|
> HOME 障害者家族におけるケアの特性とその限界 −「ケアの社会的分有」にむけた検討課題−
要約 少子高齢化社会の進行と家族をめぐる状況の変化は、ケアを必要とするものにもケアをするものにとってもリスクの高いものとなっている。このリスクの軽減のために、現在は「ケアの分有化(社会化)」が日本社会の課題となっている。本稿は障害者家族における親の語りの「ケアの社会的分有への違和感」に注目し、ケアの社会的分有は、単なる「家族から社会へ」というケア行為の担い手の移行ではないことを主張する。障害者家族の親の「ケアへ向かう力」の多面性を描き出し、ケアリングの特性に注目することで、ケア提供行為が提供する側から受ける側の一方通行なものではなく、互いの願望や自己実現といった期待が込められていることを指摘する。だが「ケアへ向かう力」が家族規範や愛情によってのみ語られることで、本来ケアリング関係が孕んでいる危険性が隠蔽される。本稿ではそれらの危険性を「他者への侵入」と「時間の限界性」という概念で整理する。ケアの社会的分有を実現可能なものにしていくにはケアリング関係の特性に配慮し、親密圏が孕む危険性を軽減する仕組み作りが必要である。 キーワード 障害者家族、親密圏、ケアリング、ケアの社会的分有(社会化) 1 ケアの社会的分有への違和感を巡って−障害者家族の親たちの語りから 急速な少子高齢化社会の到来により、社会福祉、社会保障制度に関わる議論は「介護1」の分有化(社会化)2)」をその中心的な課題としてきた。高齢者分野における公的介護保険制度、障害者分野における支援費制度、さらにはそれらの統合に関わる議論は、政策、財政、現場を巻き込んでの議論となっている。「介護の分有化」の流れの根拠として言われる議論に「家族の介護力が限界に達している」というものがある。核家族化、都市化、女性の社会進出などがその理由としてあげられるが、これらの現象は至極当然なものであり、批判されるべきものではない。家族の中に埋め込まれていたケア関係が「家族の個人化」により家族の外へ押し出されることで介護問題を顕在化させることができたのである。 もちろん、問題が顕在化したことで対応すべき課題は増加した。「介護の分有化」は障害者家族の当事者たちの関心の一つである。それは彼らの抱える「親亡き後」問題に直結する課題であるからだ。これまで家族の内部でケアを完結させること、という根拠のない規範の影響を強く受けてきたのは他でもない障害者家族である。障害の特性や症状により必要なケアの総量や方向性には多様性があるとはいえ、これまで家族の内部に留められたケアを支援費制度などで分有化するのは障害者家族の長年の悲願であったといえよう。 しかし、「ケア」と一言でいってもその中には「配慮」や「ケア責任」「ケア提供」などのグラデーションが存在する(Fisher & Tronto[1990])。さらに「ケア」に人が向かう動機もさまざまである。ケアへ人を向かわせる力には他者の欲求(ニーズ)に答えるという単純な応答だけでなく、愛情や義務を始めとする多くの変数が同時にそれでいて多層的に埋め込まれている。「ケアへ向かう力」は決して一つの概念で包括できるものではなく、光を当てる角度によってその姿を変えるような多面性を持っている。 筆者がそのことに気づかされたのは、フィールドワークにおいて「ケアの社会的分有」と相容れない親の声に出会った時である。それは家族による介護を継続したいという意志とも願望とも判断しかねる語りであった。こうした声を制度の不備による不安感で説明することも可能だろう。だが本稿で筆者が指摘したいことは、それとは異なる。ケアの社会的分有の流れにのらない親の言葉が表すものをここでは「社会的分有への違和感」と呼んでおこう。ここには制度の不備や周囲の無理解ということだけでは説明しきれないケアリング関係の特性が潜んでいる。以下に「社会的分有への違和感」について語られた親たちの声を提示する。 父親A「もうパニックで、蹴られたり、殴られたりしたこともあるけれども、だけどかわいいというか。けろっと、まあ抱きしめてやりたいような瞬間もですね、再々あるわけですよねえ。あのう、下の子どもにはないような愛らしさというか、純粋さというか、そういう部分は、ほんとに頭をなでてやりたいような部分ていうのがあるわけで。やっぱり強烈に(筆者注−子の名前)なんかの場合は自分が育ててきたプロセスが強く印象に残ってるんですわ。だから、ほんとに子育ていうのはやっぱりしんどいからこそ、親の人生がね、あるような気がするんです。もうその親だから当然やろという気持ちの背景がなにかというのはね。ううんちょっと、われわれ自身も言葉にできないんですけども。」 父親A「いや、確かに手がかかったから、かえってその親近感というか、特別な思いはあるやろうと思うのは、確かにぼくらも感ずるのはね、子どもがご飯なんか、おかずなんか食べ残しますやんか。それでねえ、ぼくは(筆者注−障害のない)下の子どもの食べ残したもんには手が出ないんですよ。はっきりいって。(筆者注−子の名前)が食べ残したものはね、平気で食べられるんですよ。これなんでやろなあというふうに思う。やっぱりそれはね、(筆者注−子の名前)と組んずほぐれつでやってきた習慣がやっぱりそうです。そういうそのからだ、皮膚感覚っていうか、からだでの、その親しみというのがある。下の子どもはそこまでしなくてもすくすくと大きいなってきてる。だから、そこまでいうたら悪いけれども、肌を通じての親近感がないんやろうと思いますわ。」 母親A「確かに、ほんとに、なんか分身っていう、分身ではまたないかもしれん、分身そのものかなっていうのかな。分身っていうよりもなんか、ここのなかに、一部に(筆者注−子の名前)がここにこういてるっていう、分身じゃなくてね、なんかこのなかに(筆者注−子の名前)が半分は入ってる。」 母親B「なんか、知的障害があるから、なんか生まれたときから、もうずーっと今まで、なんか根っこの部分がくっついてんの。まだへその緒がつながってる感じがする。うん。切れてない感じが。今この瞬間も。うん。