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障害(者)の定義――英国の例・上

長瀬 修
19960601
『ノーマライゼーション 障害者の福祉』16-6(1996-6)



 昨年12月にオランダの社会研究大学(Institute of Social Studies)で書き上げた修士論文(1)で特に苦労したのは、英語でのインペアメント impairment、ディスアビリティ disability、ハンディキャップ handicapの使い方である。佐藤久夫が『障害構造論入門』(2)で詳しく論じているように、英語世界での障害に関する用語の混乱ははなはだしい。英語の論文だけにこの問題には神経を使い、その混乱に巻き込まれないようにするために、ディスアビリティを国連の「障害者の機会均等化に関する基準規則」などの用法――個人の機能的制約――で用いる場合には普通に印字し、英国の(社会理論の)用法に従う際――社会的不利を意味する――には斜体字にするという手の込んだ方法を用いざるを得なかった。
 初めて、インペアメントとディスアビリティの英国での定義がおかしいと思ったのは、Families and Disability(家族と障害)という国連の国際家族年の資料を読んだ時だった。(3)当時の国際知的障害者育成会連盟(ILSMH)、現在のインクルージョン・インターナショナル(II)のピーター・ミットラーとヘレ・ミットラーという二人の英国人が国連事務局からの依頼で執筆しているものである。障害の社会モデルに触れた文脈の後で、障害者インターナショナル(DPI)の定義を以下のように紹介している。

 インペアメントは身体的、精神的、感覚的インペアメントにより起きる個人の機能的制約である。
 ディスアビリティは物理的、社会的障壁により他の人と同等のレベルで地域社会の通常の生活に参加する機会が失われているもしくは制限されていることである。

 両ミットラーは続けて「したがってDPIの定義はハンディキャップの概念を誤解を招き、差別的となるとして用いていない」としている。
 しかし、これはDPI自身の定義、用法とは異なっている。DPIの定義では、前述のインペアメントがディスアビリティ、前述のディスアビリティがハンディキャップとぞれぞれ入れ替わっている。すなわち、個人の機能的制約をディスアビリティと定義し、社会参加の機会の制限、社会的不利をハンディキャップとDPIは定義している。正確に言うと「英国以外のDPIは」、である。
 両ミットラーのハンディキャップに関する記述は、英国での用法に通じていないと誤解を招く。両ミットラー自身も英国DPIの定義が世界レベルのDPIのそれと異なっているのを意識しないまま、この記述を行っていると推測される。
 この社会的不利をディスアビリティで表現するのは主に英国で広まっている、障害の社会的側面を重視する「障害の社会理論」a social theory of disabilityの用法であり、英国の文献等に接する場合には要注意である。
 同一組織ながら、英国DPI(BCODP)だけがなぜDPIの世界レベルの用法ー基本的には国連の用法と同じーと異なる用語を使うようになったのか。なぜ英国でだけ別の定義が広まっているのか。その疑問に対する一つの答を1981年に発足した英国DPIの初代会長のヴィク・フィンケルシュタインから次のように得られた。フィンケルシュタインはDPI発足当時の世界評議員も務めている。現在はオープン大学の教員である。
 
 インペアメント:手足の一部または全部の欠損、身体に欠陥のある肢体、器官、または機構を持っていること
 ディスアビリティ:身体的なインペアメントをもつ人のことを全くまたはほとんど考慮せず、したがって社会活動の主流から彼らを排除している今日の社会組織によって生み出された不利益または活動の制約
 この定義が・・・英国障害者評議会(BCODP)の定義として、同組織が一九八一年に私を会長として発足した際に、採択された。BCODPは一九八一年のDPI会議に三名の代表を派遣した。我々代表の任務の一つが世界保健機構(WHO)の定義をDPIが採用することへの抵抗だった・・・前述の定義を英国代表団が提案するとスカンジナビア諸国から強硬な反対があった。議論の中で明らかになったのはインペアメントとディスアビリティは国が違えば、意味も違うということだった。スウェーデンのベンクト・リンドクビストとノルウェーのアン・マリット・サボーネスと私がDPIの定義を再起草するという合意が得られた。
 結局[一九八三年にスウェーデンで開かれた第三回世界評議会で]以下のような合意が得られた。
 ディスアビリティは身体的、精神的、感覚的インペアメントにより起きる個人の機能的制約である。
 ハンディキャップは物理的、社会的障壁により他の人と同等のレベルで地域社会の通常の生活に参加する機会が失われているもしくは制限されていることである。
 この定義を英国の会員に報告する際に、我々はDPIの新たな定義に言及し、英曹ナは「インペアメント」と「ディスアビリティ」がそれぞれDPIの「ディスアビリティ」と「ハンディキャップ」の代わりにすることができると付け加えた。 (強調は長瀬:4)

