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生と死のメタファー

成沢 和子(イギリス文学)



生と死のメタファー

                         成沢 和子(イギリス文学)

  信州大学医療技術短期大学部平成8年度公開講座
  生と死の医療──教養としての医療part2

 生と死とその間にある人の生涯を、医療の視点から考えるこの連続講座の幕開けと
して、わたしたち人間が、生と死をそして人生を、どのようにとらえてきたかを概観
してみようというのが今回のテーマです。

 人間の生死観という大海に乗り出すわたしの小舟はメタファーという名です。メタ
ファー(隠喩)は比喩の一種で、AとBとをイコールで結ぶ、つまりAはBであると
いって両者を一つのものとした上で、BによってAを語るという表現法です。[ちな
みにAはBの《ようだ》という比喩はシミル(直喩)といいます] 例を一つあげて
みましょう。恋人に冷たくされた青年が「あなたは刺のある薔薇だ」というとき、恋
人の上に二重写しにされたこの薔薇は「美しいがつれない恋人」のメタファーになり
ます。

 メタファーは、あるものの概念を別のものと結び付け、通常では気付かないような
ヴィジョン、思想、感情にわたしたちを導きます。わたしたち、かならず死すべき
(mortal)定めを持った人間が、生と死をメタファーによってどのように語っている
かをまず見ていきましょう。するとその過程で、思いがけなく、見えてくるものがあ
ります。それは、生と死の間の、一度越えたら決して戻れない深い淵を「メタファー
という乗り物」(ジャック・デリダ)に乗って自在に行き来する人間の精神です。生
死を越えるというわたしたちに課された難題を、「蛹から羽化してひらひらと天に向
かって飛ぶ蝶」や「凍土を溶かす四月の雨に促されて咲き出すヒヤシンスの花」が説
き明かしているのです。こうした生と死をつなぐメタファーは、限りある肉体を持つ
者の精神を、無限の世界に連れ出してくれるメタフォリコスΜεταφορικοσ
(移送手段)ではないでしょうか。


REV: 20170127
信州大学医療技術短期大学部 
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