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インタビュー・カロリーヌ・リンク
映画「ビヨンドサイレンス」
ーあるがままを受けとめるー

聞き手 長瀬 修
『季刊福祉労働』78:8-11



 ろう者、手話が大きな注目を浴びている今、ろう者である親と聴こえる子どもの関係を家庭内での異文化の葛藤として描いているのがカロリーヌ・リンク監督の新作ドイツ映画「ビヨンドサイレンス」である。
 「ビヨンドサイレンス」は同監督初の長編映画で、ドイツ国内で三〇〇万人以上を動員する97年最大のヒット作であり、九七年ドイツ・アカデミー最優秀長編作品賞、最優秀主演女優賞(シルビー・テステュ)、最優秀音楽賞(ニキ・ライザー)を受賞、九七年米アカデミー外国語映画賞ノミネートなど評価も非常に高い。
 昨年末の東京国際映画祭に「ビヨンドサイレンス」は公式参加し、グランプリと最優秀脚本賞(カロリーヌ・リンク、ベス・ゼルリン)を受賞している。カロリーヌ・リンク監督は同映画祭のために昨年一一月上旬に来日した。その機会を利用して同監督から話をうかがった。
 映画では、「コーダ」の娘とろう者の両親、特に父親との関係が中心に描かれている。コーダとは英語のCODA(Children of Deaf Adults)から来ている言葉で、ろう者の親のもとに生まれ育った聴こえる「子ども」のことである。日本でも「コーダ」という呼び方が定着しつつある。
 監督を迎えて開かれた試写会には、そのコーダの人たちも顔を見せていた。コーダが毎年、大会を開いたり、手話・音声通訳者や研究者として活躍している米国のような国もある。日本でもコーダの会、「J−C0DA」が活動している。ろう文化運動の盛り上がりとあわせて、日本でもコーダの人たちが結集し、ろうと聴の二つの文化をあわせもつ存在として自らを意識するようになってきた。この映画には共感できるところが多いようで、映画上映後、監督を囲んで熱心に話し合う姿が見られた。
 自らは聴者であるミュンヘン出身の監督が「ろう者の世界を意識したのは、映画を学んでいた米国ロサンゼルスでした。もう4年前になります。ウェストシアターという、ろう演劇に接して手話に魅せられたのです。そして手話を学びました」。
 「当初は、親と子、特に父親と娘の関係、親子として密接な関係を築きあげた後で、それぞれが自らの道を歩むむずかしさ、子が成長して親と離れていくことをテーマにして映画をつくろうと考えていました。そんな時に親がろう者で自らは聴こえる女性の話に接したのです。ある瞬間にひらめいて、両方をかみあわせたテーマができました」。
 「ろう者に関しては数年かけてリサーチしました。でもそれはあくまで背景です。普遍的で誰にも訴えかけるテーマを持った映画を、ある特別な背景で撮ったのです」。
 「家族をあるがままに受け入れるのがむずかしいことがあります。同じ家族であっても世界がちがうことがあります。父親は娘が聴者であり、これからも聴者であり続けることを受け入れ、娘は父親がろう者であり、これからもろう者であり続けることを受けとめることが大事です。お互いに、ありのままを受け入れることが大切であるというのがメッセージです」。
 「たくさんの「パパ」がこの映画を気に入っています。特に父親からは評判がいいんです。子ども、娘を手放すことがむずかしいからでしょうね」。
 「これは障害者、ろう者、手話に関する映画ではないのです。家族に関する映画なのです。父親、母親、子どもの映画です」。
 「この映画に関してドイツでもよくインタビューを受けるのですが、手話を使っていないろう学校が多いというと、びっくりする聴者が多いのです。ドイツでも教育に手話を使うことはないし、ろう学校でもろう者の教員は非常に少ない。またろう者の間でも、手話や口話に関して合意が得られていないのです。 しかし、ゆっくりですが、状況は良くなっています。ドイツでも若いろう者は自らの言葉に自信を持ってきています。手話を恥ずかしいと感じることもある年配のろう者とは違ってきています」。
