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精神障害者の恋愛と結婚について

浅川 恵美  小幡 藍  川井 美佳 (1999年度信州大学医療技術短期大学部看護科3年)
卒業研究レポート 19991224提出



はじめに

 昨年の秋、あるニュース番組で障害者の性に関する特集がありそこで紹介された『障害者が恋愛と性を語りはじめた』という本を読んで、障害をもつ人も健常者と同じように結婚や性に対する関心があり何も違いはないということを知り、障害者の結婚や性に興味を持った。
 そんな中で、私たちは実習で精神障害者授産施設に行き、そこで精神障害者の方々とふれあう機会があった。そこではスタッフの方々が恋愛や性に関する悩みに対して、相談を受けたり実際にケアを行なっていることを知った。また、メンバー同士で結婚している方がいて、その方たちが地域や医療施設などの連携の下で生活していることを知った。
 そこで私たちは地域に住む精神障害者の方々も自由に恋愛や結婚ができることを多くの人に知ってもらいたいと思った。そして、地域で暮らしている精神障害者の方々や、彼らと関わっている保健婦や看護婦、施設スタッフなどの話をうかがい、精神障害者が恋愛や結婚をどうとらえ、また実際に結婚している人にどのような苦労や悩みがあったか、結婚によって自分の考えや生活、病気にどのような変化が生じたかを明らかにする調査を行なおうと考えた。

T 研究方法・対象・経過

 (1) A市にあるA精神障害者授産施設を訪問し、その施設に通うAさんBさん夫婦のことを知った。2人はこの授産施設で出会い、1996年に結婚し、現在お子さんと3人で暮らしている。結婚までの経過や関わり方について、インタビュー調査をスタッフの方に行なった。その中で保健婦が関わっていることを知り、その方たちにもインタビューを行なった。
(2) 「精神障害者デイケア施設連絡会」に参加した。この連絡会は長野県内の精神病院内デイケア施設の集まりで、年に2回テーマを決めて話し合いがなされており、今回のテーマが恋愛だった。そこでスタッフがどのように恋愛に対処しているか聞いた。
(3) 精神病は思春期に発症することが多く、性教育をきちんと受けていないケースが見られる。そこで松南病院では「性教育講座」を行なった。その内容からどういった意識が必要か検討した。
(4) C保健所C支所を訪問し、精神障害を持ちながら地域で生活している夫婦についてどのような関わりをしているか保健婦に話を聞いた。また、実際に保健婦が訪問しているCさんDさん夫婦に会い、今までどのような補助的な援助を受け、自立して生活してきたかその過程を聞いた。夫婦は知人の紹介で出会い、1983年12月に結婚し、翌年第1子が生まれる。現在3人暮らしである。

 8月10日 A精神障害者授産施設訪問
 9月1日 Eさん(A精神障害者授産施設指導      員)へのインタビュー/A市役所訪      問、保健婦へのインタビュー
 9月4日 精神障害者デイケア施設連絡会参加
 9月12日 木島さんへのインタビュー
 9月25日 Fさん(B病院デイケアスタッフ)      へのインタビュー
 11月30日 C保健所C支所訪問 CさんDさん      夫婦へのインタビュー
U 結果

