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法人格を取得するということは

黒田 貴子・坂口 真美・重村 恵美
(2001年度信州大学医療技術短期大学部看護科3年)
卒業研究レポート 200112提出



はじめに
 全国各地で自主的に共同作業所作りが繰り広げられてきた。2001年5月現在その数は5587ヶ所にのぼる★01。その多くは、無認可作業所とも呼ばれ、法人格をもたない任意団体として活動してきた。しかし2000年に社会福祉法人の取得要件が緩和されたこともあり、法人化の動きが高まってきている。そうした時に、作業所で運営している喫茶店で法人化の署名活動を目にし、法人化について考えていきたいと思った。
 法人化取得を考える共同作業所を訪れ、話を聞こうと考えた。8月28日松本市にあるパノラマ作業所の宮越洋介さん、9月3日にちくま共同作業所の野田瑞穂さんにインタビューを行った。その後、野田さんの紹介で、9月5日にすでに法人格を取得した障害者社会就労センターコムハウスの諏訪元久さんを訪ねた(以下「パノラマ」、「ちくま」、「コムハウス」と略す)。さらに、12月4日にちくま、12月7日にパノラマを再訪し、その後の経過等をうかがった。

T 法人化の条件緩和
 社会で法的活動を営むのは自然人(個人)だけではない。組織も法律上の権利・義務の主体とされる。それが法人であり、それを大別すると株式会社、有限会社等の営利を目的とする法人と、非営利で公益のために活動する法人に分けられる。
 公益法人は民法第34条に基づいて設立される社団法人および財団法人のことを指すが、民法以外の特別法に基づいて設置される公益を目的とする法人のことを、便宜上「広義の公益法人」という。それらの法人には、学校法人(私立学校法)、宗教法人(宗教法人法)、医療法人(医療法)、特定非営利活動法人(特定非営利活動促進法)等があり、社会福祉法人もその一つである。
 これを規定する社会福祉事業法は1951年に制定されたが、2000年に社会福祉法に改定された。この改定で、「地域におけるきめ細かな福祉活動を推進するため」として、社会福祉法人設立の要件が緩和され、これまで法人格のなかった作業所が「小規模通所授産施設」を経営する社会福祉法人として法人格を得ることが容易になった★02。
 ・法人格取得のために必要な基本財産(現金・預金・土地等、運用財産ではないので原則的には取り崩しはできない)が、1000万円と大幅に引き下げられた(従来型の法人の場合は6000万円)。
 ・通所施設の用に供する土地・建物について賃借でも認められるとされた。
 ・通所授産施設では利用者数は20名以上だったものが、小規模通所授産施設では10名以上となった。ただし20名を超えても補助額は変わらない。
 ・要する事業実績として、小規模作業所として国または地方自治体などからの補助金を受けていた実績が5年(NPO法人の場合、市区町村から特別に推薦があった場合は3年)。
 ・身体障害者と知的障害者両方の受け入れ可能。
 ・玄関、作業室(兼休憩室)、便所、手洗い場の設置は求められるが、従来の法内施設のような施設基準は定められていない。
 ・職員は施設長・職員指導員・生活指導員、施設長が指導員を兼任することができ、特別の資格は求められない。
 ・他に、ホームヘルプ事業、ディサービス事業、グループホーム事業、相談援助事業等を行える。
 取得後の助成処置としては
・運営費の国庫補助基準額は1ヶ所年額1100万円。支出割合は国1/2、都道府県・市町村各1/4。
・整備費としては、施設整備費が上限2400万円、設備整備費が上限800万円。国1/2、都道府県・設置者各1/4。また、社会福祉医療事業団から自己負担分の80%を利率2%で最長20年借りられる。

U 各作業所の概要、その成り立ち
