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ヒーローの死――オランダ便り・3

長瀬 修
19950625
『季刊福祉労働』67



 エド・ロバーツが亡くなった。エド・ロバーツとは87年にサンフランシスコで開かれた第2回日米障害者協議会で会ったことがある。当時、私は八代英太参議院議員の秘書として同協議会の事務局を務めていた。
 エド・ロバーツの印象は強かった。グローバル・ワークショップという世界的な視点からの発表をした。たった1度の出会いだったが、彼の訃報に接して、二つの事を考えた。
  一つは米国の重度障害者に高等教育の場を切り開いた彼の功績であり、ひるがえって日本の現状である。国民皆保険の欠如にみられるように現在に至るも社会制度の不備が目立つ米国だが、多くの傑出した障害リーダーを生み出してきている。それには高等教育の場が開かれているのも大きな要因である。62年にエド・ロバーツはカリフォルニア大学バークレー校に初めて重度の障害学生として入学し、州政府による介助者費用の負担を獲得した。ここにエド・ロバーツ以後の時代が始まったのである。
 93年3月に策定された日本政府の「障害者対策に関する新長期計画」は障害者基本法のいう障害者基本計画とみなされているが、教育に関する項目で目を疑った箇所がある。「高等教育段階における障害児(者)に対する施策の充実」という項目に「・・・入学後におけるボランティア活動等による手話通訳・点訳等の支援体制の確立・・・につき一層の充実を図る」とあるところである。手話通訳や点訳はボランティア活動の領域なのであろうか。ボランティア活動を軽視しているのではない。手話通訳や点訳の専門性の認知、そして教育機関側の責任を求めたいのである。
 日本の教育機関は「特別扱いしない」という表現で、障害学生・生徒の受験そして入学後のニーズに応える事を拒否する事がしばしばあるが、基本計画はどの方向に向かっているのであろうか疑問に感じる。
 米国では重度の障害者が大学に入る事はニュースではなくなった。エド・ロバーツが切り開いた道がしっかりと踏み固められている。わが国が学ぶべき事の一つである。
 二つ目は文化そしてヒーローである。本連載第1回でろう者の言語・文化的側面について触れたが、障害分野での文化も新たな動きを見せている。ここでの「文化」という表現は芸術文化ではなく、もっと幅広く行動様式、生活様式を示している。その点では、ろう者の新たな動きと共通点もある。
 昨年の始めに発足した米国の障害文化研究所(Institute on Disability Culture)は「世界中の障害者の歴史・活動・文化的アイデンティティ(個性)に誇りを持つこと」を目的としている。同研究所の創始者の一人であるスティーブン・ブラウンは「障害の伝説・神話」を障害の文化の核心に位置づけている。障害者に対する抑圧に満ちた社会で多くの障害者は好むと好まざるを問わず英雄・ヒーローとなる。そして伝説、神話が生まれるというのである。(ここでの「ヒーロー」には男女両方が含まれている。)
 この分野での先駆的業績をあげているのは本年の朝日社会福祉賞を受賞した花田春兆である。日本の障害者の歴史を個人に焦点を当てながら丹念にまとめ、その傑出した業績は国際的にも貴重である。花田自身がヒーローであり、その業績はまさに障害の文化の中核といえる。フィクションの分野では例えば英国のウィリアム・ホアウッドの「スカヤグリーグ」(角川書店)があげられる。
 障害者の自己規定、アイデンティティが何なのかという重要な点にもブラウンは触れている。安積遊歩の「癒しのセクシートリップー車いすの私が好き」(太郎次郎社)というタイトルにも通じる「私はなぜ自分の障害が好きか」というテーマでブラウンは講演を行っている。これは障害を個性としてとらえる安積の主張と共鳴している。
 神話・伝説の世界に間違いなく加わる人物であるエド・ロバーツ、ヒーローは56才で逝った。
          (文中敬称略)
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(注)本連載の第2回(前号)に機会均等基準の専門家リストを掲載したが、次の変更があった。ILSMH: ピーター・ミットラーに代わり、ガレ・ファビラ・デ・ザルド(メキシコ)、WFD:ヤーカー・アンダーソンに代わりリサ・カウピネン(フィンランド)。新たな専門家は二人とも女性で、これで男女比は半々となった。
 
「福祉労働」95年夏号 95年6月


Edward V. Roberts[エド・ロバーツ]
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