> HOME
ケア・マネジメントはうまくいかない
――ロンドンに行ってきました――


立岩 真也 1997
『こちら”ちくま”』5号
(発行:自立支援センター・ちくま

■ケア・マネジメント?
 「公的介護保険」との絡みで「ケア・マネジメント」という言葉が一部ではメジ
ャーになりつつある。ご存知ですか。アセスメント(どういうニーズがあるのか調
べる)をし,どういうサービスをどう組み合わせて提供するかプランを作る。サー
ビスが提供される。うまくいっているか調べ,うまくいってないことろがあったら
直す。ケア・マネジメントとは,だいたいこんなもの。それを行う人が「ケア・マ
ネージャー」。
 ちょっと聞くと,なんかわるくなさそうなのだが,さてどうか。「障害者福祉」
の領域にもこれを導入するとかしないとかいう話があって,障害者の(の一部)が
疑問をもった。この人達は(誰でもそうかもしれない)マネジ(管理)されたりす
るのが嫌いな人達なのだ。もちろん,「人のマネジ」じゃなくて,「ケアのマネジ」
なんだということは教科書の類いには書いてはあるのだが,とにかく,これはあま
りありがたくないものではないか,そうするとつぶすなり,もっと別のもっとまし
なものを対置するしかないだろうということになって,障害者本人4人,それ以外
の「学識経験者」等4人(私はその1人)の研究プロジェクトが立ち上がった。日
本財団がおもしろいと言って資金を助成してくれた。
 ところでこのモデルはイギリスにある。「コミュニティ・ケア」のなかに「ケア・
マネジメント」が位置づけられている。イギリスというのは,「福祉国家」の発祥
の地だったわけで,日本の研究者も,福祉職の人も,「イギリス詣で」というのを
やってきたのだが,今回のはそれとはちょっと違っていた。その実情はきっと困っ
たものだろう。まず,それを見てこよう。今回の旅はそういう意地の悪いものだっ
たのだ。

■ロンドンに行く
 総勢10人でロンドンにでかけた。車椅子を使う人が4人。50音順に高橋修さん,
中西正司さん,中西由起子さん,山田昭義さん。中西由起子さんは今回は通訳を務
めた(これは特に今回の場合ハードな仕事だった)。残り3人は各地の自立生活セ
ンターの代表やら事務局長やら。他に全国自立生活センター協議会,DPI(障害
者インターナショナル)日本会議,その他の全国組織の役職を兼ねている人達でも
あるが,いちいち紹介するのは面倒だからやめておく。残り6人は介助+記録係,
あるいはそれを兼ねた人達。
 8月27日に成田を出発し9月4日に帰ってきた。その間にダイアナさんが亡くな
り,私達が泊っていたホテルはかのケンジントン宮殿の近くだったから,…。でも,
その話は省略。食事は評判通りまずかった。なんであんなにまずいのかについて,
上流階級は子どもを寄宿制の学校=施設に預けるのだが,そこの食事がまずいので,
その人達の味覚が変になって,食文化は上流から伝わるものだから,それで,とい
う話を聞いた。ほんとかどうかは知らない。ビールはおいしかった。ちなみに「ち
くま」のお店で売っているビールの素の缶詰(ビールができます)もイギリス製で
す。
 ロンドンの街は古くてかっこいい。石造りの建物は簡単にこわしたりしない。内
装など直して使っている。黒塗りのタクシーや赤い2階建てバスなんて(松本城の
あたりで時々見かける人力車と同じようなもので)観光用に少し残っているくらい
のものだと思ってたが,違う。たくさんいる。アクセスはよくない。赤い2階建て
バスには車椅子は乗れない。チューブと呼ばれる地下鉄も,くねくねした階段がた
くさんあってほとんど無理だろう。黒いタクシーもたいていは無理。だが,レール
みたいなのを敷くと車椅子に乗ったまま乗車できて,そういうのを用意しているタ
クシーもたまにある。あまりものもちがよいのも,アクセスをよくするための改造
のことを考えたらどうなんだろうとも思った。ただ,黒いタクシーは大きいから,
上に書いたように本来は車椅子を乗せられる。古いものを残しながら,アクセシブ
ルにしていくこともできるんじゃないか。
 そして話をしてくれた人達も含め,今いち元気がない気がする。島国のイギリス
人は日本人にちょっと似ていて恥ずかしがり屋だという話を聞くから,そういうこ
となのかもしれない。また,日本から行った人達がひどく元気な(元気のよすぎる)
人達だったということもあるかもしれない。そして階級社会で,「一般大衆」にな
んとなく自信がないということもあるのかもしれない。ことわっておくが,ブリテ
ィシュ・ロック(という言葉は今はない)を聞いて育った私は,そういうちょっと
暗いイギリス人が好き,である。
 それはともかく,街で車椅子に乗った人をあまり見かけなかった(松本と同じく
らいかな?)。ブリティシュ・エアウェイ(イギリスの航空会社・元国営)の対応
も全然スムーズではなかった。どうやら慣れていない,車椅子対応のシステムがし
っかりできてないみたいだ。だが,だいぶ文句やら何やら言ってきたから,これか
らよくなるかもしれない。