だからなんか、離れない感じがする。離したくないっていう意志よりも、なんか、そういう現実があるとしか思えない、死ぬまで。うん。なんか、あるのかな、私はね。うん。これで普通、当然、自然のこれが自然の摂理みたいな感覚かな…。これは女やし、その感覚してるのかもしれない。へその緒がつながってる感じ、わからへんでしょ(笑)。変な感じ。また元に戻してもいい感じ。うん。わかりにくいね。」 母親C「そのへその緒が繋がっているっていうのは、わかる。うん。私と(筆者注−子の名前)もそやし、また違う言い方やけど、ほんまのこの、髪の毛の先から、足の先まで可愛いんですよ。妹にはそんな感情はない。なかったんですよ、妹には。そんな感情が。生まれてすぐではないけど、私も食べたいような気がする時がある(笑)。」 母親B「別に家にいて、親がいて、ふつうにご飯も食べて、なんにも問題ないから、うん、それをまああえて親から、切って、切ってっていうわけやん。それはやっぱりちょっとなかなか…うーん、きついのかな。」 母親B「親も年いってくるでしょ、だんだん。だから子どもがそんだけおっきい親もいるから、不安感がどんどん増してると思う。(筆者−どっちに対して?自分に対して?子どもに対して?)自分かもしれないね半分は。うん、なんか。(筆者注−寂しいとか)そういうのが増えてくる。そういうのが出てくると思う。感情的には。若いときの親の気持ちよりも、年いってくると、なんか、いてほしい、みたいな。うん、感情が大きくなってくる。なんか、自分がこう、弱ってくる…って言ったらおかしいけど(笑)、なんかこう、うん、先が見えてくると、なんとなく、うん、ちょっとでも、本当は一緒にいたいなと、思うのが出てくるのかな。」 母親C「知的障害をもってるって、これっぽっちも思わへんけどね。日々の生活で、どっか行った時は電車が半額になるくらい(笑)。生活の中で、時々思い出させられる。二人でいる時には障害って意識しないね…。二人でいる時はあんまり思わへんね…親だから生活の中の知的障害がわかるって思う…でもひょっとしたら親だからよけいに知的な障害が何かがわからなくなる…」 上記の語りはすでに障害をもつ子が成人期を迎え、親自身も中年期から高齢期になろうとする世代の親のものである。これまでの生活の中で経験した子との、社会との相互作用により親の中に子へのケアに対する独特の感覚が生成され、それが「分有への違和感」を生んでいると本稿では捉える。またそれを「ケアへ向かう力」と名付ける。「ケアへ向かう力」が「分有への違和感」の要因であるという構図である。 本稿でまず筆者が指摘したいことは、「ケアの社会的分有」といった時の「ケア」が単純な労働と同じように、担い手を代替することで家族の外へ移動することが可能なのだろうか、という疑問である。三好[1999]が指摘しているように、社会化(外部化)できることは限られているのであって、人が「ケアへ向かう力」(三好はこれを介護関係と呼ぶ)を社会化することはかなりの困難性があるのではないかということである。社会化でき得ぬものを社会化しようとする時、それは上記のような親の声、つまり「分有への違和感」を引き出すのではないだろうか。 本稿の目的は、親たちの語りから社会的分有への違和感が「ケアへ向かう力」であると仮定し、その「ケアに向かう力」を多面的に考察することで、ケアの社会的分有への検討課題を明らかにすることにある。本稿では「ケアへ向かう力」を構成するものはケアリング関係がもつ特性であると認識し、その上でケアリング関係が特性として持っている「他者への侵入」と「時間の限界性」という危険性を指摘する。二つの課題を乗り越え、ケアの社会的分有を実現するには、ケアリング関係の特質や時間の継続性への配慮が必要であることを指摘する。 障害者家族が直面する大きな課題である親亡き後問題を解消するには、制度面からだけのアプローチではなく、親子関係の固有性を理解すること、またそれを考慮に入れた仕組みが必要である。ともすればこの「ケアへ向かう力」は「家族の愛情」という抑圧性をはらんだ危険な言葉に絡め取られてしまいがちであった。しかし家族の愛情の抑圧性を当事者たちが指摘し、脱家族の理念の意味が(岡原[1995])(土屋[2002])共有されるようになりつつある今だからこそ「ケアへ向かう力」はしっかりと言語化される必要がある。 本稿で取り上げる事例である障害者家族の子の障害の種類は知的障害(ダウン症、自閉症を含む)である。すべての事例において子が成人期を迎えて、なおかつ両親と同居している。日常のケアは身体の介助は必要が少なく、見守りが必要な程度である。なお、父親の語りと母親の語りのジェンダーによる相違については、本稿では比較することはしない3)。障害者家族のジェンダーの考察については拙稿(中根[2005])を参照されたい。 2 ケアへ向かう力−ケアする者はなにを得ているのか 「ケアへ向かう力」の中には、ケアする者の「ケアの動機」が含まれている。つまり親たちはケアを行うことになにかしらの感情を抱き、そしてそこからなにかしらのメリットを得ていると考えられる。障害をもつ子へのケアは、最初は目の前にいる他者を死なせたくないという願いから始まる。まずはやむにやまれぬ「必要性」があげられるだろう。 母親D「死なさないことが全てだった。だからマタニティブルーとか言う段階ではない。そんなに余裕はない。必死。だからね、逆にね、楽だったかなって今になって。いらん事考えてる余裕がなかった。ぴりぴりどうしようこの子これからどうしよう?とかそんな先のことは、今、今日何CC飲むかが全てみたいな。体重がどんだけのびるかって。」 目の前にいる他者を死なせたくないという思いから始まった介助関係は、子どもが障害をもつ場合、子どもが成人になっても継続する。特にケア役割が社会規範的に期待されている母親は、「罪悪感」という社会構築的な感情によって「介助する(母)親」という役割に囚われていきがちである(土屋[2002:166-167])。「健康な子どもとして産んで挙げられなかった」という贖罪の気持ちが(母)親に生じることで、親としての責任が自己意識・社会構造から相乗的に強化され、「ケアする親」という役割が継続されていく。