1 出会い・付き合い方
 授産施設やデイケアなどの生活訓練や社会復帰を目指す場で出会うことが多いようだ。やはり同じ障害を持っているということで気持ちを共有しやすいようである。その他に、お見合いで知り合うケースもある。しかし、実際にお見合いを何度か経験した人は「病気があり職業がなく家が農家であるという最悪の条件だから誰も来てくれず、失敗ばかりだった。それに、病気のことが後ろめたくつらかった。」と話してくれた。お見合いという形式ばったかたちではなく、知人の紹介を受けたらいい人にめぐり合えたそうだ。
 よい相手がみつかったら交際期間を長くもつことがよい。そうすると障害の癖やその人の性格がわかってくるし、その上で結婚するのがベストである。その間親同士も、よく交際して理解し合うことが必要だ。
 AさんBさん夫婦の場合は授産施設で知り合い、作業の後、仲間同士で喫茶店やカラオケなどに何度も通い、作業所以外での交流を通じて、友人という付き合いからはじまった。付き合いが進むにつれ、友だち感覚から恋愛感情に変化してきたようである。
 AさんBさんも通っている授産施設のメンバーで、健常者と付き合っている女性に、ドクターに付き合っていることをまず話した人がいた。そしてドクターから、「よかったね。話してくれてありがとう。まず相手の方に病気のことを話して、それからこちらからも説明してあげるから連れておいで。」と言われた。そしてその本人は相手をドクターのところへ連れていき、相手は病気のことを理解してくれたようである。そのことについて本人は「心の中がすっきりした。肩の荷がおりた。」と言っていた。このように付き合いをドクターに認めてもらい、相手に病気のことを理解してもらうと、本人の不安が軽減し、また自信にもつながる人もいる。
 また、人との距離の置きかたがよくわからず、お互いの距離が近くなりすぎると負担になり混乱してしまうことがある。こういったときには、彼らの訴え、症状の悪化などから身近にいるスタッフや保健婦がその状態に早く気づき、ゆっくり話を聞き、近くで見守っていることを伝える。そのとき他のメンバーは「どうしたら2人の付き合いがうまく続けられるか。」と、みんなで考え、それぞれのメンバーがそれぞれの言葉や態度でアドバイスしていた。ドクターはおもに疾患や薬に対するアドバイスをする。それに対してメンバーは身近な問題に対してアドバイスができる。また、同じ立場から考えてあげることができるのではないだろうか。時に、同じ心の病気を持ったメンバーからのアドバイスは、ドクターやスタッフからの言葉よりも説得力があるようだ。
 結婚を意識し始めると、男性は女性を養っていかなければならないと考え、収入を増やさなければ、自立しなければという気持ちが精神的負担になることが多い。あるカップルの例では男性のほうが結婚を意識し始め、仕事を見つけ、車を購入しローンを組んだ。それまで彼は生活保護を受けていたが、車を買うことにより生活保護を受けることができなくなった。そして仕事を始めて、ローンを支払っていこうとしてとてもがんばっていたが、そのことがだんだん負担になってきた。そして、仕事を休むようになりローンも支払えなくなり、彼女にお金を借りるようにもなった。それから彼は調子が悪くなり病院に入院しなければならない状態までになったが、彼女と支え合いなんとか入院せずに乗り越えた。その後彼は仕事を辞め、車を手放し、また生活保護を受けもとの生活に戻った。やはり、自分で身を持って理解してもらわないと病気をコントロールすることができない。彼は「お金を稼ぎたい」という気持ちと「精神的な安定」を天秤にかけ、結局は精神的安定を選んだのである。
 もっと深刻なケースになるとがんばりすぎて自分を追い込み自殺未遂まで起こしてしまった、ということもあったという。結婚は人生の大きな節目となりまた、世間から認められるといった社会的な意味もあり、憧れも大きいのだが、この言葉は大きなプレッシャーともなっており、少なからずその人に精神的負担を与えていると考えられる。そのためその人を取り囲むスタッフはいつでも相談できるような雰囲気をつくったり話し出すきっかけをつくる必要がある。また、相手が相談してくるまであえて話題にふれずそっとしておくという関わりが必要なこともある。

2 結婚の一般的状況
 結婚生活のあり方は様々であるが、一般的な状況を私たちの周囲の例から見ると、結婚してその生活が続いている人には、「症状が比較的安定している」、「病気の自己コントロールができている」、「生活の基礎ができている」、「2人で支え合っている」等々の条件をクリアしている人が多いということは見逃せない要因である。もちろんそうでない人でもうまくいっている例はあるが、結婚はしたけれどもうまくいっていない、あるいは、うまくいかなかった人たちには、結婚を続けている人とは反対に、「病状の変化が激しい」、「病気の自己コンロールが十分にできない」、「生活の仕方が身につかない」、「病気についての認識が不十分」等々の要因がみられることが多いようだ。結婚した場合、生活環境の変化に適応するまでに時間がかかるので、環境に慣れ、同居人と気心が知れるまで、しばらくはゆったりと生活をしたほうがよいと考えられている。
 相手に病気を隠しての結婚という場合には、薬を飲むことも、通院することもままならず、苦しい時の相談もできないため、一人で背負い込むことになり、どうしても無理を生じがちとなる。
 精神障害者同士で結婚したDさんは、「相手が病気を持っている人でかえってよかった。」と言っていた。同じ病気だと相手のことがよくわかるため、調子が悪くなり症状の悪化が見られても、「病気のせいで今この状態なのだ。」とわかるので、それに対する優しい言葉がけや、「今少し興奮しているよ。」という受け止め方ができ、お互いがお互いを支え理解しあうことができる。他方、病者が健常者といっしょになった場合でも、病気のことが十分理解され、愛情を持って支えられ、すばらしい家庭生活を続けている例がいくつも報告されている。
 ただ、病者側の家族が、かつての学歴とか職歴の輝かしい過去が忘れられず、病気をいまわしいものと位置付け、現実から逃れようとするとき誤算、無理が生じてくることがある。大切なのは、“世間体”や“常識”などに縛られずに、病気の現実をよく見て対処していくことである。