■イギリスはうまくいってない
 夜はパブに行ったりしたが(がんがん音が鳴っている若い人の多いパブもあるが,
そんなところでもみんなわりとちびちびビールを飲んでいる,11時過ぎ閉店,日本
のそこいらの居酒屋の方がすごい),休みは日曜日の1日,他の日はたいてい朝の
10時から夕方の5時まで窓もない一室でひたすら(当たり前だが)英語の話を(も
ちろん通訳を介してだが)聞く,ホテルに帰ってミーティング,というなかなかハ
ードな旅だった。話をするイギリス人は,私達の(けっこう挑発的なのを含めた)
質問攻めに会った。日本人の「研修」には,観光目的の,と言ってはいけないか,
ただ,実際それに近いおざなりなのが多くて残念,という話を,今回の旅を手伝っ
てくれた現地の人がしたと聞いた。今回のはそうではなかった。そうではなさすぎ
たかもしれない。
 さてその「コミュニティ・ケア」「ケア・マネジメント」はどうだったか。やっ
ぱりうまくいってないようだ。イギリスという国は,金がない金がないと思ってい
る国で,カットできるところはカットしたい。そこで,ケア・マネージャーは予算
を削減したい自治体行政当局の「尖兵」になってしまう。実際,サービスの利用者
の受け止め方はそういうものだった。ケア・マネージャー自身にしても,その人が
真面目な人だったら,利用者との間で「板挟み」になって悩んでしまう。
 サービスの供給量は地域にもよるが十分でない。日本の方がこれもまたおおいに
地域によるが高い水準のサービスを提供できている部分がある。「日本じゃどうし
ているんだ」と問われて,「目標としたものをとるまで引き下がらないのだ」(訳
は,"They push and push and push until ・・・")というようなことを某氏が言った
ら,相手は「うーん」という感じだった。(少なくともこういう場面では当事者の
側に元気がないと…。)
 あと,英国のコミュニティ・ケアでも家族がかなりあてにされているということ。
施設でのケアからコミュニティでのケア,というのが最初はかなりはっきりしてい
たのだが,次第にそのあたりが曖昧になり,小規模(といっても何十人か)の施設
でのケアもコミュニティ・ケアということになってきていること。また,「行革」
との絡みもあり,サービス供給に民間組織を使うことにも積極的なのだが,行政が
一番値段を安くつけたところと一括契約してしまうかたちだと,価格面での競争だ
けになってしまい,競争による質の向上にはつながらないということ(向上させる
ためには,複数の供給主体があった上で,利用者=消費者が直接選択できるように
しないとだめなのだ)。等々。

