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「障害者の権利 平等に暮らせるチャンスを保障」

長瀬 修(障害・コミュニケーション研究所代表)
『まなぶ』2000年9月号・No.508 2001年9月1日発行




Q:最近、国際的な「障害者の権利条約」を作る動きがあると聞きました。その背景
を教えてください。

A:もうだいぶ前になりますが、一九八一年に国連が提唱し、障害者の「完全参加と
平等」の実現を目指した「国際障害者年」があったのは覚えていますか。この年は日
本や世界各国で、障害者問題が社会的な問題である、政治的な問題であるという認識
が広まった画期的な年でした。
 日本でも総理府に国際障害者年推進本部が設置されました。これは現在は障害者施
策推進本部という名称で、九三年の障害者基本法で定められた障害者基本計画の策
定、障害者白書の編集を担当するほか、後でも取り上げる「欠格条項問題」も担当し
ています。
 こうした動きは日本だけでなく、世界の多くの国、特にアジア、アフリカ、オセア
ニア、中南米で起こったのです。そして日本でも国際障害者年推進協議会(現日本障
害者協議会)が誕生しましたが、これまで障害者組織がなかった多くの国で、障害者
自身が組織を作ったのです。その象徴の一つが八一年の国際的な障害者組織、障害者
インターナショナル(DPI)の結成でした。
 この国際障害者年の盛り上がりを維持、発展させようと八三年から九二年が「国連
障害者の十年」として宣言され、予防、リハビリテーション、機会の均等化の三本柱
からなる「障害者に関する世界行動計画」の実施を目指しました。
 しかし折り返しの八七年までには多くの国で国際障害者年の盛り上がりは失われて
ました。そして政策面でも予防やリハビリテーションはまだ比較的進められている
が、障害者に平等なチャンスを提供するという「機会の均等化」がとても遅れている
という意識が障害者に生まれたのです。
 そして八七年に国連総会で初めて障害者への差別をなくするための国際的条約が提
案されたのです。しかし、反対する国が多く実現しませんでした。

Q:それはどうしてだったのでしょうか。女性については七九年に女性差別撤廃条
約、子どもについては八九年に子どもの権利条約がそれぞれできているのに、今まで
障害者の権利条約はどうしてなかったのでしょうか。障害者の方が女性や子どもより
も厳しい立場に置かれているようにも思えるのですが。

A:障害者政策は国内問題であると主張したり、国連は財政的に苦しいから無理だと
いう国がありました。これは障害者問題に対して消極的な意見であると分類できるで
しょう。日本政府も財政的な理由で反対しました。
 こうした意見とは別に、障害者の権利や差別の問題は、他の国際人権規約などで既
に取り上げられているので、新たに障害者だけを対象にした条約を作る必要がない、
作ることは障害者にマイナスをもたらすという意見もありました。これは女性や子ど
も(線引きする年齢の問題はありますが)の場合、「女性」、「子ども」といった存
在があるかといったことは議論の対象にならないのとは違って、「障害者」の場合に
は、誰が障害者なのか、障害者というカテゴリーで考えるのが本当に望ましいのかと
いう議論があるからです。
 しかし現実にはDPIをはじめとする障害者を代表する国際的組織は八〇年代半ば
から障害者の権利を守り、障害者に対する差別を撤廃する国際条約を求めてきまし
た。

Q:そうした動きは国連の場で国際的な政策に反映されてきましたか?

A:はい、八九年にスウェーデン政府が障害者の権利条約を提案したことがきっかけ
となって九三年に「障害者の機会均等化に関する基準規則」というガイドラインが採
択されました。このなかに次が盛り込まれました。
 *介助者、手話通訳者などの保障
*住宅、乗り物のバリアフリー
*点字、手話、字幕など情報のアクセス
 *統合教育(手話を使う聾学校は例外)
 *雇用での差別禁止
 *障害者の所得保障
 *障害者の性的関係・結婚の差別禁止
 教育は日本でも関心の高い分野ですが、原則は統合教育ながら、ろう文化に配慮し
た、手話を教育に用いる聾学校の存在は認めるようになっている点に留意してくださ
い。
 しかし、基準規則はあくまでガイドラインなので、国連事務総長が任命した特別報
告者人が国際的な障害者組織と協力して実施に努力していますが、実施を保障する力
が弱いのが実状です。特別報告者にはスウェーデン出身のベンクト・リンドクビスト
さんという社会大臣や国会議員を務めた経験もあり、自ら視覚障害者として国内外の
障害者運動の経験も豊富な方が二〇〇二年までの任期で活躍しています。
 各国での実施状況の調査は、特別報告者が各国の政府や障害者組織にアンケートの
形で行ったりしていますが、日本政府の回答では障害者施策にはいつも障害者の声を
反映しているという回答が出されています。
 条約の場合には定期的に報告書を提出し、それを専門家の委員が厳しく審査する仕
組みが女性差別撤廃条約や子どもの権利条約のようにありますが、障害者の基準規則
は条約ではないため、そのような審査の仕組みがありません。

Q:八〇年代には実現しなかった障害者の条約が二〇〇〇年の今、再度提案されてい
る背景は何でしょうか?

A:二〇世紀を振り返り、次の世紀を考えた時、大きな課題として「障害者が差別さ
れない、障害者の権利を守る」ためにはやはり条約が必要だという意識が再度、国際
的な障害者運動、国際的なリハビリテーション専門家の組織の中で、盛り上がってき
ました。その声を、中国という国連で安全保障理事会の常任理事国を務めている有力
な国が受け止めて条約提案を実現しようという意向を明らかにしたからです。
中国政府は三月に北京で世界障害NGOサミットを開催し、主だった障害者の国際
組織、
それにリハビリテーション専門家組織の代表を招きました。そのサミットで「新世紀
における障害者の権利に関する北京宣言」が採択され、参加した国際的障害者組織、
リハビリテーション専門家組織は障害者の権利条約実現のために連帯すると誓ったの
です。

Q:障害者の権利条約はもし実現すると、どういった内容になるのでしょうか?

A:北京宣言でも触れていますが、前述の基準規則の内容を強化する方向を国際的障
害者組織は求めています。
 例えば、基準規則でも重視しているバリアフリーについては、日本でも特に九〇年
の米国障害者法(ADA)制定以降、九三年の「身体障害者の利便の増進に資する通
信・放送身体障害者利用円滑化事業の促進に関する法律」による字幕放送の推進、九
四年のハートビル法による建物のアクセス整備、今年の交通バリアフリー法の成立に
よる公共交通機関のアクセス整備などが進められていますが、こうした努力を一層推
進することになるでしょう。

Q:障害を理由として様々な資格がとれない、いわゆる法律の「欠格条項」をできる
だけ減らすという取り組みがあるそうですが、そうした点を含め、権利条約ができれ
ば障害の有無にかかわらず影響がありますか?

A:権利条約が採択されて、その内容が確定しないとはっきりは言えませんが、一般
論としては影響があるでしょう。障害者に対する権利侵害、差別がある社会は障害の
ない人にとっても、「障害者になったらおしまい」という恐怖を与え続ける社会で
す。日本にいる私たちとしては、日本政府が障害者の権利条約を支持するよう働きか
けたいものです。



REV: 20161229
障害者の権利条約
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