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アフリカ/アフリカ Africa 2005/アフリカ Africa 2006/アフリカ Africa 2007 1/アフリカ Africa 2007 2/アフリカ Africa 2007 3/アフリカ Africa 2007 4/アフリカ Africa 2008 1月/アフリカ Africa 2008 2月/アフリカ Africa 2008 3月/アフリカ Africa 2008 4月/アフリカ Africa 2008 5月/アフリカ Africa 2008 6月/アフリカ Africa 2008 7月/アフリカ Africa 2008 8月/アフリカ Africa 2008 9月/アフリカ Africa 2008 10月/アフリカ Africa 2008 11月/アフリカ Africa 2008 12月/アフリカ Africa 2009 1月/アフリカ Africa 2009 2月/アフリカ Africa 2009 3月/アフリカ Africa 2009 4月/アフリカ Africa 2009 5月/アフリカ Africa 2009 ○外務省 各国・地域情勢 モザンビーク共和国 ◆2007/01/23 外務省 モザンビークの「ザンベジア州及びテテ州地方道路橋梁建設計画」及び「マラリア対策計画」に対する無償資金協力について ◆2007/03/08 日本赤十字社 モザンビーク・アンゴラの水害 洪水とサイクロン ◆2007/03/09 国境なき医師団 モザンビーク:洪水発生から1ヵ月が経過、遠隔地の数千人は未だに援助を受けられず ◆2007/03/18 NIKKEI NET 国際協力銀、モザンビークに初の円借款 ◆2007/03/19 外務省 スーダン、パレスチナ、モザンビークに対するFAO(国連食糧農業機関)を通じた貧困農民支援について ◆2007/04/02 JANJAN モザンビークのサイクロン対策 ◆2007/04/03 FujiSankei Business i モザンビークにしわ寄せ ジンバブエ経済危機で ◆2007/05/28 外務省 モザンビークの「ザンベジア州及びテテ州地方道路橋梁建設計画」に対する無償資金協力について ◆2007/05/29 国境なき医師団 南部アフリカ:医療従事者不足がHIV/エイズ治療へのアクセス拡大を制限 −MSFの新たな報告書「人材求む」発表− ◆2007/05/30 国境なき医師団 人材求む!−HIV/エイズ治療の拡大に立ちはだかる、危機的な医療従事者の不足− ◆2007/05/30 IBTimes 外務省、モザンビークへの無償資金協力を発表 ◆2007/07/14 中日新聞 新居出身の中村さん寄贈呼び掛け実る アフリカの学校に中古楽器 ◆2007/08/06 JANJAN モザンビーク:農民に尊厳を取り戻す農業フェア ◆2007/08/07 AFP BB News モザンビーク観光開発で南ア投資家と住民が対立 ◆2007/08/07 JANJAN モザンビーク:人身売買防止には『意識啓発』が重要 ◆2007/08/11 JANJAN “ワイルドウェイ”、分断された大陸に橋をかける(全訳記事) ◆2007/08/16 中国情報局NEWS 中興通迅:携帯電話の輸出台数が1000万台超に ◆2007/08/20 四国新聞 注目アスリート紹介・女子−07世界陸上香川合宿 ◆2007/08/27 外務省海外安全ホームページ モザンビークに対する渡航情報(危険情報)の発出 ◆2007/08/28 時事ドットコム ジェプコスゲイ、女子中距離ケニア初の金=世界陸上 ◆2007/08/28 asahi.com 末続、2次予選で敗退 世界陸上 ◆2007/09/06 JANJAN モザンビーク:水道がいまだに幻想でしかない医療施設 ◆2007/09/07 JANJAN ポルトガル:移民を選別する新移民法 ◆2007/09/15 サンパウロ新聞 我らの手で害虫被害の撲滅を ◆2007/09/27 サンパウロ新聞 アフリカに目:資源開発積極化:ペトロブラスとバーレ・ド・ドーセ ◆2007/09/27 朝雲ニュース 国際活動教育隊 1期の課程教育開始 ◆2007/10/06 JANJAN アフリカ・バイオ燃料:『可能性と課題』 ◆2007/10/07 JANJAN ポルトガル:依然続く旧植民地国からの頭脳流出 ◆2007/10/11 農業情報研究所(WAPIC) モザンビーク 英国企業とエタノール・プロジェクト 灌漑水奪われて破産と下流農民 ◆2007/10/12 JANJAN ポルトガル:黒人俳優、活躍の場広がる ◆2007/10/14 AFP BB News モザンビークでアフリカ最大規模のエタノール生産事業が開始へ ◆2007/10/15 AFP BB News 英連邦53か国、財務相会議で気候変動対策を協議 ◆2007/10/18 農業情報研究所(WAPIC) マラウィ 石油輸入費増大で国産エタノール利用を促進 ブラジル製フレックス車を奨励 ◆2007/10/19 JANJAN キューバ:安くてハリケーンにも強い「エコマテリアル」 ◆2007/10/23 usfl.com マラリアの新薬、乳児にも安全かつ効果大 ◆2007/10/26 JANJAN 「優れた兵士」として徴用され続けている世界の子どもたち ◆2007/10/27 中日新聞 けん玉「日本一」名人が中学生指導 名古屋の窪田さん春木中訪問 ◆2007/10/28 ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版 人権としての食糧権の確立をめざして ◆2007/11/10 JANJAN 「優れた兵士」として徴用され続ける世界の子どもたち(全訳) ◆2007/11/18 中日新聞 内田佐七家を特別公開 内海の尾州廻船船主 ◆2007/11/19 外務省 モザンビーク共和国に対する無償資金協力(保健人材養成機関施設及び機材拡充計画(詳細設計))に関する書簡の交換について ◆2007/11/20 徳島新聞 モザンビークで医療支援 徳大病院・内藤准教授 2007/11/20 10:43 ◆2007/11/25 usfl.com 30年ぶり大型円借款供与 政府、ケニアの港湾施設に ◆2007/11/26 外務省 採用情報 「経済協力調整員」募集及び説明会のお知らせ ◆2007/11/28 AFP BB News モ・イブラヒム賞授賞式、閉幕コンサートにユッスー・ンドゥールらが登場 ◆2007/12/10 NBonline 欲望だけがアフリカを救う 世界で最も貧しい大陸の命運を握る“貪欲マネー” ◆2008/01/04 JANJAN 【ラテンウォッチ】幼児虐待・人身売買 ◆2008/01/17 AFP BB News 【UNICEF】モザンビーク:被災者5万人 更に増加・・・日本人職員も現場へ ユニセフ 洪水被災地で緊急支援活動を拡大 ◆2008/01/24 JANJAN 南南投資・貿易の飛躍的拡大 ◆2008/01/25 日本赤十字 (速報)南部アフリカで洪水:水が押し寄せる前に避難を! ◆2008/02/06 JANJAN モザンビークの洪水:健康被害拡大の恐れ ◆2008/02/07 時事ドットコム 2008/02/07-16:44 三井物産、モザンビークの石油・ガス探鉱権益取得=130億円投資 ◆2008/02/07 JCN NETWORK 三井物産、モザンビーク共和国における新規石油・ガス探鉱権益取得 ◆2008/02/07 NIKKEI NET 三井物産、モザンビークで石油ガス権益取得へ ◆2008/02/07 Response 三井物産、モザンビークで石油探鉱鉱区の権益を取得 ◆2008/02/13 マレーシアナビ ロンリープラネット、マレーシアをトップ旅行先に選出 ◆2008/02/17 国境なき医師団 モザンビーク:洪水で避難した人びとをコレラ感染が襲う ◆2008/02/20 徳島新聞 アフリカ南部で日本漁船が火災、全員無事 ◆2008/02/21 時事ドットコム 2008/02/21-00:03 気仙沼の漁船、アフリカ沖で火災=乗組員24人は無事−二管本部 ◆2008/02/26 MSN産経ニュース 薬効かない超耐性結核、45カ国に拡大 WHO報告 ◆2008/02/27 毎日jp 超多剤耐性結核:45カ国で感染例ーーWHO発表 ◆2008/02/28 AFP BB News モザンビーク大洪水被災地から ユニセフ現地事務所職員 根本さんの報告 ◆2008/03/03 AllAfrica.com Mozambique: HIV/Aids And the Disabled ◆2008/03/10 時事ドットコム 2008/03/10-11:58 ソボレワが女子1500で室内世界新=陸上 ◆2008/03/10 NIKKEI NET 双日、製紙原料をアフリカ南部で調達・植林地確保やチップ製造 ◆2008/03/24 nikkei BP net 三井住友銀行、企業の温暖化対策活動を総合的に支援するプログラムを開始 ◆2008/04/08 cnn.co.jp 食糧価格高騰で暴動、国連事務所も襲撃 ハイチ ◆2008/04/10 毎日新聞 らっこ・ライブ・レビュー:オマール・ソーサ 同胞と探る痛快な荒業 ◆2008/04/17 JANJAN インド:FAO代表「食糧不足は非常事態」 ◆2008/04/26 時事ドットコム 2008/04/26-19:19 食糧高騰の混乱、世界に拡大=1日100円以下の貧困層直撃 ◆2008/05/27 AFP BB News 南ア政府、外国人襲撃の沈静化を宣言 死者は56人に ◆2008/05/28 AFP BB News 南アフリカ政府、外国人襲撃による犠牲者の救済策を協議 ◆2008/05/29 外務省 高村外務大臣とホアン・チュン・ハイ・ベトナム社会主義共和国副首相との会談について ◆2008/05/29 asahi.com 日本企業、アフリカ熱 豊富な資源・消費に期待 ◆2008/05/29 MSN産経ニュース 住友商事、マダガスカルに「住商文庫」順次設置 ◆2008/05/29 MSN産経ニュース マラリアの脅威 モザンビーク大統領随行員が緊急入院 ◆2008/05/29 毎日新聞 アフリカ開発会議:資源外交に政府躍起 ◆2008/05/29 Reuters サッカー=ドログバ、負傷でW杯予選を欠場へ ◆2008/05/29 徳島新聞 アフリカの眼科医療を支援 内藤氏(徳大病院准教授)らNGO設立 2008/05/29 10:43 ◆2008/05/30 毎日新聞 エコナビ2008:アフリカ開発会議で政府、資源確保へ積極外交 ◆2008/05/31 47news.jp 「自転車は勇気与える」 モザンビーク大統領が謝意 ◆2008/06/01 毎日新聞 ゲブザ・モザンビーク大統領:友情確かめ初来県 自転車贈呈に「お礼の言葉」 /愛媛 ◆2008/06/01 japan.techinsight.jp ”自転車で銃をなくす”支援で松山市をモザンビーク大統領が訪問。 ◆2008/06/01 愛媛新聞 理解の種子 ◆2008/06/02 長崎新聞 熱帯医学研が研修生15人受け入れ 8月までウイルス学など指導 ◆2008/07/04 外務省 モザンビーク共和国に対する無償資金協力(保健人材養成機関施設及び機材拡充計画)に関する書簡の交換について ◆2008/08/13 uefa.com パナシナイコスがスパルタ・プラハに先勝 ◆2008/09/10 IBTimes アフリカの初期PKO 国連モザンビーク活動が築いたもの ――アフリカのPKOへの自衛隊派遣から得られるもの ◆2008/09/12 外務省 アフリカ貿易・投資促進合同ミッション(南部ミッション)(結果概要) ◆2008/12/18 時事ドットコム ジンバブエのコレラ死者1000人超える=国連 ◆2009/03/18 外務省 モザンビーク共和国に対する無償資金協力に関する交換公文署名式について(「コミュニティ参加を通じた村落環境整備計画」) ◆2009/03/19 New Vision (allafrica.com) ウガンダ、ガーナ、モザンビーク、タンザニアの小規模農家むけの新基金が発表(英語:Africa: Donors Unveil New Fund for Small Farmers) ◆2009/03/30 外務省 モザンビーク共和国に対する無償資金協力2件に関する署名式について ◆2009/04/13 allafrica.com モザンビーク政府が食料安保のためにマーケティング支援(英語 Mozambique: Government Supports Agricultural Marketing) ◆2009/04/28 外務省 西村康稔外務大臣政務官のウズベキスタン、アゼルバイジャン、グルジア、オーストリア、シリア、ヨルダン、エチオピア、ジブチ、ケニア、南ア、モザンビーグ及び英国訪問 【参考図書】 戦争と平和の間―紛争勃発後のアフリカと国際社会 武内進一編 日本貿易振興機構アジア経済研究所 5,100円+税255円 A5判 400p 2008年11月 [amazon]
