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ホロコーストと障害者――オランダ便り・4

長瀬 修
19950925
『季刊福祉労働』68



 ドイツのヘッセン州にあるハダマーを訪問した。小さな町だが、ガラス細工の有名な学校があり、そこには日本からも学ぶに来る人がいる。
 ハダマーと聞いてドイツ人が思い出すのはナチスドイツが第2次世界大戦中に障害者、特に精神障害者を殺害したT4計画、いわゆる「安楽死」計画である。T4計画という名前はベルリンの同計画の本部住所 Tiergarten 4番地から来ている。
 ハダマーの駅から歩いても15分弱の丘の中腹にある精神病院が障害者殺害計画の舞台となった。各地の精神病院から「殺人施設」に精神障害者がカーテンを閉めた灰色のバスを使って移送された。
 病院に着くと障害者は「シャワーを浴びてください」と言われ、シャワー室=ガス室で殺された。ガス室はユダヤ人抹殺のために開発されたのではない。障害者用に開発されたのである。ガス室で殺された障害者は火葬にされた。病院の煙突からあがった煙、そして異臭を記憶する人は今もいる。
 ヒットラー自らが指示を下したT4計画は「生きる価値がない」生命の抹殺を目的とした。ハダマーだけで1万5千人以上が殺された。全体では20万人以上が殺されている。
 ホロコーストというとユダヤ人だけが対象だったように思われがちだが、そうではなく、いわゆるジプシーや同性愛者、そして障害者も標的にされた。ホロコーストの研究が深まるにつれ、このようなユダヤ人以外の犠牲者への関心も高まりを見せている。93年に米国のワシントン特別区に開かれ、多くの人でにぎわうホロコースト記念博物館にはわずかながらも障害者に関するコーナーもある。ハダマーの精神病院から煙が出ている大きな写真が掲示されている。
 丘を少し登ると病院がある。患者が正面玄関前のベンチでのんびりと談笑している。現在も精神病院として同じ建物が使われている。
 T4計画を後世に伝えるために、ガス室があった地下室は保存・公開され、1階には資料室があり、犠牲者の写真・経歴や資料が展示されている。学校の校外学習で生徒たちがやってくることがあると案内の医師が親切に教えてくれた。
 病院の裏手の丘の上には犠牲者の墓地がある。日本の無縁仏のように集団で埋葬されている。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教それぞれの宗教ごとにまとめられている。そこには「人間よ、人間に敬意を」という痛切なメッセージが刻まれた記念碑が立っている。
 ハダマーはケルンとフランクフルトの間にあるコブレンツから電車で約1時間で行ける。必ずしも便利な場所ではないが、機会があれば訪問して頂きたい。障害者の歴史を考える際には欠かせない事実が待っている。
 資料室は火曜日から木曜日の9時から16時まで、第1日曜日は11時から16時まで開いている。名称と住所電話番号は次の通り。
Gedenkstatte Hadamar
Monchberg 8, 65589 Hadamar
tel. +49-(0)6-433-9170

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 「アンネの日記」が今度日本でアニメ化され、秋には公開される。その世界プレミアがアムステルダムで5月末にあったが、アンネの日記が日本でアニメ化されるのには、オランダ人には抵抗感があるという話を聞いた。アンネ・フランクを含むユダヤ人を迫害したナチスドイツと当時の大日本帝国が同盟を結んでいたからだそうだ。大戦当時の敵国で、オランダがインドネシアを植民地として失うきっかけを作った日本への反感も背景にはあるかもしれない。オランダ人女性の従軍慰安婦(性的奴隷)が存在した事情もある。
 「アンネの日記」や「シンドラーのリスト」に接する際に、日本人としてはヒットラーの同盟国として日本は迫害する側の味方だったことを忘れる訳にはいかない。当時の日本の指導者そして国民はユダヤ人の迫害・抹殺をほとんど承知していなかったようである。しかし、ヒットラーの側にいたのは歴史の事実である。
 自虐的になることに私は反対だ。しかし被害者としてのみ自らをとらえるのは誤っている。日本とドイツはある民族の絶滅を企てたか否かという重要な点(ドイツはユダヤ人絶滅を企画し、実際に着手した)で全く異なる。しかし、731部隊を含め、加害の面を直視することが日本にとって全ての出発点である。 
「福祉労働」誌95年秋号
95年9月


REV: 20161229
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