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マリ共和国
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○外務省 各国・地域情勢 マリ共和国

◆2007/04/04 時事ドットコム マリ大統領選挙に伴う治安情勢 外務省スポット情報(2007/04/04)
◆2007/04/25 国境なき医師団 アフリカ・マラリア・デー2007 パノラマ −MSFのマラリア治療プログラムー
◆2007/05/06 JANJAN マリ:大統領選に初の女性候補者
◆2007/05/06 毎日新聞 NEWS25時:マリ 現職大統領の再選発表
◆2007/05/06 毎日新聞 マリ大統領選:トゥーレ氏が再選 対立候補は反発
◆2007/06/06 AFP BB News G8に対抗、アフリカ各国のNGOが集まる会議を開催
◆2007/06/07 中国新聞 ベネチアで美術展開幕 日本館には岡部氏の作品
◆2007/06/27 外務省 マリ共和国に対する無償資金協力(第三次小学校建設計画(第2期))に関する書簡の交換について
◆2007/07/08 livedoor SPORTS ル・マン松井、初練習試合で冴え。新人2人が強烈アピールでライバル出現?
◆2007/07/08 中央日報 潘総長、国連情報通信技術局長に韓国人任命
◆2007/07/09 NIKKEI NET 第4回「離婚・愛人・同性愛・・それがどうしたの?」(2007/07/09)
◆2007/07/12 fcjapan セビリアがマリ代表ケイタを補強
◆2007/07/13 GOAL.com セビージャ: デ・ムルとケイタのお披露目
◆2007/07/24 中国情報局NEWS 広州:冷蔵庫に黒人男性のバラバラ死体、同居者失踪
◆2007/08/05 GOAL.com 5つのタイトルを視野に入れるカヌーテ セビージャに残留したマリ代表FWカヌーテが、新シーズンへの意気込みを語った
◆2007/08/13 ITmedia 「ネットの恋愛、気をつけて」、誘拐被害の男性が呼びかけ
◆2007/08/14 外務省 マリ共和国に対する無償資金協力(カティ市教員養成学校建設計画)に関する書簡の交換について
◆2007/08/14 AFP BB News 豪男性、ネットで知り合った恋人に会いに行き監禁される
◆2007/08/15 IBTimes 外務省、マリへの無償資金協力を発表
◆2007/08/21 SANSPO.COM セビリアが優勝
◆2007/08/27 JANJAN マリ:国民議会選挙、最悪の予想は回避
◆2007/09/01 中日新聞 アフリカの人たち助けてあげよう! 滑川で支援米刈り取り
◆2007/09/07 JANJAN マリ:国民議会選挙、最悪の予想は回避(全訳記事)
◆2007/09/14 AFP BB News マリ共和国で反政府勢力が米軍機を銃撃
◆2007/09/15 朝鮮新報 金正日総書記が水害慰問電を寄せた各国首脳に答電
◆2007/09/28 ECO JAPAN 第3回 巨大道路とコカ・コーラ、そして遊牧民(前編)
◆2007/09/30 日本農業新聞 愛の米、アフリカへ/福井・小浜市【北陸】
◆2007/10/01 外務省海外安全ホームページ マリに対する渡航情報(危険情報)の発出
◆2007/10/05 ECO JAPAN 第3回 巨大道路とコカ・コーラ、そして遊牧民(後編)
◆2007/10/10 JANJAN アフリカ:途上国に対するAFT(貿易のための援助)への期待と課題
◆2007/10/12 BIZ PLUS ボルヴィックの"水"をテーマとしたソーシャル・キャンペーン、「1L for 10L」プログラム(2007/10/12)
◆2007/10/14 AFP BB News モザンビークでアフリカ最大規模のエタノール生産事業が開始へ
◆2007/10/15 livedoor sports アフリカ杯大丈夫!?マリ代表選手がトーゴで刺され重傷
◆2007/10/15 livedoor sports R・マドリー痛い、悩みの種は1月に欠くディアラ
◆2007/10/15 livedoor sports トーゴサポーターが暴徒化、カヌーテらが負傷
◆2007/10/16 AFP BB News アフリカサッカー連盟 トーゴ対マリ戦での暴動を調査へ
◆2007/10/16 GOAL.com 代表戦でカヌーテが襲撃を受ける トーゴのファンがピッチに侵入!
◆2007/10/16 livedoor sports カヌーテ、トーゴ代表戦後にベルトで暴行を受ける
◆2007/10/16 GOAL.com ブラルーズ、咽頭炎でダウン オランダ代表合宿から病気で離脱
◆2007/10/17 AFP BB News カヌーテ 代表戦後の襲撃は「人生で最悪の瞬間だった」
◆2007/10/17 livedoor sports カヌーテ「セビージャで起こった事件も忘れる事はできない」
◆2007/10/18 UK Today 10/18 英国における10代の妊娠率、西ヨーロッパでは『最高』に
◆2007/11/07 jp.reuters.com チョコで環境保護、バイオ燃料トラックがアフリカへ
◆2007/11/13 fcjapan セビリアのカヌテが全治2週間
◆2007/11/16 外務省 マリ共和国に対する無償資金協力(貧困農民支援)に関する書簡の交換について
◆2007/12/14 中国情報局NEWS 広州:アフリカ系住民が急増 大半は不法就労か
◆2007/12/26 外務省 我が国大使館等の新規開館について
◆2008/01/09 GOAL.com シュスター:「エトーはカメルーンの王様」 ディアラとの差に不満
◆2008/01/10 中日新聞 PKO施設に自衛官派遣検討 政府、訓練指導で国際貢献
◆2008/01/17 外務省 マリ共和国に対する無償資金協力「シカソ地域飲料水供給計画(詳細設計)」及び「マリーセネガル南回廊道路橋梁建設計画(詳細設計)」に関する書簡の交換について
◆2008/01/19 中日新聞 甚目寺で「大切なもの」写真展 アフリカ・マリからも100点
◆2008/01/22 AFP BB News マリ ベナンを降し初戦を白星で飾る
◆2008/01/26 JANJAN マリ:砂漠の祭りで文化交流
◆2008/01/30 jp.reuters.com サッカー=ユベントス、リバプールのMFシソッコを獲得
◆2008/01/30 Daily Sports アフリカ選手権 ナイジェリアが8強入り
◆2008/01/30 GOAL.com 移籍に夢中のシッソコに怒りを示すマリ ユーヴェ移籍のために大会中にトリノへ向かった同選手
◆2008/02/02 時事ドットコム 2008/02/02-21:28 アフリカMVPにカヌーテ=サッカー
◆2008/02/02 時事ドットコム 2008/02/02-11:32 最優秀選手にカヌーテ=アフリカ・サッカー
◆2008/02/02 nikkansports.com マリFWのカヌーテがアフリカMVP
◆2008/02/02 中日新聞 炭坑節で友好の輪 甚目寺と万博友好国・マリ
◆2008/02/22 外務省 マリ国に対する無償資金協力(食糧援助)に関する書簡の交換について
◆2008/02/26 中日新聞 アフリカなどに支援米 市役所で発送式 休耕田を利用し栽培
◆2008/03/13 外務省 人間の安全保障基金による「アフリカン・ミレニアム・ビレッジ(AMV)第2フェーズ」への支援について
◆2008/03/17 毎日新聞 アフリカ・マリからの報告:/上 安全な水求め、10キロ離れた村へ
◆2008/03/24 毎日新聞 アフリカ・マリからの報告:/下 水くみから解放、通学児童増える
◆2008/04/27 Daily Sports 北京五輪バスケ 女子は米国、中国がB組
◆2008/05/02 Daily Sports 中鉢明子、アフリカ・マリに小学校を
◆2008/05/11 毎日新聞 ぶっく・えんど:『写真に見るアフリカ・西アジアの風俗文化』 /東京
◆2008/05/19 外務省 マリ共和国に対する無償資金協力(「シカソ地域飲料水供給計画」及び「マリーセネガル南回廊道路橋梁建設計画」)に関する書簡の交換について
◆2008/05/31 asahi.com アフリカ 未来へ学ぶ 共同体学校の挑戦


 
 
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2007/04/04-10:14 マリ大統領選挙に伴う治安情勢 外務省スポット情報(2007/04/04)

※ 本件渡航情報は下記の通り発出されましたが、随時更新されます。

(件名)

マリ:大統領選挙に伴う治安情勢

(内容)

  1. マリでは、4月29日に大統領選挙(第1回目)が予定されています。同大統領選挙には、3月28日現在、現職大統領を含めて9人が立候補を表明しており、4月29日の第1回目の選挙で過半数を獲得する候補者がいない場合には、5月13日に上位2名による第2回目の選挙が実施される予定です。
  2. 現在のところ、同選挙に関連した大きな事件等はなく、治安情勢に変化はありませんが、マリ国民の関心は非常に高いため、今後状況が変化する可能性も考えられます。
  3. つきましては、マリへ渡航される場合には、4月8日から選挙運動が本格的に始まり、上記1.の日程で投票が行われますので、大統領選挙についての不用意な言動は慎むとともに、政治集会等が行われる場所には近寄らないように注意してください。

(問い合わせ先)

○外務省領事局海外邦人安全課

住所:東京都千代田区霞が関2-2-1

電話:(代表)03-3580-3311(内線)2306

○外務省海外安全相談センター

住所:東京都千代田区霞が関2-2-1

電話:(代表)03-3580-3311(内線)2902

○外務省 海外安全ホームページ:

○在セネガル日本国大使館

住所:Boulevard Martin Luther KING, DAKAR, SENEGAL

電話: (221) 849-5500

FAX : (221) 849-5555



 
 
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G8に対抗、アフリカ各国のNGOが集まる会議を開催

* 2007年06月06日 12:48 発信地:バマコ/マリ

■途上国自体が主体となる国際協力を協議

 ドイツの主要国首脳会議(G8)に対抗して同時期に開催されたもので、1週間の日程で行なわれる。会議では、アフリカの債務問題、食の安全保障、移民問題などの議題とともに、世界銀行(World Bank)に代わる、途上国のための国際的な金融機関の設立についても協議される。

 約60のNGOを傘下に擁するマリの組織「African Coalition for Debt and Development(負債問題と開発のためのアフリカ同盟)」のBarry Aminata Toure議長は、「会議は、農民や、新自由主義の犠牲になっている住民ためのもの」と、反G8の意義を強調した。

 また、同会議の広報官は、「G8は欺瞞の代名詞。先進国は約束を守らない。発展途上国の運命は、発展途上国が決める必要がある」とG8を批判した。

■G8での合意の履行に対する不信感

 2005年、英国のグレンイーグルス(Gleneagles)で開催されたG8サミットでは、世界の最貧国18か国の債務を帳消しにするとともに、2010年までに発展途上国への援助を年間で500億ドル(約6兆700億円)増額することが合意された。そのうち半分がアフリカ向けであった。

 債務帳消しの公約は守られたが、援助増額の履行は、現在、実行が危ぶまれている。これに対して、マリのアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ(Amadou Toumani Toure)大統領は今週始め、「G8は援助の約束を破ろうとしている」と非難していた。

 会議には、ベナン、ギニア、コートジボワール、マリ、ニジェール、セネガルなどのアフリカ各国及び欧州のNGOなどから、約1000人が参加している。(c)AFP



 
 
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ベネチアで美術展開幕 日本館には岡部氏の作品 '07/6/7

 【ローマ7日共同】現代美術の世界的祭典、第五十二回ベネチア・ビエンナーレ(隔年開催)が七日、北イタリアのベネチアで始まった。今年の欧州は、五年に一度ドイツで開かれるドクメンタなど、四つの主要イベントが十年に一度重なる「美術の当たり年」。ベネチアがその皮切りとなる。

 ビエンナーレでは、過去最多の七十七カ国が国別の展示に参加。日本館は、原爆にさらされた旧国鉄宇品駅(広島市)の遺構の表面を「フロッタージュ」という手法で紙に写しとってきた岡部昌生さん(64)が出展。「ヒロシマ」の記憶を引き継いでいこうとの試みだ。会場には、遺構の一部の石も広島から持ち込まれた。岡部さんは「入館した人に、歴史の現場に抱かれる気持ちを持ってもらえればうれしい」と語った。

 一般公開は十日から十一月二十一日まで。国別展示の最優秀賞(金獅子賞)は秋に発表の予定。

 今回の目玉の一つはアフリカ現代美術の特集で、生涯業績部門の金獅子賞には西アフリカ・マリの写真家マリック・シディベ氏が選ばれた。

 欧州では今月、スイス・バーゼルのアートフェア、ドイツ・カッセルのドクメンタ、同ミュンスターの彫刻プロジェクトの三イベントも次々に開幕する。



 
 
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ル・マン松井、初練習試合で冴え。新人2人が強烈アピールでライバル出現?