序 章 アフリカの紛争と国際社会 武内進一 モザンビーク解放闘争史―「統一」と「分裂」の起源を求めて 舩田クラーセンさやか著 御茶の水書房 ¥9,240 A5版 669p+28p 2007年2月 [amazon] 国連ボランティアとしてモザンビークで活動したことをきっかけにモザンビーク研究を始めた著者が、12年近くの年月をかけてまとめた。 >TOP 外務省、モザンビークへの無償資金協力を発表 2007年05月30日 11:32更新 前の記事 次の記事 一般 ・ 外務省 一覧 28日、外務省は、日本政府がモザンビーク政府に対し、総額18億4500万円を限度額とする無償資金協力を行うことに関する書簡交換が、同国の首都マプト市にて、三木達也駐モザンビーク大使とアルシンダ・アントニオ・デ・アブレウ外務協力大臣との間で行われたと発表した。 モザンビークは、人口約1980万人、1人当たりのGNI(国民所得)は約310ドルで、内戦後の国土復興の中長期国家計画として「国家再建計画」を策定、都市部と農村部の経済的結びつきを強化し、貧困削減を図ることを目標に掲げている。 同国のザンベジア州及びテテ州は、農産物の生産量が多いが、両州の橋梁はそれぞれ22%、49%が未整備となっており、洪水や内戦により地方道路に架かる5橋梁も大きな被害を被ったため、地方の経済活動の大きな阻害要因となっている。しかし、政府の厳しい財政事情から道路・橋梁の本格的な建設・改修は行い得ず、その整備に必要な資金について、日本政府に対し無償資金協力を要請してきた。 外務省では、今回の資金協力実施により、現在の仮設橋梁での25トンの車両重量制限が43トンに向上し、雨期の出水による通行止め(2ヶ月)が解消され、沿線地域住民55万人の経済活動の活性化にも貢献することが期待されるとしている。 >TOP 新居出身の中村さん寄贈呼び掛け実る アフリカの学校に中古楽器 2007年7月14日 国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊員としてアフリカ南東部・モザンビークに派遣されている新居町出身の音楽教師中村わかなさん(31)の呼び掛けで、同町や浜松市の賛同者から寄せられた鍵盤ハーモニカとリコーダー計139個が、中村さんが教える教員養成学校に贈られた。教科書すらなかった同校に初めて楽器が配備され、中村さんは「学生たちはとても喜び、楽しく楽器を学んでいます」と、故郷の善意に感謝している。 (河野貴子) 中村さんは2005年から「シャイシャイ初等教員養成学校」に派遣されている。首都マプトから北東に車で約4時間。小学校の教員免許取得を志す20−40歳代の約1000人が学んでいる。 音楽の学習課程には楽器演奏が盛り込まれているものの、学生たちはピアノを見たことすらなく、歌を歌うだけの授業。「国民所得が1日1ドル未満の途上国」(中村さん)では、楽器購入は難しかった。そこで、故郷の両親や小中学校の同級生らに頼み、口コミで中古楽器を集めてもらった。 昨年6月末ごろ、日本から船便で送り出された荷物は、税関での足止めを経て今年2月ごろ学校に到着。音楽室に常備して交代で使っているという。 思いがけない贈り物に、学生たち約100人から最近になって「ありがとう」「うれしい」とポルトガル語で喜びをつづった手紙が新居町に届いた。 本紙の国際電話での取材に、中村さんは「見たことのない楽器だから、リコーダーを思い切り口の中に入れて吹こうとする人もいて」と笑い「予想に反した使い方がおもしろいですよ」と学生たちの様子を温かい口ぶりで報告した。 >TOP モザンビーク観光開発で南ア投資家と住民が対立 * 2007年08月07日 08:15 発信地:Inhaca Island/モザンビーク 【8月7日 AFP】真っ白な砂浜が広がるモザンビークの海岸。楽園のように美しいこの観光地で、隣国南アフリカからの投資家と住民の間の対立が先鋭化しつつある。 1994年にようやく終了した27年におよぶ内戦。ポルトガルの旧植民地モザンビークは、このところ観光ブームに沸いている。白い砂浜と、どこまでも透明な海、そしてリラックスした雰囲気が、外国人の間のモザンビーク人気を高めている。 しかし、外国人の大量流入に地元の住民はよい顔をしない。特に隣国の南アフリカからやって来る住民は、違法ぎりぎりの手段で土地を入手し、環境を破壊して金儲けをもくろんでいると評判が悪い。 首都のマプト(Maputo)からフェリーで2時間、Inhaca Islandには100キロにわたる息をのむような美しい海岸線が広がっている。珊瑚礁にマングローブそして内陸部の森林、いずれも観光客を惹きつけてやむことはない。 しかし、この美しい島で南アフリカの投資家と地元住民の対立が激化しつつある。 モザンビークの法律は、外国人による土地所有を禁止している。しかし、島の村役場に勤めるLazaro Timbaさんによると、南アフリカ人は、地元の土地所有者の住民と「開発パートナーシップ」を結ぶことにより、この法律を事実上反故にしているという。 時々、村役場から検査官がやってきて、南アフリカ人が観光をビジネスにしていることが分かると摘発を行うが、ほとんどのケースは法の網の目をくぐり抜けてしまうという。 モザンビーク北部のInhambane州でも土地を巡る同様の紛争が発生している。地元の住民が特に腹を立てているのは、外国人投資家が裕福な観光客のために海岸をフェンスで囲い、住民を閉め出す行為だという。Inhambane州では、土地を所有することを望む外国人は、地元当局と結託して住民を追い出す手段にさえ出るという。 モザンビークへの2005年の観光客数は5億7800万人。国内総生産(GDP)の2.5%を稼ぎ出す観光産業だが、脆弱な生態系がその負担に耐えかねて、将来の観光産業の発展に支障が生じる恐れもあるという。 モザンビークの法務省に勤務する土地、環境問題専門の弁護士、Carlos Serraさんは、法律はあってもそれが十分に執行されていないことが問題だと指摘する。 しかし、政府のさまざまな失策にもかかわらず、モザンビークの土地と環境関連法の施行状況は徐々にではあるが改善しつつあると、弁護士のSerraさんは楽観的な見通しも示している。(c)AFP/Fran Blandy >TOP 中興通迅:携帯電話の輸出台数が1000万台超に 2007/08/16(木) 22:56:03更新 携帯電話メーカーの中興通迅(ZTE)は14日、2007年の輸出台数が既に1000万台を超えたことを明らかにした。国内の携帯電話メーカーの中で最大の輸出台数となる。 情報産業部が7月末に発表した07年上半期の携帯電話に関する統計によると、1−5月にはCDMA携帯電話の輸出台数は2740万台で、販売台数の84%を占めた。輸出台数が最も多いのは中興通迅で、同期間中に総輸出台数の18%に当たる485万台を輸出した。 中興通迅携帯電話事業部の熊輝市場副総裁は、5月にボーダフォンと合同で新興市場向けの携帯電話を発売したと発表。南アフリカ、コンゴ、モザンビーク、アルバニア、オーストリア、トルコなどで販売をスタートした。特にチェコとオーストリア人気が高いという。またインドでは、同社のCDMA携帯電話の市場シェアトップの30%になった。同社のWCDMA方式の第3世代(3G)携帯電話は、07年の上半期だけで06年通年の出荷台数を超えたという。(編集担当:入澤可織) >TOP 注目アスリート紹介・女子−07世界陸上香川合宿 2007/08/20 09:28 25日から開かれる陸上の世界選手権大阪大会(長居陸上競技場)に向けた香川県丸亀市内での合宿が熱を帯びてきた。当初予定していたデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧4カ国の選手に加え、女子棒高跳び世界記録保持者のイシンバエワ(ロシア)、女子800メートルでシドニー五輪金メダリストのムトラ(モザンビーク)ら計9カ国の選手が来県。県立丸亀競技場を拠点に黙々と最終調整に励んでいる。メダル有力候補がずらりと並ぶ中、注目のアスリートを男女に分けて紹介する。 女子棒高・イシンバエワ 世界記録を20度も更新 7種競技・クリフト 5年間公式戦負けなし 香川合宿で最も話題を呼んだのは、女子棒高跳びで世界唯一の5メートルジャンパー、イシンバエワの“飛び入り”参加。これまで屋外と室内を合わせ、世界記録を20度も更新してきた女王は「ライバルは自分自身」とマイペースで調整を進めている。 25歳。均整の取れた174センチの体は、周囲も驚くほど上半身が一段とたくましさを増した。今年は2月に4メートル93の室内世界新を出し、7月のパリ国際で今季世界最高の4メートル91をマーク。屋外では前回の世界選手権で5メートル01の世界新を樹立して以降、足踏みが続くが、「日本のファンのため、世界記録を更新したい」と意欲をのぞかせる。 7種競技の金メダル候補筆頭は、クリフト(スウェーデン)。2003年の世界選手権では、史上3人目となる7000点突破を史上最年少(20歳)で達成した。同選手権を含め過去5年間、出場した公式戦は負けなし。3連覇の懸かる今回も「丸亀でベストコンディションに仕上げ、自己ベストを狙う」と意気込んでいる。 800メートルは34歳のムトラが充実している。シドニー五輪で頂点に立った後、前回の世界選手権は4位に終わったが、今季はメダルを狙える1分58秒台を4度もマーク。炎天下の県立丸亀競技場をひた走りながら、メダル獲得に執念を燃やしている。 走り幅跳びでは、7メートルジャンパーのコトワ(ロシア)が18日から合宿に合流。アテネ五輪の銅メダリストで、世界選手権は3大会連続で銀メダルに輝いた。今回は混戦の同種目で優勝候補に挙がっている。 22日には、走り高跳びで世界歴代2位となる2メートル08の記録を持つベリクヴィスト(スウェーデン)が丸亀入りする。2001年、03年の世界室内選手権を制し、前回の世界選手権で金メダルを獲得。175センチ、59キロのスレンダーな体格で、美人選手としても知られている。 >TOP 国際活動教育隊 1期の課程教育開始 駒門で幹部33人入校 今年3月、中央即応集団隷下に新編された国際活動教育隊(駒門、隊長・軽部真和1佐以下約80人)の「第1期幹部国際活動課程」入校式が9月19日、駒門駐屯地の同隊庁舎前で行われ、全国から集まった幹部33人が入校した。 同課程は4週間で、1期生は階級が3尉から3佐、平均年齢は37歳で、ゴラン高原PKOや国際緊急援助隊の要員、次期要員候補に指定された隊員が中心となっている。 午前10時10分から始まった入校式には、磯部晃一中央即応集団副司令官(国際担当)、岩谷要陸幕教育訓練課長ら陸自関係者のほか、内閣府の小林真一郎国際平和協力本部参事官、外務省の紀谷昌彦国際平和協力室長、同隊教官らがこれまで研修などを行ってきたPKOセンターがあるカナダ、スウェーデン両国の駐日大使館付武官も出席した。 式辞で軽部隊長は、同隊の主任務が(1)国際活動教育を通じた陸自の海外活動基盤の確立(2)方面隊等に編成される国外派遣任務部隊の訓練評価支援(3)国際活動の教育訓練等に関する調査・研究――の3点にあるとした上で、学生に対し、「諸官らは第1期という輝ける期であり、このプライドを胸に本日から1カ月を精進し、多くの知識を吸収して、来たる任務に自信をもって臨めるよう備えよ」と要望した。 また、教官らに対し「一つひとつの授業が(派遣)隊員の生死にも関わることもありうることを肝に銘じ、全身全霊を傾け、学生を感化せよ」と激励した。 国際活動課程には「幹部」「陸曹」の2課程があり、教育期間は幹部が4週間、陸曹が2週間。初年度の19年度は幹部課程が2回、陸曹課程が1回、開講され、20年度は両課程とも各4回に拡充される予定。学生数は各期とも約30人。 陸自の国際活動教育はこれまで幹部学校などで基本教育、派遣決定後に集合教育が実施されてきたが、今後は国際活動教育隊で継続的に要員教育が行われる。 カリキュラムは(1)一般原則(2)運用原則(3)派遣業務(4)国際法規の4本柱で、一般原則はPKOの定義や関係する国際機関の概要、運用原則は日本国内での派遣準備から部隊出国、現地展開、撤収までのオペレーション全般、派遣業務は現地での調査法、不測事態への対処法などについて学ぶ。 教育は座学のほか実習もあり、こちらは外国で運用する専門機材や装備品の操作法などを修得する。 教官はいずれもカンボジア、モザンビーク、東ティモールなどのPKOやインドネシアの津波災害、パキスタン大地震など国際緊急援助活動に参加した経験を有するベテラン隊員で、自身が海外で得た実体験や教訓を基に学生教育を行い、陸自の国際任務への対応能力を強化する。 >TOP モザンビークでアフリカ最大規模のエタノール生産事業が開始へ * 2007年10月14日 17:19 発信地:マプト/モザンビーク 【10月14日 AFP】モザンビーク(Mozambique)のErasmo Muhate農相は12日、2008年より同国でアフリカ大陸最大規模のエタノール製造事業が始められることを明らかにした。投資額は5億1000万ドル(約600億円)。 同農相は、「3万ヘクタールのサトウキビ畑を開拓するほか、サトウキビからエタノールを生産する工場の建設を計画している」と述べた。事業は、南アフリカ、マリおよびコンゴ共和国に拠点を持ち、2003年からモザンビークで事業を展開しているCentral African Mining and Exploration Company(CAMEC)が行うと発表した。 エタノールの生産量は明らかになっていないが、生産量の大部分は欧州向けで年間4000万ドル(約47億円)の収入を見込んでいるという。モザンビークでは今年8月からエタノール工場が稼動を始めている。同工場の1日当たりの生産量は約8万リットル。 一方、地元報道機関はこの新事業に否定的で、政府当局はまず1700万人の国民のための食糧生産に取り組むべきだとしている。(c)AFP >TOP 英連邦53か国、財務相会議で気候変動対策を協議 * 2007年10月15日 22:57 発信地:ジョージタウン/ガイアナ 【10月15日 AFP】英連邦に加盟する53か国が、南米ガイアナの首都ジョージタウン(Georgetown)で15日から17日まで、気候変動をめぐる財務相会議を開催する。 同連邦のランスフォード・スミス(Ransford Smith)副事務局長は14日、報道陣に対し「国際社会は環境への負荷の少ない新技術を使用して、経済成長のバランスを図る必要がある。気候変動は多くの発展途上国において、農業生産や雇用形態、人口変動に悪影響を与えている」と述べた。 英連邦は、現在は主権国家となった英国の旧植民地に英国自身とモザンビークを加えた53か国が加盟する自主的な連合体。気候変動は相次ぐ暴風雨や洪水、海水面の上昇、異常な集中豪雨などの自然災害となって、多くの加盟国で何百万人もの人々が被害を受けている。洪水や干ばつに見舞われた地域では土地が破壊されるだけでなく、人々の生命が奪われ、農業活動が壊滅的な打撃を受ける結果、生活や食料安全保障が脅かされている。 ジャマイカ出身のスミス副事務局長は、気候変動の問題について、英連邦は1987年から指摘していたにもかかわらず、国際通貨基金(IMF)や世界銀行(World Bank)などの国際金融機関が近年まで注意を払ってこなかったことは遺憾だと表明。主要8か国(G8)メンバーのカナダと英国に対しては、早急に地球温暖化の緩和措置を講じるべきだと述べた。 今回の英連邦財務相会議は、国際援助の構造や公的財産管理などの改革を含む行動計画の採択も目指しており、同会議の結果が、20日から22日までワシントンD.C.で開催されるIMFと世界銀行双方の理事の合同会議に好影響を与えることが期待されている。 同会議は15日に夜からの公式会合を前に各作業部会が開かれ、重債務国10か国によるインフラ格差の是正を協議するフォーラムが行われる。会議期間中、IMFや世界銀行の課題、貧困削減に向けた戦略報告など、世界的な経済状況についても協議を行う。(c)AFP >TOP けん玉「日本一」名人が中学生指導 名古屋の窪田さん春木中訪問 2007年10月27日 東郷町春木中学校の文化祭「春木祭」が25、26の両日催され、26日はけん玉の日本記録保持者、窪田保さん(26)=名古屋市中川区=が同校を訪問。生徒に妙技を披露するとともに指導もし、「木でできたおもちゃのぬくもりと、パソコンなどでは感じられない達成感を知ってほしい」などと話した。 奈良県生まれ窪田さんは、大学在学時代からけん玉に没頭。青年海外協力隊員として二年間赴いたモザンビークでも、子どもたちにけん玉を教えた。 四年前には、けん玉の連続時間を競う国内大会で八時間の歴代最高記録を樹立。今春からKTC中央高等学院(本部・名古屋市)の教諭となり、けん玉の普及活動にも取り組んでいる。 こうした経歴を説明しながら窪田さんは、一年生の希望者十八人らに、小皿、大皿、中皿などと玉を移動させる「世界一周」、玉を大皿の縁に乗せる「うぐいす」などさまざまな技を披露。 モザンビークの中学校で教壇に立った時には「内戦が続いて学校に行けない人が多かった。おじいちゃんやおばあちゃんも勉強していた」と現地の様子も紹介。「海外でけん玉を披露すれば喜ばれるよ」などと話しながら、生徒たちにけん玉の方法を教えた。 窪田さんの指導は、春木祭での「地域の名人に学ぶ」の一環。他の生徒たちも、地元の人らからエアロビクスや手品、茶道、絵手紙などを教えてもらった。 (保母 哲) >TOP 内田佐七家を特別公開 内海の尾州廻船船主 2007年11月18日 尾州廻船の船主である南知多町内海の内田佐七家が17日、特別公開された。同家は約140年前に建てられ、譲り受けた町が昨年に続き公開。ことしは4代目の佐七氏にスポットを当て、愛用品などから人物像を紹介、写真、直筆の絵画、たばこのパッケージなど、約300点を展示している。 佐七氏は1878年に生まれ、内海町長を務めたほか、銀行、バス事業にも乗り出した。砂浜を生かしたサンドスキーなど、観光資源の開発にも力を尽くした。 家の中で主に使っていた和室には、煎茶(せんちゃ)道具や火鉢とともに、上半身の写真が置かれている。世界の砂浜から集めた砂は数百点に上るといわれ、今回は兵庫、島根、モザンビークなどの約40点を展示。内海の砂は粒が細かく、佐七氏が自慢に思っていたエピソードなどが解説されている。訪れた人たちは道具や海難よけの神棚などを、珍しそうに見入っていた。18日も公開される。 (長坂幸枝) >TOP モザンビークで医療支援 徳大病院・内藤准教授 2007/11/20 10:43 モザンビークで医療支援 徳大病院・内藤准教授 徳島大学病院眼科の内藤毅准教授(52)=徳島市南佐古三番町=が、来年夏にアフリカ南東部のモザンビークで眼科医療の支援活動を行う。同国は、約二千万人の人口に対して眼科医が十六人と極めて少なく、短時間の手術で回復する白内障による失明者が人口の2%にも上るとみられている。内藤准教授は、病院で白内障治療に携わるほか、医科大で眼科学を指導する計画で、活動資金集めなどの準備を進めている。 内藤さんによると、同国は一九七〇ー九〇年代に起きた内戦の影響で医療の進歩が遅れ、眼科医が不足している。昨年八月に徳島を訪れたダニエル・アントニオ駐日大使と面会した内藤さんは、こうした現状について説明を受け、医療支援を求められていた。 今年八月に同国を訪れた際、保健省や医科大、病院を視察して関係者と協議。強い紫外線や栄養不足のため、若者にも白内障による失明者が多い上、医師を育てる大学教員が不足している現状などを目の当たりにして支援を決意した。 計画では、来年六月ごろにモザンビーク第二の都市ベイラを二週間ほど訪問。ベイラ中央病院で主に超音波手術装置を使った白内障治療を行う。カトリック大学医学部では眼科学の集中講義を担当し、医学生を白内障の手術に立ち会わせて臨床実習も行う予定だ。 内藤さんは、アジアの国々に眼科医療の援助を行うNGO「アジア眼科医療協力会」の支援を受け、八四年からネパールの眼科奉仕を続けている。今回も同会から中古医療機器の提供を受け、同会所属の医師二人と一緒に活動することにしていて、「モザンビークでは失明者数や貧困率のデータがなく、情報収集から始めることになる。眼科医療の向上に貢献できたら」と話している。 【写真説明】モザンビーク保健省で眼科医療の現状について担当職員から説明を受ける内藤さん(中)=8月(内藤さん提供) >TOP モ・イブラヒム賞授賞式、閉幕コンサートにユッスー・ンドゥールらが登場 * 2007年11月28日 09:01 発信地:アレクサンドリア/エジプト 【11月28日 AFP】アレクサンドリア(Alexandria)にあるアレクサンドリア図書館(Library of Alexandria)で26日、第一回目のモ・イブラヒム賞(Mo Ibrahim Prize)授賞式の閉幕コンサートが開催され、セネガル出身のミュージシャン/パーカッショニスト、ユッスー・ンドゥール(Youssou N’Dour)らが登場した。同賞はジョアキン・アルベルト・シサノ(Joaquim Alberto Chissano)モザンビーク大統領が受賞した。(c)AFP >TOP 欲望だけがアフリカを救う 世界で最も貧しい大陸の命運を握る“貪欲マネー” * 2007年12月10日 月曜日 グローバル 国際 アフリカ Roben Farzad (BusinessWeek誌、ウオール街・市場担当エディター、ニューヨーク) 米国時間2007年11月29日更新 「Can Greed Save Africa?」 マスード・アリカニ氏の投資先は、状況を確認するだけでも大変な手間がかかる。イラン生まれの英国人。モザンビークに耐乾性植物ジャトロファを原料とするバイオ燃料精製工場を所有している。 