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岐路に立つヨーロッパの保安処分 欧州人権裁判所判決と英国の保安処分施設の実態

第二東京弁護士会刑法改正対策特別委員会 人権擁護委員会 1982/12/01

last update: 21030921


ごあいさつ
刑法改正草案が発表され、日弁連が会をあげてその阻止運動にとりくんで既に満八年を経過しました。
最近坂田法務大臣はヨーロッパの保安処分事情を視察し帰国後、自信を深めたとして明年三月国会に保安処分(法務省は治療処分と称している)をふくめた刑法改正法案を上程すると言明しています。
刑法改正問題は今や緊急事態を迎えたと言わなければなりません。この時にあたりヨーロッパ各国の保安処分がどのような状況にあるかを明らかにし、正しい国民的論議をおこすことは極めて重要であります。総じてヨーロッパ各国の保安処分は反省期に入り見直しの時期に至っているとされ、西ドイツではつい最近、各州の司法大臣が社会治療処分の廃止を決議したと報じられています。またフランスでは我国同様保安処分実施の是非をめぐり論議中であるとのことです。当会の刑法改正対策特別委員会では、早くからヨーロッパ各国の保安処分状況の研究を開始し、今回人権擁護委員会と共に英国の保安処分制度につきその研究の成果をまとめられ発表されることはまことに時宜を得たもので喜びにたえません。正しい国民的論議をまきおこす有効な資料となり刑法改正阻止に大きな力となることを期待してやみません。
昭和五七年十一月
第二東京弁護士会
会 長 戸 田 謙

発刊にあたって
精神障害者で犯罪をおかした者に対する保安処分制度は神の子であるか、悪魔の子であるかについて、ここ一〇年間とくにわが国で白熱的な論議が行なわれてきた。これは、昭和四九年五月二九日、法制審議会が、法務大臣に答申した改正刑法草案第一五章に「保安処分」が新らしく定められたからである。
法務省は、以来、保安処分制度を含む改正刑法草案の立法化の準備を進めてきた。今年の秋、坂田道太法務大臣は、西ドイツ、スイス、スエーデン、フランスの四ヶ国を視察してきて、来年三月保安処分制度を含む刑法改正案を国会に上程するとのべている。日本弁護士連合会の調査団も、イギリス、フランス、西独、オランダの諸国を調査してきた。
法務省が、保安処分制度の導入を推進する有力な理由の一つは、ヨーロッパ各国ですでに保安処分が実施され成果をあげているとの認識である。しかし、この認識は誤りである。すでに約四〇年近く、「精神病質者」に対する保安処分施設として、G・K・シュトルツプ博士の名とともに著名であったデンマークのヘルシュテツトヴュスターの施設は、一九七三年の刑法改正で廃止されたといわれ、西ドイツの改正刑法六五条による社会治療処分制度は、実施が延期されつづけ、一九八五年まで延期されたが、同年後の実施も今では不可能視されている。フランスでは、最近日本と同じく保安処分を含む刑法改正案が論議されているが、保安処分制度に対する反対が強く成立が危ぶまれている。
こうしてみると、ヨーロッパの保安処分制度は、今世紀前半より国により実施されたもの、初期の期待した成果はあげられず、むしろ反省期に入っているということができる。
当委員会は、数年前から諸外国の保安処分の研究を開始し、国内の精神病院施設の実態調査とあわせて、法曹界の内外にその研究成果を「改正刑法草案を批判する―講演と資料―」(昭和五三年)、「保安処分制度は必要か―シンポジウムと資料」(昭和五六年)の小冊子として刊行してきたが、人権擁護委員会との共同研究・調査同成果として、イギリスの保安処分といわれる制度に対するヨーロッパ人権裁判所の判決と、ブロードモアやランプトンの特別精神病院の実態を紹介する小冊子を刊行することとした。
法務大臣が視察から外したイギリスの保安処分制度が、ヨーロッパ人権裁判所から厳しい判決を下されたことや、ブロードモア、ランプトンの特別精神病院の実態報告は、わが国の保安処分制度を検討するために、制度の賛否を別としても貴重な教訓を与えてくれるであろう。
この資料が、保安処分制度を考える人々のために有益な貢献をすることを期待する次第である。
昭和五七年十一月
第二東京弁護士会
刑法改正対策特別委員会
委員長 内 田 剛 弘


本書は二つの部分で構成されている。第一は、一九八一年一一月、ヨーロッパ人権裁判所がイギリスの精神衛生法制における退院制限命令付入院命令制度について下した判決の紹介であり、第二は、同じくイギリスにおける精神異常犯罪者らの公的収容施設であるブロードモア及びランプトン両特別病院の実態の報告である。
イギリスの退院制限命令付入院命令は、命令によって入院させられた患者は内務大臣の承認によってのみ退院できるという制度であり、内務大臣に絶対的裁量が与えられ、患者についての独立審査機関である精神衛生審査会も内務大臣に退院させるよう勧告できるに過ぎない。ヨーロッパ人権裁判所は、この制度がヨーロッパ人権条約五条四項に違反するとの判決を下した。判決は、X対イギリス政府の事件と表示する。家族の希望を考慮して氏名は明らかにされないのである。Xは精神障害をもつ一イギリスの男性であり、当初は国内において人身保護令状の申立によって救済を求めたが認められず、一九七四年、イギリス政府を相手とするヨーロッパ人権委員会への申立て、次いでヨーロッパ人権裁判所への訴提起となった。一九七九年、Xは死亡する。しかし、Xを支援したゴスティン弁護士、ヨーロッパ人権委員会のメンバーらの精神障害者の人権擁護に対する熱意と努力が勝訴判決を導いたのである。
イギリスは、九割以上の入院患者が開放病棟で治療を受けており実際の治療面でも進歩は著しく、また、患者の人権擁護のために精神衛生審査会という独立の機関を設けるなど精神衛生法制の面でも先進国である。しかしそのイギリスにおいて実質的な保安処分制度と目される退院制限命令付入院命令がヨーロッパ人権条約に違反すると判断されたことの意義は重大である。イギリスでは、早速、精神衛生法の改正がなされつつあるという。ヨーロッパ人権条約五条四項は国際人権B規約九条四項と同一内容の規定であり、同人権規約を批准している。
わが国としては、現行精神衛生法の改正は必至であろう。
一方、イギリスの保安処分施設と目される特別病院の実態はどうであろうか。特別病院は、国民保健事業再編法の規定に基づいて、精神異常犯罪者、受刑中に精神病を発病した者、一般精神病院のなかで暴力的な患者などを収容している公的施設であって、必しも犯罪者、犯罪歴のある者ばかりが収容されているわけではない。この特別病院の実態は、わが国の精神病院にもみられるように、患者の過密収容、長期拘禁、強制的医療、医療・保護の名目で行われる職員による暴行などが多々あり、ATVテレビはブロードモア特別病院、ヨークシャーテレビはランプトン特別病院の批判番組をそれぞれ製作してその実情を社会に訴えている。たまたま、第二東京弁護士会はイギリスの実情わ見聞してきた戸塚悦郎会員のお骨折りで、その番組のビデオテープを入手できた。本書における特別病院の実態の報告は右テレビ番組の紹介も兼ねている。
第二東京弁護士会は、人権擁護委員会と刑法改正特別委員会の共同によって「精神医療と人権」をテーマとして研究を続けてきた。その成果の一つとして本書を纏めることになった。保安処分是非の論議はその焦点を精神医療に移している。本書が少しでもお役に立てば幸である。
ヨーロッパ人権裁判所の判決は会員喜多村洋一、戸塚悦郎、光石忠敬が担当し、イギリスの保安処分施設の実態は会員戸塚悦郎が担当した。
多忙のなかを本当に御苦労をおかけした。また、御協力頂いた刑法改正特別委員会及び人権擁護委員会の委員の皆様ならびに第二東京弁護士会の理事者及び事務局の方々に深く御礼申し上げる。
昭和五七年十一月
第二東京弁護士会
人権擁護委員会
委員長 長 岡 邦

第 一 部
ヨーロッパ人権裁判所判決

第一 ヨーロッパ人権裁判所
一九八一年一一月五日判決と精神障害者の人権
―改革を迫られる日本の精神衛生法制―
戸塚悦郎
光石忠敬
喜多村洋一

一、はじめに
二、ヨーロッパ人権条約と同裁判所
(一)ヨーロッパ人権条約
(二)実施機関
(1)委員会
(2)裁判所
(三)実施機関運用の状況
三、事実の概要
四、委員会の手続
五、判決の概要
(一)判決主文の骨子
(二)五条四項違反についての争点
(三)五条四項違反についての裁判所の判断
六、判決の影響
(一)英国の保安処分制度へのインパクト
(二)日本の精神衛生法制との関係
(三)国際人権規約が保障する権利

一、はじめに
一九八一年一一月五日ヨーロッパ人権裁判所は、英国の精神障害者X氏対英国政府間の退院制限命令制度の合法性に関する事件について、政府敗訴の判決を下した。翌六日の英有力紙はこれを「精神衛生法史上の一画期」と報道している。同裁判所は英国の「保安処分」と評される退院制限命令制度がヨーロッパ人権条約五条四項に違反する旨全員一致で宣言すると共に、精神障害者の拘禁法制に関し、人権擁護の観点から重要な指針を示した。
わが国も、最近批准した国際人権(B)規約「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(昭和五四年八月公布、条約七号)九条四項がヨーロッパ人権条約五条四項と同一内容であることから、この判決により精神衛生法制の根本的改革を迫られている。その意味で世界的な影響力をもつ重要国際判例である。

二、ヨーロッパ人権条約と同裁判所
判決の紹介に入る前に、わが国ではまだなじみが薄いと思われるので、ヨーロッパ人権条約とその実施機関について、簡単な解説をしておきたい。

(一)ヨーロッパ人権条約
ヨーロッパ人権条約もヨーロッパ人権裁判所も、その国際法上の重要性にもかかわらず、日本の法律家にはなじみがうすかった。しかし、ヨーロッパでは、同裁判所の判決は、主権国家に法改正を強いる程強力である。現に本判決直後から、英国国会は精神衛生法(一九五九年)の該当部分の改正をめざして審議中である。
ヨーロッパ人権条約は、一九五〇年一一月四日ローマにおいて、ヨーロッパ一二ヶ国によって締結された国際法史上前例のない画期的な条約である。その条文は「国際人権条約・資料集」に全訳が収載されており、資料として貴重である。解説書としては、欧州理事会発行の資料「ヨーロッパにおける人権の擁護」や「人権資料」のシリーズが簡便であろう。
本解説はこれらを基本資料としている。なお、欧州理事会、ヨーロッパ人権裁判所は、フランス東部、ドイツ連邦共和国との国境に近いストラスブールにある。
この条約は一九五三年九月三日発効し、一九八一年現在での欧州理事会加盟二一ヶ国全てが署名し終っている。
欧州理事会は、一九四九年五月設立された最初のヨーロッパ政治機関である。同理事会も、同人権条約も、二度の大戦への深い反省から生れ、人権を擁護することによって、独裁の再来と戦争の惨禍を防止することを目的としている。同人権条約前文は「これらの基本的自由―それは世界の正義及び平和の基礎であり、またそれは一方の真に民主的な政治制度と、他方のそれ自体が依存している人権の共通の理解と遵守とによって最もよく維持される―に対する深い信念を再確認し、・・・・・・」と宣言している。
同人権条約が画期的である理由は、次の二点にある。第一は、人権擁護を目的として、初めて実効性ある国際的実施機関を設立したこと、第二に、判決の遵守義務等の諸義務ばかりでなく、個人の権利をも、締結国に対して承認させたことである。第一点の実施機関としては、ヨーロッパ人権委員会(以下「委員会」という)とヨーロッパ人権裁判所(以下「裁判所」という)とが設けられた。第二点で重要なのは、同人権条約は、個人が一定の権利をもつことを承認する義務を締結国に負わせたに止らず、人権侵害を受けた場合、各個人に当該政府を相手どって提訴する権利を与えたことである。

(二)実施機関
(1)委員会
人権を実効的に保障するには、実体規定のみでは充分でなく、これを現実に実施する機関、手続を要することは明らかである。委員会はこの意味で裁判所と共にきわめて重要な役割を果している。
委員会は、ヨーロッパ人権条約第三節(二〇条?三七条)により設置された。締約国数と同数の委員で構成され(二〇条)、委員は閣僚委員会の選挙により(二一条)、その任期は六年である(二二条)。
締約国、個人・団体からの人権侵害申立はまず委員会に対してなされねばならない(二四条・二五条)。委員会は、すべての国内的救済が尽くされているか、最終決定から六ヶ月以内に申立がなされているか、同人権条約の規定と矛盾しないか、明白な根拠不充分・申立権の濫用ではないか、などの諸点を審査し、許容性の判断をする(二六条・二七条)。申立が許容性なしとして却下されたときは、上訴の途はない。
申立を受理する場合には、委員会は、報告書作成の準備に入り、事実の確定のために必要な調査を行うが、この間、当事者は友好的解決(friendry settlement)のために委員会を利用することができる(二八条)。
友好的解決に達しない場合には、委員会は事実に関する報告書を作成し、条約違反についての意見を付して、閣僚委員会へ送付するが、この段階では、個人の申立人にさえもその内容は公表されない(三一条)。委員会又は関係締結国が、報告書作成の日から三ヶ月以内に、裁判所に提訴した場合に限り、裁判所による審理が開始される(四七条、四八条)。
提訴がないときは、閣僚委員会に決定が委ねられる(三二条)
(2)裁判所
裁判所は、ヨーロッパ人権条約第四節(三八条?五六条)により設置された。
欧州理事会加盟国と同数の裁判官で構成され(三八条)、裁判官は、協議総会により、徳望が高く、かつ最高の司法官に任ぜられるのに必要な資格を有するか、又は有能な名のある法律家の中から選挙され(三九条)、任期は九年である(四〇条)。裁判所長、次長は裁判所が選挙する(四一条)。裁判部は、事件毎に、七名の裁判官により構成され、関係当事国の裁判官一名が、部の職権による裁判官として加わる外は、所長によるくじで選定される(四三条)。
裁判手続に関する規則は、裁判所により制定される(五五条)。裁判所の判決には理由を付さねばならず、判決の全部又は一部について全員一致でない場合には、裁判官は個別意見を表明できる(五一条)。事件は、判決により終結し(五二条)、締約国は判決の遵守義務を負う(五三条)。判決の執行は、閣僚委員会により監視される(五四条)。

(三)実施機関運用の状況
一九八〇年までに、欧州理事会加盟二一ヶ国中英国を含む一八ヶ国が、裁判所の強制管轄権を承認しており、国際法上極めて重要な改革である個人の人権侵害被害申立権を認めているのは一四ヶ国(オーストリア、ベルギー、デンマーク、ドイツ連邦共和国、アイスランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スウェーデン、スイス、英国)である。
年間三〇〇?四〇〇件の申立が委員会に対してなされるが、そのうち約九〇%は早い段階で許容性なしとして却下されている。つまり、裁判所により審理され、友好的解決にもよらず、判決によって申立人が勝訴する事件は、きわめて稀な場合で、精選された重要事件に限られているといってよい。
委員会により許容されるのがいかに困難であるかを具体的数字で示すと、例えば一九七七年に欧州理事会全加盟国から委員会に対する申立が四六六件なされたのに対し、わずか四件しか許容性ありとされなかったという。
一九八〇年までに、委員会は、二五条にもとずく個人からの申立事件八七〇〇件を審査したが、うち三分の一は、刑事被拘禁者外種々の理由によって拘禁され、自由を奪われている者からの申立であった。この事実からも被拘禁者の人権侵害が人権問題として極めて重要な分野であることを容易にみてとれる。
サリドマイド事件は、英国では、ウィスキー「ジョニーウォーカー」のメーカーでディスティラーズという会社によって起された。
この事件で被害者を救済したのは、英国国内裁判所ではなく、サンデータイムス紙のキャンペーンだった。このサンデータイムス紙の記事が差し止められたときに、国内裁判所で敗訴した同紙は、ヨーロッパ人権委員会へ提訴した。同委員会は同紙の申立(表現の自由に関する一〇条違反)を許容する決定を下し、差し止められた問題の記事をそのまま添付した報告書を作成。英国政府の抗議にもかかわらず、同裁判所はこれを公表し、サリドマイド児救済に重大な役割を果したのは著名である。

三 事実の概要
それでは事件の紹介にはいろう。まず、判決により確定された事実認定からその概要を述べると、以下のとおりである。
申立人Xは、一九三四年生まれのイギリス国民である。Xは一九六五年と一九六六年に妄想のために精神科の治療を受け、偏執症と診断されていた。重いスパナーで同僚の口をなぐったとの事実に関し、一九六八年一〇月二二日シェフィールド巡回裁判所において、重い身体障害を与える意図をもって傷つけたとの嫌疑につき有罪の答弁を行った。同裁判所は、一九六八年一一月七日二名の医師の報告にもとづき、X氏に対し、一九五九年精神衛生法(以下単に「一九五九年法」という)六〇条の病院命令を発し、ブロードモア特別病院への強制入院を命じた。あわせて、同裁判所は、同法六五条にもとづき、無期限の退院制限命令を付した。一九七一年五月一九日、内務大臣は、同法六六条二項により、X氏の条件付退院を認めた。その条件は、夫婦の家に居住し、保護監察官の監督に服し、かつブロードモア病院の責任医官によって指示された精神科外来クリニックへ通院することであった。
条件付退院の期間を通じ、Xは妻と居住し、何ら再犯を犯すことはなかった。当初は失業していたが、結局安定した職に就いた。指名された保護監察官およびシェフィールドのコンサルタント精神科医のもとへ定期的に通った。Xの精神状態についての報告書によれば、精神障害にはかかっていたが、一九七四年四月迄は、保護監察官も、ブロードモアの責任医官も、シェフィールドのコンサルタント精神科医も、Xの自由を拘束すべきであるとのいかなる理由も見出さなかった。
しかし、一九七四年四月五日金曜日、Xの妻が保護監察官を訪れて、実はXの状態は、従来述べてきたのとは逆に妄想があり、脅迫し、みだらな言葉を用い、彼女を不道徳であると非難し、非常に多量に飲酒していると述べた。妻のいうには、もう忍耐の限度に達したので、翌日夫と別れようと決意したが、その夜はXと家に居るのがこわいというのであった。
保護監察官から報告を受けて、ブロードモアの責任医官は、ストレス下での衝動的かつ危険な行動の記録を含む過去の病歴、条件付釈放の間の精神医学的報告書にもとづき、Xが妻の離別の意図を知った場合には、暴力行為の再発の可能性があると警戒し、妻の申立につき確認する必要なしと判断し、内務大臣に対して、Xの再収容を勧告。この勧告に従って、内務大臣は一九五九年法六六条三項にもとづき、直ちにXのブロードモア病院再収容を命じた。同日午後、Xは仕事から帰宅後すぐ警察官により、留置所へ収容されたが、その際警察官がXに何を告げたかについての確証はない。Xはその翌日ブロードモア病院へ再度強制入院させられた。
同年五月二四日Xの弁護士は、人身保護令状の申立を女王座部の地方裁判所に対して申請した。六月二一日延期されていた期日が開かれたが、同裁判所はXの申立を棄却した。
Xは、さらに、一九七五年七月内務大臣に対し、一九五九年法六六条八項にもとづき、精神衛生審査会へ照会すべきことを請求した。同年一〇月精神衛生審査会の聴聞が開かれた。その結果は、Xは精神病にかかってはいるが、一定の条件の下で退院可能ということであった。一九七六年二月許可により離院(leave)同年七月内務大臣も条件付退院(conditional discharge)に同意した。その後Xは一九七九年一月一七日死亡したのであった。

四 委員会の手続
Xは、一九七四年七月一四日、条約三条、五条一項、同条二項、同条四項違反を主張して、委員会へ申立をなした。その理由は、三年間の正常な生活の後、いかなる司法当局の面前へ出頭することもなく、又いかなる医師による精神障害の判定も下されることなく、ブロードモア病院へ再収容されたこと、人身保護手続においては、Xの再収容につき、その当否につき充分な審理を尽くさず、単に再収容が一九五九年法の条項に適合するか否かについて取調べたに過ぎないというものである。
委員会は、一九七六年三月一一日非人道的または屈辱的処遇に関する条約三条違反の申立については、許容性なしと決定。その余の申立については一九七七年五月一四日の決定により、受理した。
一九八〇年七月一六日付同委員会報告書によれば、委員会の意見は次のとおりである。
 ○一四対二の票決で、Xのブロードモア病院への収容及びその後の抑留は、五条一項の権利を侵害するものではなかった。
 ○会員一致で、Xのブロードモア病院への再入院について、迅速かつ十分な理由の告知がなされなかった点で、五条二項違反が存在した。
 ○全員一致で、Xは病院への再収容に引続く抑留の合法性について、裁判所において迅速に決定を受け得る権利を与えられていなかったのであるから、五条四項が侵害された。

五 判決の概要
(一)判決主文の骨子
裁判所は、一九八一年一一月五日、本判決を下したが、その主文の骨子は次のとおりである。
一、全員一致で、条約五条一項違反は存在しなかった。
二、全員一致で、条約五条四項違反が存在した。
三、六対一の表決で、条約五条二項にもとづく問題については、審理の必要がない。
(エブリゲス判事の少数意見がある。)
四、全員一致で、五〇条による申請に関する問題については判断を保留する。
本件では、主文第二項の条約五条四項違反の判断が、グローバルな視点で重要性をもつので、以下その判断の論旨を詳述する。
(二)五条四項違反についての争点
判決によれば、英国政府は大略次のように主張して争った。
A、Xは一九六八年一一月、裁判所により有罪とされ、ブロードモア病院へ入院せしめられたのであるから、Xは、同病院への再入院に際しては、裁判所により拘禁の合法性について審査を受ける権利を与えられていない。
B、(仮にAの主張が認められないとしてても、その場合は、)人身保護の救済は、Xの同病院再収容直後にその拘禁の合法性について審査を受けるXの権利を満足していた。
C、(これら二点の外に、Bの判断にあたって特に裁判所の注意を喚起した主張として、)精神衛生審査会による救済等を総合判断すれば、Xの権利は侵害されていない。
(三)五条四項違反についての裁判所の判断
裁判所は、まず総論的に次のように述べた。
「申立人には、そのブロードモアへの再入院の合法性について、『逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、その抑留の合法性につき裁判所により迅速な決定を受け、かつ、その抑留に合法性がない場合にはその釈放が命ぜられるような手続を受ける権利を有する。』との五条四項によって要求されているような司法判断を受ける可能性がなかった旨が申立人のために主張された。
当裁判所の想起するところによれば、犯罪行為に対する有罪判決の後、一九六八年一一月シェフィールド巡回裁判所が下した二つの命令にもとづき、彼は裁判所権限から内務大臣の所管へ移され、無期限に精神病院へ入院させられた。一九七一年五月に退院させた後、内務大臣は、一九七四年四月、彼を病院へ戻す命令を下した。これは当初の裁判所命令を生んだものとは異る状況に基づく、行政的決定であった。更に、一九五九年法六〇条一項及び六五条一項で規定された、このような命令を発するための要件は、時の経過に伴って変化する可能性のある事項、とりわけ医学的な事項に依存しているにもかかわらず、本件拘禁を通じてこれらの条件が常に充足されていたことを確認するための定期的司法審査制度はなかった。
A、一九六八年シェフィールド巡回裁判所における手続についての判断
精神障害者を刑事司法裁判所が有罪と認定し、かつ精神障害の故に、無期限又は長期に精神病院に強制拘禁した場合にも、条約五条四項の権利侵害となるかが争点である。この点について判断するため、裁判所は五条全体の趣旨から考察している。
条約五条一項は、「何人も人身の自由及び安全の権利を有する。何人も以下の場合で、かつ、法の定める手続によるのでなければ、自由を剥奪されることはない。」と定めている。
同項(a)号は、「管轄権を有する裁判所の有罪」決定の後にする拘禁刑を合法的拘禁(自由剥奪)が許される第一の場合としてあげている。
(他方、「精神異常の者」の拘禁は、同項(e)号によって認められているのであり、前者とは自由剥奪の種類が異る。)ところで、刑事裁判所により一担有罪とされた者は合法的に拘禁されるのであって、その後に引続く拘禁については、五条四項の手続は不要のはずである、というのが英国政府の主張である。
これに対する裁判所の論拠の第一は、同裁判所の判例1であり、これを準用して判断。
「五条四項によって締約国に課される責務の内容は、状況により、また自由剥奪の種類によって、必ずしも同一ではない」
次に判例2(ウィンターウェルプ判決)を引用しつつ論旨をすすめていう。
「Xの拘禁は、五条一項(a)号に該当するのと少なくとも同程度には、同条同項(e)号にも該当する。『精神異常の者の拘禁』は、それ自体特殊な問題を伴う特別の範疇を構成する(上記ウィンターウェルプ判決)。特に、『この種の拘禁を当初正当化した理由は、消滅する可能性がある』。これにより、ウィンターウェルプ判決が述べているとおり、重要な結果が生じる。
『裁判所から当初決定が発せられたというだけで、この範疇の拘禁につき、爾後の合法性審査を免れさせるように・・・・四項を解釈することは・・・・五条の目的及び趣旨に反することになろう。ここでの自由剥奪の性質それ自身により、合法性に関する審査が、合理的な間隔で、受けなければならないとされるように思われる。』
以上の論拠にもとづき、裁判所は、精神障害者の人権の歴史上画期的な以下の判断を示した。
「五条四項により、無期限または長期間精神医療施設に強制的に拘禁されている精神異常の者は、原則として、また、司法的性質を有する一定間隔での自動的審査がなされない場合は必ず、拘禁が民事または刑事裁判所あるいはその他の機関によって命ぜられたか否かにかかわらず、合理的間隔で、その拘禁の―条約のいう意味での―『合法性』を、裁判所において争いうる手続を採る権利を有する。」
なお、同裁判所は、条約五条四項の定める「裁判所」を、前記判例1を参照しつつ次のとおり判旨している。
「五条四項の、『裁判所』という用語は、必ずしも、その国の標準的司法機関の内に統合された古典的種類の司法裁判所を意味すると解する必要はない。この文言は、五条四項を含む条約中の数ヶ条で用いられているが、これは、『共通の基本的特色、そのうち最大のものは、行政及び事件当事者からの独立であるが、そのような特色だけではなく』、『問題となっている自由剥奪の種類に適した』『司法的手続の保障』―その形態は、各国ごとに異なろう―『をも有するような機関』を意味している(DeWilde,OomsandVersyp判決)」。
裁判所は、結局次のように英国政府の主張をしりぞけた。
「要約すれば、一九七四年四月ブロードモア病院への再入院に引き続く拘禁期間中、Xは、かかる『保障』を伴う手続を採る権利を与えられるべきであった。その段階では、一九六八年シェフィールド巡回裁判所において採られた手続は、もはや五条四項の要件を満足させるものではなかったのである。」
B、人身保護手続についての判断
Xは、本件ブロードモア再収容の後、人身保護手続の申立をなしたが、女王座部の地方裁判所において審理を受け、申立を棄却されている。この人身保護手続による救済制度が、条約五条四項の権利を保障するに十分か否かが争点である。
裁判所は、前提として英国の人身保護制度を次のとおり評価した。
「事件は申立人のものを含む宣誓供述書を基礎として、地方裁判所で審理された。地方裁判所へ提出された医学的証拠は、Xの代理人(ソリシター)によって入手された。内務大臣自身は、Xの拘禁を正当化するための実質的資料を提出すべき何らの責務もなかった。
しかし、これはすべて、規定された救済の性質からくるものであった。人身保護手続にあたっては、拘禁という行政上の決定を検討するに際しての裁判所の職責は、当該拘禁が、関連法規で定められた要件及びコモン・ローの諸原則のうち適用あるものに従っているか否かを調査することである。これらの諸原則によれば、表面上は適法であっても、拘禁の当事者が、悪意で、恣意的に、あるいは不当な目的のためにその権限を濫用した場合、または決定が十分な根拠に基づいていない場合、または当該状況の下では、合理的な人間ならその結論に到達しえない場合などには、その決定は覆される。上記を別として、裁判所は、行政庁のとった判断の根拠または理由を、当該法令の下でその判断が当該行政庁の専決事項である限りにおいて、審査しえない。Xの事件がよく例示しているとおり、制定法が行政当局に対して、広狭を問わず裁量権を与えている場合には、人身保護手続において裁判所がなしうる審査は、その裁量の行使が、権限を与えた制定法と適合しているか否かに限られる。
本件においては、Xが条件付で釈放されている患者ではあるが制限命令に服しているということが証明されてしまえば、一九五九年法六六条三項に基づく令状による召喚の要件は満たされてしまう。かくして、一見適法な拘禁がなぜ合法でないかという理由をイギリス法の許す範囲内で示すことは、実際的には、Xが行わなければならない。Xによって提出された証拠は、かかる理由を明らかにしなかったので、地方裁判所は、申立を棄却するしかなかった。
Xには裁判を受ける権利があり、裁判所は、Xの拘禁がイギリス法の下で『合法』であると判断したが、このことは、五条四項との関連で、『合法性』に関する十分な審査があったかどうかを決定するものとはなりえない。」
裁判所は、判断の前提として、すでに、「精神異常の者の合法的拘禁」がいかなる場合に許されるかの基準に論及し、前記判例2を引用し、次のとおり述べている。
「一九七九年一〇月二四日のウィンターウェルプ判決において、当裁判所は、五条一項(e)号の意味における『精神異常の者の合法的拘禁』が成立するために満足させられなければならないものとして、三つの最低条件を述べた。すなわち、緊急の場合を除き、精神異常であることが確実に立証されなければならないこと、いいかえれば、真正の精神障害が、客観的な医学的専門意見に基づき、正当な権限を有する当局に、確証されなければならないこと、その精神障害は、強制拘禁を正当とするような種類または程度でなければならないこと、そして、継続的拘禁の妥当性は、かかる障害の持続性に依ることの三つである。」
この判決2(ウィンターウェルプ判決)は五条一項(e)号の「精神異常の者の合法的拘禁」に関するものであるが、五条四項適用上「合法性」の意味内容がこれと異なるかについて以下のとおり述べた。
「当裁判所が解釈したように(ウィンターウェルプ判決)、条約自身が、五条一項(e)号によって、Xが受けたような自由剥奪の『合法性』を、国内法の遵守以上の一定の要件にかからしめているのである。五条は、全体として読まなければならず、自由剥奪という同一のことに関して、一項(e)号と四項との間で『合法性』の意味が異なると考えるべき理由はない。」
このような観点から英国の人身保護手続が五条四項の権利保障上持つ限界について、緊急強制入院との関連で、次のとおりの見解を表明した。
「一九五九年法六六条三項の下での決定に関してなしうる審査が限定的であるにもかかわらず、人身保護手続による救済は、時には、この領域での恣意性に対して有効な抑制となしうる。精神異常を理由として人を拘禁する緊急措置に対しては、この救済も五条四項の目的に十分叶うとみなすことができよう。そのような措置は、完全な医学的検査のような通常の保障はないとしても、短期間のものであれば(ウィンターウェルプ判決)、五条一項(e)号の下では、『合法』でありうる。緊急拘禁を命じる権限を与えられた当局は、ことの性質上広範な裁量を持たなければならず、これにより、裁判所の役割は、必然的に、縮減させられるのである。」
そして、裁判所は、本件のような継続的拘禁の場合については、次のとおり判断し、英国政府の主張をしりぞけた。
「他方、当裁判所の意見によれば、本件での人身保護手続におけるような限定された司法審査は、Xが受けたような継続的な拘禁に対するものとしては不十分である。五条四項は政府が正しく主張するとおり、裁判所に対して、あらゆる場面で、自らの裁量を、政策決定当局のそれに置き換えることを許すような、司法的統制権を与えたものではない。しかしながら、この審査は、精神異常を理由とする拘禁を『合法』なものとするための条約上の必須条件には関連するような広範なものでなければならないのであり、これは、特に、当初はかかる拘禁を正当化し得た理由が消滅する可能性があるためである。このことは、本件においては、五条四項によって、患者の障害が依然として持続しているかどうか及び保護のために強制的拘禁の継続が必要であると内務大臣がみなしうるかどうかについて審理することを裁判所に許すような、適切な手続が要求されているということである。
従って一九七四年Xによって採られた人身保護手続は、五条四項で保障された権利を、彼に確保するものでなかった。このことは、後に新たな申立をしたとしても同様であったろう。」
C、その他の手続についての判断
人身保護手続については、その他の人権擁護制度に照らして評価されねばならないが、人身保護制度の欠陥がその他の諸制度によって治癒されているかが争点である。
英国政府がその他の補完制度として主張した精神衛生審査会外の制度に対して、裁判所は次のとおり判断した。
「政府は、拘禁継続の必要性について内務省の審査を受けうる四つの手段、すなわち、患者を釈放すべしとの責任医官からの勧告、国会議員の内務大臣への介在、患者から内務大臣への直接の釈放要請または精神衛生審査会への照会要請について、当裁判所の注意を喚起した。
しかしながら、初めの三つからは、司法的たるとを問わず、独立の審査手続が開始されることはない。
第四については、一九五九年法は、制限命令を受けた患者の拘禁に関して、精神衛生審査会によめ包括的な事実関係に基づく定期的審査の機会を与えているから、より詳細な検討を要する。もし、必要な独立性と、問題とされている種類の自由剥奪に適切な、十分な手続的保障を有するものであれば、この種の専門機関を、五条四項の意味における『裁判所』から除外すべきいわれはない。にもかかわらず、これらの条件を満たしていると仮定しても、精神衛生審査会は、助言的機能しか持たないのであるから、『拘禁の適法性について』決定し、もし拘禁が適法でなければ釈放を命ずべき権限を欠いているのである。
従って、各種の保護手続の価値については疑いもなく、またこれを過小評価するわけでもないが、政府が言及したその他の手続は、人身保護による救済が五条四項との関連で有する欠陥を治癒するに資するものとは認められない。」
このように、英国政府の五条四項違反はないとするすべての主張はしりぞけられ、裁判所は、「結局、五条四項違反が存在した。」と判決したのである。