2007年07月08日22時02分

 松井大輔が所属するリーグ・アンのル・マンが7日、2007-08年シーズンに向けて最初の練習試合を行なった。対戦相手は、所属クラブが未定のプロ選手で構成される北部地方の選抜チーム。試合はル・マンが2―0で勝った。

 ル・マンはほぼ全員を入れ替えて前後半を戦った。松井はスタメンで出場し、前半4分に最初のシュートを放ったが、わずかにクロスバーの上を越え、惜しくも得点はならず。その後も華麗なテクニックで右サイドを突破してセンタリングをあげるなど見せ場をつくった、とル・マンの公式ホームページで称えられている。

 松井が出場した前半は0−0で終わったものの、後半の2得点はいずれも新加入の20歳コンビが決めた。2点ともジェルビーニョ(コートジボワール)のパスをマイガ(マリ)がゴール。2人とも、松井にしてみればうかうかできない存在になり得る。



 
 
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潘総長、国連情報通信技術局長に韓国人任命

潘基文(パン・キムン)国連事務総長が6日、国連の情報通信技術局長に韓国人のチェ・スンホン氏(57)を任命した。

情報通信技術局長は事務次長補クラスで、昨年7月、国連改革事業の一環として新設された。チェ氏は9月1日から業務に臨む。国連の岡部万里江・次席報道官は「チェ氏は国連の情報・通信技術関連の業務を総括し、国連組織の現代化に向けた効率的な戦略を開発、維持、監督する」と述べた。

チェ氏は81年以来、国際通貨基金(IMF)の業務にかかわり、04年から今年2月までIMF情報技術総括室長を務めた。西江(ソガン)大工科大出身のチェ氏は、米ジョージワシントン大コンピュータ工学科の修士課程、ペンシルベニア大経営学の修士課程をそれぞれ修了し、ジョージワシントン大で公共政策学の博士号を取った後、米有数の大企業で勤めた。

一方、潘総長は6日、国連のディアル・マリ大使を発展途上国担当代表に任命した。ディアアル氏は、国際関係・国際法・国際開発などの専門家で、03年から国連マリ大使を務めた。

2007.07.08 11:25:23



 
 
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第4回「離婚・愛人・同性愛・・それがどうしたの?」(2007/07/09)

マリ共和国大統領の愛人

 西アフリカのマリ共和国では、地元の日刊紙「インフォ・マタン」が先月1日、アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ大統領の愛人関連記事を掲載して以来、ある論争が過熱しています。この大統領の愛人関連記事を掲載した5人のジャーナリストとこれを授業につかった高校教師が、「国家主席に対する侮辱罪」で逮捕・拘留され、これに対し、彼らの釈放を要求する運動が高まりました。例えば、ジャーナリスト協会は、彼らの釈放を求めて「新聞のない日」を設定、20紙のうち16紙がこれに参加し休刊、多くのラジオ局が、通常番組を中断、この開放要求の動きを伝えました。こうした動きにもかかわらず、5人とも禁固刑に罰せられたのです(6月26日付AFP通信)。

 ところでマリ共和国は、13世紀マリンケ人の王スンジャータによって、ニジェール川流域に建国されたマリ帝国を起源とし、国内3ヶ所がユネスコの世界遺産に指定されるなど歴史と文化が豊かな美しい国です。1904年に同地域を植民地化したフランスから、1960年に独立しました。その後軍事独裁体制を経て、1992年に憲法を制定、大統領制をとる立憲国家となり、アフリカでは数少ない複数政党制が機能する国になりました。

 この愛人記事問題は、こうした民主国家のお手本とされる国における「言論と表現の自由の抑圧」という側面がマスコミで取り出させられています。しかし、私は寧ろ、この問題の背後にある、「愛人がいる政治家=公職の立場にある人間として相応しいか否か」、更には、「1人の個人である政治家の公職と私生活を、関連付けるか又は切り離すか」という政治家の倫理と自由の観点から興味深くこの記事を読みました。

 少し古い話ですが、フランス国民から根強い人気のあった故ミッテラン元フランス大統領は、ある愛人との間に娘さんがいました。これに関する記者の質問に対し、「それがどうしたの?」と同氏は切り返しました。彼に愛人がいることは、既に大統領に就任後の80年代から友人や政治記者の多くがこれを知っていました。1994年にある週刊誌がこれを報道した時、多くの国民は、彼の倫理観ではなく、むしろ彼の私生活を暴露した週刊誌を批判しました。

 大西洋を挟んだアメリカでは、1998年、クリントン元大統領による、当時のホワイトハウス実習生モニカ・ルインスキーとの不倫・姦通スキャンダルに全国民が注目しました。舞台がホワイトハウスという公職の場であり、両者合意の上での行為でないセクハラ(つまり犯罪)疑惑がありました。しかも、同氏は同年8月法廷証言とテレビ演説で、モニカ・ルインスキーとの「不適切な関係」を認めるまで、国民を欺いていました。こうした状況にもかかわらず、同年 10月国民に対し行われた世論調査では、回答者の67%が「大統領は任期までつづけるべき」、63%が「大統領の仕事ぶりを支持する」と答えています。

 この2例が共通して示すことは、私生活(異性関係)と仕事(公的職務)は別のものと捉える思想です。こうした異性関係が公職と切り離されることを示す例は、他にも多くあります。最近では、フランス大統領選でニコラ・サルコジ氏に敗れた社会党のロワイヤル元環境相(53)です。国民議会選挙の最終投票が行なわれた先月17日、私生活上のパートナーだった社会党党首のオランド第1書記(52)と別れたことを明らかにしました。両氏は結婚こそしていませんでしたが、4人の子どもがいて、政界のおしどりカップルと言われていました。早速、このことを私の周りのフランス人に聞いてみると、「それが、どうしたの?」「別に公表するようなことじゃないと思うけど・・」と答えが返ってきます。又、当日、国民議会選挙の結果発表のTV番組に出演していた社会党幹部も、「それは、私生活のことだから何もコメントすることはない」と、この別離(私生活)と政治(仕事)は全く別のものと公言しています。

 他の例では、サルコジ新大統領とセシリア夫人です。共に再婚同士で前パートナーとの間にそれぞれ2人ずつ子供、2人の間にも息子が1人います。セシリア夫人が2年前、サルコジ邸を去り愛人の元へ去って行った際、サルコジ氏は日刊紙フィガロの記者とのつかの間の恋愛を楽しんでいたとも伝えられています。それでも国民から大統領に選ばれました。

同性愛・・それがどうしたの?

 先日、「民主党公認の参院選比例代表候補で元大阪府議の同性愛者、尾辻かな子さん(32)が人前挙式を行ない、親族や知人ら約1000人が出席、パートナーの選挙事務所スタッフ、木村真紀さん(32)とそろって純白のウエディングドレスに身を包みバージンロードに登場、民主党の小沢一郎代表や鳩山由紀夫幹事長、太田房江大阪府知事から祝電も届いた」と新聞報道で見ました。(余談ですが、今週、フランス訪問中の太田房江知事とお話しする機会がありました。赤を貴重としたエルメスのスカーフが似合っていました)

 この尾辻さんのニュースは、仏AFP通信や英ロイター通信も配信、フランス最大のゲイ・サイト「ウー・リコ」も記事を取上げ、同性愛を含め性の多様性のメッカ欧州でも注目を集めました。

 私は、この尾辻さんの挙式を知ったとき、現パリ市長ベルトラン・ドゥラノエ氏のことが頭をかすめました。彼は、2001年3月のパリ市長選挙で、右派の現職ジャン・ティベリ氏を破り、フランス史上初の左派系パリ市長であると同時に、はじめてゲイを宣言した市長となりました。実は、この3年前、彼は、あるテレビのトーク番組で、異性カップルのみならず同性カップルの権利も保障する準結婚制度「PACS(連体市民協約)」への賛成論者として出演していました。その中で突然、「私はホモセクシュアルです。今日この場の議論の重大さを私はわかっています。しかし、私はもう48歳です。自分の信念を持って生きなければならない」と発言。

 続いて、「自分のキャリアなど、私にとっては最も重要なことではない」と付け加え、自分の政治生命を絶つ爆弾発言になりかねないことを承知の上で、自らゲイであることを告白していました。ところが、その後も彼の政治生命が絶たれることはなく、パリ市長の座を射止めることになったのです。選挙当選の報が届けられた時、視聴者広場には、GBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)の象徴であるレインボー・フラッグが高らかに掲げられ、多くのゲイとレズビアンが喜びを分かち合っていたニュースの映像が今でも思い出されます。

 このように、フランスでは、国民やマスコミは、こうした政治家の性的嗜好や交友関係と職務は別のものと捉えます。私も、個人の自由と権利が確立された自由・民主社会では、これは当然のことだと思います。

ある不愉快な一言

 私個人の例で恐縮ですが、私には、自分の私生活を人から干渉され不愉快な思いをした経験があります。その中で、今でも強く残る2人の言葉を敢えてご紹介します。

 1つは、中学3年当時、担任の先生から言われた言葉です。高校受験を控え、私なりにそれなりの成績はあげていたつもりでした。又、勉強だけでは退屈なので、部活と恋愛にも精を出していました。彼女との行動が目立ったためか、ある日担任の先生から、「女の子もいいけれど、勉強がおろそかになるのが心配だ」と言われました。私にとっては大ショックでした。勉強と恋愛は無関係と考えていた私に対し、先生から私生活(恋愛)を指摘されたからです。そのショックのせいか次の中間試験で成績を落としました。勿論、先生の熱心な教鞭には大変感謝していますが・・。

 2つ目は、私が三十路を迎えようとしていた頃、当時の会社上司から、「永田もそろそろ結婚したらどうだ」と突然言われたことです。この方には、仕事の面では色々お世話になり今でも大変感謝しています。しかし、私の友人でもない彼が、なぜ私のプライベートなことに干渉するのかわかりませんでした。そこで、「なぜですか?」と尋ねたところ、「君の年になると結婚した方が、社会的に周りからの信頼性も増すからだ」という返事でした。この理屈では、一定の年齢に達しても独身でいる社員は、いい仕事ができないし昇進も難しいと解釈できます。私は、当時から「年・結婚・仕事は、それぞれ別のもの」、それ以前に、「仕事とプライベートは無関係」と考えていましたので、彼の言葉がさっぱり理解できず、むしろ未婚であったことに対する一種の差別を受けた感じすらしました。

会社は、社員の私生活に干渉すべきではない

 前述の2人の言葉は、私が個人的に受けた些細なものにすぎません。しかし、世の中には、独身・離婚・母子家庭・夫婦別居・社内恋愛・同性愛などの立場にある人や、私生活上の訴訟問題を抱えている人が多くいます。こうした人達の中には、自分の私生活を会社から干渉され、周りの人達から冷ややかな視線を感じ、社内で片身の狭い思いをされている方が、多くいるのではないでしょうか。

 会社は、社員の私生活上の立場・行動・交友関係等に干渉すべきではありません。公私分離の原則は、先の政治家の例と同じように企業でも同じです。勿論、社員から、私生活上の相談を持ちかけた時は別です。

 また、会社が、リスクマネジメント上、社員の私生活部分を干渉せざるを得ないこともあるとは思います。例えば、社員が帰宅後近所の女性宅から下着泥棒を繰り返し逮捕されたことが勤務先名入りでマスコミに発表され、本人の懲戒処分を検討せざるを得ないような時です。

 しかし、こうしたケースを除き、皆さんが社長や上司だったとして、仕事仲間のセンシティブ情報を知ったところで何の役に立つのでしょうか。社員は会社の所有物ではありません。彼ら・彼女らがどのような私生活を送るかは、会社には無縁で、社員個々人の自由と責任の範疇です。そして、この自由と責任は社長や上司でも同じです。彼らも、仕事を離れると一人の人間です。私生活上の立場・交友関係や行動は、周りから干渉または批判されるべきものではありません。社内では、上司であれ社員であれ、互いの私生活を尊重しましょう。

