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「公開質問状(愛知大学生物学講義の偏見テキスト関連)全国「精神病」者集団・愛知分会0の会」

全国「精神病」者集団・愛知分会0の会→愛知教育大学学長 19790922

last update:20110530


公開質問状

愛知教育大学学長殿
生物学教室、太田教官殿

一九七八年九月

全国精神病者集団愛知分会、0の会

私たち精神障害者は 病の苦痛に加えて差別と偏見、長期的療養に伴う経済的負担と幾重かの抑圧下に呻吟させられてきました。私たちはそれを不当とし、自らの手で重圧をはねかえし、人としての諸権利を奪いかえし、障害者と健常者との共生を志向してたち上がったものです。勿論、偏見の除去、差別の否定は運動上、重要課題として、追求されていることは云うまでもないことです。
あなた方の大学で、去る九月十四日、生物学講義において使用されたテキストの中の『精神障害者と遺伝』の記述は、偏見をあおるもので、私たちに強い衝撃を与えました。
加えて、今日的、精神医学の潮流や疾病観からみて到底『科学』に値しない、劣悪な内容を用い私たち、精神障害者への差別を助長、拡大してゆくものに他ならないと考えます。
なお『キチガイもバカも死ななきゃ治らない』と差別的言辞を使用し、教育者としての品位も節操もかなぐり捨てた低欲さで、私たちの将来を断定することを、どう理解すればよいか判断に苦しみます。また、私たちが激怒するのは『断種』を主張する荒々しい抹殺の論理です。
自由、平等の精神や人権思想を欠落させたところでの、あなたの方の教育とは一体、如何なるものなのでしょうか。
私たちは、あなた方の教育指針、教育姿勢に深い悲しみと壊疑を抱かざるを得ません。あなた方は、私たちに与えた衝撃と怒りをうけとめ、衿を正し、以下の質問に責任ある回答をお寄せ下さい。
@テキストの編集者、あるいは監修は誰なのか氏名を明らかにされたい。
Aテキストの記述について批判的姿勢をもっておられると聞きますが、それを明らかにされたい。
Bあなた方のテキストが社会的、教育的に与えた影響と犯罪的役割りは弁師の余地のないものです。従ってそれを、どのように把え、今後、それにどのように対処するのか明らかにされたい。
C障害者の差別の実態について、あなた方は、どう把握されているのか。また、そのじったいに対して今後、どんな姿勢でのぞまれるのか明らかにされたい。
D今後、この問題に関し、0の会と討論される意向があるのかどうか明らかにされたい。

文責、全国精神病者集団、大野萠子

私は生物学を受講している一学生です。
先週14日の講義の中で
(P.29)
今日、精神病を完治する方法はほとんどない。キチガイもバカも死ななきゃ治らない≠フである。しかも、社会の受ける害と経済的負担は大きい・精薄教育は必要である事はもちろんであるが、これより重導で有効な方法は、これの遺伝を研究して、その遺伝因子を社会から消す事であろう。精薄以外の3種の精神病患者については病院が不足で、我々のまわりに野ばなしになっている者が多い。
放火、殺人の犯人を捕まえてみたら、キチガイであったという実例は日々の新聞に珍しくないのがその証拠である。
ということが話されたと思いますが、こうした文章が大学の講義の中で使われていることについて、私はおどろき、どうしても納得できませんでした。
「遺伝因子を消す」とはいったいどのようなことを意味するのでしょうか。遺伝因子を消すとは、断種する(そういう子どもをうまないようにする、殺す)以外にないといっているのです。私はキチガイ≠ニ呼ばれる人たちとの交流の中で訴えられている悲痛な嘆きを無視させられ、「殺すのが必然」と言いきっていると思ったからです。
また、「放火、殺人の犯人を捕まえてみたらキチガイであったという実例は日々の新聞に珍しくない」と一見、新聞に書かれた事実を述べているようで、「キチガイは何をするかわからない」とキチガイ≠ニよばれる人の事実(犯罪率は健康者が精神障害者の数含める)も知らないままで語っていると思われます。
私は、今まで一般的に言われていることをそのまま受け入れて育ってきましたが、いざ、自分自身で考えてみると、授業内容の根拠は乏しく、授業をそのまま受け入れることは、重大な誤りではないかと思いました。
断種は人が人を抹殺する思想です。その思想に、人権思想のひとかけらももたず、無感動、無批判なまま、私たちが教壇に立つことは、教育の根本理念に照らして、きわめて恐しいことだと思ったからです。人の命を蔑視。軽視したところで教育はなりたたないからです。
生物学を学んでいるみなさんは、14日、今日の授業を、どう考えますか。
博士たちが例の角帽やだぶだぶの学服を着けなかったなら、彼らは世間を欺くことができなかったであろう。世間の人々は、そういう正式の外観にさからうことができないものである。もし法官たちが、真の正義をもつていたなら、医者たちが真の医術をわきまえていたなら、彼らは角帽など必要としなかったであろう。それらの学問の尊厳は、ただそれだけで十分に尊厳されたはずである。だが、想像的な学問しかもっていないので、彼らはそういう空しい道具を用い、肝腎の想像力に訴えなければならない。
パスカル パンセ82章 想像力より抜粋



