> HOME
世界ろう者会議に参加して――ろう者は言語・文化集団

長瀬修
19951001
『ノーマライゼーション 障害者の福祉』15-10(1995-10):74-76,15-11(1995-11):
49-50

 7月6日から15日まで開催された第12回世界ろう者会議に参加した。開催地
はオーストリアのウィーンである。
 奥野英子氏の原稿もあり、本稿では私の限られた参加(10日ー14日)の感想
、並びにろう者社会の最近の動きを述べさせて頂く。なお、筆者は手話を解さない
明かな「少数派」の参加者であったことを始めに申し上げる。

(言語・文化集団)
 会議の中で強力に流れていたのは「ろう者は言語・文化集団」であるという考え
方である。本誌6月号にDプロの木村晴美、市田泰弘両氏が「言語的少数派として
のろう者」と題して書かれていたので、そちらを参考にして頂きたい。ろう者とは
固有の言語と文化によって結ばれた集団であるとする発想である。
 これは聴力障害に焦点をあてた従来の「聴覚障害者」像とは全く異なる。手話を
どのように位置づけるかが核心となる。米国のノースイースタン大教授のハーラン
・レインはろう者の言語である手話、特に音声言語対応でないろう者自身の手話を
「耳が聞こえない人間の障害(disability)により生じたコミュニケーションの袋小
路を回避するための一種の原始的な補装具」とみなすのは聴者優越主義の発想であ
るとしている(Lane,1995)。手話を一つの独立した一人前の言語と見なすことが基
本になる。

(家庭)
 前回の東京会議に比べて、家庭・家族に関する報告、発表が多く目についた。こ
れも「言語・文化」との考え方の浸透と関連があるのではないか。
 ノルウェーのルーン・アンダ氏が行った「ろう者と養子縁組み」と題する発表で
は、ろう者であるアンダ氏が中国の孤児院から二人のろう児を養子にもらった経緯
が報告された。ろう者と聴者の家庭ではコミュケーションが大きな課題である。手
話が共通言語として自然と修得できるという理由で、ろう者のカップルはろう児を
歓迎するという話は聞いていたが、ろう児の国際的な養子縁組みというのは初耳だ
った。米国ではろう児の養子情報を流す無料の情報サービス(Deaf Adoptions News
Service)が既に存在することも別の発表者から報告された。連絡先を熱心にメモす
る参加者が目についた。私がハーグから連絡を取ったところ、養子縁組みを待って
いる51人のろう・難聴児のリストが早速、送られてきた。名前、誕生年、国籍、
人種、斡旋機関名・住所などが記載されている。年齢は上は14才、下は1才であ
る。国籍では中国が13人と多い。
 全員がろう者である家庭は英語ではデフファミリーと呼ばれ、手話のネイティブ
を生み出すために、ろう者社会の中核をなすとされている。日本でもろう者の両親
を持つろう者の情報ネットワークである「デフ・ファミリー・クラブ」には200
名の会員がいると報告されている(木村・米内山、1995)。
 言語・文化集団としてろう者をとらえれば、両親がろう者で手話が達者な聴者も
ろう者社会の周辺部には含まれることになる。会議ではそういう立場の人間が通訳
者として活躍し、彼らの会議も開かれた。「ろう者の両親に恵まれ、ろう者と聴者
の文化両方を身につけられ、幸運だった」という発言があった。
 ろう者を両親とする聴者に関しては米国のポール・プレストンによる研究がある
(Preston, 1994)。150人の面接の結果を基にした同書は「音と沈黙の間を生き
る」という副題がついている。プレストン自身がろう家庭で育った聴者で、これま
で否定的に見られてきた「ろう者を親に持つ聴者」体験を異文化間体験として考察
している。