 夜10時ごろまで空が明るいパリより、願っています。

永田 公彦



 
 
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セビリアがマリ代表ケイタを補強

セビリア(スペイン)は11日、今夏3人目の新戦力として、ランス(フランス)のマリ代表でキャプテンも務めるMFセイドゥ・ケイタ(27)を獲得したと発表した。契約期間は4年。

ケイタは2002年にロリアンからランスに移籍し、昨季はリーグ戦37試合で11ゴールを挙げる活躍。過去にはマルセイユでもプレーした経験がある。



 
 
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セビージャ: デ・ムルとケイタのお披露目 二人の選手はブロックを構成し、強化部長のモンチは全体の役目を果たすと確信

セビージャは12日に二人のお披露目を同時に行った。セビージャのファンには馴染みのない顔だが、いつものように歓迎し、期待を寄せた。絶頂と発展を続けているクラブに二人はやって来た。

ベルギー人デ・ムルもマリ人ケイタも、これから仲間になる新しいチームに最初の印象を語った。

アジャックスから移籍したデ・ムルは、ベルギー代表でU−21欧州選手権を終えたばかり。「セビージャのサッカーはサイドをよく使うから僕にぴったり」と認め、「ヘスス・ナバスら素晴らしい選手たちと競うのは光栄だ。すぐにリガに慣れる」と抱負を語った。

マリ人のケイタは代表でチームメートのカヌテと話したと語り、「セビージャは素晴らしいクラブ。これから、もっと、ちょっとだけ良くなる」と答えた。



 
 
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広州:冷蔵庫に黒人男性のバラバラ死体、同居者失踪

2007/07/24(火) 16:03:06更新

 広東省広州市白雲区のマンションで21日夜、黒人男性のバラバラ死体がみつかった。死亡したのはアフリカのマリから来た男性とみられ、警察では殺人事件として捜査している。23日付で南方都市報が伝えた。

 男性は今年2月から部屋を借りていたが、7月は家賃を滞納していた。21日も大家が部屋を訪れたが、応答はなかった。このため警察とともに部屋に立ち入ったところ、冷蔵庫中のバラバラ死体を発見した。

 部屋ではマリから来た男性がもう1人生活していたが、行方が分からなくなっており、警察で探している。(編集担当:菅原大輔)



 
 
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2007/08/05 10:44

5つのタイトルを視野に入れるカヌーテ セビージャに残留したマリ代表FWカヌーテが、新シーズンへの意気込みを語った

当初、セビージャを離れてプレミアリーグに復帰するのではないかと言われていたマリ代表FWカヌーテだが、残留することになったセビージャで新シーズンを迎える準備ができていることを強調。チームとしての目標を高い位置に設定すると共に、その意気込みを次のように述べた。

「3つの大会(リーガ、コパ・デル・レイ、チャンピオンズリーグ)はどれも同じくらい重要だ。そして、どのチームもチャンピオンズリーグで成功を収めたいと考えているし、それ故に私たちは彼らに立ち向かっていく必要がある。また、昨季同様、スペインと欧州のそれぞれのスーパーカップでチャンピオンになりたい。どんな試合でも勝利を目指し、セビージャが野心的なチームであることを証明したいんだ」

昨シーズン、セビージャは3つの大会で最後まで優勝争いを演じ、最終節でリーガのタイトルを逃したものの、UEFAカップとコパ・デル・レイの2冠に輝いた。そのため、彼らはセビージャがチャンピオンズリーグでも結果を残せると信じているが、チャンピオンズリーグの予選3回戦で対戦するAEKアテネを「非常に難しい相手」と評し、「よりによって、困難な相手だと考えていたチームのうちの1つと対戦することになってしまった」と、警戒心を強めている。



 
 
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「ネットの恋愛、気をつけて」、誘拐被害の男性が呼びかけ

偽の「婚約者」に会うためにアフリカのマリを訪れたオーストラリアの男性が誘拐された。無事に戻ってきた男性は、皆に注意を促している。

2007年08月13日 16時13分 更新

アデレード、オーストラリア(Associated Press)

 オーストラリアの農家の男性が、オンラインで恋人を探している女性を装った集団に12日間マリで人質にされた。この男性は、インターネットでロマンスを探すときは気をつけるよう呼びかけている。

 デス・グレガー氏(56)は先月、インターネットで出会って結婚の約束をしたナターシャに会い、持参金の10万豪ドル相当の金の延べ棒を受け取るためにマリを訪れた。

 だが同氏は到着するなり武装した男性の集団に連れ去られ、縛り上げられてマチェーテ(ナタのような刃物)で殴られ、現金とクレジットカードを盗まれた。

 同氏は8月12日に警察に付き添われて南オーストラリアの故郷の州に戻った。誘拐犯は同氏に、10万豪ドルの身代金を払わなければマチェーテで足を切り落とすと言ったという。

 グレガー氏の家族から通報を受けたオーストラリアとマリの警察は、誘拐犯をだまして、身代金の受け取りのために同氏をカナダ大使館に連れてくるように仕向け、事件は解決した。

 アデレード空港で取材に応えた同氏は、空港で身なりの良い男性に出迎えられたと語った。この男性に、マチェーテと自作の銃を持った男性2人がいる部屋に連れて行かれ、金を要求されるまでおかしな兆候はなかったと話す。

 「そのときわたしが何を考えたか、説明しがたい」と同氏は言う。「基本的には、何が起きているのだろうかと思っていた。それから彼らは金を要求し始めた。そのとき事態の深刻さが分かった」

 グレガー氏はこの経験から学んだとして、インターネットで恋愛相手を探すときには注意するようにと人々に促した。

 「もう2〜3日遅かったら、わたしは戻ってこられなかっただろう。気をつけて。なんでも必ず100%チェックして」(同氏)

 オーストラリア連邦警察は声明文で、グレガー氏の事件は、インターネット詐欺の被害者に起き得る事態としては「極端な例」だとしつつも、オーストラリア国民に自衛するよう注意を促している。



 
 
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豪男性、ネットで知り合った恋人に会いに行き監禁される

* 2007年08月14日 19:19 発信地:シドニー/オーストラリア

【8月14日 AFP】インターネットで知り合った「恋」を求めてアフリカを訪れたところ、現地で誘拐され、殺害されそうになったオーストラリアの男性が12日、無事オーストラリアに帰国した。

 サウスオーストラリア州Hoyletonに住むデズモンド・グレガー(Desmond Gregor)さん(56)は、インターネットを通じて知り合ったナターシャ(Natacha)と名乗る女性に会うために7月27日にマリを訪れたが、到着した直後に複数の男性に拉致され、バマコのアパートに12日間監禁された。

 ナターシャは結婚持参金として10万豪ドル(約988万円)相当の黄金を持参すると約束していたが、実際にはグレガーさんが誘拐犯から10万ドルの法外な身代金を要求された。誘拐犯はグレガーさんをナタで殴打し、手足を切断すると脅したという。

 グレガーさんから金を無心する電子メールが頻繁に届くようになり、疑念を抱いた家族が外務省に連絡。

 8月9日に、オーストラリアとマリの両警察当局が、バマコのカナダ大使館にグレガーさんの身代金が届いていると誘拐犯を信じ込ませ、グレガーさんの救出に成功した。誘拐犯は、グレガーさんが身につけていた675ドル(約8万円)とクレジットカードを盗んだだけで逃走した。

 文字通り着の身着のまま州都アデレード(Adelaide)に戻ったグレガーさんは、「生きて帰れたのが幸運だった」と告白。出迎えた家族は、グレガーさんが恋ゆえに盲目となり、詐欺に引っかかったことを理解できなかったのだと語った。(c)AFP



 
 
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外務省、マリへの無償資金協力を発表 2007年08月15日 14:23更新

 14日、外務省は、日本政府がマリ政府に対し、「カティ市教員養成学校建設計画」の実施を目的として、5億9300万円を限度額とする無償資金協力を行うことに関する書簡交換が、セネガルの首都ダカールにて、齊藤隆志駐マリ特命全権大使とヨロ・ジャロ在セネガル・マリ臨時代理大使との間で行われたと発表した。

 マリは、アフリカ西部に位置し、人口1390万人(2005年)、1人あたりのGNI(国民総所得)は380米ドル(2005年)。2002年に策定した「貧困削減戦略文書(PRSP)」において、教育分野を優先分野の1つに定めている。さらに、「教育開発10ヵ年プログラム(PRODEC)」(2000年〜2010年)及び「教育部門投資計画(PISE)」において、基礎教育の量的拡充と質的改善を最重要課題とし、毎年2450名の新規教員の養成、採用及び能力向上を目標に定めている。

 マリの基礎教育は、第1サイクル(6年間)と第2サイクル(3年間)からなり、2005/06年の留年率は第1サイクルで17%、第2サイクルで22.1%とセネガル、ニジェールなどの近隣国と比較して高く、教育の質の向上が大きな課題となっている。一方、教員については、1990年代に教員養成学校が閉鎖・縮小されたため、教員不足が深刻な問題となっている。このため同国政府は、短期の訓練を受けた無資格教員を養成し、採用している。

 このような教育事情の下、国民教育省は、PRODECに基づき、各州に1校または2校の教員養成学校を設置し、国全体で15校の教員養成学校を設置して毎年2450名の新規教員を養成する目標を掲げた。今回、このうちカティ市に教員養成学校を建設するために必要となる資金について、日本政府に対し無償資金協力を要請してきた。

 同計画の実施により、カティ市教員養成学校から毎年130名強の卒業生が新規教員となり、マリ全体では2072名の新規教員が輩出される。第2サイクルの教員養成に必要な専門科目として、生物化学教育課程及び数学物理化学教育課程の2コースを備えることで、近年需要が高まっている理数科分野の教員の強化も図る。



 
 
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セビリアが優勝

 スペイン・スーパー杯は19日、決勝第2戦で昨季国王杯覇者のセビリアが、アウエーでリーグ王者Rマドリードを5−3で下し、2戦合計6−3で優勝した。マリ代表FWフレデリック・カヌーテ(29)がハットトリック、ブラジル代表MFレナト(28)が2ゴールを決めた。セビリアは2度のUEFA杯と国王杯、欧州スーパー杯を含め、この15カ月で5度目の栄冠となった。



 
 
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アフリカの人たち助けてあげよう! 滑川で支援米刈り取り

2007年9月1日

 食とみどり・水を守る富山県民会議(宮越勝義議長)は三十一日、滑川市坪川で、アジア・アフリカ支援米として作付けした稲を収穫、市内のあずま保育園の五歳児二十人も刈り取り作業に参加した。

 支援米はわせ品種「てんたかく」で、五月に同県民会議会員の藤井宗一さん(59)の田んぼ三・七アールに苗が植えられた。藤井さんが水管理をして、黄金色の立派な稲穂に実った。園児たちは藤井さんら県民会議会員らの指導で、かまを使って丁寧に稲穂を刈り取り、束にしてはさがけにした。

 藤井さんは「世界には食糧に苦しむ国があることを知ってもらいたい。これからも支援米づくりを続けていく」と話していた。

 県民会議による滑川市での支援米づくりは六年目。同市のほか立山町の立山北部小でも支援米としておくて品種「日本晴」を作付けしており、こちらは十一年目。

 支援米の収穫量は滑川市で約二百キロ、立山町で約四百八十キロが見込まれる。両方を合わせた全量が非政府組織(NGO)「マザーランド・アカデミー」を通じて、来年一月から三月までの間にアフリカのマリ共和国に船便で送られる。 (武田寛史)



 
 
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マリ共和国で反政府勢力が米軍機を銃撃

* 2007年09月14日 02:53 発信地:バマコ/マリ

【9月14日 AFP】アフリカのマリ共和国で12日、同国政府軍に食料を投下していた米軍機が銃撃を受けた。現地の米外交関係者が13日、伝えた。

 この外交関係者は「銃撃があったが被害はなかった。(銃撃したのは)トゥアレグ人反政府勢力だ」と語った。

 また、当該航空機は、政府軍とトゥアレグ人反政府勢力との戦闘が続くマリ北部を飛行中に銃撃を受けたが、任務を完遂し首都バマコ(Bamako)に無事帰還したという。

 地元のNGO関係者はAFPの電話取材に対し「銃撃は合計2回あったが、米軍機は1回目の銃撃の後、高度を上げていたため無事だった」と語った。銃撃後も、米軍機はマリ北東部キダル(Kidal)近郊で投下任務を行ったという。

 米政府関係者が12日に明らかにしたところによると、米軍機は、前週に終了した軍事演習「Flintlock 2007」に参加後、マリ政府からの支援要請を受け食料投下任務を行っていた。(c)AFP/Serge Daniel



 
 
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第3回 巨大道路とコカ・コーラ、そして遊牧民(前編)

ノンフィクション作家=島村 菜津氏

水を求めたらコカ・コーラが出た!

