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脳死と子ども

立岩 真也

1998/06/05
小児神経学会大会シンポジウム

 「子どもは誰のものか」というテーマをいただいた。
子は親のものではない。子は社会のものでもない。子
は子である。人は所有の対象とならない。しかしその
子についての決定が余儀ない時,どう対応するか。
 当事者の意志が不在の時,代理決定がなされること
がある。代理決定は,利害を代弁することにおいて正
当化される。通常救命の追求が利害を代弁するとされ
る。親には子どもの脳死判定,臓器移植を拒絶する権
利はあるだろう。しかしそれは,一つに今述べたこと,
救命を願う存在である限りで。もう一つに死にゆく過
程を看守る存在として。他方,家族の意志はその子の
脳死判定〜治療停止〜臓器移植を正当化しない。利害
の代弁者と言えないから(脳死者の利害とは何か?)。
 そして無論,医師は決定者でありえない。どんな根
拠も存在しないから。救命・治療の義務を負わされた
上での,その範囲内での(最善の)決定をすべきとさ
れているだけである。それ以外の権利も義務もない。
 脳死判定〜臓器移植について,法律上も本人の同意
を要するとされる。これが,意見の対立があり,また
究極的には曖昧さと危険を残す脳死判定〜治療停止・
臓器移植をかろうじて支持させた。だが子どもの場合
にはこれは使えない。この時,より厳しい条件が求め
られると同時に,(正当化したいのなら)別の根拠に
よる正当化を迫られることになる。そして決定は社会
的決定である他ない。決定について対立があり,そし
て決定を委ねることのできる当人がいないからである。
※脳死を主題的に論じてはいないが,基本的な考えは
拙著『私的所有論』(1997,勁草書房)に記した。
          略 歴
現職:信州大学医療技術短期大学部助教授/最終学歴
:1990年東京大学大学院社会学研究科博士課程修了/
主な職歴:1993年千葉大学部文学部助手,1995年信州
大学医療技術短期大学部専任講師/専攻:社会学

Brain Death and Children

Tateiwa, Shin'ya

School of Allied Medical Sciences, Shinshu University

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