(幼児の人工内耳手術)
 私見では、今回の会議のハイライトは13日(木)の午前中の幼児の人工内耳手
術に関する全体会議だった。この問題は欧米を中心にろう者関連の最大の政治的問
題となっている。今回の会議でも医療・聴覚学委員会では幼児への人工内耳手術の
中止を求める提案がなされた。
 人工内耳は電極が配列された装置を耳の後ろに埋め込み、内耳の渦牛に直接、電
気刺激を与え聴力を向上する仕組みである。手術により現存する聴力は失われ、取
り外すことはできなくなる不可逆的な手術である。
 成人が人工内耳を選択することは自己決定権の行使である。人工内耳は中途失聴
者にとって聴力をある程度回復してくれる福音である。日本でも「人工内耳友の会
」(ACITA:小木保雄会長)という人工内耳装用者の会があり、会報を拝見す
ると音を回復した喜びの声が伝えられ、人工内耳の効用がよく理解できる。(私自
身も聞こえなくなり、補聴器よりも人工内耳の方が効果的だと判断すれば、人工内
耳を多分、選択するだろう。)
 しかし、言語修得前の幼児に対して人工内耳手術を実施することに対しては、欧
米のろう者組織を中心に強硬な反対の声があがっている。「ろう児の親の会」も反
対している。
 反対の理由の主なものは次の通りである。
(1)手術の結果、ろう児はある程度聴力を獲得もしくは回復し、難聴児になる。
その結果、手話言語と音声言語どちらつかずになり、結局言語の獲得に問題を生じ
るといういわば技術的・現実的側面での問題。
 音声言語の世界の住人となるのか、視覚言語の世界の住人となるのかというアイ
デンティティの問題でもある。
(2)ろうは正常であり、正常である状態を単に多数派である「聴」に近づけるた
めに手術を行うのは倫理的に誤っている。黒人を白人にする手術が許されないのと
同様、ろう児として生まれてきた子どもはろう児として育つべきだという倫理的側
面の問題。
 全体会議の二人の講演者のうち一人は前述したレインである。言語心理学と言語
学者の専門家としてろう分野の権威であり、The Mask of Benevolence(1992) で幼
児への人工内耳手術を激しく非難し、大きな反響をもたらした聴者である。主に前
述の二つの理由で反対の意を明らかにした。

(ろう児の親として)
 もう一人の講演者は二人のろう児の父親のスチュワート・ブルームである。アム
ステルダム大学で社会学者として教鞭を取る彼自身は聴者であり、生まれてきたわ
が子がろう児だった時の驚き、戸惑いを基に「人工内耳ー新たな希望もしくは失望
・・・そして誰にとって」と題した説得力のある議論を展開した。その一部を紹介
させて頂く。

 わが子がろうだと分かった時に、必死で「医学的奇跡」を求めた。そして人工内
耳手術を知った。しかし、妻と私は医学が答ではないという確信を得た。子どもの
成長に欠かせないのは手話なのだ。幸いなことに私たちはただちにオランダ手話を
学ぶことができた。私たちは子どもたちには手話を使っている。ろう者社会そして
社会がろう者の権利を認めることに子どもたちの将来はかかっている。
 幼児の人工内耳手術が聴者の親にとっては大きな希望としてとらえられている反
面、手話で結ばれたろう者社会にとっては自分たちの存在を完全に否定する「最終
的処理」(ナチスドイツのユダヤ人抹殺を意味する最大級の非難ー長瀬注)として
受けとめられている。
 ろう者側が「幼児への人工内耳手術の禁止を求める」という決議をしても、手術
を求める親を現実として止めることはできない。親は私を含めて、子どものために
最善を尽くしてると感じる精神的必要があり、可能な全ての選択肢を確保しようと
するものだ。
 重要なのは人工内耳の利用に関してろう者社会がコントロールする力を持つこと
である。
 人工内耳手術をする、しないの決定する権利を親に対して否定するのではなく、
ろう者が(聴者の)親に、「手話を話すろう者社会の一員として成長することが現
実的選択肢としてある」という情報の提供を行うのであれば、親も歓迎するにちが
いない。

(障害分野での位置づけ)
 ろう者の持つ言語・文化集団という性格は障害分野の中では必ずしも理解されて
こなかった。それが摩擦を生んでいる面がある。一例が手話通訳(者)の位置づけ
である。障害分野の位置づけではどうしても「ろう者の介助者」という理解がなさ
れるが、手話が確固たる言語であるという前提に立てば、手話通訳者はろう者と聴
者両方のために働く存在になる。日英の通訳と同じように。つまり「介助者ではな
い」ということにある。しかし、これは私の国連事務局での経験から見ても、例え
ば肢体不自由や視覚の障害者には理解されにくい面がある。
 世界ろう連盟のアンダーソン会長(当時)は手話通訳をバリアフリー(障壁の除
去)の一環であるとし、手話通訳者の費用負担を世界ろう連盟側がするよう求めら
れた際に「スロープを使うのに誰も金を払わない。手話通訳も同じである」と語っ
ていた。米国で手話通訳はバリアフリーとして位置づけられ、個人的介助とは異な
る扱いを受けている。
(ろう者が「ADA」米国障害者法の対象とされ、電話のリレーサービスが整備さ
れたことに対して、自らは障害者でないとする米国のろう者の一部からは複雑な反
応があった。「ADAのためには、ろう者が障害を持つとみなされている」とある
マサチューセッツのろう者の機関誌が記している(Lane, 1992, p.22))。
 「障害者の機会均等化に関する基準規則」の教育に関する項目で「ろう者の文化
」すなわち手話が認知されているが、障害分野での文化・言語の位置づけは微妙で
ある。
 教育に関しても、ろう学校の存在は不可欠であり、ろう者にはろう者の学校が必
要であるとの意見が国際的に強い。機会均等基準制定過程でも、私の知る限りでは
、分離教育を自らに望む声をあげたのはろう者だけである。それはろう者としての
アイデンティティを強調しているからであり、自らの言語・文化に誇りがあるため
である。ろう者にとってのろう学校(手話が認知されているという前提でだが)は
海外に住む日本人にとっての日本人学校に相当する面がある。