モーリタニアを出てこうして2日目の午後、マリの国境から30分ほどでナラという村に着いた。

狡猾(こうかつ)なミーシャ(夫)は、この時になってやっと、運転手のおやじさんに2人分の60ドルと、おまけの10ドルを支払う。普通の外国人のバックパッカーが、より快適で、より人道的な車で旅して、1人50ドルだそうだから、妥当な値だ。

中古トヨタも、そろそろ買い換えの時期ようだし、助手のお駄賃も要るだろう。私も、心の底から尊敬の念を込めて「ありがとうございました」と、頭を下げた。すると、終始、無表情だったおやじさんが、この時ばかりは白い歯を見せて笑い、さっと、どこへか姿を消した。

乾きは、頂点に達していた。まずは水探しだ。

「水、水……」とつぶやきながら村を歩くと、ほどなく1軒のカフェを見つけた。叫んでも、主人がなかなか姿を現さないので、お勝手を覗くと、村人が庭先に集まって、さざなみの立つテレビドラマに見入っていた。

こんな“土の村”にも、テレビが欧米の消費社会のイメージを運んでくるのだ。若者たちが国を離れていくのは無理からぬことに思えた。

「あの…」と懇願すると、ようやく物憂いそうに立ち上がった主人に、詰めよった。

「み、みずを」

 「水はないよ」

 「えっ!」。眉を潜めると

 「でも、これなら」と、奥の倉庫のような部屋に置かれた、これまた古い冷蔵庫から取り出したのは、何と懐かしいコカ・コーラの瓶だった。

さすがは街、電気が通っている。瓶の表面には氷の皮膜が白くはり、冷え冷えで、なんともそそるではないか。

あっという間に飲み干した。

「ああ、おいしい。生きててよかったあ」と、思わず、口をついて出た。

「おじさん、もう1本ずつ」というわけで、気がつけば、2本も飲んでしまった。

半日も水にありつけず、喉はからからだった。乾いた砂漠の景色が、モンスーン気候育ちの脳に飢餓感を植えつけ、それがまた、コカ・コーラの味を格段にグレードアップさせていた。

命拾いはしたが、後味が悪い

それにしても、日本では10年くらい口にしていなかったコカ・コーラを、よりによってサハラで飲む羽目になるとは。なんとも皮肉な運命ではないか。しかも、東京やニューヨークならまだしも、「どうしてサハラまで来てコカ・コーラなんだ?」と思うと、少し悔しくなってきた。

そういえば、ティンベトラでも、筵(むしろ)の粗末なキオスクに、唯一、輝いていた看板はコカ・コーラだった。

さすがは200カ国で親しまれ、「世界一のマーケティングと流通システム」を誇る世界最大手清涼飲料の会社だけのことはある。

だが、その時、ふと数年前に読んだ『For God, Country and Coca-Cola: The Unauthorized History of the Great American Soft Drink and the Company That Makes It』(Mark Pendergrast著、Scribner社、1993年4月発行、イタリア版はPIEMME社より発行)という分厚い本の背表紙が頭に浮かんだ。

「なぜ、99パーセントが砂糖水である大衆的な飲料水が、アメリカの究極のエッセンスとなり、その文化を代表するものになったのか?」

ほとんど水なんじゃないか。だったら、水の足りない砂漠でまで独占的なシェアを占めているのは、ちょっと嫌味な話である。せめて地元企業の果実100%のジュースでもあればいいのだ。

命拾いはしたものの、どうも後味が悪かった。

そこで帰国してから調べてみると、コカ・コーラにとって、アフリカは、全体のシェアの4%ほどしか占めておらず、将来性に燦然(さんぜん)と輝く中国や北欧に比べれば、さほど大切な市場とも思えない。ならば無関心かといえば、そうではない。

コカ・コーラは、アフリカには1976年、南アフリカ共和国の政情不安に乗じて参入。この時は、売上げの8分の1が政府に入り、人種差別政権に寄与していると非難された。その後も内戦が終結を見たアンゴラに乗り出し、共産政権が倒れたエチオピアに投資し……となかなか熱心である。

上の書籍によれば、残りはコカの実、ライム果実、バニラやコリアンダーなど7つのエッセンスだそうだから、アフリカに熱心なのは素材の調達のためだろうか。

いったい誰のための援助だろう?

ナラでは、もうひとつ、気になる事件があった。この街で、世界銀行と国連のIMF(国際通貨基金)が建設する道路を作るための調査をしているという 2人のイタリア人と出会った。彼らは、真新しいクーラー付きの7人乗りのアルファロメオ、2台で現われた。そして、次の目的地カンカンまでルートが同じだから、乗せてくれると約束してくれた。

ところが、それも糠(ぬか)喜び、私たちが「雑誌に記事を書いている」と口にした途端、ボスの態度は豹変。「そうだった。現地の調査員を7人乗せなきゃならないから、残念ながら無理だよ」と断られてしまったのだ。

定員14人(7人乗りのアルファロメオ×2台分)に、2人プラス調査員7人の計9人なら、まだ相当に余裕があるじゃないか。「国際機関には、部外者を“拾っちゃいけない”って規約でもあるのさ」とミーシャはあっさり断念したが、底意地の悪い私は大いに勘ぐった。世の中、恐ろしいのは、義憤より私憤である。

何か、きっとやましいことでもあるに違いない。

そこで、これも帰国してから調べてみると、世界銀行のアフリカ構造調整プログラムは、みごと失敗に終わったと、新しい総裁も認めていた。そもそも世界銀行とは、戦後に発足された経済の安定を図るための国際機関で、本部はワシントンにあり、なぜか慣例で総裁には歴代アメリカ人が就任している。出資額は同国が1位で、2位は日本だ。

ちなみに、6000kmを超える縦断道路、2000kmを超える横断道路は、アフリカの各国の貿易には、ほとんど寄与しておらず、整備の行き届かない道路は、ところどころ砂に埋もれている。これを目にした時に思い出したのは、モーリタニアの海岸で見た日本の援助の下に建てられたコンクリートのりっぱな魚市場や、ギニアのカンカンの市場の大きな冷蔵庫だった。電気不足ということもあって、それらは、まるで使われていなかった。よもや日本向けに輸出されるタコやイカ、イセエビが水揚げされた時だけに使うわけでもあるまい。いったい、誰のための援助だろう。

巨大な道路も同じだ。何も、“列強”が必要としている石油や鉄鉱石やボーキサイトを港に運ぶためだけにあるわけではないだろう。

アフリカ人たちの暮らしとのアンバランス

2005年に世界銀行の総裁に就任した元米国国防副長官であるポール・ウォルフォウィッツは、日本の雑誌のインタビューの中で、こう告白している。

中国や東アジア、インド、南米では(世界銀行の役割は)成功を見たが、「しかし悲劇的なのは、サハラ以南のアフリカ諸国が後退してしまったことです。20年前、4分の1だった貧困層が、現在では2分の1になってしまいました。これらの人々は極貧で、1日1ドル、もしくはそれ以下の生活を送っています。サハラ以南の6億人の住民のうち、半分の人々がそのような生活を送っています。これは決して健全な世界といえません。またそのようであってはなりません。」、と(括弧内、東洋経済新報社の『東洋経済』2006年6月24日号より引用)。

その理由について、総裁は、あくまでも地元の政治の腐敗を挙げているが、長年、アフリカをフィールドにしてきたイギリス人学者、マイケル・ブラウンの意見は違う。

「IMFと世銀の外国人専門家が、アフリカの政府を説得して推進させた政策が、過剰生産の原因となり、取引条件を悪化させ、旱ばつや土壌劣化を引き起こしたのだと判明した。そして、それは、手馴れた小規模農業、村落経済での女性たちの中心的な役割、穀物の混植栽培、都市の手工芸、都市と農村の生活の調和、農耕民と遊牧民の豊かな交流など、アフリカ社会に残されていた力を壊滅させた。」と辛辣である(『アフリカの選択』塩出美和子・佐倉洋共著訳、つげ柘植書房新社、1999発行より引用)。

しかし、あらためてこれを読むと、ナンシーが会わせてくれた遊牧民の暮らしや、私が憧れるたくましいアフリカは、風前の灯火なのか。

まだ、あった。

『世界の水が支配される!』(国際調査ジャーナリスト協会著、佐久間智子訳、作品社、2004)では、世界銀行がアフリカの10カ国で融資の条件として推し進めている水道の民営化への批判が展開されていた。それによれば、例えば南アフリカでは、民営化された高過ぎる水道代を払えず、川の水などに頼らざるを得ない人々の間でコレラが流行したなどと報告されていた。

おそらく、どの指摘にも、道理があるのだろう。

ただ、私のような無知な旅行者の目からみても、世界銀行の援助の下に建設された巨大な砂漠の道路や、すべてのブランドを凌駕して君臨するコカ・コーラの看板といったものは、周りの土造りの家や粗末なテントで営まれるささやかなアフリカ人たちの暮らしと、どうにもバランスが悪かった。

そして、その道路を質の悪いガソリンで疾走する先進国の“お払い箱”車が公害を引き起こし、交通事故も絶えない。あまり知られていないが、アフリカでは、疫病に倒れる外国人の数より、交通事故で命を落とす人の方がずっと多いのだ。くわばら、くわばら……。

だというのに、国際機関のクーラーつきの車に見放された私たちは、その後、さらなる生命の危機を体験することになった。

後編に続く



 
 
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愛の米、アフリカへ/福井・小浜市【北陸】

掲載日:07-09-30

 飢餓で苦しんでいるアフリカの国に救援米を贈ろうと、福井県のJAわかさ小浜青壮年部と小浜市の国富小4年生児童ら40人はこのほど、小浜市次吉の水田で稲刈りを行った。

 同青壮年部国富支部が中心となり、地元農家の上野一夫さんの水田14アールを借りて行った。水田は「チャレンジ農園」、米は「あいLoveライス」と名付けている。

 長靴に軍手姿の児童らは、自分たちで植えた「コシヒカリ」がたわわに実る水田に入ると、慣れない手つきでかまを使い、心を込めて丁寧に刈り取った。

 学校では、これまでに総合的な学習の時間を使い、送り先のマリ共和国の食料事情を学んだ。刈り取り後、代表してあいさつした吉村悠希さんは「世界には食べることができない人がいることを知った。感謝の気持ちを忘れずに食事したい」と話した。

 収穫した米のうち300キロを東京の民間救援米団体を通じて11月中旬にマリ共和国に送る。

(福井・わかさ)



 
 
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第3回 巨大道路とコカ・コーラ、そして遊牧民(後編)

前編はこちらから

事故だけは勘弁、定員オーバーの乗り合いルノーの旅

ギニアの国境まで、壮絶な振動音を立てる夜行バスに揺られて着くと、そこで見つけた乗り合いルノーの旅は、まさに空前絶後だった。

私たち2人と、英語を話すガーナ人とナイジェリアの青年、無口な青年が1人、ムスリムの親父が1人。加えて、まだ若い運転手君と“奴隷”のような少年1人──。

なぜ“奴隷”のようかといえば、少年は車中に入りきれず、ある時は上に詰んだ荷物にしがみついていたり、ある時はトランクの中から出てきたりしたからだ。

悲惨さをきわめたが、「代わってあげようか」と言う勇気はとてもなかった。

これで8人だから既に定員オーバー。とはいえ、ここからシクロまでは、まだしも人道的だった。

ところが貪欲な運転手は、このシクロの市場で、商売を終えた大型のおばさんトリオを拾ったのだ。1人は背丈が180cmはあり、1人は体重が180kgあろうかという体形で、各々がまた「引越しですか!?」というようなものすごい荷物を抱えている。