3 性教育 (松南病院での例から)
 今年8月下旬、松南病院のデイケア施設で「性教育講座」という取り組みがなされた。精神病は思春期に発病することが多く、性について正しい教育がなされていないケースが多くみられる。昔から障害者の恋愛や性はタブー視されてきた。この病院でも、恋愛や性の問題について長い間否定的だった。病院は治療の場であるということで、恋愛や性の問題が起こらないように管理したり、問題が起こってもオープンに話ができなかった。しかし、実際には恋愛や性の問題はたくさん起こってきていて、対応に困っていた。そこで、外部の講師を招いて性教育講座を行なうことにした。
 講師には、性を開放的なイメージで明るく楽しく話してくれ、人権を大切に考え障害者を正しく理解してくれる市内在住の木島さんを選定した。木島さんは、県内では数少ないエイズ患者・エイズウイルス(HIV)感染者の人権擁護を呼びかけている市民グループ「風千草の会」の座長である。人形劇やエイズで逝った人たちを悼むメモリアルキルトなどで、他者への思いやりや弱者との共生の大切さを訴えている。
 講演の前には病院内でカンファレンスが何度も持たれた。そこでは、実際に起こっていることを隠しても何の解決にもならないし、通所者たちも相談する人がいなくて困っている、また、恋愛や性が「いけないもの」と両親やスタッフから言われているので、自分が恋愛感情を持って付き合ったりしていることに罪悪感を持っている人がいるという意見が出された。そのため、もっと恋愛や性に対してオープンに話ができるような環境づくりに取り組んでいくことにした。初めは消極的だった病院の院長や事務長なども、臨床場面で起こっているのだから無視できないということで認めてくれた。
 木島さんの講演の前には院長が自分の性に関する考えを語り、病院内でも性をオープンに語ろうという雰囲気を作ることができた。木島さんは、「人は生きていれば人を好きになるし性衝動も起こるのは当たり前だから、恋愛をすることは悪いことではない。みんなお父さんとお母さんが性交して生まれてきた。また、性行為は赤ちゃんをつくるためだけでなく、相手と愛し合うためにもする。でも、身体的、経済的、社会的にも赤ちゃんができても責任を持って育てられないときなどは、避妊をしなくてはならない。また、性感染の予防のためにもコンドームを使用しなければならない。」と語り、人形を使ってコンドームの使用法を説明し、通所者にも実際に人形で練習してもらった。
 「精神障害者だからといって、特別何か配慮したということはなく、中学生や高校生に行うのと同じように話した。みんな自分にも起こっていることだから、性については興味があるので素直に聞いてくれた。通所者の方もまたスタッフの方も恋愛や性は悪いことではないとわかってくれたと思う。そして、何か悩み事があったときにはスタッフの方に相談できるような雰囲気をつくることが今回の目的だった。講演の後には私の周りにみんなが集まってきて、『自分はこういう経験がある。』とか『こういうことが不安だ。』と話しにきた。とても暖かい雰囲気で話をすることができ、今回の目的は達成されたと思う。施設では、こういった問題が起きないように規則を作って管理したりしているが、それは間違っていると思う。人は生きていれば恋愛をするし、性の問題も起こってくるので、もっとオープンに話し合える雰囲気が大切である。スタッフや世論で『性行為は悪いこと』という考え方を通所者に与えると、通所者は『自分は悪いことをしている』という感情を持ってしまう。だから、スタッフが今回この講演を聞いて『こういうふうに具体的に話をしていいんだ。』ということがわかってもらえたのでとても進歩したのではないかと思う。スタッフにそういった問題の受け入れ体制があれば、通所者は何かあったとき相談できるし、みんなで考えることができる。まずは、オープンな暖かい雰囲気をつくることが大切である。これからはいろいろな問題が起きてもみんなで話し合い解決することができるのではないか。」(木島さん)
 こういった取り組みを行なった施設はまだ少なく、恋愛や性の問題について避けているところが多いが、この講演をきっかけに性への意識を高めることができればよいと思う。通所者を性感染から守ったり、望まない妊娠を防ぐためにも正しい知識を与えることは大切である。また、スタッフも性については戸惑いがあったり知識不足であったりする。スタッフも通所者と同様に知識を深めて、性について寛容になるべきではないだろうか。