10月の訪問は、自宅のあるロンドンからヨハネスブルクまでの11時間の空の旅で始まった。そこから4人乗りのプロペラ機「パイパーセネカII」に乗り換え、モザンビークの首都マプトまで3時間。あまりの揺れの激しさに、同乗した筆者はひどく気分が悪くなった。 マプトの空港に到着すると、屋上で警備兵が目を光らせていた。1時間かけて面倒なビザの手続きと検疫チェックを受ける。それから再び飛行機で90分、インド洋沿岸をイニャンバネ州へと向かう。今度の空港の建物はコンビニエンスストア程度の大きさだった。そこで、弟であり、事業パートナーでもあるサイード・アリカニ氏が出迎えてくれた。 そこからさらに車で90分、迷い出た家畜や自然発火による山火事を横目にイニャスネ村に到着する。長いでこぼこ道の突き当たりには、人の手が入った広大な低木地帯の中に、アリカニ氏の巨大なバイオ燃料精製工場が建っている。2人は2カ月に1回、ここを訪れる。 サハラ砂漠以南のアフリカで投資熱が上昇中 北部のモーリタニアやソマリアからアフリカ南端まで広がるサハラ砂漠以南地域――。その30以上の国々で、一発当ててやろうという大胆な投資家が増えている。アリカニ兄弟もそうだ。この種の投資に青写真など用意されていない。チャンスは自分自身で描き、一から作り上げなければならない。アリカニ兄弟は、休耕中の綿花農園にビジネスの可能性を見いだしたのである。 ナイジェリアでは、昨年、米プライベートエクイティ(非公開株)投資会社エマージング・キャピタル・パートナーズが放置されていた工場の買収を支援し、アフリカで切実に求められている肥料を供給できるようにした。 南アフリカ共和国の小口融資業者ブルー・ファイナンシャル・サービシズは昨年、ウォール街から投資を獲得した。現在9カ国に171の支店を持ち、まもなくルワンダ、カメルーン、スワジランドなどにも進出する。 全体的に見ると、この地域で今年成立したプライベートエクイティ取引は26億ドル以上になる(経済発展が進んでいる南アフリカ共和国を除く)。これは2005年の7倍近い数字だ。 海外からの援助は全く効果がなかった アフリカは投資の世界に残された最後のフロンティアである。その未開発ぶりと貧しさを見ると、コロンビアやベトナムといった発展途上国でさえ実に近代的に思えるほどだ。空港はいつ開いていつ閉まるのか予測がつかない。大半の道路は未舗装でいつも渋滞している。ガソリンやディーゼル燃料は乏しく、計画停電は日常茶飯事。医学的な予防措置の数々は決して楽しいものではない。蚊の多い奥地に行くには何度も予防接種を受け、幻覚を伴うことが多い抗マラリア薬を何週間も服用しなくてはならない。 アフリカの経済状況は多くの面で絶望的に見える。「1960年以来、海外から6250億ドルの援助予算が注ぎ込まれてきたが、アフリカの1人当たりの国内総生産(GDP)は全く向上していない」と、ニューヨーク大学のウィリアム・R・イースタリー経済学教授は指摘する。 さらに、世界貿易にアフリカが占める割合は、1976年にわずか3%だったものが、2000年には1%にまで縮小してしまった。健康や教育、経済的福祉を考察する国際連合(UN)の「人間開発報告書」では、世界ワースト40カ国のうち34カ国をアフリカ諸国が占めている。これまでのところ、海外からの援助の効果は全く表れていない。 欲望がアフリカを救う? しかし、カネを求める人間の“欲望”なら役に立つかもしれない。ここ2〜3年の世界的なコモディティー(商品)市場の活況により、サハラ以南諸国は何十年も続いた低迷を抜け出して年平均6%の成長を続けている。これは米国の2倍のペースだ。投資家は超アーリーステージ段階での投資によって得られる莫大な利益を求めて、この地域に群がっている。 例えば前述のブルー・ファイナンシャル・サービシズは、2006年10月にヨハネスブルクで新規株式公開(IPO)に至った。株価が385%上昇したため、プライベートエクイティを通じて初期に資金を出した支援者らは既に9倍の投資リターンを得ている。 エマージング・キャピタル・パートナーズはこの10年でアフリカ企業42社の全株式もしくは一部株式を買収、うち18社の売却による投資収益率は平均300%となっている。「ほかとは比べものにならないほどの儲けが得られる」と、米ゴールドマン・サックス(GS)のバンカーだったトマス・R・ギビアンCEO(最高経営責任者)は言う。 株式市場も、海外の投資家を引き寄せている。ボツワナ、ナイジェリア、ザンビアなどの資源の豊富な国々では、株価が過去最高値を記録している。ここ数カ月、スイスの投資銀行UBS(UBS)をはじめとするいくつかの金融機関が、アフリカの投資機会に関する分厚いリポートを発行した。それらのリポートでは、ほかの地域の市場と連動しない独立性がアフリカ市場の主な長所として挙げられている。 商品市場が暴落すれば一瞬にして水の泡 アフリカ株への需要はあまりに強いため、ボトルネックが生じている。市場規模が小さく、流動性が低いため――例えばザンビアの時価総額はわずか20億ドル――外国投資家がいっせいに参入するというわけにはいかないのだ。 指をくわえて待っているのが嫌なら、株取引以外で機会を探る必要がある。「ここではプライベートエクイティ取引の経験者は引っ張りだこだ」とギビアン氏は言う。同氏が率いるエマージング・キャピタルは今年、サハラ以南地域に4億ドル以上を投資しており、この額は過去6年分の合計額3億2500万ドルを上回る。 もちろん、こうした投資家が常に成功するわけではない。ビジネスに向いているかについて国際ランキングを取れば、サハラ以南のアフリカは常に最下位である。いくつかの国々では、ロバート・ムガベ大統領政権下のジンバブエのようにすぐに資産を没収してしまう国もあれば、長い時間をかけて企業を吸い尽くしてしまう国もある。 こうした問題は投資ポートフォリオに影響を与えないとしても、商品市場の暴落が起これば確実に大変なことになる。投資家が大量に流出して、アフリカに灯りかけていた発展の光はたちまち消え失せるだろう。公式のGDP成長率が低落するのはもちろん、裏庭や露店での商売のような統計に反映されない非公式経済の成長も滞ることになる。 各国の指導者が海外マネーに期待 とはいえ多くのアフリカの指導者は、民間投資こそが持続的な経済発展のための唯一の道だと考えるようになっている。 ガーナのジョン・アジェクム・クフォー大統領は、「投資家は利益を得られると見たものに投資するのだ」と首都アクラにある官邸で述べた。ボツワナのフェスタス・フォンテバーニェ・モハエ大統領は、9月のニューヨーク訪問時にプライベートエクイティ投資会社やヘッジファンドマネジャーに直接会った。「これはビジネスなのだ」(モハエ氏)。 彼らが求めているのは、民間による投資を増やすことによって、不安定な状態が続く政府、通貨当局、銀行などに勝る利益を各国にもたらすことである。そして、最終的にはサハラ以南諸国を経済的自立へと向かわせることだ。だが、そのためにはまず、冷徹な投資家を受け入れる用意があることを示すことが必要だ。 冒頭で紹介したマスード・アリカニ氏は、なにも正義の改革運動家というわけではない。チャリティーソング「ウィー・アー・ザ・ワールド」に代表される1980年代のアフリカ飢餓救済のための義援金活動について、彼は「アフリカ全土を物乞いにしてしまった」と考えている。大柄な66歳のアリカニ氏は、ベンチャーキャピタルと農業ビジネスの結びつきがほとんどないアフリカにおける、全く新しいタイプの投資家なのである。 5カ月前、ニューヨークの大手ヘッジファンドを訪ね、自身が経営する英ESVバイオフュエルズを売り込んだ。ファンドの担当者は来年1月に精製工場を見学することになった。「我々は資本主義者であり、チャンスを絶対に逃さない。すべては金儲けのためだ。しかし、アフリカを救えるとしたらそれしか方法はない」と言い切る。 モザンビークにバイオ燃料工場 モザンビークは世界で最も貧しく無視されてきた国の1つだ。まるで時計が止まった国である。1975年にポルトガルから独立を勝ち取ったが、その後の内戦で国土は荒廃した。100万人以上の国民が命を落とし、重傷を負い、あるいは難民となった。 1992年になってようやく、不安定ながら平和が訪れた。以来、モザンビークは2ケタ成長と景気後退を繰り返しながら、経済自由化に向かって激動の道を歩んでいる。国民の4分の3以上は依然として極度の貧困状態にある。アリカニ氏はマプトの空港の外で子供たちがゴミ箱を漁っているのを見ながらも、この国の将来性を信じている。「モザンビークは急成長しつつある」。 農業経済学の学位を持つアリカニ氏が一番楽しげなのは、作物生産量などの専門領域に関する話をしている時だ。1980年代に米プルデンシャル・ファイナンシャルと米リーマン・ブラザーズ(LEH)にトレーダーとして在籍し、金融の経験を積んだ。93年から98年までは、誕生したばかりのロシアで鉄鋼、金属、エネルギー、農業関連のある企業のCEOを務めた。現在はESVのほか、ダイヤモンド採掘会社をはじめとする小規模な株式公開企業3社で重役を務めている。 しかし、ESVはほかとは全くタイプの異なる事業なのである。同社は昨年、マラリアが蔓延するモザンビークの低木地帯に長年放置されていた綿花農園を購入した。広さは2万7000エーカーで、さらに19万8000エーカーを借り上げた。1万7000エーカー近くにジャトロファを栽培して最初の種子を収穫し、来年の今頃までに最初の油を搾る予定だ。アリカニ兄弟とほかの2人の事業パートナーが海外投資家の獲得に成功すれば、2011年までに採算が取れるだろう。バイオ燃料価格の上昇が続けばもっと早期の達成が見込める。 ESVの従業員数は620人で、既に同地方最大の民間企業である。何年も稼ぎのなかった現地住民は月60ドル以上の収入を得ている。管理職なら月収2000ドルにもなる。「従業員には最初に、これは新規事業だから非常にカネがかかると説明した。早く生産を開始すれば、皆が利益を得る時期も早まるのだとも」(サイード・アリカニ氏)。 何ひとつなかった村にインフラと雇用 イニャスネ村の復興は既に始まっている。不毛の低木地帯で蚊の駆除対策が実施され、電力と飲料水の供給設備が急ピッチで整備されている。「私ごときが慈善家として名を残すことはないだろうが、従業員がマラリアを患ったり汚れた水で病気になったりしていては、会社は立ち行かないのだ」と、ESVの現地マネジャーで南アフリカ人のレニア・ファンローイェン氏は言う。 平日の暖かな晩には、村人がその季節で初めての雨を祝って歌い踊る。「以前は何ひとつない土地だった」と野外作業員のイネベ氏は太鼓の音に負けじと声を張り上げる。新しく発行された政府の身分証明書を自慢げに振り回す者もいる。身分証明書を手にしたESVの従業員は、校舎の裏に何時間も列を作り、生まれて初めての選挙登録を行っている。 ESVの試みを最も切実に求め、その恩恵を享受しているのは女性だ。その多くは毎日5マイルも歩いて農園に通っている(経営者のアリカニ兄弟はロンドンから自転車を輸入する計画を立てている)。狭い畑の世話に不釣り合いなほどの時間とカネを費やす。タマネギやトウモロコシ、パパイヤを育て、イニャスネ村に新しくできた20店ほどの市場で売る。HIV(エイズウイルス)感染が拡大するこの国で、「働く女性は、危険な行為に走る男たちの言いなりにはならない。運命を自分の手で決定するのだ」と、モザンビーク第2の都市ベイラで公衆衛生検査官を務めるパブロ・スマンゴ氏は言う。 天然ガスで窒素肥料を作る アフリカで最も明らかな投資チャンスがあるのは、最も窮乏している食料である。アフリカの人口は世界の7分の1、面積は4分の1近くを占める。