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障害(者)の定義
―英国の例・下―

長瀬 修
19960701
『ノーマライゼーション 障害者の福祉』1996-7



 前回はインペアメントとディスアビリティの英国の用法を取り上げたが、今回は
昨年十一月に成立した英国の一九九五年障害差別法(1995 Disability Discrimina
tion Act、略称DDA)での障害 disability、障害者 disabled person の定義を
検討する。本誌四月号(「英国の障害差別法の制定」小鴨英夫)が同法の概要を紹
介しているので、参考にして頂きたい。

背景・批判

 まず同法成立の背景について簡単に触れたい。なお、英国では一九七五年性差別
法、一九七六年人種関係法が存在している。
 英国障害者評議会(BCODP)によって代表される英国の障害者運動は長年に
わたって障害者の公民権立法を求めてきた。既に82年には反障害差別法案が議会
に提出されている。(注1)本格的な反差別法案という形を取るのは、やはり米国
のADA成立以降である。(注2)94年には障害者運動が支持する公民権(障害
者)法案が成立寸前というところまでこぎ着けるが、保守党政権の頑強な抵抗によ
り頓挫する。しかし法的な差別撤廃が必要という認識は政権側にもついに生じ、政
府提出の法案が成立するに到る。(注3)
 より強力な公民権(障害者)法の成立を求めていた障害者側からは、DDAの評
判は悪く、真の差別撤廃はかえって遠のいたという声すら聞こえる。(注4)筆者
が昨年十月に英国を訪れた際に、成立寸前だったDDAが前進であると評価する障
害者側の声は皆無に近かった。
 後に取り上げる定義以外での主な批判点は次の通りである。(注5)
 *法の実施を保障する仕組みとしての全国障害者評議会の権限が弱体である。
 *中小企業が多いのにもかかわらず、従業員20人以下の企業には雇用関係の規
定が適用されない。
 *3パーセントと規定されている障害者の雇用率を撤廃してしまう。(英国の雇
用率制度は納付金制度もなく、有名無実化している事情があった。注6)
 *教育と交通の規定が不十分である。

定義・医療モデルと社会モデル

 DDAのディスアビリティの定義は「通常の日常活動を行う能力について相当か
つ長期にわたる不利な影響を及ぼす身体的もしくは精神的なインペアメント」であ
り、障害者 disabled person
とはディスアビリティを持つ者と規定された。この定義は典型的な医療モデルとし
て障害者運動側から批判されている。
これを1995年の公民権(障害者)法の障害者 disabled person
と比較してみる。

 障害者とは次を持つ人を意味する。
 (a)その結果としてその人の主要な生活活動を一つ以上、相当に制限する身体
的、感覚的、精神的インペアメント
 (b)そのようなインペアメントを過去に持った経歴
 (c)そのようなインペアメントを現在持っている、もしくは過去に持ったこと
があるという評判(注7)

 明らかに米国のADAの定義の踏襲である。振り返ってみると反差別法としての
ADAの先見性、革新性はインペアメントの経歴と、インペアメントを持っている
と見なされるという「見なし規定」によっても象徴されている。それはもちろん、
ADAの障害者の定義の先行者である一九七三年のリハビリテーション法の先進性
でもある。インペアメントを実際に持っていなくても障害者である。周囲がその人
にはインペアメントがあると見なせば、その人は障害者だとADAは言っている。
これは個人の問題であるという視点から社会の問題であるという視点への移行であ
る。個人モデル、医療モデルから社会モデルへの移行である。
 さらに、見なし規定は例えば、HIVを持っていると見なされて解雇された場合
に、実際にHIVを持っている場合には障害差別禁止の保護対象となるのに、持っ
ていない場合には保護対象とならないという矛盾を防ぐ役割もあると思われる。ま
たプライバシーの保護という観点からも、ある特定の障害の有無にかかわらず差別
禁止の対象となるのは重要である。
 ADAの定義はオーストラリアの1992年障害差別法にも明白な影響を与えて
いる。同法でディスアビリティは、
 *現存する、
 *過去に存在したが現在は存在してない、
 *未来において存在するかもしれない、
 *その人が持っていると見なされている、
以上、全ての場合を含むとされている。
 なお、同法で注目されるのは見なし規定が入っている、過去規定があると共に未
来に関しても明記している点である。
 これらの立法の後を受けたDDA審議過程において障害者の定義、特に見なし規
定は、社会モデルを推進する運動側と政府側との主戦場となった。(注8)見なし
規定は、個人の持つある属性自体ではなく、社会の側が作り出す制約こそが問題で
あるという社会モデルにとって核心的な部分だからである。
 結果として、障害者運動側の主張にもかかわらず、見なし規定は採用されなかっ
た。しかし、やけどや生まれつきの痣等、非常に「見かけが悪いこと」がインペア
メントとされているのは、同法の中では数少ない貴重な社会モデル的視点の実現と
して評価されている。(注9)「見かけが悪いこと」それ自体は「通常の日常活動
を行う能力について相当かつ長期にわたる不利な影響を及ぼす身体的もしくは精神
的なインペアメント」ではない。しかし、周囲が、その人に対して否定的に反応す
ることで、結果としてその人に「不利な影響」が生じてしまう。これも、障害差別
の一形態として保護の対象とする意義は大きい。DDAで見なし規定自体は実現し
なかったが、「見かけが悪いこと」が対象とされることで、ある程度はカバーされ
ることとなった。