六 判決の影響
(一)英国の保安処分制度へのインパクト
この判決は、画期的な事件として受けとめられ、そのインパクトは甚大であった。
一九八一年一一月一一日政府が発表した精神衛生法改正案は、退院制限命令制度については、現行法通りとしている。これは具体的修正の内容を議会の審議に委ねたものと報道された。議会の審議は、一九八二年三月九日に上院から下院に移ったが、この段階までに大略次のような重大な修正がなされている。
改正案附則により若干説明する。
一九五九年法六五条の制限命令を受けた者には、精神衛生審査会への申立権がなかった(六五条三項b)のであるが、改正案の附則一が上院で修正され、その二項によって、
(a)病院命令又は移送指令から六ヶ月を経過した日から一年を経過する日までの間、及び
(b)その後の各一二ヶ月の間に、同審査会へ申立ができることとなった。
その上、患者から三年以内に申立がなければ、内務大臣は、精神衛生審査会に対し、定期的に照会をしなければならなくなる(同案附則一の三項)。
従来は、制限命令患者については、内務大臣が釈放決定権をもち、精神衛生審査会は釈放勧告権しかもたなかった(一九五九年法六六条六、八項、一二三条)。申立の場合も照会の場合にも、内務大臣の意思にかかわりなく、釈放を命ずる権限が精神衛生審査会に対して与えられる(同案附則一の五項)。
治安担当者である内務大臣が、精神障害性犯罪者を一生涯病院に隔離しておくことができる点で、現行退院制限命令は「保安処分」そのものと評価されていたのであるが、内務大臣は権限を奪われ、独立の人権保障機関である精神衛生審査会が釈放権限を持つようになったのである。これがもし実現すれば、治安指向の「保安処分」制度に対して人権擁護の観点から大きな風穴があくことになろう。
(二)日本の精神衛生法制との関係
この判決は、国際人権(B)規約九条四項の解釈上最も重要な国際判例であり、日本の精神衛生法制にも根本的反省を迫るものである。
同条同項は、次のとおり定めている。
「逮捕または抑留によって自由を奪われた者は、裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する。」
これは。右に紹介した事件で問題となったヨーロッパ人権条約五条四項と同一内容である。日本は、国際人権(B)規約を、昭和五四年批准したので、イギリスと同じ問題を指摘されたこととなる。もっとも、同規約違反により権利侵害を受けた個人からの申立権を認めた同規約の選定議定書については批准していないから具体的救済を求めることはできないが、九条四項にしたがって、制度の当否じたいを考えるべきことは当然だろう。
同判決を同九条四項に適用すれば、わが国においても、「無期限または長期間精神医療施設に強制的に拘禁されている精神異常の者は、原則として、また、司法的性質を有する一定間隔での自動的審査がなされない場合は必ず、拘禁が民事または刑事裁判所あるいはその他の機関によって命ぜられたか否かにかかわらず、合理的間隔で、その拘禁の―条約のいう意味での―『合法性』を、裁判所において争いうる手続を採る権利を有する。」のである。
わが国の精神衛生法は、「裁判所」(憲法七六条二項の問題を含むので後に検討する)にあたる独立の審査機関を設けておらず、その審査手続を定めていない。条約は法律に優先するから、精神衛生法により強制入院させられ、「抑留によって自由を奪われた」わが国の患者は同規約に基づく権利を奪われ、違法に拘禁されているといわざるを得ない。かかる条約違反の違法拘禁を解消するため、かかる機関・手続の立法を含む精神障害者人権擁護体制の確立をはかることこそが急務である。
このような主張に対してはいくつかの反論が予想されるので、以下検討する。
第一に、同条四項は刑事手続にしか適用がないのではないかという問題がある。
右にみたようにヨーロッパ人権裁判所は、同一内容の条項が精神衛生法による強制入院に適用されることを当然の前提としている。
また、わが国でも、国際人権(B)規約九条は、「三項をのぞいて刑事手続における身体の拘禁のみならず、刑事手続以外の、行政手続などによる身体の拘禁についても適用があることに留意すべきである。」との指摘もある。
第二に、現行法上の手続により、人権は十分に擁護されているのではないかとの主張もあろう。
たとえば、日本政府は、国連に対する報告書中で、以下のとおり主張している。
「不当に身体の拘束を受けている者の救済については」1)侵害行為が行政庁による場合(@)行政不服審査法上の審査請求又は異議申立て、(A)行政事件訴訟法上の訴訟、(B)行政不服審査法第三四条上の執行停止、(C)行政事件訴訟法第二五条上の執行停止、2)侵害行為が私人による場合(@)差止め請求訴訟(民法、民事訴訟法)、(A)上記(@)についての差止めの仮処分(民法、民事訴訟法)」のほかに、人身保護法上の請求(第二条、第一六条等)及び仮釈放(第一〇条)によっても行うことができる。」
わが国の精神障害者の強制拘禁には、精神衛生法二九条の措置入院(知事による強制入院)、三三条の同意入院・三四条の仮入院(いずれも、親族の同意のみに基づき、本人の意思によらぬ強制入院)の三種がある。措置入院、同意入院は無期限の強制入院である。
措置入院と国公立病院による同意入院・仮入院は、前記1)(@)、(B)の行政不服審査法上の救済と同1)(A)、(C)の行政事件訴訟法上の救済が妥当する領域と一応は考えられる。しかし、前者は、行政による手続であって、独立性がなく、国際人権(B)規約の要求する「裁判所」による手続ではなく、後者は、救済裁判例は知られておらず、実効性がない。私立病院による同意入院については、同2)(@)、(A)の民法、民事訴訟法による救済があげられていることとなるが、これについても救済裁判例がないことからわかるように、実効性がない。ちなみに、国内的「救済手段の適用が不用に遅延する場合」や「救済が申立の目的に対して不十分である場合」など実効性がない場合は、人権委員会は、申立の許容性を認めるものとされている。
人身保護法による救済は、精神衛生法施行以来、強制入院からの解放の手段として最も期待されており、「現状では、人身保護法による釈放申立が、裁判所に対するほとんど唯一の直接的救済申立手続である。」が、同法による「『患者』救済は現実にはほとんど効果を発揮していない。」
その原因の第一は、人身保護規則四条の規定にあると思われる。そこで、この点については、本判決以前すでに、伊藤和夫により、「人身保護規則四条が、拘束に関する裁判もしくは処分が、法令の定める方式もしくは手続にいちじるしく違反していることが顕著である場合にかぎり、人身保護請求ができる旨定めて、人身保護請求ができる場合を制限しているのは本項(国際人権(B)規約九条四項)に違反しているといわざるを得ない。」と指摘されている。
第二の原因は、最高裁判所判例にあろう。
最高裁判所は、「被拘束者が精神衛生法三三条に基づき、精神病院に収容されている場合においては、その入院について適法に選任された保護義務者の同意がない場合、あるいは、被拘束者が精神障害者でありその医療および保護のため入院の必要があるとの診断に一見明白な誤りがある場合にかぎって、この救済が与えられるべきものと解すべきであり、ことに、後者の診断の当否に関しては、これが医学的判断に関する事柄であることを考えるならば、担当医師がその資格を有しないとか、あるいは第三者と通謀して、他の目的のために被拘束者を拘束しようとした等、右診断に基づいて被拘束者を拘束することが許されないような場合に、はじめて、拘束の違法性が顕著であるというべきものと解するのが相当である。」と人身保護法による精神障害者の救済を著しく制限した。
ことに、強制入院の当否、継続の必要性の当否等本案に立入った判断がなされる可能性が全くない点が問題である。医師資格のある者が、医療・保護のために必要であると判断していれば、人身保護法による解放はまず絶望的であろう。この基準は前記英国の制度に比較しても、救済の巾が狭いと思われ、ヨーロッパ人権裁判所が認める緊急処置の場合であっても、国際人権規約九条四項の権利を保障する手続であり得るか疑わしい。ましてや、長期に継続する精神障害者の強制入院について、日本の人身保護制度が同条四項に適合しないおそれは十分にある。
第三に、その他の制度により、精神障害者の同九条四項の権利が擁護されているか否かが問題となろう。
措置入院についての知事の調査権(精神衛生法二九条の五)、同意入院・仮入院についての知事の調査(同法三七条)はいずれも「空文化」している。ことに調査機関は行政庁であり独立の「裁判所」ではない。
わが国には、英国の精神衛生審査会のような人権擁護機関はなく、精神障害者の自由を回復する制度としては数段劣っているといえよう。英国の制度でさえ違法とされたのであるから、日本の精神衛生法制は一そう強く国際人権(B)規約九条四項に違反するといわざるを得ない。
(三)国際人権(B)規約が保障する権利
(B)規約九条四項が「無期限又は長期間精神医療施設に強制的に拘禁されている精神障害の者」に対して保障している権利は、「裁判所」において、「自動的」に「一定間隔で」又は「合理的間隔で」、「拘禁の合法性」を「争いうる手続」を採る権利である。
「無期限又は長期間精神医療施設に強制的に拘禁されている精神障害者」とは、わが国では措置入院、同意入院による強制入院患者である。
「自動的に一定間隔で」又は「合理的間隔で」とは、精神障害による「拘禁を当初正当化した理由は消滅する可能性がある」ことから導かれたものである。したがって、精神医学的観点から定められるものであるが、人権擁護の立場からも要求されているものでもあるので、数ヶ月単位を超えることは妥当ではなかろう。英国では患者の八〇%は三ヶ月以内に退院しているのだから三ヶ月程度が適当であろう。勿論三週間の仮入院の場合も含め、拘禁直後にも迅速な審査が保障されねばならないであろう。
「裁判所」において「争いうる手続」を採る権利に関しては、わが国固有の制約を考慮しなければならない。
「裁判所」とは、ヨーロッパ人権裁判所の判断によれば、必ずしも「古典的種類の司法裁判所を意味すると解する必要はない」が、「共通の基本的特色、そのうちの最大のものは、行政および事件当事者からの独立性であるが、そのような特色だけでなく」「問題となっている自由剥奪の種類に適した」「司法的手続の保障」「をも有するような機関」でなければならない。
したがって、行政庁やその諮問機関は独立性がないので、「裁判所」にあたらぬことは明らかである。また、「手続」は条文の文言から明確であるとおり、釈放「決定」権限を含むものでなければならないので、諮問機関はこの点からも除外される。もっとも、裁判所が最終決定権限をもっていれば、諮問機関をこれと組み合わせることはできると思われる。
この意味で、家庭裁判所に英国の精神衛生審査会のような機関を諮問機関として付設するなどは可能な構想であろう。さらに、司法的手続の保障を要するので、審査手続は、精神障害者の権利を手続的に保障するに十分な適正手続たる必要がある。
日本弁護士連合会が検討中の「第三者的審査機関」は、「患者の基本的人権を最大限に尊重しつつ、本人自身のための医療であると同時に時としておこる不幸な出来事を防止する結果となる医療を真に実現する」ために設置するとされているが、知事の諮問機関であり、また、釈放の勧告権限しかもたない点で(現行精神医療の応急的改善策としてはともかく)、(B)規約によって要求されている「裁判所」たり得るか今後検討を要すると思われる。
わが国固有の問題としては、憲法七六条二項を考慮しなくてはならない。同項は、「特別裁判所は、これを設置することができない。」と定めている。(B)規約九条四項が「裁判所」と明文で定めている以上、日本法上の裁判所を審査機関とする以外に方途がないのではなかろうか。この点では、国際法上の許容範囲より、憲法上国内法の制約の方が狭いのである。それに対して英国のように司法制度の歴史が古く、種々の異る裁判所が裁判官管轄を分け持っている国にあっては、精神衛生審査会のごときも「裁判所」たり得る可能性があるのであろう。
「抑留が合法的であるかどうかについて」
審査を受ける権利が保障されている。この場合審査の範囲は、法律の要件に形式的に適合しているか否かを審査するに止まらず、「患者の障害が依然として持続しているかどうか、及び公衆の保護のために強制的拘禁の継続が必要である」か否かなど強制入院を正当化する根拠にまで立入って、判断を求めることができる。本件判決が、ヨーロッパ人権条約五条一項について判断したところを、これと同一内容の国際人権(B)規約九条一項の解釈に適用するなら、同条項が要求する精神障害者の合法的抑留の三最低要件「真正の精神障害が、客観的医学的専門意見に基づき正当な権限を有する当局に確証されねばならないこと」、「その精神障害は、強制的拘禁を正当とするような種類又は程度でなければならないこと」、「継続的拘禁の妥当性はかかる障害の持続性に依ること」である。したがって、この範囲について、立入った審査を要求できるであろう。
この点に関連するので付言すると、同意入院では、強制入院を決定する病院管理者以外の医師が精神障害についての判定をせず、「客観的医学的専門委員会」を欠くこと、自傷他害の要件なしで強制入院させ、「強制拘禁を正当とするような種類又は程度」の要件の妥当性を欠くと思われることから、(B)規約九条一項違反であると思われる。
「精神障害者保護のための指針(案)」一三条によれば、強制入院を強いるためには、第一に、治療又は看護を要する重度の精神障害にかかっていること、第二に、精神障害の故に生ずる行動によって表わされる自己自身又は他人に対する重大な危害、もしくは、それが著しく損われているために、自己自身をその危害から護ることができない精神能力によって表わされる自己自身に対する重大な危害のいずれかの実質的危険に到る場合であること、第三に、患者が入院に同意できないか、しようとしないこと、の三要件のすべてが満たされることを要求する。日本の措置入院の要件もこの要件に比較して改正の必要があると思われるが、同意入院は、前記第一の要件のみで、第二の要件は必要ないことになっており、この国際的基準に照らしても廃止をまぬがれない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
刑事被拘禁者五万名に対し、精神衛生法による被拘禁者は三〇万名近くにも達する。犯罪者には、刑事裁判手続が保証されているにもかかわらず、拘禁された精神障害者には解放を求めて訴える機関も手続もない。あまりにも不平等ではないか。早急なる根本的改革が急務であると考えるのはわれわれのみではないと考える。以上保安処分問題に重大な関連があると思われるにもかかわらず、ほとんど気ずかれていない論点としてヨーロッパ人権裁判所の判決、ひいては国際人権規約の提起する問題のあることに注意を喚起してきた。
保安処分問題の「死角」にあえて光をあて、この面の議論を深めるよすがとなれば幸いである。
本判決の存在を知らせてくれたのは、英国MIND(精神衛生国民協会)法務部長であり、本件事件の申立人代理人として活躍したゴスティン弁護士である。関係資料を再三送付頂いた欧州理事会人権局長ディンスデール氏の協力も貴重であった。国内でも、ヨーロッパ人権条約と国際人権規約、憲法との関係について重要な示唆を頂いた泉博弁護士、永野貫太郎弁護士外多くの弁護士、法学者の方々に御教示を頂いた。
御協力頂いたすべての方々に、深く感謝申し上げる次第です。
第二東京弁護士会 人権擁護委員会 精神医療と人権部会
委員戸塚悦郎、同光石忠敬、同喜多村洋一(なお、本論文の主要部分については、ジュリストの本年一二月一日号に掲載される予定であるので、参照頂ければ幸いである。)
(1)European Court of Human Rights,CASE of Xv.THE UNITED KINGDOM Judgement,5November1981
申立人の氏名は、希望により、公表にあたって、“X”とされた。
(2)戸塚悦郎 論壇 朝日新聞 一九八二年三月五日
(3)戸塚悦郎 「諸外国の保安処分施設等見聞記2イギリス」判例タイムズ四五五号 五五頁
(4)芹田健太郎編 国際人権条約 資料集(第二版)有信堂 四八頁
(5)Council of Europe,The Protection of Human Rights,1981
(6)Council of Europe,Human Rights Filesのシリーズ
(7)Council of Europe,The Protection of Human Rights,1981
(8)Ibid.
(9)Ibid.
(10)Ibid.
(11)Larry Gostin,Personal communication(MIND’s Legal Department)1981
(12)Council of Europe,Human Rights Files No4,1981
(13)P.Knightley,H.Evans,E.Potter&M.Wallace,Suffer the Children the Story of Thalidomide,The Viking Press New York,1979,p.224?
(14)裁判所は、一定の重罪を除く犯罪について、有罪と認定する場合、犯人が、精神疾患、精神病質、精神薄弱(重度を含む)であり、医療のため病院に拘束することを担当とする性質・程度であると確信し、かつ受入病院の準備がととのっているときに病院命令を発することができる(一九五九年法六〇条一項、三項)。この場合、二名の精神鑑定医の鑑定を必要とし、入院病院は命令で特定されるが、後述の特別病院には限られていない(六〇条一項)。
病院命令を受けた者は、大略一般の治療入院者と同様の取扱いを受ける(六二条)。入院期間は、一年間で、その後一年間、さらに二年間、その後二年毎に更新ができる(六三条、四三条)。退院は責任医官又は病院管理責任者の判断で決定される(六三条、四七条)。治療入院の場合とは異り、最近親者は、退院の決定ができない(六三条三項(a))。
(15)特別病院
  特別病院とは、一九五九年法九七条によって、「危険かつ暴力的または犯罪傾向のための特殊保安の条件で治療を要する」と判断され、同法によって拘束される者を対象として設置された病院で、ブロードモア、ランプトン等四病院がある。
(16)退院制限命令付病院命令
病院命令が発せられる場合、裁判所は、「犯罪の性質、犯人の経歴、および釈放後の再犯の危険性を考慮し、公衆の保護のために必要と認められる」場合に無期限または当該命令に特定した期間、本条の特別の制限に服させることを命令できる(一九五九年法六五条一項)。これは少くとも一人の鑑定医の証言によることを要する(六五条二項)。
退院制限命令をうけると、内務大臣の同意なくしては、一切退院ができなくなる(六五条三項(a)、(c))。精神衛生審査会への釈放の為の審査請求をする権利もなくなる(六五条三項(b))ので、一生精神病院で過さなければならない者も出てくるわけで、きわめて重大な問題を含んでいる。
退院制限命令が付される場合には、現実の運用では原則として無期限であり、一九七八年では、全退院制限命令のうちわずか三%のみが期間を特定されたに過ぎない。
(17)条件付退院
退院制限命令の有効期間中、いかなる時においても、内務大臣は、必要と認めるならば、令状により、完全に、ないしは条件付で、患者を病院から退院させることができる(六六条二項)。しかし、内務大臣は、条件付で退院させられた患者の退院制限命令の有効期間中のいかなる時においても、令状に明示された病院に患者を連れ戻すことができる(六六条三項)。
患者の離院許可(三九条)を与えるにも内務大臣の同意を要する(六五条三項(c))。
このように、治安を担当する内務大臣が離院・退院について最終決定権を与えられているところから、これが「保安処分」とされるのである。
一九七八年でみると、退院制限命令を受けた患者の釈放は、九四%が条件付であって、完全な釈放は例外的であった。
(18)人身保護制度についての、本判決の認定は次のとおりである。
拘束を受けている者は、片面的に、すなわち一方的に、高等法院王座部の地方裁判所に、その時点でこの裁判所が編成されていない場合には、(高等法院の)単独裁判官に、あるいはこれもいない場合には、いずれの裁判官に対しても、人身保護令状を請求することができる。人身保護は、法令及び裁判所自身によって発展させられてきたコモン・ロー上の救済手段であり、これにより、拘束の適法性を争いうる。この申立に対しては、他の職務よりも優先権が与えられる。事件は、宣誓供述書については、実務上、反対尋問は行なわれない。通常の申立手続は、弁護士によってなされ、申立人自身の申立を聞くのは例外的場合のみである。裁判官または地方裁判所は、違法性が明白である場合には、直ちに令状を発布しうるが、通常は、被拘禁者を収容している者に、この申立を告知し、裁判所に出頭して拘束を正当化する機会を与えるのが普通である。この審理のときに、地方裁判所は、拘束の適法性に満足しなければ、令状を発布し、これにより、拘束されていた者は釈放される。
この点では、一九五九年法の下で拘束されている患者は、裁判所の提訴について制限を受けない。政府によれば、そのような患者は、申立が認められなかった場合に、新規の証拠なしに同一理由に基づく新たな申立をなしても、認められないということを除き、いつでも人身保護令状の申立をなしうる。
人身保護令状手続において裁判所が果たしうる審査の範囲は、広範でありうる。一八一六年人身保護法三条、四条の下では、申立人が、「刑事または刑事被擬事件あるいは負債のためまたは民事訴訟手続」で拘束されている場合を除き、人身保護令状に対する回答書の中で述べられた事実の真偽を調査しうる。
しかし、人身保護の救済手段の現実の運営は、決して一様ではなく、判例法は、相互の矛盾という外観を免れない。判例法の矛盾する外観を部分的に説明する要素は、政府も指摘するように、裁判所が行なう審査の範囲が、令状申立の状況によって異なるということである。特に、法令が行政庁に付与した裁量権限の行使によるとされる命令によって、対象者の自由が束縛されている場合には、審査の範囲は、関連法令の語句に支配さりることが多い。
人身保護手続における、行政庁の拘束命令の検討においては、裁判所は、申立人が関連法令の要件に合致して適法に拘束されているかどうかを、常に、調査する。更に、表面上は適法である拘束命令も、拘束官庁が、悪意で、恣意的にあるいは不法の目的で当該権限を不当に行使するなどした場合(R.v.Govenor of Brixton Prison,ex Parte Sarno[1916]2King`s Bench 742oyobiR.v.Brixton(Governor),ex parte Soblen[1962]3All England Law Reports641参照)拘束の決定が十分な証拠に基づかないものである場合、あるいは当該状況の下では、合理的な人間ならその結論に到達しえないものである場合(Shahid Iqbal [1978]3weeKly Law Reports884及びZamir v.Secretary of States[1980]2 All England Law Reports768参照)には、破棄されうる。上記を別として、裁判所は、行政庁のとった判断の根拠ないし理由を、当該法令の下でその判断が当該行政庁の専決事項である限りにおいて、審査しえない。
令状に対する回答書が拘束の有効性について一応の論拠を示している場合には、実際には、申立人が、当該拘束が違法であることを立証しなければならなくなる。
(19)精神衛生審査会への照会
イギリスの「精神衛生審査会」(一九五九年法三条)は、強制入院させられた患者の人権擁護機関であって、それ以外に医師の退院決定をチェックし、抑制するなどの機能は果していない。
その主要な権限は、一九五九年法により、拘束されるべき患者により、またはその患者に関し、精神衛生審査会への審査要求が出されたとき、審査会が一定の要件を認定した場合、患者の退院につき決定することである。「病院命令」を受けた患者についても、「退院制限命令」が付されていなければ、「治療入院」と同様審査請求ができるが、期間、請求権者に差異がある(六三条三、四項)。
内務大臣は、審査会に対して、一九五九年法第四章により拘束されるべき患者の事件等について、審査会に対して「照会することができる」(五七条)。この照会に対する審査会の回答には拘束力はなく、単なる勧告に止る。「退院制限命令」付の「病院命令」を受けた場合は、審査請求ができないが(六五条三項)、そのかわりに、「患者」は内務大臣に照会請求をすることができ、内務大臣は審査会に対し照会を義務づけられる(六六条六、七項)。しかし、審査会の決定に拘束力がないため、内務大臣は、退院勧告のなされたケースの四五%について、退院を拒否し(一九七七年)、重大な人権問題となっている。
(20)European Court of Human Rights,The De Wilde,Ooms and Ve-rsyp Judgement,18 June 1971
(21)European Court of Human Rights,Winterwerp Case Judgement,24 October 1979
(22)一九八一年一一月六日付タイムス、ガーデァアン、テレグラフ各紙参照
(23)Mental Health(Amendment)Bill[H.L.],H.M.S.O.,Ordered to be printed 10th November 1981
(24)Mental Health(Amendment)Bill [H.L.],H.M.S.O.,Ordered by The Hause of Commous to be printed,9March 1982
(25)伊藤和夫「身体の自由、九条」国際人権規約 法学セミナー 一九七六年五月臨時増刊 一四七頁
(26)国連局企画調整課「市民的及び政治的権利に関する国際規約第四〇条に基づく報告(仮訳)」昭和五五年一〇月二七日
(27)北村泰三「(B)規約の実施措置」国際人権規約 法学セミナー 一九七六年五月臨時増刊 二二九頁
(28)長沢正範「精神病院拘禁と人身保護法」精神医療と法 弘文堂 昭和五五年 九二頁
(29)前掲 伊藤和夫
(30)最高裁判所第三小法延 昭和四六年五月二五日判決 判例時報六三五号一〇六頁
(31)第二東京弁護士会 刑法改正対策特別委員会 「日弁連『精神医療の抜本的改善について』(要綱案)および同『精神医療の改善について』(骨子)に対する意見書」昭和五六年一二月
(32)日本弁護士連合会「『精神医療の改善方策』について」意見書 昭和五七年二月二〇日
(33)Association lntertionale de Droit Penal,The Protection of Per-sons Suffering From Mental Disorder,1981 p.10
第二東京弁護士会・刑法改正対策特別委員会意見書(昭和五六年一二月)に英文全文が掲載されている。
MINDの報告(Information Bulletin,MIND,No.2,Nov.1980)によれば、法律、精神医学、ソーシャルワークなどの権威者が、シクラサで国際会議を開き、精神障害者の権利に関する国連の権利宣言(案)を起草したのであるが、MINDのゴスティン弁護士が英国代表として出席し、主導的な役割を果たしている。
会議は、一九八〇年五月、一二月の二回開催され、四一条からなる「精神障害者保護のための指針(案)」(Draft Guidelines for the Protec-tion of Persons Suffering from Mental Disorder)を起草した。二回の会議の間では、「国連少数者の差別防止と保護についての小委員会」の検討を受けている。会議の出席者は国連、WHO代表を始め、各国の権威者であり、「国際司法協会」(The International Association of Penal Code)と「国際司法委員会」(The International Commission of Jurists)が主催したものであるから今後、世界の精神衛生法制の指導的規準となることは疑いない。
指針(案)を紹介すると、第一条で「精神障害者は、その障害の性質如何にかかわらず、可能な最良の看護と治療を受ける権利を有する。彼はいかなる場合も、人道的に、かつ人間固有の尊厳を尊重されつつ、治療される。
彼は、以下に定める場合を除き、一般市民と同一の人権および基本的自由を享有する。」と精神障害者の基本的人権が宣言され、一般原則、入院、治療、不服申立および再審査手続、刑事手続、履行、法律扶助の七ヶ草にその具体的権利の詳細が定められている。