ここで「義務感」や「罪悪感」も「ケアへ向かう力」の中に取り込まれていく。母親の場合は直接的な介助行為だが、父親の場合は職業人としての安定収入がその役割の中心的目的となる。介助(ケア)と安定収入(キャッシュ)の充足を求めて、障害者家族のジェンダー役割は再生産されていく(中根[2005])。社会によって構築される義務感を「外圧的義務」と整理しておこう。 しかし、ケア(介助や安定収入を得ること)は上記のような周りから背負わされる義務感だけで成り立っているのでもない。障害をもつ子の父親である最首悟は、親として子のケアに向かう力、また障害をもつ子の「権利」の根拠を成立させるものとして「内発的義務」の存在を説いている。最首のいう「内発的義務」という言葉は、冒頭で紹介したような親たちの「ケアへ向かう力」と共通している。 「自発的に、内発的に、これは義務と思うようなことが自分の中に形成されてきて、その義務がか弱い存在、愛する存在に向けて行為化されるとき、相手の感謝などには関係なく、深い充足感がはらまれるのだろう。私たちは義務というと、他から押しつけられる、上から押しつけられるものと、反射的に反応してしまうので、よい感じはもっていないけれど、行動原理の根底は内発的義務であり、その内容は「かばう」とか「共に」とか、「世話する」とか、「元気づける」であって、それを果たすとき、心は無意識のうちに充たされるのかもしれない。」(最首 [1999:131]) 最首のいう内発的義務が身近な他者とのケア関係の中で生まれ、それが家族の枠を超えて社会に押し出されていくことで、「ケアが必要な人はケアしてもらえるはずだ」という期待が生まれ、最終的にはそれが「ケアが必要な人はケアしてもらうことが当然である」という権利にまで高められていく。最首[1999:390]は、権利とは「天賦人権」と呼ばれるように天から降ってくるものではなくて、身近な他者との関係が社会全体にまで広がっていくような「内発的義務」から生じる権利を、人権の誕生であるという。最首の言う権利の発生過程には筆者も同意するが、ここでは「内発的義務」と「ケアに向かう力」の関係を考察する。 ある自閉症の男性の父親と母親に子どもをケアする動機について尋ねたことがある。ケアする動機のジェンダー格差はUngerson[1987=1999]によって考察されている。Ungersonの調査は高齢者分野についてであるが、男性は愛情を動機とするのに対して、女性は規範を第一の理由とする傾向がある。親から子へのケアの動機は「義務ではなくて愛情」と二人とも口をそろえて答えた4)。この夫婦が言う義務とは「外圧的義務」という意味で使われており、最首が主張する内発的義務とは別である。この夫婦が愛情と表現したもの、関係の中から自然と湧き出てくる人をケアに向かわせる力、これが最首のいう内発的義務にあたる。 内発的義務が立ち現れてくる過程について、最首は「責任」の考えが発展して誕生するものだと主張する。最首のいう責任とは「(自分の)その選択、決定が誇れない、あるいはベストではなかったと気づいたとき、次の同じような機会には、違うように振る舞おうとすること」であるという。自分の決定が他者に影響を与え、その影響が不可逆的であり行為の償いを完全には負い切れない、それでもなおその他者と関わらざるを得ない、関わりたいという思いが内発的義務であるとする。罪悪感がその始まりにあったとしても、それはいつしか内発的義務として取り込まれる。 つまり「あなたをほうっておけない私」の存在が「ケアへ向かう力」の根拠となる。そこには個々人の強さを基盤とした自立する主体同士のぶつかり合いではなくて、ヴァルネラブルな(傷つきやすい)存在が介助という身体接触を含めた行為を通して関わることでかろうじて生きていく。「あなたをほうっておけない私」が親というアイデンティティと結びついて存在している事と、罪悪感からはじまり内発的義務を通して変容した責任とが同時に「ケアへ向かう力」に含まれる。「子どもの自立」が大切なのは当たり前にわかった上で、それでもわき上がる内発的義務によって大切な他者を支えたいという感情、自己決定が大切だということがわかった上でもなお、子への関わりを捨てきれない。 これらのことを表面的にとらえれば何の問題もないように見える。ケアしたいと思う親がいて、ケア無しでは生きていくことに困難のある子がいて、双方にそのニーズを充たしあっているのならば、問題はないではないか、という人がいるかも知れない。実際に日本の社会は、家族にケア機能のほとんどを期待する。ケアを社会的に分担するよりもできれば家族でやってほしいという意識が強いため、ケアを家族の外に出すことに罪悪感や後悔の感情が背負わされる(藤崎[1999])。ここには二つの問題点があると指摘できる。一つは「他者による自己実現の危険性」、もう一つは「時間へのもろさ」である。以下検討する。 3 親密な関係の特性と限界 ケアの社会的分有が目指される現在でも、家族介護の末の社会病理現象として顕れる家族内殺人事件が継続して起こる。要介護者を殺害し、介護者も自殺を図るという心中の報道が流れるたびに、ケアの社会的分有が必要だと指摘がなされる。つまり家族だけが介護を担うことの危険性はすでに周知のものとなっている。しかし事件を巡る報道の中にすでに、家族内介護を継続せざるをえない家族内介護の特性が表れている事例もある。いくつかの事件の報道を紹介し検討する。 1997年、富山。22日午前3時半ごろ、高岡市大町、無職K容疑者(72)から、「息子を殺してしまった」と110番通報があった。高岡署員がK容疑者の自宅に行ったところ、一階の六畳間で、長男の無職Tさん(38)が電気コードで首を絞められて死んでいた。同署は同日午前5時すぎ、K容疑者を殺人の疑いで緊急逮捕した。同署の調べでは、Tさんは先天的に知的障害があり、子供のころから市内の病院に通院していたという。同日午前3時ごろ、大声で「薬をくれ」と騒いだため、介護疲れの状態だったK容疑者が将来を悲観し、首を絞めて殺したという(1997年2月23日朝刊)。 