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宿泊施設を作りたい
──松本での可能性を探る──

伊原 美紀・奥成 美子・小原 信男・小池 梓
(1998信州大学医療技術短期大学部看護科3年)
卒業研究レポート 19981225提出



はじめに
 私たちは、病気で入院している子どもの家族に宿泊施設を提供する活動があることを小児看護学の講義で知った。それに興味をもった私たちは、日本の状況について、調査研究することにした。
 小児がんなど難病の治療は近年急速に進歩し、多くの患児たちが病気を克服して学校や社会に復帰できるようになってきた。しかしそのためには長期間病院に入院し、骨髄移植や手術、放射線照射などの強力な治療を受ける必要がある。治療は設備、スタッフの整った専門機関で行われ、遠方から高度医療を受けにやってくる。その家族の宿泊施設が必要とされ、東京等ではボランティアなどで運営されている施設が現にあるらしい。しかし、松本では高度専門病院があるにもかかわらず、宿泊施設はない。S大学病院で付き添う家族の状況を知り、宿泊施設の必要性を調査し、今後何をしたらよいか考えたい。そう思って調査を始めた。

1 米国のマクドナルドハウス
 1974年、フィラデルフィアで、アメリカン・フットボールチーム「フィラデルフィア・イーグルス」の選手フレッド・ヒル氏の娘キムちゃん(3歳)が白血病にかかった。この時、ヒル氏の家族は、癌専門病院に通院できる距離に宿泊できる施設がなく、ホテルなどでは膨大な費用がかかるという深刻な問題に直面した。
 相談を受けた当時のフィラデルフィア児童専門病院の小児腫瘍科医長オードリー・エバンズ女史は「大きな児童病院はみな、宿泊に困った人たちのホームを必要としている」と語った。これをきっかけに、フットボールチームの総支配人や仲間の選手たちがエバンズ女史らと宿泊施設建設の運動を展開、地域のロナルド・マクドナルドのオーナーらが基金募集運動に全面協力して、第1号建設にこぎつけたというのである。
 こうして現在、アメリカを中心にカナダやドイツなどヨーロッパの計13カ国に約 180のハウスがある。建物の様子や運営方法は地域によって異なるが、「つらいときこそベストな環境を」という精神はどのハウスにも共通するようだ。
 利用料:1家族1泊5〜15ドル。払えない人は、自己申告すれば免除される。1室の運営費はその何倍もかかるが、利用料との差額は、ダンスパーティやゴルフ大会など、主として地域のイベントを通じた寄付によりまかなわれる。
 利用期間:平均7〜9日。移植を受ける場合などは、待機期間を含め、2年近く滞在する家族もいる。
 運営:「ハウスの心」として、最低1人のハウス・マネージャーが有給で常駐している。家庭的雰囲気をつくることもハウス・マネージャーの役割の1つである。個室の清掃は宿泊した家族の義務だが、清掃の確認や受付けなどには、登録メンバーで 200人を数えるボランティアが4時間ごとにシフトを組んで働いている。有給スタッフは共有部分を清掃するパートタイマーだけである。
 設立方法:マニュアル化されており、@宿泊施設が必要な病院の医療スタッフがアドバイザーとなること、A病気の子の両親を含むボランティア組織があること、B地域のマクドナルド社が協力することが前提条件となる。
 マクドナルド・ハウスを利用する家族にとって、このようなハウスが自分の家のように使える。1人孤独に付き添っている母親も、ハウスに来れば友達に会えるし、つらい治療を受ける子どもが、「ハウスに泊まるなら、僕、病院に行ってもいい」と言ったりしている。(「愛の家」運動ネットワーク会議参考資料集より)
 米国でマクドナルドハウスが成功したのには、以下の点が関わっているのではないか。(1) 日本では小児慢性特定疾患治療研究事業により医療給付が行われているが、米国ではこのようなものがなく、保険制度の違いもあり治療費などが高額になる。家族の経済的負担を少なくするために低額の宿泊施設の必要性が高い。(2) 外国からの患児も多い。(3) マクドナルド社等やチャリティーによる寄付が多い。(4) 米国ではボランティア活動が盛んなので、運営がスムーズに行われている。

