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介護保険の準備状況
──塩尻市・松本市・三郷村の担当者に聞く──

赤羽 千恵・小林 明子・武田 育実
(1998信州大学医療技術短期大学部看護科3年)
卒業研究レポート 19981225提出



はじめに
 1997年(平成9年)12月に介護保険法が成立し、2000年(平成12年)4月から施行される。私たちは、その運営主体である市町村(及び特別区)でどのように準備が進められているか、また、担当者の方々が介護保険をどう受け止め、何を考えているのかを知りたいと思った。
 そこで、まず本・雑誌・新聞等の資料を用いて介護保険の概要を知り、知りたいことや疑問点を明らかにすることにした。それをもとに、インタビュー調査で質問する項目を挙げ、整理した。
 そして、1998年8月末から12月にかけて、松本市・塩尻市・三郷村の介護保険を担当されている方々を訪問し、制度導入・運営の準備状況についてお話をうかがった(8月28日:塩尻市民生部介護保険準備室、9月2日:三郷村保健福祉課高齢者福祉係、9月25日:松本市社会部福祉計画課・同高齢者福祉課)。また、訪問した3市町村を含む松本地域広域行政事務組合で介護認定審査会についてお話をうかがった(12月8日:事務局総務課)。この調査を整理しさらに疑問があった点をまとめ、11月9日に質問を郵便で送り回答をいただいた(松本市:11月25日、塩尻市:12月1日)。

  <市町村別人口(1998年4月1日)>
総人口 65歳人口 65歳人口
 (人) (人) 割合(%)
長野県 2,209,155  450,106 20.4
松本市  205,805  36,113   17.5
塩尻市   62,084  10,544   17.0
三郷村   16,519   3,167   19.2
     (長野県ホームページより)

 以下、それをまとめて報告する。なお、「」で括った部分があるが、これは発言そのままではなく私たちがメモにもとづいて構成したものであること、また、「」(松本市)などと記すことがあるが、それは松本市の担当者が時に個人的な見解として述べたことを記したものであり、市を代表する「公式発言」ではないことをお断りしておく。

1 システムの変更はどう受け止められているか
 介護保険の導入という大きなシステムの変更はどのように受け止められているか。
 公的介護保険新設の背景として一般にあげられるのは、第一に、要介護老人の増加による介護負担の増加であり、第二に、家族の介護力の低下である。次にこうした状況の変化にも関係し、従来のシステムの問題点である。
 それは一つに、社会資源の配分のあり方である。資源が医療に偏って分配されてきたことや負担のあり方が問題にされる。「今まで医療保険に依存してきたが、医療保険だけでは赤字になってしまう。そこで医療の中から介護を切り離した。高齢化、少子化、生産者の減少によって財政的に支えられない。現状のままでは破綻状況になる。そこで介護保険導入になった。介護保険によって少なくとも破綻を避けられる。」(松本市)「平等に1割負担でサービスが受けられる。このまま若い世代だけでは高齢者を支えきれない。」(塩尻市)
 もう一つが、福祉サービスのあり方、質の問題である。現在の福祉サービスの供給システムには問題があり、それがサービスの質に影響している、これと比べた場合に介護保険はより望ましいという。今回の調査でもこの点は強調された。
 新ゴールドプランは今回調査したいずれの市町村もほぼ 100%達成している。現在の問題点としては以下があげられた。
 「サービスを受ける側に心理的な圧迫感(所得を調べられるなど)を与える。措置制度ではサービスの選択ができない。」(松本市)「措置制度であるため、地区担当ケースワーカーを選べない、デイサービスセンターや特別養護老人ホームなどを選べない等、利用者の希望をすべて受け入れることができない。ケースワーカーのセンスで計画されているため、選択の余地がない。措置制度下で市が事業実施主体であり、行政による直営か社会福祉法人等に事業委託してサービスを提供している。したがって、サービス提供量や質による実績に対しての経費ではなく、人件費、需要費などの積算により総額を委託料としているため、市場原理が働かず事業者間の競争がなく高コスト体質になっている。満足なサービスを提供されているかどうかを測る物差しがない。」(塩尻市)
 介護保険の導入により、現在の介護サービスのマイナス面を取り除けることが指摘された。
 「今まで市町村の権限で、措置制度で行われてきたサービスが介護保険導入によって個人で選択できるようになる。人格が尊重される。」(三郷村)「サービスを受けにくい人も受けやすくなる。同じ種類のサービスでも自らの選択でサービス(機関)が選べる。自分にあったスケジュールが作れる。大多数の一般的国民にメリットがある。今までの措置制度は貧者の救済という色合いが強かったが、自由選択になる。市場原理が働く。行政に支えられるより自己負担にすることでサービスを受けやすくなるのではないか。これまでサービスを受けにくかった人、福祉のお世話になるのは我が家の恥と思いこんでいる人、行政のお世話にはなりたくないと思っている人なども心理的に受けやすくなる。保険料を払うのだからサービスを必要になった時受けるのは当然だと考えてほしい。」(塩尻市)「措置制度のマイナスを取り除ける。サービスが選択できる。メニューが多い。国民全体の制度という認識が高まる。」(松本市)
 このように介護保険の方式は基本的には肯定的に受け止められている。同時にずっと行政が行ってきたシステムが批判、否定されている。それは介護保険導入にあたって頻繁に言われたことと同じであるのだが、批判される対象でもある行政の中にいる人にとってはどんな意味をもつのか。行政側にいての実感なのか、あるいは行政側にいるといっても今までのシステム自体にそう執着する立場にいない、ともかく推進する立場で仕事をしている人であるということなのだろうか。ともかく現状に問題があることをはっきりと認め、その改革として基本的にプラスに評価している。
 ではこのシステム導入の具体的な準備状況はどうなっているだろうか。