1998年、豊橋。重度の知的障害者だった六十三歳の息子と無理心中を図り、殺人の罪に問われ今月一日、名古屋高裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた愛知県豊橋市の九十六歳の女性が、老衰のため十七日に死亡したことがわかった。自宅に戻ってから、半月あまり。判決が確定し、「被告」という立場を離れて二日目。弁護士には「息子のめい福を祈りながら余生を過ごしたい」との手紙が届いたばかりだった。女性は生後六カ月の息子をおぶったまま自転車で転んだことが障害につながったと負い目を感じ続け、介護を続けた。今年一月二日朝、正月を一緒に過ごすために特別養護老人ホームから戻っていた息子の将来を悲観し、首を寝間着の腰ひもで絞めて心中を図った。自分も首をつったが死にきれなかった。一審の名古屋地裁豊橋支部の判決は、懲役三年の実刑。一日の高裁判決は「(犯行は)強い愛情の発露」として一審判決を破棄し、懲役三年執行猶予四年を言い渡した。双方とも上告せず、十六日午前零時に猶予付き判決が確定した(1998年10月22日夕刊)。 2002年、埼玉。久喜市で9月、最重度の知的障害のある娘(当時46)を絞殺したとして殺人罪に問われた無職T被告(72)の初公判が8日、さいたま地裁(若原正樹裁判長)であった。T被告は罪状認否で起訴事実を全面的に認めた。検察側は懲役5年を求刑し、公判は即日結審した。判決は12月11日に言い渡される。検察側の冒頭陳述などによると、T被告は知的障害のある三女を46年間介護してきた。自らの体調悪化などから将来に不安を感じるようになり、9月9日夕、三女の首をよだれをふくために用意した手ぬぐいで絞めて殺害したとされる。T被告は首つり自殺を試みたが、苦しさの余り遂げられなかったという。冒頭陳述で検察側は「被告人は周囲から娘を施設に預けるように勧められたが、頑迷に断り続けた」と指摘した。T被告は被告人質問で「あの子は私のすべて。私がいないとだめだと思っていた」と供述した(2002年11月09日朝刊)。 2003年、愛知。名古屋市中村区で今年3月、自分の死期が近いと思い込み、知的障害のある兄の将来を悲観して兄を絞殺したとして殺人の罪に問われた妹で無職I被告(65)に対する公判が26日、名古屋地裁であった。検察側は「自分しか兄の面倒をみられないという独善的な思いから殺害した」などとして懲役5年を求刑した。弁護人は「被告人にとって兄の介護は生活のすべてで生きがいだった」と主張した(2003年5月26日夕刊)。(記事は朝日新聞社提供朝日DNA : Digital News Archives、傍点部は引用者による) 事件に共通するのは長い介護期間の経過と要介護者、介護者の高齢化である。そして事件を報道する記事の多くに「将来を悲観」というフレーズが登場する。家族内においてケアする者、ケアされる者が固定化している場合、「時間の限界性」を克服する方法はない。特にケアする者がされる者より早く死ぬと想定されるケースで、「将来を悲観」という理由での悲劇が繰り返されている。 さらに傍点部で示したように、介護者のケアへの強い指向性が読み取れる。介護が「私がいないとダメ」「生活のすべてで生きがい」といった言葉で語られている。介護者は時間的な限界があることを知りつつも〈最後は自分で〉〈最後は私だけ〉という思いを消し去ることができないでいる。公的な援助の存在にも関わらず、ケアへの指向性はなかなか減却しない。井口[2002]はこのような「家族介護者の持つ介護への強い指向性」を「無限定性」と名付けた5)。本稿もこの指摘が妥当であると捉える。無限定性とは、ケアのための行為が限定されていない、つまりできることは何でもしてやりたいという感情が無限定に拡散し、介護者の仕事に際限がなくなっていくことを示す。これにより直接的な身体介助を外部に委ねても、ケア責任や配慮という間接的なケアへの思いは軽減せず、結局介護者は休憩することにも罪の意識を感じてしまう。無限定性は介護者が要介護者の家族であるという個別的な関係性故に出現しやすく、「自分が唯一の介護者である=他の人には委ねられない」という感情を生み出しやすい。 「できることは何でもしてやりたい」という無限定性は、愛情や親密性という感情に支えられ維持される。いや、愛情や親密性と結びつくからこそ無限定でありうると言えるだろう。親だからできる限りのことはしてやりたいという「無限定」的な願いは「ケアへ向かう力」を補強し、単純なケアの社会的分有と齟齬を引き起こす。パーソンズ[1978=2002:201-207]が提起した「限定性」の誕生過程を考えれば、無限定性がいかにケア提供者に心理的負担を与えるかは明らかである。しかしそれが家族愛や親子愛と結びつけて語られるとき、無限定性は「正しく美しい」行動としてケア提供者にも周りの人も受け取られる。いわば理解され消費されやすい「動機の文法」なのである6)7)。 加えて、家族におけるケア行為が成立する関係の特性が事件から読み取れる。中村[2004:160]は家庭内暴力の要因として家族という関係性の特性を指摘している。「…家族は親密な関係性、情緒的な関係性という特質を有している。感情的な応答、あるいは見返り報酬の期待が高いという関係である。親子関係・夫婦関係の双方において、こうした情緒的な満ちたりを期待する。(中略)家族は双方的で非対称な関係から成り立っている。夫婦関係・親子関係という二重に非対称な関係性である。親密な領域における他者との相補的関係は、他者を通して自己実現しようとする行動なのである。」家族関係は、ケアし、ケアされるという非対称な関係であり、さらにケアする者はケアされる他者によって自己のアイデンティティを強化する。母親、父親、親、子という家族を表象する属性を、ケアを巡る相互行為によって行為生成的に達成しつづけていくのである。家族はケアを巡る相互行為によって家族リアリティを獲得し、ケアを通して家族であるという実感を生成していく。中村[2004:163]はこれを「情動家族」と呼ぶ。