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Chap.12+ 社会福祉協議会に未来はある,が…

立岩 真也
『NPOが変える!? ―非営利組織の社会学(1994年度社会調査実習報告書)』
千葉大学文学部社会学研究室,1996年3月,千葉大学文学部社会学研究室&日本

フィランソロピー協会,1500円
第12章追記,p.238(19960229)04枚


 社協というものがどういう経緯でできたどういう団体なのかについては山口(第12章)が報告した。社協は,全社協,都道府県社協,市町村社協というように,行政の区割に対応している。また社協は町内会というものにも少し似ている。行政区に対応した場所を網羅する組織として存在し,行政から与えられ,行政とつながった組織であり,同時に役員などについても地縁を媒介にした部分がある。社協は,少なくともその実態として,市民の自発性によって形成され,維持される組織=アソシエーションとはいえない。  だから,社協なしでやれるかという問いは,つまりは市民の自発性に依拠してどこまでやれるか,特にこの国の現状でどこまでやれるかということである。あまり国民性云々は言いたくないが,結局のところ,私達のあり方がこういうものを必要としてきた(なしではやってこれなかった)とも言える――別様に捉えれば,こういう半ば(以上)官製の組織が,この国の(人々の意識の)現状を作りあげてきたとも言えるわけで,この側面も無視できないとは思うが,私は,私達の社会がこういう性格の組織を許容し,必要としてきたという側面を否定できないと思う。自発性が十分な範囲を覆えない限りで,このような組織は一定の役割を果たす。また果たすことを期待され,(十分とは言えないにしても)それなりの予算もついている。そこで,社協の職員は,行政職,あるいは何らかの施設に所属する以外でほとんど唯一,福祉関係でまともな給料がもらえる職業であり,それなりの気概をもってその職についている人も,実は意外に――と言うと失礼だが――多い。  かように,社協の存在はそれ相応の根拠をもっている。しかしそれだけに漠然とした組織になる。多くの人にとっては直接関わっているという感じがしない,「既にある」団体である。直接的な参加,支持を得にくい。ここで,年200円なり500円なりの会費は,町会費や各種の募金と同じくなかなか断れないというようなものである(ものでしかない)。5000円だとか 10000円だとかは考えもつかないということになる。(山口が値上げ案として 500円を提示したのは,なかなか実感を伝えている。)  ではどうするか。山口も迷っているが,そして(一方では情報とかコーディネイトとか言っているわけだから)論旨が乱れているが,直接サービスにより積極的に関わるべきだという案が一つある。ただそういう拡張路線だけがあるのだろうか。山口が言うように,社協は「なんでも屋」であり,ところによってはそれなりに大きな組織である。一斉に撤退してしまったら大きな穴が空くのは間違いないだろう。しかし,このまま膨張していっても,あまり明るい感じはしない。一つの案は,委譲できる仕事は委譲していく,少なくともそれを拒まないことである。社協が現状として一定の役割を果たしていることは認めるが,それはいつまでも社協だけがそういう役割を果たさねばならない,他は参入してはならないということを意味しない。市民が自発的に運営する団体(例えば第11章で取り上げられた団体,昨年度調査した「自立生活センター」(立岩・石井・増田・渡邉[1994],立岩[1995b]))が育ってきている場合には,その仕事を委譲していく。少なくとも仕事を独占せず,社協は他と競合する一つの組織となる。その結果,社協の活動が(少なくともある場面では)縮小していくこともあるかもしれないが,それを拒否してはならないということである。そして行政は,他の民間団体にも同じ資源についての条件を与えるべきである。同じ活動を行っているなら,同じ補助を行うべきだということである。

  cf.
  ◆社会福祉協議会

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