昨年12月にオランダの社会研究大学(Institute of Social Studies)で書き上げた修士論文(1)で特に苦労したのは、英語でのインペアメント impairment、ディスアビリティ disability、ハンディキャップ handicapの使い方である。佐藤久夫が『障害構造論入門』(2)で詳しく論じているように、英語世界での障害に関する用語の混乱ははなはだしい。英語の論文だけにこの問題には神経を使い、その混乱に巻き込まれないようにするために、ディスアビリティを国連の「障害者の機会均等化に関する基準規則」などの用法――個人の機能的制約――で用いる場合には普通に印字し、英国の(社会理論の)用法に従う際――社会的不利を意味する――には斜体字にするという手の込んだ方法を用いざるを得なかった。
初めて、インペアメントとディスアビリティの英国での定義がおかしいと思ったのは、Families and Disability(家族と障害)という国連の国際家族年の資料を読んだ時だった。(3)当時の国際知的障害者育成会連盟(ILSMH)、現在のインクルージョン・インターナショナル(II)のピーター・ミットラーとヘレ・ミットラーという二人の英国人が国連事務局からの依頼で執筆しているものである。障害の社会モデルに触れた文脈の後で、障害者インターナショナル(DPI)の定義を以下のように紹介している。
両ミットラーは続けて「したがってDPIの定義はハンディキャップの概念を誤解を招き、差別的となるとして用いていない」としている。
しかし、これはDPI自身の定義、用法とは異なっている。DPIの定義では、前述のインペアメントがディスアビリティ、前述のディスアビリティがハンディキャップとぞれぞれ入れ替わっている。すなわち、個人の機能的制約をディスアビリティと定義し、社会参加の機会の制限、社会的不利をハンディキャップとDPIは定義している。正確に言うと「英国以外のDPIは」、である。
両ミットラーのハンディキャップに関する記述は、英国での用法に通じていないと誤解を招く。両ミットラー自身も英国DPIの定義が世界レベルのDPIのそれと異なっているのを意識しないまま、この記述を行っていると推測される。
この社会的不利をディスアビリティで表現するのは主に英国で広まっている、障害の社会的側面を重視する「障害の社会理論」a social theory of disabilityの用法であり、英国の文献等に接する場合には要注意である。
同一組織ながら、英国DPI(BCODP)だけがなぜDPIの世界レベルの用法ー基本的には国連の用法と同じーと異なる用語を使うようになったのか。なぜ英国でだけ別の定義が広まっているのか。その疑問に対する一つの答を1981年に発足した英国DPIの初代会長のヴィク・フィンケルシュタインから次のように得られた。フィンケルシュタインはDPI発足当時の世界評議員も務めている。現在はオープン大学の教員である。
(文中敬称略)
注
(1)Nagase, O. (1995) Difference, Equality and Disabled People:
Disability Rights and Disability Culture, unpublished
(2)佐藤久夫(一九九二)『障害構造論入門』青木書店、東京
(3) Mittler, P. and Mittler, H. (1994) Families and Disability, Vienna:
United Nations
(4) Finkelstein, V. (v.Finkelstein@スパム対策open.ac.uk)(1995)DPI Definitions, in
disability-research@スパム対策mailbase.ac.uk (11 July 1995)
(5) UPIAS and Disability Alliance (1976) Fundamental Principles of
Disability, London: UPIAS and Disability Alliance
(6)Executive Editors (1986), "Editorial", Disability, Handicap &
Society, pp. 3-4. vol.1, no.1,
(7)Executive Editors (1993), "Editorial", Disability, Handicap &
Society, pp.
109-110. vol.8, no.2.
ディスアビリティの社会的側面を精力的に取り上げ、ディスアビリティの社会理
論の成立に大きく貢献してきた同誌は本年に十周年を迎え、記念の会議が九月に英
国で開催される。会議名は "Disability and Society: Ten Years
On"、日程は九月四日ー六日。詳細の問い合わせ先は Mrs. Val Stokes, Division
of Education,
University of Sheffield, 388 Glossop Road, SHEFFIELD, S10 2JA, U.K. Fax:
114-276-6236