 パノラマ作業所(松本市沢村)中央図書館の喫茶パノラマの運営を市からまかされていたが、それだけでは不十分だということで、その近くに土地と建物を借りて、1998年4月に開設された民間の作業所である。運営母体は「松本市知的障害者育成会」。周りには住宅や図書館があり、図書館の清掃の仕事も請け負っていて、地域の人と関わりやすい環境にあった。現在、在籍は15名で、毎日通所してくる人が12名で、2名は重複の重い障害で在宅ケアを受けていて作業所で働いてはいない。もう1人は95歳の方で聴覚障害があり、時々通ってきている。通所している人の障害は軽度で、年齢層は20代が6人、30代が3人、50代が3人、95歳のおばあちゃんもいる。スタッフは3名いて、事務的なことから作業まで全部をやっていた。ケーキ、クッキーの製造が主、その他藍染めのクッション、新聞紙を使って作る太鼓、等々。一つのものを流れ作業でやるのではなくて、例えば台所でクッキー作りをする人や庭で草むしりをする人や、作業所で布にアイロンをかける人がいた。比較的軽度の障害の人が多く、いろいろな作業が可能で、できるだけひとりひとりの障害や能力に合った作業を行っていることがうかがえた。現在法人化にとりくもうとしている。
 ちくま共同作業所(松本市宮田)1981年に「筑摩工芸研究所」が、その2年後には「ちくま福祉会」が設立され、「ちくま共同作業所」の運営はその活動の一部。1996年設立の「自立支援センターちくま」では移動サービス等を行い、他に南松本の公民館「なんなん広場」の喫茶室を運営、縄手通では「微酔い処」という飲み屋もやっている。作業所の周りには住宅があって地域の人と関わりやすい環境である。在籍者は24名で、電動車椅子に乗っている人がいたり、18歳から70歳代までの方が通所しており年齢の幅が広かった。スタッフは8名いて、それぞれの仕事をしていた。作業所では精密機器の発送用の梱包材の袋詰を皆で行っていた。実際に法人化にむけて動きだしている。
 障害者社会就労センターコムハウス(松本市寿豊丘)1987年に開設された民間の作業所(こもれび共同作業所)が1998年7月に社会福祉法人の認可を受け1999年4月に「知的障害者通所授産施設」として開設となった。運営主体は社会福祉法人アルプス福祉会。この「通所授産施設」というのは今回、新たに法律に定められた「小規模通所授産施設」ではなく、従来からある型のもので、定員は20名以上、施設やスタッフについても小規模通所授産より厳しい条件を満たさないとならない。コムハウスは市街地から離れた住宅街にある2階建ての新しい大きな建物であった。なかには、調理室や食堂、エレベーターなどが設置されていた。在籍が20名で、比較的障害の重い人が多いようにおもえた。作業内容として布巾づくりやクッキーづくりをしている。スタッフは11名いて、指導員や調理員や事務員などが含まれていた。
 各々の作業所の歴史と現在の活動は多様だが、作業所が全国各地に登場してきた経緯について野田さんは次のように言う。
 「親は、「自分たちが死んであの子の面倒をみる者が誰もいなくなったっていう時に、この子はどうやって生きていくんだろう。」と心配で夜もおちおち眠れないわけだ。じゃあどうすればいいかっていうと、今までは施設を作って入れちゃえと。入っちゃったはいいけど、その入った本人はそれでいいのかなっていうのがね。施設っていうのは要するに共同生活の場だから、起床時間も決められているし、寝る時間も決められているし、酒は飲めないし、デートはできないし、自由に外出もなかなか難しい。自分たちが障害をおった時にそういう生活がしたいかどうか。嫌でしょう? 酒飲めないし、たばこも吸えないね。テレビは部屋に一台ずつなんてないから、自分の見たい番組も見れないでしょう。そういう管理された生活を今、入所している人たちはもう一生送るわけ。それでほんとにいいのかなって。