4 実際に結婚した人の結婚への考え
 精神障害をもちながら結婚し、16年経つ夫のCさんと妻のDさん夫婦にお話をうかがった。2人は知人の紹介により1983年の3月に出会い、12月に結婚し、翌年1児をもうけた。当初は夫婦のほかに夫の父母、妹と暮らしていた。Dさんにとって舅、姑がいることは大変な負担だったという。また結婚後10年の間に妹の結婚、父母の死などいろいろなことがあり、2人はたいへん苦労したとのことである。
 Cさんが結婚を考えたきっかけは、あるときに偶然同じ病気をもつ友人が女性と2人で一緒に暮らしているところに出くわしたことだった。とても2人が幸せそうに見えて、やはり1人で過ごすよりも2人で過ごしたいと強く感じた。Dさんのほうは跡取りで家がある人と結婚したいと思っていたらちょうど条件に合った人が現れ、それが今のCさんだった。
 「結婚するまでは自分のことばかりを考えていたから悪くなっていたと思います。また競争社会にのみこまれて疲れてしまっていました。36歳という年齢で早く結婚しなければという焦りを感じ、寝ているときに『お前は結婚できない』という声まで聞こえてきて、すごく不安で、調子も悪くなっていました。しかし、結婚してからは自分のことだけではなく、Dのこと、子どものことを考えるようにななりました。私が思うに、結婚すると自分にだけ注意が向くことがなくなるから症状が安定したのだと思います。」
 「結婚するときは相手の条件を選びがちです。でも結婚してみて感じたことは、いくらよい条件の人を選んだとしても、その後の結婚生活で努力をしないといけないということでした。どんな人間でもよいところが、必ず一つはあります。それを見つけて、認め合うことが大切だと思います。」(Cさん)
 「もし私が普通の人と結婚していたらとっくに追い出されていたでしょう。相手が同じ病気だったからよかったと思います。相手も自分と同じような体験をしているからわかってくれる。たとえば、朝、調子が悪くて起きられないときでも黙って起こさずに待っていてくれたりすることが、ほんの些細なことですが、とてもありがたいです。」(Dさん)
 現在2人は子どもと3人暮らしである。そして2人で農業をして家計を支えている。農業なら時間に制約がなく、自分たちのペースで仕事ができる。「疲れたり落ち着きがなくなったりするとすぐ横になったり、お茶を飲んだりと一息ついてから作業を行なうように心がけている。」と、自分たちでコントロールしているようである。
 「人間関係は宝です。人間関係を築くことは誰もにあるテーマだと思います。私たちはその人間関係に助けられています。たとえば、同じ学校の同窓生というつながりや子どもの学校がつながりで家で作った作物を買ってもらったりしています。そういうつながりで人間関係が広がっています。」(Cさん)
 夫婦は「現在、困っていることは特にはないけどあえて言うならばお金のことです。でもお金がある人は忙しく時間がない。私たちは、お金はそんなにないけれど時間がある。それだけでいいのです。私たちは障害年金をもらわずに生活していくことだけでいいのです。」と話した。