今度はアスファルトの道が主体だったものの、嫌な予感の通り、何度もエンコし、エンジンに水をかけたり、タイヤを替えたり……。なだめすかしながら進む。こうなると、どこかにしがみついている少年のためにも、事故だけは起きないように祈るしかない。

おばさんの大きなお尻に挟まれ、息苦しい車中で、「もし、この車が炎上でもすれば、脂身はよく燃えそうだ…」と地獄絵が頭をよぎる。すると、道路の脇に、まだ煙を上げている黒焦げの横転トラックが現れるのだった。事故を目撃するのは、これで3度目だった。

夜のニジェール川を車を乗せたカヌーで渡る

だが、思い起こせばそこまでは、まだよかった。想定外は、夜のニジェール川渡りだった。

橋があるにはあるが、長年、工事中のままで、そのまま遺跡にでもなってしまいそうだ。暗い岸辺で、ずっと迎えの船を待ったが、これがまた待てど暮せど来ない。

理由はなぞに包まれていたが、売店の1軒もあるでなく、乗客は川辺をうろうろしたり、用足しをしたり、所在ない。ついには、運転手まで自暴自棄な態度に出て、車で居眠りを始め、数時間がたった時、どこで手に入れたものか、自転車でひゅっと姿を消した。「とんずらか!?」と思われた頃、また自転車で戻ってくると、想像を絶する行動に出た。

彼は、車を川岸のぎりぎりのところに寄せると、みんなに降りろと支持する。

「荷物を持って、いよいよとんずらか!?」と思いきや、暗い川から、細い木造のカヌーに乗った新顔のすらりとした青年が現われた。いったい何事かと見守っていると、青年は、もう1艘カヌーを運び、その2艘のカヌーを岸辺に平行に寄せ、そこに直角に2本の板を乗せた。

それから、おもむろに運転手が、大荷物を乗せた車を、その板にそろりそろりと乗せたではないか。

でもって、カヌーの上から「おいで、おいで」をする。

「おーい、ここは中世か。アフリカの川で死にたくないぞお」と日本語で悪態をついたが、誰も構ってなどくれない。戸惑っていると、みんな黙って乗っていく。

「そんなアホな、無理に決まってるさ」と最後まで疑り深いのは、ガーナ君とミーシャ、それに私だった。

それでも、横綱級のおばさんトリオが乗っても、カヌーがずぶずぶっと沈没しないのを見届けると、かすかな希望が湧いた。原初的かもしれないが、この舟の浮力はたいしたもので、あるいは、生きて向こう岸につけるかもしれない。

ついに、悪あがきをやめてカヌーに乗り込む覚悟をした。

まるで、キツネにでもつままれているかのようだ。舟は音もなく、黒々とした夜の川を滑る。恐怖心からか、みんな押し黙っていた。

無事、生きて渡った時に味わったカタルシス

長い棒切れ1本の櫓をあやつり、青年は器用に舟を進めていく。きっと幾度も同じことをやってのけてきたのだ。川の流れに逆らわないように、途中で、カヌーの向きを変えた時、青年の長い腕と櫓の間から、砂に霞んだ黄色い満月が川面すれすれに浮かんでいるのが見えた。そして、よく引き締まった少年の体のシルエットがくっきりと浮かび上がった。つかの間、はっと息を呑むような神々しい眺めだった。

すると、毒舌ガーナ君が、恐怖心を払うかように「そういえば、ニジェール川ってフカがいるんだぜ。昔、俺さ、中国人相手にフカヒレ商売したことあるから知っているんだ」などと法螺を吹いて、ナイジェリア君に「ウソこけ」と一喝された。

反対岸にたどりついて一同、ほっとしたのもつかの間、陸に上げる段になって、車の“お尻”が川にはまってしまった。運転手が、みんなに、川に入って車を押してほしいと懇願する。

だが、長年、オランダ暮らしのガーナ君は、「アフリカの川に素足で入るなんて、僕はまっぴらだね」と態度を悪く、「あの、ワニっていない?」とミーシャも逃げ腰だ。私とて、ヒルやら寄生虫がちょっと気になる。

偉かったのは、ナイジェリアの青年で、「そんなことを言わないで、みんな、力を合わせようぜ」と学級員気質である。それまで、外国暮らしの若造と旅行者を舐めきっている風情だったトリオも、この時は、ためらわずに川に入った。力が強そうで逞しい。こういう時にこそ、真の人間性が試される。

こうして、めでたく車は川から脱出、みんなで拍手し、再出発を祝った。

あんな不条理な体験は二度とごめんだ、とも思うが、そこには、クーラー付きの新車では決して味わえない、ある種のカタルシスと、トラブルを語源とする旅の醍醐味が、確かにあった。

今も、その晩のことを思い出すたびに、人間、ゆめゆめ自分だけのちっぽけな物差しで、世間を見てはいけないなと、呆けている。

遠くから、1日1ドル以下の暮らしは悲惨だと同情するのは簡単だ。けれども、そこに“先進国”の人間が忘れてしまったような、命を根底から揺さぶられるような逞しさや、しなやかさがあることも、忘れてはいけないな、と思う。



 
 
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ボルヴィックの"水"をテーマとしたソーシャル・キャンペーン、「1L for 10L」プログラム(2007/10/12)

 ナチュラルミネラルウォーター“Volvic(以下ボルヴィック)”の商品を通じて7月2日(月)から9月30日(日)まで全国的に展開されたソーシャル・キャンペーン、「1L for 10L(ワンリッター フォーテンリッター)」プログラム。同社が有するCM枠の約半分をこのプログラムのために使用するなど、その大々的なコミュニケーション手法により、「アフリカに清潔で安全な水を」というメッセージは多くの人々に届き、大きな反響を呼んだ。今回は、このプログラムを成功に導いた理由を探るべく、ダノンウォーターズオブジャパン代表取締役社長のリチャード・ホール氏と、同プログラムのリーダーであるキリンMCダノンウォーターズマーケティング部部長の吉沢直大氏にお話を伺った。

1L for 10Lプログラムのしくみ

 このプログラムは、ダノングループがボルヴィックブランドを通じて支援するグローバルプログラムで、2005年にドイツでスタートし、2006年にフランスでも展開され、2007年に日本での実施に至った。「1L for 10L」とは、文字どおり“ボルヴィック出荷量1Lごとに10Lの清潔で安全な水がアフリカに供給される”ということを意味している。

グローバル企業と国連機関との本格的パートナーシップ

 現地の支援に関しては、ユニセフとのパートナーシップにより、ドイツではエチオピアを、フランスではニジェールを、日本ではマリ共和国を支援している。現地で支援活動を行うユニセフとの連携によって、より持続可能な協力活動を可能とし、住民主体でメンテナンスできるためのトレーニングも含めた、持続的な井戸の使用実現を支援する。また、生活の中心である水へのアクセスを改善することで、就学率の向上、栄養状態の向上、それによる乳幼児死亡率の低下が期待されている。ユニセフという信頼できるパートナーとの協働により、支援金がどこに、どのように使われるのかが分かりやすく、消費者の参加インセンティブをより高めることにつながっている。

アウェアネス向上への努力

 水問題に対する人々の関心を高めることについては、様々な工夫によって成功へと導いている。まずは事業とキャンペーン・テーマの合致であり、水を扱うボルヴィックが水問題への支援に取り組むという分かりやすさ、さらに「1L for 10L」という分かりやすいメッセージによって、消費者に受け入れられやすいプログラムとなった。次にプログラムへの参加のしやすさに対する工夫であり、今回日本では、水の需要が高まる夏の間(7月〜9月)の3ヶ月間にプログラム対象期間を設定したことで、より多くの人が通常の購入行動によって参加できるしくみを実現した。これらに加えて、効果的な告知活動が徹底して実施され、同社が有するテレビCM枠の約半分をこのプログラムのために利用し、Web上のプログラムサイトでは、設定された目標“マリ共和国に10年間で延べ約7億リットルの清潔で安全な水を”に対して、毎週金曜日に「現在○○リットル」の表示が更新されるなど、臨場感のある演出もなされた。

マリ共和国と水問題

 支援対象国に関してはユニセフとダノンが協議の上決定しており、日本のプログラム支援先には、清潔で安全な水へのアクセスの地域格差解消が国家戦略計画として掲げられている、西アフリカのマリ共和国が選ばれた。ユニセフによると、現在、世界で安全な水にアクセスできない人は10億人以上で、毎日4,100 人以上の5歳未満の子どもが、安全な水や衛生施設がないために下痢性の病気にかかり、亡くなっている。水へのアクセスが困難な地域では、子どもたちが水汲みに従事することが多く、このために学校へ通えず、教育を受けられなかったり、また衛生に関する適切な知識を得ることができない。

 マリ共和国の伝統的な井戸は地面に穴を掘っただけの単純なもので、プログラム実施のために現地を訪れた吉沢氏によると、子どもたちが描く水の色は「茶色」であるくらいに、清潔で安全な水とは縁遠い生活環境にある。現地では、子どもたちが茶色く濁った水をそのまま口にして、病気になってしまうことも多い。マリ共和国の5歳未満児死亡率が、出生1000人あたり218人と世界で7番目に高い(ユニセフ「世界子供白書2007」)のも、清潔で安全な水へのアクセスが圧倒的に不足していることが大きな原因となっている。

 こうした課題を背景に、ボルヴィック「1L for 10L」プログラムの展開が、日本でもスタートした。

プログラムの成功と、ソーシャル・マーケティングとしての成功

 同プログラムの“成功”とは、その目的である現地の持続的支援の実現と、水の社会的課題に対するアウェアネスの向上にある。一方でこの取り組みがソーシャル・マーケティングという視点からも興味深いのは、アウェアネスの向上が直接、消費者の商品への支持につながりやすいものだったということである。売上増を目的としたプログラムではなかったが、“何か社会に貢献したいと思っていても何もしていない状態の人たちも参加したくなるように”、積極的にその潜在層に働きかける工夫を行った結果もあってか、7・8月のボルヴィック売り上げも前年比134%と増加。猛暑日が続いたことや新商品の発売等、様々な要因が関係しているものの、ブログ上でもプログラムの好意的な意見が多数見られるなど、プログラムの実施によって同商品に対する消費者の支持が増えたことは確かである。

 テレビCM等における効果的な告知展開に加えて、誰もが口にする「水」という商品を介在した同プログラムは、より多くの消費者の参加を促すことに成功した。現地の支援とアウェアネスの向上のためのプログラムが、結果として商品の販売増にも貢献したという、ソーシャル・マーケティングの成功事例である。1972年よりダノングループ創業者であるアントワーヌ・リブー氏が唱えてきた、「経済的成長と社会的発展の一体化」の思いに通じるプログラムであると言えるだろう。

「ダノンウェイ」によるCSRの浸透

 今回の取材を通じて最も印象に残ったのは、持続的な発展を目指すダノングループ全体における、価値観共有ための仕組みとその効果である。2001年より同社で行われている「ダノンウェイ」という自己評価ツールがその仕組みにあたる。

 「ダノンウェイ」では、各事業部門で従業員が参加するワークショップが行われ、責任を果たすべきステイクホルダーに対して、ダノンの目指す方向性と事業がどのくらい適合しているかが議論される。その自己評価のための指標として、イントラネット上で、ダノングループにおける数多くのベスト・プラクティスの事例が紹介されている。

 先日、全世界のダノングループ子会社の社長が集まってアイデアを出し合うワークショップに出席してきたというホール社長。ダノングループ傘下の会社が全て同じ軸で、社会や環境に対する企業の責任を事業運営の中核に据えてビジネスを行うために、「ダノンウェイ」はとても重要であると語る。「1L for 10L」プログラムが誕生し、そのグローバル展開が実現したのは、「ダノンウェイ」が効果的に作用し、グループ全体、社員一人ひとりにダノンとしての CSRが浸透しているからこそである。プログラムの誕生は、ダノングループのドイツ支社本社の広報担当マネージャーを中心にした社員同士のディスカッションの中からであり、日本展開については、部長吉沢氏を始めとするマーケティング部の社員たちからの働きかけによって実現した。そのグローバル展開は、ダノンウェイによってベスト・プラクティスを学ぶことが、グループにふさわしい、よりよいCSR活動を社員が自発的に広げていこうとする行動に結びついたからである。ダノングループの特徴としてホール社長に挙げていただいた、「ボトムアップ型」の企業風土と、グループ企業との水平な「ネットワーキング」が、この事例からも伝わってくる。

