HOME >

2002年度前期レポート

2005 2006
NHK



◆「開発途上国におけるジェンダー」
◆「アフガニスタンにおける女性差別とその対策」
◆「発展途上国の人口問題と女性差別の関連性」

 

開発途上国におけるジェンダー

玉寄麻衣(立命館大学政策科学部4回生)
掲載:20020815


●女性の貧困化
 現在、地球上で12億人以上(1998年段階、全人口の約5分の1に相当)の人々が絶対的貧困の中で暮らしている。絶対的貧困とは、一日あたりの所得が一米ドル以下の人々を指し(世銀・国連「人間開発報告書」)、肉体、生命の維持に必要な食料さえ手に入らない状態とされている。 そのほとんどは発展途上国に集中し、多くが女性である。しかも、この10年間に貧困の中で暮らす女性の数が男性に比べて極端に増加し、「貧困の女性化」が進展している。貧困のジェンダー格差拡大の原因の1つに、経済的近代化の推進があげられる。数字上では国の借金が減り、国民総生産は増えているが、他方で途上国間、途上国内での格差が広がった。開発の恩恵から取り残されるばかりか、開発による悪影響を受けた層が存在し、その多くが女性だったということである。

途上国の女性の1日、男性の1日 (図@)
女性の1日 男性の1日
家族の中で1番早く起床
火を起こす
子供に授乳する
朝食を作る/食べる 朝食の用意ができるころ起床
子供に水浴びをさせ服を着せる 朝食をとる
1キロ歩いて農場に行く
1キロ歩いて水をくむ
家畜にエサと水をやる
食器を洗う 農場で働く
1キロ歩いて水をくむ
洗濯をする
子供に授乳する
1キロ歩いて農場に行き夫に食事を届ける
妻が持ってくる昼食をとリ、休憩
1キロ歩いて自分が耕す農場に行く
草取りをする 農場で働く
子供に授乳する
1キロ歩いて家に帰る(家に帰る途中たきぎを集める) 1キロ歩いて家に帰る
とうもろこしを打つ 休む
1キロ歩いて水をくむ
火を起こし、食事の準備をする
夕食 夕食
子供に授乳する 友達に会いに村まで歩く
家の中を片付ける 就寝する
家族の中で1番最後に就寝する
スウェーエデンの国際開発庁がアフリカの家族を想定して作成(‘94年世界人口白書から)
出典:朝日新聞1995年8月20日

 この図@は、アフリカの農家の一日を描いたものである。アフリカでは自家消費用の食糧生産には女性が携わり、男性は土地の開墾や、換金作物生産のための賃金農業労働に携わることが多い。生活のためには必要不可欠だが、無償の労働である燃料や水の調達、家族のための食事作りに女性がいかに多くの時間とエネルギーを費やしているのかがわかる。結果として、女性の労働時間は男性より長く、一日に12時間から16時間にも達する。
 現在、世界中で労働に費やされる総時間の3分の2は女性によるものだが、女性が得る収入は全世界の総収入のわずか10分の1であり、資産所得にいたってはわずか約1%にすぎない。家族の生存のために不可欠な女性の労働は、貨幣経済をベースにした国民経済統計には把握されていない、などの理由からその経済的貢献は正しく認識されていない。このように公式統計に表れないことから、途上国における女性の労働の重要さが理解されにくいものになってしまっている。このせいで、数字上の「経済力向上」が優先される中では女性が、「割に合わないもの」として真っ先に切り捨てられている結果になってしまったのだ。
 さらに現金収入のための輸出用換金作物(コーヒー、カカオ、綿)の生産が重視されていく中で、女性の担う自家消費用の耕作地は減少し、きわめて不便な場所に追いやられていった。これは、1980年代以降の構造調整対策(耕作地を輸出作物用地に転換させるもの)で、さらに拍車をかけられた。女性の無償労働への依存が増加するにも関わらず、その伝統的な経済機能は剥奪されていったのである。
 しかし、こういった輸出振興によって国家収入が増えても、その恩恵がどこに行っているのかははなはだ疑問である。自家消費用の食糧生産という経済メカニズム(生存のためのメカニズムともいえるだろう)が崩壊したことにより、アフリカでは食糧不足が広がった。市場向け生産に照準をあわせた「効率」と「生産性」重視の経済再編は、農村女性を含めた更なる貧しさを生んだだけのものであったとも言えるのではないだろうか。

