HOME >

「障害学」を――オランダ便り・5

長瀬修
19951225
『季刊福祉労働』69



 「障害」の社会・経済・政治的側面に目を向ける研究、学問が欧米で進んでいる。「医療モデル」もしくは「個人の悲劇モデル」と呼ばれる個人の損傷が問題の核心であるとする従来の視点から、環境や社会の組織自体のほうにこそ問題があるという視点への転換が起こっているが、その動きの背景の一つには特に米英両国での障害の研究の進展、障害に関する理論化がある。
 障害の社会・経済・政治的研究を進める顕著な動きが80年代にいくつか起こっている。一つは82年の「障害学」学会の結成である。94年末に亡くなった米国ブランダイス大教授のアービング・ケネス・ゾラが創立者である。同学会は米国の研究者が中心で数百人の研究者が名を連ね、「障害と慢性病の人間的・社会科学的側面に関する学際的研究の促進」を目的に掲げている。学会誌として DISABILITY STUDIES QUARTERLY がある。
 もう一つは86年の英国での DISABILITY & SOCIETY(障害と社会)と題する研究誌の発刊である。このジャーナルは「障害の社会理論」の形成に大きな役割をはたしてきた。「障害の社会理論」とはオープン大のヴィク・フィンケルシュタインやグリニッチ大のマイク・オリバーなど自らが障害者である運動家・研究者が中心になって進めてきた理論で、誤解を恐れずに一言でまとめれば、「障害者が社会で受ける不利益は社会の抑圧による」とする。研究、そして運動面でこの理論は大きな影響力を持っている。
 なお、インターネットの世界でもDISABILITY-RESEARCHというメーリングリストがリーズ大研究者の主宰で94年に発足した。約20カ国から300人程度の障害関係の研究者が参加し、意見や情報の交換を行っている。
 以上で述べてきた研究の進展の背景には当然ながら、81年の障害者インターナショナル(DPI)の結成で一つの頂点に達する、特に60年代、70年代の各国の政治的な障害者運動の進展がある。日本の「青い芝」、米国の自立生活運動、英国の「隔離に反対する身体障害者連盟」(UPIAS)などはその代表例であろう。
 重要なのは運動と研究が連動し、その接点に障害を持つ活動家・研究者がなっていることである。前述のフィンケルシュタインは1981年に発足した英国DPI(BCODP)の初代会長に就任すると共にDPIの世界評議員も務め、DPIの障害の定義にも大きな影響を与えた。
 このような動きの成果で、英国のリーズ大、シェフィールド大、米国のシラキュース大などでは「障害学」のディプロマ(英国の制度で学部と院の中間にあたる)・修士・博士課程も設けられている。
 リーズ大を例にとれば、社会学・社会政策学科内に障害学はおかれ、ディプロマ・修士課程では、
 * 障害の理論と定義
 * 社会政策、政治、障害者
 * 文化、障害の研究、実践の変化
を含む。
 リーズ大の障害学担当のコリン・バーンズは自ら視覚障害者で英国DPIの研究者も務めている。
 ひるがえって、日本では障害への社会的側面からの取り組みは大学でどのように組織的、体系的になされているのだろうか。私の知る限りでは非常に限られているようだ。95年9月5日付けの日本経済新聞で京都大の正高信男助教授が「・・・障害者学というものは、存在すらしていません」とし、「障害、学問として研究を」と訴えているが、同感である。
 日本でも医療・リハビリテーション的視点からではない「障害学」の構築が必要だ。「障害学」を研究する場では、障害を持つ学生が物理・情報面などの障壁に直面することがない環境の整備、教授陣への障害を持つ研究者自身の起用なども当然である。そして学問・研究としての「障害学」が運動を裏打ちし、政策面でも障害者運動が一層の影響力を持つのに貢献する。
 日本でも障害学の基盤となるべき蓄積は「日本の障害者・今は昔」(花田春兆著、1990年、こずえ)、「生の技法」(安積純子他著、1990年、藤原書店)、「障害構造論入門」(佐藤久夫著、1992年、青木書店)などの著作をほんの一端として既に多数存在するように思われる。
 夢を実現してくれる大学はないものか。

「福祉労働」オランダ便りNO.5
95・96年冬号


REV: 20161229
TOP HOME (http://www.arsvi.com)