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中国:権利と予防――世界から・6

長瀬 修
『福祉労働』76 97年9月



 前回は、米国全般、特にカリフォルニアに見られる、障害者の権利保障と、障害児
の出生予防の両面での努力を取り上げた。このアジアで、米国と同じように権利の保
護を通じて、障害を持って生きている者を大切にしようとする反面、政策として、障
害を持って生まれてくることを極力避けようとしている国と言えば、中国が頭に浮か
ぶ。米国と中国、一見相反するように見える両国だが、共通する点は意外に多い。
 中国での障害政策は、中国の現代史抜きには語れない。文化大革命、76年の天安
門事件と2度の失脚から復活を遂げ、事実上の最高指導者として君臨し、改革・開放
政策を展開したトウ小平こそ中国現代史の焦点の一人に違いない。トウ小平は本年7
月の歴史的な香港返還を見ずに、2月に亡くなったが、この大実力者の長男のトウ樸
方が文革時に紅衛兵に迫害され下半身不随となり、車イスを使うようになったことが
中国ひいては国際的な障害政策に大きな影響を与えてきている。
 トウ樸方が自ら障害者として障害の問題に取り組むことにより、中国政府内でも障
害政策は重視されてきた。トウ樸方の活動の拠点は88年に設立された半官半民の中
国障害者連合会であり、これは障害者組織、政策立案機関、サービス提供機関の3つ
を兼ねている。同じ、88年には「中国障害者事業5カ年業務綱要」が国家的障害者
施策として策定されている。
 91年には中国障害者連合会が起草した「中華人民共和国障害者保障法」が施行さ
れた。障害者の権利保護をうたう総合的な法律で、中国の障害政策の大きな前進を示
した。
 まさにこのような障害者の権利を守ろうとする法律が成立、施行されたばかりの時
期である93年に「優生保護と保健保護」と題する法律が提案され、国際的に大きな
反響を呼んだ。遺伝的精神病、性病、肝炎などを持つ者の結婚禁止、「異常な」胎児
の中絶勧告、強制的な断種・不妊手術を盛り込んだ法案は国際的な批判を引き起こし
た。当時、特にスウェーデン政府は強硬に抗議を行っている。
 この批判に対して、中国政府並びに中国障害者連合会は、83年に国連総会で採択
された「障害者に関する世界行動計画」の中で、予防がリハビリテーション、機会均
等化と並んで大きな柱となっていることを指摘し、我々は国際社会の合意に基づい
て、国内的に施策を進めているに過ぎないと強硬に主張したのである。
 結局、法案の名称が「母子保健法」と当たりさわりのないように変更されたが、
「重大な遺伝性の疾病」がある場合の結婚、出産を深刻に制限する内容で95年に施
行されている。
 トウ樸方がトップを務める中国障害者連合会は国際的にも大きな影響力を持ってい
る。障害者組織としてインクルージョンインターナショナル、障害者インターナショ
ナル、世界盲人連合、世界ろう連盟など主だった国際的障害者NGOに加盟している
と共に、国連などの国際会議にも政府代表として参加し、多くの情報を一元的に集
約、効果的、多面的に活動している。ある意味では障害分野の最強のマシンと言え
る。このマシンが力を発揮したのが、今年折り返し点を迎えた「アジア太平洋障害者
の10年」の宣言過程である。同「10年」の宣言はトウ樸方率いる中国障害者連合
会の政治的影響力、そして決断がなければ、まず実現しなかった。中国政府中枢に太
いパイプを持つ中国障害者連合会が同「10年」宣言の持つ意義を認識し、92年4
月のESCAP総会のホスト役、中国政府内で迅速な働きかけを行い、「10年」の
提案を行うよう動かしたのである
 ダイナミックな動きを続ける隣国中国、その障害政策は国内だけでなく、国際的に
も影響を与えている。
          (文中敬称略)
参考文献
 小林昌之「中国の障害者事業の展開と課題」『ワールドトレンド』97年6月号、
 七野敏光「中国母子保健法の施行に思う」『ジョイフル・ビギン』第6号、
96年5月
 長瀬修「アジア太平洋障害者の10年の背景と意義」『ワールド・トレンド』97
年6月号
 Stone, E. (1996) "A Law to
Protect, a Law to Prevent"
Disability & Society, Vol. 11, No. 4, 469-483
"China's law to..." Life, Death
and Rights, No.2, November 1994


REV: 20161229
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