 しかも、施設ってだいたい山奥に作るんだよね、土地が安いから。共同生活になじめない人もいるし。親兄弟は皆生きているんだけど、入れる時に入れちゃわないとっていうんで入れちゃうんだけど、親にも滅多に会えないし、自分の地域を離れてとんでもなく遠い田舎の方の施設に入っちゃうってことだよね。ほんとにそれでいいのかなっていうのがあって、こういう共同作業所が自然と生まれてきたんだけど、それがもう20年以上前だね、国際障害者年だった1980年くらいから急速に増えてきたんだ。親亡きあとの子どもの行き場をどうしたらいいのかっていうのがまず発端なんだけど、できるだけ選択肢があったほうがいいんじゃないかって。それで結局は、行政にそういう制度がない、行政に予算がないっていうんで、もう自然発生的に地域の人とか親とかが集まって、「自分たちの居場所は自分たちで作っちゃおう」というんで始まったのが共同作業所なんだけど。」

V 法人化を求める理由
 1.個人に依存せず組織として認められる
 野田さん「これ(ちくま)は全く民間で、要は個人のものなんですよ。法人化することになると、会社と一緒で組織になるんだよね。財産も借入金とかそういう資産も団体として持ったほうが、継続できるんじゃないかっていうことで、法人化を目指すことになったんだよね。」
 宮越さん「公にきちんとみとめられるということで、社会的に信用もえますし。」
 法人という法的な主体として認められ、契約なども法人の名で行えるようになる。預金や土地の所有なども個人名義だとその人が亡くなった時など面倒なことになりうるが、法人名義にできれば活動の安定的な継続がより容易になる。だがこれは非営利特定活動法人(いわゆるNPO法人)の法人格を取得しても得られる。社会福祉法人として法人化を目指すのは、法人化が運営資金の調達に結びつくからである。
 2.助成金を受けられる
 野田さん「民間の方は、たしかにいろんな制度にとらわれないから、自由にいろんなことができるよさもあるんだけど常に資金的には苦しいっていう現状があるんだよね。法人化するとどういうふうに変わってくるのかっていうと、まず、国から助成金が下りてきて、要は予算がつくわけ。そういうお金が国から下りてくるっていうことは、予算がつくわけだから経営がとっても楽になる。」
 法律で社会福祉法人が行うことと定められた事業を行うと助成金が得られる。Iで紹介したように、小規模通所授産施設の場合年額1100万円になる。これが財源になる。とはいえ、コムハウスのような従来型の通所授産施設の場合には1人月約21万円が支給される。通所授産の定員は20人以上だが、仮に15人で換算すると月約 312万、年間では約3700万円だから、それに比べればずっと少ない。それでも、これまでの法定外の作業所への助成金に比べれば多い。今回の小規模通所授産施設は両者の中間に位置づき、経営の苦しい中でやってきた小規模の作業所の財政をある程度改善するものとして登場した。
 また、民間財団からの活動助成など、民間からの寄付についてもより多く受けられることが期待できる。NPO法人でも法人として寄付を受けられるが、社会福祉法人の方が容易のようだ。またNPO法人の場合には寄付に対する控除はない。
 諏訪さん「法人格を持つことによっていろいろなお金の入り方が違ってくるんです。例えば、競輪、競馬、競艇の収益金が社会福祉事業にかなり当てられているんですよ。法人格を持った団体の方が受けやすいんです。法人は社会的な人格を持った目的を持って存在している団体であることを、いろんなルールの中で定められた団体なんです。任意団体にもお金が全然出ないわけではなくて自主的なボランティアグループに50万出たりするんだけども、法人には5000万円出す団体も任意団体に対してはお金はあまり出ないんです。」
 野田さん「10万円寄付してくれたとして(法人格のない)民間の場合、ただ領収書をきってありがとうございましたって言って終わりなんですよ。ところが法人施設になると寄付をくれた場合に法人の領収書がいくでしょ、そうするとその人は申告に領収書をもっていけば、10万円なら約9000円税金が戻ってくるんですよ。9000円の税金って大きいんですよ。それでNPO法人も控除の対象になるかっていうと、まだならないんだよね。」
 3.作業所の活動の拡大
 そしてその助成金が得られれば、いまの活動をより大きくしていくことができるかもしれない。
