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「関連図書・関連団体の紹介」




長瀬 修 200009

泉宜秀君を支援する会
http://www.deaf.or.jp/izumi/
『交通事故で逝ったろうの若者 泉宜秀君が残してくれた夢』
2000年9月

 この原稿を書いているのは、2000年8月中旬ですが、泉さん、泉先生が「殺さ
れて」(あえてこう書きます)から、もうまもなく1年が過ぎてしまったのだと思う
と、何か信じられない気がします。
 泉先生には、川崎の東芝の社員対象の手話講座(砂田さんの好意で私は特別に入れ
てもらいました)や、ワールドパイオニア(WP)の講座で教えてもらっていまし
た。ですから、事故の翌日か翌々日、WPからのファクスで亡くなられたことを知っ
た際には本当に驚きました。そして事実を新聞、メーリングリスト、法廷で知れば知
るほど、「くやしい」という気持ちになりました。
 ここでは、「泉宜秀君を支援する会」の一員として活動する際に力になってくれた
団体や本を紹介します。

*『遺された親たち』佐藤光房著、あすなろ社、
 1359円(本体価格)全6冊、92年ー99年

 著者の佐藤氏は朝日新聞の編集委員(当時)です。最近、実家の段ボールに入れて
ある本を整理していたら、92年に出版された当時に買ったこの本の第1部が最近出
てきました(今回の泉さんの件で再度、買った本は9刷でした)。
 結婚式直前の娘さんを「交通事故」でなくした親の立場から、最初の本が出されて
います。当時、朝日新聞のコラムで取り上げたのを読んで、まだ親にちょうどなった
ばかりで「親」という言葉にひかれた気がしています。
 大事な人を「交通事故」でなくしても、何が起こったのか全く情報が入らない。加
害者が起訴になったのか、不起訴になったのかも全く分からない。そんな状態にほと
んどの遺族が置かれていたのが本書を読むとよく分かります。今回の泉さんの事件で
は、検察から起訴になったという電話連絡が「支援する会」のメンバーに届きました
が、これはほんの数年前でも全く考えられなかったことなのです。
 「交通殺人」とも言うべき事態を具体的なケースを遺族のインタビューという形で
まとめた本シリーズは、実際に裁判官にも読まれ、判決にも影響を与えています。9
9年1月に出された第6部で終刊となりましたが、悪質な交通犯罪に対する怒り、遺
族に対する警察、検察の不十分な対応を問い続けた、本当に貴重な労作です。後で紹
介する片山隼君の事件をきっかけに被害者対策が前進しましたが、そこにたどりつく
ための地道な作業をこつこつと積み重ねた本書シリーズが果たした役割は大変、大き
いものがあります。
 著者の佐藤氏自身の娘さんの事件はシリーズ第1部で「花嫁姿で逝った娘への挽
歌」で取り上げられています。本書シリーズは後述する「全国交通事故遺族の会」が
各地の図書館に寄贈しています。ぜひ、一度手にとってみてください。
(なお、佐藤光房氏の父方の叔父はろう者で画家の松本竣介氏です。『遺された
親たち』第1部197・198頁にその記述があります)。


*、「全国交通事故遺族の会」井手渉会長、
270ー1435千葉県印旛郡白井町清水口3ー25ー4、
電話0474ー92ー1065、ファクス0474ー92ー3337

 泉さんの事件直後に何か参考になるものがないかと、『遺された親たち』をまず鶴
見図書館で読みました。そこには「全国交通事故遺族の会」からの寄贈とあり、同会
の連絡先が記されていました。早速、電話してみました。その結果を以下のように、
支援する会事務局用のメーリングリストで配布しました。一部略して掲載します。