2 急ぎの準備が急いで行えない
 厚生省のホームページには「施行に当たっては十分な準備期間を置くこととし、新ゴールドプランの達成状況等を見極め、平成12年度から在宅・施設を同時に実施する」とある。
 例えば松本市では現在4人が専任で、塩尻市では専任2人と兼任5人で、準備作業にあたっている。けれども介護報酬などについての国からの指示が遅れているというのが今の現状だ。
 「国がやると言えばやらざるをえないが、国からの指示が遅れている。」(松本地域広域行政事務組合)「短い時間の中でやることが多すぎる。準備期間1年半の間でやるしかない。どこの市町村も大変。」(松本市)
 足りない情報の中で市町村は準備をすすめている。市町村主体の制度であり、大きな制度改革だから、十分時間をかけて準備をしたい。しかしさまざまな具体的な点については国が方針が定めることになっていて、これがまだ決まらない。準備できるところから準備しつつ、決まった時点で短期間で多くのことを決めていかなくてはならない。
 9月の段階では、国からの介護報酬の提示がないので、どの市町村でも見込みが立たない。介護報酬が決まった時点から介護保険事業計画は具体化していくと思われる。「来年(1999年)1年かけて事業計画を作る。」(松本市)9月に塩尻市、松本市で聞いた話では1999年6月7月に介護報酬の骨格が提示される予定であり、具体的な額は1999年度末ということだったが、12月に広域行政事務組合で聞いた話では、1999年3月に決まる予定ということだった。国からの提示が早まれば、市町村の業務がそれだけ進むことになるだろう。