 宮越さん「地域のニーズにも応えられるということがあります。例えば、町のなかで障害をもった人で、中途退職でリストラにあった人で、ここでもって是非ともつかってくれという人がけっこう来るんですよね。もうちょっと規模を拡大していけば、かなり必要とする人が大勢いるわけですから、そういうニーズに応えられる。」
 諏訪さん「どんなに障害があっても、どんなに重くてもその地域でその人らしく働き暮らし、生きていこうとする人たちをしっかり受け止めていく場所にするんだという理念を掲げて登場してきた共同作業所ですが、お金の問題で結局理念を実践できない現状があるということが今の課題です。養護学校を卒業し一般就労が非常に難しいこの状況にあっては、当然そういう働く場を必要とする人達の声はいっぱい入ってくる。法人格を取ってそういう場所にしていくのは必然なんです。」
 4.グループホームを作る
 さらに、現在作業所の活動を中心に置いているところも、今後ともそれだけをやっていけばよいとは考えていない。
 宮越さん「やはり作業所だけでは将来を考えたときに、行き詰まってくるわけなんですよね。子供たちが年をとってきますから。そうすると、やはり考えられてくるのは、グループホームですね。今、世界的な風潮としまして施設の解体が始まっているんですよね。ノーマライゼーションの大きな一つのうねりとして、施設から地域へという改革がありまして、地域福祉が叫ばれている時代で、その地域福祉の一番はっきりしたものがグループホームですね。老人福祉の方ではかなり先行的にやっていますけど、障害者の方も長野県でやっといくつかできたという感じですかね。松本にはほとんどありません。大きな施設ではなくて小さな施設を街の中に作って、地域の人とかかわる。重い障害をもった人たちの施設がないとなれば、親がいつまでも面倒をみるわけにはいきませんから、親亡きあとの生活を保障するのは、結局グループホームしかないわけですよね。」
 諏訪さん「障害をもつ人の人生は、昼間通える場所があればばら色の人生が保証されているかと言うと、そんなわけではないわけで、つまり、いかに生活全体を充実させていくかということが必要なんですよね。昼の生活は確保されているんだけども、もっと大事なところで言うと居住、生活の場、暮らしの場が非常に不安定です。障害をもつ人達をサポートしているのは家族の努力なんです、今は。昼間の活動の場さえあればいいということではなくて、生活全体をどうやって充足させて行くかというシステム、拠点、そういうものが必要なんです。地域で障害をもつ人が暮らす、生きるためには。社会福祉法人という資格を持っていないと、それらの事業をすることはできないんです。グループホームだと名前を付けて勝手に始めるのはいいんだけども、それは事業として適用を受けないので当然お金は下りてこない。国のグループホームの制度を使って生活の場を経営しようと思ったら400万から500万円のお金が1年間出る。それで世話人さんを雇ったり建物の維持経費に回したりしながらグループホームを運営していくことができるんだけども、それを事業として適用されていないグループホームをやろうと思ったら、どこかにいい寄付してくれる人がいてくれたりとか、自分のお金を出してでもそこで生活するという人はそれでいいかもしれないけども、より安定的な事業を継続させていこうと思うと、国の事業をちゃんと活用していかないといけない。法人格を持っていないと事業を実施できない。」
 コムハウスを経営するアルプス福祉会は、2000年10月から県の事業として助成を受けていた「ことぶき寮」を国の事業としてのグループホームに移行させた。ちくまも将来のことして考えている。
 野田さん「法人化がすんだあとね。そっちの方向に行きたいんだけど、法人化が先だろうって話で、まだ保留です。」

W 法人化を巡る困難
 1.助成金がそう増えるわけではない