2 日本での動き
 東京都中央区築地の国立がんセンター小児病棟には、癌を患う全国の子どもたちが集まってくる。同センターでの治療を切望しているお母さんたちは、入院許可がおりると、地方から身の回りのものだけを持って駆けつけてくる。しかし入院当初は住まいの見通しはなく、安い旅館やホテルを転々とすることも少なくはない。朝10時のチェックアウトで外へ出され、午後3時の面会時間まで5時間、街を歩いて時間をつぶす。晴海の公的宿所を1か月利用したお母さんは、満室の日には行くあてもなく宿を出され、大きな荷物と分厚い電話帳を持って、部屋探しの公衆電話で立ち尽くした。
 同センターによると、小児病棟の平均在院日数は 125.7日。1年におよぶこともある。それだけに、お母さんたちが最も望んでいるのは、米国の「マクドナルドハウス」のような施設だ。そしてそれは、経済的な負担を軽減したいというだけでからではなく、同じ病気を持つ子どもの親たちが励まし会える場所が欲しいからでもある。
 同センターには、7年前から「母の会」ができている。その母の会が中心となって1991年の夏頃「愛の家」建設の活動を開始した。
 1991年7月、訴えをアピールするパネルディスカッションを開催。新聞などにこれが報じられると、事情を知った人から寄付金や部屋の提供の申し出が寄せられた。
 11月、米国のマクドナルドハウスをイメージにおいた「愛の家」の設立準備委員が発足した。
 1993年3月6日「愛の家」として建設された第1号の建物「かんがるーのおうち」がオープン。「かんがるーのおうち」は長男を骨髄異形成症候群で亡くしたY氏が「愛の家」設立運動に賛同して6000万円をこす建設資金を用意し、自ら設計案も考えた。生前、国立がんセンターにボランティアとして通い、子どもたちの遊び相手をしていた彼の意志でもあった。
 現在、全国に12団体1個人によって設立、運営される31施設がある。これらの団体は、東京都・神奈川県・福岡県・茨城県・熊本県・福島県・埼玉県・愛知県の1都7県に設置されている。
 この中で、特に神奈川県の「BMTハウスサポート」の会を取り上げる。この会は、善意で提供された施設を、神奈川県下の病院で治療する患者さんとその家族に利用してもらうために、医療関係者などが協力して施設を維持管理していく活動を行うボランティアの組織である。
 神奈川県内には、骨髄移植推進財団の認定病院が5個所あり、東京都とも隣接しているため、各地域から多くの血液疾患の患者が最先端医療を求めてやってくる。「虹の家」の名称で横浜市内に1個所、伊勢原市内に2個所に開設しているこの3施設は、ボランティアの呼びかけに応じて、無償提供あるいは安い料金で提供された施設であり、日常生活に必要な備品も揃っている。
 「BMTハウスサポートの会」は管理運営規約にもとづき医療関係者とボランティアとの協力により、利用者が希望する日に入居し、その日から日常生活が不自由なく過ごせ、治療、介護に専念できるようサポートしている。また利用者、提供者、地域住民との間にトラブルが起きないように、事前に「利用申し合わせ書」を取り交わし、相互の立場をよく理解しあうようにつとめている。
 施設利用料は500〜1000円/1日で、水道代、光熱費、電話料金などは利用者負担となっている。これは会で精算して後日一括請求する。
 3施設の管理運営にかかる経費は、利用料金、そして寄付やバザーの収益金などによってまかなっている。また、備品は寄付による不要品などの再利用などによって経費の増加を避けている。
 会は、この施設が、マクドナルドハウスと同様に、複数の家族がプライバシーが保たれた個室で生活し、しかもお互いの相談相手となるスペースであることをめざしている。高度最先端医療による治療を必要とする各地の患者と家族が滞在するための施設を確保し経済的精神的に支援し、患者だけでなく患者家族のクオリティオブライフを高めていくことの重要性も訴えている。