5 結婚に対する家族の考え
 家族によって結婚に対する考え方は様々である。
 障害者同士が結婚するときには、それによって家族の負担が増えるのではないか、と考える家族もいる。自分の子どもを過小評価している部分もあって、自分の代わりに保護者あるいは親代わりになって面倒を見てくれる人がほしいと思う。それが健常者を結婚相手として選んでほしい、という願いになるようだ。子どもに恋心が起きないようにと願っていたり、“躁”の状態より“鬱”の状態の方が楽だという家族の方もいる。
 あるデイケアで知り合って交際しているカップルがいた。彼女の母親は、友だちとしてデイケアのメンバーと付き合うことは認めていた。デイケアのメンバー同士でカラオケやボーリングなどに遊びに行ったりすることに反対していなかった。しかし、彼が結婚を意識し始め彼女に指輪をプレゼントしたことがきっかけで2人の交際が彼女の母親に知られることになった。彼女の母親は、デイケアのメンバー同士の友だちづきあいは認めるけれど、恋人として交際することには反対であった。同じような病気を持っている男性に、娘が苦労するとわかっていて嫁には出せない、というのである。母親は健常者と結婚すれば娘の負担が少なくてすむと考えているようだ。母親は娘のことを思って反対しているため、デイケアのスタッフは母親に対して強く「2人のことを認めてやってほしい。」とは言えず、現在では彼女の母親に隠しながら交際を続けている。しかし隠して交際するということは2人にとっても、それをうすうす感じている母親にとってもストレスになってしまう。スタッフは今後どのようになっていくかわからないが話をよく聞き、よい相談相手としてかかわっていきたいと語ってくれた。
 結婚に対して肯定的な見方をする家族もいる。ある家族では息子が結婚を意識するようになってくるとお見合いを勧めた。しかし、病気があり、また職についていなかったりするため、なかなか結婚には至らなかったが、知人から現在の奥さんを紹介され、奥さんも精神分裂病という病気であったが結婚が決まった。その時には家族も祝福してくれた。また別の例では、県の社会復帰対策として精神障害者を受け入れてくれる会社を紹介してくれる制度があり、その会社で知り合い結婚することになったカップルがいた。2人とも精神分裂病であったが、結婚する際には、彼女の母親が精神障害者の家族会に参加し、そこで悩みや不安を相談していた。男性も女性も父親が亡くなっており、母親と2人暮しであった。自分の子どもが結婚するということは親にとってうれしいことであるし、結婚することにより自立心が強くなったり、支え合い相談する相手ができるため両親も安心なのではないだろうか。結婚前は両親が地域の保健婦に相談したりして結婚に至っていることが多い。また、本人にとっても親に認めてもらったということが一つの励みになっている。

6 子育て
 AさんBさん夫婦の場合は、保健婦が夫婦の通っている授産施設にきて、普通は保健センターなどで行なっている両親学級の内容を教えた。おむつの当て方・衣類の交換・沐浴の仕方など具体的に教えてくれた。また保健婦、授産施設のスタッフとその知り合いが、以前使用していた赤ちゃんの洋服、ベッド、沐浴漕などの育児に必要な物品を集めて、AさんBさん夫婦に提供した。
 出産してから約1ヶ月入院し、外泊というかたちで時々家に帰り、その外泊で、自分たちで子どもの世話ができることを確認してから退院することになった。入院中「子育て体験入院」に参加し、2泊3日母親と赤ちゃんは入院して、父親は朝から病院へ行って1日過ごして家に帰るという生活をした。そこで、実際の赤ちゃんの接し方、沐浴の仕方、ミルクの飲ませ方など具体的に体験することで子育ての技術を身につけていった。病気により経験不足だったり、理解するのに時間がかかることがあるが、実際に行なうことで覚えていけるようだ。子どもが大きくなる過程で遊び方が変化してくるが、その面では「あそびの教室」(*)に通うことで、保育士・保健婦・他の母親の子どもへの関わり方を見て覚えていった。
 現在子どもは保育園に通っている。その利用にあたり、保健婦が園長や保育士にきちんと病気について説明し理解を得て、ケースワーカーが入園してどのくらいお金がかかるか具体的な数値を調べ、夫婦でどのようにやりくりしていくか考え、力を合わせて、病気に無理のないように働きながら通わせている。時々授産施設に子どもを連れてきており、メンバーみんなの人気者で明るく元気に育っている。
 CさんDさん夫婦の場合は結婚した翌年に女の子が生まれた。特に病気もせず元気に育った。小さい子だと相手にしてもらえないとぐずったり、そばによってきたり、わがままを言ったりするが、母親の具合が悪くて寝ていてもぐずったりすることはなかった。縁側で折り紙などの一人遊びをすることが多かった。AさんBさん夫婦は自分たちのできる精一杯のことをやって子育てをしてきて、それが子どもにも伝わったのではないか、と語ってくれた。それでも、一人遊びをして、ぐずったりわがままを言ったりしない子どもを見て、不憫に感じたこともあるそうだ。
 お子さんは小学生のとき不登校になった。そのときには母親が不登校の子どもをもつ親の会という自主組織に参加し、そこで悩みを相談したりしていたようである。現在では中学生になり、両親が朝まだ寝ていても起こすことはなく、自分で起きて食事をして学校へ行っている。反抗期で口答えしたり、親をうっとうしがることもあるようだけれど、両親の病気を理解しとてもしっかりしたやさしい子に育っている。
(*)あそびの教室:精神障害のある親は、子どもに対する言葉がけや接し方がわからなかったりうまくできないことがある。そのため、子どもの精神や知能の発達に遅れが見られる場合がある。そこで、A市にはこのようなケースを含め、発達に軽いつまずきのある子、育児に心配をもつ親を対象に、療育や専門スタッフの指導により親子関係を豊かにし、乳幼児の発達を促す「あそびの教室」がある。ここでは、親子で楽しく繰り返し遊ぶことを中心として、子どもの健やかな心身の成長にまた親の育児不安解消に役立てている。