 宮越さん「たしかに法人化といえば、いろんなメリットがあるわけですよね。ですけれども、やはり小規模通所授産施設ということになりますと、補助金がなにぶんにも1100万という非常に低額な額に抑えられていますよね。そうすると、無理してでも法人化しても必ずしもそんなにメリットが得られないわけですね。」
 法人格のない共同作業所の運営について、利用者一人あたり5〜9人までは月額4万5千円、10人〜14人まで月額2万4千円、15〜19人で2万2千円の補助金が国や県から出る。15人規模では1月54万7千円で(45000×9+24000×5+22000×1)、年間では656万4千円となる。これだけだとかなり違う。ただ松本市では市がその総額の4分の1を加算するので、パノラマの場合現在の補助金が 800万円ほどになる。そして従来の通所授産施設に比べれる、今度の小規模通所授産施設への助成がずっと低い水準にあることはVで紹介した。そのため、法人化しても今とあまり変わらない補助金しか得られず、他方、法人化すると法の中の枠に入るということで、設備の改善にしても、会計処理や監査の仕事を依頼するにしても、お金もいろいろかかるだろうという。
 大都市圏が多いのだが、地域によっては今回の改定以前に既に助成金が年1100万を超えているところもあり、そこではこの助成金だけを考えるなら経営上の益はない。ただ松本市の場合にはそこまでは行っていないから、小規模通所授産で法人格をとった方がいくらかでも財政的に楽になることは確かである。(ちくまの場合には、パノラマよりさらに人数が多いので、約900万円の補助金を受けているが、法人化にあたっては現在通っている人の中の19人について法人の事業で対応し、残りの人を従来の法定外の作業所というかたちで対応しようと考えている。)そしてVに見た他の利点もある。将来グループホームの事業も行えばそれに対しても予算措置がなされることになる。だからパノラマも法人化しようとしているのだが、そこまではまだ具体的に踏み切れない部分もある。それはなぜだろうか。
 2.お金を用意しなくてはならない
 コムハウスは従来型の社会福祉法人格をとろうとしてとったのだから6000万を集めなくてはならなかった。そこで利用者のとくに母親たちが募金活動をしバザーをし、コンサートのチケットを売り、何年もかけてお金を集め法人化を実現させた。その基本財産が、小規模通所授産の場合、1000万円へと大幅に引き下げられた。それでも1000万円が大金であることには違いない。
 野田さん「何が大変っていうと、一番分かりやすいのは金、資本金1000万円をどうやって集めるか、どこの団体でも一番苦労するんだけれども、組織によっていろんなことがあると思うんだけど。民間の作業所の場合は寄付をした人に税金控除がつかないんだよね。法人施設の方が寄付が集まりやすいんだよ。税制の優遇措置がないと寄付がもらいずらいくて、お金が集まりにくいんだよね。作業所なんかもよくイベントとかやっているけれど準備も大変だし、その間スタッフがもっと大変だよね。それを何回も何回もやっていくわけ。それを法人化しようと思った段階から始めたとして法人化できるまですごく年数がかかるわけ。」
 ただちくまの場合には、長年の活動の中で理解者を得てきたために、そしていささか強引な方法で、かなりのお金を用意することができた。
 野田さん「基本財産は、以前、出資金ていうのを支援者に募ったことがあって、いろいろ言わないから一口10万でお金出資して下さいっていうのをやったの。で、ほぼ1000万近く集まって。出資金っていうのは預かり金なの。相手が返してくれって言ったら返さなきゃいけないお金、その出資金をうちが預かってきたんだけど、今回法人化するにあたってその出資金を寄付にしていただけませんかって話をしたんだよね。そしたら約7割方の人がオッケイってことで、それが基本財産のもとになったんだ。ただね、当時はまだよかったの。バブルが崩壊する直前だったから。今同じことをやったとして1口10万円寄付を誰が出せるんだって話だよね。たまたま集めた時期がよかった。」
 もちろんいつもそうはうまくいかない。無理をしてお金をためなくてはならないことになる。