第二 X対連合王国事件判決(全訳)
―一九八一年一一月五日ヨーロッパ人権裁判所―
(翻訳)喜多村洋一
    光石 忠敬
    戸塚 悦郎

X対連合王国事件において、
ヨーロッパ人権裁判所は、人権及び基本的自由保護条約(以下「条約」という)四三条ならびに関連する裁判所規則に基づき、以下の裁判官から成る会議体であり、
裁 判 長 G・ウィアダ
裁 判 官 M・ゼキア
同     D・エヴリジエニス
同     F・マッチャ
同     J・ピンヘイロ ファリンハ
同     B・ウォルシュ
特別裁判官 R・ジェニングズ
また、登録官は、M―A・エイセン、副登録官は、H・ペゾルドであり、一九八一年六月二三、二四日、一〇月二三、二四日、非公開で審理を遂げ、以下の判決を言い渡したが、これは、一九八一年一一月五日に採択された。

手続
1、X対連合王国事件は、ヨーロッパ人権委員会(以下「委員会」という)によって当裁判所に照会された。本件は、本判決でXと表示される連合王国市民によって、一九七四年七月一四日、委員会に付託された、クレートブリテン及び北部アイルランド連合王国に対する申立に端を発する。申立人は、一九七九年に死亡したが、その氏名は、通例と異なり、最近親者による希望を考慮して、公表されていない。
2、委員会の要請は、一九八〇年一〇月一三日に登録されたが、これは、三二条一項及び四七条が規定する三ヶ月の期間内である。この要請は、条約四四条及び四八条ならびに、当裁判所の強制的な管轄を承認する連合王国政府の宣言(四六条)を引用している。この委員会の要請の目的は、本件事実から、被告国の、条約五条一項、二項及び四項の義務違反が明らかであるかどうか、当裁判所の判決を得るにある。
3、任命されるべき七名の裁判官の会議体は、職務上当然の構成員として、イギリス国籍の選任裁判官ヴィンセント・エヴァンズ卿(条約四三条)及び当裁判所G・バラドーレ・パリエ(当裁判所規則二一条三項b号)を含んでいた。一九八〇年一一月六日、当裁判所長は、登録官立会いのもと、籤引により、他の五名すなわち、J・クレモナ、F・ゲルキュクル、E・ガルシア・デ・エンテリア、L・E・ペティチ及びR・マクドナルドを選んだ(条約四三条末尾及び規則二一条四項)。
一一月一八日、ヴィンセント・エヴァんズ卿は、規則二四条二項に従って、事件審理を回避した。一二月一六日、連合王国政府(以下「政府」という)は、ケンブリッジ大学国際法名誉教授、勅撰バリスターのR・Y・ジェニングズを、特別裁判官に指名した(条約四三条及び規則二三条)。続いて、J・クレモナ、F・ゲルキュクル、E・ガルシア・デ・エンテリア、L・E・ペティチ。R・マクドナルドの、事件審理への関与に差し支えが生じた。彼らは、以下の五名の裁判官、すなわちM・ゼニキア、D・エヴリジエニス、F・マッチャ、J・ピンヘイロ ファリンハ及びB・ウォルシュと交替した(規則二二条及び二四条一項)。
4、バラドーレ・パリエが会議体の裁判長の職に就き、遵守すべき手続について、政府代理人及び委員会代表の見解を登録官を通じて確認し、一九八〇年一二月二日、政府代理人は一九八一年三月三日までに上申書を提出しなければならず、委員会代表は、この上申書が登録官を通じて交付された日から二ヶ月以内に、これに対する応答の上申書を提出することができる旨を決定した。
一九八〇年一二月九日のバラドーレ・パリエの死去に伴い、当時の当裁判所副所長G・ウィアダが裁判長になった(規則二一条三項b号及び五項)。一九八一年三月三日、裁判長は、政府代理人に認められていた期限を、四月七日まで延長することに同意した。政府代理人の上申書は、三月二七日、登録官によって受領された。四月二四日、委員会事務局は、登録官に対し、委員会代表が期日に所見を提出する旨を通知した。
5、裁判長は、政府代理人及び委員会代表と登録官を通じて協議した後、一九八一年四月二七日、口頭弁論を六月二二日に開くことを指定した。
6、口頭弁論は、六月二二日、ストラスブールの人権ビルにおいて公開で開かれた。口頭弁論を開く直前、裁判所は、準備期日を開いた。
裁判所への政府側出席者
代理人代行 A・グローバー(海外及び英連邦事務所、法律顧問)
弁護士   S・ブラウン(法廷弁護士)
顧問    A・コール(内務省法律顧問部)
同     A・ハーディング(内務省)
同     D・ピッカップ(大蔵省法務部)
裁判所への委員会側出席者
代表    S・トレクセル
代表補佐(裁判所規則二九条一項二文)T・ナピエ(事務弁護士)
同     L・ゴスティン(精神衛生国民協会、MIND法律部長)
裁判所は、委員会の代理人トレクセル、ナピエ、ゴスティンの弁論及び政府代理人ブラウンの弁論を聞いた。委員会代表により、多数の書類が裁判所に提出された。
7、七月一〇日から一〇月二一日まで、何回かにわたって、登録官は、代表補佐、政府及び委員会事務局から、裁判所の書類提出要請及び釈明に対する回答、ならびにそれらの回答のうちのいくつかに関する論評を受領した。

事実について
8、申立人は、イギリス国民であり、一九三四年に生まれ、一九七九年に死亡した。委員会に申立をした時には、刑事上の精神異常者のための特別保安精神病院であるブロードモア病院に拘禁されていた。
彼の申立は、三年間の条件付退院の後一九七四年四月になされたブロードモア病院への召喚に対するものであった。彼は、その召喚が不当であり、再収容の十分な理由を直ちに告知されておらず、かつ、当局の行為を争う有効な手段がないと主張した。
A、関連国内法規及び慣行
9、イングランド及びウェールズにおいては、精神異常の者の収容、特に、刑事手続におけるこのような患者の強制的拘禁に関する規定は、一九五九年精神衛生法(「一九五九年法」)に含まれている。現在、この法律の関連規定の見直しが行なわれている。
「患者」とは、一四七条一項により、「精神障害にかかっている、またはかかっていると思われる者」と定義されている。四条一項によれば、「精神障害」とは、「精神疾患、精神発達の停止または不完全、精神病質障害その他の精神の障害または能力障害」を意味する。
「責任医官」(本判決の以下の段落においては、このように表示する)とは、八〇条一項により、「患者の治療担当の医師」と定義されている。
10一九五九年法六〇条一項は、刑事裁判所に、適当な場合には、有罪とされた者に対して、処罰ではなく医学的治療により、必要ある場合には刑事上の精神異常者のための特別保安精神病院(一九七三年全国健康サービス再組織法四〇条)において、処遇されるべきことを命じる権限を与えている。したがって、王冠裁判所――一九七一年前においては、巡回裁判所または四季裁判所――において、宣告刑が法定されている犯罪以外の犯罪で有罪とされる場合には、裁判所は、六〇条一項に従い、命令(以下「病院命令」という)により、命令中で特定された病院への収容及びそこでの拘禁を命ずることができる。満足しなければならない条件には、以下のものが含まれる。
(a)裁判所は、二名の医師(少なくともその内一人は、精神障害の診断または治療について特別の経験を有する)の書面または口頭による証拠に基づき、犯人が、精神病、精神病質、精神薄弱または重度の精神薄弱であり、当該精神障害が、医療のために病院での拘禁を相当とするような性質及び程度であると確信しなければならない。
(b)裁判所は、犯罪の性質、犯人の性格及び経歴ならびに同人を処遇するために可能な他の手段を含むすべての状況を斟酌したうえで、当該事件の処理としては病院命令が最適であるとの意見でなければならない。
11、六五条一項の下では、裁判所は、犯罪の性質、犯人の経歴及び釈放後の再犯の危険性を考慮したうえで、公衆の保護のために必要と認められる場合には、追加命令(以下「制限命令」という)により、無期限または当該命令により特定された期間、病院命令が、退院について特別ノ制限に服するべきことを命じることができる。裁判所は、制限命令を発する前に、上記の医師のうち少なくとも一名の証言を聴かなければならない。
12、制限命令が発せられたときには、患者に対する監督責任は、内務大臣が有するが、治療責任はない。
従って、内務大臣は、一九五九年法六六条六項により、制限を受けた患者の退院について、特別の権限を有している。公衆の保護のためにはこれ以上の制限命令が必要ではないと確信する場合には、内務大臣は、患者を特別制限の対象とするのを止めるよう指令することができる(一項)。制限命令が効力を有している間にも、内務大臣は、「適当と考えるのであれば」、無条件に、または条件付で、患者を病院から退院させることができる。無条件で退院させた場合には、制限命令は、失効する(二項)。退院が条件付である場合には、内務大臣は、制限命令の有効期間中は、令状により、患者を病院に召喚することができる(三項)。
13、一九五九年法六六条六項ないし八項によれば、内務大臣は、その時点で制限命令に服している患者について助言を求めるために、いつでも精神衛生審査会に照会することができる。患者自身は、直接この審査会に請求することはできないが、内務大臣に対して、書面でこの旨を要求しうる。病院に拘束されている患者から要求を受けたときは、内務大臣は、要求受理から二月以内に、この期間中に患者を無条件または条件付で退院させない限り、照会しなければならない。この要求は、ある間隔、すなわち当該病院命令の日から一年、その後は一年をおいて、そしてその後は二年に一回しか行なうことはできない。条件付で退院し、その後召喚された患者の場合には、この要求は、再入院の六月後、再入院の一年後に、その後は二年ごとになしうる。
14、精神衛生審査会は、一九五九年法三条により作られ、弁護士一人、精神医(患者を診察して拘束している機関から独立)一人及び適当な資格を有する他の一人から成る。この審査会の機能のひとつは、患者の状態について定期的に内務大臣に助言することにある(前段落参照)。内務大臣は、この助言を参考にするが、これに拘束はされない。それゆえ、医学的意見が不明瞭な場合、他から受けた助言と一致しない場合、公共の利益により必要とされる場合には、この助言を拒絶することができる。
精神衛生審査会規則一九条は、審査会は、内務大臣からの照会案件について、適当と考えられるあらゆる非公式な方法で考慮し、患者と面接することができ、かつ、本人が要求する場合には、面接しなければならないと規定する。実務においては、制限を受けている患者は、拘禁されている他の患者と同じく、弁護士が代理人となるか、家族が付添人となるか、または、その双方である。内務省が審査会に提供する一件書類は、通常、患者本人には開示されず、代理人がいる場合には、この者にその一部が開示されるだけである。特に、家庭環境についての報告書は、代理人には送られず、最新の医療報告書は、責任医官が同意した場合に、送付される。
拘束された患者についての精神衛生審査会の勧告は、内務大臣に対する機密とされている。患者及び代理人は、審査会の勧告に照らして大臣の決定がなされたと告知されるだけである。
15、政府提出の証拠によれば、拘束されている患者の拘禁継続の必要性が内務省によって審査されるには、四つの方法がある。
――患者の責任医官は解放相当との勧告をなしうる。
――患者は、自己の件を精神衛生審査会に照会するよう要求しうる(上記段落 13参照)。
――患者は、自己のケースについて国会議員に手紙を書き、この議員が国務大臣の注意を喚起することがある。
――患者自身が、解放を要求して国務大臣に手紙を書いてもよい。
16、召喚された患者を最初に「拘束する」のは、通常は警察官であるが、ソーシャル・ワーカー、保護監察官、看護官、その他「病院管理者の書面による認可を受けた者」であることもある(一九五九年法四〇条一項及び六六条三項b号参照)。
一九八〇年の終り、警察、保護観察局、特別病院を含む関係省庁に対して発布された大臣通達では、「ヨーロッパ人権委員会からの批判に対処するため」召喚を受けた患者に再収容の理由を告知するための、新しい二段階手続が採用されるとされていた。この手続の第一段階では、患者を拘束する者は、当該患者に対し、平易な言葉で、一九五九年法の規定による内務大臣の権限によって病院に召喚されつつあり、詳しい説明が後に与えられるということを告知しなければならない。召喚についての詳細な説明は、拘束される病院で、医局員から患者に対してなされなければならない。この説明は、患者の入院後できる限りすみやかに、かつ、いかなる場合であれ入院後七二時間以内に、なされなければならない。
責任医官は、解放中に当該患者を監督していた職員及び患者家族のうちで責任を有する者(または患者の法的助言者)に、この理由が通知されるようにしなければならない。
17、拘束を受けている者は、片面的に、すなわち一方的に、高等法院王座部の地方裁判所に、その時点でこの裁判所が編成されていない場合には、(高等法院の)単独裁判官に、あるいはこれもいない場合には、いずれの裁判官に対しても、人身保護令状を請求することができる。人身保護は、法令及び裁判所自身によって発展させられてきたコモン・ロー上の救済手段であり、これにより、拘束の適法性を争いうる。この申立に対しては、他の職務よりも優先権が与えられる。事件は、宣誓供述書を基礎に審理され、この供述書については、実務上、反対尋問は行なわれない。
通常の申立手続は、弁護士によってなされ、申立人自身の申立を聞くのは例外的場合のみである。裁判官または地方裁判所は、違法性が明白である場合には、直ちに令状を発布しうるが、通常は、被拘禁者を収容している者に、この申立を告知し、裁判所に出頭して拘束を正当化する機会を与えるのが普通である。
この審理のときに、地方裁判所は、拘束の合法性に満足しなければ、令状を発布し、これにより、拘束されていた者は釈放される。
この点では、一九五九年法の下で拘束されている患者は、裁判所の提訴について制限を受けない。政府によれば、そのような患者は、申立が認められなかった場合に、新規の証拠なしに同一理由に基づく新たな申立をなしても認められないということを除き、いつでも人身保護令状の申立をなしうる。
18、人身保護令状手続において裁判所が果たしうる審査の範囲は、広範でありうる。
一八一六年人身保護法三条、四条の下では、申立人が、「刑事または刑事被擬事件あるいは負債のためまたは民事訴訟手続」で拘束されている場合を除き、人身保護令状に対する回答書の中で述べられた事実の真偽を調査しうる。
19、しかし、人身保護の救済手段の現実の運営は、決して一様ではなく、判例法は、相互の矛盾という外観を免れない。判例法の矛盾する外観を部分的に説明する要素は、政府も指摘するように、裁判所が行なう審査の範囲が、令状申立の状況によって異なるということである。特に、法令が行政庁に付与した裁量権限の行使によるとされる命令によって、対象者の自由が束縛されている場合には、審査の範囲は、関連法令の語句に支配されることが多い。
人身保護手続における、行政庁の拘束命令の検討においては、裁判所は、申立人が関連法令の要件に合致して合法的に拘束されているかどうかを、常に、調査する。更に、表面上は適法である拘束命令も、拘束官庁が、悪意で、恣意的に、あるいは、不法の目的で当該権限を不当に行使するなどした場合(R.v.Governor of Brixton Prison,ex Parte Sarno[1916]2 King’s Bench 742及びKing’s Bench 742Parte Soblen [1962]3 All England Law Reports 641 参照)、拘束の決定が十分な証拠に基づかないものである場合、あるいは、当該状況の下では、合理的な人間ならその結論に到達しえないものである場合(Shahid Iqbal[1978]3Weekly Law Reports 884 及び Zamir v.Secretary of States [1980]2 All England Law Reports 768 参照)には、破棄されうる。上記を別として、裁判所は、行政庁のとった判断の根拠ないし理由を、当該法令の下でその判断が当該行政庁の専決事項である限りにおいて、審査しえない。
令状に対する回答書が拘束の有効性について一応の論拠を示している場合には、実際には、申立人が、当該拘束が違法であることを立証しなければならなくなる。
B、本件における特別事情
20、申立人は、一九六五年及び一九六六年に、妄想に対する精神医学の治療を受けた。
彼は、偏執症とされた。
一九六八年一〇月二二日に、彼はシェフィールド巡回裁判所に出頭し、重大な身体的損傷を与える目的による傷害の嫌疑に対して、有罪の答弁を行なった。この事件の事実は、申立人が、重いスパナで同僚の口を殴ったというものであった。
有罪判決の後、裁判所は、医学的報告をさせるため、彼を再拘禁した。一九六八年一一月七日まで延期された審理期日において、申立人の精神衛生状態について、二人の医師が口頭で報告した。裁判所は、一九五九年法六〇条により、刑事上の精神異常者のための特別保安精神病院であるブロードモア病院への入院拘束を命令した。裁判所は、六五条により、申立人に無期限の制限命令を下した。
21、ブロードモア病院に拘禁されている間、Xのケースは、しばしば病院当局の審査を受けた。一九七〇年一月には、彼自身の要求により、精神衛生審査会に照会された。審査会の勧告に従い、内務大臣は、解放または他病院への移転を許可しないこととした。
しかし、一九七一年一月、責任医官は、Xの状態が良くなり、条件付の釈放を推薦しうるとの報告を行なうことができた。一九七一年五月、内務大臣は、一九五九年法六六条二項によって、条件付釈放を命じた。遵守すべき条件は、夫婦の家に住み、保護観察官の監督を受け、ブロードモア病院の責任医官が指定する通院患者用精神医療診療所に通院するということであった。
22、この条件付釈放の期間中、申立人は妻と一緒に住んでいた。新たな犯罪は犯さなかった。当初は職がなかったが、後には安定した職についた。指定された保護観察官及びシェフィールドの顧問精神医に定期的に面会し、診療を受けた。彼の精神状態に関する報告書によれば、彼は依然として精神障害にかかっていたが、一九七四年四月に至るまで、保護観察官、観察官が報告をしていたブロードモアの責任医官及びシェフィールドの顧問医師には、彼の自由を制限する理由は見出しえなかった。
23、しかし、一九七四年四月五日(金)、申立人の妻が保護観察官を訪れ、申立人の状態は、長期間に亙り、従前の進捗報告書に述べたとおりではなかったと述べた。それどころか、彼は、幻想を持ち、脅迫を受け、猥褻な言葉を用い、不品行であると彼女を責めたて、大量に酒を飲んでいると、彼女は述べた。もはや耐えられないところまで来ており、その翌日夫を残して出奔しようと思っているが、その夜、彼と共に家に居るのは恐ろしいとも述べた。
保護観察官は、ブロードモアの責任医官に警報を発した。医官は、ストレスを受けた場合の衝動的かつ危険な行動の記録を含めて、Xのそれまでの状態を知っていた。この医師は、条件付釈放時におけるXの精神医学報告書の写しをも持っていた。これにより、この医師は、Xによる実力行使の再発の可能性、特に、彼が妻の出奔の意図を知るに至った場合のことを考えて驚愕した。医師は、妻の訴えを確証させる必要はないと考えたが、それは、訴えがなされ、保護観察官がそれを信頼できるものとみなしたことだけで十分と思ったためである。医師は、これにより、この件を内務大臣に照会し、大臣は、医師の勧告に基づき、一九五九年法六六条三項により、申立人のブロードモア病院への即時召喚を命じた。
24、この日の午後、仕事から帰ってほどなく、Xは警察官によって拘引された。拘禁するにあたって警察官が申立人に対して、正確に何と述べたかについては証拠がない。政府は、この当時この種の事件に適用されていた通常の手続を述べたが、それによれば、拘引される者に対しては、内務大臣によってブロードモアへ召喚されているところであるとのみ告知される。Xは、その晩拘禁され、翌日、ブロードモア病院へ連行された。
25、申立人によれば、病院へ到着した時には、召喚について何らの説明も受けなかったが、再入院の後に行なわれた責任医官との面談の結果から、この召喚については自分の妻からの訴えが関係しているのではないかと、彼は推測した。
政府は、Xがブロードモアに戻るや、直ちに責任医官が、召喚の理由、とりわけ、彼の妻の恐怖や不安を説明したと主張した。しかし、この時Xは極度に憤慨しており、幻想に悩まされていたのであるから、伝えられた説明を十分に理解・認識しえなかったかもしれないと、政府は述べた。
26、土曜日、ブロードモアに連行される前に、Xは、弁護士に対し、人身保護令状の申立を指示した。
次の月曜日、弁護士は、責任医官と電話で話し、この医官は、秘密にする約束で、Xの妻が保護観察官を訪問したこと、申立人の行動について妻が不安を持っていること、妻の安全に対する配慮から医師が召喚を勧告したことについて、概括的に語った。
申立――これは一方的になされた――は、五月二四日地方裁判所になされた。Xの代理人との合意に基づき、この申立は、必要な情報を更に入手しうるように延期された。裁判所は、特に、内務大臣がこのような行動を採った理由について、更に知りたかった。裁判官の一人は、こう述べた。「確かにもっと情報が必要である・・・・・・患者自身からではこれは不可能なことが多い。召喚を要求した源を調査しなければならない」
27、同じ日、申立人の代理人は、内務大臣に手紙を書き、その依頼者の召喚の理由について情報を請求した。一九七四年五月三一日付の手紙で内務省は、以下のとおり返答した。
「一九七四年四月四日、上級保護観察官が、ブロードモアの責任顧問精神医に対し、[Xの]状態は憂慮すべきものがあると報告してきた。
顧問医師から後に出された勧告に照らし、内務省は、公衆の保護及び[X]自身の利益のためには、彼は、更に観察・治療を受けるため、直ちに病院に召喚されなければならないと判断した」
弁護士は、シェフィールドの保護観察官をも尋ねたが、保護観察局では、求められた情報を提供しなかった。
28、一九七四年六月二一日、延期されていた人身保護令状の申立が高等法院王座部の地方裁判所で審理された。裁判所には、一九七四年五月三一日付の内務省の手紙、申立人のかつての同僚三人からの、申立人の行動については何らの異常な点は見られなかったとする手紙・申立人自身・かかりつけの一般開業医・シェフィールドの顧問精神医の宣誓供述書が提出された。最後の二つの宣誓供述書には、Xの弁護士の要請により、条件付釈放期間中についての医学報告書が添付されていた。
顧問精神医は、一九七四年六月一二日の報告の中で、以下のように述べていた。
「時限爆弾の上に座っているのではあるが、彼が現実に他人に危害を加えるであろうとの明白な証拠は何一つないと、私は感じた。しかし、私は、この期間中ずっと、きわめて心配であった・・・・・私の意見では、この人間は、不平を述べたて、疑いやすく、偏執的な観念を持ちやすく、必ずや社会に対する危険となろう・・・・」
彼はまた、一九七一年九月にシェフィールドの保護観察局宛の手紙の中で表明した見解を確認した。この手紙の中で彼は、「殺人または重大な傷害事件を惹き起こしかねない抑圧された状況から、[X]を解放する」必要について述べており、こう付け加えていた。
「彼の処遇における最大の危険は、偏執症者であることを示してきた微候を最小限に評価するとの判断の誤りを犯すことである」
申立人代理人は、その依頼者には、なぜ保護観察官がブロードモアの責任医官に警告を発したのか全くわからなかったと述べ、こう説明した。
「・・・・・調査は行なわれたが、この点に関する情報を得ることはできず、このため申立人または彼の助言者にとっては、内務大臣によって採られた手続に、正当化すべき理由があるかどうか判定することは困難である」
29、審理の終了時において、地裁は申立を棄却した。謄本中の手続記録は、必ずしも明白ではないが、裁判所は、この結論を出すにあたって、一九五九年法六六条三項によって内務大臣に与えられた裁量権、顧問精神医が表明した不安、保護観察官が、他の人間に対する急迫の危険の徴候を見出していたとの事実を考慮したものと思われる。裁判所を構成する裁判官の一人の結語は、以下のようなものであった。
「ブロードモア当局、[顧問精神医]及び内務大臣がこのような見解でない限り、[X]のような者は、きわめて例外的な場合を除いては、病院から退院できない。退院が起こりうる唯一の方法は、注意深い観察を行ない、新しい危険の徴候が見えた場合には、直ちに対応することとして許可制で外に出すことである・・・・・・」
30、ブロードモアへの再入院の後、責任医官は、彼は治療のために更に拘禁されなければならないとの意見であり、医学報告によれば、彼は精神病のままであった。
一九七五年七月、Xは、内務大臣に対して、一九五九年法六六条八項に従い、自己のケースを精神衛生審査会に照会するよう要求した(上記段落 13 参照)。Xは、これ以前の一九七五年二月に要求したと主張しているが、内務省にもブロードモアにもこれを示す記録はない。精神衛生審査会での聴聞は、一九七五年一〇月に開かれた。審査会の勧告は、X及びその弁護士には伝えられなかったものの、この患者は、精神病にかかってはいるが、ある条件の下に置かれることを条件として釈放してよいとの趣旨であった。一九七五年一二月、責任医官が、患者の状態の進展を認めたことにより、内務大臣は、適切な合意ができるのであれば、条件付釈放に原則的に同意した。
Xは、許可を得て、一九七六年二月に離院した。この年の七月、内務大臣は、条件付釈放に同意した。Xは、一九七九年一月一七日に死亡した。

委員会での手続
31、一九七四年七月一四日、申立人は、委員会に申立書を提出した。彼は、三年間の平常な生活の後、事前にいかなる司法当局にも出頭することなく、いかなる医師も精神異常であるとの判定を下すことなく、ブロードモア病院に召喚されたと主張した。更に、人身保護手続では、召喚決定の根拠の十分な調査がなされず、単に、この召喚が一九五九年法の関連規定に準拠したものであったかだけが調べられたにとどまったとも主張した。彼は、条約三条及び五条一、二、四項に依拠した。
一九七六年三月一一日、委員会は、申立人が三条に違反する非人道的または屈辱的な取扱いを主張する限りにおいて、この申立は認められないと宣した。一九七七年五月一四日の決定で、委員会は残りの申立を受理した。
32、一九七九年一月二三日、申立人の訴訟代理人は、委員会に対し、その依頼者の死亡を通知したが、故人の妹が、自分自身及びXの両親を含む家族の他の者を代理して、この事件を進行させるよう望んでいると通知してきていると、付け加えた。この要望及び公衆の利害に関する論点が提示されていることを考慮して、委員会は、一九七九年三月一日にこの申立を継続することを決定した。
現在は、相続人は、「申立人」としての地位を有するものとみなされているが(一九八〇年二月二七日のDeweer判決 Series A no.35,pp.19-20 § 37参照)、便宜のため、この判決においては、Xを「申立人」として表示する。
33、一九八〇年七月一六日付報告書(条約三一条)の中で、委員会は、以下のとおりの意見を表明した。
――一四対二の票決で、Xのブロードモア病院への召喚及びその後の拘禁は、五条一項の権利を侵害するものではなかった。
――全員一致で、Xが、逮捕及びブロードモアへの再入院についての十分な理由を、迅速に告知されなかった点に五条二項の違反が存在した。
――全員一致で、Xは、病院への召喚に引き続く拘禁の適法性について、裁判所による迅速な判断手続を受けられなかったのであるから、五条四項の侵害が存在した。