3 進行中の実態調査
 単価が決まっても、需要がどれだけあるかわからなければ、供給量や支出額はわからない。調査が施行まで1年半を切った時期に行われている。
 「サービス基盤の整備を計画的に進めるため、国が策定した基本指針に基づき、市町村、都道府県がそれぞれ市町村保険事業計画、都道府県保険事業支援計画を策定」することになっている(厚生省ホームページ)。
 この計画は、介護保険による様々な在宅サービスや施設サービスの量を決めるもので、国や都道府県からの指針等をもとに作成され、制度施行後も継続的に作り直される。計画をたてるには、各地域における要介護者等の人数や程度、介護サービス利用意向等を把握することが重要である。そのために各地域で「高齢者実態調査」が行なわれる。私たちが訪問した市町村は1998年9月の時点では実態調査を行なっている段階で、12月までに調査結果を集計し県に提出する予定である。
 @現在在宅でサービスを受けている老人に対する要援護高齢者実態調査、A健常高齢者に対して行なわれる一般調査、B施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設)に入っている高齢者に対する調査の3つがある。
 @の要援護高齢者実態調査、Aの一般調査の内容は国から示されるが、さらに県と各市町村で作り直される。調査によりニーズ(介護をどこで受けたいか、誰に受けたいか)とサービス量を把握する。年齢・状態・ADL・痴呆・現在受けているサービスの種類・今後受けたいサービスの種類と回数・家族構成・介護者の状態・困ったときの相談相手などの調査項目がある。Bの施設入所の高齢者に対しては、県で調査を行ない、その結果がそれぞれの高齢者の在住の市町村へ送られる。
 私たちが訪問した3市町村ともに、現在調査を行っているところだった。
 @「要援護高齢者実態調査」「在宅の要援護老人3000人に対し、ケースワーカー・保健婦・在宅介護職が1時間30分かけてアンケートを面接で調査している。」(松本市)「住民2500人にアンケートを民生委員が配布・回収する。在宅でサービスを受けている人には保健婦・ケースワーカー・OT・PTなどが自宅を訪問し実態を見てくる。」(塩尻市)「保健婦・民生委員から挙げられた要援護老人 256人には保健婦が面接をし、アンケートをとる。」(三郷村)
 A「一般調査」「無作為で抽出した健常者5000人に対して実施。民生委員が直接配布し、回収している。アンケートの結果により再度要援護老人として面接を行う。ほかに特養待機者に対しても調査。」(松本市)「65歳以上3000人を対象(65歳以上75歳未満は郵送、75歳以上は民生委員が配布する)にアンケートを配布し、民生委員が回収する。」(三郷村)
 「利用者の予想人数は、実態調査で増加率が出てからなので、まだわからない。」(松本市)
 ただ、「寝たきり老人1542人(在宅1151人、施設391人)、独居老人2954人、痴呆老人428人(在宅 357人、施設71人)」(松本市)、「寝たきり老人104人、独居老人121人」(三郷村)、「寝たきり老人数206人(1997年10月)、独居老人数552人(1997年7月)」(塩尻市)というように、サービスに関係する人の数は把握されており、それをもとにしておおよその予測を立てているようである。例えば要介護判定(→8)の対象としては19市町村で年間約 16000人(半年毎に再判定される人の数を含む)が見込まれており、塩尻市では利用者数として1400〜1500人ほどを考えている。

4 保険料と財政
 調査によってニーズとサービス量、要支援者・要介護者数が把握される。「そこから保険料の試算を出し計画を作り上げていく。」(塩尻市)
 ただ介護にどれだけのお金を出すかとも相関して保険料は決まる。先日厚生省が発表した1998年度の介護利用額試算は1995年度試算に比べ全体的に増額されている(最高で12万円増し)。保険料も、1995年度価格をもとに推計した保険料の月額は2500円だったが、それより増額されることになるかもしれない。(『信濃毎日新聞』1998.12.3)
 保険料は塩尻市は1999年12月頃までに決めたいと考えており、松本市では「ぎりぎりの1999年12月」、三郷村では2000年3月に決まるとしている。それまでは、ほぼこの線という想定で作業も行われていくだろうし、説明される。「保険料がいくらくらいになるかという問い合わせには、国の基準額は2500円になっているので、だいたいそのくらいになるだろうと答えている。」(塩尻市)
 こうしたお金にかかわる様々なことが決まらないと、この保険制度が財政的にうまく機能するかどうかはっきりはしない。また、保険料が設定されたとしてその徴収がうまくいくかどうかという問題もある。そしてこの保険は保険料だけで運営されるのではない。
 「保険者は市町村。これを国、都道府県、医療保険者、年金保険者が重層的に支え合う」制度とするとされている。介護保険の財源は、「高齢者介護に対する公的責任を踏まえ、公費の負担は総給付費の2分の1とする。国:都道府県:市町村の負担の割合は、2:1:1である。」(厚生省のホームページ)また、市町村における保険財政の安定化、保険者事務の円滑な実施を確保するため、国費による財政調整のほか、都道府県において財政支援事務等を実施するとされる。実際にはどうなるだろうか。
 実施主体(保険者)が市町村であることで、市町村によって財政力の差が出る。国民健康保険は6割の市町村で赤字であり、介護保険でも赤字になる可能性がある。こうした懸念があることから、多くの市町村の首長たちは、現在国から示されている介護保険導入について慎重あるいは反対である。ただ、私たちがお話をうかがった担当者の方々は制度導入を前提とし、その実施のための仕事をしているのだから当然と言えば当然だが、自治体で対処できる範囲で、生じうる問題が実際に生じたらそれに対処していく、また対処していくしかないという姿勢である。