 宮越さん「毎日毎日が豊かで充実した生活が送られるということがやはり当然前提になりますよね。そこを犠牲にして将来に備えてね、例えば貯金をするとか、行きたいところに行かずに我慢してってことも大事なことなんだけれども、それでいいのかなって考えちゃうんですよね。法人化のための資金にしようとプールしようと思えばできないこともないわけですけれど、どうかと考えてしまうんですよね。だから、ある程度今の生活も重視しつつ、将来に備えるということになると、多少は時間的な経過が必要だと考えるんですね。」
 今の生活を犠牲にするのはためらわれる。もちろん多くの人が法人化のための活動に参画すればその負担もそうでもないかもしれない。けれどももともと人手が足りない。
 宮越さん「スタッフがうちの場合には3人しかいない、手一杯なわけです。そういった運動を進めていく場合にも時間的な余裕や人的な余裕がなかなかないもんですから、具体的に例えば土地を探すとか、市のほうへ陳情に行くとかいうようなことにしましても、なかなかスタッフが動けないと。保護者の方は保護者の方で、やはりだいたい仕事を持っておりますから、そんなに遊んでいる人はいないわけですね。そうすると、法人化のための運営委員会みたいなものを作って運動を進めていかなければというのはあるんですけど、具体的にそういう組織作って運動を進めていくってなってきますと、なかなか難しいと。」
 作業所の運営に関わる組織や人たちが当の作業所の直接的な関係者ではないことも、法人化のための積極的な活動がなかなかできない一因のようである(パノラマについては、いっそ長野県の知的障害者育成会の方を法人化してしまい、その傘下に入るという案も検討されているという)。コムハウスの場合には親たちが動いた。ただ二つ目、三つ目の施設となると、関わりが薄くなるから難しい部分も出てくるという。ちくまの場合には、親には親としてのことがあるだろうからということで、最初から親たちに運営への直接の負担を求めず、スタッフや関係者がその長年の活動の中で築いてきた蓄積を生かして法人化を実現しようとしている。どのような活動の形態、支援の体制があるかによっても事情は変わってくるようだ。
 3.土地・建物のこと
 借りたお金も含め1000万円あれば、小規模通所授産施設としてともかく法人化することは可能ではある。ただ賃貸にせよなんにせよ、作業所である限りは場所が必要であり、法人化するかどうかとは別に、これは大きな問題である。
 パノラマの土地・建物は不安定な貸借関係になっている。安く貸してもらっているのだが、持ち主が亡くなるようなことでもあると、相続税対策で売りに出されてしまうかもしれず、高くて買えないが、新たな場所を求めるのは難しい。
 宮越さん「これから土地を確保していかなきゃいけないということになりますと、どうしても単価が安い山の中か、特別松本市から離れたへんぴな所でないと確保できないという問題があるんですね。せっかく町の中で地域の人たちと関わって、喫茶をやったりね、こういうところで作業所をやって、ある程度成果があがっているわけなんですけども、そこを断ち切ってタヌキの出るような山奥に行かなければある程度の土地が確保できないという非常に悲しい現実もあるもんですから。」
 コムハウスの立つ土地は、パノラマのある土地の価格よりはかなり安く取得することができ、その上に法定の基準より立派な建物を建てた。建物については国が50%、県が25%出すので、自前で用意するのは25%だが、土地の方は全額自前で用意しなくてはならない。合せて6000万円のお金をなんとか作ったのである。その後、今回の小規模作業所の法人化の道が開かれたのだが、それでも障害の程度の重い人により多い人員で対応しようとすれば、従来の通所授産施設ということになりその場合にはやはり多額のお金が必要なのである。