 「水のリーディング・カンパニー」として、また「ソーシャル・マーケティングのリーディング・カンパニー」として、今後の展開が楽しみである。

取材/執筆:西山庭子(ソシオエンジン・アソシエイツ)、取材/服部直子(同)、上田敬(NIKKEI NET BIZ PLUS)



 
 
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アフリカ杯大丈夫!?マリ代表選手がトーゴで刺され重傷

2007年10月15日23時43分

08年アフリカ杯ガーナ大会予選トーゴ対マリ戦が14日、トーゴで行われた。試合はアウエーのマリが2−0の勝利を収めたが、予想外のトラブルが発生した。

試合後マリ代表のフレデリック・カヌーテが暴漢に顔面を殴打され、数針縫う重傷を負った。また、ストーク・シティ所属のマリ代表FWママディ・シディベがナイフで腕を刺され、止血の為に緊急手術を受けている。

この日の勝利でマリ代表は08アフリカ杯ガーナ大会出場を決めていた。



 
 
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R・マドリー痛い、悩みの種は1月に欠くディアラ

2007年10月15日04時56分

 2008年の始まりと同時にR・マドリーに重大な問題が迫っている。ガーナで行われるアフリカ選手権出場のため1月6日からマリ代表に合流するディアラをR・マドリーは約1ヶ月間に渡り欠くことである。

 マリ代表はアフリカ選手権予選トーゴ代表をセビージャFWカヌーテとロスタイムのディアジョのゴールで勝ちアフリカ選手権出場を決めた。これによりシュスター監督は1月中ディアラ抜きの布陣を考えなくてはならない。唯一中盤の底でプレーできるのがガゴ。最低でもリーガ6試合と国王杯も勝ち進めばベスト8までの3試合をディアラ抜きで戦わなければならない。

 2006年8月にR・マドリー入団以降5試合しか欠場していないディアラ。すでにチームに欠かせない存在となっているためR・マドリーはディアラ抜きの戦い方に慣れなくてはいけなくなる。ディアラがマリ代表の試合を蹴ってまでR・マドリーへ残ることはありえそうもない。なぜなら「代表の試合は一番大事」と位置づけているディアラ。昨シーズンのクライマックス、リーガ最終戦対マジョルカ戦もマリ代表へ合流する意志をみせていた。



 
 
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アフリカサッカー連盟 トーゴ対マリ戦での暴動を調査へ

* 2007年10月16日 10:48 発信地:パリ/フランス

【10月16日 AFP】アフリカサッカー連盟(CAF)は、12日に行われたアフリカ・ネイションズカップ(the African Nations Cup)予選のトーゴ対マリ戦で起きたトーゴ代表のサポーターによる暴動事件の調査に乗り出した。

 マリ代表に2-0で敗れたことにより2008年にガーナで開催される本大会への出場を逃し激怒したトーゴ代表のサポーターがピッチに流れ込み、60人のマリ代表のサポーターと2人の選手が怪我を負った。マリ代表のフレデリック・カヌーテ(Frederic Kanoute)は、トーゴサポーターからベルトで殴られ傷口を縫い、またマハマドゥ・シディベ(Mahamadou Sidibe)はナイフで腕を切りつけられ手術を受けた。

 アフリカサッカー連盟は15日、AFPに対し「現在我々は状況の確認をしており、試合の報告書を待っているところです」と語っている。この事件は18日に本大会の組み合わせ抽選会が行われるガーナのアクラ(Accra)で同大会の組織委員会による会議で議論される。

 現在シディペは所属するイングランド2部リーグのストーク・シティ(Stoke City)に戻り治療を受けているが、怪我の具合については明らかにされていない。チームの最高責任者のTony Scholes氏は、「我々はまだ事件の詳細を把握しているわけではないが、このような出来事を見たいと望む人間はいないだろう。我々としてはまずシディペのことが心配だ、重傷でないことを願う。しかしながら我々にはクラブと所属する選手を守るという責任があるので、今後しかるべき組織に陳情する」とコメントした。 (c)AFP



 
 
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代表戦でカヌーテが襲撃を受ける トーゴのファンがピッチに侵入!

マリ代表は、12日に敵地で行われたトーゴ戦に2-0で勝利し、来年の1月に行われるアルフリカネーションズカップの出場権を獲得した。しかし、試合終了後に数名のトーゴ・サポーターがピッチ内に乱入。セビージャ所属のマリ代表FWカヌーテがベルトで殴られ、傷口を縫うことになった。

また、ストーク・シティ所属のシディベも腕を刃物で切られ、マリ代表のジョダル監督は、「まるで戦場のようだった。ロッカールームの至るところには血の痕があった」と、試合後の惨状を『L'Equipe』に語った。



 
 
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カヌーテ、トーゴ代表戦後にベルトで暴行を受ける

2007年10月16日02時57分

 マリ代表として2008年アフリカ選手権予選対トーゴ代表戦を戦ったセビージャのFWカヌーテが、試合後グランド内に乱入したトーゴサポーターにベルトのような物で殴られ針を縫う怪我を負ったとセビージャ公式ウェブサイトは発表した。

 事件はトーゴホームで行われた試合後、0−2で敗れた悔しさからかトーゴ代表のサポーターが乱入。マリ代表選手達が暴行を受けた。ママディ・シディベ(ストークシティー所属)は刃物で腕を切られ出血するなどの騒ぎとなった。

 マリ代表のジャン・フランソワ・ジョダル監督がフランスのレキップ紙に「戦場のようだった。我々の選手達が逃げ込んだロッカールームの中は血の海状態だった」とその悲惨な状況を説明した。マリ代表選手達はグランドから直接飛行機で移動する事態にまで至った。



 
 
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ブラルーズ、咽頭炎でダウン オランダ代表合宿から病気で離脱

セビージャはこの代表ウィークで、次節レバンテ戦に向けてゆっくり準備していられないようだ。マリ代表のカヌテとケイタが命からがら逃げてきたと思ったら、今度はオランダ代表DFハリド・ブラルーズが病気にかかっているとの報告が届いた。ブラルーズは咽頭炎にかかり、すでに代表合宿から離れている。

今週末の試合に間に合うよう、ブラルーズがセビージャに戻ったら全力を挙げて治療にかかるとクラブのメディカル・スタッフは言っている。

カヌテとケイタの他にも、フランス代表から戻ったエスキュデが股関節炎で、マレスカとハビ・ナバロも負傷中。リーグ戦で4連敗と低迷中のセビージャには頭の痛い話ばかりだろう。



 
 
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カヌーテ 代表戦後の襲撃は「人生で最悪の瞬間だった」

* 2007年10月17日 12:16 発信地:パリ/フランス

【10月17日 AFP】スペイン・リーガエスパニョーラ1部のセビージャ(Sevilla)に所属するマリ代表ストライカーのフレデリック・カヌーテ(Frederic Kanoute)が、12日に行われたアフリカ・ネイションズカップ(the African Nations Cup)予選のトーゴ対マリ戦の試合終了後に起きた暴動でナイフを持ったサポーターによる襲撃を「人生で最悪の瞬間だった」と振り返った。

 トーゴの首都ロメにあるKegue Stadiumで行われた試合に0-2で敗れたトーゴのサポーターが試合終了後にピッチになだれ込み、カヌーテはベルトで殴られた背中を縫い、またイングランド2部のストーク・シティ(Stoke City)に所属するマハマドゥ・シディベ(Mahamadou Sidibe)はナイフで切りつけられ手術を受けた。

 「率直に言って、あれは人生で最悪の瞬間だった。サッカー場であのような問題が起こるなんて人生で一度も経験が無い。試合の後に何より寂しさを一番感じた。勝利の喜びに浸れなかった。本当に本当に最低な出来事だった」と語ったカヌーテは、既に調査を始めているアフリカサッカー連盟(CAF)に続き、国際サッカー連盟(FIFA)にも調査をするよう求めた。(c)AFP



 
 
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カヌーテ「セビージャで起こった事件も忘れる事はできない」

2007年10月17日06時41分

 アフリカ選手権予選トーゴ代表対マリ代表の試合終了後に敗れたトーゴ代表のサポーターがグランドに乱入しマリ選手達を暴行した事件を受けて「アフリカは野蛮な所」とする表現がいくつかのメディアから出たことについて、マリ代表でセビージャFWのカヌーテは「みんなアフリカは野蛮だって言っているみたいだけどセビージャ対ベティスの試合でも同じような事が起こっている。警察の監視がスペインの方が行き届いているだけで、もし観客がグランドに乱入していたら同じような事態になったと思う。イタリアでは死者も出たほどだ。とにかくもうあのような事態が繰り返されないように努めることが大事」とした上で「確かに野蛮な行為だった。でもヨーロッパでも同じような事は起こっている」とカヌーテはコメントした。

 自身も四針を縫う怪我を負ったが「たいした怪我ではないよ。トーゴのサポーターがグランドに降りた。最初はひどい状態ではなかったけどその後状況が悪化してロッカールームに逃げ込まなければならない状態になった。僕等はグランド中央に居たのでどのようにロッカールームに引き上げるか分からなくなった。人がどんどんグランドに流れ込んだからね。そして僕等に向かってきた。これまでで最悪な状態を経験だったと思うよ。勝ったのに喜べる状態ではなかった。もっと最悪な事件に発展しかねない状態だったと思う。なにせトーゴに住んでいるマリ人も僕等の応援に来ていたからね」と話した。

 トーゴ代表への処罰については「それはFIFAの仕事。間違いなく何かしらの処罰になると思うよ。もしマリで同じ事が起こっていたとしても僕はそう言うね。放って置けない事件だと思う」とカヌーテは語る。今後トーゴ代表ホームで試合をするかどうかについては「状況次第だろうね。今回は大事な試合だった。トーゴはアフリカ選手権出場圏内に居ながら最終的に行けなくなった。だから事件に発展した。でもだからといってもうトーゴでプレーしないとは限らない。どこでも起こりえることだからね」と続けた。

「もしトーゴ代表に勝てばどういうことになるか予想はついた。でももし負けていたら僕達がマリでどういう目に合ったか分からないけどね。僕は自分の国のためにこれからも戦いたい。事件が繰り返されるようなら考えものだけど国を捨てるわけにはいかない」と母国への忠誠心を語った。

 マリ代表がアフリカ選手権出場を決めたことでセビージャはカヌーテを1月と2、月失うことになるが本人は「それは前から予想できた事。セビージャには申し訳ないが両方でプレーすることはできない。日程は決まっているものだからね」と嘆いた。「アフリカ選手権出場が危うかったマリ代表がようやく切符を手に入れた。それなのにアフリカ選手権をパスするなんてことはできない。何のために死ぬほど頑張ったか分からなくなる。セビージャは僕がチームに残ることを望むだろうけどFIFAの規則に従わなければならない」と言うカヌーテ。しかし、1月6日のセビージャ・ダービー、対ベティス戦には出場の意志をみせた。



 
 
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チョコで環境保護、バイオ燃料トラックがアフリカへ

2007年 11月 7日 11:33 JST

 [ロンドン 6日 ロイター] チョコレートを製造する際に生じる廃棄物を燃料とする特殊なトラックが今月、チャリティー活動の一環として、南アフリカのマリに向けて英国南岸のプールを出発する。

 英国企業エコテックは、チョコレートの廃棄物をバイオエタノールに転換し、植物油と混ぜてバイオディーゼル燃料を製造。この活動の主催者は「(廃棄物は)これまで埋め立てに使われていた。今はバイオ燃料として移動に利用することができる」と述べた。

 このバイオトラックは26日に出発予定。約3週間かけて4500マイル(約7245キロ)を走行し、マリ中部のトンブクトゥに到着する見通し。



 
 
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セビリアのカヌテが全治2週間

セビリア(スペイン)は13日、マリ代表FWフレデリック・カヌテが右ふくらはぎの負傷で全治2週間と診断されたと発表した。

今季リーガエスパニョーラで6ゴールを挙げ、得点ランク2位と好調のカヌテだが、11日のビジャレアル戦(2−3)で右脚のふくらはぎを負傷。前半だけでベンチに下がっていた。 検査の結果、全治2週間と判明。27日にホームで行なわれる欧州チャンピオンズリーグのアーセナル戦への出場が危ぶまれている。