5 どのようなサービスが行なわれるのか
 介護保険によって行なわれるサービスが言うまでもなく介護サービスであり、それに在宅サービスと施設サービスがあることは知られているが、介護保険制度の下で行なわれるサービスの類型には、実は以下の3つがある。
 @「介護給付」と「予防給付」:すべての市町村で行なわれる介護保険の給付としてのサービス。上記の介護サービスはこれに含まれる。
 A「市町村特別給付」:市町村が条例により、認定を受けた被保険者に対して行うサービス。
 B「保健福祉事業」:市町村が被保険者や被保険者を介護する家族等に対して行うサービス。想定される事業には、介護教室など介護者の支援事業、健康教育・健康相談など要介護状態の予防のための事業、訪問介護サービスなどの直営事業、高額サービス費用などの資金の貸付事業がある。
 ABを行うか否かの判断は各市町村が行なう。「具体化していない。これから意見を聞きながら決めていく。」(三郷村)「介護保険本体を見極めている段階なので、まだ決まっていない。」(松本市)ただ、3市村とも今までのサービスが低下しないようにと考えている。
 「今までのサービスは介護保険に合致するものはそちらに移行し、合致しないものはそのまま市で実施することになると思われる。介護保険ができていく段階で取り入れられる状態か(使えるか、何が必要か、塩尻市民にとってどこまで取り入れたらプラスになるかなど)考える必要がある。市町村特別給付に取り込めるものは取り込んでいく。今までのサービスが低下しないようにし、一般会計取り扱いの中でも行っていく。在宅を重視し、要介護・要支援にならないように予防に力を入れる。老人のみでなく、子どもから大人までを長期にわたり見ていく必要がある。」(塩尻市)現在行なっているサービスには、寝具乾燥サービスや福祉理容券、タクシー利用料の助成などがある。実態調査によって本当に需要があるのかどうか把握した上でこうしたサービスは介護保険導入後も行なわれることになる。

6 どこまでがカバーされるか
 この制度のもとでサービスを利用できない人が出てこないか、またサービス水準が低下しないかという問題がある。
 一つは、申請をまって判定が開始されることになっているため、申請が行われずサービスを受けられない人が出てこないかという問題である。これについて松本市の担当者は、「今は従来の福祉の枠内で、保健婦・民生委員・ケースワーカー・在宅介護支援センターの職員ですくいあげている。介護保険は自己申請なので申し出がないと審査もされずそのままになってしまう。しかし基本的に現在在宅サービスを受けている人は審査にもれることはない。」と言う。現在の制度も申請主義で、介護保険になってもこの点に変更はない。現在サービスを受けている人は、そのまま介護保険によるサービスに引き継がれるだろう。また、これまでもサービス受給を促す活動が行われてきたのだから、介護保険制度下でも同様にすれば、この面で現在よりも水準が低下することはないだろう。
 もっと大きな問題は、介護認定からもれた(が介護が必要と考えられる)人、また十分な水準のサービスを受けられてない人が出てこないか、出た場合にどうするかである。「介護認定にもれた人は市町村で考えなければいけない。」(三郷村)「認定にもれた人は介護が必要かどうかを見定めた上で、何らかのサービスが必要であれば介護保険以外の市独自の福祉サービスで対応することになると考えている」(塩尻市)。市町村のまったくの独自事業は別だが、国の法律に基づく事業には国や都道府県からの予算の配分がある。例えば現在のホームヘルプサービスは、国が半分、都道府県が4分の1を負担、残りの4分の1を市町村が負担している。(さらに市町村が独自の上乗せをし、自己負担分を減らしたりなくしているところもある。)
 「現在はサービスの上限額は設置されていない。ケースワーカーは必要と認め上司の決裁が受けられれば、金額の上限の取り決めはない。」(塩尻市)介護保険による支給額の上限以上に在宅福祉サービスを行っている自治体も、多くはないものの、全国にはある。そして現在では自治体の実施に応じて国が自動的に半額を負担するシステムになっている。しかし、介護保険導入後、介護保険でカバーされない介護サービスを地方自治体が独自に行おうとし、そして国が介護保険以外からは手を引くとなると、独自に予算の上乗せを行わざるをえない。この時に、どこまでサービスを行おうとするか、懸念される。
 施設でのサービスも影響を受けるだろう。施設サービスが従来より低下するのではないかという指摘がこれまでなされてきたが、インタビューで次のような指摘もあった。「特別養護老人ホームは要介護度4以上(4は痴呆で寝たきりの人、5は嚥下障害のある老人など)の相当重度の老人でなければ入所できなくなる。それ以外の現在入所している老人は5年をめどに退所することになる。」(松本市)「希望の施設に入所できるのかという問合せに対しては、できるだけ在宅でと勧めるが、納得しない人もいる。実際には施設は足りていない。」とある担当者が語っていた。施設ではなく住み慣れた家で暮らすことは基本的には好ましいことだろう。しかし、問題は、在宅サービスが施設でのサービスと同等にまたそれ以上十分になされるかどうかである。