偏見に満ちたテキスト
精神障害の記述 愛教大で講義に使う
53・9・22

学生、釈明を要求
執筆教官「病気」と休講
教員養成大学である愛知教育大学(刈谷市井ケ谷町、橋爪貴雄学長)の生物学テキストに「キチガイもバカも死ななきゃ治らない」「低能は断種する必要がある」などといった問題記述が随所に見つかり、学生たちが医学の常識に逆行、人権監視・差別を助長するものだと指摘、執筆した教官に釈明を求める動きが起きている。当の教官は病気を理由に外部との接触をことわっているが、他大学の精神科医らは科学以前の問題≠ニいい、患者たちは「私たちに死ねというのか」と、抗議の声をあげている。
〈注〉愛知教育大学は昭和二十四年、愛知第一師範、同第二師範、愛知青年師範の各学校が合同して愛知学芸大となり、四十一年、名称変更で愛知教育大となった。ことし五月一日現在の学生数は四千百余人。
問題のテキストは、同大学のA助教授(四二)=動物生理学=が今春、つくった「生物学ー人類の未来をもとめて」。大学ノート大で五十四ページ。約八十人の受講生に一冊五百円で配布した。週一回ある同助教授の講義で教材として使われていた。
問題点を指摘された記述は次の一節である。
「今日、精神病を完治する方法はほとんどない。キチガイもバカも死ななきゃ治らない≠フである。しかも、社会の受ける害と経済的負担は大きい。精薄教育は必要である事はもちろんであるが、これより重要で有効な方法は、これの遺伝を研究して、その遺伝因子を社会から消す事であろう。精薄以外の3種の精神病患者については病院が不足で、我々のまわりに野ばなしになっている者が多い。放火、殺人の犯人を捕らえてみたら、キチガイであったという実例は日々の新聞に珍しくないのがその証拠である」(原文通り)
また、このほかにも「癖は磁石のように悪を引きつけるのが世の常らしい。だから、低能は委縮する必要がある」などの記述もあった。
今月十四日の授業で、学生から偏見だ。納得できないと質問があり、授業後、学生たちとA助教授の間で論争が起こった。学生たちは、テキスト作成の意図と経過、A助教授の考え方などについて、釈明を求めたが、結論は出なかった。その後、数回のやりとりがあったが、「明快な返答が得られない」と、学生たちは再度の回答を求めていた。
二十一日には、A助教授の今期最後の授業が予定されていたが、この日の授業は病気を理由に臨時休講となった。
この講義を受けた愛知教育大学四年生A子さん(二一)は「こんな文章が大学の講義に出てくるなんて信じられない。遺伝因子を消す、とは一体どういうことなのか。断種とは殺すということなのでしょうか。精神障害者と交流を持っていますが、どう説明していいかわかりません。ここには人権を大切に守ろうとの思想が、まったくありません。人命を蔑視(べっし)したところでは真の教育は成り立たないと思います」と話している。
A助教授と同じ生物学教室のある教授の話では、A助教授は自分の関係する生物学部門についての研究は熱心だが、精神衛生問題にはあまりくわしくない。テキストをつくるときに十分な時間がとれなかったため、先輩の教授たちの論文や資料を相当利用していたふしもある。
また、この教授は、テキストの中に好ましくない表現がある点に気づいて、A助教授と話し合ったこともあるが、「テキストはあくまでも資料として使い、その記述部分については、批判的な姿勢で授業の中で紹介して行く」という意向のようだった。その点を、学生にも説明していたが、十分理解してもらえないようだった、と話している。
しかし、これに対して学生らは「A助教授の授業は、テキストを読み上げるのが中心で、あまりノートを取る必要も感じなかった。
批判的な姿勢があったとは思えない」と反発している。
小祝武雄・愛教大学生部長は「A助教授が病気で会えないので、本人の真意や、どうしてこのようなテキストができたのか、はっきりしない。今後の対応策は、A助教授の話を聞いてから検討する。しかし、学生たちに誤解を与えるようなテキストではまずいので、改めなければならないだろう。A助教授は自分の研究に熱心なあまり、教材づくりの点で注意の足りない部分が出たのかもしれない」と話している。