3 「カンガルーの会」について
 「カンガルーの会」は長野県の中信地区で、がんや白血病、心臓病など、さまざまな病気に苦しむ子どもと親を支える組織として発足した。「カンガルー」の名前はアメリカの病気の子どもと親たちの宿泊施設「カンガルー」からきている。
 現在、長期療養や重病の子どもは、遠方から入院しているケースが多い。親が病院に出向く費用や、付き添うためにホテルに泊まったり、アパートを借りるなどの宿泊費が、入院費と併せて重い負担になっている。日本の医療は世界的にも高水準だが、「病気の周辺」に関する社会的な支援体制は整っていない。
 施設の建設へ向けて、まず親たちが結束し、地域の人たちの理解を得ながら、病院や社会に働きかけを続けていく地道な活動が必要である。地域の人にも理解してもらおうと自由な参加を呼び掛け、月1回の例会と、会報の発行などの活動をしている。主婦、牧師、教員、看護婦など様々な立場の人が集う。この会は、心のケア、情報交換、また家族関係、地域とのつながりなどを共に考え学ぶ場である。この会に初期から関わっている人に西垣氏(高校教諭)と大沢氏(牧師)がいる。大沢氏には御自分のお子さんがかつて長期入院していた経験がある。

4 アンケート&インタビュー調査経過
 1998年7月30日、小松先生→立岩先生の紹介でカンガルーの会(病気の子供と親を支える会)の発足者である西垣氏に会い、松本地区での宿泊施設設立に向けての運動の現状について話をうかがった(於:本学、立岩先生同席)。西垣氏は、会の設立の経緯から現在の活動までを語り、アパートの大家さんに提供してくれるよう話をしてまわり、実現間近までいったが、病気に対する差別や恐怖、死亡した際の不安から断られた経験もあることを語った。
 8月25日、県立K病院にアンケート調査の依頼に行く。基本的にはここは付き添いなしの看護体制をとっている(4歳までは付き添いを認めている)。K病院の対応についての話も聞いた。ここではT町の収入役が一軒家を提供しており、宿泊場所が必要な患児の家族が無料で利用できるとのことであった。県外から来た数家族がその一軒家を今までに利用したという。またK病院には、2年後に宿泊施設と周産期センター設立の予定がある。設立まではその一軒家や病院内の家族控え室を利用してもらうという方針である。病院側が近くの安いホテルの紹介をすることもある。これらの施設では十分とは言えないがなんとか生活できているとのことだった。宿泊施設のアンケート調査をすることは、K病院の意見とみなされてしまう可能性があること、調査しても対象の家族が少ないという理由で、調査は実現しなかった。
 8月29日、カンガルーの会の例会に参加する。松本地区にもファミリーハウス的な施設が必要だと話し合う。S大学病院のN婦長も参加しS大学病院での施設の必要性も感じた。また、この婦長の話によると、必要なのは子供の付き添いだけでなく、大人の長期入院によるその家族の宿泊施設も必要だと言うことであった。具体的には、生体間肝移植である。
 10月19日、再びカンガルーの会例会に参加する。県立K病院の事務の方が参加して、宿泊施設の設立に向けてぜひ動いてほしいと個人的な要望がある。ここで、お母さん方の体の調子の問題も指摘される。
 10月22日、障害者の移動サービス(本卒業研究報告集に調査報告がある)をしている野田さんと会う。彼女の友人のアパートの大家さんが空室を提供してもよいということで、カンガルーの会の西垣氏と大沢氏を交えて、具体的な話がされる。アパートは浅間温泉とS大学病院から少し遠いが、バス・トイレ付きで、利用しやすい物件だと思われる。(於:本学、立岩先生同席)
 10月24日、カンガルーの会例会に参加する。S大学病院小児科に子どもが入院中で付き添っているお母さんがみえる。院内の施設の不備が指摘される。現在の看護婦のみの対応だけでの状況では付き添いなしでは無理だということであった。
 11月2日、S大学病院小児科でアンケート調査を行う。
 11月12日、アンケートを回収する。
 12月9日、アンケートに基づいてS大学病院小児科で付き添いをしている母親に直接話を聞く。
 12月15日、カンガルーの会の大沢氏に厚生省の予算に対する申請について、松本での動きを聞く。
 12月16日、S大学病院小児科婦長に付き添いに対する考え方について話を聞く。