7 自己負担(家族負担)について
 今までは税金と自己負担(家族負担)でサービスを運営していたが、公的介護保険では利用者がほぼ一律に保険給付の対象費用の1割を負担する。
 現在の老人福祉サービスでは、生計中心者の所得税額に応じて負担額が決定されるため、中高所得者とサービスを受ける高齢者が同居している場合に重い負担となることが指摘されている(『医療白書1997』p.319、等)。このことは聞き取りの中でも指摘された。「現在の制度では、負担額が生計中心者の所得税額により決定される。ホームヘルパーは個人負担0〜 940円(6段階)。本質的には公平ではない。資産はあるが所得の少ない老人世帯は負担がないが、子どもと同居している所得の少ない老人は負担がかかる。」(塩尻市)
 介護保険の導入によって、こうした世帯の負担は減るだろう。だが他方、自己負担額が高くなる人も出てくる。このことはお話をうかがった各市町村の担当者たちも指摘していた。ホームヘルプサービスは三郷村を含む南安曇郡では現在無料になっている(デイサービスは一律負担)。前年度の所得税納入額によって費用負担のある松本市でも利用者の8割は無料世帯である(デイサービスは一律 500円)。生活保護受給世帯については生活保護費の中に介護扶助費が新たに作られることで対応がなされるが、問題は生活保護の受給には至らない場合である。そしてそれは施設でのサービスについての自己負担についても同様である。
 「現在の特別養護老人ホームの自己負担は0〜24万円、所得に応じて払っていたが、これからは低所得者は負担が大きく、高所得者は負担が少なくなる。それはこれからの課題である。生活保護の人は自己負担分を上乗せできるが、かえって中間層の人の方が厳しい。」(松本市)

8 広域連合が介護認定審査会を運営する
 被保険者はまず市町村(保険者)に認定を受けるための申請を行なう。市町村はこの申請に基づき、被保険者の心身の状況やその置かれている環境等について訪問調査を実施し、調査表を作成する。あわせてかかりつけ医等に対して身体上または精神上の障害の原因である疾病または負傷の状況等に関する意見を聴取し、これらの情報を介護認定審査会に通知(審査判定依頼)する。
 審査会が、申請のあった被保険者が要介護状態にある、またはそのおそれがある状態と審査判定した場合には、それぞれ要介護者または要支援者と認定する(非認定となる場合もある)。介護認定審査会は市町村で設置するが、都道府県や市町村の共同(広域連合)で設置することもできる。審査会では要介護の状態について「重い」「軽い」を判定し、「居宅」「施設」の認定は行なわない。
 私たちが調査を行なった市町村の地域では介護認定審査会を広域(2市17町村=19市町村)で行なうことになっており、広域連合が介護認定審査会の設置及び運営を行なう。
 現在あるのは「松本地域広域行政事務組合」である。松本広域圏19市町村で圏域の一体的な発展を図るため、消防に関する事務などを行う組織であり、松本市役所2階に置かれている。そして1999年2月1日には、介護保険認定審査会を広域で行なうにあたり、事務組合を発展的に解消し、新たな広域行政組織である「広域連合」に移行することになっている。広域連合では事務組合の事務を継承しながら、新規事務として介護保険認定審査会の設置及び運営、広域的なゴミ処理、職員の共同研修、広域的な重要課題の調査研究を考えている。この広域連合の事務作業の約3分の1が介護保険にかかわる作業になるだろうという。
 この地区では、審査会は8チーム、5人で構成される。各チーム、月4回審査会を開催するので、延べ32回開催される。1回3時間、45件の審査を行なう(1件につき約4分の審査)。審査の行なわれる場所は3ヵ所の医師会の予定である。
 19市町村の審査数は、6ヵ月毎に行われる再審査分を含め年間 16000件が見込まれている。1999年10月1日から審査を始める予定となっている。
 広域で審査会を行なうことの長所としては以下があげられた。
 @コストが安くなる。(各市町村で審査会を設置するよりも人数が半分で済み、人件費が節減できる。認定書をまとめて作成・印刷できるなど。)必要最低限の職員で審査会が運営できることにより、経費の節減が図れる。一次判定は市町村で行なうことだが、コンピューターの購入にコストがかかるので、広域連合で2台購入して判定を行なう予定もあるそうだ。
 A各市町村で審査を行なうと、週に1回しか行なわないことになるが、広域で行なうとほぼ毎日審査が行なわれることになり、要介護者の立場に配慮した素早い対応ができ、効率がよい。
 B審査対象がわかっていると感情的な左右が出てくる可能性があるが、対象者の名前などをわからなくする(連番にする)ことによりすべての圏域住民に公平な認定審査を行なうことができる。
 C精神科医などの専門委員を確保することが比較的容易となる。