ジェンダーの視点はこうした属性に基づく性別役割分業を発見し、批判してきたけれども、それを認識した上でもなお属性が生み出す役割に基づいて人は行動し、アイデンティティの充足を行うのである。親密な関係性において、互いの対等さを期待する正義論の分が悪くなるのは、非対称な関係性と役割に基づくアイデンティティのためである。 障害をもつ子とその親の場合、このケア構造は様々な要因によって強化される。母親には献身的なケアが求められ、父親には母親を精神的に支え、家族を経済的に養うという役割が期待される。その役割を自覚してもそれを相対化できるかどうかはまた別の問題である。社会的に形成される期待と本人の内発的願望は現実のケア場面では不可分である。 ケア関係における非対称な関係が、ケアリングの特徴の一つである身体的接触の常態化を通じて強化されつづける。冒頭で紹介した社会化への違和感について述べている親たちの声にも「身体性」という共通項が秘められていた。「食べ残し」、「へその緒」、「肌を通じての親近感」が親と子の関係を親密なものとして語られる。花崎[2003:6]が「親密さの基礎は、からだを主体とした情報の授受の地平にある」と述べるように、身体を通した相互行為としての食事、入浴、排泄、時にはパニックを起こし体全体を使って不快を表現する自閉症の子をあらん限りの力を使って引き留めることなどの行為を通して、親と子の親密な感覚は形成される。 親密な関係にある人同士の間では、痛みの感覚や喜び、悲しみなどの私的な主観的経験が完全に共有されることがある。メルロ・ポンティはそれを「間身体性」と呼ぶ。ケアの現場、特に身体のふれあいを伴うような関係の場合、それが形成されやすい。市野川[2004:123]はこの事を指してケアというものは、どこまでいっても「ゲマインシャフト的なものを引きずらざるを得ない」として、ゲマインシャフトの特徴である「感情性」「無限定性」「他者(集合体)志向」「属性本位」「個別主義」によってケアは構成されていると整理している。 鷲田が「親密性」の成立の契機としてあげる「存在の世話」8)は、ケアを提供された側はもちろん、ケアを提供する側にも世話をする存在としての自分を登場させる。感情や無限定性、子(親)である他者への志向、親(子)であるという属性、属性から生まれる個別の関係は「ケアへ向かう力」を生成する。自分が必要とされているという感覚はいつしか自分でないとだめなのではないかという、ケアを人に委ねることへの違和感を生成する。 しかし「ケアへ向かう力」が「家族の愛情」という理解されやすい言葉に変換されることにより、ケアという場所での抑圧を覆い隠してきたこともまた事実である。家族介護の末の悲劇は、それが暴力という形で露呈したケースである。 他者に体を投げ出さざるを得ず、そしてその他者なしでは生きていかれないからこそ、「ケアの根源的困難性」(天田[2003:486])にケアを受けるものも提供するものも共に向き合わざるを得ない。例えば親がより誠心誠意ケアする心優しい親であろうとすれば、子は成人以降も素直にケアされる子というアイデンティティを引き受けざるを得ないし、子が自己の独立したアイデンティティを主張すれば、親はケアによって充足する自分というアイデンティティを揺るがされる。ケアを媒介にした関係は、お互いのアイデンティティはいやおうなく固定され、ケア行為によりそのアイデンティティは行為生成的に強化される。行為が互いの存在そのものを排他的に規定するのである。そこでのケアは単なる行為を超えて過剰な意味をもった激しいやりとりとなる。だから家族の中で行ってきたケアが家族の中で供給しえなくなったから、社会化しよう、という単純な平行移動で家族ケアを捉えることの鈍感さは、ケア行為のもつ特質、暴力性、また身体というものの境界線への配慮を欠いているのである9)。 家族という関係性がもつ特性に加えて、「時間の限界性」も事件から浮かび上がってくる。障害をもたない子の場合は、ケアしケアされる関係はいずれ変化する可能性が高いが、障害をもつ子の場合、このケア関係は子どもが成人しても継続する。 麦倉[2004:85]の指摘通り、現在日本社会には「知的障害をもつ人とその家族が成人期にさしかかったとき、いかに行動すべきかを示すモデル・ストーリーの不在」という現実がある。筆者はこの現象に直面する親の語りから「予測可能性の低下」という概念を提示した(中根[2005])。さらにモデル・ストーリーの不在が、予測可能性の低下を招くため、その低下を少しでも緩和するために、現状で比較的ケア体制が安定している入所施設が選択されること、また現状家族においてケアしている親たちも入所施設を有効な選択肢として保持していることも指摘した。 父親「親でさえ、こんなしんどい思いすることをね、他人がやってくれるはずはないやないかと。ただ、親が年取ってきて、いずれその、親が先に死なざるを得ないと、いうことになった時に、あの…やっぱり本当にぶっ倒れて子どもを任すよりは、子どもが一番不安なんですよ、僕が死んだら(子どもの名前)はどうなるんやろと。」 だが、現状の入所施設にも問題はある。障害者生活支援システム研究会が大阪府において施設入所者とその家族の実態を調査したところ、入所施設でも「時間の限界性」を克服しきれないというデータが浮かび上がった。地域福祉整備の遅れから入所施設を長期間当てにしてきたために、利用者の4割が在所期間20年以上、利用者の年齢も50歳以上が29.2%という入所施設利用者の高齢化が進んでいる。これにともなって利用者の保護者(身元保証人)の多くを占める親も60歳代が27.3%、70歳代が37.0%という高齢化が進んでいる。さらに入所施設での生活自体にも問題が残っている。個室で生活できている者は18.9%、異常さが残る入浴時間(午後4時前に入浴する利用者が35.8%)など、まだ日常的なくらしが確保されているとは言い難い。そして生活の質以上に保護者や利用者を悩ませているのが、施設生活に伴う自己負担額の多さである。