 
 
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シュスター:「エトーはカメルーンの王様」 ディアラとの差に不満

国王杯対レアル・マジョルカ戦を明日に控え、レアル・マドリーのシュスター監督は記者会見と招集選手発表を行った。

マジョルカは1部のクラブなので、前のアリカンテ戦よりもレギュラーを起用すると明かしている。ただ、DF陣に負傷者がいることを嘆いている。

「明日はアリカンテ戦と同じチームにはしない。相手は1部のクラブだからね。カップ戦を勝ち抜きたいから、選手の起用にこれまでの2試合ほど大きな変化はつけない」

「今季はDF陣の負傷が多い。その点はとても運が悪いと思う。全員そろって出場できないのは残念なことだ」

また、アフリカ・ネーションズ・カップに出場するため、マリ代表に合流したディアラの穴埋めについては、「ガゴにチャンスを与える。彼は才能で劣っていないから、全幅の信頼を寄せられるね」とコメント。ただ、遅れて合流することが認められたバルセロナに所属するカメルーン代表FWエトーの待遇を皮肉っている。

「エトーが代表に遅れてもよくて、ディアラが行かなければならなかったのは地位の違いだろう。エトーはカメルーンの王だ。しかし、ディアラはまだマリの王様にはなっていない。その違いは大きい。エトーは彼の国での影響力が強い。私の選手やカヌーテ(セビージャ)、他の選手よりもずっとある。彼は力があり、誰よりも監督より決定権の強い会長の近くにいられる。我々のケースとは違うのだろう」



 
 
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甚目寺で「大切なもの」写真展 アフリカ・マリからも100点

2008年1月19日

 愛・地球博でフレンドシップ国だったアフリカ西部のマリと交流を続けている甚目寺町で、マリの人たちと町民の「私の大切なもの」をテーマにした写真展が、2月に開かれる。開催を前に、町役場には約260点の作品が集まった。 (市川真)

 マリはサハラ砂漠と重なる内陸国で、主な産業は農業。甚目寺町にはこれまで、ギセ・マイムナ・ジャル駐日大使が2度訪れている。写真展は、日本から数千キロ離れたマリのことをよく知ろうと、町民ボランティアでつくる国際交流推進ミーティングが主催する。

 マリの写真は、在日大使館を通して、現地の生活が分かるものを写してもらうように依頼。新しい井戸からきれいな水が出たことを喜ぶ様子や、市場に並んだフルーツ類、元気な子どもたちが学ぶ学校の様子などを写した100点が届いた。町民からは、「友達は最高の宝物」などのコメントが入った160点が集まった。

 町企画情報課は「マリの子どもたちの目がキラキラ輝いているのが印象的」と話す。作品は、2月3日に「国際交流の集い」が行われる町民会館(甚目寺町甚目寺)で展示された後、5−10日には町中央公民館でも展示する。

 集いでは、アフリカ太鼓コンサートや在日外国人が調理した外国料理の試食もある。問い合わせは町企画情報課=電052(444)3166=へ。



 
 
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マリ ベナンを降し初戦を白星で飾る

* 2008年01月22日 09:29 発信地:セコンディ/ガーナ

【1月22日 AFP】サッカー、2008アフリカ・ネイションズカップ(the African Nations Cup 2008)・ガーナ大会・グループリーグB、マリvsベナン。試合はマリが1-0でベナンを降し、初戦を白星で飾った。

 後半4分にマリのフレデリック・カヌーテ(Frederic Kanoute)は、PKを落ち着いてベナンGKのラシャド・シトゥ(Rachad Chitou)の逆をついて決め、決勝点を奪った。

 試合後にカヌーテは「ここで試合をするのは厳しかったです。初戦だったので、体を慣らす必要があり、かなりの暑さに加えてピッチも重かったため厳しい試合でした。ただ最も重要なことは勝利することでした。グループステージ最大の難関はこれからです。我々はナイジェリアにコートジボワールという素晴らしいチームと対戦しなくてはなりません。厳しい試合になると思いますが、今日のような試合をすれば先も見えてくるはずです」と語った。

 グループBで同日に行われたもう1試合では、コートジボワールがナイジェリアを1-0で降している。(c)AFP/Andrew Thompson



 
 
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サッカー=ユベントス、リバプールのMFシソッコを獲得

2008年 01月 30日 09:02 JST

 [ミラノ 29日 ロイター] サッカーのイタリア・セリエA、ユベントスは29日、イングランド・プレミアリーグのリバプール所属でマリ代表のMFシソッコと5年契約を結んだと発表した。移籍金は1100万ユーロ(約17億4000万円)。

 シソッコは先週末、身体検査のためにイタリア入りし、その後すぐにアフリカ・ネーションズ杯のコートジボワール戦出場のため、ガーナに戻っていた。

 シソッコは2004年のバレンシア在籍時、現在のユベントス監督のクラウディオ・ラニエリ監督の下でプレーしていた。



 
 
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2008/01/31 23:23

移籍に夢中のシッソコに怒りを示すマリ ユーヴェ移籍のために大会中にトリノへ向かった同選手

もしもマリ代表がコートジボワールと引き分け、アフリカ・ネーションズカップでベスト8に進出していれば、おそらくは何も問題なかっただろう。だが、29日のコートジボワール戦でFWドログバらに3ー0と大敗を喫し、マリは大会から姿を消すこととなった。そして報道によると、その“戦犯”として先日ユヴェントスへの移籍が決まったMFシッソコが挙げられたという。

情報によると、マリ代表のジョダール監督はロッカールームで扉を蹴り上げ、大事な一戦を前にしてユーヴェとの契約のためにトリノへ向かったシッソコに激しい言葉を浴びせ、裏切り者扱いをしたというのだ。

ただ、今大会であまり起用されなかったシッソコは、ただ肩をすくめただけという。いずれにしても、人員不足に悩むユヴェントスだけに、新しいユニフォームでのデビュー戦は近づいているのだ・・・



 
 
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2008/02/02-21:28 アフリカMVPにカヌーテ=サッカー

【ロメ1日AFP=時事】アフリカ・サッカー連盟は1日、昨年のアフリカ年間最優秀選手に、スペイン1部リーグのセビリアに所属するマリ代表FWフレデリック・カヌーテ(30)を選出したと発表した。(写真はアフリカ最優秀選手に輝いたカヌーテ)

 欧州生まれの選手が選出されるのは初めて。候補にはカヌーテのほか、イングランド・プレミアリーグのチェルシーで活躍するFWドログバ(コートジボワール)やMFエシエン(ガーナ)の名前が挙がっていた。

 一方、最優秀新人賞には、ザンビアのMFクリフォード・ムレンガが選ばれた。 〔AFP=時事〕



 
 
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2008/02/02-11:32 最優秀選手にカヌーテ=アフリカ・サッカー

 【ロンドン1日時事】アフリカ・サッカー連盟(CAF)は1日、昨年のアフリカ年間最優秀選手にマリ代表のFWフレデリック・カヌーテが選ばれたと発表した。カヌーテはフランス出身で、欧州圏生まれの選手が受賞するのは初めて。

 CAF加盟53協会の代表チーム監督の投票で選出された。カヌーテはマリのアフリカ選手権出場や所属するセビリア(スペイン)の欧州連盟カップ、スペイン国王杯制覇に貢献したことが評価され、連続受賞を狙ったFWドログバ(コートジボワール)、MFエシエン(ガーナ)らを退けた。(了)



 
 
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マリFWのカヌーテがアフリカMVP

 アフリカ・サッカー連盟は1日、2007年のアフリカ最優秀選手にフランス生まれのマリ代表FWカヌーテを選んだ。マリ選手として1970年以来の、欧州生まれの選手としては初の受賞となった。

 スペイン1部リーグ、セビリアの一員として昨季のUEFA杯とスペイン国王杯獲得に貢献、代表でもチームをことしのアフリカ選手権出場に導いた。

[2008年2月2日9時50分]



 
 
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炭坑節で友好の輪 甚目寺と万博友好国・マリ

2008年2月2日

 「月が、出た出た−」で有名な盆踊りの定番「炭坑節」のフランス語訳を、甚目寺町のボランティア組織「国際交流推進ミーティング」が作った。3日に開かれる「国際交流の集い」に、万博フレンドシップ国のマリ駐日大使が参加する予定で、大使の前で初披露する。

 フランス語はマリの公用語。万博終了後、数千キロ以上離れたマリとの交流をどのように続けていくか、町と国際交流推進ミーティングが検討。今年5月に国際交流協会を設立し、本格的に取り組むことになった。

 国際交流の集いは、協会設立に向けて幅広く参加を呼び掛けようと計画された。

 炭坑節のフランス語訳は、「日本の盆踊りをマリの人と一緒に踊れば、肩ひじ張らない交流ができるのでは」と企画。町がホームページで募集した通訳ボランティア2人に翻訳を依頼した。

 ボランティアは、日本語との発音の違いに苦労しながらも、合いの手の部分「はーよいよい」を「アーボンボン」とするなどして、1月初旬にようやく完成した。「大使にも言葉の意味が分かってもらえるはず」と自信満々という。

 国際交流の集いでは、町婦人会民踊クラブが指導しながら、参加者がフランス語で炭坑節を歌い踊る。町企画情報課は「炭坑節のフランス語訳は世界初なのでは」と話している。

 集いは午後1時半−4時、同町甚目寺の町民会館で。マリのジュース試飲や中国人研修生手作りのギョーザ試食、アフリカの太鼓ジェンベの演奏もある。参加無料。

 (市川真)



 
 
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アフリカなどに支援米 市役所で発送式 休耕田を利用し栽培

2008年2月26日

 飢餓が深刻な国へ送る支援米の発送式が二十五日、金沢市役所前であった。一九九六年から続く恒例行事で、今年の発送量はアフリカのマリに八百四十キロ、カンボジアに千百四十キロ。連合石川などの団体でつくる「食とみどり、水を守るいしかわネットワーク」が主催した。

 コメは金沢、小松、七尾三市で休耕田を利用して栽培。マリへは東京のボランティア団体を通して送る予定で、五月ごろに現地に着くという。発送式でネットワークの上田弘志代表は「飢えと栄養不足は世界の死因の第一要因。子どもが五秒に一人死んでいます」と飢餓の深刻さを訴えた。

 カンボジアへは世界食糧計画(WFP)を通して三月上旬に送る予定。同ネットワークは発送費用の寄付を集めている。申し込み、問い合わせは同ネットワーク事務局=電話076(232)7172=へ。 (白名正和)



 
 
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アフリカ・マリからの報告:/上 安全な水求め、10キロ離れた村へ

 ◇多くが生活に疲れ、村を離れた/水の問題が何もかも妨げている

 国土の6割が砂漠・半砂漠地帯のアフリカ西部・マリ共和国。国民の半数が安全で清潔な水を得られず、健康や教育に深刻な影響を受けている。水をめぐる課題を2回に分けて報告する。【足立旬子】

 ◆乾期に枯れる井戸

 首都バマコからニジェール川沿いに車で8時間のモプティ地方。川には人や食糧を満載した木造船がせわしく行き交い、女性たちが布を広げて洗濯していた。川沿いには緑の木々も茂る。だが、川岸から約30分走ると風景は一変し、乾いた黄色い大地が広がった。

 乾期の3月初めは、昼間の気温が40度を超え、ジリジリと肌を刺すような強い日差しが注ぐ。「今は20戸しかないが、かつては50戸あった。乾期に水が枯れるから出ていってしまった」。サラマディ村のオマル・ジボ村長がかつて日干しれんがの家だった廃虚を指した。

 村の水源は、直径1メートル、深さ10メートルほどの浅井戸。男たちが手で掘っただけの穴だ。マリの1日1人あたりの家庭での水使用量は平均10リットルで、日本人の約20分の1、水洗トイレ1回分だ。その井戸も、乾期の終わりの4〜5月には枯れてしまう。このため、女性たちは2カ月間、5〜10キロ離れた近隣の村の井戸へ水をくみに行かなければならない。