9 ケア・マネージャー
 要介護(支援)認定後、在宅サービスを利用する場合は、通常は居宅介護支援事業者のケアマネージャーによって作成されるケアプランによりサービスを受ける。施設サービスを利用する場合は、入所する施設に所属するケアマネージャーがケアプランを作成し、それに基づくサービスを受ける。
 私たちが調査を行なったのは、はじめてのケアマネージャー(介護相談員)の試験(実務研修受講資格試験=ケアマネージャーを養成する講習を受けるための資格試験)が行なわれる前後で、まだ結果は出てていなかった。国としては16万人が資格を持ち、4万人が実際にこの仕事に従事することを見込んでいる。要援護老人50人に対してケアマネージャー1人とも言われる。
 三郷村では保健婦4人が試験を受けることになっていた。まずケアマネージャー1人、副を1人置く。1人で手が足りない場合は保健婦が補助する。松本市では、受験者数は、職員では保健婦12人。ケアマネージャーの人数は資格試験に合格し受講修了した人の人数となるということだった。職員の受験者は12人。塩尻市では約90人が申込用紙を取りに来ており、受験するのはそのうち50人くらいだろうという。職員では5人が受験、このうち有資格者は保健婦。受かったとしてケアマネージャーになるかどうかは未定。
 一人一人違ったケアプランを作成するので「自分にあったスケジュールが作れる。民間事業者がケアマネージャーをおいて、よりよいケアプランを作成することもできるようになる。」(塩尻市)「ケアマネジャーがサービス計画を作る際に民間事業者を紹介し、利用者がどの事業者のサービスを利用するか選択する。」(三郷村)と、肯定的に受けとめられている。ただ、具体的な陣容はまだ定まらず、そしてまだ行なわれていないから当然と言えば当然なのだが、具体的な像はよくみえない。