●「女性政策」の変化の歴史
 こういった流れを受けて、1970年代以降には女性を開発の主体とみなし、開発過程への女性の積極的参加をうながす開発と女性、つまりWID(Woman in Development)概念が登場した。そして、女性の貧困を救うべく経済力向上を目指すプロジェクトが組織されたが、これは裁縫や編物、農産物加工などの従来の性別役割分担の枠内のものに限られていたため、収入水準は低く、かつ全体的な経済活動からは女性が除外されてしまうという結果を招いてしまった。
 女性の生産者としての役割にも注目しつつ、かつそれを女性の地位向上と男女平等に結びつけようとしたのが、公正アプローチである。教育・雇用の機会均等、土地所有権の平等などを上からの政策課題として実現しようとしたが、根強い男性中心の壁に阻まれたことや、途上国の女性の実際的かつ内発的な必要背いに必ずしも即していなかったなどの理由から、これもほとんど具体化されなかった。
 80年代になると、構造調整対策の導入に示される世界銀行の途上国援助路線の転換によって再び経済効率に重点が移っていった。この時期に広く実施されるようになった効率アプローチは、女性を開発過程に積極的に取り込み、かつ女性の労働力を利用して、公的支出の削減を補おうとするものであった。そのため、日常生活において女性が必要とする事柄には配慮されることとなる。たとえば、水汲み用のポンプなど日常生活に必須なものを作る際にしても、実際に水汲み作業を行う女性の意見を取り入れる形で行われるし、故障にそなえての修理技術も女性に直接指導される。しかし、食糧の自家生産、家族の福祉、地域社会の管理等を女性の無償の家事労働をに委ね、女性の自助援助を期待するというこの路線は女性に過度の負担を強いている。また、女性は確かに開発の「主体」と位置付けられているが、「男女平等」は女性の実際に必要とする戦略目標と結びついていたわけではなかった。
 そこで80年代の後半に登場したのが、エンパワーメント・アプローチである。従来のアプローチが先進国主導で進められる開発援助だったのに対し、これは途上国間の女性から生まれてきたもので、女性の自助努力を意識変革と結びつけようとしたものである。同じ開発への参加といっても、援助実施者がうながす参加と自分たちの意思で下から参加=参画していく場合では、結果に大きな違いがある。後者では、実際に必要な問題を解決していく過程で女性は経済的自立とともに社会的な力も身につける(エンパワーメント)ことができ、社会変化をうながす主体となっていくことができたのである。
 この好例が、インドの女性自営業者協会である。タバコ作りなどの内職、ぼろ切れの収集と加工販売、路上での物売りといった公式の就業統計には把握されないインフォーマル・セクターで女性が営む、雑多な経済活動は生存のための不可欠な労働であるが、公式な認可を受けていなかったため、当局の攻撃や不当な中間搾取を受けやすかった。この労働を自営業と位置づけ、正規の経済活動として認めさせることによって、その担い手は自らの職業への誇りを持ち、さらに自己の存在意義を確認できるようになる。この活動はさらに技能・職業訓練・販売網・社会保障制度などの整備へと発展していった。

●日本におけるWID
 日本女性の社会的地位は、世界的に見て同じような高度工業国の中では極端に低い。女性の地位に関する1995年のデータでは、社会進出度指標が27位、管理職の女性比率は81位、議員の女性比率は63位である(データ出所、『朝日新聞』1995年8月21日)。日本もこれまで述べてきたような、「女は家庭、男は仕事」といったステレオタイプ的なジェンダー・イメージが就労現場を始め、さまざまなところにジェンダーによる境界線が引かれているということである。
 開発担当機関と女性政策者や女性関連のNGO(非政府組織)が連携しながら、WIDを推進してきた諸外国に比べ、日本では開発政策者は女性に、女性政策者は開発に無関心であったため、WIDの開始が大幅に遅れる結果となったのである。

