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人工内耳に関するフランスの動き

 1995年7月
 著 STUART BLUME スチュアート・ブルーム(アムステルダム大学)(1)
 訳 長瀬修(2)
 全日本ろうあ連盟『みみ』71(1996-3)

 過去数カ月間に人工内耳に関する重要な文書が二つ、フランスにおいて作成され
た。両文書共に、ろう児への人工内耳の結果を慎重かつ独立した形で分析したもの
である。これまでの研究に基づくと共に、多くの関係者との討議を経ている。この
二つの文書の持つ潜在的重要性はフランスを超え、他国での政策決定にも影響を与
えることが可能であり、また与えるべきであるというのが、私見である。

 「言語修得前のろう児への人工内耳」

この報告は、フランス厚生省保健局長と病院局長の要請により、フランス政府機関
である「国家医療評価発展機関」(ANDEM)(3)が作成し、1994年の1
0月に公表されている。報告の大部分は小児の聴覚障害、小児期の「失聴」の性質
と結果、内耳の長期的電気刺激それぞれに関する免学論の分析を行っている。第5
章では現在の技術の性格と外科医がどのように手術を行うかをそれぞれ説明し、人
工内耳を詳細に取り上げている。第6章は小児への人工内耳手術が持つ危険性と便
益に関して知識がどの程度あるのかを分析している。第6章の一部は非常にテクニ
カルで、手術の持つ危険性、生体適合性、使用に当たっての失敗の危険性を取り上
げている。ANDEMは手術に関して危険は稀ではあるが、現に存在し、子どもが
年少であればあるほど合併症も高いと結論づけた。全般的な議論という目的のため
に特に意義深いのは、人工内耳の効果を扱っている部分である。

 既に発表されている研究の分析を基に、聴能に関する限り、94デシベル以上の
損失の場合、人工内耳手術を受けた子どもは補聴器フィッティングがされた子ども
(少なくとも2年間の学習後)よりも成果をあげているとANDEMは結論を下し
た。94デシベル以下の損失の子どもの場合、補聴器を用いた方が良い。しかし、
不明な点は多い。「言語獲得、精神的バランス、学校と家庭でのインテグレーショ
ン状況について評価は不可能である。こういった分野に関しては評価を下すのに時
間がかかるからである。言語獲得については3年から5年かかり、教育については
10年を要する。4年以上にわたる経過を報告している米国での単一の研究を唯一
の例外として、他の公表されている全ての研究は対象を2年前後フォローしている
にすぎない。」
 主に動物実験の結果に基づくにせよ、人工内耳が機能するという生理学的根拠が
存在するとANDEMは主張する。生理学的研究は人生の初めの4年間の「臨界期
」が大切であり、人工内耳が効果的であるためには、この時期が終わる前に手術が
行われるべきであるとしている。しかしながら、動物実験の結果がどの程度、ヒト
にも類推できるものか完全に明らかになっているわけではない。現在の知識レベル
と、手術以前に行われるべき検査を考慮すれば「2才以前の幼児に手術は考慮され
るべきでない」。人工内耳の技術自身は安全であるように思われるが、6年から1
0年という長期にわたる人工内耳機器の安全性に関してはほとんど知識が得られて
いない。
 ANDEMは2つの重要な勧告を行っている。一つは親に提供されなければなら
ない情報である。情報には次が含まれるべきであるとしている。
 *人工内耳がどのように機能するかに関する技術的説明
 *短期的・長期的な起こりうる合併症に関する説明
 *予期される便益の説明(ある程度の時間を経てから初めて良好な結果が得られ
るという事実を強調すべきである。その期間中も、子どもは全ての適切なコミュニ
ケーションの形態の助けを得て慎重に導かれるべきである。)
 *音声言語の修得、精神的バランス、聴社会での統合それぞれに子どもが成功す
る見込みがどの程度あるのか判断することは不可能であることを明確にする必要が
ある。これらの点が明らかになるには多くの年月がかかる。
 2つ目の重要な勧告は手術を受けた子どもの長期的な研究の(フランスにおける
)実施である。この研究には合併症、安全性、信頼度等が含まれるべきである。ま
た、研究は家族との統合、教育、社会性の発達、子どもの精神的発達、親の満足を
考慮に入れて、子どもの発達の全体的な評価を目指すべきである。
 
 この報告を受けたフランス政府厚生省は、国立障害者研究技術センター(CTN
ERH)に長期的研究を準備するよう、ただちに命じた。この研究計画は数カ月以
内に準備され、同センターは5年以内に最終報告を提出する必要がある。

