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「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」に対する意見書

日本精神神経学会理事会 19810929


 今回、貴会の刑法「改正」阻止実行委員会において作成された要綱案、「精神医療の抜本的改善について」は、多大な研究・努力の成果と拝察いたします。しかし、わたしどもから見ますと、ここにはいくつかの基本的な点で重大な誤解をまねくと思われる視点が混入しており、そのためこれが全体としてはきわめて危険な結果をもたらすという危惧を抱かざるをえません。そのため取り急ぎ以下の点を貴要綱案に対する本学会の基本見解としてまとめ、提示することにいたしました。
 「精神医療」の当事者は、とりわけ精神障害者であり、また精神障害者家族であり、そしてわたしたち精神医療従事者であります。そして、精神医療改善案の作成にあたっては、まず当事者の意見が優先されてしかるべきかと思います。貴会が精神医療の改善案についての意見を表明されるに当っては、当事者の意向を充分に汲みとられたうえで、慎重な配慮のもとにしていただきたいと考えます。
 実際のところ、本学会理事会では、貴会よりの「保安処分に関する質問事項」を検討していた最中であり、貴要綱案が突然に公表されたため、若干の驚きと当惑を禁じえませんでした。
 以上の点をよろしく御配慮いただいた上で、わたしたちは貴会に、この要綱案を一旦白紙に戻す形で、再度、根本的に再検討し直すことをお願いしたいと思います。

1)精神医療に対する社会防衛的視点について
 貴要綱案は、「精神医療の抜本的改善について」とうたっておりますが、その実は、精神障害者の犯罪をいかに防止するかが全体の中心的テーマとなっているように見受けられます。つまり、一部の精神障害者が不幸にしておちいる犯罪行為をいかに防ぐかという視点が、精神医療全体の抜本的改善のための中心的なモチーフとなっているように見受けられるのです。ここに基本的な問題があります。
 精神医療の改善は、あくまでも病者の人権の擁護(差別撤廃を含む)と、治療者ー病者間の信頼関係の形成とを基軸としてゆかなくてはなりません。そしてそのことが結果的に、精神障害者を不幸な犯罪への道から防ぐことにもなる、と考えられます。つまり、「精神障害者の犯罪」が起きないようになることはあくまでも結果であり、「犯罪防止」の視点、社会防衛的視点が決して先行してはならないものであります。
 ここで具体的に、貴要綱案における問題の表現を指摘してみましょう。例えば、「精神医療の抜本的改善こそ最も実効のある積極的方策であって」(はじめに、二)、「これに対し、精神医療と福祉の立場から対応していくならば、初犯であれ、再犯であれ・・・・・・」(2(1))等々であります。また具体案としての「措置通院制度」、「第三者的審査機関」等も、問題になってきます。(後述)
 精神医療の一部の問題を全体化し、ひいては社会防衛的視点が精神医療改革の基軸となるならば、そのことは重大な害悪を精神医療にもたらします。現在、精神障害者に対する隔離・収容を廃し、その人権を擁護してゆこうとすることは、全世界的な動向であり、わたしどもの基本姿勢でもあります。社会防衛的視点の貫徹は、この動向に反するばかりか、ひいては精神医療全体の保安処分的体質の強化をもたらすことになるからであります。

2)精神医療の現状認識について
 「精神障害者の犯罪」は犯罪白書を冷静に分析しても明らかなように、現在決して危機的状況にはありません。「精神障害者野放し」論はあくまでも法務省等のつくりあげた虚像であります。むしろ現在、真に危機にあるのは、精神障害者の人権であり、真の意味での治療状況であります。全国に入院している約31万人の病者のうち多くが、未だに長年月にわたって不当に隔離・収容されており、人権侵害をうけているという現実、したがって治療者ー病者間の信頼関係の成立がきわめて困難であるという現実からこそ、わたしたちは出発すべきであると考えます。精神医療改革案は、この厳しい現状の改革をこそ基本視点として持たなくてはなりません。
 貴会におかれましても、この点は既に御存知のこととは存じますが、にもかかわらずこの視点が背景に退いてしまっていることは、きわめて残念なことであります。法務省への対抗上、貴会の見解が法務省のペースにまきこまれてしまうことをわたしたちは危惧します。

