■95/12/08 らい予防法見直し検討会報告書 ※NIFTY-Serve:GO MHWBUL(厚生省行政情報)より  ここには厚生省関連の行政がたくさん掲載されています。  アクセスしてみてください。              らい予防法見直し検討会報告書 1 はじめに  我が国の「らい予防対策」は、1907年(明治40年)の「癩予防ニ関スル件」 の制定を契機とし、以来、数度の見直しが加えられ、1953年(昭和28年)に現行 の「らい予防法」となり、現在に至っている。その基本的考え方は、一貫して感染源対 策としての患者の「隔離」を推進することにより、「らい」の予防を図るということに あった。  しかしながら、こうした考え方に基づく現行のらい予防法は、今日の医学的知見に照 らしそぐわなくなっており、現状においては弾力的な運用がなされているとはいえ、 実情にそぐわない法が現に存在していること自体が問題視されているところである。  また、らい予防法の問題を巡っては、昨年11月の国立ハンセン病療養所所長連盟の 見解を始め、本年1月には全国ハンセン病患者協議会、4月には日本らい学会と、関係 団体から「らい予防法の抜本的見直し」についての見解が相次いで表明されたところで ある。  さらに、これら関係団体から示された見解等も踏まえ、平成4年から「らい予防法問 題」について検討を重ねてきた厚生省委託調査事業による「ハンセン病予防事業対策調 査検討委員会」が、本年5月に「らい予防法の抜本的見直しについて」の検討を求める と同時に、現在、全国に存在する13の国立療養所と2の私立療養所においては、未だ 6000名近い入所者が長きにわたり療養生活を過ごしている実態があることから、こ れら入所者の生活を保障していくことに特段の配慮を求めることを内容とする報告書を とりまとめたところである。  本検討会においては、こうした指摘等を踏まえ、また、社会から物理的にあるいは心 理的に「隔離」され、これまで幾多の辛酸をなめてきた、かつて「らい」を病んだ人々 とその家族の苦難の歴史を名実共に終結させるため、らい予防法とそれに関連する諸問 題について、医学検討小委員会における検討を含め、10回にわたる慎重な検討を重ね たが、その結果がまとまったので報告する。  なお、本報告書においては、原則として「ハンセン病」という言葉を用いるが、報告 書の文脈上「らい」と記述する必要がある場合等は「らい」を用いる。 2 医学的考察 (1) ハンセン病及びらい予防法についての現在の医学的評価  ハンセン病は、らい菌によって引き起こされる慢性の細菌感染症の一種であるが、ら い菌の毒力は極めて弱く、殆どの人に対して病原性を持たないため、人の体内にらい菌 が侵入し、感染が成立しても、発病することは極めて稀である。このように、ハンセン 病では、菌の感染と発病との間に大きなずれがあることから、このふたつは厳密に区別 して考えることが重要である。  また、集団レベルで、ハンセン病の発生率を見た場合、社会経済状態の向上に伴い減 少することが疫学的にも証明されており、社会・経済因子がハンセン病の発病に強い影 響を与えることが知られている。現在、ヨーロッパや社会経済状態の向上した我が国等 においては、ハンセン病は、既に終息しているか又は終焉に向かっており、現在では、 世界のハンセン病患者の多くは、南アジア地域を中心とした地域に分布している。なお 、我が国のここ数年の新規患者登録数は、年間で僅か10名前後にとどまっている。  現在、ハンセン病の治療は、化学療法を中心に行われるが、化学療法の導入は、19 43年(昭和18年)のプロミン(スルフォン剤の一種)の有効性についての報告に始 まる。昭和20〜30年代は主としてスルフォン剤による単剤治療が行われた。さらに 、昭和40年代の後半になり、リファンピシンが、らい菌に対し強い殺菌作用を有する ことが明らかになった。  その後、WHO(世界保健機関)が1981年(昭和56年)に提唱した多剤併用療 法(リファンピシンを主剤とし、これに複数の化学療法剤を加えた療法)は、我が国に おいても、次第に治療の主流となった。多剤併用療法は、その卓越した治療効果だけで なく、再発率の低さ、患者に多大な苦痛と後遺症をもたらす経過中の急性症状(らい反 応)の少なさ、治療期間の短縮などの点で画期的な療法であり、また、僅か数日間の服 薬で菌は感染力を喪失するため、感染源対策としても有用である。  多剤併用療法が確立されて以降、ハンセン病は早期発見と早期治療により、障害を残 すことなく、外来治療によって完治する病気となり、また不幸にして発見が遅れ障害を 残した場合でも、外科的療法やリハビリテーションの進歩により、その障害は最小限に 食い止めることができる。  以上のとおり、ハンセン病は、現在の我が国においては感染しても発病することは極 めて稀であり、また仮に発病しても、適切な治療により完治する病気であることから、 医学的な見地からは、らい予防法に定めるような予防措置(隔離等)を講ずる必要性は 存在しない。