5 アンケート調査とその結果
 急性リンパ性白血病、再生不良性貧血等で松本市S大学病院小児科に入院している患児の付き添いの家族、21名を対象にアンケート調査を行った。 11月2日にアンケート用紙を直接対象者に配布し、回収ポストに入れてもらうようお願いした。11月12日に回収(11通)。その結果を以下にまとめる。
@どのような形で付き添っているか
 自宅に戻る:3。病棟に泊まる:6。他に宿泊場所がある:1(ホテル素泊まり1泊5400円)。
A自宅に戻る頻度と使用する交通手段、所用時間。
 「4〜5日/月・自動車で1時間30分」「自動車で高速を利用して約1時間、高速を利用しなければ約2時間」「3〜6泊/月・自動車で1時間」
「自動車で2時間」「外泊許可が出たときのみ・自動車で2時間以上」「1度も帰っていない・自動車で1時間40分」等
B宿泊施設
 あったらよい:6。なくてもよい:5(「病院の対応がしっかりしていないので」の記入有)。
C宿泊施設があったら
 利用したい:3、利用しない:8(「病院の対応がしっかりしていないので」の記入有)。
Da希望者が交替で利用する方法、b一定期間連続で利用する方法、どちらがよいか。
 a:1、b:1、両方あったらよい:3。
 「部屋が限られておりaの利用者が複数おられる場合、ひとまずaのかたちでの提供となるのではないかと思います。」このことについて
 やむをえない:5
Eどのくらいの頻度・期間利用したいか。
 4日〜毎日/月 (長期)
F希望する利用料金
 1000円以下〜4000円/泊、3万〜4万/月
G浅間のアパート利用について
 利用料金だけで維持することをめざす:4
 寄付などをつのって足りない分を補う:1
H宿泊施設の維持・運営に関わる会に
 a参加してもよい・参加できる:0。
 b 参加しない・できない:4
 どのような人に関わってほしいか。
 「家族は入れ替わりがあるので長く関われる人」
「婦長や信和会の関係者(やはり信和会で斡旋していただいた方がよいと思う)」
I日々の宿泊予定を決める方法
 「曜日または2〜3日交替」「希望日のアンケート」
J設備として備えてあったらよいと思うもの
 冷蔵庫:4・寝具:4・洗濯機:3・乾燥機:2・掃除機:2・布団乾燥機:1・炊飯器:2・鍋等の調理品:2・調味料:1・ポット:2・テレビ:3・レンジ・オーブン:1
K浅間のアパートを利用することがあるか
 はい:0 いいえ:4
L「徒歩20分という距離は遠いようにも思えます。このことについて、…」
 a現在の候補地でよい:2
 b仕方がない:3
 c別の場所を探した方がよい:0
 使いたい交通手段 自転車:2、バス:1
M問3(宿泊施設一般)について「はい」、問12(候補のアパート)について「いいえ」と答えた人に、その理由
 「病棟内にいる方が安心できる」「今のところ特に利用する必要がない」「病院内でかかる費用が意外に高く、費用の負担が大変」「高速で1500円くらいの所に父親の実家で泊まれる場所がある」「子どもが小さく別の場所での宿泊は無理」
N「以上でおたずねしたことについて,また,現在の生活環境についてお感じになって いること,ご希望,ご意見など,自由にお書きください。」
 「付き添いの家族のための駐車場が欲しい。患者の荷物を持って来たり帰ったりするので、現在の駐車場では遠い。料金も無料の方向へもっていってほしい。」
 「兄弟が来たときに利用できたらうれしい。」
 「今のところ利用する予定はないが、必要としている人があればあってもよいと思う。また、この先自分も利用する状況があれば利用したい。」
 「敷金、礼金のないアパートを探してみたかったが、私の方では寝具が運べないと思ってあきらめた。最高の医療を安く受けられたことはありがたいと思う。お風呂、トイレがあり、プライバシーが守られるような宿泊施設があればなおよいと思った。」
 「付き添いなしで帰ることは、今までみてきて不可能だと思いますが、休憩室のようなものが病棟内にあれば利用しやすい。親の精神的ケアの調査などもあればよいと思います。」
 「病棟自体は、ある程度設備は整っているし、不自由ではない。朝から晩までガミガミ言っているお母さんがいますが、回りによくないとおもっています。子どもも自立できないのではないかと思います。」
 「病院側の対応、例えば、夜中に点滴が終わりナースコールを呼んだり、治療のため吐き気をもよおし吐かせたり、その他いろいろな夜中の出来事は全て付き添いの親がしているのが実態です。そのようなことを病院側で徹底しているものであれば、付き添いの宿泊施設について答えられるが、根本的なことが確立していないのに4才の子どもを置いて、1人にさせることは無理ですし、このアンケートも無駄なのではないでしょうか。」