ナチスばり暴論
差別観助長に戦りつ
驚く学者怒る患者ら
名古屋市守田区・守山東病院の無診療♀ウ者の人権無視などが問題となり、精神障害者に対する偏見が懸念されているが、それを助長するような教育≠ェ、教員養成大学で行われていたことに関係者は驚いている。生物、精神医学研究者たちは一様に「戦前の記述、時代錯誤というより、もう科学ではない」という。テキストを見た学者の中には「これはひどい」と絶句する人もいた。
名大名誉教授、日本福祉大教授・堀要氏の話 「精神病は完治しない」というが、現在では雄治性の分裂病も治っている。「キチガイ、バカ」とは、とんでもない人間さべつ。「社会の受ける害が大きい」とは何なのか、それがどの程度に大きいのか。
また、「精薄教育と遺伝」を比較すること自体がおかしい。
遺伝というが、遺伝以外の要因の方が大きい。「野放し」というが、治療の流れに逆行して閉じ込めよ、というのか。「事件の犯人がキチガイ」というのも、とんでもない。一般の人が事件を起こす割合の方がもっと大きい。差別はなくさなければならないのに拡大する考え方だ。「低能は断種」とは、ナチスばりのいい方だ。
愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所遺伝学部長・藤木典生医博の話 根本的に流れる思慰が時代錯誤もはなはだしく、驚きの一語につきます。また、心身障害者は遺伝という誤解、偏見を正すためみんなが努力しているなかで、これに逆行するような教育が行われていることにも驚くばかりです。一般に精薄(という言葉遣いもおかしく、精神遅滞といいます)、精神分裂病、そううつ病などは遺伝というより、子どもが母胎にいる時、母親が病気をしたとか、薬を飲んだとかの外界からの誘引、環境によって発現する場合が多いのです。だから、遺伝と環境のからみで、環境に注意し、変えて行くことが大切なのです。それを断種以外に方法はない、というのはナチと同じいい方です。人間性を失った科学の進歩≠ナあってはならないのです。
作家北杜夫さんの話 精神病にはある程度、遺伝が関係あると思うが、いくらなんでも断種するというのは暴論だ。そうしたら、ボクも断種しなければならない。天才の中だっていろいろ(精神障害者)いますよ。ドストエフスキーはてんかんだったし・・・。いまは早期治療さえすれば分裂病患者でも、その多くは社会復帰できるのだから、再発の危険性はあるにしても、(断種は)やはりいいすぎでしょう。
精神病歴を持つ人たちのグループ「〇(ゼロ)の会」の代表、名古屋市南区在住、大野萠子さん(四二)の話 このテキストを読んだ時、私は思わず悲しみと怒りの涙がこぼれました。精神障害者の半数はこのテキストだけで、絶望して自殺するでしょう。教員の養成機関で、こんなひどいものがまかり通っているとは断じて許せない。
(障害者に対する)差別が、こうした教育者たちによって、系統化され、助長されていくことに戦りつを覚えます。

*作成:桐原 尚之
UP:2010528 REV:
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