|
>HOME
『私的所有論』 ★ 研究・出版、その他、様々のかたちでお世話になっている方々に、書かれたもの、語られたこと、…が私に多くのものを与えた方々に、この重くて厚くて場所をとる邪魔な本を送らせていただきます。送りつけられてしまう人の中には、私が一面識もない方々がいらっしゃいます。ただ、この本に限っては、強引に贈呈させていただこうと思いました。その失礼をお詫びいたします。 内容については読んでいただく他ありませんが、この本は、少なくとも私にとってただ1冊の本となるべき本です。まず最初に考えたかったこと、そしてこれだけしか考えることのできなかったことのあらかたです。また、これからも様々なことを考え、調べ、書いていくつもりですが、この本に書いたことは、その全てに関わるものだと思っています。 それにしては、詰め切れていない部分、雑な部分のあることを否定できません。ただ、この本を書く時間は息を止めて水に潜っている時間のようでもありましたから、これ以上考え続け、その方向が完全に定まるのを待つ時間を費やす忍耐力がなく、このような不細工な仕上げになってしまいました。また、1冊の本にするには――私は個々の部分を分けることをしたくなく、まず1冊の本にしたいと思いました――これ以上分量を増やすこともできませんでした。その至らなさについては御寛赦願うしだいです。同時に、容赦のない批判を期待します。 ★ 私はこの本は「専門書」(どういう分野の?)であるよりむしろ、誰でも読めることが書かれているし誰でもここに取り上げられたことについて考えることができる本だと思っています。ただ、ひとまずは遠ざせられそうな身なりをしている本です。厚くて、(出版社の御理解も戴き可能な手段を講じてできる限り価格を抑えたのですが)ひどく高い本です。ほんとうなら読んでいただける方々の手にとられないことを恐れます。 受け取った旨の御連絡等いっさい不要です。ただ、周囲に関心をもたれそうな方がいらっしゃったら御紹介いただければ、また機会がありましたら書評等をいただければ、幸いです。そして、大学や公共の図書館や研究室に配架されるよう手配いただけると大変ありがたく存じます。個人による購入については、私の方に申しつけくだされば、著者割引価格で送らせていただくこともできます。 ★ 研究会や講義など、この本を使って話をする機会、あるいはこの本の御批評をいただく機会を設けていただくことを歓迎いたします。ただ、大学等での講義については、住んでいる場所の関係もあり、集中講義のかたちでしかお引き受けすることができないことが多いかと思います。その際参加者に本を購入していただくにあたっては、上記した方法を用いることができます。 ★ 今年はこの本の仕上げにかかっていたのでお送りしませんでしたが、これまで数年間、年賀状代わりに前年に書いたもののリストを郵送させていただいた方々がありました。今後はこれを止めることにいたします。アクセス可能なら、ホームページhttp://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htm*を御覧下さい。また、Eメイルのアドレスをお知らせいただければ、そして御迷惑でなければ、出版物等の案内を送らせていただきます。 1997年9月 立岩 真也 *変更→http://www.arsvi.com ●目次● ■10私的所有という主題 ■11私的所有という主題 ■11能力 ■12所有=処分に対する抵抗 ■13自己決定の外側、そして線引き問題 ■12主題が置かれている環境 ■21技術・生命倫理学 ■22社会学 ■23問いについての歴史 ■20私的所有の無根拠と根拠 ■21所有という問題 ■11自己決定の手前にある問題 ■12私的所有という規則 ■22自己制御→自己所有の論理 ■21自己制御→自己所有の論理 ■22批判 ■23「自由」は何も言わない ■24変更の可能性とその限界 ■23効果による正当化 ■31利益1) ■32利益2) ■33「共有地の悲劇」? ■24正当化の不可能性 ■41サバイバル・ロッタリー ■42正当化の不可能性 ■30批判はどこまで行けているか ■31自己決定の条件 ■11批判を検討する ■12決定のための情報 ■13自己決定ではないとする批判 ■14他者(達)の侵害/パターナリズム ■32公平という視点 ■21何が問題にされているか ■22富者しか利用できない? ■23貧しい者が搾取される? ■33 交換と贈与について ■31交換と贈与 ■32本源性の破壊? ■40他者 ■41他者という存在 ■11制御しないという思想 ■12 私でないのは私達ではない ■13他者である私 ■14「自然」 ■15他者という存在 ■42境界 ■21境界という問題 ■22境界線は引かれる ■23β〜その人のものでないもの ■24α〜その人のものであるもの ■25α/β ■43自己決定 ■31自己決定は肯定される ■32自己決定の/を巡る困難 ■33自己決定は全てを免罪しない ■34決定しない存在/決定できない事態 ■35自己決定のための私的所有の否定 ■36条件を問題にするということ ■44技術について ■41技術 ■42「私」 ■43私が私を作為することに対する他者の感覚 ■44離脱? ■45他者による規定 ■54生殖技術について ■51抵抗の所在 ■52単なる快と不快という代償 ■53偶然生まれる権利 ■50線引き問題という問題 ■51自己決定能力は他者であることの条件ではない ■52境界 ■21線引きの不可能 ■22同じであること/近いこと ■53人間/非人間という境界 ■31ヒトという種、あるいは、人であるための資格 ■32人のもとに生まれ育つ人であることを受け止める人 ■33資格論の限界 ■34その人のもとにある世界 ■54はじまりという境界 ■41はじまりという問題 ■42生産物に対する権利 ■43他者が現われるという経験 ■44所有と資格 ■60個体への政治――複綜する諸戦略 ■61非関与・均一の関与 ■11自由な空間 ■12均質な関与・権力の透明な行き渡り ■13自己を制御する自己の想定 ■14関数の不在→個体関与の戦略 ■62主体化 ■21主体化 ■22二重予定説 ■23公教育 ■24介入・成長・消失 ■63性能への介入 ■31環境・遺伝への注目と介入 ■32アメリカ合衆国とドイツにおける優生学 ■33優生学の「消失」 ■64戦略の複綜 ■41自己原因/被規定性 ■42放任/介入 ■43介入/非関与 ■44個体への堆積 ■70代わりの道と行き止まり ■71別の因果 ■11社会性の主張 ■12真性の能力主義にどう対するのか ■13間違っていない生得説に対する無効 ■14因果を辿ることの限界 ■72不可知による連帯 ■21保険の原理による修正 ■22可知になる時 ■73抵抗としての自由 ■31抵抗としての自由 ■32自由であるための資格 ■74より「根底的」な批判 ■41能力主義者である私の否定 ■42関係の自然史 ■43政治学への転換 ■44閉塞? ■75行き止まりを通り抜ける ■51禁じ手を使う ■52人のいない市場 ■53円環から抜ける ■80能力主義を肯定する能力主義の否定 ■81問い ■11いくつかの問い ■12答が答えていないことについて ■82T<私が作ったものが私である>の否定 ■21手段性・個別性に関わる批判 ■22手段性の不可避性 ■23個別性の不可避性 ■24Tの否定 ■83U<能力に応じた配分>の否定+肯定 ■31正しさはないが起こってしまう ■32廃絶の試みについて ■33市場+再分配という退屈な仕掛けの、しかし退屈であるがゆえの採用 ■84V<能力しか評価してはならない>の肯定 ■41Vは所有・契約の原理からは導かれない ■42T・UはVを正当化しない ■43Vの擁護 ■85結論と応用問題への回答と解けない問題 ■51結論および再確認 ■52他者があることの経験の場――例えば学校について ■53遺伝子検査と雇用、保険 ■54他者が他者であるがゆえの差別 ■90正しい優生学とつきあう ■91出生前診断 ■11出生前診断 ■12障害者の社会運動の批判 ■13女性の運動の批判・応答 ■14残されている問題 ■92女性の「自己決定」という設定の錯誤 ■21決定の対象は「自己」ではない ■22負担者であるがゆえの権利という論理 ■93「当事者」の不在 ■31「本人の不幸」という主張は成り立ちえない ■32抹殺とする批判を採らない ■33範疇に対する差別? ■94なぜ私達は行うのか ■41不快/不都合 ■42死/苦痛 ■43いずれも勝手な行いであることの中の差異 ■44「正しい」優生学としての出生前診断・選択的中絶 ■95何がなされうるのだろうか ■51知らされてよいのか ■52積極的な権利としての選ばない権利 ■96積極的優生について ■61積極的優生 ■62積極的優生は不愉快だから禁止される ■97引き受けないこと ■71否定するのでなく、場から降りること ■72小さな場に現われる ■73私から遠ざけること ■索引 ■文献表 ◇『私的所有論』 |