6 直接お母さんたちに話を聞いてみよう!
 アンケートの結果から、私たちはまずお母さんたちの病院での生活や困っていること、病院に対して感じていることなどを知った上でないと、宿泊施設の必要性を明らかにすることは困難ではないだろうかと考え、直接病棟に行って5名のお母さんたちに話を聞いた。
 うかがったのは、1日の日課、他の家族特に兄弟のこと、食事はどのようにしているのか、夜間の役割や睡眠はとれているのか、身体的・精神的な疲労について病院生活において不便なこと、等である。
 ◇Aさん 看護婦の中にお母さんが「付いている」という意識がある。とくに夜中の点滴やおしっこは、全部お母さんたちがやっている。1晩に5〜6回は起きる。いないとこういうケアをやってもらえないので、子どもを置いて出て行けない。病院の体制が大きく関わっている。疲れるし、外へ行くのは心配なので、病院の中に休める場所がほしい。21時から朝までゆっくり眠りたい。仮眠室みたいなのがほしい。プライバシーもなく、1人になれるのはお風呂かトイレぐらいしかない。
 また、精神的ケアがあるといいと思う時がある。他のお母さんたちと話している中で看護婦の話していることがバラバラであったり、看護婦に相談すると他の看護婦にも話が広がってしまうので、プライバシーが守られていない。秘密を守ってくれるからソーシャルワーカーやケースワーカーがいるとよい。
 ◇Bさん お子さんは3歳、入院期間1年。小さいと、いろいろと身の回りのことをしなければならないから目が離せない。
 食事は売店やローソンでおにぎりなどを買うことが多い。朝はコーヒーだけだったり、食べないときもある。買い物は子どもが寝ている間に行く。ご飯が作れる場所がほしい。病室に中に遊べる場所がほしい。
 夜は、点滴や同室者の泣き声などで起きてしまうことがある。無菌室にいたときは、抱っこできないのが辛く、自分も具合が悪かった。ご飯も食べられなかった。子どもと違うベットで寝ていたが、夜に寝ていて横を看護婦が歩くと起きた。
 泊まれる場所はほしい。お父さんと付き添いを交替して、お兄ちゃんが来た時に泊まれればいいと思う。
◇Cさん お子さんは6歳、入院期間6か月
 子どもは、病院食では味が合わなかったり、肉が固いのでので、子ども向けでない。だいたい3食とも作ってあげているが、コンビニのもが多くなってしまう。お母さんが病院食を食べている。
 午前中は院内学級へ行っているので、その間は本を読んだり、編み物をしたり、ローソンやアップルランドへ行く。時々気晴らしにバスで買い物へ行くこともある。
 夜は点滴やトイレのために眠れない。点滴は他の子のでも起きなければならない。小さい子がいると泣いて眠れない。
 宿泊施設については、病院の体制次第だ。4号のお母さん付き添いのない子たちの点滴が夜に鳴っても看護婦は来ないし本人は寝ていて気が付かないから、他のお母さんがナースコールをしたりしている。このような状況では心配で帰れない。また、こういう病気ではいつ何が起こるか分からないし、こういう時でないと一緒にいられない。
 兄弟は高校生の兄と中学生の姉がいるが、もう大きいので大丈夫。土日はお父さんと交替しているが、家に帰っても、兄弟は、もう大きいのでいないことが多い。
 運動不足なので卓球台などがあるとうれしい。ストレス解消にもなるので。仮眠室のようなものが欲しい。院内学級が遠いので病棟の近くに作ってほしい。病室の中に遊ぶスペースがあればよい。
◇Dさん お子さんは3歳、入院期間6ヶ月。
 子どもが7時30分から8時に起きるので、それまでは掃除などをして朝食までの間にうがいなどをさせ、朝食をとる。母親の食事は子どもが食べ残したものと、売店で買ってきたもので済まされる。付き添い用の食事は頼めばあるが、高いため注文はしない。また、子どもが無菌食になると、子どもの目の前で別のものをは食べにくい。
 風呂は午前中のうちに子どもを入れながら、一緒に入浴を済ませる。子どもに点滴がついている時は、トイレの回数が多くなるので休めない。家庭では子どもの面倒は母親が見るものとされていたため、子どもを人に預けるということができない。それゆえに外出もできず、子どもが寝ている時を見計らって、院内の売店へ行く。遠くに買い物の用事がある時は、他の付き添いの母親に頼む。
 年長になる姉がいるが、自分はここでつきっきりなため、祖父母に預けている。週末に会うが、談話室でしか会うことができない。
 宿泊施設の利用は、子どもが小さいと利用できない。子どもが小さいと出て行けないから、出張して品物を売ってくれる施設があるとよい。
◇Eさん 5歳 入院期間11ヶ月
 朝起床すると、子どもの尿をとることから1日が始まる。お風呂に入れたりと、身の回りのことは全て母親が行なっている。
 ずっと付きっきりで付き添うことは、副作用の様子を見ることはでき、安心できる。副作用で夜間吐いたりするときには、付いていないと対応できない。夜は子どもと一緒のベッドで寝ている。比較的よく眠れている。体は疲れていない。治療と治療の間に外泊が許可され、家に帰るがそれが気分転換になる。しかし家に帰ると、いろいろやらなければいけないので、疲れる。
 ごはんのことがすごく不便。お肉がかたいし、温野菜でおいしくない。子どもはほとんど食べないから、その残りと売店で買ってきたものを食べる。カップラーメンとか。栄養バランスは考えていられない。子どももカップラーメンを食べたりしている。
 家庭のことは心配。もし兄弟がいたら、こんなふうに付きっきりになれない。
 宿泊施設は子どもと離れたくないし、利用できない。院内学級に通う子たちを見ていると、近くに院内学級があってほしい。点滴などすぐ替えられるし、具合が悪くなったらすぐ帰ってこれる。

