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死/生の本・5――『性の歴史』
医療と社会ブックガイド・49)

立岩 真也 2005/05/25 『看護教育』46-05(2005-05):450-451
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  ここしばらく「尊厳死法案」が国会に上程されるとかされないといった「時事問題」が気になり、そのことにもすこし触れてきた。他に新聞に文章を書いたり、インタビューが載ったりしている。また過去の法案や私の書いたもの等を集めて製本したものを頒布することも始めた。これらの全文や案内をホームページに載せたからご覧ください。またこれもお知らせしてあるが、筑摩書房のホームページ内の『Webちくま』で「良い死」という連載も始まっている。こちらもどうぞ。
  そしてこちらの連載の本筋としては、ゴーラー、アリエス、エリアスといった「古典」を紹介してきた。これらの本ではそれなりに事実が記されていた。その事実を巡って理解が対立もしていた。ただ、共通しているのは、この時代・社会は死を隠している、死を遠ざけているといった了解である。そしてここしばらく私たちが読む文章や聞く話といえば、なにを証拠にそう言うのか、上記した人たちがそんなことを既に書いてくれているからいちいち証拠はいらないということなのか、とにかく、そのように語ることになっている。例えば「死生学」の話を始める枕言葉のように使われている。
  それは本当のことだろうか。もちろん、それなりにもっともな部分はあり、だから流通してもいるのだろう。しかし、隠している、遠ざけているという言説がかくも増殖しているなら、その意味で、もはや死は隠されても遠ざけられてもいないのではないか。十分に饒舌に語られているではないか。このように混ぜ返したくもなる。そして基本的な問題は、そのようなおおざっぱな言い方で、実際のところは何のことを言っているのかである。そしてそれがどんな効果を与えているかである。
  語らない方がよい、隠しておいた方がよいと言いたいのではない。ただ、隠されていた(から)、それを表に出さなければならないという話は、もっともなのかもしれないのだが、すぐ真に受けることはない。あまり素直に、あらかじめよいことであるかのように言ってほしくはないとは思う。

◇◇◇

  こんなことを書くと、ミシェル・フーコーという人が書いたことを思い出す人がいるかもしれない。私も、彼がその時代に感じていた違和との相似――しかしその中身はだいぶ違うはずで、そのことはこれから考えてみたいのだが――があるように感じてもきた。その感じは、まずはフーコーが死について書いたものから得たのではない。彼には自殺について肯定的に語っている文章もあって、私は著書で引用したこともある。それには、彼がカトリックの力の強い社会にいたこと、その社会の中でゲイであったことも関わってはいるだろうし、それは今回記すことにも関わっているのだが、それもまた後に回そう。(一つ加えておけば、フーコーは追悼文を含め何か所かでアリエスに肯定的に言及している。その文章は『ミシェル・フーコー思考集成X 1984-88 倫理/道徳/啓蒙』(筑摩書房、2002)に収録されている。ホームページに一部引用掲載。)
  私が想起するのは『性の歴史』という、1984年の彼の死によって未完に終った最後の著作の第1巻『知への意志』である。この巻の出版はかなり早く、1976年。日本語訳が出たのは10年後の1986年だが、私たちが大学院生などやっていた1980年代前半にはこの本の存在はよく知られていて、たしか英訳版も読むことはできた。(そして私の場合は、それから約20年、フーコーを読むことはなかった。)第1巻の時の計画はまた違ったものだったのだが、結局第3巻までが出版された。第2巻は『快楽の活用』(原著1984、田村淑訳、1986、新潮社)、第3巻は『自己への配慮』(原著1984、田村淑訳、1987、新潮社)。第4巻は『肉体の告白』のはずだったが、刊行されることはなかった。こうした経緯については、D・エリボン『ミシェル・フーコー伝』(原著1989、田村淑訳、1991、新潮社)に記されている。(14年前に買ったまま放置しておいたこの本を読みながらこの文章を書いているのだが、なかなかおもしろい。)
  全体の序論のような位置づけで書かれた第1巻で述べられてい<450>ることは、まとめてしまえば単純なことではある。19世紀、ビクトリア朝の時代、性が秘匿されるようになったと言われる。しかしその「抑圧の仮説」は間違っている、むしろ性はおびただしく語られるようになったのだとフーコーは言う。それがどんなことかであるかは読んでもらえばよい。
  冒頭に近い部分を引用する。ここはすこし難しそうに書いてあるが、全体としてはとても読みやすい本である。以下ではその本が書かれる意図が記されている。
  「それは、一つの社会の症例に問いかけることである。一世紀以上も前から姦しく己が偽善を責め立て、いとも冗長に己が沈黙を語り、言わずにいることを執拗に詳細にわたって論じ、自らが執行している権力を糾弾し、己が機能の源である掟から自分を解放してみせると約束する、そうした一つの症例に、である。…私が提出しようと思う問いは、したがって、何故われわれは抑圧されているかではなく、何故われわれはこれほどの情熱をもって、またわれわれの最も近い過去とわれわれの現在とわれわれ自身にたいするこれほど烈しい後悔の念をもって、自分たちは抑圧されていると言い立てるのかということである。いかなる螺旋状の運動によって、われわれは、性が否定されていることを肯定し、われわれが性を隠していることを誇示し、性を沈黙させていると語るにいったのか」(p.16-17)
  引用の中の「性」という語を別の言葉に替えても通用するのではないか。このことをさきに述べた。