裁判所への最終申立
34、一九八一年六月二二日の審理において、政府は申入書に記載された主張を提出したが、
それにより、
「(一)五条一項について
確定された事実により、申立人をブロードモア病院に召喚した連合王国政府の行為及びその後の病院での強制拘禁は、自由の剥奪であるが、これは条約五条一項に違反するものではないと決定・宣言し、
(二)五条二項について
(a)(@)条約五条二項は、本件における申立人がブロードモアへ召喚されたような状況においては、再拘禁された者の再収容には、適用がない、
あるいは、
(A)本件の状況においては、申立人は、現実に条約五条二項の要件に従った十分な情報を与えられた、と、決定・宣言し、
あるいは、
(b)患者に対して再収容の理由を告知するという、現在施行されている改訂手続が採用されたことにより、申立書(a)(@)(A)に関する論点を裁判所が論ずる必要はなくなったと判定し、
(三)五条四項について
(@)一九六八年一一月に、裁判所によって、申立人が有罪とされ、ブロードモア病院に拘禁されたことを考慮すれば、条約五条四項によっては、申立人に、病院への召喚に当たって拘禁の合法性に関する裁判所の審査を受ける権利は、発生しないと、決定・宣言し、
(@)の要請が認められないのであれば、
そのときは
(A)人身保護の救済は、病院への召喚の後に拘禁の合法性審査を受けるとの権利を満足するものであると、決定・宣言する」
よう要請した。
35、審理において、委員会からの委員は、
裁判所に対し、
「[裁判所]に提出された問題、すなわち申立人が一九七四年四月五日にブロードモア病院に召喚されたことは、五条一項及び同二項を侵害するものであったか否か、申立人は、条約五条四項に従って、更新された拘禁の適法性について適当な司法判断を受ける権利を有し、かつ、これを受けたか、との問題について判断する」
よう求めた。

法について
T 五条一項違反の主張
36、申立人は、ブロードモア病院への召喚は、五条一項に反する自由の剥奪を生じさせたと主張したが、この条項は、本件に関連する部分は、以下のとおりである。
「何人も、人身の自由及び安全の権利を有する。
何人も、以下の場合で、かつ、法に定める手続によるのでなければ、その自由を剥奪されない。
(a)管轄権を有する裁判所による有罪判決後の合法的拘禁・・・
(e)・・・精神異常の者の・・・合法的拘禁・・・」
37、関連事実については争いがない。一九六八年一一月七日、重大な身体的損傷を与える目的での傷害罪に対する有罪判決の後、シェフィールド巡回裁判所は、Xを、刑事上の精神異常者のための特別保安精神病院であるブロードモア病院へ期間を定めず拘束する命令を発した。一九七一年五月一九日、内務大臣は、彼の条件付釈放を命じた。一九七四年四月五日、彼は、内務大臣の令状により、ブロードモア病院へ召喚された。Xは、一九七六年二月までそこに閉じ込められており、このときに病院外に出る許可を与えられた。彼は、一九七六年七月二八日に、二度目の条件付釈放を得て、一九七九年一月一七日に死亡した(上記段落 20、21、23、30参照)。
A、一項a号及び一項e号の適用があったか
38、委員会において政府は、申立人は、拘束期間中ずっと、一項a号の意味における管轄権を有する裁判所による有罪判決後の合法的拘禁を受けていたと主張した。これとは反対に、委員会は、精神異常の被告人の事件が、刑罰の賦課ではなく、精神病院への拘束によって処理される場合には、一項a号を排除して、一項e号が適用になるとの意見である。
39、裁判所の見解では、言葉のすべての意味において、「管轄権を有する裁判所による」、「有罪」――すなわち、有罪の認定(一九八〇年一一月六日のGuzzardi判決SeriesAno.39,p.37, §100参照)があり、その有罪の後にこれに基づき、この裁判所による「合法的拘禁」があった。従って、a号が適用になる。しかし、裁判所は、Xに刑罰を科したのではなく、治療のための精神病院への収容を正当化するような精神病にかかっていると確信し、彼をブロードモアに収容した。
この結果、「精神異常の者」の拘禁に関連する限りにおいてe号も適用になる。このため、少なくともその当初においては、申立人の自由の剥奪は、両号に該当する。
Xに対する、一九七四年の病院への召喚及びその後の一九七六年までの拘禁については、同様に、e号が、第二段階の自由剥奪に該当する。この事件に特有な事情、特に、Xが条件付で釈放され、再収容されるまで長期にわたって自由を享受していたことにより、a号が依然として適用になるのではないかとの疑問も生じよう。しかし、いずれにせよe号の要件が満たされていたかを調査しなければならないのであり、本件においては、a号の要件遵守の問題は生じないのであるから、裁判所は、この問題について判断する必要はないと考える。
B、五条一項の遵守
40、一九七九年一〇月二四日のウィンターウェルプ判決において、当裁判所は、五条一項e号の意味における「精神異常の者の合法的拘禁」が成立するために満足させられなければならないものとして、三つの最低条件を述べた。すなわち、緊急の場合を除き、精神異常であることが確実に立証されなければならないこと、いいかえれば、真正の精神障害が、客観的な医学的専門意見に基づき、正当な権限を有する当局に、確証されなければならないこと、その精神障害は、強制拘禁を正当とするような種類または程度でなければならないこと、そして、継続的拘禁の妥当性は、かかる障害の持続性に依ることの三つである(Series A,no. 33,p18, §39参照)。
41、申立人代理人は、一九五九年法六六条の下での手続は、ウィンターウェルプ判決で述べられたような最低条件、特に客観的な医学的証拠の必要性を規定しておらず、五条一項e号と両立しえないと主張した。内務大臣に、何らの制約を受けることのない裁量権が付与されていることにより、召喚の決定は、たとえ善意でなされたものであっても、本質的に恣意的であると主張された。
確かに、六六条三項では、広い意味を持つ用語が用いられている。内務大臣は、いつでも、条件付で退院させられている「制限を受けた患者」を病院へ召喚できる。しかし、六六条三項による内務大臣の裁量権限が無制限ではないことは、この法律の他の条項から明らかである。一四七条一項は、「患者」を、「精神障害にかかっている、またはかかっていると思われる者」と、四条一項は、「精神障害」を、「精神疾患、精神発達の停止または不完全、精神病質障害その他の精神の障害または能力障害」と定義している。政府によれば、六六条三項には、内務大臣が、参照しうる医学的証拠によって、召喚予定者がこの法律上の定義に該当すると判断しない限り、召喚の権限は発生しないということが、黙示的に含まれている。
確かに、国内法それ自身は、条約及び条約中に明示的あるいは黙示的に表された一般原則に合致しなければならない(上記ウィンターウェルプ判決を準用P.19,§45)。しかし、忘れてはならないが、六六条三項は、病院からの退院が、公衆の保護のために制限されている患者の、おそらくは何らかの危険が予想されているような状況の下での、召喚に関するものである(一九五九年法六五条一項――上記段落 11 参照)。ウィンターウェルプ判決は、「緊急の場合」は、「問題の人間が、『精神異常』であると確実に示されない限り」自由を剥奪されてはならないとの原則に対する例外をなすと明言した(同上P.18,§39)。また、ウィンターウェルプ判決からは、精神異常を理由とする拘束については、どんな場合においても、事後にではなく事前に、「客観的な医学的専門意見」が必要であるとすることはできない。他に危険を及ぼす可能性のある者の緊急拘禁を認める国内法が規定される場合において、逮捕または拘禁の前に徹底的な医学的検査を要求することが、実際的でないことは明らかである。ことの性質上、そのような緊急拘禁を命ずることを認められた国内当局には、大幅な裁量権限が与えられなければならない。裁判所の見解では、六六条三項の用語は、この文脈の中では、内務大臣に対して恣意的な権限を認めたものではない。また、それは、個々の事件において、ウィンターウェルプ判決で述べられた原則の遵守を排斥するものでもない(一九七八年一月一八日の、Ireland v.the United Kingdom 判決 Series A no. 25,P.91,§240準用)。
上記を考慮すれば、制限を受けている患者の病院への召喚に関する一九五九年法の要件は、条約における「精神異常の者の合法的拘禁」という表現の意味と両立しえないとは思われない。残る問題は、Xに対する六六条三項の現実の適用方法が、五条一項e号を侵害したか否かである。
42、申立人の自由剥奪が、「法律の規定する手続に従って」なされたものであり、その期間、関連国内法規に従っていたという意味においては、この自由剥奪は、「合法」であった(委員会報告の段落 89 参照)。しかし、申立人は、その召喚の時点で存在する客観的な医学的証拠により、精神異常であることが「確実に」示されなかったのであるから、その自由剥奪は恣意的で違法なものであり、従って五条一項の下で容認しえないとの主張がなされた。
43、五条一項の目的及び趣旨は、何人も恣意的に自由を剥奪されてはならないということである。従って、国内法規との適合性とは全く別に、「恣意的な拘禁は、いかなるものであれ、決して『合法』とはみなされえない」(上記ウィンターウェルプ判決PP.16,18§§37,39参照)。「精神異常の者の合法的拘禁」のために必要な三つの最低条件は、上述のとおりである(段落 40)。当裁判所が、与えられた事件において、これら三条件が満たされているかどうかを確認する権限を有することは疑いないが、条約が採った保護制度の論理によって、この権限の範囲には限界が設けられている。各国当局は、提出された証拠を評価するにつきより良い地位にいるから、これについて、ある程度の自由裁量を認められており、当裁判所の職責は、各国当局が採った決定を条約に照らして審査することに限られている(上記ウィンターウェルプ判決PP.18,20§§40,46参照)。
44、申立人には、精神障害の病歴があった。
彼は、同僚に対する暴力的攻撃を含む犯罪による有罪判決の後、ブロードモア病院に初めて収容された。彼の退院には、通院患者用精神医療診療所の監督を受けることなどの条件が付されていた。条件付退院の期間中に彼を治療していた顧問精神医は、彼のことを、「不平を述べたて、疑いやすく、偏執的な観念を持ちやすく、必ずや社会に対する危険となろう」とみていた。一九七一年のシェフィールドの保護観察局宛の手紙の中では、顧問精神医は、「殺人や重大な傷害を惹き起しかねない抑圧された状況から、[X]を解放する」
必要について述べていた。最後に、Xの妻が、保護観察官を訪れ、従前述べてきたところとは異なり、夫は幻想を持ち、脅迫を続けていると述べた。
当局の対応は、これらの背景(上記段落 20、21、23、28で述べられている)の中で評価されなければならない。妻の訴えを受けるや、ブロードモアの責任医官は、条件付退院時における申立人の精神医学報告書の写を持っていたが、実力行使の再発の可能性、特に、彼が妻の出奔の意図を知るに至った場合のことを考えて驚愕した。責任医官は、それゆえ、この件を内務省に照会し、内務大臣は、医師の勧告に基づき、令状を発し、これに従って申立人は同日、事前の医学的診断あるいは妻の主張の確認なしに、病院に召喚された(上記段落 23 参照)。
45、制限を受けている患者の退院及び召喚に関する、一九五九年法の下での全体的制度についても考慮されなければならない。六五条一項の下では、裁判所は、公衆の保護のために必要と認められる場合に限り、犯罪者に対する病院命令が、退院について制限に服するよう命ずることができる(上記段落 11 参照)。内務大臣が、六六条二項に従って、制限命令が有効な間に患者を病院から退院させるときには(上記段落 12 参照)、これによって、公衆保護のための方策を解除しているのである。地裁判事の一人が、一九七四年六月二一日に、Xによる人身保護手続の審理において述べたように、このような患者が社会に復帰できる唯一の方法は、注意深い観察を行ない、新しい危険の徴候が見えた場合には、直ちに対応することとして許可制で外に出すことである(上記 29 末尾参照)。
このような状況においては、公衆保護という利益は、五条一項e号に黙示的に含まれる通常の保障がないところで緊急拘禁を正当化するという限度において、自由という個人の権利に優越する(上記段落 41 中の第3段落参照)。本件の事実関係の下では、申立人の自由が継続されることは、公衆、特に妻に対して危険であると内務大臣が判断したことには、十分な理由がある。
46、これらを考慮すれば、緊急手段としてのXの召喚及びその後の短期間の入院は正当化されるが、その後の、一九七六年二月までの病院への拘禁は、それ自身が上に(段落 40で)述べた最低条件を満足しなければならない。これらの条件は、Xの場合には満たされていた。ブロードモアへの再入院の後にXを検査した責任医官は、治療のため更に拘束しなければならないと考えた。この意見は、一九七五年に彼の状態の好転が見られたときまで維持されていた。このときまで、医療報告書は、彼が精神病のままであることを示していた(上記段落 30 参照)。委員会と同じく(報告書段落 96 参照)、当裁判所も、この医学的判断の客観性及び信頼性を疑うべき根拠を有しない。
47、結論としては、五条一項の侵害はなかった。

U 五条四項違反の主張
48、申立人には、ブロードモアへの再入院の合法性について、「逮捕または抑留によって自由を奪われた者は、その抑留の合法性につき、裁判所により迅速な決定を受け、かつ、その抑留に合法性がない場合にはその釈放が命ぜられるような手続を受ける権利を有する。」との五条四項によって要求されているような司法判断を受ける可能性がなかった旨が、申立人のために主張された。
49、当裁判所の想起するところによれば、犯罪行為に対する有罪判決の後、一九六八年一一月、シェフィールド巡回裁判所が下した二つの命令によって、Xは、裁判所の所管から内務大臣の所管へと移され、無期限に精神病院へ入院させられた。一九七一年五月に退院させた後、内務大臣は、一九七四年四月、彼を病院へ戻す命令を下した。これは、当初の裁判所命令を生んだものとは異なる状況にも基づく、行政的決定であった。更に、一九五九年法六〇条一項及び六五条一項で規定された、このような命令を発するための要件は、時の経過に伴って変化する可能性のある事項、とりわけ医学的事項に依存しているにもかかわらず、本件拘禁を通じてこれらの条件が常に充足されていたことを確認するための定期的司法審査制度は、存在しなかった(上記段落10-11 参照)。
A、一九六八年のシェフィールド巡回裁判所における手続
50、その主要な主張として、政府は、五条四項の要件は、一九六八年のシェフィールド巡回裁判所における手続で満たされていると主張した。この点で、政府は、一九七一年六月一八日の、De Wilde,Ooms and Versyp判決中の以下の文に依拠した。
「五条四項の文章は、一見すると、自由を拘束する従前の判決を、裁判所によって審査してもらう権利を、常に被拘禁者に対して与えるものであるかのようである。・・・[その]決定が・・・行政当局によるものである場合には、五条四項によって、締約国が、被拘禁者に対して、裁判所へ訴え出る権利を与えなければならないことは疑いない。しかし、その決定が、司法的手続を経て、裁判所によって下されたものである場合にも、同じことが適用になると示すものはない。後者の場合には、五条四項が要求する監督は、判決の中に含まれている。このことは、例えば、「管轄権を有する裁判所による有罪」(条約五条一項a号)の後に、拘禁刑が下された場合にあてはまる。」
51、実は、この一節は、「人身の自由を奪う決定」にしか触れていない。拘禁の合法性について新たな論点が生じるかもしれないその後の拘禁期間については、述べていないのである。一九七一年六月一八日の判決は、五条四項との関連では、三人の申立人に対して放浪の廉で下された当初の拘禁命令だけではなく(同上PP.40-43,§§74-80)、申立人の釈放要求の審理における手続についても考慮を加えたのである(同上PP.43-44,§§81-84)。
52、なおそのうえに、政府自身が指摘するとおり、五条四項によって締約国に課せられる責務の内容は、状況により、また自由剥奪の種類によって、必ずしも同一ではない(上記 De Wilde,Ooms and VersyP 判決、PP.41-42,§ 79を準用)。
Xの拘禁は、五条一項a号に該当するのと少なくとも同程度には、同条同項e号にも該当する(上記段落 39 参照)。「精神異常の者の拘禁」は、それ自体特殊な問題を伴う特別の範疇を構成する(上記ウインターウェルプ判決PP.23-24,§§57及び60を準用)。
特に、「この種の拘禁を当初正当化した理由は、消滅する可能性がある」。これにより、ウィンターウェルプ判決が述べているとおり、重要な結果が生じる(P.23,§ 55)。
「裁判所から当初決定が発せられたというだけで、この範疇の拘禁につき、爾後の合法性審査を免れさせるように・・・四項を解釈することは・・・五条の目的及び趣旨に反することになろう。ここでの自由剥奪の性質それ自身により、合法性に関する審査が、合理的な間隔で、受けられなければならないとされるように思われる。」
五条四項により、無期限または長期間精神医療施設に強制的に拘禁されている精神異常の者は、原則として、また、司法的性質を有する一定間隔での自動的審査がなされない場合は必ず、拘禁が民事または刑事裁判所あるいはその他の機関によって命ぜられたか否かにかかわらず、合理的間隔で、その拘禁の――条約のいう意味での(上記段落 57 参照)――「合法性」を、裁判所において争いうる手続を採る権利を有する。
53、締約国は、その責務を果たすに際し、異なった方式を自由に選びうるから、本件の領域において、どのような司法審査制度が最善または最適であるかを調査することは、当裁判所の職権外である。従って、五条四項の、「裁判所」という用語は、必ずしも、その国の標準的司法機関の内に統合された古典的種類の司法裁判所を意味すると解する必要はない。この文言は、五条四項を含む条約中の数ヶ条で用いられているが、これは、「共通の基本的特色、そのうち最大のものは、行政及び事件当事者からの独立であるが、そのような特色だけではなく」、「問題となっている自由剥奪の種類に適した」「司法的手続の保障」――その形態は、各国ごとに異なろう――「をも有するような機関」を意味している(上記 De Wilde,Ooms and Versyp 判決、PP.41-42,§§76及び79参照)。
54、要約すれば、一九七四年四月ブロードモア病院への再入院に引き続く拘禁期間中、Xは、かかる「保障」を伴う手続を採る権利を与えられるべきであった。その段階では、一九六八年シェフィールド巡回裁判所において採られた手続は、もはや五条四項の要件を満足させるものではなかったのである。
B、人身保護手続
55、政府は、選択的主張として、Xの拘禁の合法性は、Xの人身保護令状申請を審理した際、裁判所すなわち王座部の地方裁判所によって、現実に、迅速に判断されたとした。
その主張するところによれば、逮捕または拘禁が国内法の下で合法であるか否かを決定するための手続――たとえば人身保護手続――があれば、五条四項は充足されており、かつ、国内法の問題として、人身の自由剥奪の決定権限が行政当局にある場合には、国内裁判所が、その決定の実体的根拠または理由について審査する権限を与えられなければならないとまで条約は要求していないとされる。
56、Xが提起した人身保護手続は、前記(段落 26、28及び29)のとおりである。
事件は、申立人のものを含む宣誓供述書を基礎として、地方裁判所で審理された。地方裁判所へ提出された医学的証拠(上記段落 28参照)は、Xの代理人によって入手された。
内務大臣自身は、Xの拘禁を正当化するための実質的資料を提出すべき何らの責務もなかった。
しかし、これはすべて、規定された救済の性質からくるものであった。人身保護手続にあっては、拘禁という行政上の決定を検討するに際しての裁判所の職責は、当該拘禁が、関連法規で定められた要件及びコモン・ローの諸原則のうち適用あるものに従っているか否かを調査することである。これらの諸原則によれば、表面上は適法であっても、拘禁の当局者が、悪意で、恣意的に、あるいは、不当な目的のためにその権限を濫用した場合、または、決定が十分な根拠に基づいていない場合、または、当該状況の下では、合理的な人間ならその結論に到達しえない場合などには、その決定は覆される。上記を別として、裁判所は、行政庁のとった判断の根拠または理由を、当該法令の下でその判断が当該行政庁の専決事項である限りにおいて、審査しえない(上記段落 19 参照)。Xの事件がよく例示しているとおり、制定法が行政当局に対して、広狭を問わず裁量権を与えている場合には、人身保護手続において裁判所がなしうる審査は、その裁量の行使が、権限を与えた制定法と適合しているか否かに限られる。
本件においては、Xが条件付で釈放されている患者ではあるが制限命令に服しているということが証明されてしまえば、一九五九年法六六条三項に基づく令状による召喚の要件は満たされてしまう(上記段落 19 参照)。かくして、一見適法な拘禁がなぜ合法でないかという理由をイギリス法の許す範囲内で示すことは、実際的には、Xが行なわなければならない。Xによって提出された証拠は、かかる理由を明らかにしなかったので、地方裁判所は、申立を却下するしかなかった。
57、Xには裁判を受ける権利があり、裁判所は、Xの拘禁がイギリス法の下で「合法」であると判断したが、このことは、五条四項との関連で、「合法性」に関する十分な審査があったかどうかを決定するものとはなりえない。当裁判所が解釈したように(上記ウィンターウェルプ判決PP.17-18,§39及び段落 43 参照)、条約自身が、五条一項e号によって、Xが受けたような自由剥奪の「合法性」を、国内法の遵守以上の一定の要件にかからしめているのである。五条は、全体として読まれなければならず、自由剥奪という同一のことに関して、一項e号と四項との間で「合法性」の意味が異なると考えるべき理由はない。
58、一九五九年法六六条三項の下での決定に関してなしうる審査が限定的であるにもかかわらず、人身保護手続による救済は、時には、この領域での恣意性に対して有効な抑制となりうる。精神異常を理由として人を拘禁する緊急措置に対しては、この救済も五条四項の目的に十分叶うとみなすことができよう。
そのような措置は、完全な医学的検査のような通常の保障はないとしても、短期間のものであれば(上記ウィンターウェルプ判決 P.19,§42参照)、五条一項e号の下では、「合法」でありうる(上記段落 41 参照)。緊急拘禁を命じる権限を与えられた当局は、ことの性質上、広範な裁量を持たなければならず、これにより、裁判所の役割は、必然的に、縮減させられるのである。
他方、当裁判所の意見によれば、本件での人身保護手続におけるような限定された司法審査は、Xが受けたような継続的な拘禁に対するものとしては不十分である。五条四項は、政府が正しく主張するとおり、裁判所に対して、あらゆる場面で、自らの裁量を、政策決定当局のそれに置き換えることを許すような、司法的統制権を与えたものではない。しかしながら、この審査は、精神異常を理由とする拘禁を「合法」なものとするための条約上の必須条件には関連するような広範なものでなければならないのであり、これは、特に、当初はかかる拘禁を正当化し得た理由が消滅する可能性があるためである(上記段落 40、52 参照)。このことは、本件においては、患者の障害が依然として持続しているかどうか及び公衆の保護のために強制的拘禁の継続が必要であると内務大臣がみなしうるかどうかについて審理することを裁判所に許すような、適切な手続が、五条四項によって要求されているということである(上記De Wilde,Ooms and Versyp hanketu,PP.43-44,§§82-83を準用)。
59、従って、一九七四年Xによって採られた人身保護手続は、五条四項で保障された権利を、彼に確保するものではなかった。このことは、後に新たな申立をしたとしても同様であったろう。
C、その他の手続
60、政府は、審査手続とりわけ人身保護手続の妥当性については、拘禁の実質的論拠が論じられうる他の手続に照らして、評価されねばならないと主張した。
ある制度において欠陥があると見える場合にも、他の手続で可能な保護手続によって治癒されることがあるから、当裁判所は、制度全体を包括的に考察する必要性を十分に認める(上記ウィンターウェルプ判決P.25,§62参照)。
61、政府は、拘禁継続の必要性について内務省の審査を受けうる四つの手段、すなわち、患者を釈放すべしとの責任医官からの勧告、国会議員の内務大臣への介在、患者から内務大臣への直接の釈放要請または精神衛生審査会への照会要請について、当裁判所の注意を喚起した。
しかしながら、初めの三つからは、司法的たると行政的たるとを問わず、独立の審査手続が開始されることはない。
第四については、一九五九年法は、制限命令を受けた患者の拘禁に関して、精神衛生審査会による、包括的な事実関係に基づく定期的審査の機会を与えているから、より詳細な検討を要する。もし、必要な独立性と、問題とされている種類の自由剥奪に適切な、十分な手続的保障を有するものであれば、この種の専門機関を、五条四項の意味における「裁判所」から除外すべきいわれはない(上記段落53及びウィンターウェルプ判決 P.24,§20参照)。にもかかわらず、これらの条件を満たしていると仮定しても、精神衛生審査会は、助言的機能しか持たないのであるから(上記段落 14 参照)、「拘禁の合法性について」決定し、もし拘禁が合法でなければ釈放を命ずべき権限を欠いているのである。
従って、各種の保護手続の価値については疑いもなく、またこれを過小評価するわけでもないが、政府が言及したその他の手続は、人身保護による救済が五条四項との関連で有する欠陥を治癒するに資するものとは認められない。
62、結論としては、五条四項違反が存在した。

V 五条二項違反の主張
63、申立人は、病院への召喚の理由について、警察によって抑留されたときも、その後、ブロードモアの責任医療職員によっても、十分かつ直ちに説明されなかったと主張した。
五条二項は、「何人も、逮捕されるときは、逮捕の理由及び被疑事実を、直ちに、自らの理解できる言葉で告知されなければならない」と規定しているが、申立人は、本条項違反の犠牲者であると主張した。
64、政府は、裁判所に対し、この件で現在施行されている改訂手続(上記段落 16 参照)を考慮するよう要請し、破棄された手続が五条二項に違反するか否かの問題は、もはや追究する必要がないと結んだ。
政府が依った改訂は、正に五条二項に基づく「ヨーロッパ人権委員会からの批判に対処するため」に、特に導入されたものである。
にもかかわらず、この変更は一九八〇年末日のものであって、将来にわたってのみ有効であり、明らかに、五条二項に基づきXが主張する権利は回復されえず、政府は、五条二項の要件侵犯を否定しつづけている(前記Deweer 判決P.20§37末尾及び一九七八年一一月一八日のLuedicke,Belkacem and Koc判決Series A.no.29, P.15,§36)。従って、「本件について」部分的なものであっても「解決」をいうのは不可能である(裁判所規則四七条二項及び前記Guzzardi判決P.31§85を準用)。
65、政府は、五条二項の「逮捕され」という語について、制限された患者が病院へ召喚される状況を述べるのには適切な語ではない、と主張した。その主張によれば、「逮捕の理由及び被疑事実」という用語は、この条項が刑事上の嫌疑に基づく逮捕に関連するものであることを意味している。委員会は、この解釈を争い、この解釈では、二項の保護を一項c号にいう逮捕に限定してしまうと指摘した。
それぞれの弁論は、Xの状況への二項の適用可能性に関して相違したのみならず、本件の状況において二項が遵守されたかどうかについても対立していた。政府の見解によれば、申立人及びその後申立人の代理人に与えられた理由は、五条二項から発生するいかなる義務をも十分に履行するものである。他方、委員会は、全会一致で、X自身に何が説明されていたとしても、申立人の代理人に対して、公式の詳細な説明を差し控えたことを正当化しうるものは何もなく、内務省からの曖昧な説明(上記段落 27 参照)は、五条四項が保障する権利を効果的に行使するために必要な情報にはなりえないと結論した。
66、当裁判所は、この見解の二重の相違を解決する必要はないと考える。というのは、特に、問題とされている諸点について、本件の事実関係が十分に明らかではないからである(上記段落 24-27 参照)。当裁判所は、まず第一に、申立人が、どんな場合であれ召喚の理由を告知されるべき必要性が、五条四項から生じるという点を指摘する。Xのように(上記段落 54 参照)、拘束の合法性について迅速な決定を受ける手続を採る権利のある者は、自由剥奪の論拠とされた事実及び法律上の根拠を、直ちに、かつ、十分に告知されなければ、その権利を有効に行使することはできない。当裁判所は、また、地方裁判所での第一回期日終決時において、人身保護令状の申請が、何らかの決定を下すためには更に情報が必要であると地方裁判所自身が判断したために、延期された点を指摘する(上記段落 26 末尾参照)。延期された期日である一九七四年六月二一日において、拘束は外見上は適法であったから、内務大臣が法律上の裁量権を行使するに際し違法な行為をしたことを示すべき立証責任は、事実上Xにあった。
しかし、証拠上明らかなとおり、内務大臣だけが知りうるといってよい、召喚の特定の理由に関する情報が欠如しているために、Xの弁護士及びこれにより地方裁判所は、問題を更に掘り下げることができなかった(上記段落 56 参照)。従って、二項に基づく申立は、本件の状況では、当裁判所が四項に関して既に考察した申立の一面に過ぎない。従って、より広い問題の一部であり、これに吸収される特定の問題の論拠について判決する必要はない(前記Deweer判決PP.30-31,§PP.30-31,末尾及び一九八一年一〇月二二日のDudgeon判決SeriesA.no.45,§69を準用)。

