人権蹂躙の構造は重層的である。障害などにまでいたる徹底的な暴力支配、不当な長期拘禁、使役としての強制労働、生保日用品費の設備費などへの流用、不法手続きに基づく強制入院、決定的な医療スタッフ不足の暴力支配と患者使役による充当など、同病院に見られる諸問題は根深い。だがこれらは結局、精神衛生法によって守られている精神医療の密室性・強制制を背景に、精神障害者を徹底的に蔑視・差別し、在院者の奴隷化・商品化を極限にまで追及することにより、徹底的な医療不在の恐怖支配と収奪の場として精神病院体制を完成させたものといえよう。そしてこうした収奪を基盤に、報徳会は巨大なコンツェルンとも称される経済帝国を築き上げていったのである。
 ところでこのような宇都宮病院の体質は、同病院がいわば関東地区における私的保安処分施設として、積極的な存在意義をかちえていたことと表裏の関係にある。つまり同病院は、関東地区におけるいわゆる「こまった患者」を積極的に引き受けることにより、「こまり者」を排除しようとする社会的要請に応え、それを助長し、精神医療を社会治安の道具に堕さしめたのである。こうしてこの病院は、関東地区における「必要不可欠な」悪徳病院=準保安処分施設として、自らをおし上げていったのである。
 であるからこそ、同病院の非人道性は、単なる個別的結合をこえて県行政ならびに警察からの積極的容認をえていたのである。そしてまた一方、同病院が東京大学の一部における研究至上主義と結合し、これにより権威づけられていた点も重要である。
 こうして宇都宮病院の存在は、決して偶然ではない。それは、精神障害者に対する差別・強制医療を中心とする現行の精神衛生法を背景に、精神医療を社会治安の具にしようとする保安処分的潮流により促進され、そして人権軽視の福祉行政により支援されてきたといって過言ではない。
 われわれは、宇都宮病院問題摘出にあたり、こうした背景を同時に見てゆかなくてはならない。
2 われわれはいま、新たな精神医療の歴史の扉を開くべきである。そしてその第一歩として、われわれは当面、宇都宮病院問題自体の抜本的解決を求めていかなくてはならない。 
 まず、このような医療不在の存在が、精神病院として認められるべきではないことは大前提である。そして同病院の問題が、単なる経営者の公邸などの姑息的手段では一切解決しないことは自明のことである。したがって同病院が将来とるべき方向は、経営者・医療スタッフの総入れ替えを含む根本的再生か、それが不可能な場合は廃院かのいずれかしかない。
 ただし、現実にはまだ膨大な在院者が拘禁されていることを考えるならば、現在、第一義的に考えられるべきことは、これら在院者の緊急の救済である。それゆえ、同病院問題解決の方途は、段階的にならざるを得ない。
 第一段階の課題は、まず在院者の希望に応じて退院ないし転院を早急にはかり、在院者数を可能な限り縮小することである。この場合、特に退院者に対しては、安定した社会生活が送ってゆけるよう十分な配慮がなされなくてはならないことはいうまでもない。そしてそのうえで、第二段階として、上記の抜本的解決策をはかるべきであろう。
 以上のような視点からわれわれは当面、第一段階にあたって、宇都宮病院問題解決のための栃木県当局の努力を見守ると共に、厚生省ならびに県当局にその改善の報告を定期的に求め、独自に同病院への調査団派遣を続け、必要に応じて何らかの救済活動にうつる準備体制を整えておく用意がある。
3 精神医療の新たな歴史の扉を開くため、われわれはここに同時に、宇都宮病院を生み出したわが国の精神医療に潜在する人権侵害の土壌を解体し、精神医療全体を治療の場として根本的に再生させるための新たな運動を、全国的に展開しなくてはならない。その運動の目標は、札幌宣言を具体化して、以下のように項目化されうるであろう。
 T 精神病院における精神障害者の人権擁護
 @ 通信・面会の自由と弁護人依頼権(国費)の完全保障
 A 自由入院・開放化の促進
 B 強制労働の根絶
 C 医療スタッフの一般科なみの拡充
 U 精神障害者が地域で生きてゆくことの援助
 @ 生活権(衣・食・住)・労働権の確立
 A 法的諸差別条項の撤廃
 B 精神障害者の交流の場の保障
 C 外来・地域における医療の推進
 以上のような観点から、われわれは必要とされる具体的要求を関係行政諸機関に強力に行うと共に、学会内部としても体制を整え、精神医療関連諸団体その他と協力して、全国的な運動を展開してゆかなくてはならないと考える。
4 以上の課題は膨大である。そのためわれわれは、当面の課題をしぼらなくてはならない。
 当面われわれは、精神病院内における精神障害者の人権擁護が、緊急の課題であると考える。そして、その核となるものは、上記Tの@およびAであると考えるものである。
 われわれは厚生省に、その点を周知徹底させるための強力な努力を求めると共に、それを足がかりとして、関連精神医療諸団体、ならびにその他の民主的市民運動とも協議のうえ、全国の精神病院に、その実現へむけての協力をもtごめる運動を起こす事を呼びかける。
5 精神病とはけっして特別な病気ではなく、可能性としては国民の誰でもがかかりうる病気である。そしてその治療は、病者と治療者との基本的な信頼関係のうえに成立するものであることは、当然のことである。
 精神医療改革とは、精神病院に関しては、まずもって誰でもが安心して入院できる場とする、というごく当然のことを意味する。だが、このごく当然のことを実現することが、また至難のわざであることも残念ながら事実である。だがわれわれは、このことを実現しぬかなくてはならないのである。」



