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立岩 真也 199906 「女の子が欲しい 生み分けに走る母たち」 『AERA』No.16 99年6月28日号 関戸衛編集長おすすめの記事 http://www.asahi.com/paper/aic/Mon/d_aera/19990621.html *『AERA』(朝日新聞社)編集部から記事の趣旨について の説明を受け、コメントがほしい論点を提示されたことを受け て、以下のようなEメイルを出しました。 ◆19990616(立岩) 立岩です。メイルいただきました。以下「コメント」です。も しなにかご用がある場合には、私としてはEメイルのやりとりが 便利です。…(略)… ……以下…… 自己決定とは自分のことを自分で決めることです。子どもの性別 は自分のことではありません。だから少なくとも、子どもをもつ 側の自己決定権として認められるということにはなりません。[ A]自分でない他者のことのどこまで私たちが手を出してよいの か、これは親が独占的に決められることではないし、医者が親の 希望をそのまま受け入れてよいことでもありません。医師の同業 者団体や医学者の学会が検討し決定し、その決定が妥当であり、 そして実効的な規制がなされるなら、社会はその規制をその団体 に委託できます。[B]しかし実際には日本の職能団体等は自己 規制を行えていない。これは困ったことです。この状態が続くな ら社会が直接に医者達の行為を規制するしかないことになるでし ょう。 こんなところです。これで300字くらいあります。 (1行30字) もう少し捕捉説明すると [A] もちろん自分のこどものことは自分に関係のあることでしょう。し かし自分に関係のあることならなんでも自分で決めてよいとは言え ません。それを認めたら、誰もが(自分に関係のあることなら)何 でも好きなようにしてよいということになってしまいます。 [B] ヨーロッパ諸国、例えばドイツの職能団体はそういう性格のもので す。 [?] 女の子を希望する親がかなりいるのは、先々の学校や就職のことで 女の子の方が気苦労がないだろうと漠然と感じていること、またと くに女親にとっては心理的な相互依存をずっと続けていけるだろう と思っていることも関係していると思います。インドのように、女 の子を何人も結婚させると財産がなくなってしまうから、女の子が 生まれると殺してしまうとか、殺すよりはというので産み分けの需 要があるとか、そういう状況よりはまあよいとは思いますが。論者 の中には、かつては産み分けを認めると男ばかり増えて不都合だと されてきたが、昨今の日本では女児を望む人も多いし、バランスが 変わると少ない方の需要も大きくなるから、産み分けを認めても大 丈夫、といったことを言う人もいますが、それは論議の筋が違うだ ろうと思います。 ……以上…… *すると、同日、以下のメイルをいただきました。 ◆19990616(編集部) 以下のように、引用させていただきました。 生命倫理を研究する信州大学の立岩真也助教授は、 「女の子を希望する親がかなりいるのは、先々の学校や就職のことで女の子の 方が気苦労がないだろうと漠然と感じていることや、またとくに女親にとって は心理的な相互依存をずっと続けていけるだろうと思っていることも関係して いると思う」 と語る。 「しかし、子供は、自分ではなく他者です。自分でない他者のことのどこまで 私たちが手を出してよいのか、これは親が独占的に決められることではない し、医者が親の希望をそのまま受け入れてよいことでもない。医師の学会が検 討し決定して、その決定が妥当であり、実効的な規制がなされるなら、社会は その規制をその団体に委託できますが、日本の医者はそういった自己規制が行 えていませんね」 肩書きですが「生命倫理を研究する」というので問題ないでしょうか。 多少話し言葉っぽく変えてあります。 以上、よろしくお願いいたします。 いろいろとありがとうございました。 ◆19990617(立岩) ★ 立岩です。ではそういうことでお願いいたします。 ★ 「生命倫理を研究する」というのも間違いじゃな いのですが、本業はいちおう「社会学」ですので、 「社会学者の」の方が私としてはよいです。でもそう こだわるわけではありません。おまかせいたします。 このメイルを送信したらでかけます。では失礼いた します。 ◆19990618 突然にも関わらず、いろいろとありがとうございました。 行数の関係で、後半のコメントが半分くらい削られています。 来週の月曜日に発売されますので、お送りいたします。 …(略)… ◇男女産み分け ◇生殖技術 |