てのひらのなかの命
出生をめぐる生命倫理

  信州大学医療技術短期大学部平成8年度公開講座
  生と死の医療──教養としての医療part2

玉井 真理子(心理学)

 お産婆さんが竹の筒を妊婦のお腹にあてて赤ちゃんの鼓動を聞くくらいしか赤ちゃ
んが元気かどうかを確かめることができなかった時代は過ぎ、今は、ある程度であれ
ば、赤ちゃんが生まれる前に「障害」や「病気」のことがわかるようになってきまし
た。もちろん、すべてのことがわかるわけではありません。わからないことも依然た
くさんあるのですが、この「ある程度わかるようになってきた」ということを果たし
て手放しで歓迎していいのでしょうか?赤ちゃんのことは「産んでみなければわから
ない」という時代から、ある程度ではあっても「産む前にわかる」ような時代を迎え
たことによって、私たちは「知る権利」を与えられました。このことは、私たちひと
りひとりにどんな問いを突きつけているのでしょう?
 私には、男の子ばかり4人の子どもがいます。そのうち一人は障害児です。最初の
子どもがダウン症でした。「ダウン症」というコトバを聞いたことがありますか?多
くの場合突然変異によって起こると言われている染色体の異常(21番目の染色体が1
本多いので、「過剰」のほうが正確な言い方です)で、「知恵遅れ」、今風に言うと
「知的障害」のひとつでもあります。そのあと3人の子どもを産みましたが、羊水検
査(羊水の中に浮かんでいる胎児由来の細胞をとって調べる)などの出生前診断は受
けたことがありません。
 今年2月に訪ねた英国では、出生前診断が比較的普及し、胎児の重い「障害」や「
病気」を理由にした中絶が合法とされ、妊婦の半数以上が母体の血液(血清)を用い
たスクリーニング検査を受けているそうです。この検査は、ダウン症などの染色体異
常や二分脊椎(せきつい)などの神経管奇形と言われるようなもののごく一部につい
て確率を示すだけなので、確実な診断のためにはさらに検査が必要です。英国ダウン
症協会では、出生前診断だけを取り上げたパンフレットを独自に作っていました。そ
の中には、ダウン症の子どもを家族に迎えて楽しく心豊かに暮らしている家族の生の
声や、ダウン症の本人がサポートを受けながら社会生活を送っている様子が写真入り
で紹介されています。しかし出生前診断やその後の選択は、あくまでも当の親の考え
方を尊重する立場を貫いていて、胎児の異常を理由に中絶という選択をした家族のた
めの相談の窓口なども紹介されていました。出生前診断専門の病院のカウンセラーや
、開業している日本人助産婦の方にも会うことができましたが、どこへ行っても、「
どんな選択も、だれのものでもない、あなた(方)自身のものですよ。でも、どんな
選択をしても、いろいろな形の援助は受けられますよ」というメッセージを伝えるた
めに心を砕いている印象を受けました。
 お腹の中にいる赤ちゃんのことについて「知る権利」を与えられた私たちは、その
結果次第では産むか産まないかを「選ぶ」こともできるようになってきました。「選
べる」ということは、「選べない」ということより、いいことかもしれません。でも
、「選べる」ということは、大変なことでもあるように思うのです。
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Mariko TAMAI Ph.D
School of Allied Medical Sciences(ITAN),
Shinshu University.
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TEL +81-263-35-4600 ex.3577
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