W 五〇条の適用
67、Xの代理人は、もし当裁判所が条約違反ありとするのであれば、法の改革と、蒙った損害の補償を獲得するための正当な履行を求めて、五〇条に基づく主張を提出すると述べた。政府の側は、その見解を留保した。
かくしてこの問題は、裁判所規則四七に基づき二回提起されてはいるが、判決には熟していない。当裁判所は、従って、国と申立人の最近親者との間の合意の可能性を考慮に入れつつ、この問題を留保し、将来の手続を決定せざるをえない。
以上の理由により、当裁判所は、
一、条約五条一項違反はない旨、全員一致で判決する。
二、五条四項違反はある旨、全員一致で判決する。
三、五条二項に基づき本件を審理する必要はない旨、六対一で判決する。
四、五〇条の適用についての問題は、判決に熟していない旨、全員一致で判決する。
(a)従って、上記の問題すべてを留保する。
(b)委員会に対し、この判決の送達から二ヶ月以内に、上記の問題について文書による委員会の所見を提出し、特に、政府と申立人の最近親者とが結びうる円満な和解について知らせるよう要請する。
(C)将来の手続を留保し、会議体の裁判長に対し、もし必要であれば、将来の手続を決定する権限を委託する。
本判決は、英語及びフランス語で書かれ、いずれも真正なものである。
一九八一年一一月五日、ストラスブール、人権ビルにて。
                    裁判長 ジェラール・ウィアダ
登録官 マーク・アンドレ・エイセン
条約五一条二項及び裁判所規則五〇条二項に従って、エヴリジエニス判事の反対意見が本判決書に添付される。
エヴリジエニス判事の反対意見(仮訳)
大変遺憾なことに、私は、主文第三点について、合議体の多数意見に賛成できない。自由を剥奪される個人が、五条二項に従い逮捕される理由を直ちに告知されるべき権利は、個人の自由保護の本質であり、その重要性は、法の支配に基づく総ての民主体制において、過大評価されすぎることはない。それは、拘禁される者に、五条四項に従って、法的手続をとるための適切な準備を可能にすることとは独立に、個人と公権力との関係における一種の正当な信頼ないし期待の具体化なのである。いいかえれば、保護されるのは、自律的な権利であって、五条四項によって与えられる権利に従属するものではない。従って、五条二項に基づく申立の実体が審理されるべきである。

第 二 部
イギリスの保安処分施設の実態

第一 イギリスの保安処分についての報告
―特別病院に対する批判の高まりを中心として―
戸塚 悦郎

はじめに――問題の所在
イギリスの悩み
バトラー委員会
ATVテレビのブロードモア批判
ヨークシャーテレビのランプトン批判

はじめに――問題の所在
イギリスには、保安処分の観念はない。しかし、犯罪を犯した精神障害者について特別の取扱いをしているところから、法務省側の論者はこれらを「実質的な保守処分に相当するもの」としている。法務省刑事局古田佑紀検事は、日弁連・法務省間の意見交換会メンバーでもあるが、イギリスの現行制度について次のように報告している。「イギリスにおいては、精神障害者で社会の安全にとって危険性が認められる者については、裁判所が退院制限命令を付し、その退院の可否を治安担当者である内務大臣の判断に委ねることによって社会防衛を行う制度を採用している。」特別病院は「危険な又は犯罪傾向の強い精神障害者の収容に用いられ・・・・最も著名なものはブロードムア精神病院である。」この特別病院を見学し、塀は「目立たないよう配慮されて」おり、「病室は原則として個室であって、」病棟内も、格子が設けられた窓も「軟かい印象で」あった。現行制度の問題点と改革の方向としては、「ブロードムア特別病院から釈放された二人の殺人犯が再び殺人事件を起こし」、この「ヤング事件とアイリフ事件を契機として、同国では、特に危険な精神障害犯罪者には対してどのように対処すべきかという観点から種々の検討が行われ、引き続き精神障害者処遇のあり方について網羅的な見直しが行われている。」「現行制度について、全般的にいえば基本的な欠陥があるという意見はなく」、「おおむね適切に機能していると考えられて」いるというのである。
ところが、イギリスの保安処分制度も保安処分施設も困難に直面しているのである。筆者は、昨年夏と本年春の二度イギリスの事情を見聞してきたので、その要点を報告する。

イギリスの悩み
イギリスの「保安処分」制度と施設における精神障害性犯罪者処遇など強制入院制度は全くうまく行っていない。勿論、イギリスでも退院した精神障害者による殺人などの再犯が重大な社会問題にもなっている。しかし、国立病院である特別病院が期待通りの成果をあげるどころか、緊急に対処しなければならないほどの困難に直面している旨国の委員会が警告し、さらに、重大な人格侵犯事件を起して世論の強い非難にさらされている。「保安処分」法制の中心的制度である退院制限命令も、ヨーロッパ人権裁判所に批判されて、精神衛生法自体も人権擁護強化の方向で大改正せざるを得ない状況である。この分野での先進国イギリスにおいても、きわめて解決のむつかしい問題であり、その悩みは深い。

バトラー委員会
バトラー委員会は、前記の如く、治安優先の世論の中で、一九七二年九月二一日設立された。その使命は、精神障害等にかかっている犯罪者の刑務所、病院、地域での処遇と釈放やアフターケアーについて法改正が必要であるなら、その勧告をすることであったが、特別病院を視察した同委員会は、それらの過剰収容ぶりと人権侵害の状況に「驚愕し、衝撃を受け」て、その改革のため、とり急ぎ、一九七四年四月二〇日仮報告書をまとめ、これは、一九七四年七月議会へ提出された。以下その要旨を述べる。
当時の三特別病院全体の被収容者は二三五〇名で、「特別病院を訪問して、その過剰収容(overcrouding)ぶりに、驚愕し、衝撃を受けたと言っても過言ではない。」「長期間拘禁され勝ちであり、精神障害をこうむっている患者は、・・・明らかに全くプライバシーを持つこともできず、戸棚さえない、」「議会の評価委員会が一九六七/八年にブロードモアを訪問したとき、その状況に『ぞっとさせられた』(appalled)と報告したことに注目している。」
同仮報告書は、当時計画中の七〇ベットをもつ第四の特別病院の建設によっては問題は解決されないとし、「緊急事項として、各地域保健当局管轄地域に、保安病棟」を設置することを勧告した。「この種の病棟は、『中間保安病棟』と呼ばれるが、この呼名は誤解を招きやすいと考える、」「病棟は特別病院ほど保安的にされる必要はない、しかし、収容しようとする人々の安全な収容に適当な程度に保安的でなければならない。必要な保安の程度は、一部は患者に対するスタッフの高度の割合により、一部は、管理制度により、そして一部は建物の設計と物理的性質によって達成されねばならない。」とされている。
また、「その保安病棟は、治療指向的でなければならず、職業訓練の使用と充分なリクリエーション地域がなくてはならない。」「教育施設も又利用可能でなければならない」「病棟設置場所に関しては、我々の考えでは、人口周密地域の中心(centers of population)に、そして、他の医学的施設、裁判所と大学の精神医学部に親しく近づきやすいところに位置させねばならないことが絶対に本質的なのである。また、非常に重要である患者、家族間の接触を容易にするためばかりでなく、すでに述べたとおり、退院後のスーパービジョンと治療および裁判所に対し鑑定を用意する目的のために、病棟は外来施設と結びつけられねばならないということをも又もくろんでいるので、病棟は担当地域社会に近づきやすいものでなければならない。」旨が強調されている。
このように仮報告書は、人口稀簿地域に位置し、地域社会から隔絶・孤立した少数の重警備巨大特別病院を建て、犯罪を犯した精神障害者を長期間隔離するという従来の政策を改め、患者当りのスタッフ数の増加、管理体制・建物の改革により、できる限り保安色を薄め、地域社会の中心地にこれと密着した病棟をたて、地域の開放病棟、外来施設との連係に密にし、犯罪を犯した精神障害者を地域に早期復帰させて行こうと、治療共同体論、コミュニティーセラピーの示す方向に進むべきことを勧告しているのである。
この仮報告書は、学問的成果にささえられたものであり、決して突飛なものではない。
特別病院の悩みを明瞭に指摘した報告としてデルの論文は著名である(保健社会保障省の研究費による)。
以下デルの論文の要点を紹介してみよう。
「一九七六年末に、特別病院には二二〇〇名の患者が入院していた、そして同年中にそのうち八%が転院を承認された。」特別病院を退院するには二種の方法があり、第一は釈放(discharge)、第二は地域精神病院(NHS psychiatric hospitals 開放処遇が原則である)への転院(transfer)があるが、「近年、解放の約三分の二は転院の途によっている。」「近年、特別病院の患者にとって地域精神病院のベッドを得ることが、ますます困難になってきており、厚生省発表の数値によれば、一九七六年中に、転院リストにのっていた特別病院患者の七〇%が、一年以内に地域病院へ転院させられていたのに対し、一九七九年には、わずか四〇%しか転院させられていない。転院待機期間は今や八年間にまで至り得る。」そしてデル論文中の数値(後掲Table 1)によれば、一九七九年に転院待機リストにのった患者は一九七名にのぼる。約二〇〇〇名の特別病院患者の約一割は退院決定があっても出られぬ者なのである。
それ故特別病院から一般病院への転院問題が大問題となるのである。
患者は転院前長期間特別病院に拘禁されている。退院決定上の問題点の第一は、「コンサルタント当りの受持患者数が多い。・・・解放の相当性判断をするために充分なだけ患者を知るのに時間がかかる。そして、経常的な医師の交代は、転院勧告の頻度を確実に下げる。」
第二は、「異る医師は、解放の相当性について非常に異った見方をもつ。実質的に全く転院勧告をしたことのないコンサルタントもあり、又この観点で非常に積極的な医師もいる。」
「患者が、転院を承認されたとき、ブロードモアの患者は平均六年間在院しており、ランプトンとモスサイドでは、平均在院期間は一〇・五年間であった。」しかし、この期間に前記転院待機期間を加えないと真の在院期間は評価できないのである。
当初から危険性がなく、地域病院に入院すべきだった患者でも、特別病院に入院させられることがしばしばある。「しかし、かかる人々が一旦特別病院患者となってしまうと、その後の地域精神病院転院は実質的には不可能になり得る。」
転院が困難になる原因であるが、精薄患者については、地域の施設のベッド数の不足が「危機点」にまで達していることであり、特別病院患者は、「低い優先順位」しか与えられていないことであるという。その次の理由としては、患者の性格(この理由で拒絶される者の大部分は、受入れ側が患者面接をしないで断わられる)、通常は「患者の過去の行動、例えば、犯歴や暴力歴」である。大部分は、看護スタッフの拒絶が原因である。受入れ側が直接面接すれば受入れ率が増大する。
デルは、人権問題として、「特殊保安の条件下での治療を要しない患者を「八年間にものぼる長期間特別病院へ引続き入院させておくことは法にかなっているのか。」と厳しく批判している。
南東テームス地域保安病院設立の責任者で、ブロードモアのコンサルタント医師でもあったマッキース博士らが行った南東テームズ地域衛生部管内の調査によれば、「特別病院入院中の患者一四〇名中四八名は、少なくとも通常閉鎖病棟への身体的拘禁を正当化する脱院問題を起しそうである」が、「いかなる理由により入院させられ、これが継続させられているとしても、多分、脱院の防止は三分の二近くの患者の収容を正当化する主要な要因となり得ない。」という。マッキース博士と面会した際、同博士は、筆者に「通常は、特別病院入院患者の半数は必要なくして入院させられているといわれているが、私の調査によれば、三分の二は条件さえととのえば、退院可能である。」と述べていた。
このように、イギリスの特別病院では、多くの患者が、必要なくして、地域から隔絶した、巨大重警備病院に隔離され、収容は長期化し、退院は困難で、過剰収容が極限に達し、これまでの政策は転換をせまられている。英国の保安処分施設は、世論のみならず、国の委員会を含め、専門家によっても、厳しく批判されていることに注目すべきであろう。

ATVテレビのブロードモア批判
一九八一年六月二四日、ATVテレビが、「私はブロードモアにいた」というタイトルでドキュメンタリー番組を放映した。幸い番組のプロデューサー、コーエン氏に会えた。
同氏は放映当日「ブロードモア」という本も出版している。タイムス紙も同日大きくこれを予告報道した。
ブロードモアは、イギリス人にとって「恐怖」そのものらしい。大変な関心を呼んでいる。コーエン氏によれば、同氏はブロードモアに取材を申し入れたが、当局は拒否。三四名の元患者、一二名の元職員に面接して番組を製作した。その内容は、きわめて厳しい告発である。
要点のみをあげる。多くの患者は、刑務所に送られていた場合に拘禁されたはずの期間より長く拘禁されている。全く治療がなされず、三年八ヶ月に合計九六分しか医師に会えなかった例がある。ブロードモアのナースは刑務官組合に所属している。精神病でないのに誤って入院させられてしまったり、微罪でも入院させられるケースもある。ナースから暴行を受けることもある等々。要するにブロードモアは患者の「ゴミ捨て場」となっているという。
ブロードモアを一日見聞してもこのようなことはわからないが、これ程強い告発がなされているとは知らなかった。
ところが、これはブロードモアのみではなかった。ブロードモア問題がとりあげられたのにはきっかけがあった。一九七九年五月二二日ヨークシャーテレビが、「秘密病院」という番組を放映して、ランプトン特別病院職員の患者に対する人権侵害を告発したことが発端だったのだ。この報道の直後、ブロードモアの四人のナースが保健社会保障省と警察に同様のケースを告発。二人のナースはMINDは調査の後議会等に働きかけ、当局にも通告、ブロードモア問題が明るみに出たのである。

ヨークシャーテレビのランプトン批判
前記ヨークシャーテレビ「秘密病院」によるランプトン批判を直接の契機としてボイントン委員会が設立され、同特別病院の徹底的調査がなされた。その結果、廃院の結論にこそ至らなかったものの、新たな委員会の監督の下に全面的改革を行うべきことが提言され、その勧告は二〇五項目にのぼる。このボイントンレポートは八〇年一一月に公刊されている。
ランプトンの虐待事件は、ブロードモアのそれを上まわる。一時間番組の全編これ虐待で、殴るける、傷害、重大な侮辱による自殺、ぬれタオルによる首じめ(失神するまでやる)、拘束衣、全裸でのサイドルーム拘禁、ありとあらゆる虐待がある。これがイギリスのような精神医療の先進国の、しかも国立病院で発生したとは信じ難いほどである。二〇〇〇件の嫌疑について、長期間の当局による捜査がなされた。
一九八二年三月筆者が再訪英した時点で、この刑事々件の進展状況は、以下のとおりである。関係者証人らが精神障害者であることから、捜査は難行したもようだが、結局、起訴がなされ、四件は無罪になったものの、一件は有罪となり、告訴中である。現在さらに三件の審理が開始されるところで、その他四件の捜査が完了するばかりである。特別病院の本質的問題点を象徴的に示す事件として興味深いが、精神障害者の訴えに真剣に取り組んでいるマスコミ、弁護士、医師、政府当局らの態度が急速に変化していることを知る上でも重要な事例であろう。
特別病院では、通常病院より以上に患者の人権問題は大きい。巨大、地域社会からの隔絶・孤立・重警備(治療より隔離)、スタッフの不足などの条件は、本質的に反治療的、非人間的なのである。これは、看護士らスタッフの善意・熱意を越えたもののようである。
重要なことは、患者による訴えが、マスコミ、捜査当局により無視されず、真剣により上げられ、政府・議会も真正面からこれと取り組み、改革を推進していることである。日本と対比して、やはり先進国であることを思い知らされる事件だ。重大な人権侵犯がかい間見られても、うやむやに終ってしまい勝ちなわが国の関係者が見習うべきことであろう。
日本で「保安処分施設」が新設されれば同様の事件が発生しない保証はないであろう。
なお、第二東京弁護士会は、イギリスの両テレビ関係者の御厚意により、両テレビ番組を教育、研究用として使用する条件で入手することができた。興味のある方には貸与されることになっているので一見をおすすめしたい。これらの番組は患者からの訴えを中心に構成されている。そこで内容の信憑性について疑問を持つ向きもあろう。しかし、いずれも医師・看護士・心理学者等が、番組の中で虐待等の事実を裏付ける証言をしている。また、病院当局もこれらの証言が虚偽であるとは云っていないのである。
わが国では、精神障害者による何件かの事件がセンセーショナルに報道されると、「保安処分」導入論の主張がくり返される。しかし、先進国においても本報告のような悲しむべき人権侵害をひき起している「保安処分」施設を軽々に導入すべきではない。精神医療分野では著しい後進国であるわが国で、医療を専門としない法務省が、万一、このような施設を設置したとすれば、和製「ブロードモア」の秘密の壁の中で何がなされるのだろうか。
セントラルテレビ(かってのATV)は「私はブロードモアにいた」を、ヨークシャーテレビは「秘密病院」を、それぞれ、第二東京弁護士会が全訳し、資料として印刷することを心よく承諾して下さった。弁護士会の人権擁護活動に対し、営利ぬきで御協力頂いたセンラルテレビ、同社のコントローラーであるクリーシー氏、プロデューサーのコーエン氏、ヨークシャーテレビ、同社のカトラー氏、プロデューサーのウイリス氏、および、両社のビデオを入手するに際し、多大の御協力を頂いたJ・シェントン氏、A・ホークス氏、また、両社の番組の翻訳にあたって頂いた兵藤紀久夫氏、安田桃子氏、ビデオ日本語吹き込み等で御協力頂いた山下末則氏、B・ホルコム氏、ブロードモア外の施設見学、資料提供等で、御協力頂いたMINDのゴスティン弁護士、精神医学院のガン教授、S・E・T・R・H・A 地域のマッキース博士、その他多くの関係者の方々に、心より謝意を表します。
人権擁護委員会精神医療と人権部会
部会長 戸 塚 悦 郎

(注)
(1)鈴木義男 「外国の保安処分(二)―英米―」刑事政策講座 第三巻 成文堂 一九七二年 五三頁
(2)古田佑紀 「ヨーロッパ諸国における保安処分制度とその運用の概要(一)」 判例時報 九九七号 三頁
(3)前掲古田
(4)戸塚悦郎 「イギリスにおける精神障害者の処遇」 全友ニュース 昭和五六年一一月一五日
(5)戸塚悦郎 「諸外国の保安処分施設等見聞記2イギリス」 判例タイムズ 四五五号 五五頁
(6)Committee on Mental Abnormal Offenders,Interim Report,20 April 1974,Home office,Department of Health and Social Services バトラー委員会の正式名称は、「精神異常犯罪者に関する委員会」であるが、その委員長バトラー卿の名前をとって「バトラー委員会」と呼ばれている。
(7)Susanne Dell,Transfer of Special Hospital Patients into Na-tional Health Service Hospitals,Abnormal Offenders,Delinque-ncy,and the Criminal Justice System,John Wiley&Sons,1982p325?
この内容は、British Journal of Psychiatry(1980),136,222-34toSpecial Hospitals Research Report No.16(1980)に報告されている。
(8)James.A.C.Mackeith&Eric Godden,A Survey of SETRHA Patients Resident in Special Hospitals,1 May 1981
(9)ATV(Central Independet Television),”I was in Broadmoor”,broadcasted on 24 June 1981
(10)David Cohen,Broadmoor,Psychology News Press,1981
(11)Yorkshire TV,The Secret Hospital,broadcasted on 22 May 1979プロデューサーは John Willisである。
(12)The Rampton Hospital Management Reviw team,Report of the Review of Rampton Hospital,6 Octorber 1980,Department of Health and Social Security,HMSO Cmnd 8073
委員長の名前をとって通称「ボイントンレポート」と呼ばれている。