(アイデンティティ)
 アイデンティティについて触れたが、例えば英語でthe disabledという表現は障
害だけが強調されるという理由で障害者からは忌避され、「人」を主体にした peo
ple/persons with disabilitiesもしくはdisabled people/personsが用いられてい
るが、世界ろう連盟の名称はThe World Federation of the Deafであり、「ろう」
を自らの最大のアイデンティティとしている。これはピープル・ファーストなどに
代表される「障害はあくまで属性の一つに過ぎない」という考えと対極にある。
 なお、一部のろう者の「我々は障害者ではない」という発言には微妙な側面があ
る(長瀬、1995)。障害分野ではこれまでも、精神と身体、傷痍軍人と障害文
民などがともすれば摩擦を起こしてきた経緯がある。ろう者の動きもその延長線上
に見られがちである。障害者インターナショナル(DPI)発足当時に大きな役割
を果たし、英国DPIの初代会長を務めたフィンケルシュタインの「我々は障害者
じゃない。あなたたちこそ障害者だ」(Finkelstein,
1990)などが障害者の立場からの反論の典型例である。ろう者の言語・文化的性格を
充分には考慮せず、ろう者の動きを社会的差別を受ける「障害者」から距離を置こ
うという単なる戦術にとみなしている。
 しかし「手話」という言語を武器としたろう者の新たな動きがこれまでの「障害
者運動」、「障害」という枠組みを通じた取り組みの限界を明らかにするという直
感的な危機感が背景にあるように感じる。限界という言葉は不適切かも知れないが
。言語・文化集団であるという戦術の方が効果的という判断を多くのろう者が下し
つつあること自体が「障害」の枠組みへの否定的評価であると言ってもいいのかも
しれない。
 どのようなアイデンティティを選択して行くかはいずれにしろ、ろう者自身にか
かっている。DPIをはじめとする障害者運動は「我ら自身の声」を訴えてきた。
ろう者も同じように自分が「だれ」であるか、自ら決定するであろう。

(「国際結婚」)
 この6月に1年8カ月ぶりに1時帰国をした際に(当時本誌編集委員の)中西由
起子氏にお会いした。その時、「なぜ最近、ろう者の問題に関心を強く持っている
のか」という質問をされた。「障害分野でろう者は文化・言語集団を掲げ、他の集
団とは明らかに異なる方向性を示している。その意味で関心を抱いている」と私は
答えた。
 しかし、別の理由もあるのに今は気づいている。それは、わが家が中国系マレー
シア人(妻)と日本人(私)という、異なる国籍・文化を持つ家庭であり、文化・
言語の問題に直面することがあるからである。私たちの二人の子どもたちは、これ
から言語・文化を身につけていく。どの言葉を母語として身につけ、どの言葉を第
2言語としてどの世界で育って行くのか。それを選択していく親の責任は大きい。
これは例えば「身体と文化・言語」の関係、ろう者と聴者の関係、そしてろう児の
教育と共通する問題を提示する。木村・市田両氏は、ろう者同士の結婚が多いこと
に触れ、聴者とろう者の結婚は「ある意味で、国際結婚」(木村・市田、1995
、71頁)であるとしている。

(最後に)
 言語・文化集団という新たな方向性がどれだけ活かされるかは当然ながら各国毎
に異なるだろう。例えば日本のようにともすれば画一的になり、少数派・少数民族
を尊重する伝統がない国では言語・文化集団としての受容も容易ではない。しかし
、ろう者社会の持つ言語・文化的要素の認知は時間がかかっても進むに違いないし
、進ませなければならない。この認知がなければろう者との連帯は至難である。そ
れは障害分野内でも、さらに大きな一般社会でも同じである。

引用文献(和英順)
木村晴美・市田泰弘(1995)「はじめての手話」日本文芸社
木村晴美・米内山明宏(1995)「ろう文化を語る」「現代思想」第23巻第3
号(1995年3月)363ー392頁
長瀬修(1995)「障害者はキズモノか」「日本手話学会会報」第53号(19
95年5月)6ー7頁
Finkelstein, V. (1990) "'We' Are not Disabled, 'You' Are", Constructing
Deafness, The Open University, pp. 265-271
Lane, H.(1995) "Constructions of Deafness",Disability & Society, vol.10,
No. 2, pp.171-189.
Lane, H.(1992) The Mask of Benevolence, Knopf.
Preston, P. (1994) Mother Father Deaf, Harvard University Press. 

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
95年10・11月号原稿


  ▲↓このホームページの最初の頁*へ
  *http://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htm