●ジェンダー問題解決のための国際的枠組み
 グローバル化により、ジェンダーも政治、経済、文化、社会のさまざまな側面で国際秩序の中に組み込まれてきた。つまり、グローバル化の進展によって、ジェンダー問題もグローバル化しているため、1国あるいは1地域の枠内では解決できない課題が増えてきているのだ。逆に言えば、この課題に世界規模で取り組むことによって、より効果的かつ長期的視野にたった解決法を見出していけるということである。
 現在、このジェンダー問題の解決に向けた国際的取り組みにおいて、牽引車の役割を果たしているのは国連である。国連設立の基本目的の1つは、人権の国際的保持にあり、男女同権もその重要な柱を形成しているのだ。
 1975年(国際女性年に指定されている)から開催されている国連世界女性会議でのスローガンは、「平等、開発、平和」である。この並び方の順序にも示されているように、75年以降の「国連女性の10年」において最優先課題とされたのは男女の平等であった。しかし、この時点から従来の開発政策にはなかった「開発への女性の参加」という視点が誕生し、欧米の開発援助に徐々に浸透したことも関係して、女性の諸課題の視野を広げて、途上国独自の問題をその中に含めることの重要性が認識されるようになるのである。
 現在、ジェンダーは地球的課題の解決のために不可欠な要素となり、ジェンダーの視点を入れることによってはじめて「地球平和」の達成や、「持続可能な開発」の推進が可能になると考えられている。男女平等は、よりよい地球秩序を創出するための前提条件なのである。
 その実現のためには、前述の例からも分かるように、当事者(女性)の実情をよく把握し、ともに開発に携わることが必要不可欠なのである。細かい政策等の議論は抜きにして、まずはどんな立場にいる女性でも自らの意見を発言できる場を作っていくことが早急に望まれるのではないだろうか。「表現の自由」を与えられている立場からそうでない人々のためにも切にその実現を願う。

参考資料
「プロブレマティーク 国際関係」 編集代表:関下稔 発行所:東信堂
 (特に引用、参照したのは第8章「地球時代のジェンダー」P、143〜161 姫岡とし子著)
絶対的貧困についてのホームページ
 http://members.jcom.home.ne.jp/katoa/02sakamoto.htm
 →2001年度一橋大学社会学部学士論文(加藤哲郎ゼミナール)
 http://www.aoba.sakura.ne.jp/~ken/main/report/zinken1.htm
 →発展途上国における貧困の原因とその克服策について

 