■対案を出そう
 というわけだった。どうしましょう。今考えているところでは,私達の「対案」
はこんな感じになりそうだ。
 ケア・マネジメントなんていう辛気臭いものは原則やめにする。その代わりに,
はっきり利用者の側にたって相談を受ける,情報を提供する,一緒になってどんな
サービスをどう組み合わせるか考える,そういうサービスをしよう,そういうサー
ビスをする人を置く。世の中には,経営コンサルタント,結婚式場コンサルタント,
…,いろいろいるではないか。弁護士といった仕事だってある。彼らは忙しい忙し
いといつもこぼしているが,けっこう楽しんでいるようでもある。そういう仕事,
仕事をする人が医療・福祉にあってよいのではないか。マネージャーではなくて,
コンサルタント,代理人・代弁者(アドヴォケイト)といったものをこの業界でも
置くのである。
 こういう仕事は民間でやる方がうまくいくだろう。そして自分も障害をもってい
る人がそういう仕事につくとよいだろう。仕事は民間でやるが,お金は税金を使う
のがよいだろう。時には役所にたてつく仕事に役所からお金がでるのは変ではない
か,と思うかもしれない。だが,変ではない。まず税金は「役所のお金」ではない。
そして文句を言う権利,たてつく権利も権利の一つである。国選弁護人というもの
もあるではないか。
 実は昨年から始まっている「市町村障害者生活支援事業」という事業が,そうい
うふうに使って使えないことはない事業である。(松本市ではこの事業はまだ行わ
れていない。上田市では始まった。「自立生活センター・うえだ」が上田市からこ
の事業を委託されている。)この「事業」のことについては,また別の機会に紹介
しようと思う。
 他方で,行政サイドには,サービスをするにあたっての原則をはっきりさせさせ
る。原則がはっきりしないままでは,本来調整もなにもあったものではない。原則・
基準があってはじめてそれに基づいた調整が行われる。ところが厚生省が昨年出し
た『身体障害者ケア・ガイドライン』は,ある種の理念が理念・心構えとして語ら
れ,続いてマネジメントの手続きみたいなものが書いてあるだけなのだ。イギリス
には「コミュニティ・ケア」の原則はあるのだが,それにはまずいところがあるか
らよくない。イギリスよりよい原則を立てる。地域で暮らすための必要な量のサー
ビスを供給することをはっきりさせる。どういう場合にどれだけのサービスを提供
するかを設定させる。
 もちろん,それが実際に十分なものであることは最初からは期待できないだろう。
しかし,少なくとも,どこに問題があるのか,問題の所在ははっきりする。攻守の
立場がはっきりする。ケア・マネージャーなるものがどういう位置にいるのかはっ
きりしない状態で間にはさまると,結局,「〇〇がないんで,残念ですが御要望に
は沿いかねます」と今まで通りのことが起こり,しかも,その責任主体はどこなの
か,いろいろなことが曖昧にごまかされていくだろう。これではだめなのだ。サー
ビス供給の責任主体(実際の供給主体ではなくその費用に責任をもつ主体)=行政
がいて,サービスの利用者がいる。サービスの供給主体が複数ある。そこから利用
者が選ぶ。その選択を助けたり,サービスの量について行政とかけあったりするの
をサポートする人がいる,組織がある。それでよい。

立岩真也 1960年生。信州大学医療技術短期大学部助教授。社会学を専攻。秋に
『私的所有論』という本を出しました(勁草書房,6000円+税)。高いですが,分
量があるんだから(400字詰で約2000枚)仕方ない,3枚組のCDみたいなものだ
(違うか)。好評で,うれしいです。他に共著で『生の技法――家と施設を出て暮
らす障害者の社会学 増補・改訂版』(藤原書店,2900円+税)。390 松本市蟻ケ
崎1892-4 phone & fax 0263-39-2141 NIFTY-Serve :TAE01303, internet: tateiwa
@gipac.shinshu-u.ac.jp。ホームページ<生命・人間・社会>http://itass01.shin
shu-u.ac.jp:76/TATEIWA/1.htm *もあり。連絡いただければ,出版社から2割引きで
買い取った著書をその値段で提供可。『生の技法』の印税の全額は,全国各地にあ
る「ちくま」みたいな団体に寄付されます。
 *変更になりました。→http://www.arsvi.com


HOME(http://www.arsvi.com)