3)「精神障害者」像について
 要綱案から浮かび上ってくる「精神障害者」像は、あたかも犯罪予備軍であり、何をするか分らない、特異な人々であるかの如き印象を与えます。苦悩と孤立の末に不幸にして「精神障害者」に陥った人々は、決して犯罪予備軍でもなく(犯罪率は全体平均より低いことは周知の事実です。)、また決して特異な人々でもありません。とりわけ複雑化し、矛盾に満ちた現代社会においては、あらゆる人が精神障害に陥る可能性があるといって決して過言ではないのです。「精神障害者」とは、決して一部の「何をするか分らない人々」ではなく、やまいに悩む患者であります。また、わたしたちが「精神病質」概念を「精神障害」から除外していることは、既に御存知のことと思います。
 ごく基本的なことを述べましたが、この点の認識がきわめて重要であり、この点の誤解がきわめて重大な危険をもたらす可能性があることを指摘したいと思います。

4)社会と差別
 不幸にして精神障害者の一部が犯罪においやられる場合も、決してその人々が「犯罪素質」を有するからではありません。貴要綱案の中には指摘されているように、社会の中で孤立させられた結果である場合が大多数であります。この点を改善するためには、狭義の「精神医療」の抜本的改善のみでは不充分であり、同時に社会構造の改善も問われてきます。この点でとりわけ、精神障害者をとりまく社会の差別・偏見の構造が問題にされなくてはなりません。特にこれが、法的にもさまざまな差別的「欠格条項」として制度化され、合法化されていることは、重大問題であると考えます。
 この点の指摘が貴要綱案の中に脱落していることは、きわめて残念であると思います。

5)具体的諸提案について
 以上は、基本的視点の問題について述べてきましたが、それにもとづき、以下にごく簡単に、主要な具体的諸提案につき、問題点を指摘したいと思います。
@「第三者的審査機関」について
 貴会要綱案の重要な柱の一つとして「第三者的審査機関」設置の問題があります。特にこれが退院のチェックに権限をもつことに、わたしたちは大きな危惧をもちます。ここに社会防衛的視点が浮きぼりにされていると言わねばなりません。このような性格をもった第三者機関は、設置されれば必ず、退院の遅延を招き、措置入院制度の保安処分的体質の強化、ひいては精神医療全体の保安処分的体質の強化をもたらすものと考えられます。
 なお、本学会でも精神衛生法との関係で、第三者機関の設置を提唱しておりますが、これはあくまでも精神障害者の人権を保障することに目的を限定しており、この点が貴要綱案における第三者機関とは基本的に性格を異にしていると考えます。
A「措置通院制度」について
 法的拘束力をもって病者を通院させようとする発想は、同様に社会防衛的視点にもとづくものであり、きわめて危険であります。これがもし強行されれば、@と同様に当該の病者のみでなく、精神医療全体を害するものとなると考えられます。
B「国公立病院の役割の増大」について
 精神医療において国公立病院の占める位置の重要性は言うまでもありません。だが、もしこの役割の強調が、精神医療の諸矛盾をすべて国公立病院にひきうけさせようという形でなされるならば、危険な結果を招くと考えられます。精神医療におけるさまざまな困難な問題は、国公立・私立を問わずすべての病院が、それぞれの仕方で担ってゆかなくてはならないと考えます。
C「薬物(とりわけ覚醒剤)中毒」について
 とりわけ現在法務省が重視している「覚醒剤中毒」問題について一言しますと、必要なことは、覚醒剤の根絶以外にありません。「禁絶処分」が有害無益であることは、貴会要綱案の指摘する通りであります。また、「公立の治療所」は、問題が多いため、慎重に考えるべきであります。

 以上5点にわたって述べてきましたが、わたしどもの危惧を要約すれば、次のようになります。
貴会要綱案は、様々の苦心の結果でありそこには多くの生かされるべき提案があるにもかかわらず、全体として社会防衛的視点が強く混入しており、そのため結果的にはむしろ精神医療に重大な危険をもたらす可能性が強い、ということであります。このことは、貴会要綱案が、あたかも法務省の保安処分案に対する「代案」であるかの如くに提案されていることと関係があると思われます。精神医療の改善案は、まったく別の視点から、つまり精神障害者の人権の擁護と、相互信頼にもとづく真の治療関係の確立という視点から起案されなければならないのであります。
 以上の観点から、この要綱案を一旦白紙にもどし、当事者との十分な討論を通して根本的に再検討していただくことを、ここで再度強くお願いしたいと思います。

1981年9月29日

日本精神神経学会 理事会
理事長 森 温 理
同 保安処分に反対する委員会
委員長 中山 宏太郎

 
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◇日本弁護士連合会刑法「改正」阻止実行委員会 19810831 「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」


*作成:桐原 尚之
UP: 20110813 REV:
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