7 S大学病院小児科婦長に聞く
 アンケートやインタビュー調査の結果、病院の対応に対する不安から宿泊施設が利用できないという意見が多くあることがわかった。そこで私たちは、付き添いに対する病院側の考え方を小児科のY婦長にうかがった。
 現在、完全看護を目標として付き添いを外すという方向にきている。現に付き添い専門である付き添い婦の制度が廃止された。つまり家族以外の付き添いは認めないということだが、実際のところ、家族にも付き添ってもらうのは好ましくないという風潮が強い。現在の看護体制としてS大病院の小児科では、患者数48人に対して看護婦は21名3人夜勤である。患者 2.5人に対して看護婦1人の割合は超えているが、はたして小児の看護をする病棟にあてはめてよいか疑問である。
 S大学病院小児科では、付き添いに対して一週間に一度付き添い願いという用紙を提出してもらっている。それを提出してもらうことで付き添いを承諾している。
 成人と異なり、小児はよく動き回ったり点滴の管理も大変になってくる。つまり成人以上に注意と管理が必要になってくる。また、小児病棟として子どもに関わる時間も必要である。付き添いについて人それぞれの考え方があるが、Y婦長の考え方としては、第一に、入院治療などにおいて恐怖を抱いている子どもを守れるのは家族である。状態の悪い時こそ子どもは親を必要とするので、完全に外してよいかどうか迷うところである。第二に体制面では、子どもの配分に合わせた看護婦の人員、設備、例えばスッタフステーションからガラス張りで6人くらいの子どもを見渡せるなどの設備も必要と考える。
 また別のところでは、付き添いを減らす傾向にあるなかで、付き添いの母親に手伝ってもらっている分も確かにあるようだという話も聞いた。ちなみに上記の 2.5対1というのは、看護者の数を増やして付き添いをなくすという、国そして病院の方針のもとでの比率である。時々監査が入って、付き添いの人が多いことがわかると予算がおりないシステムになっているらしい。

8 最近の動き
 1998年11月、厚生省は、1998年度第3次補正予算(緊急経済対策関係)で慢性疾患児家族宿泊施設設立のための19億円の支出を決定した(土地と運営には国の予算は出ない)。全国40ヶ所建設予定となっている。全国に入院している小児の家族のための宿泊施設の必要性が認識されたということが言える。松本ではこれを受けて、カンガルーの会の西垣氏・大沢氏が関係する施設をまわった。
 国立の病院は実施主体となれないが、西垣氏の所属するのぞみ財団が実施主体となればこの問題は解決する。次に設置場所についてだが、候補地としてS大学病院の南側で松本市の所有する土地が近くてよいのではないか、ということになった。そこで西垣氏は松本市役所を訪れ、話をした。社会部長は、宿泊施設の必要性は理解を示してくれた。しかし現実的な問題として、申請の締め切りの12月25日までに土地を提供することを決断するのは日程的に無理があること、そして小児患者の付き添いのための宿泊施設は公益的なものであるが対象が少ないということで、断られた。
 カンガルーの会の大沢氏は、S大学病院の意見を聞こうと、病院の院長、看護部長、管理課長に会いに行った。病院側の意見としは、付き添いのための宿泊施設の必要性は認識しているし、大変ありがたい、市などが協力してくれるなら力を合わせたいということだった。
 厚生省への申請は実現を見ずに終わりそうだ。直接には土地の確保の問題があったからだ。だが病院の夜間の体制が整い、必要性がはっきりと認識され、地域社会の理解もあり、既に準備が進められていれば事情は異なったかもしれない。

