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届かなかった一冊の本 @

河村 宏 19810703 図職討議資料

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 届かなかった一冊の本 @
 図職※討議資料 '81・7・3

 ※東京大学附属図書館職員組合 ※以下の石川さんは石川准さん

 社系大学院の石川さんが一枚の文献リストを運営のカウンターに持ってきたのは確か四月末のことでした。和洋それぞれ十冊ずつほどの文献を皆で分担して読んでゼミで紹介するとのことでした。
 彼が担当しているのは、英文の単行書で、レポート期日は五月二十五日。――

 英文図書録音に関する問題点と英語点訳書の不足
 墨字本(普通の印刷のこと。点字図書、録音図書と区別する表記)は新聞研にあることがわかりましたが、これを録音するには、英語の力がある人が三十時間くらいをかける必要があります。毎日二時間費やして十五日間。雑音が入らない状態で一日二時間を確保するのは、録音室に入りでもしない限り無理。うっかりすれば一か月はすぐ経ってしまいます。
 それに杓子定規なことを言い出すと、海の向こうに住んでいる著作者から録音の許可をもらわない限り、著作権法に抵触するおそれがあるという文化庁著作権課の見解をどう受けとめるかという問題もからんできます。
 点字にすれば著作権法の問題は解消しますし、熟読するには一番なのですが、残念ながら点訳できる人が少ないことと、特に英語点訳の熟練者(一字一字点訳するのは比較的容易ですが一定の規則に従った短縮語にして点字にする「二級点字」でないと速く読めない)が得られないこともあって今回はとても間に合いません。

 国立国会図書館、公立図書館でもまだまだ体制不足
 学外で頼りになりそうなところは…と考えると、まず国立国会図書館。しかしここは申し込んでから録音テープを手にするまでに早くて三か月。平均六か月から一年もかかります。その上、著作権処理の関係で著作権者が外国人であるもの(洋書原本はもとより、著作権の生きている訳本も)は受けつけてくれません。
 次に都立中央図書館。非常に意欲的に取り組んでいますが、人手の関係で、今回はとても間に合わないことは明白。他県では川崎の盲人図書館と埼玉県立川越図書館が英語文献の録音に取り組み始めていますが、むしろ先方から「英語の録音をやってくれるボランティアが東大にいませんかね。」と頼まれるありさまです。
 日本点字図書館と大阪のライトハウス盲人情報文化センターとは日本の点字図書館の双璧をなすものですが、ここは、小説などのレクリェーション用の読者を主にしていて、学術書の録音をリクエストできるような体制ではありません。

 米国RFBを頼りに!
 ではアメリカには無いか。早速昨年末にアメリカから持ち帰ったRFB(Recounting For the Blind)(注:Recountingは不鮮明で読み取れない)のぶ厚い目録を見ました。あった! なんとそのものズバリがRFBのマスターテープライブラリーにあります。三月に実験的に石川さんから依頼された文献を二冊頼んでみました。早かった一冊は三週間後に到着。遅い方は四月末になっても届いていません。(後に船便で五月二十九日に届きました。)
 一抹の不安はありましたが、とにかく取り寄せることにし、依頼書を「五月二十五日のゼミに使うので、その前に届くよう御配慮願いたい」という文書を添えて五月一日に発送しました。この時、やはりRFBのマスターテープライブラリーにあることがわかった文献を他に三冊発注しました。
 RFBの録音テープは、無償で貸し出され、郵便料も国際郵便条約で無料です。但し、航空便は有料のはずですが、どういうわけか三月依頼した分は切手無し(無料)で航空便で届いたとしか考えられません。ここに期待をかけてとにかく依頼したわけです。

 NLS/BPHの目録も入手できた…
 米国議会図書館の一部門であるNLS/BPH(National Library Service for the Blind & Physically Handicapped)も約三万タイトルの録音図書と点字図書を持っており、これもインターライブラリーローンで無料で借用できます。これの目録(マイクロフィッシュ級(注:級は不鮮明)のいわゆるCOM)は、大阪の盲人情報文化センターから、林さんと宮島さんが出張の折に借用してきてくれましたので、今、RFBの五万タイトルと合わせて、英文資料の八万タイトル分の目録が手元で検索できるようになっています。
 この結果、石川さんが必要とする資料は、日本語のものは殆ど新たに録音あるいは点訳しなければならないが、英語のものならばアメリカから借りられる可能性が高いという状態になっています。
 さて、ゼミで使う予定の文献に戻りましょう。

 それでもやっぱり届かなかったテープ
 五月十二日頃、RFBから次のような手紙(五月五日付)が届きました。「以下のリクエストの文献があなたのために予約されました。マスターテープからの複製が終り次第発送されます。テープは貸与されるものですから一年以内に返却してください。」
 昨年RFBから聞いた話では、依頼を受けてから一週間以内に発送を完了するとのことでしたので、遅くとも五月十二日に発送で航空便ならば二十日までに着くかも知れない…。
 しかし一抹の不安はありました。ひょっとして船便だったら…。石川さんには万一船便で発送された場合はとても間に合わないので、対面朗読のボランティアのことも考えておいて欲しいと連絡しました。そういう場合の応急の対面朗読を図書館として手配しないで彼に押し付けてしまっていることに疑問を感じつつ。
 結局テープは二十二日(金)になっても着きませんでした。幸い、ゼミの発表が教官の都合で二週間のびたので、石川さんはそれに望みを託して待ったのですが、やはりテープは未だ届かず、彼はボランティアを自分で見つけて、短時間でその本の概略をつかむしかありませんでした。
 その代わり、三月に依頼したもう一冊が五月二十九日に到着しました。箱はつぶれ、カセットが一部破損するなどの満身創痍の小形包装物(スモールパケット)は、届くまでの長時間の旅を物語っているようでした。

 今年は国際障害者年。運営掛の河村さんに総合図書館の障害者サービスの現状と問題点、今後の課題をまとめていただきました。四回にわたって逐次皆さんにお届けします。


UP:20190312 REV:
河村 宏  ◇異なる身体のもとでの交信――情報・コミュニケーションと障害者  ◇石川 准(社会学)  ◇病者障害者運動史研究  TOP HOME (http://www.arsvi.com)◇