ところがUBSによると、サハラ以南地域では農地1エーカー当たりの生産額はわずか178ドルにとどまっている。南米なら457ドル、アジアなら1077ドルだ。最大の問題は致命的な肥料不足である。 アフリカで事業展開しているプライベートエクイティ投資会社のうち最大手のエマージング・キャピタル・パートナーズは、そこに機会を見いだしている。最も大胆な投資の1つに、ノトレ・ケミカルズ・インダストリーズへの3500万ドルの投資がある。ノトレは原油産出地であるニジェール川の三角州地帯で大規模な肥料事業を手がけている。この地では日常的に誘拐が横行し、武装勢力による襲撃が続く。汚職のはびこる政府の下、同社工場は設立12年目の1999年に閉鎖された。 しかし2006年、エマージング・キャピタルが同社株を購入した。「政府はベルトコンベヤーを修理して10ドル儲けるよりも、手元の1ドルを取った」とジュヌビエーブ・L・サングディ氏は言う。タンザニア出身の31歳で、米コロンビア大学でMBA(経営学修士)を取得している。現在はワシントンの自宅と現地を往復して、エマージング・キャピタルの投資先の状況を監督している。 三角州地帯の中心にあるノトレの工場を訪ねてみれば、期待と危険が背中合わせの投資だということが分かる。まず、ナイジェリアの商業中心地ラゴスに向かう。人口は1500万人で、地球上で最も退廃的で無秩序な都市だ。満杯のマイクロバスが過密道路に延々と連なり、物乞いが施しを求めて車の窓を叩く。有刺鉄条網が張られ、ゴミの山が所々で燃えている。ラゴスで道にできた穴を見ても、なぜふさがないのかとか、穴をふさぐための砂利はどこにあるかとか、誰も聞かない。ここではこう考える。この穴を乗り越えるだけの大きなタイヤはどこで買えるだろうか――。 空港から車で2時間走り、18マイル離れたプロテア・クラモ・ウォーターズ・ホテルに到着する。高いゲートで守られ、ディーゼル発電機を備えた、まるで要塞のような建物だ。宿泊施設が慢性的に不足しているため、1泊500ドルもの料金が認められている。それでもトイレが使えるかどうかは保証の限りではない。 ノトレの自家用飛行機に乗り、ラゴスから1時間ほど離れた三角州地帯の荒涼たる都市ポートハーコートを目指す。多国籍石油会社や政府高官――賄賂によって簡単に環境規制違反のお目こぼしをする――が牛耳る中、現地住民が長年軽視されてきた地域だ。石油会社は採掘の貴重な副産物である天然ガスをただただ燃焼させ、深刻な大気汚染をさらに悪化させている。「三角州地帯は今やナイジェリア最大のリスクになっている。これをなんとかするための対策が必要だ」と、ラゴスの投資銀行チャペル・ヒル・アドバイザリー・パートナーズの創設者兼CEO、ボラジ・バログン氏(40歳)は言う。 エマージング・キャピタルとノトレは、天然ガスを有効利用するために、天然ガスを主原料とする窒素肥料への転換を検討している。「これほどの巨大資産を無駄にする手はない。政府はみすみすガスを燃焼させる一方で、肥料を輸入している」と、ノトレCEOのオナジテ・P・オコロコ氏(41歳)は言う。 三角州地帯出身のオコロコ氏は、昔を思い出すとやり切れない気持ちになる。父や叔父はトウモロコシや果物の不作が続くと、疲弊した土壌ではなく“神”のせいにしていたのだ。「ナイジェリア経済の半分は農業だ。ところが国土の70%は耕作に適しているのに有効活用されていない。計算すれば、事業機会があることは一目瞭然だ」。 張り詰めた空気の中での新規事業 ポートハーコートの小さな空港に到着すると、オコロコ氏とサングディ氏はノトレが雇った米陸軍特殊部隊隊員だった警備員の出迎えを受けた。一行は二重武装のSUV(多目的スポーツ車)に乗り込んだ。空港出口で現地の武装警備員が飛び乗ってきて、「ようこそ」と挨拶した。その手にはマシンガンがしっかり握られている。さらに5人の武装警備員を乗せた平床のピックアップトラックに先導され、張りつめた空気の中で行程が続く。 湿地帯にある1380エーカーのノトレの工場は錆び、雑草が生い茂っていた。周囲には天然ガスを燃やす炎が見える。エマージング・キャピタルの壮大な計画にはおよそそぐわない老朽ぶりだ。ノトレは来年までに、サハラ以南諸国で唯一の窒素肥料の生産者となる計画だ。高品質粒状尿素肥料の生産量をゼロから一気に年間60万トンにもっていく。 オコロコ氏は現地住民1000人の雇用を考えている。ナイジェリア国営石油会社と好条件で20年間のガス供給契約を締結しており、1トン当たり 100ドル以下で肥料を生産していく。市場価格は350〜450ドルだ。「西欧で流通しているものよりも強力で安価。画期的なビジネスだ」とサングディ氏は言う。すかさず、オコロコ氏が「世界を相手にしていきたい。ただしナイジェリアとアフリカの発展が第一だ」と言い添える。 サングディ氏は2〜3カ月のうちにワシントンからラゴスに引っ越してくる予定だ。また1人、若手投資家がこの地に加わることになる。 ロシア投資銀行ルネッサンス・キャピタル、米モルガン・スタンレー(MS)、ドイツ銀行(DB)、米JPモルガン・チェース(JPM)――。銀行や企業買収専門会社が次々に参入し、少しでも先んじようと、地元の優秀な人材に莫大な契約金を支払っている。 「やつらには現地の事情が分かっていない。だから私のような水先案内人が必要なのだ」と、サングディ氏の友人の1人は言う。競合する大手プライベートエクイティ投資会社に勤めている。新参者の流入で、深刻だった住宅不足にさらに拍車がかかっている。現在ラゴスできちんとしたアパートを借りようとすると、 3年分の家賃の前払いを求められる。寝室が2つあるアパートだと8万ドルもの費用がかかる。「大家は大儲けだわ」とサングディ氏も困惑顔だ。 給与天引きの小口融資がヒット 農業だけがサハラ以南地域の投資対象ではない。マイクロファイナンスと呼ばれる庶民向けの小口の無担保融資は、アフリカ全土の多くの株式公開企業に大きな利益をもたらしている。ブルー・ファイナンシャルは新しいタイプの“給与天引き返済型”の融資業者だ。融資対象を正規雇用者に限定し、給与から天引きで回収する。この仕組みによりリスク管理が可能となる。焦げ付き率はわずか3〜4%であり、銀行口座保有者が5人に1人に満たない地域としては驚異的な低さだ。 ブルー・ファイナンシャルとほかの同業者との違いは、ウォール街からの比較的小額の投資を最大限に活用したことである。同社は昨年初め、米保険大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)から1500万ドルの出資を取りつけた。この契約でAIGはブルー・ファイナンシャルの株式23%と取締役会で2席を獲得、一方のブルー・ファイナンシャルはウォール街の大物のお墨付きを手に入れた。業務は1年で3カ国から9カ国に拡大。この爆発的成長をきっかけに、昨年10月にはIPO(新規株式公開)を果たし、新たな資本がさらなる急成長をもたらした。 また、ブルー・ファイナンシャルの融資過程では、同社株が重要な役割を果たしている。AIGの看板と自社の株価高騰を利用して、国際金融公社やオランダ開発金融公社といった開発銀行から低利で資金を引き出すことに成功した。「投資家が我々の力となってくれている」とブルー・ファイナンシャルの創設者兼CEOのデビッド・ファン・ニーカーク氏(34歳)は言う。「我が社に関心を持ってもらうことが容易になった。切り札はうまく使わなくてはならない」。 ブルー・ファイナンシャルは資本コストを14.5%前後と低く抑えており、融資利率は年20〜30%と現地相場の数分の1だ。資金需要は旺盛で、今年の収益は140%に跳ね上がり、1株当たりの利益は400%増加している。 日焼けした顔にパリッとしたピンクのオックスフォードシャツを着込んだファン・ニーカーク氏の風貌は、投資家というよりは遊び人風だ。ある肌寒い 10月の朝、8人乗りの高級社用ジェット機で、ボツワナとザンビアの支店に向かった。降り立ったのはボツワナの首都ガボローネだ。カラハリ砂漠に近い世界的なダイヤモンド採掘地で、至る所に地元の高利貸しの広告が張られている。 ブルー・ファイナンシャルの支店の外では電気技師のテボさんが開店を待ちながら融資申し込みの練習中だった。セメント価格が高騰したため、住宅増改築ローンの申し込みに来たのだ。「お金が必要なんだ。ガソリンや食料を買うのをやめて、家の改装をするわけにもいかない」。彼の背後には葬儀保険の広告が張られていた。HIV感染者が成人人口の3分の1に上るボツワナは、死を想起させるもので溢れている。ファン・ニーカーク氏は事務所に入り、給与確認代理業者のリストを確認した。融資申し込みは通常1時間以内に承認される。 契約の名を借りた隷属? 昼前にジェット機はザンビアの町リビングストンに向けてたった。ザンビアとジンバブエの国境にある壮大なビクトリア滝に近い観光地だ。支店長のカルカラス・シアチョノ氏が事業は好調だと報告する。ある地元民が牛車の製造販売で一儲けし、4回目のローンを契約したと得意げに話した。 ブルー・ファイナンシャルの給与天引き返済型融資は、失業者や非正規雇用者の支援になっていないという不満の声もある。また、本質的に借り手の将来の労働を抵当とすることで、借り手を食い物にしていると主張する者もいる。「これは契約の名を借りた隷属だ」と非難するのは、セネガル出身で南アフリカ共和国のプライベートエクイティ投資会社アフリキャップ・インベストメントを経営するワグネ・ディウフ氏。同社の投資先は給与天引きをしない融資業者だ。 ブルー・ファイナンシャルのファン・ニーカーク氏はこう反論する。 「借り手が職を失ったら、回収の手立てがなくなってしまう。また当社が開発銀行から融資を受けた時の規定でも、不正な融資は許されない。(安定収入のない者に融資するなどという)危険を冒す理由はない」 また、ある金融業者は、こうした給与天引き返済型融資の登場は経済発展にプラスとなっていると言う。「アフリカの旧来の銀行は高い手数料を取っている。だが競合相手が現れれば、銀行はそれらをすべて買収することになる。結果的に、借り入れ金利は低くなる」。 もちろん、未熟なアフリカの借り手の信用リスクが融資業者の予想を超えていた場合には、そううまくはいかないだろう。 マーシー・ムバンガさん(52歳)の例には希望が垣間見える。ムバンガさんは夫を亡くし、孫を含む8人家族の生活を支えている。ザンビア南部のマランバ郡警察で秘書として働き、月収は185ドル。ブルー・ファイナンシャルから金利が徐々に低くなるタイプの融資を3件受けながら、夜は養鶏業を営み、育てたニワトリを村の市場で売っている。 おかげで所得は3倍に増えた。トタン屋根をつけ、作業員2人を雇ってニワトリ小屋を大きくした。今度また融資を受けてニワトリの数を倍にし、2人の孫を学校にやり、できれば狭い自宅を増築したいと考えている。「どうしてももっと広い家が必要なのよ」と2歳の孫をあやしながら言う。 ウォール街の投資銀行の思惑はドライ ムバンガさんの成功を可能にした陰の立役者は、米投資銀行ノヴァ・キャピタル・パートナーズ(ニューヨーク)だ。創立7年目のノヴァ・キャピタルは、アフリカ企業向け融資という収益性の高いすき間市場を見いだした。2006年初頭、ブルー・ファイナンシャルはノヴァと契約し、ウォール街のパートナー探しを依頼した。 ノヴァはAIGの運用マネジャーがアフリカへの投資を拡大したがっているのを聞きつけ、ブルー・ファイナンシャルを紹介し、AIGからブルーへの投資を成立させた。そのカネが、ムバンガさんをはじめとする現地住民への融資に回ったのである。 だがノヴァの投資担当者はドライである。「我々は、投資家が求める見返り、つまり投資リターンによって動いているだけだ。