2003年度で利用者一人当たりの自己負担額は50000円以上が50.4%(2004年度からはさらに1-2万円プラス)で、これは障害基礎年金支給額のおよそ7割を占める。家族が利用者の生活費を出費しているケースがほとんどであろうと障害者生活支援システム研究会の峰島[2003:24]は指摘している。 政府のノーマライゼーション7カ年戦略で明確な地域移行が提唱され、自治体では宮城県のように将来的には入所施設を全廃するという目標も掲げられた。しかし親たちは入所施設以外の選択肢で未来の生活を予測することが難しいため、入所施設の削減に不安の声を上げることが多い。 だが、入所施設ですら、もはや「時間の限界性」を克服できる手段ではなくなってきている。なにより、障害をもつ当事者たちが入所施設からでることを目標に生活を送っているのである。身体障害者は1980年代から自立生活センターを中心に自立生活を送るための活動を進めてきたし、知的障害者たちでつくる当事者組織、ピープルファーストの大会でも「ひとりぐらしと介護について」や「入所施設をなくそう」というテーマが扱われている(2004年徳島大会)。 「私が死んだらどうなるのか」という親の不安は、本来は社会的連帯によって解消されるべき問いである。斎藤[2004:275]は社会的連帯について「空間のみならず時間の次元をうちに含んでおり、それを形成する人びとに、自らの生が将来にわたって少なくとも不安に充ちたものではないという『見通し(prospect)』を与えうるものでなければならない」という。そして社会的連帯は「人称的連帯」と「非人称的連帯」の二つのあり方からなることを指摘し、前者を「自発的に互いの生を支え合う連帯」、後者を「強制的な連帯」であるとする。「非人称的連帯」はそれが「見知らぬ人びと」によって支えられることで時間軸の変遷に耐えることが可能であるが、「人称的連帯」は時間の経過に対してもろさを抱えざるを得ない。人称的連帯(家族ケア)を望みつつもそれが時間の経過によってゆらぐという矛盾を家族ケアは抱えている。また親から介護を受け続けることが、親の高齢化という「時間の限界性」という解決困難な問題を含んでいるだけではなく、互いのアイデンティティを強化しあい、関係をゆがませる危険性を孕んでいる。脱家族のスローガンを掲げた自立生活運動が目指したのは、家族に留まりながら関係を変えることよりも、環境を変えることで関係を変容させることであった。「介助を取り払ったところに残されたもののみで関係を再構築すること」(土屋[2002:226])は長期間に及ぶケア関係が孕む危険性と時間の限界性を同時に解決するための選択だったのである。土屋[2002:228]が「無色の関係性」と表現し、天田[2004:226]が「ケアの意味の過剰性の脱色」と呼んだのは、ケアしケアされる関係性が「愛情」という消費されやすい言葉以上の互いの感情で何層にも塗りつぶされているという事実であったと言えるだろう。完全な脱色は困難であるにしても過剰な表層をそぎ落としていくこと、それこそが「ケアの社会的分有」である。 4 ケアの社会的分有にむけての検討課題 ケアの社会的分有を模索する必要性は、家族内ケアが抱える「時間の限界性」というもろさにある。だが、家族という個別の関係性が生み出す「ケアの社会的分有への違和感」を無視しては、再び「ケアへ向かう力」と「時間の限界性」の綱引きが始まるだけである。ケアリング関係が行為生成的に生み出す「ケアへ向かう力」の存在を認識した上で、それを射程に入れたケアの社会的分有の方策を探す必要がある。市野川[2000:114]や鷲田[2002:127]が「身体における家族の境界を取り払う、少なくともその敷居を下げる」「身体の間身体性の射程を、家族の外にまで広げることが求められている」、「家族の敷居を下げる、そういうケアのぎりぎりの可能性」と指摘するように特に「間身体性」に配慮し、家族の境界性を曖昧にしていくような、親密圏の範囲を家族の外に押し広げていく試みが必要となる。 つまり家族=親密圏という思考をいったんはずすプロセスである。だが「親密圏がつくられたり、失われたりするのは、当事者間の主観的な感情や心理、思考だけによるのではなく、物質的、前意識的、ミクロ文化的な下地の働きも大いに関係している」と花崎[2003:18]が言うように、これには当事者たちだけではなくて、それを実現できるような制度的「仕掛け」が求められている。「間身体性」に配慮した「親密性の確保」が手がかりである。親のアイデンティティを尊重し、なおかつそれを緩やかに軽減していけるような仕組みである。 整理しよう。家族内介護における特性に配慮し、なおかつ「時間の限界性」を克服できるケアの社会的分有には「時間の継続性」「親密性の確保」「予測可能性の強化」の3点に配慮した仕組みが必要である。もちろん、当事者の生活の質や自己決定が大切な事は言うまでもない。 まずは「時間の継続性」には、親の死後も障害をもつ当事者のケア環境が維持され、財産が保護され、権利が侵害されない仕組みが必要である。現状では、すでにある権利擁護や身上監護のシステムとしては成年後見制度が有効な制度の一つであると考えられる。 法人による成年後見制度である法人後見が「継続性」を確保する方策の一つであるだろう。法人後見は1999年の公的介護保険導入と同時に実施された改正成年後見制度により導入された新しいシステムであり、今後の柔軟な運用が期待されている。親と法人が共同で「複数後見人」にあたり、親の死後は法人がその業務を受け継ぐなどの利用法が検討されている(新井[2001:66])。 「親密性の確保」には、親が子と切断されるのではないということを確認できるような配慮が必要となる。ケアの社会的分有の一端に親が参加し、親であるというアイデンティティを持ち続けられるようでないと、親の「ケアへ向かう力」は軽減され得ない。具体的には、ケアマネジメントや施設での支援計画、サービス計画作成過程における親の参加がその例として想定できる。本人の次に子のことを理解しているのは親である可能性が高いのだから、これを生かす方向でケアマネジメントを行うのである。