胎児の疾患を積極的に発見しようとするために、羊水検査などの出生前診断を受ける人が増えています。そしてその結果としての選択的中絶も行われています。現在、厳密に言えば、胎児の障害そのものを理由にした中絶は法律上認められていませんが、だからと言って、これを法律上明記するいわゆる<胎児条項>がいいことなのかどうなのかは、単純な問題ではないと思います。諸外国でもこの<胎児条項>は、あるところ、ないところ、最近あえて廃止したところなど、いろいろです。出生前診断になんらかのルールが必要だということは、多くの人が考えることだと思います。しかしそのことと、<胎児条項>が必要だということとは、とりあえず分けて考えないといけないのではないかと思います。
<胎児条項>の問題の厄介なところは、多少の問題意識をもっていても、たとえば、通常の中絶可能期間(22週)を過ぎてしまえば無脳症の胎児を中絶することも厳密には非合法であるとか、出生前診断の結果に基づく選択的人工妊娠中絶は現実には行われているのだから、今さら胎児条項を導入したところで何も変わらないのではないか、いつまでも経済条項でごまかしているわけにはいかないではないかとか、法と現実との整合性を盾にとって主張されると、反論できなくなってしまうところだと、私は思っています。
法律と現実とのギャップには、法律の中にはそうしたことが数多くあり、それを埋めてきたのが判例であると考えれば、さほど問題ではないように思います。胎児に異常があった場合には現行法上の「身体的・経済的理由」に該当させるという判例もあるとのことです。その判例が出る前の記憶が強い方には、法律にないことを産科医がやらされているという根強い反発がある可能性もなくはないでしょうが、比較的若い世代にそのような感覚があるとは考えにくいのではないでしょうか。経済条項にしても、「母体の健康を著しく害するおそれ」があるほどの「経済的理由」はきわめて例外的にしか存在しないはずです。
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現在の法律は、 1)有って無きがごとき「堕胎罪」 2)無くて有るがごとき「胎児条項」 という、矛盾(運用上、条文の内容と逆行するような現実を是認している)をダブルで抱え込んでおり、このような運用はすでに限界を超えているとも言えます。しかし、上の二つの条文が、単に「現状に合わないから」という理由で、改訂されるべきなのでしょうか? 1)については、「堕胎」を犯罪として、国が、全女性に出産を強要するような規定は、憲法違反のおそれがあるので、これを廃止する 2)については、国が、胎児の障害を以て中絶の「適応」と明記することは、優生政策との境界が曖昧であることから、回避されるべきである 堕胎罪が廃止されれば、適応として列挙されていないものも中絶理由にできますので、あえて、胎児条項を入れなくても、実質的に、個人の意思決定の中で障害胎児の中絶は可能なわけです。それは、「違法」でも、「ごまかし」でもありません。堕胎罪が廃止されないとしても、「<胎児条項>がなければ障害胎児の中絶ができない」ということは無いはずです。 |
もうひとつ、押さえておかなければならないことは、<胎児条項>には、二つの側面があるということです。一つは胎児に異常があった場合に中絶出来ることを法律に明記する側面と、もう一つは現在妊娠22週未満(21週のおしまい)までしか中絶が出来ませんが、胎児に異常がある場合に限って妊娠のもっと遅くまで中絶が出来るようにするという側面です。
前者に関しては、次のようなことが言えると思います。出生前診断には、それを広くとらえるなら、妊娠中の健康管理や分娩方法の選択、出生後の適切な処置、さらには胎児治療に役立つ情報を提供してくれるという、プラスの側面があります。したがって、出生前診断イコール悪、というとらえかたもそれはそれで一面的だとは思います。その一方で、出生前診断には、疾患胎児を確実に診断して中絶の対象にするという性格があります。胎児の疾患を以て中絶の「適応」と明記すれば、疾患を有して生まれてくる命に「生きるに値しない命」という烙印を押すことになり、疾患胎児の選択的中絶を前提にした出生前診断が安易に普及するおそれがあると思います。
後者に関しては、現在イギリスとフランスがそのような規定になっています。これらの国では、ダウン症など致死的とは言えない疾患胎児が妊娠後期でも中絶の対象になっており、フランスでは28週以降の中絶例が多数あることが論文に発表されています。必ずしも致死的とは言えないものも含め、胎児の疾患を理由とした中絶の3分の1程度は28週以降に行われているという専門家の話しもあります。そのような状況を確信犯的によしとしない限り、胎児条項の導入は有り得ないと思います。疾患を有した新生児を殺すのと実質的な線引きができなくなるからです。
| 以下に、胎児条項に関しての論点をまとめてみます。 1)出生前診断になんらかのルールが必要だという論議と、胎児の障害そのものを理由にした中絶を法律の条文として明記する、すなわち現行の母体保護法に「胎児条項」を導入することが必要だという論議は、とりあえず分けて考える必要があること。 2)「胎児条項」には、現実行われている妊娠22週未満の胎児の疾患を理由とした中絶を法律の条文にするという側面と、妊娠22週以降でも胎児の疾患の場合には期間限定なしでこれを行えるようにするためという側面とがあることを認識する必要があること。 3)いわゆる「胎児条項」に関しては議論をするための情報そのものが乏しく、特に欧米の情報は不十分か不正確である場合が多々あり、注意を要すること。少なくとも「先進諸外国の法律にはみんな胎児条項がある」ということは、必ずしも事実と一致しているとは言えないこと。 |
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