いずれは競合他社が大挙して押し寄せるだろう。その前に我々はせいぜい儲けたいものだ」と、シニア・パートナー、デビッド・S・レヴィン氏は言う。ニューヨークのパーム・ウェスト・レストランでカニ肉ハンバーグにナイフを入れながら。 >TOP 【UNICEF】モザンビーク:被災者5万人 更に増加・・・日本人職員も現場へ ユニセフ 洪水被災地で緊急支援活動を拡大 * 2008年01月17日 09:58 発信地:東京 【日本ユニセフ協会】 【2008年1月14日 モザンビーク・マプト発】 ユニセフは、ザンベジ川流域の洪水被害の拡大を受け、支援活動を拡大しています。 マラウイ、ザンビアなど、アフリカ南部を襲った洪水。モザンビークでは、国中央部を流れるザンベジ川の水位が、この2日間に急激に上昇。何万人もの人々が、安全な場所への避難を余儀なくされました。推定で5万人が、4州に設置された避難所に逃れたと見られています。今回の洪水は、モザンビークの中でも、医療や教育など、様々な基本的社会サービスの普及が遅れた、もっとも貧しく孤立したコミュニティを襲いました。 こうした状況を受け、ユニセフは、14日、ザンベジ川沿いのもっとも被害の深刻な地域のひとつ、ムタララへ、日本人職員の根本巳欧さんら数名で構成される第二派の緊急支援チームを派遣しました。先週チャイア入りした最初のチームとともに、地元の緊急支援担当当局やNGOなどと協力し、女性と子どもたちに医療や栄養補助の支援活動を展開しています。 「避難を余儀なくされた人々が急増しています。避難所の収容人数は限界に達しそうです。こうした状況で最も懸念されることの一つ、子どもたちの命を奪う感染症の発生を防ぐために、支援を急がなくてはなりません。」(ユニセフ・モザンビーク事務所レイラ・パカラ代表) ユニセフは、現地保健当局と協力し、コレラの発生予防活動を展開。避難民が、支援サービスを享受できるように活動しています。また、様々な地元支援組織と協力しながら、マラリアを予防するための殺虫剤処理済の蚊帳を配布しました。現地は、今まさにマラリアの「最盛期」。洪水があちこちに作り出した淀んだ水溜りは、蚊の繁殖を促します。マラリアは、モザンビークでは、子どもの死亡率の主な原因となっています。 ユニセフはまた、水を原因とする疾患の発生・拡大を防き、被害にあったコミュニティの衛生設備(トイレ)を改善するための支援も展開しています。 また、教育機関やNGOと共同して、新学期が始まる一月末には、避難センターに避難した子どもたちも学校へもどることができるよう、テントやスクールキットを配布しました(これまでに洪水で47校が全半壊の被害を受けています)。 ユニセフは、モザンビークにおける緊急支援活動に当面必要な資金として、国際社会に242万5000ドル(約2億6500万円)の支援を求めています。 (c)財団法人日本ユニセフ協会 >TOP 2008/02/07-16:44 三井物産、モザンビークの石油・ガス探鉱権益取得=130億円投資 三井物産は7日、モザンビークの石油・天然ガス探鉱鉱区権益の20%を米国のアナダルコ・ペトロリウム・コーポレーション社から取得すると発表した。今後4年間で地震探査などの試掘を実施する。投資額は約130億円で、このうち75%は石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が探鉱支援制度を利用して出資する。 >TOP 三井物産、モザンビークで石油ガス権益取得へ 三井物産は7日、アフリカのモザンビーク北部沖合にある石油・天然ガス探鉱鉱区の権益を取得すると発表した。米独立系石油開発会社のアナダルコ・ペトロリアムが持つ権益の一部を、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と共同で買う。三井物産のアフリカにおける石油ガス権益取得は5件目で、モザンビークでは日本企業で初めて。地政学リスクなどを避けるため、中東やアジアなどを中心としてきた保有権益の地域多様化を加速する。 同鉱区の主操業者で76.5%の権益を持つアナダルコから、全体の20%分の権益を三井物産とJOGMECが取得する。同鉱区は今後約4年をかけ、石油ガスの存在を確認するための地質調査や試掘井の掘削などが行われる。 三井物産とJOGMECが権益取得と探鉱のために投じる金額は約1億3000万ドル(140億円弱)。その75%をJOGMEC、25%を三井物産が負担する。埋蔵量で数億バレル規模の石油ガス田の発見をめざすという。(20:32) >TOP 三井物産、モザンビークで石油探鉱鉱区の権益を取得 2008年2月7日 ライン 三井物産は、米国大手独立系石油・ガス開発会社アナダルコ・ペトロリウム社がモザンビーク共和国に保有する石油・天然ガス探鉱鉱区権益の20%を取得することで合意したと発表した。今後、モザンビーク政府関係機関の承認を得て権益譲渡を受ける。 対象鉱区はモザンビーク北部沖合いに位置するロブマオフショアエリア1鉱区。今後約4年間で、石油・ガスの存在を確認するための地震探査などの地質調査、試掘井掘削を実施する。 今回の事業はこれまで実績の少ないアフリカ南東地域での探鉱事業であることなどから、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の探鉱支援制度に採択された。三井物産の子会社ミツイ・イー・アンド・ピー・モザンビーク・エリア1はJOGMECの支援を受けて事業に参画する。モザンビークで商業探鉱事業に参画するのは日本企業では初めて。 《編集部》 >TOP ロンリープラネット、マレーシアをトップ旅行先に選出 2008/02/13 08:33 JST配信 【クアラルンプール】 観光ガイドブックのロンリープラネットは、マレーシアを今年のトップ旅行先の一つに挙げた。特に半島東海岸に多くの観光地があるとしている。 同書のウエブサイトが魅力的な観光地として挙げたのは▽タマン・ネガラ▽タシク・ケニル▽エレファント・サンクチュアリー(クアラ・ガンダー)▽ タートル・サンクチュアリー一一。マレー・中国・インドの3大民族と先住民が融合したユニークな文化・習慣や氷河期から変わらない自然が残る点が評価された。 マレーシアの他にトップ旅行先に選ばれたのは、▽アルメニア▽ブータン▽エリトリア▽モンテネグロ▽モザンビーク▽パプアニューギニア一一の5カ国。 (ニュー・ストレーツ・タイムズ、2月12日、ベルナマ通信、2月11日) >TOP アフリカ南部で日本漁船が火災、全員無事 2008/02/20 22:55 アフリカ南部のモザンビーク沖で宮城県気仙沼市のマグロ漁船で火災。乗組員24人は救助された。 >TOP 2008/02/21-00:03 気仙沼の漁船、アフリカ沖で火災=乗組員24人は無事−二管本部 第二管区海上保安本部(宮城県塩釜市)に入った連絡によると、アフリカ・モザンビーク沖を航行していた宮城県気仙沼市の福徳漁業所属のマグロはえ縄漁船「第17福徳丸」(379トン、平尾孝則船長)で20日夜(日本時間)、火災が発生した。船長ら日本人7人を含む乗組員24人は救命いかだに避難し、間もなく僚船に救助された。けが人はいない。 >TOP モザンビーク大洪水被災地から ユニセフ現地事務所職員 根本さんの報告 * 2008年02月28日 15:20 発信地:東京 【日本ユニセフ協会】 私は調査チームの一員として、まずムタララという街に入り、子どもの保護と教育分野の被害状況を調査しました。昨年末からアフリカ南部で降り続く大雨により洪水の被害が拡大するモザンビーク。ユニセフは、日本人職員を含む緊急支援活動の専門家を被災地に派遣して、女性と子どもたちに医療や栄養補助の支援活動を展開しています。現地から、根本巳欧さんが報告してくれました。 この地域は、2007年初めにも洪水の被害に見舞われました。今年は、モザンビーク国内だけでなく、ザンベジ川上流に位置するザンビアやジンバブエでの大雨が流れ込み、河川の水嵩(みずかさ)は通常よりも最大7mも上昇。この流域では、多数の被災者がでています。 ユニセフは、まず2008年1月初めに保健・栄養、水と衛生、そして教育と子どもの保護を専門とするスタッフから構成される調査チームを派遣し、政府の緊急支援部隊と共に、子どもと女性を中心とする現地の被害状況を調査しました。今年1月中旬より、ザンベジ川周辺に3つのベース・キャンプを設置して、他の国連機関に先立って緊急支援を始めました。 モザンビークとマラウイの国境近くに位置するムタララは、ザンベジ川とシレ川という2つの大きな河川の合流地点に位置しますが、両河川の水嵩(みずかさ) が増した結果、街の半分が水に浸かることに…。ムタララと対岸の町をつなぐ道路は冠水し、ザンベジ川にかかる橋も使えなくなりました。更に、電線が冠水して停電が発生し、いわゆるライフ・ラインが完全に遮断されてしまいました。 続き http://www.unicef.or.jp/kinkyu/africa/2008_0208.htm (c)日本ユニセフ協会 >TOP 2008/03/10-11:58 ソボレワが女子1500で室内世界新=陸上 【ロンドン9日時事】陸上の世界室内選手権最終日は9日、スペインのバレンシアで行われ、女子1500メートルでエレーナ・ソボレワ(ロシア)が2月に自らマークした室内世界記録を0秒34更新する3分57秒71で優勝した。同走り高跳びは昨年の世界選手権覇者ブランカ・ブラシッチ(クロアチア)が2メートル03で制し、同800メートルはタムシン・ルイス(オーストラリア)が2分2秒57で優勝、マリア・ムトラ(モザンビーク)は3位に終わった。 男子は400メートルでタイラー・クリストファー(カナダ)が今季室内世界最高の45秒67で、3000メートルは前回優勝のケネニサ・ベケレの弟タリク・ベケレ(エチオピア)が7分48秒23でそれぞれ勝った。 (了) >TOP マラリアの脅威 モザンビーク大統領随行員が緊急入院 2008.5.29 20:35 横浜市で開催中の第4回アフリカ開発会議(TICADIV)出席のため来日しているモザンビークの大統領随行員の1人がマラリアに感染し、同市内の病院に緊急入院したことが29日わかった。TICADIVでもマラリア、エイズ、結核の「3大感染症」への対策がテーマの1つになっているが、アフリカで猛威をふるうマラリアの深刻さが浮き彫りになった。 関係者によると、このモザンビークの大統領随行員は29日午前、発熱のため横浜市内の病院に運び込まれた。検査の結果、マラリアと診断され、同日中に別の市内の病院に移送され、治療を受けているという。 世界全体でマラリア罹患(りかん)は年間3億〜5億人で、死亡者は年間200万人前後と推定される。とりわけサハラ砂漠以南の熱帯アフリカでのマラリア禍は深刻で、小児を中心に毎日、約3000人が死亡しているとみられている。 >TOP アフリカの眼科医療を支援 内藤氏(徳大病院准教授)らNGO設立 2008/05/29 10:43 六月にアフリカ南東部のモザンビークで眼科医療の支援活動を行う徳島大学病院眼科の内藤毅准教授(53)=徳島市南佐古三番町=らが、非政府組織(NGO)「アフリカ眼科医療を支援する会」を設立した。アジア各国で眼科支援に携わった経験を生かして、今後はアフリカの眼科医療向上に取り組む。 会を設立したのは、徳島大と新潟大の眼科医ら七人。アジア各国で眼科医療を支援するNGO「アジア眼科医療協力会」の会員として、ネパールなどで活動する顔ぶれが中心だ。昨年八月にモザンビーク政府の要請で同国を視察した内藤准教授らが、アフリカ支援の必要性を痛感。多くの協力者と資金を得て活動を広げることにした。 活動第一弾のモザンビーク訪問は、内藤准教授ら三人が六月十二日に関西空港から出発。