第二『私はブロードモアにいた』(全訳)
―一九八一年国際障害者年特別番組―
ATV放送

レポーター(D・コーエン)
ブロードモアは精神障害犯罪者収容のため一八六三年に設立されました。当時のビクトリア王朝の人たちはこれを誇りに思っていました。場所は田園地域にあり、患者は、農作業、音楽、クリケット、ダンスなどを十分楽しむことができました。ビクトリア王朝時代は、精神障害犯罪者を罰することを悪とする考え方が一般的で、精神障害のために犯した犯罪は罪にはなりませんでした。ここに収容する事は人道的な治療の手段であり、刑罰の手段ではなかったのです。
百年たった現在、我々の姿勢は百年前のように単純ではありません。テーマが難かしいため、問題がつきつけられない限り、避けて通りたいという気持が強いようです。
この公聴会は、ブロードモアなどの病院の危険性が比較的少ない患者を収容する小規模な保安病院の建設を討論するためのものです。
付近住民(コナリー)(女性)
私はコナリーと申しまして、二児の母です。
病院は私の家の目と鼻の先です。この二ヶ月間に、リハビリテーションのためとかいうことで院外に出る事を許された二人の患者が人を殺すという事件がありました。今度はこのような患者が私たちのすぐ近くに来るのです。
パネラーの方々にお尋ねしたいんですが、あなた方はこんな病院が目と鼻の先にあったら耐えられますか。
付近住民(男性)
患者は退院するまでは脱走する意志をもっていると言われています。患者の誰かが逃げ出して子供を殺すかもしれません。殺さないまでも乱暴するかもしれません。それだけでも恐しい事です。
レポーター
このような心配はもっともな事です。ブロードモアには国家機密法が適用されており、保健省が管轄しています。ブロードモアは刑務所ではなく、危険と思われる患者を対象とした特別病院です。
我々は八ヶ月に渡って病院側と交渉しましたが、院内での撮影とスタッフとのインタビューの許可は得られませんでした。このような秘密主義が、患者全員が危険な狂人であるというようなでっち上げを生み出しているのではないでしょうか。新聞の取材で、ぞっとするような事実が明らかになりました。
ブロードモアにはいく人か非常に凶暴な患者がいる事は事実です。しかし、多くの患者は微罪によって入院させられた人たちです。
一九五九年の精神衛生法により、二人の精神科医が認めれば、全く罪を犯していない患者でも入院させる事ができるようになりました。
今年の一月一日現在、ブロードモアには罪を犯していない患者が百名います。
この癲癇の患者が入院したのは一九七五年です。
元患者(女性)L1
(一九六七?七五年在院、犯罪を犯していない)
発作があった後、気を失い、脚や腕など自分の身体のそこら中を切り刻んでしまいました。気がついた時には、血の海と化した床に座りこんでいました。茫然としていると電話が鳴りました。
回りの人間は始終看護人をつけておく必要があると感じたのでしょうが、看護人に払う金が惜しいらしく、ブロードモアに行くよう私を説得しました。不思議に思われるかもしれませんが、私はブロードモアに行きたかったのです。治療も特別の看護も受けられると思ったからです。しかし、それは思い違いでした。
レポーター
一つだけ教えて下さい。あなたは何か罪を犯したのですか。
元患者(女性)L1
全くありません。小銭さえ盗んだ事はありません。
ブライアン(元患者・男性)M1
(一九七四?七九年在院、家宅侵入)
私は、極度のうつ状態になって一九六九年に一般の病院に入院しました。私は、よく自分の身体を傷つけていました。七四年にもその病院にいましたが、三回ほど失踪してしまい、管理上問題があるという事で、最後に失踪した時に、ブロードモアに入れられました。
レポーター
他人に乱暴を働いたのですか?
ブライアン(元患者・男性)M1
だれにも乱暴を働きませんでした。自分にだけです。
元患者(男性)M2
(一九七三?七七年在院、詐欺)
私は何回か詐欺を働きました。しかし、刑務所にはどうしても行きたくなかったので、精神科医の所に行き、まったくの作り話をしました。そして驚いた事にその医者は私の異常を信じたのです。私が彼のクリニックに行ったのが二時で、二時半にはもう私を精神異常と判断しました。その医者は私が言った事をまったくチェックしようとはしませんでした。
元患者(男性)M3
(一九六二?七八年在院、放火)
私は、一九六二年に、使われなくなったハニーボーン飛行場の真中にあった納屋に放火し、中の物を全焼させてしまいました。当時、私たち家族は、ノース・コツウォルド丘陵の上に住んでいました。私は、グロスター高等法院で七年の禁錮刑を言い渡され、グロスター刑務所からロンドン刑務所に移されました。
そして、数カ月後にブロードモアに移されたのです。
レポーター
負傷者はいたんですか?
元患者(男性)M3
負傷者はいませんでした。誰れもいないことを確かめてやりました。計画的な放火でした。
レポーター
考えられないようないきさつでブロードモアに来た患者もいます。アドリアンはうつ病で、自発的に入院しました。三日後に認定を受け、X線治療のために別の病院に行くように言われました。
アドリアン・バーグナー(AdrianBergner)
(元患者・男性)M4
(一九七三?七七年在院、犯罪を犯していない)
私は納得がいきませんでした。どこの病院に連れて行くのかと私は尋ねました。「ちょっと行くだけさ。」というのがその答えでした。
どこか悪い所があるということはわかっていましたが、一番近い一般病院は町の中にありました。ステーションワゴンで走り続け、田舎に連れていかれました。私にはどこなのかわかりませんでした。車の中に箱があり、私の物と思われるセーターが入っていました。
「私の服を持って来たんですか。」と私は尋ねました。テストのためにちょっと病院に行くだけなら、服などいらないという考えが私にはありました。「いや違う。」と付添人は答えました。「すみません。セーターが出ているのが見えたものですから。」と私は言いました。ブロードモアが脳裏をかすめましたが、その時は、裁判所の命令もないのに連れて行かれるはずはないと考えていました。しかし、やがてブロードモア病院の看板が目に入り、ここでどこに行くかがすべてはっきりしました。がっちりした大柄な男性のナースが迎えに出ていました。私は病院の階段を上がり、バスに入った後、長時間の診断を受けました。
その後、小さな部屋に入れられ、わずかな食物をもらいました。次の朝起きると、即入院となりました。非常なショックでした。
コーム・バーン(CoIm Byrne)(元ナース)
(一九七七?七九年勤務)
患者は入院すると非常に不安な様子を見せます。自殺未遂も、暴力事件も多くありました。そんなわけで、ナース対患者の比率は非常に高くなっています。刑務所から送られて来る患者が大半ですが、送られて来る患者の状態はあまりよくありません。刑務所から来たある患者などは、三〇センチ以上もひげを伸ばし、背中を負傷していました。刑務所の職員は、精神病の人間の面倒を見る義務はないと思っていたんでしょう。
レポーター
コーム・バーンは、ブロードモアでナースをしていましたが、大幅な改善を要求した後、退職しました。彼の同僚のトニー・バン・ルーンも同様です。
トニー・バン・ルーン(Tony Van Roon)(元ナース、男性)
(一九七五?七九年勤務)
私は、ブロードモアは「ごみ捨て場」に使われていると思っています。ブロードモアに入れられた患者の全部が捨てられた患者だというわけではありませんが、ブロードモアが濫用されていたことは確かだと思います。
刑務所も、裁判所も、そして、地域の病院もブロードモアを濫用しすぎています。地域の病院に施設がないという事がその大きな理由だと思います。
レポーター
プロードモアは、最近の精神医療のしわよせを受けています。一般の精神病院にも閉鎖病棟はありますが、大部分は開放的になってきています。しかし、いわゆる難しい患者はこのような病院には向いていません。
一九五九年の精神衛生法により、このような患者をブロードモアに送ることができるようになりました。犯罪を犯した患者の場合とは事情が違います。拘禁刑というのは刑期がはっきり決まっていますが、治療のためにブロードモアに送られた患者の退院時期を決めるのは精神科医しかいません。その結果、拘禁刑の期間より長くブロードモアにいる患者も多くいます。
元患者(男性)M3
看守がある朝私の所に来て、「準備はできたか。」と言いました。「何んの。」と私は聞きました。「ブロードモアに行くんだ。」と看守は答えました。「ブロードモアに行ったら出られないんじゃないんですか。」と私が聞くと、看守は、「そんな風に考えるな。ほんのちょっといるだけさ。」と答えました。
元患者(女性)L2
(一九六七?七九年ブロードモア及びランプトン在院、殺人)
私は一六才の時にブロードモアに入りました。何んの訓練も受けず、退院した時は二九才でした。私が身につけていたのはそれ以前に習ったタイピングの技術だけでした。刑務所に行った方がましだったかもしれません。
いつかは出れると考えたでしょうし、何かを身につけられたかもしれません。
元患者(男性)M3
私は一九六二年一〇月から、一九七八年二月までブロードモアにいました。長い間地獄を経験しました。
ピーター・トンプソン(Peter Thompson)
(元患者・男性)M5
(一九六五?六九年在院)
私は、最低二〇年間ということでブロードモアに送られました。私の妻が私の病気の治療には二〇年かかると言われたのです。しかし実際は私は四年間で退院しました。病院当局は私の退院に反対していたため、私のリハビリテーションの費用を請求できないという皮肉な結果になりました。
レポーター
プロードモアには病院という雰囲気はありません。サラ・フォスター弁護士は、自分が弁護を依頼されている患者の様子を見によく病院に行きました。
サラ・フォスター弁護士(Sarah Forster)
長時間車に乗ります。場所は緑の多い田園地帯にあります。正門から中に入ります。前庭から格子付きの窓が見えます。ドアをあけて入ったら、すぐ鍵をかけます。スタッフは全員制服を着ており、間違っているかもしれませんが、私には監視人に見えます。実際、彼らは看守組合に入っているのです。
コーム・バーン(元ナース)
患者は、「気狂い(Iunatic)」、「犯人(crim)」などと呼ばれています。患者は、スタッフをほとんど決まって「看守(警官)(screw)」と呼んでいます。スタッフの一部でも患者を「くず」と考えれば、どうしても患者との間に何んらかの衝突が起きます。
元患者(男性)M2
一九七四年二月に私がドーシーハウスに行った時、八〇人かそこらが定員と考えられるのに、三つの病棟に一八〇人位の患者が詰め込まれていました。
レポーター
ベッドとベッドの間隔はどの位でしたか。
元患者(男性)M2
私は寮にいましたので、二〇?二五センチ位しかありませんでした。平均でも、三〇?四五センチ位です。
トニー・バン・ルーン(元ナース)
多くの患者がひしめき合って生活しているので、事故もありましたし、ほんのささいな事で喧嘩や口論が絶えませんでした。昨夜いびきがうるさかったというような小さな事が原因です。病院内の緊張は大変なものでした。
元患者(男性)M2
トイレがなく、便器がまるのまま置かれているだけの寮もありました。ふたがなくなってしまい、あけっぱなしの便器もありました。
トイレットペーパーがないような事もあります。薬の関係で夜中に下痢を催した時などは、皆が見ている中でやらねばなりません。
元患者(男性)M6
(一九六七?七九年ブロードモア及びパークレーン在院、重傷害)
ただ生きているだけという感じでした。惰性で食べ、大小便をし、テレビを見たり、本を読んだりしているだけでした。そして、天気が良ければ、刑務所と同じように運動もしましたが、ただ生きているだけでした。
元患者(男性)M5
ひどく退屈で単調な生活でした。読書しようと努力しました。私の所に来た人は何んで本を読まないんだ、まだあと二〇年もあるんだぞと、決まって言いました。
毎日毎日ほとんど同じ事の繰り返しでした。
話す話題もあまりありません。長い飽き飽きするような決まりきった型にはまった生活でした。
元患者(男性)M2
患者の半分は何んの仕事も持っていませんでした。病院には彼らのための仕事はなかったからです。そのような人たちは、一日中ほとんど何もせず、ぶらぶらと病棟をうろついているだけでした。三〇分ばかりの形ばかりの仕事が与えられることもありましたが、ほとんどは薬で目をとろんとさせながら、何もせず、病棟内で寝そべったり、テレビを見たり、眠ったりしていました。
トニー・バン・ルーン(元ナース)
ブロードモアには良い施設もあります。
テーラーショップには腕のいい指導員がいて訓練が受けられますし、金属加工場、ハンドクラフトや大工の仕事場、教育施設もあります。普通の精神病院にあるような作業療法室もあります。もちろん、これらを利用できる患者はほんのわずかですが。
レポーター
病院諮問機関の報告によると、ブロードモアの患者の四五%は病棟外で働いておらず、同機関も、プロードモアはリハビリテーションの効果を信じていないようだと非難しています。保安を重視しているわけです。患者が行儀よくすれば、良い病棟に移ることができるようです。
マッキース博士はプロードモアで四年間コンサルタントを務めた方です。ここでは、病院や保健省のスポークスマンとしてでなく、個人の立場で答えています。
J・マッキース博士(James MacKeith)
(一九七四?七七年勤務、コンサルタント精神科医)
混沌とした過去を持つ人たちにとって、ブロードモアでの生活は気持を落着け、現在と将来を考えるのによい期間かもしれません。
報償を主とした賞罰制度もある程度は患者の行動の改善に役立っていると思います。無害というより、一部の患者には時にははっきりした効果があると思います。
元患者ピーター・トンプソン(男性)M5
ブロードモアの保安体制は、患者の生活を組織だったものにするという意味で治療効果があると思います。現在の保安体制でも、患者が生活を組立てる場合の枠組の役割を果していると思います。しかし、一日に二一?二二回も点呼をとられれば気が滅入る事も事実です。監視される事に慣れるのには多少時間がかかります。もちろん、肉体的監獄というだけでなく、精神的監獄と感じられるようなこともあります。
アドリアン・バーグナー
(元患者・男性)M4
薬を飲みたがらない患者がいると、ナースは、「これを飲んで楽になるか、部屋に入れて注射を打つかどちらかだ。」と言います。
それでも言う事をきかない患者は引張っていかれ、注射を打たれます。その後数日は拘禁されるのが普通です。働きに行きたがらない患者は部屋に閉じ込められます。患者が勝つことはありません。
元患者(男性)M6
面倒をかけない事が大切です。「はい、いいえ」、それだけで十分です。信頼できる「看守」に二、三人友だちを作るのもいいでしょうし、ちょっとたれこみをやるのもいいですよ。
元患者(男性)M3
この全く有害で間違ったシステムを受け入れる心の準備をしておくのが賢いやり方です。
このシステムには一つとして正しい所はありません。それでも受け入れねばならないのです。スタッフや医者にはいく分かは良い子ぶることが必要です。
レポーター
プロードモアを英国の他の精神医療から切離していることを非難する報告が一九六一年以降数多く提出されています。このような完全に閉鎖的な病院では、考えられないような事件が起こりやすいものです。
元患者(女性)L2
私が病棟で働いていた時、寝具がひとつもない部屋に寝間着を着て座っている女性の患者に出会いました。別に彼女に罪はないのですが、やがて彼女はメンスになってしまいました。看護アシスタントが彼女を引張ってバスルームに連れて行き、恐しく冷たい水の入ったバスタブにつけてしまいました。当然、患者は出ようとし、わめき始めました。すると、アシスタント看護婦は次のように言ったのです。「二度と面倒をかけないよう、教えてやってるのさ。」そして、患者を引張り出し、水を拭いもせず、また部屋に投げ入れたのです。
元患者(男性)M6
食事時にデザートスプーンがなくなったことがありました。
レポーター
ナイフじゃなかったんですか。
元患者(男性)M6
ナイフか、フォークか、スプーンかは問題ではありません。その後の処置はみな同じですから。病棟には普通二〇?二五人の患者がいますが、二?三人のナースに一人ずつ部屋に連れて行かれ、衣服を脱がされ、身体を前に折り曲げるよう命令されます。私の場合もそうでした。「何んのために。」と私が訪ねると、「アヌスに隠してるかどうか調べるためだ。」とナースは言い、また、「馬鹿を言わないで下さい。僕を何んだと思ってるんですか。僕はそんな人間じゃない。」と言いましたが駄目でした。まったく屈辱的なことでした。
レポーター
患者は独房に入れられることもありますが、ブロードモアは病院ですので、その処置は治療であり、処罰であってはなりません。昨年MIND(精神衛生国民協会)の提訴を受けてヨーロッパ人権裁判所が強く非難したため現在では、患者の隔離についてはその理由と期間をナースが記録せねばならないことになっています。
元患者(女性)L2
部屋に入ると、便器、ズック地のボロと寝間着が置かれています。病院には独房もあります。そこに入れられる、人の顔を見れるのは食事時だけです。頼めば雑誌などの読む物は入れてくれますが、それ以外は駄目です。
誰れとも連絡はとれません。
アドリアン・バーグナー(元患者・男性)M4
時計をはめていればはずすように命令されます。うっとうしい四つの壁を見つめていると、時間の間隔がなくなります。ベッドの上で寝るか、座るか、立つだけのスペースしかありません。できることと言えば、でたらめな体操位です。私は、床の代わりに壁を使った独特な体操を考案しました。
レポーター
精神的にはどんな影響がありましたか?
アドリアン・バーグナー(元患者・男性)M4
出口に小便をひっかけたいとよく思いました。
コーム・バーン(元ナース)
独房は、患者が攻撃的になった時、攻撃的になる恐れがあると判断した時に使いました。
すなわち、一種の予防的措置なのです。患者が何度も規律に違反した時にも独房を利用しました。ある時、夕食のトレーを食堂まで持って行く役目の患者が夕食時に姿を見せないことがありました。その患者を見つけたスタッフは衿首をつかまえて、独房にほうり込みました。その患者は二日以上独房に入れられていました。
J・マッキース博士
ブロードモアでの自由剥奪は行き過ぎの部分もあります。これは、定員オーバー、スタッフの不足の産物であると同時に、警戒のし過ぎ、保安重視主義に原因があると思います。
患者やスタッフを男女一緒にするなどして、管理運営体制をもう少しゆるめれば、患者側の印象もかなりよくなると思います。
レポーター
ナースは看守組合への所属に固執しています。このことが看守かナースかの混同を助長しています。これが特別病院の変質を進めていると証言しているシニア・ナースもいます。
五年間ブロードモアにいた心理学者ケビン・ハウエルズ氏は、この混同の結果を自分の目で見てきました。
ケビン・ハウエルズ氏(Kevin Howells)
(臨床心理学者)
全体的な感じから申しますと、ナースの行動様式は、はっきり言って、治療の面では逆効果でした。ここで言う行動様式とは、建前ではない本音の部分ということです。表向きは誰れも治療に反対しているなどとは言いません。しかし、行動様式を見る限り、管理運営にあたるスタッフが進歩的な治療法を支持するとは考えられません。これは私の個人的な意見ですがね。
J・マッキース博士
患者の選択の自由を拡大するとか、監視体制を少しゆるめるとかいうような管理面での改善が提案されると、看守組合がいわゆる進歩的措置を姿勢の後退だと非難するのではないかという懸念が必ずありました。看守組合側が不当であることは明らかです。私の考えでは、どうも、看守組合の影響が強すぎるようです。
元患者(男性)M3
あまり物事を考えない方が賢明なようです。
しかし、私は考えてしまいました――「ああぞっとする。こんな所から一生出られず、身動きできないなんて。」
レポーター
保健省は、ブロードモアの治療に対して批判があることをずっと以前から知っていました。治療が重要な問題であることも知っていました。法律では、精神科医が治療できる患者だけを特別病院に収容するべきであると定めています。
J・マッキース博士
私は、最初に一三〇名の患者を受けもちました。これでは、一対一で患者に面接できるのは、二?三ヶ月おきに二?三時間しかなく、満足な診断や治療はできませんでした。もちろん、精神科医として治療の決定をする場合、一対一の面接の結果だけを参考にするわけではありません。ナースや他のスタッフの報告を参考にすることもできます。ブロードモアの患者の中には、入院が長期に渡り、まったく同じ治療を長い間受けている患者も確かにいます。私の考えでは、すべての患者のすべての要求を完全に把握し、患者の要求を親身になって理解しようとすることが大事だと思います。すなわち、コンサルタントとしての責任を十分果たすことが必要です。
レポーター
ブロードモアでは、精神科医とはどんな接触がありましたか。
元患者(男性)M2
ほとんど何もありませんでした。最初の二年半の間、精神科医と会った時間は合わせて四二分ほどでした。ヨーロッパ人権委員会への提訴がある少し前に、五二分間会ってくれました。しかし、三年八ヶ月と二日の間に会ったのは合わせて九四分間です。それでも多い方でした。私の知っている患者の中には、三年間一度も精神科医に会ったことがない人がいました。
J・マッキース博士
病状を十分に再検討することを怠っている場合があるかもしれません。退院や転院が適当かどうか病状を頻繁にチェックすることを怠っているために拘禁が必要以上に長くなるというような場合もあるかもしれません。
ピーター・トンプソン(元患者・男性)M5
スタッフが、治すために私をブロードモアに入れたと言っているので、「なぜ治療してくれないのか」と聞くと、医者や病院側は、決まって、「ここにいる事が治療なんだ。」と答えました。
サラ・フォスター弁護士
私は、ブロードモアにいたことがある何人かの人から依頼を受けたことがあります。その中に、三年の中断期間を除いて、一九四五年から三一年間ブロードモアにいたという人がいました。その間、彼が薬をもらったのは二ヶ月間だけで、精神療法も受けませんでした。電気ショック療法も受けていないと思います。私が医者に精神衛生法に基づき彼に対してどんな治療をしたか尋ねた所、医者は答えを拒否しました。そこで私は裁判所に提訴し、そこで同じ質問をした所、環境治療という答えが返ってきました。環境治療(milieu therapy)とは、私が理解する限りでは、単にブロードモアで暮らすことらしいのです。
元患者(男性)M6
私は予防拘禁されていただけでした。ブロードモアに入れられて三?四年経た頃、どんな治療をしているのか尋ねたところ、環境治療だと言われました。
レポーター
それを聞いてどう思いましたか。
元患者(男性)M6
異常な環境で生活させられていたにもかかわらず、正常に楽し気に振舞うことを期待されていたわけです。
J・マッキース博士
現在は、精神衛生法に基づいて、治療のために病院に拘禁します。治療は広義に解釈されており、精神衛生法は、精神病院での入院、看護等を治療に加えています。しかし、私のようにこれに批判的な人ならば、病院、特に、多くの自由が奪われてしまうような病院での拘禁以前になすべき治療がもっとあると考えるはずです。
レポーター
特別病院に関する公式の報告書は、治療の質や残虐な行為に対する申立てについての問題をほとんど取り上げていません。閉鎖的な病院内で暴力が起きやすいことは確かです。
しかし、政府の報告書はこのことにふれていません。このフィルムを製作してわかったことですが、患者が自分に対し権力を持つ精神科医やスタッフに言うことは、他の人に言うこととは違っています。アドリアンは、いつも飲んでいる薬を取り上げられたことがありました。
アドリアン・バーグナー(元患者・男性)M4
ナースが七時に寮の鍵を開けます。患者は起床し、毛布をたたんでベッドの上に置きます。僕は、気分がいらついていて、ベッドを整頓しませんでした。すると、「整頓してないじゃないか」とナースが怒鳴りました。「どうでもいいじゃないか」と僕は答えました。
別に僕は反抗するつもりはありませんでした。
ただ神経が高ぶっていただけだったのです。
うまいことを言えないほど悪い状態でした。
僕が衣服をつけて階下に下りて行くと一人のナースが追いかけてきました。「威すことはないじゃないか」というような意味のことを静かな声で僕が言うと、ナースは僕の首根っ子を後からつかんで前に押し始めました。こんなことは、僕にとって初めてのことではありませんでした。僕は反射的にふりはらうような動作をしました。ちょっと彼の胸を軽くたたいただけでした。しかし、独房に入れられたのはその時が初めてでした。そこで、処罰ブロックの第六ブロックに移すと聞かされました。
元患者(男性)M6
その午後、もう一人の少年が、ユリナル・ハウスから私の部屋に入ってきました。彼はわめき、もがいていました。看守はいつも患者に毛布をかぶせて連れて行きます。このアドリアンは、廊下を行く間中足をばたつかせていました。私は他の患者とドアから顔を出して見ていたため一部始終知っています。
アドリアン・バーグナー(元患者・男性)M4
私は服を脱ぐように言われました。私は下着以外は全部脱ぎました。「全部だ」と言われて、私は全裸にされました。ナースの一人が「まず治療だ」と言いました。そして、サイズ一〇の三足のブーツが私を蹴り始めました。それがどの位続いたのかわかりません。
そんな状況の下では時間を判断するのは難しいことです。一分か二分だったかもしれません。とにかく、私の身体の大部分は蹴られて黒や青、緑や紫に腫れていました。一ヵ月ほど後に医者に見せた時、右手の数本の指は十分動かすことができませんでした。明らかに蹴られた後遺症でした。
コーム・バーン(元ナース)
日頃スタッフを攻撃するような患者から挑発行為があつた時にサイドルームに隔離して暴行するのが普通です。もっとも、いつもそうとは限りませんが・・・。
元患者(男性)M2
ある分裂症の患者が狂暴になり、チャージ・ナースの鼻を折ってしまったことがありました。その一週間後、八人のナースがこの患者を殴りつけているのを見ました。患者は殴らないよう懇願していました。ナースの内三人はにやにや笑っていました。その時、私がのぞいているのを見た一人のナースは、「こうやられる前にあっちへ行け。」と言ってドアを閉じました。
コーム・バーン(元ナース)
患者がチャージ・ナースに襲いかかり、殴りつけていました。我々は警報ベルを鳴らし、その患者を止めにかかりました。彼をサイドルームに連れ込むと、一〇?一五人のスタッフがついて来ました。患者は九〇センチほどの高さから落とされ、さっき殴られたナースが彼の顔を蹴りつけました。げんこつとブーツの嵐が彼の胃、背中、脚を見舞いました。
レポーター
ジェフ・ピンコットはナース実習生でした。
彼は、同僚と一緒に、ロッカーの鍵を盗んだ患者のところに行きました。
G・ピンコット(Geoff Pincott)
(一九七九年元実習生)
アメリカで逮捕の際にやるように壁に向かって手を上げ、脚を開いて立つようスタッフ・ナースが患者の股間を蹴り上げると、患者は床にうづくまりました。スタッフ・ナースはまた立ち上がるよう命令しました。私はまた同じことをやるとは信じられませんでした。
最初にそうしたことも信じられませんでした。
二度目は膝の裏をちょっと蹴っただけでしたが、それだけで患者は床に崩れ落ちました。
ナースは誇らしげに部屋を出ていきました。
レポーター
リズが空のびんを床に投げ出しました。すると、ナースたちがとんで来ました。
元患者(女性)L1
私は床に倒されました。それでも薬棚を開けている婦長の陰に隠れて抗議しました。私の左足は曲がらず、床に大の字になっていました。ナースたちがその足を押えていたので、非常に恐ろしい思いをしました。
レポーター
彼らがどうしたか手で説明してくれませんか?
元患者(女性)L1
足がこんな風になって、倒れているなんて想像がつきますか。そう、彼らは私の足の靱帯を切って、曲がらないようにしたのです。
レポーター
ブライアンは、あるナースに流し場のドアを閉めるよう言ってしまいました。
ブライアン(元患者・男性)M1
彼はこの部屋に私を入れました。裸にはしませんでした。しばらくすると、ナース実習生を含むナース全員が部屋に入ってきました。
私は、床に敷いたマットレスの上に横たわっていました。すると、チャージ・ナースが、実習生に、「やれ、」と言いました。彼は、私の助骨と下腹部を蹴りました。私は乱暴なたちではないので、抵抗する気はありませんでした。
コーム・バーン(元ナース)
患者を蹴ったり殴ったり、濡れタオルで縛ったり、麻酔せずに電気ショック治療をしたりするのを見た後は後味の悪いものでした。残念ながら、目をそむけたくなるほどの暴行もありました。単に自己防衛のためにそうしていたんだと思います。勤務を終えて家に帰ると、「ここで何をしているんだろう。」と思うこともしばしばでした。おそらく、私は無理をしていたんでしょう。
レポーター
コーム・バーンの申立ては、保健省と警察が調査しましたが、違法行為はないという結論でした。後に、ブロードモアは、麻酔なしで電気ショック療法を行なったことを認めました。コーム・バーンは現在でも自分の申立てが真実であると主張しています。我々は、マッキース博士にフィルムを見せて、感想を求めました。
J・マッキース博士
私は残念に思っています。特別病院で働いたことのある人なら皆そうだと思います。特別病院、精神病院に限らず、多くの一般病院の場合も、このような申立ては本当だと思います。患者のすべてが信用できず、暴行をでっちあげたり、事実を歪めたりしているとは思われません。患者がこの種の事件が起こったと信じており、コメントしたナースもまた相当程度この種の事件が起こっていると信じているという事実は重大です。個々の事件の真偽はともかくとして、そういった傾向があるということが大きな問題です。
コーム・バーン(元ナース)
患者を診察した医者が暴行の証拠である傷跡を発見する場合もあります。ある事件で、鼻を貫通する傷を負った患者がいました。医者も一方では医療官吏であるため、職を失なうのを恐れているのだと思います。
ブライアン(元患者・男性)M1
私は医者の診断を要求しました。私が、医者に、打撲傷があると言うと、医者は、「自分でドアにでもぶつかったんだろう。」と言いました。「それは、私のではなく、あんたの弁解だ。」と私は言ってやりました。
レポーター
正式な申立手続はありますが、第三者機関に対するものではないため、病院自身が申立てを調査しているというのが現状です。
ピーター・トンプソンは、隣の部屋で暴行を受けている患者の悲鳴を聞いたことがあります。
ピーター・トンプソン(元患者・男性)M5
翌日、私は医者の所に行き、自分が聞いたことについて抗議しました。「ブロードモアで気分よく過ごしたければ、申立てを取り下げろ」というのがその答えでした。私がそれを拒否すると、「取り下げないと事態は悪くなるぞ」と医者に言われました。暴行を受けた患者に会い、申立てを提出したことを伝えると、「考えておく。」という答えでした。まもなく、彼はナースに連れ出され、申立てを取り下げないと、事態は更に悪くなると言われたそうです。
コーム・バーン(元ナース)
管理運営に対する申立てはまったく無駄でした。みんな病棟で何が起こっているかは知っていました。他人の暴行場面を目にすることもありましたし、時には参加した人もいました。そんなわけで、私は病院外の機関に提訴したのです。マスコミ受けを狙ったわけではありません。
J・マッキース博士
フィルムの中で使用している資料や特別病院を退院した患者とのインタビューを見せていただいて、私のこれまでの満足感――皆さんから言えば自己満足に見えるかもしれませんが――がゆるがされてしまったというのが正直なところです。施設の閉鎖性と特別病院では調査が行われにくいという点が一部原因となって問題が生じていると思います。
レポーター
皮肉な事に、厳しい管理体制の結果、当局の目をごまかす患者が出てきています。規律を守っていれば、治ったように見えるからです。
ケビン・ハウエルズ(臨床心理学者)D2
管理が過剰になると、他人に危害を加えず、暴れもせず、トラブルも起こさないため、快方に向っていると誤診される患者が出てきます。十分管理されているため、良くなっているように見えるのです。実際は、逆の場合も多々あります。管理が強まり、規律を守るようになればなるほど、感情を表現できなくなり、病状が悪化する患者もいるのです。管理主義は必要で良いことだとする傾向は、懲罰主義的な病院には根強くあります。
元患者(女性)L2
ブロードモアにいる間は、怒り、フラストレーション、動揺などの感情を抑えなくてはなりません。感情を表に出すと、レポートに記入されて、医者に報告され、攻撃性があるとの烙印を押されてしまいます。こうなると、退院は、一年半か二年はすぐに延期となります。退院できないという不安が頭をよぎると、どうしても感情を抑えることになります。長年感情を抑え、ナースなどにごまをすってきた感情は、退院すると、逆に感情をコントロールできなくなる場合もあります。また、退院しても、他人に対して疑心暗鬼になったり、しばらくは感情の抑制に努力しても、突然感情が爆発し、それまでの恨みが関係のない他人にぶつけられることもあります。
レポーター
元患者が犯罪を犯すと、世間から大きな非難が起きます。新聞も、それが例外だとはつけ加えません。管理体制が必要以上に厳しく、外の世界とかけ離れているため、患者を退院させて安全かどうかを病院内で予想することは難かしいと思います。
ケビン・ハウエルズ(臨床心理学者)D2
退院後を予想するためには、患者が乱暴になりうるような状況にある場合、そこでの反応を観察、評価して決めるしかありません。
しかし、このような状況は極めて特殊であり、入院中に起こるとは限りません。したがって、予想は非常に困難です。
サラ・フォスター弁護士
患者自身が病気ではなく、ブロードモアにいるのはおかしいと主張して、スタッフに、協力的でない場合、レポートには、「病識に欠ける。」と記入されます。それとは逆に、自分は病気で、ブロードモアに入ってよかった、医者に感謝すると患者が言い出した場合には、二つの解釈がなされます。――これは、一般的に言っているのではなく、私の経験から言っているのです――「病識をもつようになり、快方に向かっている。」という解釈と、「病院のトリックに慣れ、医者が望む言葉使いを覚えてきた。でも、我々はだまされない。この患者は退院させることはできない。」という解釈のいずれかを医師が示すわけです。いずれにしても、患者には勝ち目はありません。
元患者(女性)L2
患者が治り、何も悪い事をしなくても、どんな社会的能力があるかわからないから、退院させることはできないとスタッフは言います。ちょっとでも攻撃性を見せれば、攻撃的だから退院は駄目だということになります。
どちらにしても、患者は出られないのです。
レポーター
一九五九年の精神衛生法で、患者には一つの保護が与えられました。退院したい場合、患者が第三者的精神衛生審査会に申請することができるようになったのです。
しかし、重罪刑法犯の場合は、裁判所は、内務大臣に勧告できるだけです。ヨーロッパ人権裁判所は、最近、内務大臣の権限が過大であると非難しました。
サラ・フォスター弁護士
ブロードモアの患者に関する裁判で、社会に復帰させることができたのは一人でした。
それは私にとって最初の裁判で、患者は女性でした。裁判後にブロードモアから地域の病院に移された患者が二?三人です。現在も、裁判でブロードモアを出られるなどと思わない方がいいでしょう。この種の事件を扱い始めた時は希望を持っていましたが、私の経験では、退院や転院の割合は極くわずかです。
患者には、「裁判で退院できるとは思わないで下さい」と言っています。
レポーター
ブロードモアを含む病院当局は、在院する必要のない患者が多く在院していることを認めています。その責任の一端は保健省にあります。保健省は、一九六一年に初めて勧告を受け、七四年、七五年にバトラー委員会から再度勧告を受けたミニ保安病院の建設を怠っています。転院できる患者を何年も待たせているわけです。同省は、最近の報告書の中で、「管轄省が責任を果たすべき時期に来ている」と厳しく非難されています。
最近行なわれた南東テームズ地域の患者の調査では、精神障害者用の施設と保安病院があれば、患者の半分以上は特別病院を出ることができるという結果が出ています。
J・マッキース博士
この調査の概算によると、やる気があり、資金がありさえすれば、特別病院在院者を現在の二五〇〇人ではなく、一〇〇〇人以下と見積もって計画をたてることができます。
付近住民(男性)
ここでは病院と住民がかかわり合いをもっています。患者がバスルームやベッドルームにしのび込んだという話を聞いたことがあります。我々は乱暴な患者に対抗しようと思いません。そういうことに慣れていないのです。
もうたくさんだという感じがしています。
付近住民(男性)
我々は、ある意味で、偉大な実験の犠牲になっているという感じがします。この実験に意義をみとめない人はいないと思います。しかし、ここではやってほしくないのです。
J・マッキース博士
このフィルムからわかる通り、地域住民が不安を感じていることは事実です。たぶん精神病院で働いている医者やナースほど強くはないと思いますが・・・。特別病院を必要としなくなった人たちを外に出すためには、住民の不安を解消せねばなりません。
レポーター
ブロードモア設立当時は、精神障害犯罪者治療の大きな前進と考えられていました。今は新たな前進の時期に来ています。今こそ、政治的意志と我々自身の姿勢の変化が必要です。さもないと、特別病院を必要としない多くの患者が、外の世界に適応する訓練もなされないまま、いつまでも病院に閉じ込められる結果になりかねません。
患者の経験を聞くにつけ、変化は必要だと思います。一二年の入院の後、この患者は幸運にもホステルに入ることができました。
元患者(女性)L2
最初にここ(ホステル)に来た時、誰れの前でも感情や怒りを表に出すことができませんでした。それが許されない、それが正しくないと思っていたからです。しかし、数カ月の間に徐々に感情を出してもいいと言われたんです。すると、恐しい嫌悪感が私を襲いました。しかし、それを向けたい人には向けられませんでした。幸いここでは、攻撃的にも乱暴にもなれません。そうする必要がないのです。私は、様々な方法で、感情を表現できるようになりました。しかし、この嫌悪感はなかなかぬぐいさることができません。
元患者(男性)M3
ブロードモアでもっとも重要なことは、個人と個人との正常な人間関係がまったく存在しえないということです。スタッフとの関係を言っているのではありません。患者と患者との関係のことを言っているのです。
元患者(男性)M6
今は非常につらい気持です。ある意味では死んだような感じです。現在家族や知人に対しては疎外感を感じています。例えば、自分のフィアンセの友人とあっても、彼女たちには全く興味が湧きません。説明はできませんが、避けたいという気持があるのでしょう。
アドリアン・バーグナー(元患者・男性)M4
病院が十分なことをしてくれたとは思いません。余計なことをしてくれたという感じです。私は以前とは全く別人になってしまいました。私はいつも対人関係や仕事などに悩みを持っており、不安とうつ状態に陥入りました。しかし、数年も正常な環境から隔離されていたことで、社会復帰は、以前に比べ一〇倍も困難になりました。社会復帰には以前よりはるかに大きな努力が必要です。
―終り―