したがって、らい予防法に定める予防措置は廃止されるべきである。 (2) 今後の新規発生患者に対する治療のあり方  (1) に述べたごとく、現在、ハンセン病は医学的には法律に基づく措置をもって対処 すべき特別な疾病ではなく、今後、新規に発生する患者に対しては、原則として、一般 医療機関の外来による診療が行われるべきであり、国においては早急にそれに必要な対 応に努めるべきである。  ハンセン病患者の急減に伴い、ハンセン病治療の専門家が減少している現状を踏まえ ると、例えば、一般皮膚科・神経内科医向けの診断・治療指針を作成する等ハンセン病 治療に関する専門知識を普及する等の対応を行うことが必要である。 3 政策的考察(療養所入所者の処遇の問題等)    (1) 基本的考え方   従来から回復者については、運用により、いわゆる「軽快退所者」として社会復帰( 療養所の退所)が認められているところであるが、今般、らい予防法に定める予防措置 を廃止することに伴い、療養所に入所している者で退所を希望する者は、当然の権利と して自発的意思に基づき退所することができる。この場合、国はその社会復帰に必要な 支援に努めるべきである。しかし、現実には、療養所の入所者の大半は、引き続き療養 所にとどまることを希望しているものと考えられる。したがって、らい予防法の見直し に伴い、これら入所者に対する処遇をどのように考えるべきかを検討する必要がある。  この点、現行のらい予防法は、第1条においてその目的を「らいを予防する」ととも に「らい患者の医療を行い、あわせてその福祉を図り、もって公共の福祉の増進を図る こと」と規定している。また、第11条においては、「国は、らい療養所を設置し、患 者に対して、必要な療養を行う」と規定し、第12条においては、「国は、入所患者の 福利を増進するようつとめる」旨規定している。さらに、第21条においては、「入所 患者を安んじて療養に専念させるため」の措置として、入所患者の親族に対する援護を 規定している。   これらのらい予防法に基づく医療及び福祉の措置は、ハンセン病患者の救護という側 面と同時に、「らい予防対策」を円滑に実施するために特別の立法政策上の配慮に基づ き行うという性格を有していると考えられる。   そこで仮に、らい予防措置を廃止することになれば、それを円滑に実施するというよ うな性格は失われ、入所者等に対する医療及び福祉の措置はもはや維持・継続する必要 性が無くなるのではないかという議論がある。そして、このことが、これまでのらい予 防法の見直しに対する慎重論の論拠の一つとなっていたものと考えられる。   しかしながら、現在の療養所入所者は、その殆どがハンセン病そのものは治癒してい るものの、視覚障害や肢体不自由等の後遺障害を有していること(しかもその8割弱が 障害程度2級以上の重度障害者である)、既にその平均年齢が70才に達し、全体でも 60才以上が8割以上を占めるなど高齢化していること、1人平均3.3疾病を有する など多くが合併症を有する患者であること等の理由により、現に社会政策上の配慮が必 要な者である。さらに、入所者の置かれている状況として最も特筆すべきは、こうした 身体的状態に加え、1「らい」には長年根強い社会的な偏見・差別が存在してきたこと 、多くの患者が久しく家族と縁を切っており、また、結婚に際し優生手術を受けた入所 者の場合など頼るべき子供がいない等帰るべき家族が存在しないこと、7割以上の患者 の在所期間が30年を超えているなど長期にわたる療養所生活を送ってきた結果、社会 に復帰して自立する手段を持っていないこと等の理由により社会復帰することが極めて 困難な状況にあること、2法により、あるいは社会的圧力により、療養所への入所を余 儀無くされ、療養所において長期にわたる療養生活を送ってきた結果、もはや療養所が 生活の場となっており、入所者自身が第二の故郷として、余生を今までどおりに過ごし たいと強く要望していること等他の一般の身体障害者や高齢者等とは異なる歴史的・社 会的な特殊性を有していることである。   こうした状況は、らい予防法という法的枠組みに、古くから根強く存在してきた「ら い」に対する社会的な差別や偏見が重なりあって作り上げられたものであり、療養所に 引き続きとどまることを希望する入所者に対しては、社会全体の責任として、入所者の 置かれている特別な状態に着目して、一般社会保障制度とは異なった特別の政策上の配 慮が加えられるべきであり、従来どおり療養所において現在行っている処遇の維持・継 続を図るとともに、患者家族に対する援護措置も継続することが相当であると考えられ る。   