 「映画というメディアを通じて、手話の認知にも貢献していると、ドイツのろう者からも評価され、数週間前に、ドイツのろう者組織から賞をもらいました」。
 「ろう者や手話を全く知らない観客を意識して撮りました。確かにコーダはろう者である親と話す際には声を出しません。不自然なのは承知しています。しかし、ドイツでは字幕をつける習慣がなく、字幕をつけると観客層を確実に狭めてしまいます。字幕ではなく、俳優の顔に集中してほしいのです。ですから、これは妥協の結果です」。
 米国のハウィー・シーゴ、「かもめの叫び」(青山出版社)の著者でもあるフランスのエマニュエル・ラボリというろう者俳優の起用に関しては、「当然だと思います。ろう者自身が演じることは大切です。しかし、ドイツにはプロのろう者俳優がいないので、他国に目を向けたのです。二人ともこの映画のために、ドイツのろう者からドイツ手話を学びました」。
 「ろう者の俳優と一緒に仕事をする上で何か問題がありましたか」という記者会見での質問に対して、監督は「二人ともプロの俳優であり、問題はありませんでした。言葉の通じない外国人と一緒に仕事をするような感じでした。通訳者さえいれば問題ありません」と答えている。
 国際的にろう者の世界で大きな関心を呼んでいる、子どもへの人工内耳手術に関して尋ねてみた。「子どもへの人工内耳手術はドイツでも大きな、そして激しい議論を呼んでいます。多くの反対意見があります。否定的な話をよく耳にします。また、ラボリやシーゴも反対です。これはこの映画のテーマでもあるのですが、あるがままを受けとめることが大切です。自信が持てないろう者が多いのは社会がろう者に対して、今のままじゃ駄目なんだというメッセージを常に送っているからです。話しなさい、話しなさいと言って、手話は駄目だと言っているのです。手話でもかまわないのです。もし自分の子どもが生まれつき、ろうだったら人工内耳手術は受けさせません。手話で何でも分かるようにするでしょう。ただし、手術を受ければ、完全に聴こえるようになるなら別でしょう。そうなれば、子どもに受けさせるかも知れません。しかし、現在の人工内耳手術はそうではないのです」。
 リンク監督のこれからの予定としては、30年代にナチスの迫害を逃れてケニアに移住したユダヤ人家族の実話を取り上げる構想がある。親はドイツに戻りたがり、子どもはケニアが気に入る。これもまた異文化の接触に関係している。
 監督として「未知の世界を発見する」のを大事にしているという。「自分が観客の立場でも、スクリーンで新たな世界を見せてくれる映画が好きです。監督の立場でもそうです。私にとって映画は別世界への窓なのです」。
 「ビヨンドサイレンス」でリンク監督は確かに多くの人にとっての未知の世界、別世界を見事に展開している。

*コーダ関係の資料
 星野正人「CODA文化から見たろう文化」『現代思想』96年4月臨時増刊号、
ハナ・グリーン「手のことば」(佐伯わか子・笠原嘉訳)みすず書房
Preston, Paul (1994) "Mother Father Deaf", Harvard University Press 
*「J−CODA」連絡先
 星野正人さん。 鹿沼市旭が丘135ー117 ファクス0289ー77ー318

*映画は3月下旬から銀座テアトル西友で公開予定。問い合わせは配給の
パンドラ(電話03ー3555ー3987、ファクス03ー3555ー8709)ま
で。
*本インタビューは英語で97年11月7日に行われた。

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『福祉労働』誌(七八号九八年三月二五日刊)に掲載の記事です。
 「福祉労働」は季刊で、現代書館(電話03ー3221ー1321、ファクス32
62ー5906)より出版されている。定価は1260円。



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