 〔付帯決議〕

「1 日本精神神経学会は、精神医療従事者5団体の調査報告にもとづき、報徳会宇都宮病院を医療機関として認めるべきではないと判断する。今日まで、同病院を医療機関として容認してきた栃木県知事、厚生大臣の責任は重大である。
 日本精神神経学会は、慎重な医療的配慮の下に関係諸団体と協力し、宇都宮病院の在院者の転院を含めた救済活動を続け、同病院の廃院にむけ、あらゆる努力を続けることを確認する。
2 わが国の精神病院内において、在院者の通信・面会の自由、弁護人依頼件を全面的に保障することは最低の急務である。その具体的な要件としては、以下の3点が挙げられる。
 一、入院に際し上記緒権利を患者ならびに家族に書面を持って告知すること
 二、院内に上記緒権利を掲示すること
 三、各病棟内の秘密を守り得る場所に公衆電話を必置すること
 日本精神神経学会は、以上のことを厚生省が全面的に保障するよう要請する。同時に全会員が、各々の医療現場で、以上のことを実現すべく運動を起こすことを確認する。
3 宇都宮病院問題は、保安処分的施設のたどりつく悲惨な状況を端的に示している。
 同病院は首都圏一帯における「困り者」の「患者」を集め、同地帯における私的保安処分施設として機能してきた。そしてそれにより、同病院における不法入院を含む不当長期拘禁、暴力による恐怖支配体制がうまれたといって過言ではない。
 一部の保安処分推進論者は、近代的な国立の保安処分施設であればよいと主張するであろうが、そのような施設もまた、同様の状況を生み出すことは、最近のイギリス、ノルウエーなどにおける保安処分施設の破綻がこれを示している。
 日本精神神経学会は、ここで改めて、一切の保安処分施設の設立を許さないこと、精神医療が医の本義に立つべきであり、それを社会治安の具に堕さしめてはならないことを確認する
4 宇都宮病院問題は、東京大学を中心とする大学医学部・病院の医師と精神病院との根深い癒着を明らかにした。このことは精神病院に拘る大学病院医師の姿勢と医学研究の実態をめぐって、鋭い問題を投げかけている。
 日本精神神経学会は、1969年の金沢学会以来、これらの問題について反省、批判を行ってきたが、なお不充分なまま今日にいたっている。ここに改めて大学における研究のあり方、パートタイム制を含めた大学病院医師と精神病院とのかかえあり方について、今後きびしく点検してゆくことを確認する。」


*作成:仲 アサヨ
UP:20091216(小林勇人) REV:1224
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