アフガニスタンにおける女性差別とその対策

穂積 香名子(立命館大学政策科学部3回生)
掲載:20020722


 去年の9月11日に起きたアメリカテロ事件以来、日本やあらゆる他国のメディアは、テロ組織であるアルカイダがアフガニスタンに逃走しているという噂を聞きつけ、アフガニスタンの現状を度々報道した。ニュースなどで報道されるアフガニスタンは我々の生活では考えられないくらいの貧しいライフスタイルであった。例えば、アフガンでは3年間続けて干ばつにあい、それによって、11,55百万人が深刻な餓死状態に陥っている。(Heil)国連が今すぐにアフガンへの食料や水の支給が必要であると指摘されて以来、それらはよく送られるようになったが、量的には十分ではない。さらに20年間続いた内戦により何百万もの人々は家を失い、難民となっている。これらの内戦で主な被害者となっているのは女性とその子供達であり、あらゆる面において彼女達の人権は侵されている。今回の論文では、アフガン女性に焦点を当て彼女達の人権がどのように侵害されているのか(タリバンによる禁止令や暴力など)を調べ、その対策を考えていきたい。
 まず初めに、アフガン女性はタリバンの禁止令などにより表現の自由や職業の自由などの根本的な人権を侵害されている。例えば学校や大学や他の教育機関などでの女性の勉学の禁止などが挙げられる。これは、女性差別の典型的なものであり、男性は女性が教育を受けることによってあらゆる知識や才能を身に付け、男性社会が多くの知的で熟練された女性によって崩壊することを恐れているがために、女性と教育とを引き離そうとしているのだ。また、アフガン女性は頭から足のつま先までベールという布を着ることを義務付けられている。日常生活でこのベールを着て生活することは大変困難なのである。実際、あるアフガン女性は次のように述べている。「ベールは以外と厚みがあり、息をしにくく、目が見にくいので道路を渡りにくい」(Some)最後に、彼女達は化粧やハイヒールだけでなく、大声で笑うことや夫以外の男性と話したり握手することすら禁止されている。私達にとって、化粧をしていい服を着て、色んな人と話したり笑ったりする事は1つの喜びだといえよう。それゆえに、アフガン女性の抑制されていた環境は想像できない。
 次にこれらの禁止令に加え、アフガン女性は男性によるレイプや誘拐や暗殺などの犯罪にあっている。例えば武装したグループが女性のいる各家々に入りこみ、女性を叩きつけレイプし拉致されることもある。このような結果、これらの暴力から逃げるために自殺を余儀なくする女性もいれば、家を飛び出し難民となる女性もいる。女性を抑制するための男性の暴力の中でもレイプは伝統的にあらゆる場面で使われている。しかも、タリバンは故意に彼女達の両親や親戚を目の前で殺してから、レイプする。そのようなレイプにあった女性はトラウマをもってしまう人が多く、現在専門的な治療なしでは直らないという女性も少なくない。タリバンが女性達にこのような暴力を与えるのには、さまざまな理由がある。例えば、ある父親がどうしても娘に教育を受けさせたく、内密にそのような施設に通わせており、それがタリバン政権にばれてしまい暗殺やレイプなどにあった。このようにタリバンは女性への禁止令や暴力を加えることによって女性の社会への進出を妨げるだけでなく、女性そのものを「物」扱いしていた。
 タリバン政権がこのようにアフガニスタンを思うがままに支配できるのは国自体に問題がある。日本やアメリカやヨーロッパなどの先進国では、タリバンが犯した暴力などが公に伝わると即罰せられる。特にアメリカではレイプという犯罪はきわめて深刻に扱われ、死刑に近いくらいの罰が下る。私達は人権に関する法律が保障されているため、女性に対する暴力はまだ少ないほうである。しかし、アフガニスタンでは非人道的な法律がタリバンによって制定され、法律そのものが意味を成さず、裁判もできない。
 では、このようなタリバンによる犯罪を無くし、アフガン女性の人権を保護するにはどうすれば良いのだろうか。まず考えられる1つの方法は、非暴力という手段でこれらの暴力と戦うことである。フェミニストと呼ばれる人々はよくこの非暴力という手段を使って家父長制に対して戦うことがある。というのも、非暴力とは男性による暴力の悪循環を食い止めるという意味があるからだ。
 それでは、私達(先進国に住む人々)はアフガン女性をどのように助けることができるのであろうか。インターネット上で調べたところ、国連やアメリカ合衆国は独占的にアフガニスタンに大量の武器を輸出し、その輸出された武器によって、武装化したタリバンが罪もない国民(特に女性とその子供達)を脅し、勢力を振るっているという事実が明らかとなった。つまり私達にできることはこれらの輸出されている大量の武器を食い止めることであろう。また、アフガン女性を助けるもう1つの考えられる方法は、彼女達の被害を公に知らせること、つまり私は「平和教育」というものを推薦したい。基本的に、私達は義務教育である小学校から中学校まで国によって定められた教科やその教科書を使って学んできたが、それだけでなく国外でどのような問題が起こり、どのような形で人権が侵害されているのかということを知ることも1つの重要な教育だと考えている。
 結論として、アフガン女性はタリバンによる禁止令や暴力による人権が侵害されている。彼女達に社会的公正を導き人権を保護するには、非暴力という手段で男性の暴力と戦わなければならない。また、私達はアフガニスタンの非武装化を目指して、大量の武器の輸出を食い止めなければならない。そして、平和教育を義務教育の一環として導入することにより、より多くの人々にアフガン女性の被害の実態を知ってもらい、アフガン女性を支援するNPO組織などができる可能性がある。(現時点でWAPHAやAMNEATYなどの支援組織はあるが)
 最後に、私は短大生の頃からジェンダーについて学んできたが、それを学ぶ上で常に心がけてきたことは男女両方の立場で物事をみるということである。昔に比べ、日本は男女雇用機会均等法などの平等な社会を目指す法律がいくつか制定され、女性の社会への進出は今では当たり前のようにもなっている。しかし、女性の立場を尊重しようと思ってか、それは男性差別ではないかと考えさせられるものも日本にはある。例えば、レディースデイである。これは平日の水曜日、女性のみが5〜20%割引になるという日なのだが、なぜ女性だけなのかと私はいつも考えさせられる。また、日本だけでなく海外でも男性差別があると感じることは「レディースファースト」である。この言葉は海外に行けば1回くらいは聞くであろう。私もブラジル在住の時に何回かこの言葉を聞いた。なぜ女性が優先されるのであろうか?平等社会とは決して女性が有利な立場に立つことではないのだ。テレビ番組で度々出てくる「フェミニスト」と名乗る女性の中には、被害妄想が強いだけのように思う人や、男性差別の存在を把握していない人などがたまにいる。私は女性である限り社会に出ると、さまざまな女性差別というものにぶち当たる可能性は高い。しかし、常に私はそれが本当に女性にとって不利なことなのか、ただ単に被害妄想が強いだけではないのか慎重に判断していきたい。