以上の維持・継続すべき処遇には、入所者に対する療養や親族に対する援護措置等現 行のらい予防法に規定されている措置のみならず、患者給与金等法律に基づかない予算 上の措置も含まれるべきものであり、現行らい予防法に基づく措置については、何らか の法的措置により担保していくと同時に、引き続き患者給与金等の予算措置についても 継続していくべきである。   以上の点については、私立の療養所の入所者に対しても、これに準じた措置が講じら れるべきである。  (2) 特別の措置の対象者   上記の措置は、ハンセン病の医学的特殊性に着目して行われるものではなく(先に述 べたとおり、ハンセン病は今では何ら特別視すべき疾患ではない。)、ハンセン病療養 所の入所者の置かれた特別の状態に着目して行われることに留意しなければならない。 したがって、この特別措置の対象となるのは、原則としてらい予防法が見直される時点 において、現にハンセン病療養所に入所している者に限られるべきであり、今後、新規 に発生する患者についてはその対象とするべきではない。   他方、退所者の中にはその社会復帰の努力にも関わらず多くの困難に直面し、かつ、 ハンセン病の再発や後遺障害の悪化、高齢化等により、再入所を余儀無くされている者 も存在している。これらの者も、多くの困難を受けてきたという状態は入所者と同じで あることから、らい予防法が見直される以前に、かつて療養所に「入所していた者」で あって、現在退所している者が、らい予防法の見直し後に再び社会生活に困難を来すに 至り、再入所を希望した場合には、入所者に準じた配慮が講じられるべきである。  (3) 国立療養所及び療養所入所者に対する医療提供のあり方   「国立病院・療養所の政策医療、再編成等に関する懇談会」より平成7年11月に提 出された最終報告において、国立病院・療養所の再編成計画の見直しが提案されている が、その見直しに当たっては、国立ハンセン病療養所については、従来どおりその対象 外とするべきである。   この場合、先に述べたとおり、入所者の殆どはハンセン病そのものは治癒しているも のの、多くの疾患を有し、特に高齢化の一層の進展により、今後ますますその医療ニー ズが高まってくることが予想される。また、入所者自身が、高齢化や重度の障害のため に過ごし慣れた療養所で安心して医療が受けられることを強く希望していることを踏ま え、入所者に対する医療については、従来どおり国民健康保険の被保険者の適用除外と した上で、基本的に国立療養所が従来どおり医療機関として全てを国費により提供し、 療養所で提供できない医療については、外部の適当な医療機関における委託治療の着実 な実施により対応していくことが必要である。 4 社会的考察  (1) 差別、偏見の除去に対する取組   「らい(癩)」は、一見して外見に明らかな変化を来す皮膚病の特徴と身体障害を引 き起こす神経病の特徴などに加えて、特に治療法の確立されていなかった時代には、慢 性の経過をたどりながら重症化するために、特殊な病気として取り扱われ、これに遺伝 病であるとの迷信や因果応報思想に基づき「天刑病」と考えられていたことなど種々の 社会的要因が加わり、患者本人はもとよりその家族に対しても、仮借なき様々な差別や 偏見が加えられてきた。   こうした差別や偏見は、患者団体の長年にわたる運動その他関係者の多大なる努力を はじめ、医学の進歩に応じたハンセン病治癒者の軽快退所措置や「ハンセン病を正しく 理解する週間」等を通じた啓発普及等の行政対応により、一定の改善が図られているも のの、依然根強く存在し社会復帰の大きな妨げとなって立ちはだかってきた。こうした 根強い差別や偏見を生み、そしてそれらを温存してきたのは社会全体の責任として、国 民一人ひとりが受けとめると同時に、国においても、従来からの取組に加え、ハンセン 病に対する正しい理解の促進のための積極的な取組を行うべきである。ただし、具体的 な啓発普及活動の実施に当たっては、例えば一般的な科学的知識の普及教育の中の一つ として取り上げるなど一般化していく工夫が求められる。   また、らい予防法の見直しを機に、国においては、ハンセン病問題の歴史を刻むよう な何らかの記念事業の実施について検討するとともに、ハンセン病の克服という我が国 における医学の成果を、世界のハンセン病克服のための国際貢献に結び付けていくこと を考えていくべきである。  (2) 疾病の呼称の取扱   「らい(癩)」という病名には、古くからの偏見などがつきまとってきたことから、 関係者の強い要望とその努力により、らい菌の発見者にちなんだ「ハンセン病」という 呼び名が一般的になっているが、法律用語及び学術用語には、依然として「らい」の語 が用いられている。国は、らい予防法の見直しに際し、法令における「らい」という言 葉を「ハンセン病」に改めるべきである。また、学術用語についても、関係機関の積極 的な対応が望まれる。  (3) 差別禁止規定、秘密漏洩罪の取扱い等   現行のらい予防法には、「らい患者」等に対する差別的取扱いの禁止や、医師等が「 らい患者等」であること又はあったことという秘密を洩らした場合の罰則が規定されて いる。