しかしこれには当事者の側からの反発も予想される。権利擁護や援助と、保護や強制が実際の場面で混同されてきたため、ケアマネジメントという言葉により洗練化された生活管理の動きを感じる人びとがいることも事実である。故に、親と子という二者関係をはずした上で、権利擁護やアドボカシー、自己決定などの関係はより理論的に整理する必要がある。ケアマネジメントについての議論は自己決定とパターナリズムの他に、本来は利用者の権利擁護のために運用されるべきであるが、予算削減のためのサービス支給抑制に利用されやすいという指摘がなされている(岡部[2003])。 本稿の中でも指摘したとおり、成人期を迎えた障害者家族のモデル・ストーリーの不在が親の「予測可能性の低下」を招いている。親がぎりぎりまで家族内ケアを行い、最後には突然の施設入所を選ばざるを得ない背景には、ひとえにモデルの不在がある。家族ケアと施設入所の間のグラデーションは、現在グループホームやユニットケアという形で障害者だけではなく、高齢者分野でも多くの試みがなされている。障害者の自立生活運動で施設はひたすら攻撃の対象にされてきた。職員との非対称的な権力関係、「普通」とかけ離れた生活時間、外出の許可制、大部屋など、ゴフマンが『アサイラム』で淡々と描き出した人のアイデンティティを奪うような施設はやはり批判されてしかるべきである(Goffman[1961=1984])。だが、成人期を迎えた障害者が快適に過ごせる場所が大規模施設ではないとしても、人が関わって暮らす場所としての施設のあり方にもっと建築や人間科学の研究が向けられる必要があるのではないか10)。外山[2003]の地域(自宅)と施設の落差を具体的に指摘し、さらに独創的な住居構造をもつ施設でいかに「施設らしさ」を外していくかという試みは、誰かの手を借りて生きていく人びとすべてに援用できるものである。外山は「中間領域」という考えを施設に取り入れた。筆者の親子関係を家族と社会の中間に配置するという構想と多くの部分で重なる。外山の場合は「中間領域」を演出するのは住構造であった。筆者の「中間領域」を演出する試みは、上記にあげた法人後見やケアマネジメントに親が親として関わるような構想である。しかしそれはまだこれからの検討課題である。 5 まとめ 本稿では、筆者のフィールドワークで得た障害者家族の親たちの声から、特に子どもの成人後も家族によるケアを継続したいと願う語りに注目し考察した。本稿ではそれを「ケアへ向かう力」と名付けた。 「ケアへ向かう力」は、愛情や罪悪感から発生したケアの動機が、社会との相互作用や子どもとの身体的関わりと共に親自身に内面化され、それが親自身のアイデンティティと結びつくことにより、より強化される。ケア行為は、他者を通じて自身の願望やアイデンティティを充たす効果がある。 他者を通じての自己のアイデンティティ達成は、親密な関係性に特有のものであり、それが他者への暴力や介入の可能性を孕んでいることを指摘した。家族がケアを媒介になりたっている感情共同体と呼ばれるゆえんである。しかし、家族によるケアは時間の経過への耐性が低く、予測可能性の低下が時間の経過とともに大きなリスクとなっていくことを確認した。 それをふまえて本稿では、ケアの社会的分有は「家族によるケア」から「社会によるケア」というリニアな移行というとらえ方では実現困難であると考えた。親子間に内在する「ケアへ向かう力」への配慮無しにケアの社会的分有を訴えても、それは家族にとっては関係の切断でしかあり得ず、結局、ぎりぎりまでは家族で、というこれまでと変わらない閉鎖的なケア関係が維持されるだけである。本稿ではケアの社会的分有への違和感を緩和するために「親密性の確保」「時間の限界性への対処」「予測可能性の上昇」が必要な要素だと指摘した。 「時間」というままならないものを「予測可能性」を高めることによって対応する。親密圏を家族の外にも押し広げていくこと、なおかつそれが時間の変遷にも耐えうるかたちであること、互いの役割(親であること、子であること)やジェンダーが不可分に結びついているのだから、そのことをふまえた上での親密な関係性の確保が必要となる。「〈親密性〉とは、ある当事者の行為が、当該行為の直接的な意味をもつだけでなく、同時に、行為者間の関係にとっての意味という二重の意味を与えてゆくことで達成される」(天田[2003:375])。つまり、身体接触を含めたケア行為を介して成立する親密性は、父親、母親、子という関係性をそれぞれのジェンダー規則に従って強化され続ける。親密な関係が当事者のアイデンティティの維持、とりわけ行為の提供者のそれに寄与している。それを見る周りの視点も「やっぱり家族でないと」という「解釈の政治」[天田2003:387]を行うことで、親子の関係が社会に開かれていくことに制限をかける。家族によるケアの空間に公的なサービスが入っていくことで混乱や葛藤が生じることが予測される。例としてあげられるのは家族内におけるジェンダー規則の侵犯である(Wiles[2003])。 近代家族論やジェンダー論は、公共圏においては正義のための理論として効果を発揮したが、親密圏では、人びとがその枠組みの中でしか生活しえないことを再確認したにすぎない。親密圏においてはジェンダーを発見したことがすなわちジェンダーの脱構築ではなく、それはケア関係に込められた成員間の思惑を再確認することだった11)。 「問題は家族が今後も、わたしたちにとってもっとも濃やかな〈親密さ〉の場所でありつづけゆくかということであろう。ひとは家族を求めてきたというよりも、親密性を求めて家族という共存の形態を編み出したのだから、男性/女性の性役割分担にもとづく核家族という理念が逆に親密性を息苦しいものへと閉塞させはじめたのなら、あるいは育児を一方的に委託されることで〈親密さ〉が女性の恒常的なストレスへと転化させはじめているのならば、例えば共同家族といったより緩い生活形態を考えることも必要だ。