◇◇◇

  自分のことを語ったり、自分のことを反省したりする。それはどこかなんだか怪しい、だまされた感じがする。自分の何かについて語ったり、自らに働きかける主体になることによって、何かに従属してしまうことがある。英語でも主体・主語と臣下・従属は同じ語(subject)で表わされるが、フランス語でも同じで、主体であることによる従属を言うのに、フーコーは主体(=服従)化(assujettissement)という言葉を使った。(その仕組みについては、拙著『私的所有論』(勁草書房)第6章2節「主体化」。)
  このような理解は、ニーチェのキリスト教批判の中にあったものである。二ーチェはこのことをまったく執拗に幾度も書いている。フーコーは、新奇なそして妙なことを言った人だと思われることがある。しかし私はそんなに新しいことを言ったわけではないと思う。きわめてまっとうな、当然のことを言った人だと思う。加えると同時期、1978年に吉本隆明の『論註と喩』(言叢社)という本が出ている。この本の中の「喩としてのマチウ」で、吉本はマタイ福音書を読み解く。そこでも一つ下敷になっているのはニーチェだ。吉本はフーコーの本を知らずに書いたのだろうし、同じ時期、フーコーも吉本を知らない。(この二人はその後、かなり話のすれちがう対談をして、本になった。)
  吉本は福音書というテクスト自体に既に「内面」(の発見による服従)を見出すのだが、フーコーはカトリックの教会における告解の制度に主体化を見出す。人は問われ、自らに問い、語り、そのことによって神に従属するのである。それが様々に変容しつつ、現代に至るのだと言う。
  「告白は、性に関する真なる言説の産出を律する最も一般的な母型だったし、現在でもそうである。そうはいっても、かなり重要な変形をこうむってきている。告白は長らく、改悛の実践の中に固く組み込まれてきた。しかし次第次第に、プロテスタンチズム、反宗教改革、十八世紀の教育学、そして十九世紀の医学が現われてから…広がったのである。」(p.82)
  ならば、その歴史をたんたんと追っていけばよいようにも思える。しかしさきにもすこし記したように、その作業はそう順調にはいかず、第2巻が出るまでに時間がかかった。これらをどう理解するかもなかなか大切なところではある。
  当然と言えば当然のことだが、フーコーが知ったのは、言葉がなく性の主体が存在しない状態から、告白によって主体が現われる状態へという単純な歴史があるのではないということだ。では、古代のギリシア、ローマはどんなことなっていたのか。そこに向かい、とどまる。人々は、自分のことをただ語らないのではなく、気にしないのでもない。そのあり方を彼は調べて書いていく。そしてそれはフーコーにとってただ歴史的な事実だったというのでなく、なにか好ましいものに思えた。「生存の美学」といった標語が記される。これもわかる道行きではある。だがしかしという感も残る。それは何かという問いも残る。(続く)

姦しく=かしましく[ルビお願いします]

[表紙写真を載せる本]
◇Foucault, Michel 1976 La volonte de savoir (Histoire de la sexualite I),Gallimard=1986 渡辺守章訳,『知への意志――性の歴史I』,新潮社


UP:20050331 TOP(http://www.arsvi.com/0w/ts02/2005005.htm) REV:0404
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