産婦人科医から見た胎児条項問題



 多くの方が、出生前診断やその後の中絶に関してきちんとしたガイドラインを作るべきだと考えておられると思います。これは母体保護法(わが国の中絶を規制している法律)に、<胎児条項>を作ろうという論議とは異なります。しかし、ややもすれば、きちんとしたガイドラインを作ろう、だから<胎児条項>が必要だという論議にすり替えが行われています。


 <胎児条項>に関して私なりの知識で、説明します。<胎児条項>には、二つの側面があります。一つは胎児に異常があった場合に中絶出来ることを法律に明記しようと言う側面と、もう一つは現在妊娠21週のおしまいまでしか中絶が出来ませんが、胎児に異常がある場合に限って妊娠のもっと遅くまで中絶が出来るようにしようという論議です。そして現在<胎児条項>を主張する方々の間では後者の意見が強いように思っています。


 現在のわが国の母体保護法はいろいろな見方がありますが、基本的には期間を限って女性の自己決定権として人工妊娠中絶を認めようとするものです。そしてその期限とは、胎児の体外生活が可能になる時点までということになっています。それが21週のおしまいです。つまり、これを過ぎれば胎児は生きて生まれてくる、だから出産した新生児と同じだ、だから胎児の命を奪うことはできないという考えに立っています。この考え方は国際的にも多くの国で採用されています。


 しかし、<胎児条項>が作られれば、十分に体外生活が可能な胎児も、異常があれば中絶をされることになります。現実にフランスではダウン症胎児のかなりの数が妊娠28週を過ぎて中絶されています。フランスでは妊娠40週でも、胎児に異常があれば中絶が出来るのです。こうした方向をわが国でも目指そうというのが<胎児条項>です。妊娠40週の中絶と言っても娩出させるだけでは胎児は死にません。殺すプロセスが必要です。私は、産科医としてこうした行為は倫理の話題に乗る以前の問題であると思っています。単なる殺人だからです。胎児が例えばダウン症であるからということでこうした行為が容認されれば、それは国家による差別でしかありません。殺人行為を伴う差別、間引きです。母体保護法という法律に胎児条項を入れることは、そう言う意味を持っています。


 私は出生前診断を行っていますが、それはあくまで個々のカップルの問題です。その結果中絶を希望する人がいた場合、個々のカップルのやむを得ない選択として中絶が出来ないのは困ります。そして現行法でも中絶は可能です。しかし、胎児に異常があった場合に、さあどうぞ中絶をして下さい、あるいは、中絶をして当然ですよ、という形で法律でそれを保護する(これが胎児条項のもう一つの側面です)必要はありません。それは、個々のカップルの決断という側面を離れて、社会、国家が出生前診断や選択的中絶を促進することになりかねないからです。<胎児条項>は、差別を促進し、国家レベルの間引き(優生)を可能にするものでしかありません。統一ドイツでも憲法裁判所で、胎児条項が憲法に違反するという判決が出ました。アメリカにも胎児条項はありません。胎児条項は憲法で保障された人権を侵害する可能性が非常に強いのです。


 多くの方が、出生前診断に関するきちんとしたガイドラインが必要だと考えておられることは、その通りなのですが、だから法律もきちんとしなければならない、だから<胎児条項>が必要だという論議にすり替えられていく可能性が極めて大きいと思います。適切なガイドラインは、出生前診断が企業や特定の集団の利益のために無差別に行われるのを防止する役割がありますが、胎児条項には、国家による出生前診断の促進という側面しかありません。

(産婦人科医・佐藤孝道)



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