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>HOME >BOOK (医療と社会ブックガイド・1) 立岩 真也 2001/01/25 『看護教育』42-1(2001-1):102-103 http://www.igaku-shoin.co.jp http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/ 初回なのですこし自己紹介を。社会学を専攻しています。単著として『私的所有論』(勁草書房、1997年)、『弱くある自由へ』(青土社、2000年10月)、共著では『生の技法』(藤原書店、増補改訂版1995年)があります。すこしも生命倫理とか医療倫理の専門家ではないけれど、そして専門家ではなから、狭い意味での「生命倫理学」「バイオエシックス」よりすこし広げて、これからいくつか本を紹介していこうと思います。 この稿は、大幅に書き加えられ、書き改められて、やがて(だいぶ先に)平凡社のブックガイドシリーズの1冊のその一部になるだろう。そうしても詳しくは説明できない部分が多々あるから、ホームページ(http://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htm→http://www.arsvi.com)に「ブックガイド」という項目を置き、そこに毎回書ききれなかった部分やあげられなかった文献、また関連ホームページへのリンクなどを置く。他に「50音順索引」等にも関連項目がいろいろあるからご覧いただければと思う。 さて、いつのまにやら「生命倫理」というものが語られている(ことになっている)のだが、これはいったいいつ始まったのだろう。日本でのことは後の回に記すし、その理解がときに間違っていることも述べる。今回はまず「常識」にしたがって「本家」の米国の動向について少し。 今まで教科書の類いはいくつか翻訳されてきた。だが、どのようにして「生命倫理」、医療者内部での規範とは別の「医療倫理」が成立してきたのか、その動きはよくわからなかった。 一つよくあるのは、第二次世界大戦時のナチス・ドイツにおける人体実験がニュルンベルク裁判で裁かれ、「ニュルンベルク綱領」が出されそして云々という、野蛮な過去を反省しだんだんよい時代に変わってきましたという筋の話である。 もう一つは、「訴訟社会」アメリカでは紛争に対応するルールが必要となり、患者からの文句を言われないためにインフォームド・コンセントが定着した、といったもっとうがった見方だ。 いずれも大間違い、ではないだろう。しかしそう単純ではない――歴史を知ることの一つの大きな意味は、単純な「物語」を簡単に信じてならないことを知ることにある。その具体的な経緯を示す本がある。ディヴィド・ロスマンの『医療倫理の夜明け――臓器移植・延命治療・死ぬ権利をめぐって』(酒井忠昭監訳,晶文社,2000年,371+46p.,3600円,原著は1991年)。そして香川知晶『生命倫理の成立――人体実験・臓器移植・治療停止』(勁草書房,2000年,242+20頁,2800円)。 ロスマンの翻訳書の副題は、この方が売れると思ったのだろうか。またたしかにそうした主題も後半で扱われている。だがそれよりこの本がおもしろいのは、全体の約3分の1を占める「人体実験」に関わる記述である。この本を文献として用い構成も似た香川の本の副題の方がロスマンの本の中身によく当てはまる。 第二次大戦時後、被験者の承認を得ない人体実験がかえって増え、無規制状況におかれていた。1966年、ハーバード大学の教授だったヘンリー・ビーチャーが『ニューイングランド医学誌』に、被験者の情報を与えず同意を得ずそして加害的な人体実験が数々あることを指摘する論文を発表する(『JAMA』の方は掲載を拒否された)。この論文が後の動きに大きな意味をもった。とはいえ、もちろん論文だけがその後を決定したわけではない。メディア、政治、等々の動きをロスマンの本は追う。香川の本は重要な論文や本の内容を押さえていて、少し「専門家」向きかもしれないが、各文献についての紹介自体はわかりやすい。 読むと先の説明の不十分なところがわかり、誤解がとかれる。まず「訴訟社会」という説明だが、医療関係の訴訟が最初から多かったのではない。医療への疑念がどうして広がったか、その方が問題だ。その一つの契機として人体実験(に関わる告発)があった。しかしそれは過去のドイツのそれではない。ビーチャー自身はニュルンベルク裁判のことをよく知っていたが、アメリカではそれはおおむね他人事だと受け取られていた。その当の社会自体に存在することを問題にする力があって初めて事態が動いた。そして法律ができ、「学問」になり、大学で教育が行われるようになった。 他方、日本はそうはならなかった。(だが実際はどうだったか。アメリカについての歴史の本が2冊も出たというのに、日本でなにがあってなにがなかったか自体が忘れてられてしまっている。このことには別の回に書く。)ことのよしあしは別に、どうしてかと単純に思う。