[鷲田2002:39]」 親であること、子であること、またそうありつづけることでそれぞれの役割や願望が強化されつづけ、「ケアへ向かう力」が補給され続けるならば、その関係の中にとどまったままで、自己決定や自立をいうことにはそもそも矛盾がある。立岩[2000:21]が「緩い自己決定」と「堅い自己決定」を提示して指摘したように、人びとは自己決定を人生の目的として生きているわけではないのだから、自己決定を「なにより大切」なものとしてしまうと、本稿が対象とした障害をもつ子の親の「社会的分有への違和感」はまず最初に否定されるべきものということになってしまう。「自己決定」は社会学や当事者の立場からは「解放的ポテンシャルを有している」とみなされ、積極的に推進すべきものとして捉えられてきた。しかし、「ネオリベラリズムという社会的文脈」が不思議なほど社会のあちこちに進出している現状を見れば、障害をもつ人、しかも見守りを必要とするダウン症や自閉症の人びとに独立した強さ求めることは、「反転され、抑圧的な契機となる可能性」が高い(重田・渋谷[2004:144])。課題は強さを担保にした自立ではなく、弱さがむき出しにならない関係である。 家族というお互いのアイデンティティが相補的な関係の中で自己決定を唱えることは、「靴ひもを引っ張ってあなた自身を持ち上げようとするのと同じ(Bateson[1972=1999:425])」ような、解決が困難な対立である。ならばその問い自体がむき出しにならない枠組み(緩い自己決定)を考える方が、よい。親密圏がもつ特性、ケア関係のもつ両義性をふまえ、それを継続可能なケア体制に組み替えることでしか、他者と親密で安全に過ごしていける場所をもちつづけることはできないのだ。その関係は鷲田の指摘するように「緩い」関係でありつつも、親密性を失ってはいないだろう。保守的な人びとは居住形態のみに注目し、それを「家族愛の崩壊」と評するかもしれない。しかし、「家族愛」というイデオロギーが親密圏を閉鎖的で暴力への危険性を孕んだものにし、ケア関係を時間の流れに脆弱なものとしたならば、筆者は愛情によって成立した近代家族が鬼子として宿した「家族愛」の負の側面を批判しつづけ、強さに頼らないで生活を継続していける仕組みを障害者家族というフィールドから探求していきたいと考える。 注) 1) 「介護」という言葉はすっかり耳慣れたものとなったが、この言葉が今日的な意味で使用されるようになったのはそう古いことではない。有吉佐和子の『恍惚の人』が痴呆性高齢者介護のネガティブな側面を強調し話題を呼んだのが1972年、『広辞苑』に「介護」という言葉が収録されたのが、1983年である。春日によればそれ以前にも「年寄りの世話」や「病弱な家族員の介抱」とよばれる現象はあったが、それを「介護」として問題化することはなかった(春日2001:v)。社会問題の構築主義の指摘によれば、ある社会問題が成立するのには、それを社会問題として認識しクレイムを申し立てる存在を必要とする(中河・北澤・土井[2001])。そのクレイムが提出されたのが、1970年代頃であったとされる。この時代には、「国民皆保険制度」(1961年)、「老人医療無料化制度」(1972年)が制度化され、広く医療が多くの国民に提供されることになった。その結果、生活全般の健康水準の上昇、慢性疾患を抱えながらも生命に安全が保証された高齢者が誕生するようになった(春日[2001:32])。その後の「介護問題」は主にジェンダー、フェミニズムの立場からの指摘により、介護が家族内で女性に不当に押しつけられている、早急に介護の分有化が必要だ、というように展開された。その後も「遠距離介護」「呼び寄せ介護」(中川[2004])などの言葉に表象されるような家族による介護の多様な形態が誕生し、1999年の公的介護保険制度導入以降もその状態は継続していると言ってもよい。「介護」という言葉にも一定の留意が必要だろう。1980年代に自立生活運動を展開した全身性障害者たちは「介護」という言葉の中の「護」という漢字の中に一方的に守られるという意味、「される側の能動性の剥奪(立岩[2000:329])」を読み取り、「介助」という言葉を積極的に使う(岡原[1995:122])。また「ケア」という言葉の指し示す膨大な領域があることを考慮すれば「ケア=介護」とすることにも慎重でなければならない。本稿では、「介護」と「介助」をほぼ同一の意味で使用する。またケアといった場合には介護、介助という直接的な身体接触を伴う行為よりも広い、配慮やケアマネジメント、ケア環境の構築も含める(中根[2005])。 2) 介護を含むケアを家族や個人だけに負わせるのではなくて、政府や地方自治体、地域社会にもその財源や提供する場所を広げていこう、という意味で「社会化」という言葉は定着している。しかしケアの担い手、担い場所の変容は「家族から社会へ」という一方通行なものではない。また社会学において「社会化 socialization」とは個人が集団において規範を内面化する過程を指す用語であり、本稿で指し示す概念とは異なる。また社会学における「社会」という言葉への鈍感さを指摘する市野川の論考[2004]に示唆を得て、本稿ではあえて介護の「分有」という言葉を使用する。もちろん、各論者の引用等では「社会化」という言葉がたびたび登場するが、本稿で引用したものは全て「分有化」という意味合いで使用されている。 3) 父親の場合は「食べ物」という媒介物を通したふれあいであるのに対して、母親の場合は「へその緒」や「まだくっついている」という他者への侵入を表現した言葉が散見される。これらのデータは子どもが成人を迎えた親たちの言葉であり、障害者家族の親子関係のもつ「子との距離感」を表現している。 4) 高齢者の介護の場合、男性は「愛情」を、女性は「義務」をその動機として主張するケースが多い。しかしこれは、主たる介護対象者が、男性の場合は妻であることがほとんどで、女性の場合は夫以外にも義理の両親が含まれることからでた差異である。障害をもつ子どもの親の場合、特に母親は子どもへのケアの動機が「罪悪感」に支えられているという場合もある(岡原[1995:86](土屋[2003:166])。 5 |