考察
 私たちは、アメリカと日本の宿泊施設の事情を調べた。そこで、私たちは、宿泊施設が、家族にとって精神的にも身体的にも支えとなる場となっていることがわかった。同じ仲間の集える場であり、心の支えとなっている。その必要性がわかったため、松本にもこうした施設があってよいのではないかと考えた。
 そこで調査対象を遠方の患児とその家族が多くやってくると思われるS大学病院の小児科とし、アンケート調査を行った。その結果、今現在の宿泊施設に対する顕在的な需要は少ないことがわかった。しかし、母親たちは今の病院で寝泊まりする生活に満足しているのではない。むしろ逆である。その後行ったインタビューでもこのことは確認された。病院での生活はストレスが大きい。母親の食事も不規則であったり、インスタントですませざるをえなかったりしている。
 夜の宿泊をどうするかは別としても、入院中の子どもに付き添う家族にとって病院は長い時間を過ごすところである。そして特に子どもが小さい場合には、子どもと一緒に寝泊まりすることを希望する親もいる。まず、病院内の環境をよくすることが必要だ。休憩・休息できるスペース、プライバシーが保てるスペースがほしい。精神的なサポートもいる。
 そして、子どもがある程度大きく夜一人にしても看護が十分あれば親は病院外で宿泊できるなら、それを実現できる体制が必要だ。しかし、現実には、病院の体制が十分でなく、夜目が離せないという。小児は自己管理の能力等が未熟なため目を離せばあらゆることに危険が伴う。しかし小児科では、患児に対する看護者の割合が成人と同じに設定されている。そのため人手が足りず、付き添いの母親に頼ってしまうという現実がある。
 看護者の数を小児の特徴を考慮した配分にすること。また、目の行き届く範囲で看護ができるように設備の点において配慮すること。つまり、スタッフステーションから管理できるようなガラス張りの病室などがあれば、点滴のアラームなどが鳴りっぱなしということはなくなるのではないだろうか。このように看護体制を付き添いなしでも任せられるように確立するべきではないだろうか。
 そうした環境を整えることによってはじめて、宿泊施設が現実に必要なものとなり、有効に機能するものになる。
 当初私たちは、西垣氏から受け入れてくれるアパートを探すことの難しさをうかがい、この面でなかなか実現が難しいと考えていた。しかし今回は幸運にも適切なアパートが見つかり、今も将来も、個人でも、利用は可能である。(年齢的には付き添いの必要がなく、ホテル住まいで宿泊施設を希望される方がおられたのだが、今現在は付き添いが必要な状態であるため、しばらくはアパートは使わないということで、実現例はまだない。)しかし、困難は別のところにもあったのだ。
 11月に厚生省が宿泊施設の建設に予算をつけた。景気対策で急に決まったのだから、それに応じるのが難しかったのはわかる。ただ、もっと早くから、特に病院側が、必要性を認識していたら、準備があったら、あるいは実現されたかもしれない。

おわりに
 今回の研究のなかで患児・家族の生活をいくらかは知ることができた。患児にばかり目が行きがちになるが、家族に対しての働きがけの大切さをあたらめて感じた。これから医療に携わる者として、これらのことを生かしていきたい。
 最後になりましたが、S大学病院小児科婦長、県立K病院総婦長、カンガルーの会大沢氏・西垣氏、ご指導くださいました阪口先生、立岩先生に、そして何より、アンケート調査に協力して下さった皆様に、深く感謝いたします。

※ http://ehrlich.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/1.htmの「全文掲載」のコーナーに本報告と、ここでは省略した民間団体の規約や調査票の全文、政策関連の情報等が掲載されています。


  cf.
  ◆信州大学・信州大学医療技術短期大学部
  ◆入院患者に付き添う家族のための宿泊施設


REV: 20170127
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