……以上、以下はホームページの制作者による……


  ◆フェミニズム
  ◆同時多発テロ事件
  ◆2002年度講義関連

 

発展途上国の人口問題と女性差別の関連性

K(立命館大学政策科学部3回生)
掲載:200208


 1999年国連人口基金によると、世界の人口は60億人を突破した。世界の人口の3分の2が発展途上国に分布されている。最近になって増加率はやや低下しているものの、世界人口は今後もなお増え続け、2050年に90億人、2100年に104億人に達するという(国連・98年推計)。第1
は開発途上国だけで人口の急増が続く。先進国は現在の約11億人で停滞するが、途上国は2001〜2050年で約33億人、2050〜2100年で10億人も増加する。地球の限界は80億人といわれているだけにこのように発展途上国の人口問題は深刻である。
 人口が増加するとどのような影響を与えるかというと食糧問題や環境問題が懸念される。人口を養うためには農作物と燃料を確保しなければならない。そうなると耕地面積の拡大が必要とされる。耕地面積の拡大のために森林を伐採し、焼き畑を行ったり、燃料としたりしている。その結果、発展途上国において森林が減少しつづけている。このように発展途上国の人口増加は深刻なものとなっている。なぜこのように人口が増えていくのか。貧困層の人たちは基本的に子どもというものが労働を提供してくれる存在であるとみなし、子どもを多く産み、大家族を作ることで貧困の問題を解決しようしている。そして国にとっての大切な収入源である輸出向けの作物を作る人手となっている。発展途上国の民衆が貧しいのは、たくさんの子どもを養っていかなくてはならないからではなく、民衆は貧困の中にあるがゆえに、子どもをたくさん持つからである。
 1995年に北京で行われた国連世界第4回会議では女性差別はどのようにしたらなくなるのか報告された。そして2005年までに教育の中での性差別をなくしていくことを話し合われた。女性というだけで男性と違う扱いを受けることがある。例えば、子供が二人いて、女の子だからといって教育を受けさせてもらえなかったり、同じ仕事をしていても女性は男性より収入が少なかったりすることがある。なぜこのような差別が生まれるのだろうか。よく女らしい、男らしいという言葉を耳にする。女性の役割、男性の役割という意識が教育や、仕事に影響を及ぼしている。女性の役割とは大きく二つ上げると母としての役割と主婦としての役割である。女性は子供を生み、身の回りの世話をすることが自然な役割だとされるがために、ほかの活動はそんなに重要な位置を占めないと感じる。だから職場において差別が生まれる。また、家事というのも自然な役割だとされている。先進国では洗濯機など機械が手助けをしてくれるが、発展途上国ではこのような助けはない。手で洗濯をし、毎日食事の準備をし、水をくみ、木や燃料を何キロメートルと歩いて運いて家事をこなしている。しかし、これらの仕事は収入が発生しないため男性が外で働いているのと同じとはみなさない。家事をするという女性の役割が差別を生む。
 発展途上国では女の人は子供を生み育てることが役割だとされている。女性の役割は農場を手伝い、家事をし、結婚し、子供を生むことであるとされ、教育を受けることはそれらが遅れてしまうため、時間とお金の無駄とされているからである。彼女たちは結婚して子どもを産む以外に生きる道がないといってもよい。女性は一般に結婚後、夫の家族と同居し、息子を産むまではその地位を認められない。発展途上国の多くの国に見られる女性の地位の低さがそのことを許さないのが現状である。このような背景からたくさんの子供達が小学校にいけなかった。その大半が女の子でアフリカや南アジアに住む子供たちである。もし女の子が教育を受けることができたとしても、学校自体が女の子を受け入れる環境でない。女性の先生もほとんどいないので先生たちも女の子を差別する。
 人口増加を解決するには発展途上国の女性の地位を向上させることが重要である。発展途上国の貧困層における女性の地位というものは著しく低く、今でも多くの女性が家庭内暴力や多産を強いられることに苦しんでいる。それにもかかわらずそのような環境が変わらないのは教育を受けていないことで他の文化を知らないため、多産を美徳だとする慣習に何の疑問も感じずに享受してしまうからである。その意味からも教育は必要であると思われる。現在女性の地位向上のために国際人口・開発会議(ICPD:International Conference On Population And Development)などによる国際的活動が行われている。1994年にエジプト、カイロで開かれた。そこでは180国が参加し、20年間の人口問題における行動計画を中心に、女性の権利の必要性について話し合われた。避妊問題、中絶問題、資金調達問題、女性の人権としてのリプロダクティブ・ライツ(全てのカップルと個人が自分たちの子供の数、出産間隔、ならびに出産する時を責任を持って自由に決定でき、そのための情報と手段を得ることができるという基本的権利)が行動提案としてあげられ、初等教育の普及、非識字率の減少、家族計画の普及、妊産婦死亡率に関して「助産婦・医師の介助を伴う出産率」設定、若者(15〜24歳)へのHIV感染に感する情報・教育・サービスの普及、感染率の低下の具体的な数値目標を設定した。
 これらの問題を解決する上では男性の協力や政府やNGOを含めた民間のあらゆる組織協力が必要とされてくる。現在、For African Woman Educationalists(FAWE)というNGOの活動がある。発展途上国で教育を受けることのできない人々がみんな受けられるように環境を改善していくことを目的とした組織である。FAWEは女性とはこうである、男性はこうである。という固定概念を振り払うことを望んでいる。そして女の子を持つ両親が自分の娘が教育を受けることに対して理解を示す態度に変わることを望んでいる。先生自体がジェンダーの問題を理解し、性差別を減らし、女性が教育を受け入れられるように質を改善していかなければならない。