北部の小村ムエダの診療所を八日間訪れ、患者の診察や白内障の手術を行う。同国では失明率やエイズなど病気の患者数のデータがないため、数百人規模で住民からの聞き取り調査も行い、二十五日に帰国する。 会は当面、モザンビークで政府の要望に応えながら、医療活動や医科大学での医師の養成などに取り組む計画。今後は全国から個人や団体の会員と資金の寄付を募りながら活動を広げ、要請があればモザンビーク以外のアフリカ各国にも活動を拡大する方針だ。 理事長に就任した内藤准教授は「活動を通じてアフリカの貧しい人たちを失明から救い、貧困解消につなげたい」と話している。入会や寄付の問い合わせは徳島大病院眼科<電088(633)7163>。 >TOP 「自転車は勇気与える」 モザンビーク大統領が謝意 アフリカ開発会議(TICAD)出席のため来日したモザンビークのゲブザ大統領が31日、松山市を訪れ、放置自転車を同国に送っている松山市の特定非営利活動法人(NPO法人)に謝意を表明した。 ホテルで開かれたパーティーに出席した大統領は「われわれは内戦に苦しんできた。日本人の心のこもった自転車は、ただの輸送手段ではない。平和を築こうとするわれわれに勇気を与えてくれる」と述べた。 放置自転車を提供しているのは松山市の「えひめグローバルネットワーク」。2000年からこれまでに、松山市の商店街で撤去された自転車計500台を送った。 自転車は内戦の影響で一般家庭に残っている銃と交換。市民は武器の代わりに交通手段を手に入れる仕組みで、銃は現地の芸術家の手でアート作品に作りかえられているという。 2008/05/31 19:01 【共同通信】 >TOP ゲブザ・モザンビーク大統領:友情確かめ初来県 自転車贈呈に「お礼の言葉」 /愛媛 アフリカのモザンビークに自転車を贈るNPO法人「えひめグローバルネットワーク」(竹内よしこ代表)の活動が縁で、同国のアルマンド・ゲブザ大統領(65)が31日、松山市を訪問し、交流会などに参加した。外国の国家元首が県内を訪れるのは初めてという。 ゲブザ大統領は午前11時半ごろ、同市一番町3の松山全日空ホテルに到着した。加戸守行知事や中村時広市長、竹内代表らが見守る中で「モザンビークと愛媛には深い友情があります。その友情を自分の目で見るために訪れました」とあいさつ。自転車を贈る取り組みにお礼の言葉も述べた。 このあと、愛媛大学の学生の一部が同NPOに参加していることから、大統領は同大キャンパスにも出掛けた。 えひめグローバルネットワークは、松山市から無償で放置自転車を譲り受け、00年から内戦後のモザンビークに贈っている。「銃を鍬(くわ)へ」を合言葉に、現地で武器と自転車を交換する事業に取り組んでいる。これまで約500台を提供した。【後藤直義】 毎日新聞 2008年6月1日 地方版 >TOP ”自転車で銃をなくす”支援で松山市をモザンビーク大統領が訪問。 2008年06月01日 09:30 2008年5月31日午後、松山市をモザンビークのゲブザ大統領が訪問した。 松山市のNPO法人が、モザンビークへ放置自転車を整備して届けていることへ謝意を表すためだ。 モザンビークでは現地NGOが、自転車を銃と交換する”銃鍬プロジェクト”を進めている。 それを支援しようと、松山市の特定非営利活動法人(NPO法人)「えひめグローバルネットワーク」が松山市の商店街に放置され、撤去された自転車を提供してきた。 自転車は内戦の影響で一般家庭に残っている銃と交換する。市民は武器の代わりに交通手段を手に入れる仕組みで、銃は現地の芸術家の手でアート作品に作りかえらるのだ。 自転車提供は2000年からはじまり、これまでに500台の自転車を送ったという。 ゲブザ大統領はアフリカ開発会議出席のために来日中で、自転車がつないだ縁で松山市を訪問したというわけだ。 31日ホテルで開かれたパーティーで大統領は 「われわれは内戦に苦しんできた。日本人の心のこもった自転車は、ただの輸送手段ではない。平和を築こうとするわれわれに勇気を与えてくれる」 と話した。 「えひめグローバルネットワーク」は通称「わくわく」ともいい、 サイトでの紹介によると ”Think Globally! Act Locally! Change Personally! (地球規模で考え、地域で行動し、自ら変わっていくこと) をモットーに海外支援事業やフェアトレードの促進、異文化理解講座、各種セミナ ー・イベントの開催などを行う、愛媛県松山市の市民団体”というものだ。 自転車を送るプロジェクトをはじめた経緯については次のように説明されている。 ”モザンビークで約30年間続いた内戦は、それが終わった今でも、銃をはじめとする各種の武器が一般の人達の手に残されている、という問題を残しました。その問題を解決すべく、現地のNGOが銃器を自転車などの生活物資と交換する活動(銃鍬プロジェクト)を始めたのです。そこで、現在えひめグローバルネットワークでは、その活動を支援すべく、交換物資として自転車などをモザンビークへ送る支援プロジェクトを行っています。 ” 愛媛県松山市から地球規模での支援がされていることが頼もしい。 参考サイト http://www.egn.or.jp/moz/moz_top.html (編集部:TAKESHI) >TOP コラム地軸2008年06月01日(日)付 愛媛新聞 理解の種子 「苦しみをなめ尽くしたからだに、数え切れない不幸と、労働で湾曲した手で、疲れ果たされた大地に、鮮血の浸しみとおった土地に-樹きを植えるときがきた、いたるところにたがいの理解の種子(たね)を植えつけよう」▲ モザンビークの詩人リリノー・ミカイアの「自由の樹」に、こんな一節がある(秋吉久紀夫訳)。ポルトガルからの独立にようやく手が届こうかというころの作。辛苦が深かったぶん、希望もあふれんばかりだったにちがいない▲ だが一九七五年の独立後も内戦はやまない。九二年の終結まで、なお大地を血で染め続けた。そのうえ市民社会に忌まわしい銃を置き去りにした。自由や平和の願いを何度も裏切られた人々は、いったいいくつの哀歌をつづったことか▲ その銃の回収を支援する交換物資としてえひめグローバルネットワークが松山から放置自転車を送り始めて八年。アフリカ開発会議に臨んだアルマンド・ゲブザ大統領が、活動の縁で来県した。市民の行動が相手政府の心を動かす。その姿に今度はこちらが身近な市民の力を思い知らされる▲ 資源特需で急成長が続く一方、食糧危機が貧困層を襲う-大統領の語ったモザンビークはアフリカの縮図だ。克服するための農業技術や井戸掘りでは県内企業にも熱い目を向けた▲ どれもが詩人のいう「理解の種子」だろう。互いが相集う大樹に育てばいい。 >TOP 熱帯医学研が研修生15人受け入れ 8月までウイルス学など指導 長崎大熱帯医学研究所(平山謙二所長)で熱帯医学を三カ月間学ぶ研修生十五人の入所式が二日、長崎市坂本一丁目の同研究所であった。 今年は全国から三十六人の応募があり、海外での医療活動などを志す医師や看護師、薬剤師ら十五人が選ばれた。ウイルス学、病原細菌学、寄生虫学などの専門知識や国際協力の現状などを八月末まで学ぶ。 入所式で、平山所長は「修了生の多くが世界で活躍している。生きた学問をみっちり勉強してほしい」と激励した。薬剤師で、青年海外協力隊としてモザンビークの医療従事者訓練学校に勤めた経験のある増本文さん(33)は「モザンビークでは熱帯医学の知識を持っていれば、もっと教えられることがあったと感じ、応募した。研修で学んだことを生かしたい」と話した。 >TOP パナシナイコスがスパルタ・プラハに先勝 2008年8月13日(水) 試合リポート 文: ラディスラフ・ヨセフ(プラハ) ギリシャのパナシナイコスFCが60分のシマンの決勝点で、ACスパルタ・プラハに先勝。UEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦で貴重なリードをもぎ取った。 プラハでの成功 パナシナイコスは24分にシュテファン・クチェラのオウンゴールで先制した後、マレク・クリッチに同点ゴールを許したが、モザンビーク代表のシマンのゴールで勝ち越し、2週間後にアテネで行われる第2戦に向けてリードを奪った。2001年にSKスラビア・プラハとスパルタ・プラハを下したパナシナイコスは、プラハでの連勝を3に伸ばした。 同点ゴール 昨季、チェコ1部リーグ2位のスパルタは今季4 試合を終えて無失点だったが、この試合で今季初失点を喫した。右サイドからのヨルゴス・カラグニスのクロスがクチェラのオウンゴールを誘い、GKマトゥス・コザチクはこれに反応し切れなかった。3年ぶりのUEFAチャンピオンズリーグ・グループリーグ出場を目指すスパルタは劣勢に立たされたが、その6分後、右サイドを突破したミロスラフ・スレピカのクロスを、クリッチがボレーで決め、同点とした。 アウエーでの決勝弾 スパルタは後半開始直後、ベテランのクリッチが後半開始直後に勝ち越しのチャンスを迎えたが、枠をとらえられなかった。チャンスを作り出せないスパルタを相手にパナシナイコスは60分、流れるようなカウンターでコーナーキックを獲得し、これをシマンの決勝ゴールへとつなげた。その後、反撃できなかったスパルタは、厳しい状況の中、ギリシャでの第2戦を迎えることになった。 (C) uefa.com 1998-2008. 禁無断転載. >TOP アフリカの初期PKO 国連モザンビーク活動が築いたもの ――アフリカのPKOへの自衛隊派遣から得られるもの 2008年09月10日 17:58更新 執筆者:内閣府国際平和協力本部事務局 研究員 中澤 香世 国連モザンビーク活動は、日本が初めて自衛隊をアフリカへ派遣したPKOである。以降、アフリカのPKOへの日本の自衛隊派遣はルワンダ難民救援を除き、実施されていなかった。今年、政府はアフリカのPKOセンターへの貢献や自衛隊員の国連スーダン・ミッションの司令部への派遣を表明したことを踏まえ、アフリカのPKOへの日本の関与の今後の方向性を考察する。 国連モザンビーク活動 モザンビークは南部アフリカに位置し、1975年にポルトガルから独立した旧ポルトガル植民地である。モザンビークでは1975年〜1992年まで政府勢力フレリモ(FRELIMO)と反政府勢力レナモ(RENAMO)との間で17年余り内戦が展開されていた。1992年10月に政府勢力フレリモ(FRELIMO)と反政府勢力レナモ(RENAMO)との間で、包括和平協定が調印され内戦が終結した。同年12月には国連安全保障理事会において国連安保理決議797が決議され、軍事部門、選挙部門、人道部門および行政部門、文民警察部門の5部門からなる国連モザンビーク活動(以下、ONUMOZ)が設立され、1994年12月9日のモザンビーク新政府の成立時まで活動した。世界各国から派遣されたPKO全要員は合計6000人を超した。 軍事部門においては、各国部隊が展開を完了し、和平プロセスに伴って停戦監視業務も実施され、司令部業務は総司令部ならびに地域司令部(全国を南部、中部、北部の三つに区分)において、各国から派遣された約200名の司令部要員によって実施された。