 6人の子どもを育てるファトマタ・アラマさん(30)は1日2回、15リットルのバケツを頭に載せて炎天下を歩く。試しにバケツを持たせてもらったが、腰の高さまで持ち上げることすらできなかった。水をこぼさないようにバランスを取りながら歩くのは、女性にとって大変な重労働だ。

 「多くが生活に疲れて、村を離れた。水さえあれば、農業や牧畜もできる。村人も戻ってくる。水の問題が何もかも妨げている」とジボ村長は訴える。

 ◆以前は家畜と共用

 同じモプティ地方のジリジャラ村では昨年5月、国連児童基金(ユニセフ)が手押しポンプ式の深井戸を完成させ、生活が一変した。井戸の脇で生後3カ月の赤ちゃんの体を洗っていたハリモト・ディッコさん(26)は「以前は汚れた水で洗っても服がきれいにならず、人前に出るのも恥ずかしかった」と笑顔で話した。日本ユニセフ協会の浦上綾子さんは「1年前に比べると、別人のように明るくなった」と驚く。

 村で暮らす10家族は、昨年4月まで手掘りの井戸の泥水を家畜と分け合っていた。濁った水を飲んでいたとき、ディッコさんは日常的に腹痛や下痢に悩まされていた。汚れた水で顔を洗い、眼病も珍しくなかった。

 地下水をくみあげる深井戸の水を飲むようになり、「おなかの不調がなくなった。赤ちゃんも1日3回洗っている」と喜ぶ。古い井戸は家畜専用とし、水が十分にいきわたるようになって鶏や牛の数が増えた。

 ◆1基建設に100万円

 井戸1基あたりの建設費は1万ドル(約100万円)。ミネラルウオーター「ボルヴィック」を扱う「ダノンウォーターズオブジャパン」(東京都)の支援でまかなわれた。ダノングループは売り上げの一部4200万円を昨年、ユニセフに寄付。4月までに同地方などに計20基が完成する予定だ。

 マリでは国内に1万2000ある村のうち、約2割に安全な水源がない。政府は04年から年1100基ずつ手押しポンプ式井戸を設置する10カ年計画を立てた。だが、資金不足で毎年、目標の50%しか達成できずにいる。

 さらに、水をめぐる事情が地域によって大きく異なることも対策を困難にしている。乾燥地帯では乾期が長くなり、より深く掘らなければ地下水にたどりつけない。一方、雨期のたびに洪水が起き、被害を受ける地区もある。ユニセフ・マリ事務所の水担当、トゴタ・ソゴバさんは「水はあってもアクセスできないか、清潔でない。飲み水に使える水が足りない」と訴えた。

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 ◇マリ共和国

 日本の約3倍の124万平方キロに1196万人が暮らす。北部にサハラ砂漠があり、65%が砂漠・半砂漠地帯。1人あたりの国民総所得(GNI)は440ドル(4万4000円)で日本の約90分の1。国民の6割が貧困層。5歳未満児の死亡率は出生1000人あたり217人で、世界で6番目に高い。1960年にフランスから独立した。乾期(10〜5月)と雨期(6〜9月)に分かれる。

毎日新聞 2008年3月17日 東京朝刊



 
 
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アフリカ・マリからの報告:/下 水くみから解放、通学児童増える

 アフリカ西部・マリ共和国では、農村部の子どもたちは6歳になると、5リットルのバケツを頭に載せて、遠くまで水をくみに行くのが普通という。マリの水をめぐるリポートの2回目は教育への影響について報告する。【足立旬子】

 ■学校に深井戸完成

 「井戸ができて、うれしい。体を洗いたい。木にも水をやりたい」。ネネ・カサンブラ君(10)はクレヨンで描いた絵を手に説明した。

 2月下旬に訪れたモプティ地方べセナ村にあるべセナ小学校(児童数205人)では、国連児童基金(ユニセフ)の手押しポンプ式深井戸が完成したばかりだった。

 ビーガ・ウワリ校長は「『井戸ができる』と親を説得して、今年から学校に通う児童が男女とも30人ずつ増えたんですよ」と喜んだ。

 電気もガスも通っていない農村部では、家事や農作業のほとんどが手作業だ。水くみや家畜の世話などで子どもは一家の重要な労働力となっているため、マリの小学校就学率は男子56%、女子45%しかない。井戸近くにいた少女、パロマタ・カンボちゃん(10)は「1年だけ学校に通ったけど、家の手伝いがあるので通えない」と寂しげだった。

 親が教育を受けていないと、子どもにも受けさせないという悪循環が起きやすい。井戸は、その悪循環を断ち切る役割も果たす。ウワリ校長は「学校で水が手に入るとなれば、もっと学校に通える女子児童が増えるはずだ」と期待を込めた。

 ■課題は人材の育成

 村では村民から選ばれたボランティアが各戸を回って、水や子どもの健康相談にのっていた。ノフム・タンガラさん(43)もその一人だ。待ち時間が長くなっても汚れた川の水ではなく井戸水を使うよう指導し、各家庭で水がめにためてある水が不衛生になっていないかをチェックし、乳幼児の健康状態について母親の相談にのる。

 井戸ができても、適切な衛生習慣が根付かなければ、地域住民の健康は守れない。タンガラさんのような、訓練を受けた指導員による教育もきれいな水同様に必要なのだ。

 ユニセフによると、同地方ではポンプ付き井戸の約3割が故障して使えなくなっている。井戸の維持管理ができる技術を持った人材育成も重要な課題だ。

 ユニセフ・マリ事務所のトゴタ・ソゴバさんは「井戸が継続的に使われるには、地元の人材を育てるのがとても大切だ」と話す。

 ■国連が八つの目標

 世界で安全な水を利用できない人は10億人、トイレ施設を持たない人は26億人にのぼる。その結果、不衛生な水に起因する病気で毎日4100人の子どもが命を落としている。

 国連のミレニアム開発目標は、安全な飲料水とトイレを利用できない人の割合を2015年までに半減することや、極度の貧困と飢餓の撲滅、乳幼児死亡率の低減、妊産婦の健康の改善など八つの目標をたてている。

 12日に世界銀行東京事務所で開かれたセミナーで、横田妙子・日本水フォーラムチーフプログラムオフィサーは「水と衛生の問題は貧困、保健、教育、ジェンダーなど、ほかの分野とも密接にかかわる。水問題が解決すれば、ミレニアム開発目標の3分の1が解決できる」との試算を示した。

 ◇解決のかぎ握る資金集め−−トゥーレ・マリ共和国大統領

 マリ共和国のアマドゥ・トゥマニ・トゥーレ大統領は毎日新聞社のインタビューに応じ、5月に横浜市で開かれる第4回アフリカ開発会議(TICAD4)で、水問題の重要性について訴えることを明らかにした。

 −−水問題の現状と政府の取り組みは?

 マリには水の問題が存在しない村や町はない。首都バマコでも3〜6月は水問題に悩まされている。質の悪い水を飲んで健康を害するだけでなく、女性の家事労働の大変さや、子どもが水に関する病気にかかりやすいという問題もある。

 政府として対策をとっていて、長期的には解決できると考えている。しかし、問題はどのようにして資金を集めるかだ。

 −−TICAD4に期待することは?

 1月に日本大使館がマリに開設されたこともあり、日本への敬意と親愛の情をますます深めたいと思っている。

 TICADの中心テーマは経済、政治などにあるようだが、私が話したいのは水と農業の問題だ。マリには水はあるが、きちんと管理できないために川に流れていってしまう。本当は水を供給できるはずのところに供給できていない。これは、マリだけではなく、アフリカ大陸全体の問題だ。

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 ■人物略歴

 ◇アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ

 91年にクーデターで元首となり、92年に新憲法制定後政権を移譲。02年の大統領選で当選し、現職。

毎日新聞 2008年3月24日 東京朝刊



 
 
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北京五輪バスケ 女子は米国、中国がB組

 北京五輪バスケットボールの組み合わせ抽選が26日、北京で行われ、日本が出場の可能性のある女子は、アテネ五輪金メダルの米国が地元の中国、マリ、ニュージーランドとともに1次リーグB組に入った。

 1次リーグは12チームが2組に分かれて行われ、A組はロシア、オーストラリア、韓国が決まり、B組の残り2、A組の残り3枠は、日本も出場する世界最終予選(6月・マドリード)で出場権を獲得したチームに割り当てられる。

 既に日本が出場権を逃している男子は、米国がスペインなどとともに1次リーグB組。前回覇者のアルゼンチンはロシアなどとともに同A組となった。



 
 
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ぶっく・えんど:『写真に見るアフリカ・西アジアの風俗文化』 /東京

 ◇写真・解説 齊藤隆

 地図で有名な出版社「帝国書院」の元社長、齊藤隆さんが撮った写真と文章でつづる写真資料。マリ、ナミビア、エチオピアなどのアフリカの国々やトルコ、シリアなど西アジア地域の人々や自然風景、遺跡などが数多く紹介されている。

 エチオピアで来客をもてなす際のコーヒーセレモニーの様子など、生活や風俗文化も写真と共に解説する。

 エジプトのピラミッドは下から近くに寄って撮影。大きな四角い石が一つ一つ積み上げられている状態がよく分かる。ナミビア北西部に住む女性が全身にバターと赤い石の粉末を混ぜた塗料を塗る様子も紹介され、防虫や日差しよけなどの目的を持つことが紹介されている。

 日本からはるか遠い国で、力強く生きる人々の姿が間近に感じられる一冊。読み終えた後、旅に出たい気持ちになる。帝国書院。4620円。【吉永磨美】

〔都内版〕

毎日新聞 2008年5月11日 地方版



 
 
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アフリカ 未来へ学ぶ 共同体学校の挑戦

2008年05月31日02時59分

 最果ての村に、学校ができた。国にはつくれなかった。だから、村人がつくった。

 質素な土間の小さな教室に、小学1年生49人がひしめき合う。「僕はアリ君とボール遊びをします」。公用語の仏語の読み方の授業中。

 みな学校には、持っているなかでもきれいな服を着てくる。年齢「7歳ぐらい」の少女アワ・ジャロさんも、銀色のピアスとビーズの腕輪で着飾っていたが、腰巻きは穴が開いて泥だらけ。貧しさは隠せない。それでも「毎日学校が楽しみ」とうれしそうだ。

 西アフリカの内陸国マリ。コートジボワール国境に近いゴンコロニ村は、雨期には道路が荒れて交通が途絶する。昨年11月、ここに初めての小学校ができた。村人が資金と労力を出し合って運営する、共同体学校である。

 公立小学校に通うには、炎天下を片道3時間歩かなければならない。弁当代を出せる余裕のある家庭は少ない。近年、公立校はまったくつくられず、村人は2年前、自前の学校建設を決めた。

 綿花生産で積み立てた非常時用の資金を取り崩した。校舎の壁塗りも、黒板作りも、村人自らやった。教師は、県都コロンディエバから月給3万2500フラン(8千円余り)、住宅・食事付きで招いた。学校運営委員のドナンティエ・コネさん(40)は「私たちの苦労を子どもらに味わわせたくなかった」と話す。

 こうした共同体学校が農村部で増えている。国連機関や国際援助団体が支援する。

 ゴンコロニの北約80キロ、ミサラカ村のアダマ・コネ村長(76)は学校建設に大賛成した。自らは学校に通ったことがない。仏語が話せないのが、いまも悔しい。

 男児は畑仕事、女児は家事。村で子どもが重要な労働力であることは今も変わらない。しかし、学校に通い始めた子どもたちには苦にならないようだ。ミサラカ村共同体学校6年生のムハマド君は「毎日牛飼いの手伝いもするけど、学校が好き。いろんなことを知ることができるから」。

 マリは最貧国の一つ。識字率23%、就学率61%は世界最低レベルだ。低賃金で身分も不安定な公立校教員に不満は強く、教育制度は崩壊状態にある。国の失敗を、共同体学校が埋める。ただ、共同体学校も問題の根本解決ではない。

 支援する援助団体セーブ・ザ・チルドレンのママドゥ・トラオレさんは「国が何もしてくれない以上、自ら動くしかない」と言う。(ゴンコロニ〈マリ南部〉=国末憲人)



*このファイルは文部科学省科学研究費補助金を受けてなされている研究(基盤(B)・課題番号16330111 2004.4〜2008.3)の成果/のための資料の一部でもあります。
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm

UP:2007 REV:
アフリカ  ◇世界 

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