7 経済面
 AさんBさん夫婦は2人の生活保護費とA授産施設での収入、Bさんの障害基礎年金で生活している。障害基礎年金は月約8万円くらいで、A授産施設からの収入は多いときには2人で2万円くらいになる。生活保護費は、基準額から障害基礎年金を含む収入を差し引いた額が支給され、2人で約11万円、合計で約21万円ほどである。障害を持っている人は優先して公営住宅に入居できる。AさんBさん夫婦も、公営住宅の抽選に当たり、現在公営住宅に親子3人で暮らしている。
 CさんDさん夫婦は、自営業で農業をおこなっている。この夫婦は、障害基礎年金をもらうと「障害者」というレッテルを貼られるのでもらわない、と言って自活している。りんごと桃は、近所の人や親戚、子どもの友だちの親、昔の友人などが買ってくれるそうだ。しかし、農業は台風の被害を受けたり冷夏の年などには収穫量が減少したりして収入が安定しない。不作の年には社会福祉協議会の貸付制度を利用して生活している。Cさんが農家の跡取りであるので住宅には問題はなく一戸建ての家に親子3人で住んでいる。

8 2人へのスタッフの関わりかた
 ◇授産施設指導員:AさんBさん夫婦が付き合い始めてから結婚して現在に至るまで関わってきた指導員に話をうかがった。「このカップルは自分たちで決めたことを私に話してくれたり、困ったときは相談してくれたのでアドバイスをした。けっしてこちら側の考えを押しつけることはなかった。私は出産や育児の経験があるからそういうことに助言ができたと思う。経験がない若い人だとそういう助言ができなかったと思う。私と2人の関係は指導員と通所者というものではなく、すこし年の離れた友だち同士という感じだと思う。ほんとうに2人で助け合って生活しているのでそれを見守っている。施設には他にも通所者がたくさんいるので2人だけに特別関わっているということはない。」
 ◇保健婦:AさんBさん夫婦には授産施設担当保健婦と地区担当保健婦が関わっていた。2人は授産施設の指導員と連携をとっていて、授産施設内外での様子を共有していた。妊娠したときには親身になって相談にのり、初回の診察に付き添った。出産後は普通に沐浴指導・離乳食の指導等の育児指導を行なった。結局、沐浴させたり、ミルクを与えたりなど日々の関わりは本人たちが一番やらなければいけないことだから手を出さないようにした。現在、子どもは保育所に通っており、保健婦は月一回家庭訪問を行っている。家庭訪問の内容としては様子を見て、不安なことはないかなどを聞いたりしている。保健婦は「精神障害者だからという関わりはまったくしていない。普通の家庭訪問と同じである。ただ当たり前のことをしているだけだから。」と強調していた。
 ◇看護士:「デイケアのメンバーは高校や大学で発病している人が多く、その時点で精神的な発達が止まってしまっている人が多い。そのため精神的なサポートが必要になってくる。また恋愛の回数が少ないためどのように異性と付き合っていけばよいのか、どのように恋愛してよいのかわからないメンバーもいて、そのような人に対しては悩みを聞いたり、相談に乗ったりしながら指導していく。恋愛についてはこれが正しいという結論はなく、自分の経験を活かして関わっている。アドバイスはするけれど、考えて結論を出すのは本人たちであり、双方で励まし合ったり、話し合いの機会を多く持ち、2人で高め合っていくことが大切だと考えている。恋愛はうまくいくこともいかないこともある。失敗して精神的に不安定になってしまう人もいるが、それは決してマイナスにはならないと思う。一つの経験として苦しいことも乗り越え学習し、次の恋愛に活かしていくことができる。精神科は話をすることが治療の一部であり心のケアが大切である。友だちのような関係をつくり、いつでも相談しやすい雰囲気作りを心がけている。信頼関係が大切なのでプライベートでも深く関わっているが、あまり深く関わると自分も一緒に苦しくなってしまい、つらいこともある。他のスタッフではまた違った関わりをしているので、違う見方もできると思う。間違った関わりというものはなく、これからいろいろなメンバーやスタッフと関わってメンバーを支えていきたい。」(B病院のデイケアで働く看護士)

