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精神医療の抜本的改善について(要綱案)に関する要望書

病院精神医学会理事会 19810926


要望書

 このたび、日本弁護士連合会の刑法「改正」阻止実行委員会が発表されました要綱案「精神医療の抜本的改善について」は、保安処分制度新設の動きが、急速化している現状からみまして、極めて重要な提案であると私達は受けとめています。
 本学会としましては、すでに1971年、保安処分制度反対の決議を総会において行っています。本学会の会員数は約一千名、主として精神病院の医療従事者から構成されています。
 学会総会における決議は、次のような論議の上で行われたものであります。
一.精神障害者といえども、一人の病める人間であり、当然のこととして正しい治療を受け、健康になる権利(健康権といってもよいでしょう)をもつこと。
二.にもかかわらず、わが国においては、歴史的にみて、精神医療が、常に社会政策として取り扱われてきたこと。
三.その社会政策のイデオロギーは、精神障害者を危険視するところから出発していること。
四.特に現行精神衛生法は、入院手続き、及び行動制限条項を中核としており、病者の諸権利を保障する条項はほとんど含まれず、拘禁法ともいえる形態をもっていること。
五.当然のこととして、精神障害者に対する、不定期ともいえる精神病院への拘禁がしばしばみられ、ここに多くの不祥事件が生じていること。
六.である以上、現行精神衛生法は、精神障害者の権利という視点から根本的に再検討される必要があること。
七.特に、措置入院制度は、精神医療の改革のなかで、撤廃すべきものではあるが、当面のところ、その運用に際しては対象を限定し、拘束期間を厳密に規定し、異議申し立てのルートを明確化し、病者の人権を保護すべきこと。
八.同時に、入院中心主義を特徴とするわが国の精神医療は、諸外国にならい、地域医療・通院医療の方向にその構造を変えねばならないこと。
九.保安処分制度は医療政策ではなく、刑事・社会政策であり、その根底には精神障害者を危険視し、病める者を社会から排除しようとするイデオロギーがあること。
十.当然のこととして、かかる立法によって病める者の治療は期待し得ず、字句通りの処分にならざるをえないこと。
十一.現行の措置入院制度は〔自傷・他害のおそれ〕にもとづく予防拘禁的色彩をもつ。保安処分制度はこの色彩を更に強化しようとするものであり、精神障害者が病めるために、〔疑わしきは罰する〕の処分を受けることは人権侵害となること。
十二.現在、私達が志向すべきことは、病者が社会生活を営みながら治療が可能となる、裾野の広い治療構造をそれぞれの地域に作りあげてゆくことにあること。
十三.こうした構造の確立と福祉政策が平行するならば、薬物療法を主軸とした精神科治療は飛躍的に充実するとみれること。

 以上が、保安処分制度に反対する私達の要訳的見解であります。ここで、いくつかの資料を論じてみましょう。
 まず、強制入院(措置入院)制度に関するものであります。アメリカでは強制入院制度はあります。が、この場合、病者の権利保護条項が厳密に規定されています。例えば、1969年に施行されたカリフォルニア新精神衛生法では、@重篤な精神障害で、自らを傷つけ、他に害を及ぼす危険のある人で、諸サービスを受け得ないか、受けようとしない場合には、期間を限定した手続き(まず72時間、ついで14日間の更新、更に必要ならば90日間の更新)に従い、指定精神病院に強制的に入院させることができる。A強制的に入院させられた人は誰でも裁判所での審査を受ける権利をもつ。B強制的に拘留された人は、誰でも私物を持ち得ること、面会・通信の自由をもつこと。Cこうした諸権利は病院内に掲示され、入院時に病者に告知されること、などが法文上規定されています。なお、参考までに、ウィスコンシン州において、入院患者に、手渡される諸権利のパンフレット(略 編集部)を同封します。このように、精神障害者に対する人権保護は当然のものとなっているのが多くの国の流れであります。
 最も先進的とみられるイタリア改正精神衛生法(1978年)では、強制入院の法的規準として、〔危険性〕を排除し、〔治療とリハビリテーションの必要性〕に絞っていることも注目してよいと考えます。
 いまひとつ統計資料を記してみましょう。
 わが国の精神病床数は人口万対26となっています(1979年)。これに対してアメリカでは、15.7床、イギリスでは16床(1975年)となっています。この数値からも、わが国の精神病床が如何に多いかが推定されると思います。そして、その多くは、一般生活圏を離れて設置されています。それだけ退院後のアフタ・ケアは困難となるわけです。ちなみに、アメリカではこうした病床数の減少に伴い、1973年の時点ですでに、外来通院治療を重視する傾向がみられ対応するためのさまざまな施設が地域内に設立されています。アメリカ精神衛生研究所の報告では、全精神科受療者のうち、外来通院のサービスを受ける者が49%、精神衛生センターでサービスを受ける者が23%となっています。これに対し、わが国では外来通院者はわずかに10数%にすぎず、そのほとんどが、入院治療者となっています。ここに入院中心主義の構造があり、退院者に対するアフタ・ケアがほとんど行われていない実態をみなければなりません。
 とすれば、現状において最も求められていることは、入院施設の拡大・強化ではなく、退院者に対するアフタ・ケア対策をどのように推進していくかであります。地域内にさまざまな治療施設を設置していくことこそが、当然のこととして要求されるわけであります。そのことが結果として精神障害者による不幸な犯罪を防ぐ最大の手だてと言わねばなりません。保安処分制度を新たに導入し、入院処分のみを強化してみても、退院後の治療保障を欠く限り犯罪の防止にはならないわけであります。

 以上が保安処分制度に対する私達の見解と、精神医療の改善に対する意見であります。今回の貴委員会の要綱案には、多くの御研究・御努力をみることができます。が、先に記しました私達の見解との間にはなお、基本的な考え方のズレを認めざるをえません。特に、予防拘禁的色彩をもつ措置入院制度の強化ともみえる第三者機関による退院のチェック、更には措置通院制度等の提案には、反対せざるを得ません。
 重ねて強調したいことは、以下の2点であります。
1.可能な限り、外来通院によって精神科治療が完結できるよう、政策的レベルでわが国の精神科治療構造を変革していくこと。
2.このことによって、強制入院制度を最小限に規定し、その期間を厳密に規定し、異議申し立てのルートを明確化すること、です。

 以上の視点を充分に御配慮下され、要綱案の再検討を強く要望します。と同時に、この過程で当事者との十分な討論を切望致すものであります。

1981年9月26日

病院精神医学会理事会
理事長 広田 伊蘇夫

 

◇日本弁護士連合会刑法「改正」阻止実行委員会 19810831 「精神医療の抜本的改善について(要綱案)」
日本弁護士連合会 19811019 「精神医療の改善方策について(骨子)」


*作成:桐原 尚之
UP: 20110812 REV:
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