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国連障害者政策の潮流――機会均等・障害者自身・全員参加の社会

長瀬修
199412
『厚生』1994-12



(障害者の権利・機会均等が最大の課題)
 昨年末の「障害者の機会均等化に関する基準規則」(機会均等基準)の採択は、直接的には1948年の「世界人権宣言」から端を発した流れの障害者・障害分野での少なくとも現在までの頂点である。読者には是非目を通して頂きたい。*
 国際的な障害者分野の基本政策文書である「障害者に関する世界行動計画」は予防、リハビリテーション、機会均等化の3本柱からなり、その実施の期間として1983年からの10年が「国連障害者の10年」として宣言された。
 その「10年」の折り返しの1987年に開かれた国連の専門家会議は、参加した専門家の過半数が障害を持っていたという点で歴史的な会議だったが、ここで障害者の権利と差別撤廃に関する条約が提案された。しかし、1987年と1989年の国連総会で合意が得られず(日本政府は反対した)、結局、「基準規則」に落ち着いた経緯がある。
 なお、差別撤廃条約を求める動きは、米州機構(OAS)内での障害による差別を禁止する条約の提案という形で受け継がれている。
 機会均等基準は障害者の機会均等に関する国際的な基準であり、強制力はないが、「数多くの国家により実施されれば、国際的慣習規則となりえる」と期待されている。
 歴史を振り返れば、国際障害年を宣言した1976年の国連決議(31/123)は同年の目的として「障害者が身体的、心理的に社会に適応するのを支援すること」を一番にあげていた。
 しかし、国際社会の取り組みは進化し、「障害を持つ個人の適応の問題」という認識から「社会的不利(ハンディキャップ)は障害者と環境の出会いを示す」(機会均等基準)というように、環境の不備に着目する方向に根本的に変化を遂げた。機会均等基準の採択はその証明である。(障害者自身の役割の明確な認知)
 昨年暮れに採択された「障害者の機会均等化に関する基準規則」の特別報告者にスウェーデンのベンクト・リンドクビスト氏が任命され、11月1日に国連総会の第3委員会(社会、人道、文化担当)で「就任あいさつ」に相当する発言を行った。
 特に国際障害者年以来、障害者問題での障害者自身の役割の重要性が強調されてきたが、自ら障害(視覚障害)を持つリンドクビスト氏のこのポストへの就任は、国際社会での「障害者自身」の哲学の実践を象徴的に示している。
 リンドクビスト氏は著名な障害者運動の国際的リーダーである。社会問題担当の閣僚として行政面の経験もあり、スウェーデン議会の議員も長く務めている。また、自らが「条約」と機会均等基準の提案者でもある。政府や障害者組織と対話を行い、機会均等基準の実施を促進し、その実施状況を国連に報告する特別報告者の任務にはうってつけと言える。
 障害者組織の位置づけも機会均等基準のモニタリングの中で明確にされている。国際的障害者組織を中心に結成される専門家集団が特別報告者に協力することが規定されており、既に国際知的障害者育成会連盟、障害者インターナショナル、世界盲人連合、世界ろう連盟などによる専門家集団が結成されている。
 障害者抜きで障害者に関する政策決定はありえない。(全員参加の社会に向かって)「全員参加の社会に向かって:障害者に関する世界行動計画を実施するための長期戦略」(長期戦略)が国連総会で本年末までには採択される予定である。
 「全員参加の社会」(A SOCIETY FORALL)の概念を中心にすえ、「全員参加の社会」では「全ての市民のニーズが計画と政策の基礎」となり、「社会の通常の制度を誰もが利用できるようになる」とされている。その実現には、各国単位の中期的計画立案・実施を障害者分野の推進力としてとらえている。日本の場合には「障害者対策に関する新長期計画」が、それに相当するといえよう。
 「全員参加の社会」の概念は、来年の3月にデンマークで開催される社会開発世界サミットの特に社会統合の文脈で注目されている。同サミットの行動計画案(A/CONF.166/PC/L.13)には「共有の価値に基づいた多様性の保護」という項目の中で「統一は多様性を受け入れる中でこそ育まれる。・・・「全員参加の社会」は多様な構成集団のニーズに対して適応できるものでなければならない」とある。旧ユーゴスラビアやソマリア、ルワンダ等、多発する民族集団・民族紛争が念頭にあるのが読み取れる。ここに見られるように、「全員参加の社会」の発想は障害者分野に限らない普遍性を持っている。
 そしてこの発想は、究極的には「障害」や「障害者」という概念を揺るがす要素を含んでいる。「全ての市民のニーズ」を考える際に「障害者」と「非障害者」と分けるのが有効なのか、「障害」、「障害者」という分類が必要なのか、という疑問に結び付く要素を含んでいるからである。
 機会均等基準にも一部、反映されている「我々は異なる言語を用いる言語・文化集団である」という(少なくとも一部の)ろう者の主張と共に、「障害」とは何か、という根源的な問いを投げかけている。*日本障害者協議会(東京都板橋区小茂根1ー1ー7、電話03ー5995ー4501、FAX03ー5995ー4502)から拙訳で出ている。長瀬修 社会研究大学大学院在学(オランダ・ハーグ)


REV: 20161229
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