第三『秘密病院――ランプトン・ビックハウス』(全訳)
ヨークシャーテレビ

ジョン・ウィリス
この田園地帯の端に壁で囲まれた異様な場所があります。壁の向うにはロックされた一〇〇〇以上のドアがあります。この施設は秘密施設になっており、ここの職員は、国家機密法にサインすることになっています。しかし、ここは防衛施設ではなく、病院なのです。ランプトンは、レトフォード付近の重警備保安病院ですが、北部にはブロードモアがあります。
今晩のフィルムは、ランプトンの病院内の驚くべき状態を知らせるためのものです。我我はランプトンへの立入りをいっさい拒否されたため、やむをえずこのフィルムは一方的なものになっていますが、話し自体は何回も確認されているものです。ただし、この番組を作る契機となったのは、世界でもっとも開放的な形で精神障害犯罪者を扱う実験がイーストデールで行なわれている事を耳にした事にあります。イーストデールの実験については明晩放送します。イーストデールのフィルムを製作している時に、我々は、ランプトンの噂を聞き、それがあまりにもひどいため、番組をランプトンの話しから始めざるをえなくなったのです。
国民は、患者が脱走した際、テレビのニュースでランプトンの名前を知る程度です。
我々が新聞を見ると、在院者は犯罪者であり、狂人であると思いますが、実際は見出しとは違うのです。
ランプトンには危険な犯罪者もいる事は事実ですが、九〇〇人の患者のほぼ半分は全く犯罪を犯した事のない人たちで、その大半は単なる精神薄弱者です。
壁の向う側に入ると、殺人者であろうと、精神障害児であろうと、正常な世界を離れ、ランプトンのシステムにしたがわねばなりません。
我々が調査を始めると、すぐ締出しをくいました。
テーマ
ヨークシャーテレビと国家機密法ー我々に話す事の危険性について各職員が注意を与えられました。この大きな病院の中で撮影したいという要求を三回提出しましたが、その度に断られました。
ランプトンのLeague of Friends(後援者同盟)の議長を務める牧師は、カメラやテープレコーダーをもたないにもかかわらず、非公式に我々を案内して回る事さえ許されませんでした。続いて、我々は、強力なナースのユニオンである看守組合のランプトン支部にインタビューを申込みましたが、手紙に対する返事もありませんでした。
締出しをくった我々は、面会者バスからランプトンを眺めねばなりませんでした。ランプトンは最後の地です。イギリス全国から患者が集まっています。1/3以上の患者には面会がありませんが、肉親に会うために数百キロを旅して来る家族もいます。
ジョン・ウィリス
あなたの娘さんはどの位ランプトンにいますか?
フェアクラフ婦人
一九年半です。
ジョン・ウィリス
その間定期的に面会してきましたか?
フェアクラフ婦人
できるだけ行くようにしています。
ジョン・ウィリス
病院では、ランプトンに娘さんを送った理由を教えてくれましたか?それとも・・・・。
フェアクラフ婦人
いえ、全く理由は聞いていません。
ジョン・ウィリス
初め、ランプトンでの在院期間はどの位だと思っていましたか?
フェアクラフ婦人
六ヵ月。六ヵ月です。
ジョン・ウィリス
六ヵ月なのに、一九年半も入ってるんですか?
フェアクラフ婦人
そうです。入院した時娘は一七才半で、今は三七才です。
ジョン・ウィリス
出て来ると思っていますか?
フェアクラフ婦人
いや、奇跡でもないとだめでしょう。
ジョン・ウィリス
それについてどう思っていますか?
フェアクラフ婦人
奇跡など起るとは思っていません。
ゲスト婦人
それは愛の仕事です。健康が許す限り、今後も会いに来ます。彼がそこにいる限り。
ジョン・ウィリス
面会時間はわずか二時間です。それから、親たちは長い帰路につくわけです。あなたはどの位遠くからいらしたのですか?
ポレット婦人
ドーバー、ドーバーからです。
ジョン・ウィリス
ケント州のドーバーから、はるばるランプトンまでですか?
ポレット婦人
はい、そうです。
ジョン・ウィリス
あなたのお子さんはランプトンにどの位いますか?
ポレット婦人
六年間です。やがて七年目に入ります。今はひどい状態で、ますます悪くなっています。
神経過敏(うつ)になっており、険しい顔つきをしています。娘はすべてが変ってしまいました。まるで動物のようです。
ジョン・ウィリス
ドーバーからはるばる来るのは大変な事でしょう。
ポレット婦人
全くその通りです。大変です。お茶を一杯いただいていいですか?ではまた。
ジョン・ウィリス
この婦人の娘さんは精神薄弱者で、口がきけません。二九才になるまでは、家で幸せに暮していました。
ポレット婦人
ほとんど毎日八キロほど散歩したものです。
楽しい長い散歩をしたものです。
ジョン・ウィリス
なぜ娘さんは家を出る事になったのですか?
ポレット婦人
夫が背中の関節炎になり、健康が悪化したんです。そのため、医者に相談し、精神薄弱者施設に娘を入れることになったのです。
ジョン・ウィリス
シルビアはなぜランプトンに移されることになったのですか?
ポレット婦人
わかりません。病院側は事情を教えてくれません。私は質問をしようとしましたが、教えてくれません。誰れも何も。
ジョン・ウィリス
ランプトンが重警備保安病院である事を誰かはっきりと説明してくれましたか?
ポレット婦人
いいえ全く。娘が行くなんて事を私は実際知らなかったんです。私は、どこにでもあるような普通の精神病院だと思っていたんです。
ジョン・ウィリス
初めてランプトンに面会に行った時、どう感じましたか?
ポレット婦人
全く気が動転しました。帰り道で私はずっと泣いていました。ただ、シルビアの前では泣く事はできませんでした。できるだけ我慢したんです。私の目に涙が出てくると、娘も泣きました。二人共止めることができませんでした。私はこらえようとしました。シルビアのために、なんとか泣くのをこらえようとしたんです。娘は狼狽していました。娘には髪も歯もありませんでした。健康な歯を抜く必要なんてないのに。
ジョン・ウィリス
以前はどんな様子でしたか?
ポレット婦人
これが、シルビアが入院する前の写真です。
こんな様子だったのです。歯もそろっていましたし、家では幸せでした。実際明るい子だったのです。そして、今はこうなってしまいました。全く驚きました。髪も変わってしまい、以前とは全く違う子になってしまいました。
娘は困惑し、狼狽しています。彼女はシルビアではありません。本当に入院前はこうだったんです。今、私を見ても、ママと言えるだけです。
ジョン・ウィリス
シルビア・ポレットの話しを聞いた我々は、この秘密病院についてもっと知りたくなりました。ランプトンは、普通の病院とは違い、保健省が管轄しています。保健省の高官が病院から二四〇キロほど離れた安全な場所で事務処理を行なっているのです。
壁の向う側で、患者は「無期限に」留置されている。男性の場合は平均で八年九ヵ月です。これは、終身刑に相当する期間です。
しかし、ランプトンは病院です。患者を治療するためのすばらしい施設をもっています。
八八〇人の患者に対し約六〇〇人のナースがいます。他のほとんどの精神病院はスタッフの点でも、助成金の点でもランプトンを下回っています。これ以上のデータについては、国家機密法に阻まれて、我々が独自に調査せねばなりませんでした。入院の際、患者は、このしゃれた感じのいい小冊子をもらいます。
これには、Sfaff Who Can Help You(あなたを救うスタッフ)という見出しがついています。
グラハム・ファース(元患者)
最初に誰れに殴られたかは定かではありません。チャージナースかスタッフナースに殴られました。優に三〇分間は殴られました。
私の目、耳は黒ずみ、助骨は負傷し、口唇は裂けました。
ジョー・ウィルソン(元患者)
病院に着くと、まさに地獄に入って行くという感じでした。白い上着の二人がチェーンを振回しながら廊下をやって来ました。私はあごを殴られました。一マイル(一・六キロ)ほどとも思える長い廊下を通ってE.1に行きました。その間ずっと私は蹴とばされていたのです。私の足は床に触れることはありませんでした。
スティーブ・ウィルキンズ(元患者)
スタッフは私に座るように言いました。私が座ろうとすると、彼はさっと椅子を引き、私が尻もちをつくと、背中を蹴り上げました。
ちょっと彼を見上げるような様子をした所、「立て」と言われました。私が立ち上がると、何か聞かれました。はっきりとは思い出せませんが、そうです私の年令を聞いたのです。
私は一七才だと答えました。私はその時一七才だったのです。彼は私の顔にパンチを見舞い、「Sir」をつけろと言いました。「はい、一七才です。Sir」と私が言うと、彼は「恐いのか?」というような事を言いました。「はい」と私は答えました。実際そうでした。私はぞっとしていました。私は、私が抱えている問題を治してくれる病院に入ると思っていたのです。しかし、そこは全く尋常ではありませんでした。二人の若いナース実習生がいました。彼らは私とほぼ同じ年、一七か一八だったはずです。彼らは、私のサイドルームに入って来て、ベッドから出ろと言いました。
私がベッドから出ると、その内の一人が私の出身地を聞きました。私がそんなような事を答えると、彼は私の胃にストレートパンチを見舞いました。私が床に倒れると、「痛かったか?」と彼は聞きました。「ええ」と私が答えると、「どこだ?」と彼は聞きました。
「ここ」と私が言うと、私の手がその部分を離れるや否や、またそこに一発見舞われました。
ジョン・ウィリス
このような暴行は、入院時に行なわれたものです。これらの人たちのいく人かは暴行罪を犯した事のある人たちであるため、攻撃的な新しい入院者をおとなしくさせるためにこのような暴行をナースが行なったのではないかと我々は思いました。しかし二?三日前までに、入院時の暴行について同じような申立てが五九件ありました。そこで、我々は、他でもスタッフが乱暴を働いたかどうか尋ねました。
レイモンド・マークス(元患者)
ドアの向う側には「看守」がいました。彼が入ってきました。私がドアに一番近い所にいたので、私をつまみ出しました。もう一人のスタッフがやって来て、廊下を行く間ずっと私を蹴り続けました。階段を三段ずつ下ってD.1のサイドルームに連れ込まれました。
そこで私はさんざん蹴られました。いったん出て行った後、二人が注射を持って戻ってきました。私をマットレスに押し倒し、殴りつけ、私が気絶すると注射を打ちました。やがてまたやって来て、眠っている私を殴りつけました。この事は、部屋に入って来て、私の顔を拭ってくれた別の患者から後で聞いた事です。あたりは血だらけでした。
ジェラルド・マンソン(元患者)
フレディは全くの犠牲者です。もし、私が彼のために何かしてやっていればと思います。
そのスタッフの名前は知りませんが、スコットランド人である事は知っていました。今でも彼を見ればわかります。彼は、フレディをよく引きずり回していました。フレディは床の上で裸にされていました。病棟内で裸にされていました。毎週、毎月どころか、毎年。
フレディは床に倒され、鋲釘を打ちつけたブーツで股間を蹴られていました。
スティーブ・ウィルキンズ(元患者)
彼は「気分が悪いから寝たい」と言うと、スタッフが彼の顔面にストレートパンチを見舞いました。「今、寝たいだと?」、「はい」。それで決まりでした。五人のスタッフがそろって彼に襲いかかりました。一人が文字通り彼の頭を踏みつけていました。皆、夢中で彼を蹴りました。彼は気絶し、伸びてしまいました。彼らは、彼の足をもって廊下を引きずって行き、サイドルームに入りました。そこは血だらけでした。彼をそこに入れても、まだ蹴り続けていました。彼が気を失ってもまだ蹴っていました。そして彼を連れ出し、別のサイドルームに入れました。担当のナースが私を怒鳴りつけ、「ボールとスポンジを持って来い」と言いました。私が水を入れたボールとスポンジを持ってサイドルームに入ると、床やそこら中が血だらけでした。そのナースは、私に「ふき取れ」と命令しました。仲間の患者だったテリー・ローズはよくひどいうつ状態に陥入り、妻子としょっちゅうトラブルを起していたんですが、入院してからは、家族をとても恋しがっていました。そのテリーの部屋のドアをナースがたたいて「おいテリー、きのうはお前の細君に会ったぞ」などとよく言っていました。「俺たちはお前の家に行ったぞ。良い家をもってるな。子供に会ってから、上に上がって奥さんと寝たよ」などとも言いました。するとテリーは狂暴になりドアの所に走って行って、ドアを激しくたたいたものです。彼がわめいている最中でも、「子供たちも横に座って俺たちを見てたよ。」というナースの言葉が忘れられません。その後、テリー・ローズは倉庫で首吊り自殺をしているのが発見されました。スタッフは一度たりとも彼を一人にはしませんでした。慰み物にするために一人にしなかっただけです。他の理由は何もありません。
ジョン・ウィリス
元の精神病患者の話しは信頼できない、あるいは、復讐心からそう言ったと思われるかもしれませんが、いく人かのナースが、国家機密法にもかかわらず、証言に立つ事を承諾してくれました。ナースのパトリック・ブリーンは、ランプトンのはてしなく続く廊下の定期的な洗い掃除の間に起きた事件について話してくれました。
パトリック・ブリーン(元ナース)
おそらく御存知と思いますが、廊下は非常に長く、三回目の掃除の途中でその患者は参ってしまい、廊下の真中で泣き始めました。
彼は、廊下は完全にぴかぴかになったからもう勘弁してくれというような態度をスタッフの一人に示しました。もちろんそのスタッフは彼に歩み寄り、全く何の理由もなく、彼の口に一蹴り浴びせました。彼は後方にもんどり打って倒れました。
ジョン・コイ(元ナース)
どうしても、その患者をつかまえねばならない様子で、チャージナースが血相を変えてベッドの所まで飛んで来ました。患者は起き、何もつけずに立ち上がりました。ナースの「何故朝食に来ないんだ?」という質問に対して答えを拒否する仕草をした所、ナースはいったん後にさがって、患者の鼠径部を蹴りつけました。
ピーター・コリンズ(元ナース)
ランプトンではしばらく働くと、通常の監禁の限界を越えた肉体的監禁を何とも思わなくなり、病院で日常行なわれている事の一部と思うようになります。時には、患者に殴る蹴るの乱暴もします。外の世界にいれば、これを気に留め、強く反対するかもしれませんが、三?四年もそこで働き、何回も目にしていると、気にもならなくなるのです。
ジョン・ウィリス
あなたは警官だったんですか?
ピーター・コリンズ
その通りです。
ジョン・ウィリス
最初にランプトンに入った時はショックを受けませんでしたか?
ピーター・コリンズ
ランプトンでは、二?三の事件を目撃しました。私が警官であれば、これらの事件を起した人間を逮捕したでしょう。実際、ランプトンで目にした犯罪よりはるかに軽い犯罪を犯した人間を逮捕した経験があります。
ジョン・ウィリス
男性患者の他、ランプトンには、二〇〇名以上の女性患者がいます。彼女たちの一〇人に七人は犯罪を犯した事のない人たちでした。
一般の精神病院から移されただけの患者が大半でした。最近、一般の精神病院は鍵つきの病棟が少なくなっているため、このような処置が頻繁に行なわれるようになってきたのです。ランプトンの女性患者の2/3は精神薄弱者です。これらの患者は、乱暴で自殺傾向があり、看護が非常に難しい場合もあります。ナースが攻撃され、負傷させられたりする事があるのも確かです。それで、扱いが難しい女性を対象とした場所も確保されています。それは、「キャサリン病棟」と呼ばれていました。この病棟は、「最高監視」(maximum observation)を目撃としたものです。
国家機密法にかかわらず、この高度の機密を要する場所の中を撮った貴重な写真を手に入れる事ができました。各部屋は、鉄の二重扉になっており、小さな覗き穴がついています。部屋の床は板張りで、カーペットなどは敷かれていません。家具は全くありません。
天井は一一フィート(約三・三m)の高さで、不気味な感じの部屋です。窓が高い所にあるため外は見えません。むき出しの壁には、前の使用者が苦悩のあまり引っかいた傷跡が見られます。排泄物の残りかすさえ見えます。
我々は、一人の少女が二年以上ここに拘禁されていた事を知り、ランプトンのサイドルームや小部屋に閉じ込められた事のある患者と話しました。
スザンヌ・エバンス(元患者)
私はほぼ五週間そこにいました。寝具類はなく、むき出しの床だけでした。寝具類、寝間着はなく、食事としては、サンドイッチがハッチから差し入れられ、完全に麻酔漬けにされました。
ジョン・ウィリス
全く衣服はつけていなかったんですか?
スザンヌ・エバンス
全然つけません。寝間着も全くありませんでした。
ジョン・ウィリス
全裸のままだったんですか?
スザンヌ・エバンス
はい、完全に裸です。ほとんど便器も持って来てくれませんでした。そのため、したくなったら、部屋の隅でやらなくてはなりませんでした。
サンドラ・マシューズ(元患者)
ある部屋に連れて行かれ、裸にされ、一晩中ほうり込まれました。寝具もトイレもありませんでした。
ジョン・ウィリス
全裸にされたんですか?
サンドラ・マシューズ
はい。
ジョン・ウィリス
トイレに行きたくなったら、どうしました?
サンドラ・マシューズ
部屋の中でしました。七七年でしたか、七六年でしたか、一一月に独房に入れられました。
服もベッドも寝具もなく、非常に寒い思いをしました。
ジョン・ウィリス
例えば、ランプトンで生理が始まると、どうなるんですか?
サンドラ・マシューズ
最高保安(maximum security)にされると、何もくれません。全く何もくれないんです。洗い流す水もくれません。
ジョン・ウィリス
生理用ナプキンさえくれないんですか?
サンドラ・マシューズ
最高保安の場合は、それもくれません。
ジョン・ウィリス
生理が始まって数時間だけの事ですか、それとも、生理の期間中ですか?
サンドラ・マシューズ
生理の期間中です。
ジョン・ウィリス
生理用ナプキンは全くもらえないんですか?
サンドラ・マシューズ
はい。
ジョン・ウィリス
じゃ、どうなるんです?
サンドラ・マシューズ
終るのを待つだけです。それだけです。普通は一週間に一回は風呂に入れますが、最高保安にされると、生理になっても何ももらえません。生理用ナプキンを与えると、それを食べようとしたり、それを使って自分自身を傷つける恐れがあると思っているからです。
アン・フォーテスキュー(元患者)
あまり気分がよくない日がありました。ナースの一人が、「隔離します」と言って、私を隔離しました。服も、きれも、ぼろもありませんでした。ナースはバケツに水を入れてきて、私にかけました。私は、水びたしの部屋に座らされました。
ジョン・ウィリス
毛布も、ぼろも、服もなく置かれたんですか、ただ濡れたまま?
アン・フォーテスキュー
はい。それからある日、私が食欲がない時、「ランプトン・トライフル」(Rampton Trifle)をもってきたことがありました。「それじゃ、ランプトン・トライフルをあげよう」とナースは言いました。それは、紅茶を混ぜ合せたグチャグチャの朝食なのです。
ジョン・ウィリス
全部同じ皿に盛られているんですか?
アン・フォーテスキュー
そうです。
ジョン・ウィリス
一番恐かった事は何ですか?
アン・フォーテスキュー
動物のように扱われた事です。
ジョン・ウィリス
保健省の極秘報告書は、次のような事を認めています。「サイドルームの閉所恐怖症を起させるようなひどい環境は、患者の精神状態や行動を悪化させやすい。」
これらの重大な申立ては、大部分、最近のものです。我々が撮影している時、再拡張のため、キャサリン病棟は閉鎖されました。しかしながら、体制は変わっていません。一つの習慣が繰返しによって神聖化されているように見えます。それは「ランプトン・ハンプティ」(Rampton Humpty)(訳註:Humpty:Humpty Dumptyより。一度倒れたら、容易に立ち直れない人の意味)のニックネームさえ頂戴しています。
サンドラ・マシューズ
暇な時、裸になりたい時がありました。私は服をはぎ取りました。文字通りはぎ取りました。私は懸命でした。そうする事が自然だったからです。たくさんのスタッフが来て、さんざんな目にあいました。腹ばいにさせられ、手足を背中の方に折り曲げられ、靴のゴム底でかかとを打たれました。非常に痛い思いをしました。
ジョン・ウィリス
濡れタオル責めはもっと危険です。この習慣もニックネームがついており、「のど締め」(throttling out)とか「ガス消し」(turning gas off)とか呼ばれています。
スザンヌ・エバンス
私が生意気だという事で、ナースが濡れたバスタオルを私の首に巻きつけ、強く引張ろうとしましたが、そこで思いとどまりました。
それでも、頭から血の気が引くような気がして、目がくらみました。
ジョン・ウィリス
他の女の子は、どんな事をやられていましたか?
アン・フォーテスキュー
濡れタオルです。
ジョン・ウィリス
正確にはどういう事なんですか?
アン・フォーテスキュー
ナースが濡れたタオルを前から患者の首に巻きつけるんです。
ジョン・ウィリス
そうすると、どうなりますか?何のためですか?
アン・フォーテスキュー
息がつけないようにすめためです。
ジョン・ウィリス
「ガス消し」は、四半世紀に渡って、ランプトンの習慣になっています。女流作家のノエル・アーデンは、今では幸せな結婚をし、六児がいますが、今でも、ランプトンで「のど締め」をやられた事を忘れてはいません。
ノエル・アーデン(元患者)
私の首にタオルを巻きつけました。タオルは濡れていました。乾いたタオルではなかったのです。タオルをねじられ、締め上げられました。目から水が吹き出しているような耳鳴りがしました。目は飛び出るような感じ、舌がのどに詰まるような感じで、恐しかった。
恐しいと思うと、目の前が真暗になりました。
患者を殺したくはないらしく、一つの拘束の形態らしいのです。次の瞬間、顔に平手打ちを食わせ、目を覚ますように言い、大丈夫かと聞きました。そんな事をやられた後で、大丈夫かと聞かれても、何にもなりません。
ジョン・ウィリス
「のど締め」、「ガス消し」について尋ねられた保健省は、「窒息させる拘束の形態」をランプトンが使用している事を否定しただけでした。「そのような習慣が続いてきたという証拠は認められない。」と書いています。
しかし、我々が調査しただけでも、「のど締め」の申立ては四六件ありました。
「男子病棟」で「のど締め」が行なわれた事を証言したナースもいます。
パトリック・ブリーン
スタッフナースの一人が患者に腹をたて、濡れタオル責めをやることになりました。私は、濡れタオル責めについて噂に聞いた事はありましたが、実際に見た事はありませんでした。ランプトンで濡れタオル責めが使われている事は耳にしていました。バスルームの中で、一人のスタッフが患者の首にタオルを巻きつけ、もう一人のスタッフが患者の両手を後手にして握り、患者の片方の耳の下の部分でタオルをねじりました。患者の顔が紫になり、下が腫らみ、片側にだらりと垂れ始めるまでねじり続けました。患者は気を失ないました。
ジョン・ウィリス
我々は、ランプトンが独自にデザインした特殊オーバーオールも手に入れました。これは、病院内では、「ティッキング・コウム」(ticking combe)(訳註:ticking:ふとん皮地combe:一側面だけが開いている谷、けわしい谷)(米)と呼ばれています。メーカーは、「拘束用に作ったものではない」と言っています。驚くべき事に、ブロードモアにはこんな服はありません。ランプトンには一四四着あります。普通、患者は裸にさせられてこれを着せられます。すべて袖は必要以上に長くなっています。スザンヌ、サンドラのようにかなりインテリの患者でも、これを着せられた事があります。
それを着るとどんな感じですか、スザンヌ?
スザンヌ・エバンス
いやな気分です 実際その通りなんです。
病院側がこれを使うのも、そういう事があるからなんでしょう。
サンドラ・マシューズ
首回りがきつく、股間もきついんです。それに、非常に暑いんです。
スザンヌ・エバンス
恐しく暑い。
サンドラ・マシューズ
夏、屋外の中庭に立つと、非常に暑いんです。
スザンヌ・エバンス
 ・・・できる方法がないんです。わかるでしょ。
ジョン・ウィリス
患者は、一日何時間位そうされるんですか?
スザンヌ・エバンス
そうですね、知能の低い人たちは一日中ほっておかれました。トイレに行きたくなっても、その場でするしかないんです。
知能の低い人たちは別に関係ないでしょうが、サンドラや私のような知能の高い人たちや、その他の多くの人たちにとっては、非常に下劣で、屈辱的な事です。
トーマス・ラフネーン医師(過去の場面)
我々は、現在、α波を出すことのできる患者の能力を証明しつつあります。
ジョン・ウィリス
トーマス・ラフネーン医師は、一二年間に渡って、女子病棟でコンサルタントを務めていました。彼は、ランプトンの患者を使って、普通は行なわれていない生物フィードバック実験を行なっていました。最近退職した同医師に、これらの話しが本当かどうかを尋ねました。
トーマス・ラフネーン医師
そんな事は起らなかったと確信しています。
今はもうそこにはいませんが、私が居た間になされた処置はすべて人道的処置であった事は保証できます。私が目にした事は、人道的な扱いを受けた他の人たちの意見と一致しています。患者の生命を維持し、患者が自分や他人を傷つける事を防ぐ事が主たる目的です。
患者との間に一定程度のラポール(疎通性)が存在する事を繰返し説いて納得させる事ができる能力は、スタッフの大きな財産です。
納得させる事ができれば、処置を受ける場合も患者はスタッフを友人だと思うようになります。
ジョン・ウィリス
友人をもっとも必要としているのは、精神薄弱者、知能の低い人たちです。彼らは、ランプトンでとらわれの身になっているように見えます。いくつかの開放病院のユニオンは、ランプトンの患者の受入れを拒否しています。
このため、退院許可が出ながら、転院できないでいる患者が一三八人おり、中には、六年以上も待っている人がいます。ランプトンでの患者一人あたりの拘束費用は一週間一七一ポンドで、これは、一般の精薄病院の費用の約三倍です。
ステラ・ミルトンは、転院できずにいる代表的な患者です。彼女は、知能の低いヒステリー症状をもつ患者です。彼女は、時々、つばを吐いたり、物を蹴ったり、投げたりする事があります。しかし、彼女は最高保安状態にしておくべきなのでしょうか?第三者の精神科医は最近、次のような報告を出しています。「臨床的に見て、彼女はランプトンにいるべき患者ではない。一般の精薄病院で看護できる患者である。」
ステラは、小さい時、暴行を受けました。
彼女は、ノイローゼがひどく、わずか一二才の時にランプトンに入院させられました。それは二八年前の事で、彼女は現在四〇才です。
彼女の近所の人たちが何年かに渡って面会に来ています。二年前のある事件は特にひどいものです。
ヒルトン婦人
彼女は、立上がり、一言も言わず、ニッカーをゆっくり下ろし、振向きました。彼女は一言も言いませんでした。私たち二人も、ぞっとして口をきけませんでした。文字通り口がきけませんでした。
ジョン・ウィリス
いったい何を見たんですか?
ヒルトン婦人
尻全体にチェーンの跡がついていたんです。
ふででかかれたようにつけられた傷だと思います。私の考えでは、彼女は押さえつけられ、金属チェーンか、そうでなければ、チェーンのような物で打たれたんだと思います。他の物ではそんなひどい跡はつかないと思います。
ジョン・ウィリス
傷跡の深さはどの位でしたか?
ヒルトン婦人
非常に深く、かさぶたは厚く、すべて血が乾いて固まったものでした。彼女がどんな風にして座っていたのか想像もつきません。
ジョン・ウィリス
レインソープさんも、その傷跡を見ましたか?
レインソープ婦人
はい、見ました。その晩は眠れませんでした。
ジョン・ウィリス
見た事を正確に説明していただけませんか?
レインソープ婦人
確かに傷跡を見ました。ヒルトンさんの言った通りです。尻の傷跡は深く、血が固まったものでした。
ジョン・ウィリス
ナースはどんな反応をしましたか?
レインソープ婦人
私たちが病院に行くと、三人のナースが来ました。私にトレイを差出し、ナースからのプレゼントだと言いました。三人のナースは、口をそろえて、ステラが自分で傷つけた事を強調し続けました。もちろん、傷は、尻だけでなく、頭、顔、肩、首にもありました。
ジョン・ウィリス
ナースは、あなた方がその傷を見てから、プレゼントをくれたんですか?
レインソープ婦人
ステラの傷を見たその日に、トレイをプレゼントとしてくれたんです。三人のナースは、ヒルトンさんと私に対し、ステラが自分でやったという事を印象づけようとしました。
ジョン・ウィリス
秘密病院ランプトンは隔離されており、秘密めいた様相を呈しています。スタッフの多くは、病院の所有地に住み、スタッフの職は、父親から息子へと引継がれる場合が多いようです。
政府がランプトンの内実を明らかにしようとした事もありました。特に、保健省のエリオット極秘報告書は有名です。エリオットはランプトンを「動機が疑わしく、恨みが生まれる極めて不幸な場所」と呼んでいます。実際、エリオットは次のように言っています。
「非常に難しい患者を扱っているナースの献身的で思慮深く、情け深い行動の例も見ました。」
しかし、次のように結んでいます。
「ナースの振舞い、態度から判断すると、彼らのかなりの部分は保安要員であり、また、そうある事を好んでいました。・・・・ランプトンでの看護は暗い状況にあります。」
エリオット報告書は、一九七二年にこの問題が取上げられてから作成されたものです。
ランプトンのナースは看護組合ではなく看守組合に属しています。彼らは、一日置きに一四時間勤務を行なっていました。当局はこの制度の廃止に努力してきました。
ジュラルド・メイディン(ランプトンのナース)
我々は、病棟で長時間接していれば、患者の事がわかるようになります。我々は、自分がどの病棟に行き、どのチームと働くかを把握していました。患者も、チームを知るようになり、どの人が信頼できるか、どの人なら話しかけられるかがわかります。この種の人たちと関係を確立するのには時間がかかります。
ジョン・ウィリス
しかし、エリオット報告書は、ナースが一日一四時間労働に固執するのは、別の利己的な理由があると指摘しています。アルバイトができる、自分自身の仕事ができるというのがその理由です。
ランプトンでは、スタッフは不足していません。ナースは非常に高給で、チャージナースの場合、超勤手当を含め、年間八〇〇〇ポンドになります。面会日にチップをもらうナースもいます。所有物、特に、親が持ってきた食品、お菓子、たばこをスタッフが盗んだという申立てが三八件ありました。被害者は知能の低い人が多いようです。
パトリック・ブリーン(元ナース)
患者が呼び出され、服装を整えてくるまでに、キャンディは、すでにシニアナースの間に配られていました。スタッフが好きな物をまず選び取りました。袋に、リンゴ、オレンジ、たばこ、ナシ、お菓子、チョコレートなどが入っているとなると、スタッフがまず選び取っていました。
ジョン・ウィリス
エリオットは、次のような嘆願で報告を結んでいます。「ランプトンには今すぐ徹底的な改革が必要です。姿勢と診療の双方の点で」
この論議以降、ほとんど何も変わっていません。昨年精神科医のイアイン・ドラモンド医師の極秘研究は、「いくつかのケースでは、患者に積極的な害がある」と結んでいます。
残念ながら、これらの調査人は、患者とのインタビューをあまり行なっていません。しかし、我々の調査の結果、四〇〇人もの精神薄弱者が、しばしば極めて不快な暴行の犠牲になっている事が明らかになりました。
ピーター・コリンズ(元ナース)
ある知能の低い患者がいました。彼は長年入院していました。知能が極端に低い子でしたが、大きなペニスをもっているのが特徴でした。それが、病院中でジョークの種となっていました。定期的と言っていいほど、スタッフは、彼にペニスを出し、テーブルにのせるようにすすめました。スタッフは、ピンのついた革ひもをもってきて、それでペニスを打とうとしたこともありました。時には実際にやりました。その患者はさぞ痛かった事でしょう。
パトリック・ブリーン
スタッフが後から忍び寄り、水差しの水を年老いた患者の頭にかけるのを見た事があります。冷たい水が頭から流れ落ち、患者はびしょ濡れになりました。ただ、活を入れるためだけでした。その老患者に気合を入れ、ちょっと笑い物にしたいためにそうしたのでした。
ジョン・コイ(元ナース)
若い患者が、もう紙を取りに行ってくれなどとは頼みはしないというような様子を見せ、そのような状況に対し、だんだんいらいらし、不機嫌になって来るのがわかりました。彼は、飛び出し、チャージナースに紙をくれと頼みました。彼は廊下で蹴られ、服をはぎとられました。その病棟に関係ない二人のスタッフがやって来ました。彼らは単に、患者を警護し、仕事に行かせる患者をピックアップしに来ているだけでした。しかし、何が起っているか、何故起っているかも知らないのに、それに加わり、その患者を蹴り続けました。この時にはもう患者は丸裸になっていました。時計はもぎ取られ、廊下に放り出されていました。
この患者に対する暴力だけが目的の暴力には驚きました。私はひどく驚きました。私はそこに立っているだけで、どうしていいかわかりませんでした。
パトリック・ブリーン
私は、ナースが自分の睾丸をしごいているのを見た事があります。彼は、長いスチールフレームのベッドの一方の端に睾丸をのせ、寄りかかっていました。私が抗議すると、「いや、気違いは何も感じないさ」と彼は言いました。
ピーター・コリンズ
自分が何をしているか、正しい事をしているか、間違っているか、何時かもわからない知能の低い患者がいました。チャージナースとスタッフナースが娯楽室からチャージナース室まで長い廊下を彼を引きずって行った事を覚えています。チャージナース室に着くと、彼はズボンを下され、脚を開かされました。
スタッフナースが彼を押さえつけ、チャージナースがペンチで陰のうの毛を引抜きました。
ジョン・ウィリス
知能の低い患者の毎日の世話は他の患者に委される事が多いようです。
クリスチン・バーンズ
彼女たちは愉快な子たちでした。おそらく三〇才位、もしかしたら、三〇才を越えていたかもしれません。私は彼女たちよりずっと年下でした。彼女たちは子供のように振舞い、私はいつも自分の子供のように思っていました。私は彼女たちが非常に好きでした。メアリーという女の子もいました。彼女の事は、これからもずっと心に焼きついて離れないでしょう。彼女は非常にデリケートで、壁にもたれては叫び、身体をくねらせ、また、部屋の別の所に行き、壁にもたれては身体をくねらせ、叫んでいました。彼女は、私がその病棟に移って以来、いつもそうしていました。メアリーは壁にもたれ、身体をくねらせ、叫び始めました。もちろん、(伏せ字)さんはそれに耐えられませんでした。彼女は、メアリーをサイドルームに連れて行き、パンくず払いのブラシでたたき始めました。私がドアの所に行くともう鍵がかけられ、中に入る事はできませんでした。メアリーの悲鳴が聞こえました。もし中に入れたら、正直言って、私もブラシを取り上げ、精薄をいい事に彼女がやっていたのと同じ事を彼女にしたでしょう。知能の低い人たちのやる事に我慢がならなくても、彼らにも感情はあるのです。
ジョン・ウィリス
ブライアン、君は、一人の知能の低い患者の世話をしていたんでしょう?
ブライアン・バーンズ(元患者)
その患者は、よく自分の排泄物を天井に投げつけました。スタッフは、自分の朝食と混ざるのに馬鹿な事をすると思っていましたが、彼にそれをそのまま食べさせていました。彼は実際知能が低いため、何もわからず、それをよく食べていました。
グラハム・ファース(元患者)
彼は、実際、時々面倒を起していました。
彼が、おしめが本当に必要で、それを要求した所、殴る蹴るの乱暴を受けました。トイレに行かせてもらえないため、部屋の隅に座って小便をしてしまったという事で、髪の毛をつかまれ廊下を引きずられて、別の二人の「看守」に蹴りつけられている所も見た事があります。「やつは自分でやれるようになるべきだ。小便を我慢できるようになるべきだ。」とスタッフは言っていました。彼は、そんなに知能が高くありませんでした。廊下を引きずられ、ある部屋に閉じ込められるのを見た事もあります。
そこで寝小便をすれば、また蹴られるんでしょう。私はその病棟に一年近くいましたが、彼に傷がなかった事はほとんどありませんでした。
スタッフは、「黙れ、黙れ、お前は白痴だぞ」と言いながら彼を蹴っていました。散々殴りつける事もありました。いつもそれだけでした。
ジョン・ウィリス
精神薄弱患者がよくやられていたんですか?
グラハム・ファース
非常によくありました。彼らは報告できず、心配がなかったからです。暴行を受けたという事を母親に言いつけるなんて事はできませんから。
ブライアン・バーンズ
彼が大きなペニスを持っているというんで、スタッフはよく彼をひどくいじめていました。
ビリアードの台の上に寝かせ、キューでペニスをたたくなどしていました。
ジョン・ウィリス
この小さな精神薄弱児は、入院棟で撮った写真を見ると、まだ半ズボンをはいている時にランプトンに送られたようです。彼の両親は、睾丸の負傷など、多くの暴行について話してくれました。
スティーブ・ウィルキンズは、この写真を撮ったすぐ後に起った事を話してくれました。
スティーブ・ウィルキンズ(元患者)
スタッフが「どうしたんだい」と言うんで、私が「彼は大丈夫だ、ちょっとはね回っているだけだ」と答えると、「少し押えておいてくれ」と彼は言いました。彼は戻って来ると、このびんを持っていました。それは液状薬品のパラアルデヒドで、意識をもうろうとさせる薬でした。量を多く飲めば眠ってしまいます。
彼はこの薬を子供の口に注ぎ込みました。計量カップ、薬用カップなど使わずに、びんから直接注ぎ込みました。子供はのどが詰まるほどでした。私は驚きのあまり、何も言いませんでした。とにかく、口に注ぎ終ると、子供の頭の後を支え、目を開かせ、薬品を目にも注いだのです。
ジョン・ウィリス
目にですか?
スティーブ・ウィルキンズ
ええ、目にです。とにかく、私はバスルームに行き、バスに水を入れました。彼が「水」と言うんで、水をバスにいっぱい入れました。
彼はこの子供を抱え、――このチャージナースは六フィート二インチ(一八〇センチ以上)ありました――、腕いっぱい伸ばして、そのままバスの中に子供を落したんです。
ジョン・ウィリス
精薄者に関する同じような申立てが二一二件ありました。その多くは、ナースが「ブラックアスピリン」と呼んでいるブーツでの蹴りつけです。一番最近の申立ては二?三日前にありました。一〇代の患者、リンダ・ベーコンの例をとり上げましょう。彼女は、分裂症で、自殺の可能性があるという事で、ある精神病院からランプトンに移されました。面会日に母親が行くと、リンダの坊主頭からは不快な臭いがしていました。そこにいた患者がその理由を母親に言うようリンダにすすめました。
ベーコン婦人
夕食をもどしてしまったら、モップにされたと言うんです。頭で床をふかされたと言うんです。私が面会に行った時、スタッフが娘の頭をぬぐい、スポンジでふいている途中でした。しかし臭いは消えません。ひどい臭いがしていました。グリーンさんは、気分が悪くなって、面会室を出たほどでした。
グリーン婦人
恐しく、ぞっとしました。恐しいにおいでした。「何をされたの?」と私が聞くと、「本当にそうされたの、グリーンさん」と彼女は答えました。
ジョン・ウィリス
彼女が気分が悪くて吐いた物を自分の頭でふき取らされたんですね?
グリーン婦人
はい。
ベーコン婦人
私たちが彼女の髪の事について文句を言うと、面会後、娘は小室に連れていかれ、濡れタオルで打たれ、庭ぼうきでごしごしやられたそうです。「何のためにそうされたの?」と私が聞くと、「私の口を固くさせるため」と娘は答えました。
ジョン・ウィリス
ある日警官が来て、ベーコン婦人にリンダがランプトンで死んだ事を伝えました。数時間待たされた後、同婦人は、やっと、当直の医師に会う事ができたのです。
ベーコン婦人
医師にリンダの死因を尋ねると、「床に座っていて、自分で首を絞めた」という答が返って来ました。私が聞き返すと、「彼女は床に座っていましたが、我々が見つけた時は、床で脚を組み、窒息していました」という答でした。
ジョン・ウィリス
全くの偶然、時には、突発的な事故でランプトンに来た患者もいます。マクスウエル・ターンブルの例を取り上げる事にしましょう。
彼は、軍人の家族の出身で、幸せな子供時代を送りました。マンスフィールドのグラマースクールでは非常に良い成績をあげました。そして一二才の時、悲劇が襲ったのです。車にひかれ脳に重傷を負いました。地元の病院で、てんかん発作が始まり、母親が医者に呼ばれました。
ターンブル婦人
保安病院、重警備保安病院が息子には一番いい、と医者は言いました。息子は誰を傷つけたわけでも、襲ったわけでもありませんでした。それでも、医者は、「マクスウエルは重警備病院に行く必要がある」と言いました。それからほぼ二週間たったある日、「息子さんをブロードモアに送る事を決定しました」という手紙が届きました。その時の私たちの気持ちは想像できるでしょう。
ジョン・ウィリス
父親が死亡すると、マンスフィールドで保守党の運動員をしている母親の所に近いという事で、マクスウエルはランプトンに移されました。一九七八年一一月、マクスウエルは、治療グループの中で怒り出しました。
ターンブル婦人
スタッフは、今度は裏階段を通って息子を病棟に連れ戻したんだと思います。階段の一番上に行くと、スタッフはマクスウエルを殴りました。そのため、マクスウエルは目の回りにあざができ、助骨にも痛みを訴えていました。私が会うと、目の回りにあざができ、左目の下に傷がありました。「こんな事は絶対我慢できません。ナースが殴ったとあなたから聞かされたのはこれで二回目です。私は本当の事を知りたいんです。マクスウエル、本当にそうだったんですか?」と私がきくと、「そうですママ。本当は言いたくはないんだ。恐い、本当に恐い」と息子は答えました。「わかりました。御免なさい、マクスウエル。正式に告訴します」と私が言うと、「ママ、やめて。僕が昨日、『ママが通報するぞ』と言った所、スタッフの一人が、『うるさい患者は大変な事になるぞ』と言ったんだ」と息子が言ったんです。
ジョン・ウィリス
マクスウエルの申立ては調査されましたが、ナースにはそのような疑いはないという事でした。調査は、習慣にしたがって、ランプトンのシニアナース自身が行ないました。
我々が話したナースは、証拠が曲げられる事もあると述べています。
パトリック・ブリーン
 各病棟には、事件簿があり、患者が暴行されたり、何らかの負傷をした時には、必ず事件簿に記入せねばならない事になっています。しかし、実際は、逃げ道があるんです。
患者がスタッフに暴行された事がありました。
この時、何もしていない精薄の患者が罪をなすりつけられ、実際にやったスタッフの身代わりとして、その患者の名前が事件簿に記入されました。こういった事は二?三度見た事があります。
ピーター・コリンズ
ランプトンは、文字通り、クローズドショップという感じです。現在ランプトンで働いている管理職の人たちは、二〇?三〇年ランプトンで働いてきた人たちです。彼らは保守的な人たちです。これらの人たちが非常に大きな派閥を作っているように思えます。同僚の一人が暴力沙汰の犯人としてあげられそうになると、彼らは団結を固めます。沈黙の申合せをする事もあります。
ジョン・ウィリス
ナースたちは、病院の他のスタッフが患者の中に一人でいるような事がないよう注意しています。
デビット・ホープウェル(元ソシアルワーカー)
ナースの権限が大きいため、非常に仕事がやりにくかったですね。看護スタッフの多くは――そう、確かに全部とは言いませんが――、私が自分で患者に会う事を認めませんでした。
自分で患者に会うという事は、ソシアルワーカーにとっては極めて基本的な条件、手段なのです。
ジョン・ウィリス
暴力的雰囲気は、ランプトンだけではありません。
近くの精薄病院には、現在、ランプトンから、精神薄弱児を相手にした訓練(三ヶ月)のためにナース訓練生が来ています。彼らは一〇代が多いようです。
ナースのジューン・オートンは、入浴日の晩に起った一一才の精神薄弱の少女とランプトンから来たナース訓練生との間の事件を話してくれました。
ジューン・オートン
少女の泣き声が聞こえました。声からそれがジャッキーだとわかりました。長年やっていると誰の声かわかるものです。彼女はバスに入ってるのに、おかしいなと思いました。
バスルームに行ってドアからのぞいて見ると、信じられない光景が目に入りました。彼女は腰掛けに座らされていました。患者の中には身体を拭ってやる時よろよろする者がいるため、腰掛けが必要なのです。彼女は、足の先を濡れたふきんでぶたれ、金切り声をあげていたのです。私はそこに立って、「一体何をしているんですか?」と言うと、ナースは、「さっきバスに入れてやったんだが、また、ベッドで粗相をしたんだ」と答えました。「だからどうしたんですか。理由にならないでしょう。あなたがしてる事は酷です。」と私は言いました。私は忙然としていて、何を言ったらいいかわかりませんでした。彼女が一時間半ほど泣いた後、私たちは彼女を娯楽室に連れて行き、テレビを見せました。それでもまだ泣いていました。私は、二?三度彼女の所に行きました。彼女は自分の足を握っていました。彼女の足は真赤でした。訓練という事で私たちはいったい何をしているんだろうと思いました。それがランプトンでのやり方だとすれば、ランプトンの患者は憐れです。私が言えるのはそれだけです。
ジョン・ウィリス
一一才の精神薄弱の少女に対する暴力が一方の極だとすれば、この七〇代の老人に対するひどい暴行はもう一つの極です。彼の名は、ホイットリー・ストレーチェンです。ホイットリーは、ランプトンの伝説的人物です。一九二四年、彼は、オクスフォード・サーカスで一つのハンドバックを盗みました。そのために、刑務所ではなく、ランプトンに送られたのです。
その一回の犯罪により、ランプトンやその他の病院で五二年間過ごすことになったのです。あるクリスマスの朝、彼がランプトンのチャペルに行った時、この事件が起りました。
ホイットリーストレーチェン(元患者)
チャペルに行き、膝まずいて祈りました。
女の人にもたれかかったような気がしました。
外に出ると、スタッフの一人が、「ちょっと来い、さっさと歩け」と言いました。私がちょっと手を振って拒絶するような様子を見せると、スタッフは私をつかみ、引きずり出しました。スタッフの内の三人は、廊下を行く間中5/4マイル(二キロ)も私を蹴り続けました。私は、アットリー病棟の一つの部屋のテントの中に入れられました。私のした事はそれだけだったんです。
ジョン・ウィリス
あなたはどこを蹴られたんですか?
ホイットリー・ストレーチェン
そこら中です。陰部も全部です。身体全部があざだらけになりました。
ジョン・ウィリス
5/4マイル(二キロ)もですか?
ホイットリー・ストレーチェン
ほぼ一マイル(一・六キロ)です。ほぼ一マイル、かなりの距離です。全部が石の廊下でした。
ジョン・ウィリス
一人の男に対して・・・・。
ホイットリー・ストレーチェン
三人のスタッフがです。そこら中あざだらけになりました。睾丸も全部です。睾丸もすべて蹴られました。
ジョン・コイ(元ナース)
チャージナースにこの患者の世話するよう言われました。この患者に付添って、大丈夫かどうか確かめろという事でした。患者の部屋に行って、初めて七〇才だということがわかりました。いや、年は定かではありません。
ほぼ七〇才だと思います。この七〇才の老人はベッドに横たわり、ひどく痛がっている様子でした。どうしたのかと尋ねると、老人は寝具を引き下げました。腰から膝のすぐ上までが真黒でした。青い部分さえなく、真黒でした。鼠径部全体もそうでした。胸がむかつくような感じでした。私は、すぐに、チャージナースに訴え、見た事を報告し、更に、看護官(Nursing Officer)に訴えました。しかし、何も反応はありませんでした。ランプトンは、このように、仲間内の団結が強いのです。
ジョン・ウィリス
この番組を製作するにあたり、イギリス全国の一一五名の元患者を追跡調査しました。
残虐行為を申立てた人は、一人ずつ調査しました。元のナース、医者、ソシアルワーカー、事務員など、ランプトンのスタッフ(計四一名)とも話しました。
重大な申立ての合計件数は八〇一件でした。
もっとも最近の暴行事件は、ほんの二?三日前起ったものです。
名指しで残虐行為を非難されたナースの数は、全部で一四六名です。
グラハム・ファース(元患者)
(ランプトンを)表現できる言葉はたくさんあります。ランプトンは地獄です。患者の知性の程度にかかわらず、IQはゼロであろうと、天才であろうと、人間が経験しうるもっとも下劣なものです。説明ができません。これ以上悪い所はないでしょう。この世で最低の場所です。
サンドラ・マシューズ(元患者)
壁にきれいなカーテンをかけても、すばらしい絵、装飾品を置いても、体制を変える事はできません。この残虐な体制は飾りたてても絶対に隠す事はできません。この体制はいまだに続いています。おそらく、今後もずっと続くでしょう。
ノエル・アーデン(元患者)
まとめて言う事はできません。言葉にならないのです。私は憎んではいません。私が怒りをぶちまけたいのは個人に対してではありません。腐敗堕落したのはシステムが悪いんです。
デビット・ホープウエル(元ソシアルワーカー)
私の意見では、ランプトンは、在院者の多くに何の治療も施さないおぞましい施設です。私の親しい誰かがランプトンに行くという事になれば、私は、その前に、思いきってアスピリンを一びん与えたいと思います。
私は本気で言っているのです。
ターンブル婦人
患者である私の息子が受けた扱いを物言えぬ動物にしたら、イギリス中で大騒ぎになるでしょう。何度も言いましたが、もう一度言います。もし八年前に息子がこんなことになるとわかっていればと思うと残念でなりません。昔、私たちは、息子を守ってくれるよう、家に帰してくれるよう、よく神に祈ったものです。でも、ランプトンに面会に行くようになってから、息子を神のもとへお召し下さるよう、よく神に祈るようになりました。しかし、神は、この供物を受けとってはくれませんでした。息子はあんなにひどい状態におかれています。御免なさい。私は・・・・何かすべきだったんです。
―終り―