それを気にしながら読んでいくことになる。 第一にアメリカの医者は個人の権利、患者の権利を大切にするから、ではないことは、これらの本に経緯がかなり詳しく書かれているから、読めばよくわかる。ビーチャーの論文は同業者に非難された。内部に厄介事を抱えたときには外部に助力を求めたりもするが、それでも医療する側はそれまで自分が握っていたものを手放そうとしない。決定を外部に委ねることを拒もうとする。今までやってこれたことができなくなる可能性をもたらすからであり、自分たちで処理してきたことに別の人たちが関わると面倒ごとが増えるからである。その点はどこでも同じ、世界共通である。まず大切なのはこのことだ。どこでも医療側は抵抗する、それに対抗する力があって初めてできてきたのだということである。(これは、医療倫理がもっぱら医療の「中」で論じられるならその中身も変質し弱くなってしまうということでもある。以前からあった同業者内での患者に対する対処法としての医療倫理に戻ってしまうことになりかねない。今の日本の状況はどうか。) 第二に、どこも同じといま述べたことと矛盾するように思われるかもしれないが、自己防衛が先に立ち、告発が嫌われ非難されながら、それでも「内部告発」がなされたこと、可能だったこと。これが対抗する力の一つである。ビーチャーは批判を予想し告発論文を周到に準備したがそれだけでない。これは内部に都合のわるい意見が内部から出ることをどう保障するかという課題に関わる。 第三に、メディアが騒ぎ、行政が気にし、政治家が関心をもち、という具合にことが進んでいったこと。これ自体はよくある。ただそれが、それなりに実質的な議論に結びついた。ビーチャー自身は問題が医学界内部で解決されるべきだと考えた。ただそれではすまなかった。医療の外側の人、たとえば哲学を専門にする人たちが最初はためらないながらも入ってきた。そうして「法律」とバイオエシックスという「学問」がもたらされる。機動性があり、同時に蓄積が可能だった。 ではそこで産み出されたものは十分か。そう思わない。それは医療の利用者=消費者の権利を獲得しようとする動きとしてまず現われた。それで必要で十分な部分もある。ただ、双方の本の後半で取り上げられる「植物状態」の人や障害をもって生まれた新生児の治療停止の問題などは、当人の意思の尊重、インフォームド・コンセントの重視という路線では片がつかない。これをかの国の「バイオエシックス」は妙な仕方で片付けてしまっているように思われる。ロスマンの本はその辺をうまく主題化できていない。香川の本は、対立する見解を紹介するがその検討が始まる手前でいったん終わっている(続篇が書かれるのだろう)。 問題が問題として現われた経緯を知ることは大切だし、米国がそれに対してとった対処の仕方に、私たちが使えるところはたくさんある。ただ、問題の処理が限られた範囲でなされたために、学問としてまとまりがつき、また社会に受け入れられやすかったのかもしれない。そういうことを慎重に考えながら、なお使える部分を使う、そういう構えが必要なのだと思う。 ■表紙写真を載せた本 ◆Rothman, David J. 1991 Strangers at the Bedside: A History of How Law and Bioehtics Transformed, Basic Books=20000310 酒井忠昭監訳,『医療倫理の夜明け――臓器移植・延命治療・死ぬ権利をめぐって』,晶文社,371+46p. ISBN:4-7949-6432-3 [amazon]/[boople]/[bk1] ※ be. ◆香川 知晶 20000905 『生命倫理の成立――人体実験・臓器移植・治療停止』,勁草書房,15+242+20p. ISBN:4-326-15348-2 2800 [amazon]/[boople]/[bk1] ※ ■言及・参考文献 ◆土屋 貴志 「インターネット講座・人体実験の倫理学・第5回・米国における人体実験と政策」http://www.lit.osaka-cu.ac.jp/~tsuchiya/vuniv99/exp-lec5.html ◆立岩 真也 2008/10/25 「香川知晶『死ぬ権利』・1」(医療と社会ブックガイド・87),『看護教育』48-(2008-10):-(医学書院), ◆立岩 真也 2008/11/25 「香川知晶『死ぬ権利』・2」(医療と社会ブックガイド・88),『看護教育』48-(2008-11):-(医学書院), ◆立岩 真也 2008/12/25 「香川知晶『死ぬ権利』・3」(医療と社会ブックガイド・89),『看護教育』48-(2008-12):-(医学書院), UP:2001 REV:20040819 20080829 ◇生命倫理/医療と社会・関連書籍 ◇生命倫理[学] (bioethics) ◇人体実験 ◇医学書院の(白石正明が担当した)本 TOP(http://www.arsvi.com/0w/ts02/2001001.htm) HOME(http://www.arsvi.com)◇ |