抗議文
はじめに
「私達は、1969年日本精神神経学会総会(金沢)以降、病者及びその家族の方々と共に、治安的現行精神衛生法体制解体、隔離収容施設としての精神病院解体をスローガンとして、病者の人権を抑圧する拘禁制度としてしかない精神医療の実態を明らかにし、これを改革する闘いを続けてきました。それは、病院の開放化と自由入院の促進であり、こうして精神衛生法の持つ社会防衛的本質すなわち予防拘禁性を批判していく作業でありました。
そのような歴史的経緯を踏まえず提出された「要綱案」は、10年来の改革運動に反動の冷水を浴せるものでしかないといっても過言ではありません。このことを前提にして左の如く抗議し、「要綱案」の根本的再検討を強く要望し、白紙撤回を求めます。
1.昨年夏以来、政府・法務省は、いくつかの「事件」に便乗して、“精神障害者は危険だ”“危険な精神障害者が野放しにされている”と差別を煽り、そのことによって一気に保安処分新設ー刑法全面改悪を強行しようとしてきました。
2.このこと自身、精神「障害者」を犯罪素因をもつ反社会的なものと決めつけ、その予防的拘束・矯正を行なおうとする保安処分の思想を先取りしており、精神「障害者」に対する差別と社会からの抹殺の攻撃そのものであります。
3.日本弁護士連合会が今回保安処分の「代案」として提出した『精神医療の抜本的改善について』(要綱案)は、このような精神「障害者」に対する差別と保安処分の思想と闘うのではなく、政府・法務省と基本的に同一の立場に立ち、その上で、保安処分を刑法によってではなく、「医療の充実」すなわち措置制度強化を軸とした精神衛生法の保安処分的再編でもって行なうことを提案するものであります。
4.更に、「保安処分の消極性と限界」「精神医療改善の積極性と意義」の項に典型的に表現されているように、社会防衛的目的のためには、保安処分より「精神医療の抜本的改善」の方が「実効」があるとして、精神「障害者」の生活全般を一生にわたって管理していくといういわば保安処分を上まわる方策をうちだしています。
5.したがって『要綱案』は保安処分に反対するどころか、実質的保安処分を「医療」の名に於て推進しようとするものであり、精神「障害者」差別をより全面化しようとするものであります。こりような保安処分「反対」論は、保安処分の一般市民への「乱用」を防止するために、精神「障害者」を犠牲にし、“保安処分はあくまで精神障害者だけに!”という差別主義に貫かれているといえます。
6.日本弁護士連合会は、この『要綱案』を保安処分新設を阻止する意図のもとに提出しているようですが、結局は、保安処分新設を許容し、それを補完するものとして精神衛生法の強化をうたうことにつながるものであります。
7.私達は、現行精神衛生法の措置入院制度を頂点とする社会防衛的、治安管理的精神医療を実態的保安処分体制と把えこれを批判してきました。即ち、刑法によるものであれ、「医療」の名によるものであれ、あらゆる保安処分に反対するものであります。
8.日本弁護士連合会は、精神「障害者」に対する差別主義を根本的に自己批判し、『要綱案』を白紙撤回すべきであります。
1981年9月28日
精神科医全国共闘会議
京都市左京区聖護院川原町
京大精神科 気付
◇日本弁護士連合会刑法「改正」阻止実行委員会 19810831 「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」
◇日本弁護士連合会 19811019 「精神医療の改善方策について(骨子)」
*作成:桐原 尚之