編 集 後 記
本年八月六、七日の人権・刑法合同合宿については九月号の「こだち」(第二東京弁護士会刑法改正対策特別委員会機関紙)で報告された。この合宿の際発表されたもののうち、英国の保安処分制度の報告等がまとまった。坂田法相、日弁連の訪欧直後であるだけに、保安処分、精神医療を考える上で論議の素材として、有意義であろうと刊行が企画された。
予算の制約の中で、刊行を強力に推進して頂いた理事者、両委員会の正副委員会をはじめとする委員の諸先生方、短期間に事務一切を効率的に進めて頂いた外、これまでの準備段階でお世話になった事務局の五位野氏、安斉氏、船田氏外関係者の皆様に心より御礼申し上げる次第です。
外国に保安処分制度(条文)があるというだけでは、保安処分導入の理由にならないことをこの冊子からくみとって頂けると思う。英国の例はほんの一例であるが大きな教訓だ。治安を重視した閉鎖重警備精神医療施設は、反医療的であるだけでなく、必ずといってよい程人権侵害を起すのである。注意しなければならないのは、開放処遇を原則とする精神医療の先進国英国で、ブロードモア、ランプトンのような大虐待事件が起きていることだ。法務省の管轄する施設は論外として、厚生省にまかせれば保安処分施設はうまく機能するのだろうか。
英国の例からすれば答は否である。英国では特別病院を管轄しているのは内務省ではなくて、保健社会保障省であり、施設は病院なのである。
最も大きな問題は、英国では、犯罪を犯した精神障害者に対する虐待事件に対して、マスコミ、政府、官庁、警察、検察がまじめに取り組んでいるのに、わが国では、犯罪さえ犯していない精神障害者を原則としてきわめて長期間閉鎖病棟へ拘禁しており、しかも、これはあまり問題とされないで、かえって、少数の精神障害者による犯罪のみが大報道され、情緒的に保安処分導入がされようとしていることである。この意味でも、外国から学ぶべきことは多い。
なお本冊子においては、ヨーロッパ人権裁判所の判決をとりあげたが、国連においても、人権規約についての選択議定書(日本は未だ署名せず)にもとずき、人権専門委員会が設置されているが、その活動に関する報告はほとんど明らかにされていない。又精神障害者の人権の問題は、社会経済理事会の下にある人権委員会等によって各方面よりとりあつかわれている。その一は強制入院させられた患者の被拘禁者としての立場であり、これは被拘禁者の人権一般として、被拘禁者処遇最低規準、拷問等の禁止に関する宣言、法執行者の行動準則等の一連の宣言、決議、勧告がある。その二は障害者の人権という問題であり、これについては障害者権利宣言が著名である。又現在差別防止と少数者保護に関する専門委員会は精神障害者保護に関する指針を作成中である。しかしながら、弁護士会の中には、このような国際的機関における人権擁護活動を継続的にフォローしていく態勢はない。人権の国際化ということが言われて久しいが、至急検討する必要がありはしないだろうか。本冊子がそのような認識を弁護士会内に深めるきっかけの一つになれば幸甚である。
昭和五七年一一月
刑法改正対策特別委員会
副委員長 永 野 貫太郎
人権擁護委員会
副委員長 戸 塚 悦 郎

資料
昭和五七年度刑法改正対策特別委員会部会編成
昭和五七年度刑法改正対策特別委員会正副委員長等
昭和五七年度人権擁護委員会部会編成
昭和五七年度人権擁護委員会正副委員長等
第二東京弁護士会テレビビデオ・テープ貸出願
第二東京弁護士会テレビビデオ・テープ貸出要綱

昭和五七年度刑法改正対策特別委員会部会編成
少 年 法 部 会
部会長 庭山正一郎
委 員 岩倉哲二、小野正典、木村庸五、清水正明、鍋谷博敏
    藤森勝年、堀口真一、宮川泰彦、宮本 智
保安処分研究小委員会
小委員長 永野貫太郎
委  員 有賀正明、河合弘之、黒田純吉、斉藤則之、清水 徹
     鈴木 宏、須藤正樹、戸塚悦郎、富永赳夫、前田知克
草案検討小委員会
小委員長 田中富雄
委  員 石井吉一、石崎和彦、井口寛二、門屋征朗、駒沢 考
     錦織 淳、水石捷也、松本昭幸
対外活動小委員会
小委員長 千葉昭雄
委  員 石塚文彦、田宮 甫、永盛敦朗、広瀬哲夫、前田知克
     諸永芳春、山田勝利
広報小委員会
小委員長 小野淳彦
昭和五七年度刑法改正対策特別委員会正副委員長等
委員長   内 田 剛 弘
副委員長  田 中 富 雄
同     小 野 淳 彦
同     永 野 貫太郎
同     庭 山 正一郎
同     千 葉 昭 雄
担当副会長 黒 田 英 文
担当事務局員船 田(上期)五位野(下期)
昭和五七年度人権擁護委員会部会編成
第一部会「マスコミと人権」
  部会長 遠 藤 英 毅
  委 員 荒木田   修 牛久保 秀 樹 小 倉 良 弘
      川 上 明 弘 坂 本 建之助 須 藤   修
      中 垣   裕
第二部会「保釈制度の運用」
  部会長 安 井 桂之介
  委 員 猿 山 達 郎 佐 藤 欣 子 清 水 洋 二
      土 谷   明 橋 本 副 孝 横 田 雄 一
第三部会「精神医療と人権」
  部会長 戸 塚 悦 郎
  委 員 朝 倉 京 一 喜田村 洋 一 佐 藤 博 史
      清 水   徹 長谷川 幸 雄 堀 内 俊 一
      光 石 忠 敬 安 田 好 弘
昭和五七年度人権擁護委員会正副委員長等
委員長   長 岡   邦
副委員長  光 石 忠 敬
同     安 井 桂之介
同     戸 塚 悦 郎
担当副会長 葉 山 水 樹
担当事務局員五位野(上期)安 斉(下期)

第二東京弁護士会テレビビデオ・テープ貸出願
第二東京弁護士会 御中
私は別紙添付の「貸出要綱」に従うことを確約し、下記の要領にて貸出の許可をお願いします。

申請者                              ?
氏 名
連絡先    (TEL)
作品名    (VHSシステム ベータマックスシステム)
使用日時
使用目的

私は、申請者に別紙添付の「貸出要綱」を遵守させることを確約します。
紹介弁護士                 ?

第二東京弁護士会テレビビデオ・テープ貸出要綱
当会が保有し使用権限を有するテレビビデオ・テープ「私はブロードモアにいた」は英国セントラルテレビが、また同じく「秘密病院ランプトン」は英国ヨークシャーテレビがそれぞれ著作権を有していることに鑑み、以下のとおり貸出要綱を定める(上記のビデオ・テープを以下「本件ビデオ・テープ」という)。

1.本件ビデオ・テープは、研究、教育、パブリック・リレーション用に使用することを目的とする者に対してのみ貸出する。
2.前項の貸出は無料とする。ただし、人員派遣費用その他の貸出実費は借用者の負担とする。
3.本件ビデオ・テープを借用した者は、事情の如何を問わず、無線または有線によるテレビ放送もしくはその内容の出版をしてはならず、その他営利の目的のためにこれを使用してはならない。また第三者をしてこれらの行為をさせてはならない。
4.本件ビデオ・テープを借用した者は、そのコピーをとってはならず、また第三者をしてそのコピーをとらせてはならない。
5.本件ビデオ・テープを借用中紛失または破損したときは、借用者は、直ちにその旨を当会に申出なければならない。この場合、その回復に要する費用は、事情の如何を問わず、借用者の負担とする。
6.第3項ないし第5項に違反した借用者は、それによって発生する責任を負う。
7.本件ビデオ・テープを借用しようとする者は、貸出願に、紹介弁護士1名以上の署名押印をえた上、該当事項を記入して当会に提出しなければならない。
8.貸出願に署名押印する紹介弁護士は、第3項ないし第6項に定める借用者の法的義務につき連帯して責任を負う。


*再録:桐原 尚之
UP: 20130921 REV:
精神障害/精神医療  ◇反保安処分闘争  ◇全文掲載 
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