==============================
差出人: NAGASE Osamu スパム対策biglobe.ne.jp>
宛先: izumi-jimu@スパム対策mx2.dns-ml.co.jp スパム対策mx2.dns-ml.co.jp>
件名 : [IZUMI-jimu:00056] 全国交通事故遺族の会
日時 : 1999年9月10日 15:12
(略)
昨日 「全国交通事故遺族の会」と連絡が取れました。実際に子どもや家族を「交
通事故」で亡くした方の集まりです。その井手会長と、電話で話しました。
(略)
記事と手紙をファクスしたところ、電話がありました。以下、会長さんからの「経
験者」としての懇切丁寧なアドバイスです。
1、「人はウソをつくが、モノはウソをつかない」
=物証をできる限り保存。
=警察から返される遺品(血痕のついた服など)は、どんなに辛くても保存するこ
と。服の破けた角度や血痕などが後の民事裁判で活かされることもある。
きちんと必ず保存。
=現場の写真、白墨の跡、スリップ痕を徹底的に撮る。
後で専門家が見ると役にたつことがある。
2、 「人間は忘れる」
=メモにする。書く。
=現場に一緒にいた人間には、現認書と言って、日付、住所、氏名、捺印をして、事
故の前後の記録を、現場の位置関係の図面をはじめ、忘れないうちに詳細に書いても
らう。
=遺族は、混乱している。きちんとした対応をするために、遺族にはノートを準備し
てもらい、様々なことを記録しておく。
3、耳が聞こえない人のケースを会として取り組んだのはこれまで1例ある。1年前
の事件で、耳が聞こえない人が横断歩道を渡っていて、はねられて死んだ。加害者は
被害者の信号無視と主張している。会は、聞こえない人ほど、きちんと見て渡ってい
ると主張。
自分たちが辛い経験をされたからでしょう、本当に親切な対応でした。
==========================

 3にある「聞こえない人が不利な立場におかれる」ことは、泉さんが事故で亡く
なったと聞いた時、まっさきに浮かんだことです。泉さんの事件の裁判では、酔っぱ
らい、スピード違反、ひき逃げとあまりにも加害者が悪質なため、弁護側も出してき
ませんでしたが、他のろう者・聴覚障害者が被害者の場合、加害者側は必ず出してく
ると思っていていいでしょう。
 もし、家族、知人が被害にあった場合には、まずこの会に連絡することをお勧めし
ます。上記の証拠保全、記録に関するもののように、切実な体験に基づいた貴重な助
言がもらえます。全国で約2000名の会員がいて、遺族同士の心の支えや、情報提
供、弁護士の紹介のほか、社会・政治的活動も行っています。


*『交通死ー命はあがなえるか』二木雄策著、岩波新書、
97年、630円(本体価格)

 新書で入手安い本です。やはり交通事故で最愛の娘をなくした父親の書。目次から
抜き出してみると、「被害者抜きの形式裁判」、「軽すぎる刑罰」、「ビジネスとし
ての賠償交渉」、「差別される女性被害者」、「画一的な事故処理」など、現在の交
通事故に関する問題点をカバーしています。特に賠償交渉になると「障害者」である
ことで、不利な扱いを受けることはよくあるようです。障害者については直接取り上
げていませんが、賠償の考え方や実態がよく分かります。


*『隼君は8歳だった ある交通事故死』毎日新聞社会部取材班、毎日新聞社、14
00円(本体価格)、99年
 8歳の息子を失った両親の真実を求める執念、毎日新聞のキャンペーンが政策的な
変化をもたらしました。その経緯がよく分かる本です。
 泉さんの事件を引き受けた田門弁護士はこの事件の弁護にも関係していたため、泉
さんの件では適切な対応、助言を当初からしてくださったのでしょう。
 障害者の欠格条項問題もそうですが、やはり一つの具体的なケースを徹底的に追求
することが、法的、政策的な変化にもつながっていくことがあります。隼君の事件は
悲しいが、変化のきっかけとなりました。
 以上、簡単に紹介しましたが、知れば知るほど、泉さんの事件への対応では、ある
意味で幸運が重なった、打つ手打つ手が決まったと言えるでしょう。(1)非常に早
い段階で、田門弁護士というろう者・聴覚障害者のことに詳しく、しかも交通事故事
例の経験もある弁護士に依頼ができたこと、(2)早期に支援する会が立ち上がった
こと、(3)泉さんの経歴、支援する会の活動、新聞への投書等によって、マスコミ
が注目し、事件を取り上げたこと、(4)マスコミが取り上げたことで社会的な注目
度が上がり、裁判官、検事が積極的な取り組みを見せたこと、(5)遺族の会の活
動、隼君事件の影響で被害者対策が意識されるようになった時期だったことです。
 これはつまり、他の事故の場合は、泉さんの事故の場合のようにはいかないことも
示しています。
 しかし、万一、交通事故にろう者・聴覚障害者の家族や知人が関係した場合(ろう
者や聴覚障害者でない場合でも)、どういったことができるのか、どういった対応が
すぐ必要か、誰に相談できるのか、どういった資料があるのか、多少でも頭の中にい
れておくと少しは後悔しないで済むのではないでしょうか。
 そしてそれは泉さんが悲しいことに身をもって私たちに伝えてくれたことの一つで
はないでしょうか。



REV: 20161229
泉さん事件