10 サービスへの民間の参入
 これまでの福祉サービスの多くは、社会福祉協議会など単一の組織に委託して行なわれてきた。これが、公的介護保険では複数の事業者がサービスを提供することが可能になる。1に述べたように担当者たちはこのことに基本的に肯定的だった。
 「最大のメリットは、価格面での競争はない競争が起こるので、質の向上が図れる。」(松本市)「競争原理によってサービスが向上する。」(三郷村)「競争によるサービスの向上。行政が行っているとパターン化してしまう。」(塩尻市)サービス価格は国で介護報酬として設定されるため、サービスの価格競争はできず──「医療保険と同じ考え方で利用料は一律、安売りはない。」(三郷村)──競争原理はサービスの質の向上として働く。「社協が民間に押されてしまうため社協もサービス向上が必要となる。」(三郷村)
 既にホームヘルプサービス等の在宅福祉サービスは非営利・営利の民間団体に事業委託して行われている。「ホームヘルパーは社会福祉協議会、恵清会、JA、訪問入浴はツクイ産業(全国)、エイジン。」(松本市)介護保険ではそれが増える可能性がある。介護保険では、長野県に登録した法人は県内どこでも営業ができる。「社会福祉協議会、社会福祉法人、JA(あずみ農協福祉課は今年からホームヘルパー業務を始めた)に加え、介護保険導入で参入する可能性のある業者はダスキンほか3社。」(三郷村)
 これから参入する予定のある民間事業者は「たくさんあるだろう。損害保険会社、生命保険会社、運送会社などの参入が考えられる。運送会社は車やステーションを持っているから。」(松本市)
 しかし、特に営利企業については、どれだけの参入があるか、市町村の側でもまだ正確にはつかめていない。それは、介護報酬が決まっていないため、収入を見積もりにくいことによる。「経営分析をしてから参入を考えるはずだ。」(松本市)「介護報酬が決まっていないので、企業が収入を見積もれず参入してこれない。行政でも見込みが出ない。」(塩尻市)
 そのため、少なくとも当初、行政・社会福祉協議会等のサービスがかなりの部分を占めるので、「開始後しばらくは、実際には自由選択できないと思われる」(塩尻市)といった指摘もあった。報道等でも、特に営利の民間事業者の参入は大都市に集中するおそれがあり、地域にばらつきが出てしまうのではないかという指摘がある。民間の参入がどの程度あるかについては読み切れていないようであり、また、担当者間の予測もかならずしも一致していないようである。
 そして担当者たちは、民間の参入に利点だけを見ているのでもない。「入れ替わり立ち替わりに業者が出入りする等、過剰な競争が利用者にとってマイナスになる。」(松本市)「サービス事業者が確保できるか。経営が続かず撤退されるとサービス提供に穴があく。業者によりサービス計画や質が異なる。民間の参入がそのまま短所につながるとは限らないが、はじめは混乱するだろう。悪徳業者により被害を受けることもあるかもしれないが、自然淘汰されていく。民間企業が軌道に乗ってくるのは5年後くらいだろう。」(塩尻市)
こうしたところにもやってみないとわからない部分があるということだろう。ただ、以上で想定されているのは営利の比較的規模の大きい「企業」であるようにも見える。特に大都市圏において、これまで福祉制度の外側で在宅福祉の相当部分を担ってきたのは、「住民参加型」と称される非営利の比較的規模の小さい組織である。こうした組織は、介護保険というシステムの中では地歩を占めにくいということだろうか。そしてまた、長野県のこの地域ではそう期待できないということだろうか。
おわりに
 介護保険の導入自体は、「措置から契約へ」という変化として、おおむね肯定的に受け止められている。だが介護報酬など具体的なところについて国からの指示が遅れており、足りない情報の中で市町村は準備をすすめている。十分時間をかけて準備を行ないたいのだが、これから短期間で多くのことを決めていかなくてはならない。そういう中で担当者の方々は仕事をしている。
 保険の主体が国や県ではなく住民に近い存在である市町村であることで、より住民の意向が反映されやすいのではないか。市町村次第でよしあしが決まるので、サービスを充実させていかないと不満は市町村に直接行く。今まで福祉が進んでいなかった市町村も充実させざるをえない。短所も多く指摘される介護保険だが、私達が訪問した市町村・広域連合は市町村民のために介護保険を生かせるように考えている。市町村の責任は重い。
 予定通りに行けば1年3月後の実施である。この短い間に何がどう決まり、制度が立ち上がっていくのか、関心をもって見ていきたいと思う。

 「自信はないがやるしかない。がんばらなければいけない。」(三郷村で)
 「1999年10月には介護認定の基本的方針は出しておきたい。先を見ていないと遅れてしまう。住民のために決まった介護保険は、どんなことがあってもやらざるをえない。不安でもやらなければならない。やるべきものである。」(塩尻市で)
 「がんばる。先は読めない。」(松本市で)

 この調査研究を行なうにあたり、情報提供してくださいました松本市役所、塩尻市役所、三郷村役場の介護保険担当者の皆様、松本地域広域行政事務組合の皆様、多くのご指導をいただきました立岩教官、阪口教官に深く感謝いたします。

※ http://ehrlich.shinshu-u.ac.jp:76/TATEIWA/1.htmの「全文掲載」や「社会福祉」のコーナーに本報告と制度の解説などを掲載しました。


  cf.
  ◆介助・介護   ◆信州大学医療技術短期大学部


REV: 20170127
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