この報告には手話とろう児への手話の重要性に関する記述はない。ANDEMは音
声言語と手話言語それぞれを主張するグループ間の論争を承知しているが、この問
題はANDEMが対応できる範囲外にあると明確に述べている。

 1994年12月半ばに第2の報告がなされた。

言語修得前のろう児への人工内耳手術に関する助言

 この簡潔な報告はフランスで大きな影響力を持ち、高い地位を持つ「生命科学と
医療のための国家倫理諮問委員会(通称は国家倫理諮問委員会)」(CCNE)に
よりまとめられた。CCNEは毎年、ごく少数の問題しか取り上げない機関である
。この問題に関心を抱く親とろう者のグループと、医者であり、オージオロジスト
であるジャン・ダグロン博士が行った要請書に基づいて、CCNEはろう児への人
工内耳手術の倫理的側面を取り上げる決定を行った。幼いろう児への人工内耳手術
の危険と便益は余りにも未知の部分が多いので、人工内耳手術を通常の医療行為と
みなすのは倫理に反するというのが要請書の趣旨である。要請書は、人工内耳手術
が実験的であると見なされるべきであるとし、人工内耳手術は厳格に規定された条
件下で(フランスの法律に規定されているように)中央委員会の監督下でのみ許さ
れるべきであると主張した。これを受けて、CCNEは利害関係を持つ関係者並び
に専門家と広範な討議を行った。

 フランス国内で相当の影響力を持つCCNEは、人工内耳手術を実験的医療とし
て規制する規則の基に置くには、現状は進みすぎているとした。20年前ならばそ
ういった規制は意味があっただろうが、現時点では無意味である。しかしCCNE
の主張はこれにとどまらない。

 「CCNEは現状での人工内耳の不確実性ー疑いもなくこれから長い年数、継続
するーが続く限り、子どもの認知の発達に悪影響を与えないよう、全力が尽くされ
なければならないと信じる。音声フランス語の獲得は他の言語ー例えば手話ーを上
手に学ぶという経験を持っている場合にいっそう容易であるとする専門家の見解に
従い、当委員会は人工内耳手術を行う場合でも手話の学習を平行させることで、子
どもの精神的な発達と社会性の発達を保障することを勧告する。手話のこの面にお
ける有効性は既に明らかである。」
 さらにCCNEは続ける。「この方法には2重の利点がある。まず、手話が学び
始められる1才ー人工内耳手術から便益が得られるだいぶ前ーから周囲とコミュニ
ケーションがはかれる。人工内耳がうまく行かない場合でも、子どもは認識面での
発達と精神・社会的適応が得られ、有効なコミュニケーション手段を身につけるこ
とになる。」
 CCNEはANDEMの報告並びに同報告に従って国立障害者研究技術センター
(CTNERH)が行う予定の研究に触れ、人工内耳の可能性と限界両面をバラン
スが取れた形で親に伝えることが重要であると強調している。CCNEは「聴能力
の獲得と言語の獲得の違いが親に明確に伝えられる必要がある」とも付け加えてい
る。
 「人工内耳と手話に関する客観的な情報を社会に伝えることが重要である」とC
CNEの報告は語っている。
 影響力を持ち、特定の立場を取らないCCNEは、人工内耳がろう児に音声言語
世界への道を開く可能性を持っているとする。しかしながら、現在の技術そして知
見の程度では人工内耳が手話に取って替わることは無理であるとし、ろう児が後に
人工内耳手術を受ける、受けないにかかわらず、できる限り早期に手話教育を受け
ることが不可欠であるとしている。
 CCNEのこの結論はアムステルダム大のコルツとミルズが行っている人工内耳
手術を受けたろう児の(音声・手話)言語の発達に関する研究の当面の結論と合致
しているように思われる。
 この2つの重要な報告は、例えば現在の英国やオランダでの政策よりも格段に吟
味された政策と実践に向かうための基礎を提供しているように思われる。両勧告は
両国で行われている議論でも早急に取り上げられるべきである。

(1)
社会学者。障害者と医療技術に関する著作等がある。二人のろう児の父親でもある
。95年の世界ろう者会議では「人工内耳ー新たな希望もしくは失望・・・そして
誰にとって」と題する講演を人工内耳に関する全体会議で行った。
(2)元八代英太参議院議員秘書・国連職員。世界ろう者会議で「バイオパワーに
抗して:ろう者と障害者の異なる取り組み」を「医学・聴覚学」分科会で発表した

 「翻訳にご協力頂いたアジア経済研究所の森壮也氏に感謝します。」
(3)原注 ANDEMの任務は科学的知識と、その医学的影響を分析し、個人的
、集団的な意思決定を支援することにある。

全日本ろうあ連盟「みみ」71号、96年3月号


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