V 考察

 精神障害をもつ人たちは障害をもたない人たちと同じように恋愛や結婚をしたいと思っているが、病気が思春期に発症することが多いために、人との付き合いが苦手だったり恋愛経験が少ないことがある。恋愛についての悩みは健常者と同じだが、そのことだけに固執してしまい他のことが考えられなくなったり、幻聴などの症状として現れてしまうことがある。そのため、他者の助言が必要であることがわかった。身近にいるスタッフなどの助言によって選択肢を与えられ、自分で答えを見つけて経験を積んでいく。
 結婚する前は「病気があるから自分はずっと一人なのではないか」という不安を持っていたが、実際に結婚すると「結婚してよかった」と思った、お話をうかがった人は言う。結婚するとお金のやりくりが大変であるが、結婚することによって支え合い、相談し、いつも傍にいてくれる相手ができ、それが病状の安定につながっているようである。精神障害をもつ人にとって、一人ではないと感じられることは大きな支えになっている。健常者でも同じことが言えるが、精神病がある場合は症状の安定として現れる。
 デイケア施設や授産施設などの場でも、現在恋愛や性の問題はスタッフにとっての課題にもなっているようだ。今までは障害者の恋愛や性はタブー視されてきたが、現在は“障害者だから”という考えは減ってきており、精神障害者を差別するという考えはなくなりつつある。そのために今まで問題とならなかった恋愛や性の問題は大きくなってきていると考えられる。その中で施設スタッフなどはどう関わっていくかを模索している状態である。しかし私たちが話をうかがったスタッフに共通していたのは、“通所者対スタッフ”をこえた一人の“人間対人間”あるいは“友だち”という関わりを持っていることだった。そしてそれは私たちの目から見てもとてもよい関係だった。

おわりに

 今回の研究を通して「精神障害者だから地域で生活するには特別な援助が必要なのではないか。」という考えはなくなった。私たちが周りの人に支えられているように普通に障害者の方も支えられている。大切なのは、身近なところに信頼できる人がいることだと思った。
 最後になりましたが、AさんBさんご夫婦、CさんDさんご夫婦、授産施設の指導員をはじめメンバーの皆様、保健婦、看護士、精神保健センターのスタッフの方々、木島さん、そして本研究にあたり直接ご指導をいただいた立岩先生に深く感謝いたします。

《参考文献 ・引用文献》
石渡和実:Q&A 障害者問題の基礎知識 明石書店 113-169, 171-235頁 1997
久常節子他:地域看護学講座E母子地域看護活動医学書院 135-137頁 1997
久常節子他:地域看護学講座H障害者地域看護活動90-128,164-171頁 1996
日本精神医学会:心と社会 No.96 1999 33-38頁
厚生統計協会:国民福祉の動向 182-184頁 1998
寺谷隆子:精神障害者の社会復帰−生活を支える精神保健活動 中央法規出版 1988
障害者の生と性の研究会:障害者が恋愛と性を語り始めた かもがわ出版 1994


REV: 20170127
信州大学・信州大学医療技術短期大学部  ◇精神障害・精神障害者  ◇障害者と性
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