「障害」の概念の拡大・拡散

 DDAの定義に関するもう一つの重要な争点は、未来の問題だった。DDAの付
則は進行性のガン、多発性硬化症、筋ジストロフィ、HIVなどに関して、現在の
状態が「相当な不利な影響」を及ぼさなくともインペアメントと見なしている。し
かし、単に遺伝的に将来に進行性の病気を発病する可能性が高い場合は対象となら
なかった。審議過程でも、ハンチントン舞踏病、アルツハイマー、多発性硬化症な
どのインペアメントを将来的に発症する可能性が高いという検査結果が出た個人を
障害者に含めるという提案が繰り返されたが、政府は反対を貫き通した。(注10

 この問題に関しては米国の例になるが、一九九四年のネブラスカ州最高裁の判決
が興味深い。(注11)現実に発症していなくても、遺伝学的にある病気の発症傾
向が高い場合は、その状態自体も病気であるという解釈を下したのである。これを
アナスは同法廷の見解に従うならば、「受精の瞬間から、我々は誰もが病気である
」という結論が導かれざるをえないと分析した。(注12)

 誰もが同じ人間であるという言い方に代表される普遍志向の視点からは、誰もが
病人・障害者であるという視点への転換は比較的容易にちがいない。誰もが同じ(
人間、障害者)という視点は確かに不可欠だ。しかし、普遍志向だけではなく、障
害を強調する差異志向も同時に存在しなければ、平等への道は逆に遠回りになるの
ではないかと筆者は危惧する。
 英国の例を中心に「障害」とは何か、「障害者」とは誰かを取り上げてみた。D
DAの審議過程で争点となった、身体と社会、みなし規定、過去、そして未来規定
は英国だけの課題でないことは明かである。

             (文中敬称略)

(1)Gooding, C. (1996) Blackstone's Guide to Disability Discrimination
Act 1995, London: Blackstone.
Doyle, B.J. (B.J. Doyle@liverpool.ac.uk)(1996a) Re: U.K. Disability
Discrimination Act 1995, in disability-research, 29 April 1996.
(2)Doyle, B. J. (1996b) Disability Discrimination, Bristol: Jordans
(3)前掲 Gooding(1996)、Doyle(1996b)
(4)Chadwick, A. (1996) "Knowledge, Power, and the Disability
Discrimination Bill", Disability & Society, vol.11, no. 1 (1996) pp. 25-40.
(5) Trade Union Congress (1995) Equal Rights for Disabled People Update,
(7 October 1995)
(6)安井秀作(1989)職業リハビリテーション、中央法規出版
(7)Civil Rights (Disabled Persons) Bill (1995) [Bill 129], London:HMSO
(8)前掲 Gooding(1996)、Doyle(1996b)
(9)前掲 Doyle(1996b)
(10)前掲 Doyle(1996b)
(11)広井良典「わが国の障害者政策への提言B」『月刊福祉』1996年3月
号、70ー75頁
(12)Annas, G.J. (1994) "When Should Preventive Treatment Be Paid For By
Health Insurance?" New England Journal of Medicine, Oct. 13 1994, pp.
1027-1030.

付記 資料入手に御協力頂いた荒木美奈子(イースト・アングリア大)、久保耕造
(エンパワメント研究所)、広井良典(千葉大学)各氏に感謝します。

国際日本文化研究センター共同研究員
(『ノーマライゼーション 障害者の福祉』1996年7月号)



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