モザンビーク地図 ONUMOZによる和平プロセスにおいて、DDR(武装解除・動員解除・除隊兵士の再統合)導入の結果、治安の回復や政治的安定など短期的効果がみられた。軍と兵士の引き離し、兵士と武器の分離が実施されたことにより、さらなる武力衝突を緊急に回避することができたとともに、両陣営の武装解除が成功したことは、1994年10月の複数政党制総選挙のための前提条件・土台となった。ONUMOZ監視の下、選挙は全体として円滑かつ平穏に実施され、大統領選挙の全投票数は約540万票(投票率約88%)で、有効投票数の約53%を獲得した与党フレリモのチサノが大統領に選出された。元反政府勢力のレナモが野党として政党化され、複数政党制の構築を実現した。 ONUMOZにおける日本の自衛隊派遣 1993年5月〜1995年1月にかけてONUMOZに日本の自衛隊の部隊が派遣された。日本の自衛隊は司令部業務、輸送調整業務を実施し、自衛隊派遣の活動の他に輸送機の運行、物資協力、選挙監視業務なども実施された。司令部要員はモザンビーク南部および中部の主要3都市に2回にわたり計10名派遣され、おもにONUMOZにおける中長期的な業務計画の立案を実施した。輸送調整部隊は同国南部中部主要2都市に3回にわたり計144名派遣され、輸送業務に関する企画および調整の業務を実施した。1993年末〜1994年初めにかけては、輸送調整部隊に物資の補給を支援するため自衛隊輸送機が日本の航空自衛隊小牧基地とモザンビークの首都にあるマプト空港との間を何度も往復した。 我が国司令部要員・部隊配置図(最終配置) 出所:内閣府 国際平和協力本部事務局HP 日本のONUMOZへの参加は、司令部への自衛隊要員派遣、アフリカへの自衛隊PKO派遣、自衛隊航空機のアフリカへの運航実施という3点において日本としての初めての試みであり、大きな意味をもつ。さらに、1年9ヶ月という長期間、同国南部・中部の主要都市に滞在することによって、同国の安定化のために大きく貢献し、和平プロセスの一旦を担ったことはONUMOZ撤収後の安定化及び経済成長への貢献の観点からも大きな意味をもつ。 一方、日本のONUMOZへの自衛隊派遣に関する反省点としては、初期PKOということもあり自衛隊はロジスティックス面を十分に把握しておらず、国連の支援を期待していたことや部隊の展開等他国の活動状況に関する調査が十分ではなかったこと、あるいは輸送調整中隊の展開に際し、宿営地・支援部隊を円滑に確定できなかったこと等があげられる。 ONUMOZによる和平プロセスが成功した要因 ONUMOZはアフリカへの初期PKOの成功事例として比較的評価されている。では停戦合意後の和平プロセスが成功した要因は何だったのか。 モザンビーク国民自身も17年近くに渡る内戦によって疲弊し、平和の建設への強い意志があり、さらに、与党フレリモが元反政府勢力レナモ党の主張をうまく取り入れた妥協策を模索し、複数政党制を確立したこと。さらに、同時期にPKOが導入されたアンゴラにおいては、武装解除を総選挙の後に実施したため、内戦が再発したことを踏まえ、総選挙の前に完全武装解除を実施したことなどが挙げられる。副次的要因として、周辺6カ国に離散した170万人に及ぶ難民を帰還させるという国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)の大事業が、難民自身の自主帰還にも助けられて、1994年10月の複数政党制総選挙までに 80%近く完了していたこと、国際政治上の大きな変化である冷戦終結と南アフリカ共和国におけるアパルトヘイトの終焉,もプラス要因として働いた。 ONUMOZ撤収後のモザンビークのめざましい発展 和平合意後のモザンビークは順調に国家建設が進んでいる。先述したように内戦が再発することなく、おおむね自由で公正な選挙による複数政党制が定着していることは大きな成果である。ONUMOZが成功したことは国際社会の支援を受け入れる土台となっており、1990年代後半から現在まで二国間および多国間・国際機関による援助協調も順調に進んでいる。モザンビークはサブサハラアフリカで援助協調が最も進んだ国の一つであり、18のドナーが一般財政支援を実施しており、これらのドナーグループは同国政府の開発政策決定に大きな影響力を及ぼしている。保健、教育、農業、水等の各セクターにおいて、セクターワイドアプローチ型支援が実施されており、これらセクターではコモンバスケット(各ドナーが資金を拠出している共通の基金)も設立している。こうした援助協調の促進の背景には、同国政府がアフリカの他の国と相対的に比較して、ある程度の行政基盤や統治能力を有していたことも要因の一つとしてあげられる。 同国が南アフリカ共和国に隣接しているという恵まれた地理的条件も見逃せない。南部アフリカ地域において南アフリカ共和国が持つ外国直接投資力は、 ONUMOZの効果と相俟ってモザンビークが安定化する上で有利な要因として働いた。モザンビークにおける外国直接投資は1997年以降増加しているが、その最大の投資国は南アフリカ共和国である。1996年〜2003年の7年間、大規模な最新式アルミ工場「モザル」(モザンビーク南部マプト州マトラ市に所在)対して22億ドルの投資が行われた。モザルには、南アフリカ産業開発公社をはじめ日本の三菱商事が出資し、世界銀行グループの一つである多数国間投資保証機関が4000万ドルの保証を行った。三菱商事の出資比率は全体の4分の1を占めたことから(上位2位)、日本企業が和平合意後の同国の安定化および経済成長に長期間にわたり大きく関与したことが伺える。モザンビークは2001年には推定14%の経済成長を達成したが、1990年代後半から2000 年代前半にかけての経済成長はモザル・プロジェクトに代表される南アフリカ共和国の直接投資によるところが大きい。 国際社会からの支援は、経済的な分野に限定されなかった。ONUMOZ撤収に伴い、UNHCRは約1500件(国内の学校、クリニック、井戸、道路、その他のインフラ施設の修復事業、地雷除去活動)あまりの即効性のある復旧計画を実施し、地域コミュニティの安定と強化に大きく貢献した。1997年までには、国連開発計画(UNDP)などの国際機関がこれらの事業を引継ぎ、UNHCRは撤退した。 これら政治、経済、社会にわたるモザンビークの安定と発展、そして国際社会の協力は、ONUMOZが和平プロセスを構築し、同国政府がこれまでのところ比較的安定した統治を行なっていることによるのである。 アフリカのPKOへの今後の自衛隊派遣と期待できる中長期的効果 ONUMOZは日本にとって多国間の平和協力というアプローチへの第一歩であり、複合的なメカニズムをもち、和平プロセスを進める上で多角的な面において部隊を提供した。ONUMOZの意義はPKO撤収後の安定化の過程において二国間・国際機関がインフラ建設や民主化支援において成果を得るための基盤を作ったことにある。 アフリカのPKOへの日本の自衛隊派遣はONUMOZ、1994年のルワンダ難民救援以降、行われていない。今後、アフリカへ自衛隊を派遣する際には、派遣内容や規模にもよるが、ロジスティクスに関する事前準備、部隊の展開等に関しては他国の活動状況について十分に調査し、現地関係者等との調整に万全を期する必要がある。他国要員との調整業務においては、生活・文化・風習面でのギャップが予想されることから、事前研修の段階において異文化への適応の仕方及び異文化コミュニケーション等に関する研修を実施し、派遣後に自衛隊要員が能力を最大限に発揮できるように対策を講ずることが望ましい。 アフリカの多くの国では、給水施設や保健所や病院などが整備されておらず、地域によって差異はあるものの、基礎インフラを拡充するためのODA事業の参入が必要とされている。アフリカの保健分野における感染症の現状は以下の通りである。WHO(世界保健機関)によると、モザンビークにおいて、2003年度のマラリア患者数は総人口約1,940万人に対して5,087,865人(総人口の約26%)、マラリア患者死亡者数は3,569人である。南部スーダンでは2006年1月〜2008年8月までの間、コレラ、エボラ出血熱、髄膜炎、黄熱病による感染及び死亡も多数報告されており、当地域における髄膜炎による死亡率は18.2%(2007年12月〜2008年1月)、コレラ感染による死亡率は6.7%(2008年6月)を記録している。当地域マラリア患者数に関しては正確なデータは把握できていない。Demographic and Health Serveys (DHS)によると、2003年度のモザンビークにおいて、感染症、マラリア、下痢などを原因として、5歳未満で死亡する幼児の割合は出生率の18%、1 歳未満で死亡する幼児の割合は12%と報告されている。アフリカでは多くの国において、感染症などの疾病が現地住民の間では蔓延していることから、派遣後に現地で自衛隊要員をとりまく環境を勘案した上で、事前研修において各種ワクチン接種や感染症用専門薬に関する徹底した知識及び危機管理対策を提供することによって、アフリカへのPKO派遣をとりまく懸念事項を払拭することができる。 アフリカへの自衛隊派遣はどのような中長期的効果をもつことが期待されるのであろうか?派遣先の国の政治的経済的状況や近隣諸国の政治情勢によって、国連PKOへの自衛隊派遣がもたらす中長期的効果は異なるが、安定の過程において日本のODA事業の参入や企業投資の参画を容易にすることが期待できる。自衛隊派遣の規模や派遣内容にもよるが(部隊派遣か個人派遣か等)、自衛隊が長期にわたり駐在することによって派遣先の国の政府関係者や現地住民との関係を醸成するきっかけをつくることができ、構築した関係をもとにODA事業や民間企業による海外直接投資の参入が可能になる。地域レベルの経済的発展を図ることにより国全体の安定化への道を期待することができる。日本の自衛隊派遣は規模の如何にかかわらず現地でのプレゼンスそのものが大きなポテンシャルをもち、日本という「単位」で貢献することに意義があることから、日本は積極的にアフリカのPKOへの自衛隊派遣を検討することが望ましい。 セクター・ワイド・アプローチ (SWAps): 従来の開発支援は、援助国や国際機関がそれぞれの計画に基づき行われていたが、この方式では、個々のプロジェクト相互の調整が十分でない場合があり、被援助国の吸収能力の問題も相まって、効果的な援助が実現できない場合があった。このため、援助国等と被援助国が協力して、保健や教育など個別の分野(セクター)毎に整合性がある開発計画(プログラム)を策定・実施するというセクター・ワイド・アプローチが提案され、特にサブ・サハラ・アフリカにおいて主流になっている。 * 本稿における見解は筆者個人としての見解であり、日本政府としての見解を表したものではないことを申し添える。 (2008年8月執筆) 参考文献: 1.神余 隆博著『新国連論 国際平和のための国連と日本の役割』大阪大学出版会 2.Japan International Cooperation Agency, ‘’Peace-building and the Process of Disarmament, Demobilization, and Reintegration: the Experiences of Mozambique and Sierra Leone’’ 3.モザンビーク国際平和協力業務の実施の結果(平成7年3月7日閣議決定) 筆者略歴: 民間企業、在モザンビーク共和国日本大使館経済協力班 草の根無償資金協力事業担当を経て、現在、内閣府国際平和協力本部事務局 研究員。 専門はモザンビーク・アンゴラを中心とする南部アフリカ研究。 研究活動は大学での特別講義と執筆活動。 2008年4月ネパール制憲議会選挙に日本政府選挙監視団団員として派遣。 *このファイルは文部科学省科学研究費補助金を受けてなされている研究(基盤(B)・課題番号16330111 2004.4〜2008.3)の成果/のための資料の一部でもあります。 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm UP:2007 REV: ◇アフリカ ◇世界 |