 (感想)
 発展途上国では人口問題と女性差別は切っても切り離せないものである。女性の差別がなくなり、教育を受けることができ女性の意見が反映される世の中になれば、人口問題などさまざまな問題を解決する糸口をつかめる。女性の地位の問題は単なる無知だったり労働力不足によるものではなく文化的、宗教的背景も密接に関わっているように思う。他国の文化を知らず、たくさんの子供を生むことが美徳だとされているところにも原因がある。出生率低下のためには女性が避妊薬や避妊具を利用し、医療を受け、経済活動に参加するようになることが必要だ。現実に発展途上国においては政策によって家族計画を普及させることができるのであろうか。人口の問題を真に理解するためにはまず、社会の現実に根ざしたところの夫婦が子どもを産む動機、ないしは産まない動機とその背景を理解することが必要である。そのような意味でも教育が必要とされてくるのではないか。わが国の協力可能性として国際保健分野では疾病対策、人口問題、環境問題など、さまざまな分野での活動が行われており、わが国からも数多くの人材が派遣されている。しかし、発展途上国における活動は国内の地域保健とは異なる社会状況を背景とするため、それぞれの国情に合った人材育成が必要となる。これらのための教育技術の開発や蓄積の研究を行う責務を負っているのが人材育成部であり、地域保健医療及び国際保健活動に関する人材育成の動向の分析、技術開発及びこれに関する支援についての調査研究を今後も行っていかなければならない。人口増加を解決するには教育は切手も切り離せないものである。だから、現職の教師を派遣し、子供たちに言語や他国の文化を教えていくだけでなく、その国の教師を育成していく必要がある。すべてにおいてであるが金銭の援助だけでなく、技術を提供していかなければならない。しかし、金銭的援助が必要でないというわけではない。発展途上国ではある程度の教育は無償で受けられる国々も出てきているのであるが、教科書、制服は自ら調達しなければならない。そのための資金を工面できないために子どもを学校に行かせられない両親が多い。日本から援助された金銭はその教育費用のために、当てられれば有効だと考える。

【参考文献】
著者;Trevor Ballance
発行者:加藤昌雄
英語で学ぶ国際協力とNGOの世界(株)英潮社 16,17、33、34、36、37ページ参照)
2002年2月1日初版発行

外務省:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinko/
人口増加における根本的諸問題 http://www.law.keio.ac.jp/~hagisemi/ishida/index5.html


……以上……

REV: 20170127
フェミニズム  ◇2002年度講義関連
TOP HOME (http://www.arsvi.com)