これらの規定は、それ自体が一種の差別性を有しており、これらの規定の存在そ のものが新たな偏見や差別を生み出す可能性があると考えられる。また、WHOをはじ め、国際的には、「ハンセン病」に関する特別な法律を作ることは、差別を助長するこ とになり、適当ではない、との考えが示されている。   現実には、この世に「らい」に対する差別・偏見は根強く存在し、未だ完全に払拭さ れたと言い得る状況にはないが、「ハンセン病」が何ら特別視する必要のない普通の病 であり、「ハンセン病」に関するあらゆる取扱において、他の一般の疾病と同様な対応 を望む入所者自身の希望にもかんがみ、この際、これらの規定は廃止されるべきである と考える。   ただし、現実の差別・偏見の解消、秘密の保持等については、国及び地方公共団体に おいて、実効ある行政対応を行うことが必要である。  (4) らい予防行政の評価   現行のらい予防法は、「らいを予防するためには患者の隔離以外にその方法がない」 との考え方の下に、「らい」を伝染させるおそれのある患者の療養所への入所措置や療 養所入所患者の外出制限等を規定した「隔離政策」を基本とした考え方を採用したが、 そうした考え方は、今日の医学的知見に照らすと、当然、見直されるべきであったと言 わざるを得ない。そして、結果として患者やその家族が数々の苦難に直面してきたこと に対し、国は深く思いをいたし、こうしたことが再び繰り返されることのないよう今後 の行政に取り組んでいくべきである。   国としては、昭和26年から軽快退所を認め、昭和32年には「軽快退所基準」を策 定し、軽快退所を進め、併せて回復者の社会復帰を支援するための厚生指導事業、就労 助成金支給事業等を実施するとともに、入所、外出等について弾力的な運用を図るなど その運用については、新しい医学的知見を取り入れた配慮に基づく行政対応を行ってき た。また、患者給与金の充実、委託治療制度の実施等入所患者の処遇の改善にも努めて きたところであり、行政対応上の一定の改善が見られる。   このように、弾力的な運用により、事実上、らい予防法が現実に問題になることは殆 どなくなっていたとは言え、国は、らい予防法の根本的な見直しを行ってこなかったた めに、現に強制入所、外出禁止、所内の秩序維持義務等の規定を定めたらい予防法が存 在し続けたことは紛れもない事実であり、国によるらい予防法の見直しは遅れたと言わ ざるを得ない。   しかし、「『らい』についての旧来の疾病像を反映したらい予防法が名実共に見直さ れることによってはじめて『ハンセン病が普通の病気』となり、そして『真の人間回復 が実現される』」と考える患者の切なる思いを真摯に受け止め、国は、らい予防法の見 直しに誠実に取り組んでいくべきである。そして、そうすることが、国としての誠意を 示すことになる、と考える。 5 優生保護法及びその他関連法規の見直し   過去において、優生手術を受けたことにより、入所者が多大なる身体的・精神的苦痛 を受けたことは遺憾であり、また、優生保護法上の「らい(癩)患者(疾患)」の取扱 いは医学的根拠を欠いていることから、この取扱については同時に見直されるべきであ る。また、その他関連法規についても合理性を欠くと考えられるものについては、らい 予防法の見直しに際し、併せて整理されるべきである。 6 おわりに   以上、らい予防法の見直しとそれに伴い求められるべき諸措置について、細部にわた り提言を行ってきたが、1907年(明治40年)の法制定以来88年を経た今、これ までの長年にわたる患者とその家族の苦難の歴史にかんがみれば、国は反省の上に立っ て、提言内容の実現に向けて、早急に具体的な取組を行うべきである。とりわけ、現行 法に規定されている医療及び福祉の措置の内容を、従前どおり継続させるための法的な 整備を行うことを条件とした上で、依然として旧来の疾病像を引きずったらい予防法を 一刻も早く廃止し、90年近くにわたる隔離を主体とした「らい予防行政」に名実共に 終止符を打つことを強く求める。   また、同時に、これを機に、社会においても、国民一人ひとりがハンセン病を正しく 理解し、ハンセン病患者、かつてハンセン病を病んだ人あるいはその家族が再びいわれ なき差別や偏見を受ける悲劇が繰り返されることのないよう、そして、これらの人々が 他と何らかわることのない同じ社会の一員として遇せられ、人間としての尊厳が決して 傷つけられることのないよう、切望する。   そして、最後に、繰り返しになるが、現に療養所に在園している全国の6000名近 い入所者の生活・医療・福祉が脅かされることがあってはならないことを、改めて強調 しておく。   問い合わせ先 厚生省 保健医療局エイズ結核感染症課        担 当 長 田(内2368) 関 谷(内2347)        電 話 (代)3503-1711 (直)3591-3060