 ちくまの場合、松本で最初に作業所を作った時、前例がない中で市が土地を貸してくれることになり、それ以来無償で貸与されるかたちで運営してきた。今回の法人化にあたり土地の賃貸料を市に払うことになりそうだが、それでもかなり低額に押えられると言う(施設の建設費は日本財団の助成に応募している)。それが先例になって、市の土地や建物を無償であるいは安く借りられるようになると、運営がより容易になり、街の中での活動を続けることもできるだろう。
 4.手続き
 ちくまでは12月の中旬にある法人化の審査会に向けて、書類作成の作業をしていた。
 野田さん「一番の苦労はね、1番から12番(設立認可申請書、定款、添付書類目録や設立当初の財産目録などの12項目)の、こういった書類を県に提出しないといけないんだよね。うちたちは実質的な準備が(2001年の)6月から始まっているんだけど。例えば1000万円の資産が必要でしょ。残高証明書とか、現金とか預金証券の場合は証明書が必要。建物がすでにある場合は建物の登記書。これらを設立認可申請書と合わせて県の方に出して、12月に法人化の審査会があって、そこで法人格を与えていいかという審査が行われるんだって。資産と建物の構造とか最低限のものをクリアできていれば、よっぽどのことがなければ後はとんとん拍子なんだけど。その審査会が終わって、そんじゃあオッケイってなった場合は、もっと細かくいろんなものを出さないといけないんだよね。」
 ちくまでは既に法人化を取得した団体の書類を参考にしながら書いていた。一つの項目につき何枚もの書類を正確に書いて県の方にださないといけないので、手間のいる作業である。NPO法人の場合はより容易だが、それでも書類作成は面倒だ。長野県内では「長野県NPOセンター」(http://www.ldp-jp.net/npolink/nagano.html)が、書類作成・手続きのための助言をしてくれる。ちくまも先行して法人格を取得したところに教えてもらったり、財団への助成申請の書類作成を支援者に手伝ってもらったりしながら、作業を進めた。
 5.活動の多様性の維持
 Vの2でも「民間の方は、たしかにいろんな制度にとらわれないから、自由にいろんなことができるよさもあるんだけど」という言葉を引いた。実際、上田市の「わっこ福祉会」はちくまと同様作業所や介助者派遣、移動サービス等を行っている団体だが、NPO法人を選んだ。他方、ちくまは考えた末、社会福祉法人で行くことにした。ただ多様な活動を展開する民間団体としての性格をどのように維持し発展させていくかを考えている。
 野田さん「法人化していくとやっていい事業ってのが限定されちゃってるよね。今現行でちくまでやっている事業はいくつかあって、法人の枠におさまらない事業もあって、それをどうするか。やめるのかそれとも今後続けていくとしたら、どういった形で続けていくか内部でまた考えなきゃいけない。法人の中でやっていけるのはやっていくし、法人の枠の中でやってできないのはあくまで民間で続けていくつもりなんで。現状いるスタッフがやっている移動サポートとかもやめるつもりもないし、それをさらに続けていくには民間のままの方を残しておいて、これからも新しい事業をやろうかという時にどうやってやろうかということだよね。こっちじゃダメですっていわれたらこっちでやればいいんだから。そういうフットワークのいい組織でいたいから、民間と法人両方でやっていくと。今までやってきた中をふりわけなきゃいけないわけなんだよね。みんなでどのような事業を残してどういった事業をやめてくのか、つぎに新しい事業を立ち上げようとすればどの部門でやるか、というのを整理しないといけない。」
 移動サポートは法人でない組織が運営し、当然飲み屋もそうなる。石鹸製造・販売は作業所の事業してもよいが、これも活動の自由があった方がよいので、法人外の組織の仕事とする予定だ。
 このように法人化を追求しながら、民間の機動性、柔軟性を活かした活動をしていくには、行政の理解も必要である。今回の社会福祉事業法から社会福祉法への改定には民間の多様性を発揮できるようにとの意図があるのだがそのことを理解し、従来の発想にとらわれない対応が求められる。