 英国では既に一九七〇年代前半に、フィンケルシュタインの文中に出てくるインペアメントとディスアビリティの定義が、「隔離に反対する身体障害者同盟」(UPIAS:5)により提唱されている。DPIの国際レベルでは機能的制約をディスアビリティ、社会的不利をハンディキャップとするという合意ができたにもかかわらず、そういった背景を受けて、英国内では機能的制約をインペアメント、社会的不利をディスアビリティとする慣行ができてしまった模様である。
 とは言っても英国でも、この用法が普遍的かと言えば必ずしもそうではない。一九八六年に創刊された英国の国際的な研究誌は「ディスアビリティ、ハンディキャップと社会」Disability, Handicap & Societyと題された。ハンディキャップが含まれているのが注目される。発刊の目的として「ディスアビリティとハンディキャップに関する多くの問題と疑問が特別の関心を集め、議論される場を提供することである」(6)とし、ディスアビリティとハンディキャップの両方が並列で記されている。
 しかし一九九四年の第九巻からハンディキャップが消え、「ディスアビリティと社会」Disability & Societyと改題されている。この改題を同誌の編集者は次のように説明している。

 ・・・障害者がコントロールし、運営している組織間で生まれつつある用語に関する国際的合意を反映させようと我々は努力していくつもりである。
 したがって「ディスアビリティ」とはインペアメントをもつ人に対して社会組織が押しつける経済的、社会的抑圧の複雑な仕組みに言及するものである。「ハンディキャップ」が障害者に関して用いられる際の明らかに否定的かつ抑圧的意味合いを考慮し、編集者会議は全員一致で誌名からハンディキャップを削除することを決定した。(7)

 前段の「国際的合意」は英国DPIの定義を意味していると思われ、インペアメント、ハンディキャップ、ディスアビリティの定義に関する英国と英国以外の溝はいっそう深まるばかりである。社会的側面に焦点を当てる「障害の社会理論」が英国を中心に発展しているだけに、国際的共通語としての英語における用法の混乱には頭が痛い。
                       
      (文中敬称略)

(1)Nagase, O. (1995) Difference, Equality and Disabled People:
Disability Rights and Disability Culture, unpublished
(2)佐藤久夫(一九九二)『障害構造論入門』青木書店、東京
(3) Mittler, P. and Mittler, H. (1994) Families and Disability, Vienna:
United Nations
(4) Finkelstein, V. (v.Finkelstein@スパム対策open.ac.uk)(1995)DPI Definitions, in
disability-research@スパム対策mailbase.ac.uk (11 July 1995)
(5) UPIAS and Disability Alliance (1976) Fundamental Principles of
Disability, London: UPIAS and Disability Alliance
(6)Executive Editors (1986), "Editorial", Disability, Handicap &
Society, pp. 3-4. vol.1, no.1,
(7)Executive Editors (1993), "Editorial", Disability, Handicap &
Society, pp.
109-110. vol.8, no.2.
 ディスアビリティの社会的側面を精力的に取り上げ、ディスアビリティの社会理
論の成立に大きく貢献してきた同誌は本年に十周年を迎え、記念の会議が九月に英
国で開催される。会議名は "Disability and Society: Ten Years
On"、日程は九月四日ー六日。詳細の問い合わせ先は Mrs. Val Stokes, Division
of Education,
University of Sheffield, 388 Glossop Road, SHEFFIELD, S10 2JA, U.K. Fax:
114-276-6236

長瀬修 国際日本文化研究センター共同研究員

『ノーマライゼーション 障害者の福祉』1996年6月号


REV: 20161229
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