 野田さん「窓口の人の性格とか考え方一つによって、スムーズに進んだり、えらく手間を取られたり、あるんだよね。だからそういったのをクリアしていくのがけっこう大変で。なにか事業はじめるとか、こういう新しいのをしたいってけっこう現場サイドではかなり先に進んでるんだけど、行政の方が意識としては遅れている。だからその遅れている行政をうまくひっぱりあげて行くには交渉能力なんだけどね。それはみんなができるわけじゃないよね。なかなかそういうのが苦手だっていう人もいるし、そういうのにたけた人が団体にいればいいけど、いない場合は真っ向から窓口に行って、ってことになっちゃうでしょ。そうするとかなり苦労するよね。本来はそうじゃなくて、民間で作業所があって法人化したいって言って行ったら安く土地を提供するよとか、そういうきまりになっちゃえばいいわけ。そうするといちいち窓口に行って折衝しなくてすむわけ。こういった苦労がけっこう大変なんだよね。」
 こうした折衝の末、ちくまでは、建物は法人施設が所有するが、2階に法定外の活動をする組織を同居させることについて県の了承を得た。

X おわりに
 インタビューをする前には、法人格を取得しようとするのは資金的な安定を図ることが主だと考えていた。しかしそれだけでなく、障害者が生まれた地域でその人らしく働き暮らしていけるような場所を提供していくために受け入れ場所を確保していくことであったり、法的に認められることで団体として社会的な信用を得るために法人格を取得しようとしていることがわかった。また、日中だけでない暮らしの充実を図るための一手段として、グループホームの必要性を強く考えていることも分かった。そしていずれの作業所も、法人化は共同作業所の最終目標ではなく、あくまで地域での豊かな生活を築く上でのワンステップであり、スタートラインであると捉えていた。
 だが、実際法人化を進めていこうとするとなかなか難しいことがわかった。行政側の意識の遅れによる部分もあると思う。しかし、行政側だけの問題ではない。作業所が法人化に向けての署名活動を行っているように、福祉の現場ではさまざまなことが行われている。私達も障害者の今の暮らしに対して関心を持ち理解を深めていくことも必要なのではないのだろうか。
 法人格を取得するには多くの条件をクリアしていかなければならず、それにはさまざまな努力が必要であることがわかり、法人化運動に携わっている方々のご苦労は理解できたが、利用者の方々は一体どれくらい理解して法人化することを望んでいるのかを知るために直接聞くなどして両面から法人格を取得していくこととはどういうことかを考えていく必要があったと思う。また、法人化することで、スタッフそして利用者が経済的な面でまた精神的な面でどれくらい豊かな暮らしを送れるようになるのかも気になるところである。
 最後になりましたが、宮越さん、野田さん、諏訪さん、その他のみなさん、そして直接ご指導をいただいた立岩教官に深く感謝いたします。


★01 共同作業所全国連絡会(共作連)『第24回全国大会要綱・資料集』による。全国組織として他に「差別とたたかう共同体全国連合(共同連)」
★02 「社会の増進のための社会福祉事業法等の一部改正する等の法律の概要」(厚生省、2000年、http://www1.mhlw.go.jp/topics/sfukushi/tp0307-1_16.html)「社会福祉法人の要件緩和、小規模通所授産施設の概要」『きょうされん』2000年。
★03 ちくまの移動サービスについて、その開始の年に調査した先輩達の研究報告がある。武井美里・森本敏恵・若月美樹・和田ゆかり「障害者の外出支援サービスの調査研究」1998年信州大学医療技術短期大学部看護科卒業研究レポート。


……以上。以下はホームページの制作者による……


REV: 20170127
信州大学医療技術短期大学部  ◇自立支援センター・ちくま(長野県松本市) http://www.azumino.cnet.ne.jp/human/chikuma
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